「逃げられただと!?」
中で星のような光の粒子が踊る壁、床、そして天井に囲まれた玉座の間に、掠れた男の声が響き渡る。
玉座の前に立つ男の姿はやはり猫であった。無数の宝石で飾られた黄金の冠を被り、豪華なビロードの赤いマントを羽織った王だ。しかし、黒っぽいグレーの毛に覆われたその身体は随分と細く、小さいようだ。衣装に着られている印象を受ける。
手には猫の頭を模した金の飾りが付いた錫杖を持っている。イライラとした様子でそれをへし折ろうとするが、力が足りずに折る事が出来ない。やがて、息切れして諦めた王は、余計に不機嫌になってしまった。
「も、申し訳ありません!」
桜子と茶々丸をここに連れて来るはずだったサビ猫の兵は王の前にひれ伏して怯えている。こちらは声の感じからして女性のようだ。彼女はこう見えても、この城ではかなり高い地位にあり、兵達を率いる隊長の立場にある。しかし、そんな彼女も王の前ではヘビに睨まれたカエルだ。怖くてしっぽがぶわっと膨らんでいる。
玉座の間はかなり広い。天井は高く、上を見上げてみると、透かして見える外の光の中に光の粒子が溶け込んでいる。しかし、王とサビ猫以外に猫の姿はない。しんと静まり返る耳に痛い静寂が、しばらく玉座の間を包み込んだ。
「何をしている! そんな所で震えている暇があるなら、兵を連れて捕まえて来い!」
「は、ハッ! 今すぐに!」
その静寂を斬り裂くように怒鳴りつけられたサビ猫は、飛び上がるようにして立ち上がると、逃げるようにして玉座の間から飛び出して行った。後に残された王は、フラフラと力が抜けたように玉座に座り込む。大声を出したせいか息が荒い。
王ただ一人だけが残された玉座の間はガランとしていた。玉座で背中を丸めた王は、その小さい姿が更に小さく見えてしまう。
「なんとしても、あいつを……桜子を捕まえるんだ。なにせアイツは、奴等の飼い主なのだからな……」
ぼそぼそと小さく呟くその声は、誰にも聞かれる事なく光の天井へと消えていくのだった。
一方その頃、横島一行は裏通りに身を潜めていた。出来る事ならば桜子達を探したいところなのだ。状況から考えておそらくこの世界に居るとは思うのだが、彼等はこの猫妖精の世界に桜子達がいると言う確信を持てないでいる。また、仮に桜子達がこの世界のどこかにいるとしても、どんな猫の姿になっているかが分からないのだ。
茶々丸が猫になるかどうかと言う疑問もあるが、横島達は彼女も猫になっているだろうと判断していた。
猫サイズに縮んでしまった横島達に、カモより小さくなってしまったすらむぃ。カモが元のサイズのままだと考えると、この世界は全て猫の身体の大きさに合わせられていると言う事になる。もし、茶々丸が元の人間サイズのままこの世界にいれば、それこそ巨人だ。わざわざ探さなくても、空を見上げれば見付ける事が出来ただろう。
横島は狭い裏通りで屋根と屋根の隙間から見える空を見上げてイメージしてみた。猫の身体で茶々丸を見上げればどうなるのかと。そして思い出す。そう言えば以前に寝転がった体勢で彼女を見上げた事があったが、その時の茶々丸はニューボディになる前であったと。
「よし、なんとしても無事に二人を見付けて帰らないとな」
ぐっと拳を握りしめて決意を新たにする横島。猫ながらなかなかに凛々しい表情で、アスナが見惚れている。しかし、彼は心の中ではこんな事を考えていた。二人を見付けて無事に戻る事が出来たならば、必ずや今の茶々丸を下から見上げてやろうと。
「あの、私達は桜子ちゃん達を探せないけど、桜子ちゃんからは私達の事が分かるんじゃないかしら?」
「あ、そっか! カモは元の姿のまんまだ!」
「おお、そういやそうだったな! 冴えてるぜ、姐さん!」
幸い、横島一行はカモとすらむぃが元の姿のままだ。千鶴が表通りに出て桜子達から見付けてくれるのを待てば良いのではと提案し、横島達も早速それを実行に移そうとした。
「よ、横島さん! 向こうから、槍持った猫がたくさん!」
ところが、表通りに出ようとすると、丁度サビ猫を先頭にした大勢の猫兵士達が通り過ぎるところだった。横島達にやましい事はないのだが、カモやすらむぃ達を連れて出られる雰囲気ではない。猫になった面々だけならば問題無いかも知れないが、元々の目的は桜子達にカモとすらむぃの姿を見付けてもらう事だ。それでは意味が無いのである。
「兄さん、どうしやすか?」
「どうするって言われてもなぁ……桜子ちゃん達が裏通りに居る事を祈ってみるか?」
「で、でも、今の桜子さんってやたらと運が悪いし、逆効果になっちゃうんじゃ……?」
「うぅ……」
夏美の言う通りであった。普段の桜子ならば、このようなトラブルに巻き込まれても持ち前の強運で無事に切り抜けていただろうが、今の彼女にそれを求める事は出来ない。何とか横島達から助けに行かなくてはいけない。
