topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.82
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 早朝、新聞配達を終えてレーベンスシュルト城に戻り、外に繋がる転移魔法陣のある塔から城へと繋がる通路を歩きながらアスナは呟いた。ボトルの中であるため朝日こそ昇らないものの、そこから見渡せる広大な景色は圧巻の一言に尽きる。眼下に広がるのは鬱蒼と生い茂るジャングル。アスナの居る高さまで濃厚な緑の匂いが伝わってきそうだ。魔法陣を使えば一瞬で城に着くのだが、アスナはこの景色を楽しむために、あえて通路を歩く事にしている。超達に頼んで手摺りを付けてもらったので、以前ほど怖くはない。
「はぁ〜。すっごいとこよねぇ、ホントに」
 アスナが女子寮からレーベンスシュルト城へと引っ越して数日、彼女の生活は一変した。
 まずは環境。麻帆良女子中の寮は、横島らが住んでいた麻帆男寮に比べて設備の整った奇麗な寮であった。しかし、このレーベンスシュルト城は、それを遥かに凌駕している。幼馴染みであるあやかの家に行った時も、その豪壮さに圧倒されたものだ。当時のアスナは無愛想であったため顔にこそ出さなかったが。しかし、この城はそれすらも上回っていると言えるだろう。ゴールデンウィークの最終日にここに泊まった日数も合わせるとそろそろ一週間になるのだが、正直なところアスナはいまだにこの城に慣れる事が出来ずにいた。

 現在、アスナ達はレーベンスシュルト城内にある別棟に住んでいる。皆でサロンを作った例の建物だ。アスナ達が何度かパーティをしたテラスがあるパレスほど立派ではないが、シンプルながらも白を基調とした奇麗な外観をしている。
 エヴァと茶々丸の自室は当然パレスの方にある。実は横島の部屋もパレス内に用意されており、エヴァ達の部屋のすぐ近くにあった。ゴールデンウィークの最終日も横島はパレス内の部屋で寝泊まりしている。いつでもエヴァが血を頂けるようにするためであろうが、これは格別の配慮だ。
 しかし、その横島も今はアスナ達と同じ別棟に住んでいる。こちらは部屋の豪華さがどうこうと言う問題ではなく、ただ単に別棟の方が厨房の設備や茶々丸と一緒に買ってきた電化製品が揃っていて、色々と便利だからだそうだ。アスナが諸手を挙げて歓迎したのは言うまでもない。
 結局、エヴァ達も横島について来る形で、パレスの部屋とは別に別棟の方にも寝室を作る事となる。横島も別棟の方で暮らすとなると、パレスの方に自分達だけ残るのは寂しかったのかも知れない。例に漏れず、これも指摘すればエヴァは怒るであろうが。

 アスナが別棟の前まで戻ると、そこでは横島、古菲、裕奈の三人がそれぞれ修行に励んでいた。これもレーベンスシュルト城で暮らし始めて変わった事の一つだ。横島と一緒に暮らすようになったため、朝から一緒に修行する事が可能となったのだ。随分と早い時間ではある。古菲と裕奈の二人は、元々部活の朝練で早起きであったため、早朝の僅かな時間を修行に費やしているのだ。
 この数日の内に、古菲、裕奈、この場にはいない夕映も含めた三人の経絡を開いた痛みは治まり、何の痛みもなく身体を動かせるようになっている。それどころか、経絡を開いた影響か、以前よりも身体能力が上がっているそうだ。自然に経絡が開いていたアスナは人並み外れた健脚を誇っていたが、それと同じような状態になっているのかも知れない。
 真っ先に回復したのは裕奈である。一日遅れで古菲、更にもう一日遅れて夕映が回復した。この朝の修行を提案したのが、回復した古菲である事は言うまでもない。
 そんな言い出しっぺの古菲は別棟の前にある噴水の縁の上に立ち、器用に渡りながら演武をしている。また、裕奈は星の飾りが付いた練習用の杖を手に、魔法の練習をしていた。
