topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.83
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 どこまでも続く薄暗い森の中を横島は進んでいた。ふと手を突いたごつごつとした木の幹は、あまり日が当たっていないのかじめじめとしている。どこからか鳥の声が聞こえてきた。聞き慣れない鳴き声だ。ペットショップの前を通った時、鳥籠の中から聞こえてくる小鳥の声とは明らかに違う。野鳥だろうか。その姿を探そうと上を見上げてみても、見つかるはずもなく、彼の目に飛び込んできたのは雲霞のような木の葉ばかりだ。それに遮られて空すら見えなかった。隙間から僅かに光が差し込むのみである。
 結局、辺りを見回してみても、見つかるのは木、木、木。こうして木ばかり見て歩いていると、直線距離では人里からあまり離れていないと言う事実を忘れてしまいそうであった。
 ここは麻帆良学園都市郊外の山中。横島達は現在、先日召喚された魔物を求めて彷徨っていた。元々、真名が学園長から依頼された仕事なのだが、山中に潜む魔物を捜すのは並大抵の事ではない。横島達は人海戦術でなんとかそれを見つけ出そうとしている。
 学園長は、横島が真名を通して龍宮神社から仕事を回してもらっている事を知っている。もしかしたら彼は、横島が真名に協力する事を見越した上で、彼女のこの仕事を依頼したのかも知れない。
 ぐっと踏み出した一歩がぬかるみで滑り、転びそうになってしまう横島。なんとかバランスを保って体勢を立て直すものの、これで何度目であるかは、数えるのも億劫である。
「しかし、緑豊かにも限度ってもんがあるだろ、おい」
 理不尽な愚痴だ。しかし、一理あると言えなくもない。
 この麻帆良学園都市は、周囲を山に囲まれている。森に囲まれていると言い換える事も出来るだろう。麻帆良学園都市が、森によって俗世から隔絶された隠れ里のようにも思えてくる。実際は電車が通っているので、そんなはずはないのだが。
 しかし、麻帆良には世間にその存在を隠している『関東魔法協会』があるため、あながち冗談とも言い切れない。麻帆良学園都市、特に図書館島の地下は度々狙われていると言う話だ。周囲が森に囲まれているのも、実は麻帆良を守る意図があっての事なのかも知れない。

「横島さ〜ん、待ってくださいよ〜」
 背後から聞こえてきた声に振り返ってみると、アスナと古菲の二人が横島の後をついて来ていた。二人ともスタミナはあるので、まだまだバテてはいないようだが、やはり山道は辛いようだ。声にいつもの元気が無い。
「横島師父、『見鬼くん』に反応は無いアルか?」
「今のとこはないな。俺も妖力は感じないし……本気で弱い魔物かも知れないぞ、これ」
 妖気に反応しておおよその方角と距離を教えてくれる見鬼君も、今のところ何の反応も示していない。強い相手であれば、ときに見鬼くん以上の精度を見せる横島の霊感も、それらしいものは何も感じられなかった。件の魔物が近くにいないか、それとも弱いのか。或いは両方と言う可能性も考えられる。見鬼くんを使えばすぐに見つかるだろうと高を括っていた横島だったが、その考えは甘かったのかも知れない。
「楽な仕事だと思ったのになーっ!」
 横島は見えない空を仰いで大声を上げると、途端に頭上の木の中からバサバサと鳥たちが飛び立つ音が聞こえてきた。鳴き声の主は意外と近くに、そして多くいたらしい。それにしても、後悔先に立たずとは正にこの事である。
 彼女達も今頃苦労しているのだろうか。横島は、この仕事に参加しているアスナと古菲以外のメンバー達――特に、急遽参加する事になった木乃香、高音の二人との、レーベンスシュルト城での会話を思い出していた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.83