 そして横島はと言うと、こちらは別棟の前にある花壇の木の下に何をするでもなく座っていた。一見休んでいるだけで、何もしていないように見える。しかし、アスナはそれが霊力を鍛える修行である事を知っていた。自らの霊力を高めて限界近くまで引き出す事によって自身の魂に負荷を掛け、魂を鍛えるのだ。横島がアスナ達に行っている霊力を鍛える修行を、自分自身で行っていると考えれば分かりやすい。これこそが、彼が妙神山で身に着けた修行法であった。アスナ達の修行は、これを応用したものである。
「ただいまー!」
「おっ、帰ってきたか」
「アスナお帰り〜。新聞配達ご苦労さん」
 アスナが声を掛けると、横島と裕奈が気付いて振り返った。古菲の返事が無いのはいつもの事だ。彼女は自分の修行に集中すると周りが見えなくなってしまう。
「毎朝大変だねぇ」
「その分、夕刊配達はやってないんだけどね」
 アスナがほぼ毎日のように朝刊配達のバイトに勤しんでいるのは、放課後の横島との修行時間を確保するためであった。しかし、そのせいで今は朝の修行に参加出来ないのだからままならないものだ。
「ム、アスナ帰て来たアルか」
 一通り演武を終えた古菲がアスナに気付いた。これにて朝の修行は終了である。
 アスナ達が別棟に入ると、サロンでは茶々丸、木乃香、刹那の三人が朝食の準備を済ませていた。大きなテーブルの上に美味しそうな朝食が並べられている。
 最近、刹那は木乃香から料理を習い始めている。ゴールデンウィーク中、刹那は木乃香の部屋に泊まっていた。その時の話だ。木乃香が料理をする際に一緒に台所に立ってみると、驚くほど料理が出来なかったらしい。当初は神鳴流剣士に料理の腕など必要ないと強がっていた刹那。一方、木乃香の方はと言うと、刹那から教わるばかりではなく、自分が教えられる事を見つけたのが嬉しかったのだろう。なかば強引に木乃香が誘い、二人は一緒に台所に立つようになったそうだ。
「アスナも帰ってきたみたいやな。ほな、朝ご飯にしよか」
「それでは、マスターを起こして参ります」
「では、私は夕映さんを」
 茶々丸と刹那が、まだ夢の中であろうエヴァを起こしに行っている間にアスナ達は席に着く。
 今日の朝食はご飯に味噌汁、それにハムエッグとサラダだ。ご飯と味噌汁が木乃香、刹那が、ハムエッグとサラダは茶々丸がそれぞれ作ったものであろう。それを見た横島は「今日も美味そうだな〜」と木乃香の頭を撫で回している。
 横島は以前からエヴァの家に泊まる事が度々あったらしく、その時の食事は茶々丸が一人で準備をしていたそうだ。当時の彼女は客人をもてなす事に情熱を燃やし、高級レストラン顔負けの豪勢な料理を振る舞っていた。しかし、横島は元々、そんな高級料理とは縁の無い生活を送ってきた身だ。知らず知らずの内に家庭的な料理に飢えていたのかも知れない。実際、彼が初めて木乃香の料理を食べた時の喜びようは相当なものだった。おかげで、茶々丸が木乃香に対し、密かにライバル心を燃やしているらしい。
 横島に頭を撫でられ、照れくさそうに、それでいて嬉しそうに微笑む木乃香。そんな彼女を見て、アスナも横島に手料理を振る舞いたいと考えるが、如何せん今の彼女にはハードルが高過ぎる。寮で暮らしていた頃は家事全般を木乃香に頼り切っていたのだから仕方があるまい。

「しかし、あれだな……」
 エヴァ達が戻ってくるまで我慢する事が出来ずに、一足先に朝食を食べ始める横島達。
 木乃香お手製の味噌汁を一口飲み、横島は何やらしみじみした様子で呟いた。
「横島さん、どうしたんですか?」
「いや、こんな部屋で味噌汁すするのも変な感じだなぁと」
「あー、分かる気がするアル」
「広い部屋だもんねぇ」