「はい? スマンが、もう一度言ってくれ」
「だから、私も横島君の仕事を手伝ってあげるって言ってるの」
「ウチも、この力で誰かの役に立ってみたいんよ」
 聞き間違いかも知れない。一縷の望みを掛けて問い掛けてみたが、やはり二人とも本気だったようだ。
「……あっ、その、勘違いしないでよ? わ、私は別に、横島君の役に立ちたいとか考えてるわけじゃないからっ」
 このまま黙っていれば、高音も木乃香と同じように横島の役に立ちたくて手伝いを申し出たように聞こえるだろう。その事に気付いた高音は慌てて訂正した。彼女が手伝いを申し出た理由は、木乃香とは少々異なる。
 彼女もまた、ヘルマン一味との戦いを経て変わった一人なのだ。魔法生徒の中では指折りの実力者として知られている彼女だが、彼等との戦いで自分の実戦経験の無さを思い知らされてしまったのである。
 ゴールデンウィーク中、高音は愛衣と二人で掻き立てられるように警備の仕事に奔走した。しかし、ヘルマン一味と戦った時のような手応えを感じる事が出来ず、実戦経験を積む場を探していたところに、真名と横島の話が飛び込んで来たと言うわけだ。
 この依頼自体、元々は魔法先生達が魔物を逃がしてしまったからこそ起きた依頼であり、彼等の尻ぬぐいをしなければならないと言う使命感もあるのかも知れない。

「ウチの式神さん達にもな、活躍させてあげたいんよ」
 一方、木乃香の場合は、ようやく一鬼だけならば使えるようになった式神を、練習ばかりではなく実際にどこかで使ってみたいと言う気持ちがあるようだ。
 式神に活躍の場を与えたいと言うのも本音であろう。レーベンスシュルト城に居る間、木乃香は式神を常に一鬼出し続けている。と言っても、式神に与えられる仕事は家事の手伝い程度であるため、どうしても怪力自慢の鬼達の出番が無くなってしまうのだ。練習時はあえて霊力の消費が激しい鬼達を召喚するが、どうしても一番消耗が激しい頭目格の『鉄槌童子』を喚ぶ事になってしまう。
 それに、木乃香の霊力は元々彼女自身が望んで手に入れたものではない。望んで霊力を目覚めさせようと修行に励む古菲達にとっては羨ましい話ではあるが、木乃香の力は東西の確執に巻き込まれて、無理矢理引き出されたものなのだ。
 そんな彼女が本当に欲しいもの。それは、自分の霊力が誰かのために役立てる事が出来ると言う実感なのかも知れない。

「念のために言っておくが、報酬はあくまで私と横島での折半だぞ」
「お金が欲しくて言ってるわけじゃありませんっ!」
「ウチも、そんなんはええよ〜」
 これ以上分け前が減っては堪らないと真名は釘を刺そうとするが、高音と木乃香に揃って否定されてしまった。
 二人の言葉に真名は心の中でほくそ笑む。元より面倒な仕事だと思って横島の手を借りに来たのだ。高音が来れば当然の如く愛衣も来るだろう。木乃香が来れば、もれなく刹那がセットが付いてくるはず。タダで人手が増えると言うのであれば大歓迎である。
「いや、GSは素人を除霊現場に連れてく事は出来なくてな……」
 しかし、横島としてはなんとか断りたいところだ。
 高音だけなら問題はないだろう。刹那が協力を申し出てくれれば諸手を挙げて歓迎していたはずだ。彼女達は信頼するに足る実力者なのだから。しかし、愛衣はどこか危なっかしく見ていてハラハラするタイプなので、横島としてはあまり巻き込みたくはない。なにより、彼にとっては保護欲の対象である木乃香を現場に連れて行くなどもってのほか。「おにーさん、そんな事許しませんよ!」と言い出しかねない勢いである。
「横島さ〜ん、だめ?」
「可愛く聞いてもダメ」
 小首を傾げて聞いてくる木乃香の可愛らしい仕草に少し頬が緩んでしまうが、横島は何とか毅然たる態度を装って返事を返した。
「あ〜ん、やっぱウチじゃあかんわ。ほら、高音さんもお願いせんと」
「えぇっ、私も!?」
 急に話を振られて高音は戸惑うが、このままでは本当に断られてしまいそうだ。しばし考え、心を決めた高音は、コホンと咳払いを一つしてから、木乃香と一緒に「だめ?」と小首を傾げて見せた。
「………」
「………」
 普段の高音らしからぬ子供っぽい仕草に、横島はすぐさま反応する事が出来なかった。
 みるみる内に高音の頬が紅く染まり、顔、耳、そして首まで真っ赤になってしまう。
「忘れてー! 今見たの、全部忘れてーーーっ!」
「あ、あの、お姉様……そんなに恥ずかしがらなくても、かわいかったですよ?」
 恥ずかしさに耐えられなくなった高音は、そのまま勢い良くテーブルの下に潜り込んでしまった。大して大きくもない丸テーブルであるため、頭隠して尻隠さずの状態である。
「あ〜、やっぱりあかんかったかぁ」
「『やっぱり』!?」
「お嬢様……」
 あっけらかんとした木乃香の様子に、刹那は何も言う事が出来ない。木乃香の事を昔のように「このちゃん」と呼ぶようになっていた刹那も、この時ばかりはお嬢様と呼ばざるを得なかった。
 横島も、心中では密かに高音の意外な姿に心が揺らいでいた。しかし、彼女達の参加を認める事はない。やはり、木乃香と愛衣の事が心配なのだ。
 過保護と言ってはならない。横島は親馬鹿ならぬ師匠馬鹿のせいで、京都では素人のアスナを実戦に連れ出して怪我をさせてしまったのだ。木乃香達を同じような目に遭わせたくないと思うのは当然である。彼自身、ほとんど素人であった除霊助手時代に幾度となく危険な目に遭っていたので尚更であろう。
「それなら、ここはアスナが頼んでみたらどうアルか?」
「そこで、私に振るの!?」
「ほらほら、横島師父も待ってるアル」
「え、そうなの? それじゃ、ちょっとだけ……」
 脈絡もなく古菲が話を振り、アスナを横島の前に押し出して行く。アスナも当初は拒んでいたが、横島が楽しみにしていると聞くと、一転してウキウキとした様子で横島の前に出た。横島の本音は、どちらかと言えばさっさとこの話を切り上げたいので、実際のところは期待しているどころではないのだが。
 ドキドキしながら、アスナは横島の前に立つ。テーブルの下で涙目になっている高音と、呆れているのかどこか冷めた目で見ているエヴァと夕映以外は、皆はわくわくしながら彼女を見守っていた。いや、もう一人、真名も例外であった。こちらは面白い見せ物を見るような目で微笑んでいる。