 このサロンは3−Aの面々、31人が一同に会しても、ゆったりと寛げるだけのスペースがある。おそらく学校の教室よりも広いだろう。そんな広間に十人足らずしかいないのだから、落ち着かない事甚だしいのは当然である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.82


「つまり、もう少しこじんまりした住まいの方が良いと言うのか?」
 サロンに響き渡る声に振り返ると、可愛らしいパジャマ姿のままのエヴァが、茶々丸達を連れて階段を下りてきていた。刹那に支えられる夕映は、まだ眠そうだ。
 横島の席の周りは、左右両方をアスナと裕奈に押さえられていたため、エヴァは適当に空いている席に着いて朝食を食べ始める。
「いや、やっぱ落ち着かないよ、エヴァちゃん〜」
「この広い城に私達だけだしねぇ」
 正確には、レーベンスシュルト城に居るのはアスナ達だけではない。ここ数日の間に別荘の方から茶々丸の姉達の約半数が運ばれて来ていた。既に城内で活動――主に清掃を行っている。しかし、彼女達は自発的に口を開く事はほとんどなく黙々と仕事をするだけなので、あまり「人」が居ると言う感じはしなかった。
 また、すらむぃ達は、交代制で周辺の森の守りに就いていた。常に二体が家周辺の森、一体が中で休んでいる。こちらはすらむぃが居る時などは結構賑やかなのだが、一体増えた程度ではどうにもならないぐらいに、この城は広々とし過ぎていた。
「そう言うものか? 私にはよく分からんが……」
 しかし、エヴァにはアスナ達の感覚が理解出来なかった。彼女がこのレーベンスシュルト城で暮らしていた頃の話し相手と言えばチャチャゼロぐらいだったのだ。エヴァにしてみれば、この城は静かなのが平常であり、むしろゴールデンウィーク最終日の喧噪の方が異常事態である。
 この城で暮らす事になったのはアスナ達のみだが、それでも十分に賑やかになった。エヴァの抱く感想は、アスナ達とは正反対のものであった。
「せめて、胡座かいて飯を食いたいな。俺は」
「ふむ……」
 横島の言葉に耳を傾け、エヴァはピタリとその手を止める。この西洋のアンティーク人形を彷彿とさせる少女は、その外見に反し、学校では茶道部と囲碁部に所属しており、古き良き伝統の日本文化を好んでいる。ゴールデンウィーク中の除霊強行軍も、日本の原風景が見れると地方に行く事を喜んでいたほどだ。
 当然、日本に来る以前の住み家であるレーベンスシュルト城には、和風の部屋などあるはずもない。それを当然のように受け容れていたエヴァだったが、横島の言葉を聞いて、今から作る事も出来ると気付いてしまった。
「確かに、畳の部屋は私も欲しいな」
 我ながら良い考えだと一瞬笑みを浮かべたエヴァだったが、すぐにある事に気付いて沈んだ表情に変わってしまった。
「どうした?」
「……無理だ、な」
「なんで?」
 今までにないエヴァの反応に、横島だけでなくアスナ達も目を丸くする。茶々丸に至っては何故かおろおろし始めた。
「なんだ、その反応は。貴様等分かっているのか、建て替えるにもタダじゃないんだぞ?」
「そりゃ分かるけど、エヴァちゃんなら学園長に請求するんじゃ?」
「ジジイ個人には貸しがあるから、請求できたが……」
 そう言ってエヴァは、腕を組んで考え込む。アスナ達は顔を見合わせるが、一体何が彼女を悩ませているのかが分からない。真っ先にそれに気付いたのは夕映であった。
「もしかして、関東魔法協会と言う組織を相手には、あまりゴリ押しは出来ないと言う事ですか?」
「……ゴリ押しは出来る。が、避けたいのが正直なところだな」