 まず、胸の前で祈るように手を組む。そして、つつつと身体が触れるか触れないかぐらいまで近づき、上目遣いで横島の顔をじっと見るのだ。これだけでも横島には効果大である。
「横島さん、お願いっ!」
 そして、真っ直ぐに頼む。アスナは不器用だ。ぶりっ子なんて似合わないし、やれば却って変になる。更にはバカだ。横島の好みがどうとか考えられない。だから、ありのままの自分をぶつけるのだ。
「ぐ……ぐぐぅ……っ!」
 そして横島は、意外にもその真っ直ぐさに弱かった。効果絶大である。
 アスナはそのまま顔を伏せ、目を閉じて返事を待つ。趣旨を忘れてのこの流れだが、アスナは更にその新たな趣旨すら忘れてしまったようだ。雰囲気に呑まれ、まるで告白の返事を待つ少女のようにも見える。
 当の待たれている横島はと言うと、こちらも雰囲気に呑まれてしまっていた。両手を広げ、アスナの肩を抱こうとして――ここで流されてはいけないと、必死に踏ん張っている。周りで目を輝かせている他の少女達の目がなかったら危なかっただろう。なんとか気を取り直して距離を取ったものの、さながら本当にダメージを受けたかのように頭を抱えてのたうち回っている。
「アスナさんでもダメでしたか〜」
「……あ」
 愛衣の声にアスナはハッと我に返った。
「ちょ、ちょっと、趣旨ズレてないっ!?」
 アスナがようやく気付いた。思い切り脱線している。それも二度。
「何をやっとるんだ、馬鹿者どもが」
 そして、ようやくエヴァがツっこんだ。転がっている横島を、脇腹に蹴りを入れて止める。
「横島、山中を捜索するなら人手があるに越した事はないだろう。タダで手伝ってくれるって言ってるんだ。断る理由はあるまい」
「そうは言っても、GSは素人を除霊作業に連れてくわけにはいかないんだって。責任問題になるから」
 引き下がるわけにもいかない横島は、尚も反論しようとする。
「それは丁度良かったな、横島。この件は裏の組織である関東魔法協会から、裏の人間である私に依頼されたもの。元より正規のものではない。責任問題など発生せんよ」
 しかし、それもあっさりと真名に論破されてしまった。
 横島はこれ以上反撃する事が出来ず、もはやこれまでかと思ったその時、意外なところから援軍が登場する。
「ちょ、ちょっと待ってください! 横島さんの言う通り、このちゃんを連れて行くのは危険です! 人手が必要ならば、私が……っ!」
 刹那である。彼女もまた、横島と同じく木乃香を危険な目に遭わせたくない一人だ。
 だが、ここでエヴァは怯むどころか、してやったりと言いたげな笑みを浮かべる。
「更に茶々丸を付けよう」
「……え?」
「お前達を三つに分けるんだ。手分けして探した方が効率が良いだろう」
「三つ…?」
 一体何の話をしているのか理解出来ない刹那は戸惑った表情を浮かべるが、真名の方はそれで得心したらしく、すぐさまエヴァに追随してきた。
「なるほど、三人ずつに分けるとすれば、横島、神楽坂、古の三人。私は……グッドマン、佐倉の二人だな」
「なに……?」
「そして刹那、貴様は木乃香と茶々丸の二人を連れて行け。私の従者は頼りになるぞ?」
「それなら安心やな〜」
「え? え?」
 自分が理解出来ない内に話が進んでいる。刹那はきょろきょろと周りの面々を見回した。しかし、アスナと古菲は元々反対する立場にはなく、高音と愛衣は真名と一緒に行動する事に特に反対する様子もない。何より、肝心の木乃香が乗り気になってしまっている。
 やられた。刹那は理解した。既に状況は、木乃香が参加する方向で決定されてしまっているという事を。
「せっちゃん」
「は……」
「一緒にがんばろな♪」
 満面の笑みを浮かべる木乃香を見て、刹那は観念した。こうなってしまえば、彼女には木乃香を守る道しか残されていない。

 一方、エヴァに蹴られた横島がどうしたかと言うと―――

「……いかん、なんかゾクゾクしてきた」

―――自分を見下ろすエヴァと真名の視線を受けてドキドキしていたそうだ。
 こうして反対する者がいなくなり、高音、愛衣、木乃香、刹那、そして茶々丸の参加が急遽決まったのである。


「横島さん、どうしたんですか?」
「あ、ああ……いや、なんでもない」
 アスナに声を掛けられ、横島は我に返った。辺りを見回してみると、相変わらず薄暗い森である。
 いつの間にか日が山の向こうに沈みそうな時間になっていた。レーベンスシュルト城の方ではエヴァと夕映が留守番をしているが、裕奈もそろそろ帰ってきている頃であろうか。
「それにしても、全然反応がないアルな」
「何も感じないし、大した事ないヤツなんだろうが……」
「見つけてどうにかするまで帰れないんですよねぇ」
 それからしばらく見鬼くんを手に辺りを捜索したが、まったく反応が無い。
 考えてみれば、魔法先生の中には神多羅木や刀子のような武闘派も存在するのだ。ただ強いだけの魔物なら、とっくに片付けられているはずだ。彼等も、件の魔物を見つける事が出来なかったのかも知れない。
「他のチームが見つけてくれてりゃいいんだが……」
 現在、横島達はエヴァ達の提案通りに3チームに分かれて魔物を捜索している。どこかのチームが見つけ次第連絡を取り合う事になっていた。横島達が見つけられなくとも、他のチームが魔物を退治すれば仕事は終了なので、横島はいっそそっちの方が楽なのではないかと考え始めている。
「よ、横島さん…!」
 しかし、そんな風に考えていると得てして逆の結果が帰ってくるものなのか、アスナが横島の袖を摘んで引っ張りながら、小声で話し掛けてきた。彼女の緊張を感じ取り、 ピタリと足をとめてアスナが指差す先を見てみると、茂みの向こうから尻尾が姿を覗かせていた。その長さから言って、相当小さな魔物のようだ。アスナが気が付かなければそのまま通り過ぎてしまっていただろう。その尻尾は白い毛並みをしている。明らかにこの辺りに生息する野生の獣のものではない。
 しかし、まったく見鬼君は反応していない。横島もそれらしい気配を感じない。相当弱い魔物なのだろう。横島の使う見鬼くんもそれなりに高性能な物なのだが、それでも探知出来ないぐらいに弱い魔物のようだ。オカルトGメンが使う『ウルトラ見鬼君』を使えば探知出来たかも知れないが。
「そっと近付くアル……」
「了解……」
 アスナと古菲は互いに顔を見合わせ、小声で示し合わせてコクリと頷くと、そおっと茂みから覗く尻尾へと近付いていった。
 幸い、踏めば音がする枯れ葉、枯れ木の類はない。地面も湿ってはいるが、それが却って足音を消してくれる。後は口さえ閉じていれば気付かれずに近づけるはず。茂みのおかげで向こうからこちらは見えていない。尻尾を掴んで捕まえれば仕事は完了だ。
 見つけるまでに時間は掛かったが、意外に簡単に済みそうだ。そう考えながらアスナが尻尾に向かって手を伸ばそうとしたその瞬間、白い尻尾がピクッと震え、尻尾の主は脱兎の如く茂みに飛び込み、逃げ出してしまった。
「あ、あれ?」
「ム、気配を察知したアルか?」
 呆気に取られるアスナと古菲。すぐに追わなければならない。横島は慌てて二人に指示を飛ばそうとするが、丁度その時に横島の携帯が震え出した。しっかりマナーモードである。
「横島さんですか、魔物を見つけました。今、追っています」
 電話を取ってみると、それは刹那からのものであった。彼女達も魔物を見つけたらしい。どうやら一体だけではないようだ。
「ああ、こっちも見つけた。そっちのはどんなのだ?」
「白く、小さい魔物です。鬼が大きな音を立ててしまったので、逃げてしまいました」
「一緒か……分かった、そっちはそっちで追ってくれ。こっちも追跡してみる」
「分かりました」
 刹那の返事を聞いて横島は携帯を切る。改めてアスナ達に追跡を指示しようとするが、直後に再び電話が掛かってきた。刹那達の方で何かあったのかと思いディスプレイを見てみると、そこには刹那ではなく真名の名前が表示されていた。もしやと思い、横島は電話に出る。
「もしもし、もしかしてそっちでも見つけちゃった?」
「なんだ、横島も見つけたのか。何匹だ?」
「白くて小さいのが一匹、逃げられたよ。今から追おうとしてるとこだ。そっちは?」
「こっちは三匹いたぞ。グッドマンが一匹捕まえてくれた。影の使い魔とは便利な物だな」
「一体何匹いるんだよ……」
 話を聞いてみると案の定、真名達の方にも同じ魔物が現れたらしい。しかも三匹もだ。一体、何匹の魔物が麻帆良周辺の山中に潜んでいるのだろうか。あちらは高音が影の使い魔で一匹捕らえる事に成功したらしい。
「そうか、こっちも追跡するから、そっちはそっちで頑張ってくれ」
 自分達も負けていられないと三人で追跡を開始しようとする横島。しかし、次に真名は、意外な事を提案してきた。
「いや、その必要はない。どこかに一旦集合したいんだが」
「何……?」
 なんと、山中の魔物達を放って、どこかに集合しようと言うのだ。
 危険な魔物ではないと言う事だろうか。横島は疑問符を浮かべながらも、真名の言う通り、一旦3チームを集合させる事にした。