 エヴァは、学園長個人に対して貸しがある。エヴァが『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の呪いを掛けられる原因の一端を作ったのは、他ならぬ彼なのだ。実際には大した事ではないのかも知れない。しかし、呪いを掛けた張本人が消息を絶ち、呪いが解けないまま十数年と言う歳月が過ぎ去ってしまった。学園長はその事を気に病んでいるのだ。今まで、身銭を切ってエヴァの生活費を賄ってきたのはそのためである。
 しかし、3−Aが情報公開のテストケースになった事で状況が変わってしまった。学園長個人に代わり、関東魔法協会と言う組織が相手となる。これまでエヴァは、学園長に対し「貸しを返してもらう」と言うスタンスで色々と要求していた。しかし、これからは何を要求するにも、関東魔法協会に「借りを作る」事になってしまうのだ。
 エヴァがこのように考えるようになった切っ掛けは、妙神山に居ると言う女神ヒャクメの存在を知った事にあった。彼女の力を借りれば『登校地獄』を解呪する目処が立つかも知れない。だが、呪いが解けて自由になった後も、関東魔法協会に借りがあるため自由に動けないとなれば本末転倒である。
 そのためエヴァは、使った分だけ請求書を学園長に回していた今までのやり方を改める事にした。そして、関東魔法協会に雇われる警備員として、月々に一定額を受け取ると言う契約に変更してもらう。「生活費を負担してもらう」のではなく、「正当な報酬を受け取る」と言う形に変えたのだ。横島と同じような立場になったと言えるだろう。
「えーっと、つまり、どう言う事?」
「貴様は、とことんバカレッドだな」
 もしかしたらエヴァは、呪いが解けた後の事を考えているのかも知れない。関東魔法協会とは貸し借り無しと言う事にしておきたいと。

「でも、城の中リフォームするってなったら、超達に頼む事になるんだろ? 結構、安く済むんじゃないか?」
「工学部の作業用ロボットを使うでしょうから、業者に頼むよりかは安くなるはずです」
「だが、作るからには畳はちゃんとした物を使いたい」
 安く済ませようと考える横島と夕映を、エヴァはチッチッチッと指を振りながら窘める。彼女の本格志向も影響しているのだろう。現状では関東魔法協会に借りを作らないようにしなければならないとは言え、妥協はしたくないのだ。
 エヴァはこう見えても、城や別荘の倉庫に、魔法絡みの財宝を積み上げている。賞金首だった頃に、返り討ちにした賞金稼ぎ達から巻き上げた物などだ。特に興味もないので倉庫に放り込んでいるのだが、これを然るべきルートで売り捌けば十分な資金になるだろう。つまり、資金の当てはあるのだ。
 しかし、麻帆良学園都市に閉じ込められ、関東魔法協会の魔法先生達に目を付けられている現状では、それを実行する事は出来ない。下手な動きを見せると警戒されてしまう。学園長は庇ってくれるだろうが、それこそ借りを作る事になってしまうだろう。やはり、呪いを解き、自由になる事こそが先決である。
 要するに今は身動きが取れない。ままならない現状にエヴァがテーブルに突っ伏してふてくされていると、ここで横島が意外な提案をしてきた。
「それなら――俺が出そうか?」
「にゃにゅ?」
 思わず伏せていた顔を上げるエヴァ。予想外の展開であるためか、若干呂律が回っていない。
「いや、俺達も使う部屋なわけだし、除霊の報酬こっちに回せば何とかなるんじゃないかな〜っと」
「そ、そうか、そう言えばそうだったな」
 横島を見ていると忘れてしまいがちだが、GSとは本来、高額の報酬と引き替えに魑魅魍魎と戦うプロ、現代の退魔師達なのだ。
「で、でも、横島さんって報酬のほとんどが東京の事務所の方に行って、手元に来るのはほとんど無いんじゃ?」
 アスナがおずおずと問い掛ける。以前、そう言う話を聞いた事があった。
「GS協会通して受けた仕事だとそうなるけど、真名ちゃんからもらう仕事なら、全額懐に入れる事も出来るし」
「……いいんですか?」
「バレたら、こっちでの活動資金のためって誤魔化す」