「真名、どうしたんだ。いきなり呼び戻して。私達は魔物の追跡中だったんだぞ」
「そいつはご苦労だったな。そのまま追い続けても多分捕まえられんぞ」
「なに?」
 追跡中に呼び戻された刹那が開口一番真名を問いただすが、意外な反撃に逆に刹那の方が面食らってしまった。
「仕留める事は出来たかも知れんが……まぁ、止めた方が良いだろうな」
「何故だ? 麻帆良を脅かす魔物は退治せねばならないだろう」
「いえ、退治するのは私もどうかと思うわ……」
 何故か魔物を倒すなと言い出す真名。刹那は再び問い掛けようとするが、意外にも人一倍使命感に燃えるタイプである高音までもが真名に同調しはじめた。一体、山中にはどんな魔物が潜んでいるのだろうか。刹那のチームも、横島のチームもその正体は掴めていないため、真名達がどうしてそんな事を言うのかが理解出来ない。
 対する真名は、愛衣の持っていたリボンに縛られ、囚われの身となった件の白い魔物を皆の前に差し出す事にした。
 百聞は一見にしかずと言うやつだ。

「な……なんなんですか? ここ、どこですか? なんであたし捕まえられたんですか?」

「……真名、これが魔物とは冗談キツいアル」
 古菲がそう言ってしまうのも無理はない。真名が差し出したそれに彼女達は見覚えがあった。白く長い身体に白い尻尾。アスナ達や刹那達が見つけたものと同種である。よく見る姿だ、主にネギの肩の上で。そう、真名達が捕まえてきたのは一匹のオコジョであった。しかも、このオコジョは人間の言葉を喋っている。カモと同じオコジョ妖精だ。
 しかし、カモと違って弱気な性格をしているらしい。囚われのオコジョ妖精は怯えて涙目になっており、ぷるぷると震えるばかりであった。
「刹那、これでも仕留めるか? 私が言うのも何だが、良心が咎めると思うぞ」
「うぅ、確かに……」
 刹那は何も言い返す事が出来ない。こんな小動物を追い掛け回して斬れば、見た目には刹那の方が極悪人である。
「……そう言えば、カモさんが麻帆良学園に侵入してきた時も、不審者が侵入したと処理されたはずです」
「そいつがどんなのかって言うより、結界越えられたって事実の方が優先って事か」
 現に横島達もこうして実物を見るまで「弱い魔物」がいると思って捜索していた。
 こうして実物を見ると、放っておいても無害なのではないかと思わなくもない。しかし、魔法使いの存在を世間から隠す関東魔法協会としては、こんなオコジョ妖精でも世間の目に触れないよう処理しなければならないのだ。難儀な話である。
 もしかしたら召喚主は、魔法先生達は立場上召喚された魔物全てに対処しなければならない事を知った上で、嫌がらせにあのオコジョ妖精達を召喚していったのかも知れない。アスナ達もこれから、怯えて逃げ回るオコジョ妖精達を全て捕まえなければならないと考えると、頭が痛くなってくる。
「で、でも、他のオコジョ妖精を捕まえないわけにはいかないですよね。可哀想ですけど」
「おじいちゃんに頼んで、魔法先生達にも手伝ってもらうのはどうやろ?」
「確かに、罠を仕掛けるなりしないと、追い掛け回すだけでは限界があるでしょうね」
「で、でも、何もしないわけにはいかないでしょ? 応援が来るまで出来るだけ頑張ろうよ」