 要するに、東京の事務所には内緒にしておくと言う事だ。
 本当に誤魔化せるかは甚だ疑問である。横島も自覚しているのか、その頬に冷や汗が伝っていた。
「龍宮は、私の代わりに横島さんに目を付けていたのですか……」
 これまで、龍宮真名が仕事する上でのパートナーは刹那である。しかし、修学旅行が終わってからは、刹那は木乃香に付きっきりになってしまっているため、真名は新しいパートナーとして横島に目を付けていた。
 関東魔法協会と言うのは、影にその身を潜める裏の組織だ。しかし、その実体は、ボランティア精神で人助けをすると言う、オカルトGメンに近い面を持っている。オカルト関係――霊障の情報が集まる龍宮神社を引き込んでいるのも、麻帆良内で起きる事件を魔法先生達の手によって密かに解決するためである。
 そんな中で、報酬で動く真名は異端であった。集まる情報の中で、報酬の良い仕事があれば自分が引き受けて解決したりもしている。だからこそ、GSである横島に目を付けたのだろう。除霊をして報酬を受け取る、自分に近い者として。
「え、横島さんって龍宮さんと一緒に仕事してたんですか?」
 アスナも、この話は初耳であった。身を乗り出し、目を丸くして驚いている。
「いや、仕事を紹介してもらってるんだよ。神社とか寺ってオカルト関係の情報が集まるところだからな。一緒に仕事したのは、あれだ。木乃香ちゃんがお見合いした時の幽霊屋敷ぐらいだな」
「ああ、あの時の……」
 彼女にしてみれば、横島が自分を置いて真名と一緒に仕事をすると言う事は、自分が除霊助手として信頼されていないと言う事なのだろう。詳しく話を聞いてみると、一緒に仕事をしたのは、アスナが霊力を使えるようになる前の一回のみだと言うので一安心である。冷静に考えてみれば、アスナが霊力を使えるようになった翌日にはゴールデンウィークの除霊強行軍に出発。帰ってきてからは引っ越しなどで忙しかったのだから、横島にそんな暇は無いはずだ。エヴァの別荘やレーベンスシュルト城で過ごしている内に、時間感覚が少し混乱してしまっているのかも知れない。
「昼休みか放課後にでも真名ちゃんに連絡取ってみるわ。アスナ達に経験積ませるためにも、仕事は受けないといかんしな」
「う〜ん……」
 気楽そうな横島に対し、エヴァは腕を組んで唸っている。確かに横島の提案は魅力的だ。彼にしてみれば、自分の稼いだ金で、自分の住む場所の住居環境を良くする事になるのだから、彼にとっても良い話だろう。
 とは言え、一方のエヴァから見れば、そんな単純な話では済まされない。関東魔法協会に借りを作らないために自重していると言うのに、ここで横島を頼ってしまえば、借りを作る相手が関東魔法協会から横島に変わるだけではないか。

「……ま、いいだろう。出してくれると言うのならば、有り難く使わせてもらおう。要望があるなら言うが良い」

 しばし考えた後、エヴァは横島に対し、承諾の返事を返す。
 借りを作るにしても、相手が横島であれば問題は無いと判断したらしい。
「よし、決まりだな。これからの横島除霊事務所麻帆良支部の目標は、『レーベンスシュルト城に和室を作る』だ!」
「「「おーっ!」」」
 盛り上がって拳を突き上げるアスナ、古菲、裕奈の三人。夕映はまだ眠そうで、三人のノリに付いていけないようだ。
「ところで、アスナ。今日は早めに学校行くんやなかった?」
「……あ」
 木乃香に指摘され、アスナは、今日早めに学校に行くつもりであった事を思い出した。古菲と裕奈の二人も部活の朝練に行く。三人は残りの朝食を掻き込んで、慌ただしく動き始めた。
「アスナって運動部だったっけ?」
「いえ、私は美術部ですよ。幽霊部員ですけど」
 ちなみに、古菲は中国武術研究会、裕奈はバスケットボール部に所属している。