 しかし、広い山中を逃げ回る小さなオコジョ妖精を捕まえようなど無理なのではないか。ただでさえ向こうはこちらに怯えているのだから。近付けば彼等は必死に逃げ回るだろう。自分達に出来る事はもうないのかも知れないと諦めかけている皆を、アスナは励ました。先程、オコジョ妖精の間近まで迫ったのに逃げられてしまったのが悔しいのだろう。何とか横島に、役に立てる事を見せたい一心のようだ。
 真名もそれに同意した。彼女の方には、もう少し働いて見せなければ報酬が貰えないのではないかと言う危惧がある。この一匹を捕まえるのにも時間が掛かったと言うのに、これで報酬がおじゃんとなってしまえば目も当てられない。
「待て、お前は来るな。神楽坂」
「えっ、なんで?」
 しかし、真名はアスナが来るのを止めた。
「お前には無理だ」
 そう言って真名は、自分の頭をつつくような仕草で指差してみせる。バカだから捕まえられないとでも言うつもりだろうか。だとすれば失礼な話である。否定はしないが。
「気が付けば私自身も違和感を感じなくなっていたが……お前のリボンは追跡には向いていない」
 しかし、真名が無理と言う理由はそんなものではなかった。問題はアスナが髪をまとめている鈴付きのリボン。とうに慣れて周囲の誰もが気にも留めなくなっていたが、そのリボン――正確には鈴は、彼女が歩く度にリンリンと小さな音を鳴らす。これは音に敏感に反応する小動物を追うには致命的であろう。
「あ……」
「来るならそのリボンを外せ、見つけても逃げられてしまうだけだ」
 真名の言う通りである。先程オコジョ妖精に逃げられたのも、気付かない内に鈴が鳴ってしまったためだと思われる。断言出来ないのは、アスナ自身慣れすぎて音が鳴っている事を普段から気にも留めなくなっているためだ。
「わ、分かったわ」
 気付かぬ内に足を引っ張ってしまっていた。アスナは愕然とする。
「あー、ちょっと待った」
 失敗を取り戻さねばならない。慌ててリボンを外そうとするアスナ。そんな彼女の手を取り、声を掛けて止めたのは、他ならぬ彼女が良い所を見せたい相手、横島であった。
「ど、どうしたんですか、横島さん?」
 もうアスナは手伝わなくても良い。そんな事を言われるのではないかと、アスナは怯えた目で横島を見る。それを知ってか知らずか、横島はアスナに対してニッと白い歯を見せて笑ってみせた。
「こう言う事は、俺達素人じゃなくて、専門家に任せるべきだ」
「せ、専門家ですか?」
「お兄様、猟師さんでも連れてくるつもりですか?」
 愛衣に問い掛けに、横島はチッチッと指を振った。彼の言う『専門家』とは猟師などではない。
「そんな面倒臭い事しないって、オコジョ妖精の事ならカモに聞けばいいじゃないか
「……あ」
 オコジョ妖精の事ならオコジョ妖精に聞け。なるほど、これ以上とない専門家である。専門過ぎて、アスナ達には盲点であった。
 呆気に取られているアスナ達を余所に、横島は早速連絡を取る。しかし、実は横島の携帯にはカモの番号は入っていない。そこで、彼が番号を知ってる中で、すぐにカモと連絡が取れそうな者と言う事で、ハルナに連絡を取った。この男、いつの間にか携帯のメモリーに少女達の番号を増やしている。ハルナの番号は、ゴールデンウィーク最終日にレーベンスシュルト城に泊まった際に教えてもらったそうだ。これを機会に、カモの番号も教えてもらった方が良いかも知れない。