「でも、今年で最後だから、学園祭に出展する作品、一つぐらい仕上げて完成させときたいんですよ」
 当然の事ながら、美術部に朝練などは無い。しかし、放課後は横島との修行を行う大事な時間なので、一分一秒たりとも無駄にはしたくなかった。そこで、朝刊配達で朝の修行に参加出来ない事を逆手に取り、朝の内に作品制作を進めてしまおうと、アスナは考えている。
「そう言えば、刹那ちゃんも剣道部じゃなかったっけ?」
「私は籍を置いてあるだけですよ。神鳴流の剣士が一般人の大会に出場するわけにもいきませんし」
「あ、そうなんだ」
「うぅ、そうやって割り切れたらどんなに楽か……」
 あっけらかんと答える刹那の姿は、アスナにとって羨ましい限りだ。見習いGSとしての修行だけでなく、新聞配達のバイト、美術部の作品制作、それに加えて最も厄介な受験勉強が彼女の前に立ちふさがっている。良くも悪くも充実した日々であった。
 それでも、朝の内に作品制作をするなどして、横島と共に過ごす時間を最優先で確保しようとする心意気は天晴れと言うほかないだろう。
「それじゃ、いってきまーす!」
 そして、慌ただしく準備を終えたアスナ、古菲、裕奈の三人は、やはり慌ただしく出発して行った。それを見送るエヴァは「足を踏み外すなよ〜」と気の抜けた声を送っている。城から外へのゲートがある塔へと続く通路の事を言っているのだろう。
「マスターもそろそろ着替えを」
「ん、そうだな〜、あと五分待て。少し食休みを取ってからだ」
「……了解しました」
 この後、エヴァの「あと五分」が四、五回繰り返される事になる。その間に木乃香と刹那は朝食の片付けを始める。
 そして横島は、夕映を連れて部屋に戻る事にした。
「夕映、身体の調子はどうだ?」
「もう、特に痛みもありませんね。普通に走る事も出来ます」
 階段の途中で横島が問い掛ける。経絡を開いたダメージからの回復が最も遅れていた夕映。しかし、もう大丈夫なようだ。横島の前に夕映は立ち、元気に飛び跳ねて見せる。
「今までご迷惑をお掛けしましたが、もう大丈夫ですよ」
 正直なところ夕映は、経絡を開いた痛みも自分に課せられた試練の一つであると考えていたため、横島に霊力を供給してもらって痛みを和らげる事には、あまり乗り気ではなかった。『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として、横島に甘えてはいけないと言う思いが彼女の中にはあったのだろう。様々な意味で戻れなくなりそうな自分を危惧していたと言うのもあるかも知れない。
 しかし、それも終わる。経絡を開いたダメージは既に完治した。もう横島に甘えなくて済むのだ。夕映はそう考えていたのだが……。
「それじゃ、こっからが本番だな」
「……は?」
 それが甘い考えである事を思い知らされたのは、直後の事であった。
 階段の途中でピタリと動きを止めた夕映は、一瞬バランスを崩しかけてしまう。落ちないように何とか持ち堪えると、どこか呆気に取られたような表情で横島の方を見た。
「今まではヒーリングのためだったけど、今日からは霊力鍛えるための霊力供給だ」
「そ、そうですね……」
 夕映はその言葉を返すだけで精一杯であった。
 そうなのだ。夕映は経絡へのダメージを治す事に気を取られて忘れてしまっていた。そもそも、経絡を開いた目的は、アスナのように霊力を使えるようになるためではないか。
 きちんと経絡が開いた事で、霊力を供給しても肉体的にはさほど負荷を掛ける事なく、魂に負荷を掛けて鍛える事が出来るようになる。横島の修行は、むしろここからが本番であると言っても過言ではなかった。
「まだまだ修行は続くと言う事ですね」
「そうだな。今の夕映は修行を始めた頃のアスナと同じような状態になってるわけだし、時間を掛ければちゃんと霊力に目覚めると思う」
「………」