「よくオレっちの事を思い出してくれやした、兄さん! そう言う事なら任せてくだせぇっ!」
 ハルナにカモの番号を教えてもらい連絡を取ったところ、カモは二つ返事で引き受けてくれた。彼としても同胞の窮地を見捨てるわけにはいかない。
 オコジョ妖精はネギ達の魔法とはまた異なる独自の魔法を持っており、それを使えばオコジョ妖精同士で連絡を取り合う事も可能なのだそうだ。
 更に学園長に連絡を取ったところ、無理矢理召喚されたオコジョ妖精達が自分から出てきたならば、責任を持って魔法界に帰還させる事を約束してくれた。あとは、カモが魔法を使って山中に潜む同胞達に呼び掛ければ良い。出てくれば危害を加えられる事もなく、魔法界に帰してくれる事を伝えれば、オコジョ妖精達は自分から出てくるであろう。それでこの一件は片が付くはずだ。

「チッ、これでは報酬が出るかどうか分からんな」
 魔法を使って同胞達に呼び掛けるカモの後ろ姿を見詰めながら、真名は一人愚痴る。
 時間ばかり掛かって、あまり働いた気がしないと言うのが正直なところだ。式神の力を試してみたいと言っていた木乃香も、この状況は不満なのではないだろうか。と思って木乃香の方を見てみると、彼女は意外に満足した様子であった。彼女にとっては、仕事に参加して、無事終わらせる事が出来たと言う事実が重要なのだろうか。
「大丈夫だろ。俺達が一匹捕まえなけりゃ、オコジョ妖精だって判明しなかったわけだし」
 そして、彼女の隣に立つ横島は、真名の悩みを笑い飛ばすようにあっけらかんと答えた。一仕事終えたと、こちらも満足気な顔をしている。
「そう言えば、あの一匹を捕まえたのは私のチームだったな。報酬が出たら、折半は八二で良いか? 勿論、私が八だ」
「いやいや、高音は俺に協力してくれたんじゃないか。六四だろ」
「お前、高音が参加するの反対してただろ。七三」
「いやいや、カモと学園長の協力取り付けたの俺だし。五五プラス一緒に夕食一回」
「ぐ……」
 そのまま二人は報酬の折半について侃々諤々と話し始めた。
 まだ本当に報酬が出るかどうか分からないが、この二人がコンビを組めば、きっと大丈夫であろう。

 そしてアスナは、そんな二人の背をぼんやりと眺めていた。リボンの鈴にそっと触れてみると、リンと澄んだ音が鳴る。今まであまり気にしていなかったが、意識してしまうと、その音がとても大きな音のように感じられた。
 確かにこれはどこかに隠れたり、追跡したりするのには向かないかも知れない。
 子供の頃から付けているものだが、換えるべきだろうか。そんな事を考えながら、アスナはこのリボンを貰った時の事を思い出していた。
 孤児であるアスナにとっては親代わりとも言える彼女達の前担任、高畑・T・タカミチ。孤児であるアスナが麻帆良学園に来たばかりの頃、彼女の面倒を見ていたのが彼だったのだ。アスナの鈴付きのリボンは、その頃に彼から贈られた物だ。まだアスナが小学生だった頃の話である。
 その時からだろうか、高畑に対しアスナが憧れの気持ちを抱くようになったのは。
 横島に出会う以前のアスナは、確かに高畑に憧れていた。
 今は横島の事が大好きだと胸を張って言えるが、高畑に対する気持ちが消え去ったわけではない。
 しかし、何か違うのだ。横島に対する気持ちと、高畑に対する気持ち。アスナ自身よく分かっていないが、両者が似て非なるものである事はなんとなく分かる。そう考えると、髪をまとめるリボンが途端にとてつもなく重い物に思えてきてしまう。
 堪らなくなってアスナがリボンを解くと、彼女の長い髪が風になびいた。
 アスナは手の中の二つの鈴に視線を下ろし、それをぐっと握りしめる。
 下手に考え込むよりも、今は思いのままに行動しよう。そう決心して顔を上げると、横島の背に向けて、力強く声を掛けた。


「あの、横島さん! 私、新しいリボンを買いに行こうと思うんです。付き合ってもらえませんか?」




つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 麻帆良学園都市周辺が山林に囲まれている。
 オコジョ妖精が使う独自のオコジョ魔法に、オコジョ妖精同士を繋ぐ念話がある。

 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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