 話しながら、夕映の部屋の前に到着した二人。夕映はそこでピタリと足を止めた。横島からは見えないが、ドアノブに伸ばす手が震えている。
 夕映は、自然に経絡が開いていたアスナのように横島の修行を受けやすい素養があったわけではない。古菲のように霊能力とは異なるとは言え、修行をして鍛えていたわけでもない。ましてや、裕奈のような生まれ付いて強い霊力と言う素質を持って生まれてきたわけでもなかった。
 強いて言えば「好奇心が強い」、ただそれだけの少女である。夕映が修行を始める時に横島は、修行をしても目覚めない可能性があると言っていた。夕映自身もそれを覚悟の上で修行に臨んでいたのだ。
 それが今、認められた。横島は確かに言ったのだ、「時間を掛ければちゃんと霊力に目覚める」と。嬉しくてたまらなかった。アスナ達に置いてきぼりにされている感はあるが、夕映もちゃんと成長しているのだ。
「ま、痛みがないなら修行は帰ってからにしようか」
「分かりました」
 横島の修行を続けていると、様々な意味で戻れなくなるのではと言う危惧があったが、もはや迷いは無い。覚悟を決めたと言うべきであろうか。戻れないのならば、横島と共に突き進むまでだ。
「横島さん、これからもよろしくお願いするです」
 こうして夕映は、横島について行くと言う決意を新たにする。
 ドアを開く前に振り返り、横島に対しペコリと頭を下げるのだった。


 その日の放課後、横島は帰路を急いでいた。昼休み中に真名に連絡を取ってみたところ、丁度良い仕事があると、色好い返事が返ってきたのだ。
 真名によれば、アスナと古菲の二人も参加出来る仕事との事。その話をするために、真名はアスナ達と一緒にエヴァの家に来る事になっている。
 横島が帰宅すると、既にアスナ達は帰ってきていた。彼女達の方が、授業が終わるのが少し早かったようだ。家の中で待っていた茶々丸によると、彼女達は既にレーベンスシュルト城に入っているらしい。横島も早速茶々丸を連れて中に入る事にする。
 城内に入ると、アスナ達は別棟ではなく、パレスのテラスの方に居た。皆で一つのテーブルを囲んで寛いでいる。
「横島さん!」
 テラスに入ると、早速アスナが駆け寄ってきた。アスナに手を引かれて横島がテーブルに近付くと、そこには古菲、夕映、木乃香、刹那、エヴァ、真名だけではなく、高音、愛衣の姿もあった。
「あれ? なんで高音達が」
「綾瀬さんが連絡を受けた時、私達も一緒に居たのよ」
 二人は、夕映と一緒に図書館探検部の活動に参加していたらしい。愛衣の方は以前からよく参加していたらしいので、おそらく彼女が高音を誘ったのだと思われる。どうやら、横島が受ける仕事と言うのに興味を持ってついて来たようだ。
 ちなみに、裕奈はバスケ部の練習があるため、まだ帰ってきていないようだ。最後の大会が近いため、部活の方も蔑ろにする訳にはいかないのだろう。修行については、一緒に暮らし始めた事により、夜でも出来るようになったため、時間の余裕はある。
「大丈夫なのか?」
 真名に問い掛ける横島。高音達に仕事の話を聞かせて良いのかと聞いている。対する真名は、あっけらかんとした様子で答えた。
「特に問題はないよ。何せ、この仕事は関東魔法協会から受けたものだからね」
 実は、今回真名が持って来た仕事の依頼主は、関東魔法協会であった。
 魔法先生達だけで対処するには人手が足りず、かと言って外部に漏らすのも不味いような仕事を引き受けると言うのは、以前からあった事らしい。龍宮神社に集まる霊障の情報とは別ルートの依頼と言える。
「それって、私達が聞くのも不味いんじゃ?」
「3−Aは情報公開のテストケースになったからな。問題は無いだろう」
 不適な笑みを浮かべた真名は、横島、アスナ達だけではなく、高音や愛衣にも視線を向けると、更にこう続けた。
「それに……お前達も無関係とは言えないからな。この仕事は」
「なに?」
「え? 私達もですか?」
 アスナ達はそれぞれ顔を見合わせて考えるが、心当たりは浮かばなかった。先を促して、真名から詳しい仕事の内容を聞く事にする。
「お前達がヘルマン一味と戦っていた頃、郊外の山中で別の魔法使いが次々と魔物を召喚していたと言う話は聞いているか?」
 アスナ達は神妙な面持ちで頷いた。そうやって郊外で陽動されていたおかげで、魔法先生達が麻帆良に迫る魔物達への対応に追われる事になり、アスナ達だけでヘルマン一味と戦う事になったのだ。
「実は、その召喚された魔物の一部が、まだ郊外の山中に残っているらしくてな」
「マジで?」
「マジ、だ。関東魔法協会からの依頼ってのは、そいつらを片付ける事さ」
 そう言って真名は、幾つかの小瓶をテーブルの上に出した。それは、横島、高音、愛衣の三人が図書館島のメンテナンスで使用した事がある『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』であった。
「こいつに封じるなり、退治するなり、山中からいなくなりさえすれば、手段は問わないそうだ」
「要するに、一般人に被害が出ないようにしろと」
 横島の言葉に、真名はコクリと頷いた。
「ヘルマンに比べれば、大した事のない雑魚ばかりだ。神楽坂達が参加しても問題はないだろう」
「横島さん……」
 アスナは縋るような目で横島を見詰める。その目を見れば、言葉はなくとも、何を考えているのかが理解出来た。参加したいのだろう、この仕事に。
 横島は考える。実際、どの程度の魔物が居るのかは分からないが、横島と真名が居れば問題はないだろう。山中に潜む魔物を捜すのは面倒だろうが、『見鬼くん』を使えば、見つけられるはずだ。
 報酬について真名に聞いてみると、GSの仕事と比べれば少し割安であった。真名と折半する事を考えれば、尚更だ。しかし、仕事の内容を考えれば妥当なところかも知れない。なにせ、真名と言う強力な助っ人がいるのだから。
 更に横島はアスナ達の方を見る。この仕事を引き受けるとすれば、参加するのはアスナと古菲の二人となるだろう。アスナもさる事ながら、古菲も露骨に目を輝かせて、うずうずしている。彼女も、この仕事を引き受けて欲しいようだ。
 これでは、断る事など出来るはずもない。アスナ達の練習に丁度良いと言う事もあって、横島はこの仕事を引き受ける事にした。
「確かに、アスナ達の練習には丁度良いかも知れないな」
「OK、商談成立だね」
 横島の答えを聞いて、真名はニッコリと微笑んだ。彼女にしてみれば、報酬は安い上に、対象を探さねばならないと言う面倒な仕事だ。しかし、関東魔法協会に雇われている以上、直接頼まれてしまっては、断る事も出来ない。それを手伝ってもらえるとあらば、真名にしてみれば万々歳である。元々安い報酬が半分になろうとも、それこそ大した問題ではない。
 何の問題もなく、この仕事はスムーズに終わらせられる。横島と真名の二人は、口に出さずともそう確信していた。

「ねぇ、その仕事、私達にも手伝わせてもらっていいかしら?」
「……お姉様?」

「あ、それなら、ウチもお手伝いしてみたいわ〜」
「こ、このちゃん!?」

 そう、高音と木乃香の二人から、意外な提案が為されるまでは。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 エヴァの生活費に関する設定。
 龍宮神社に関する設定。
 刹那の剣道部所属は籍を置いてあるだけ。

 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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