ひとまず、一箇所で固まっているよりも、動き回った方が良いだろう。そう判断した横島達は、裏通りを中心に歩き回って見る事にした。
「いっそ、あの猫兵一匹とっ捕まえて、情報引き出せないか?」
「それもアリかもしれねぇなぁ。あいつら裏通りも調べるだろうし、逃げ回りながら一匹だけのヤツを探してみるか」
「あたしに任せな。このサイズでも猫ぐらいなら捕まえられるゼ!」
顔を付き合わせて悪巧みをする三毛猫横島、カモ、すらむぃ。横島のしっぽが嬉しそうにぴこぴこと動き、すらむぃの生やしたしっぽも真似をしているのか、同じように揺れている。一方アスナ、千鶴、夏美の三人はと言うと、表通りの猫達が猫兵士も含めて可愛らしく思えてしまっている。そんな可愛い猫達にひどい事をして良いものかと、どうにも彼等の悪巧みには乗り切れずにいた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.89
王の放った兵士達に横島達、双方が探し求めている桜子達は、路地裏に潜んで手枷を相手に悪戦苦闘していた。
幸い、その手枷は木の板を一部金属で補強した簡素な物であり、桜子の物は茶々丸が手頃な大きさの石のブロックを手にあっさりと壊してしまった。しかし、逆に桜子が茶々丸の手枷を壊そうとするとなかなか上手くいかない。桜子の力ではブロックが重過ぎるようだ。
「う〜ん……あっ」
「ッ!?」
フラフラしながら持ち上げたブロックが桜子の手から滑り落ちる。不意の事だったため、茶々丸も咄嗟に手を引こうとしたが間に合わない。
「だ、大丈夫!?」
「……大丈夫、なようです」
慌てて桜子が声を掛けるが、茶々丸はすぐに大丈夫だと返事を返した。
幸い、落ちたブロックは手枷の金具の部分に命中したようだ。桜子の運の悪さよりも、茶々丸の幸運が勝ったのであろうか。見事に手枷は茶々丸の腕から外れていた。
傷一つ無い茶々丸の腕を見て、桜子はほっと胸を撫で下ろす。今の自分は運が悪いため、そのせいで茶々丸を傷付けてしまったのではないかと思ったようだ。ともあれこれで二人とも自由の身だ。
「それでは行きましょう」
「行くってどこに?」
「分かりませんが……ここに留まるのは不味いかと」
そう行って茶々丸は表通りの方を指差した。すると、駆け回る猫兵士達のがやがやとした声が聞こえてくる。更にそのまま見ていると例のサビ猫の姿が見え、桜子はビクッと身を震わせる。幸い、サビ猫は走っていたため、路地裏の桜子達に気付く事なく通り過ぎて行った。
確かに、茶々丸の言う通り、ここに留まるのは不味いだろう。急いで兵士達に見つからない所まで逃げなければならない。
「う、うん、分かった。茶々丸にゃんに任せるよっ!」
「……では、行きましょう」
桜子を先導して進み始める茶々丸。両手が自由になった今、多少の猫兵士に囲まれたところで、格闘技術のみで切り抜ける事が出来るだろう。しかし、そんな彼女でも、どこに逃げればこの事態を打開出来るのかについては、まるで見当が付かなかった。なにせ彼女達は、おそらくでも推測出来る横島達と違って、彼等がこの世界に居るかどうかが分からないのだ。カモとすらむぃの事も知らないため、仮に居たとしても、猫になった彼等をどうすればいいのか分からずに途方に暮れている。
そのまま物思いに耽りながら進む茶々丸を、桜子がしっぽを掴んで呼び止めた。
「茶々丸にゃん、そっちは表通りだよ!」
「え? あ、スイマセン……」
気付かぬ内に表通りに出ようとしていたようだ。今度は、桜子が前に立って更に表通りから離れて奥へ、奥へと進んで行く。表通りの喧噪が離れていき、辺りはだんだんと静かになってきた。
その自信に満ちているように見える足取りに、茶々丸は疑問を抱く。桜子はこの辺りの道を知っているのだろうかと。
「あの、桜子さん」
「なぁ〜に?」
「もしかして、桜子さんはこの辺りの地理を把握しているのですか? やけにズンズンと進んで行ってますが」
茶々丸の言葉に桜子はピタリと足を止めた。指先を唇に当てるポーズで考え、やがてポンと手を打つ。
「……あ〜」
「あ?」
「私、今運が悪いんだったね〜。カンで進んじゃダメだったよ〜」
それを聞いた茶々丸が、その場で思い切りずっこけたのは言うまでもない。
「いたぞ!」
「皆、こっちだ!」
更に間の悪い事に、猫兵士達に見つかってしまった。サビ猫はいないようだが、前後両方が兵達によって塞がってしまう。
しかも、二人が今いる場所は、茶々丸と桜子がすれ違う事も出来ないぐらいに狭い路地だ。これでは後方の兵は後ろにいる茶々丸が何とかする事が出来ても、前方の兵を止める事が出来ない。桜子が捕まってしまえば一巻の終わりである。
左右を見ても土壁ばかりで中に飛び込めそうな扉も窓も無い。前方に三匹、後方に二匹。これでは、猫だと言うのに袋のネズミである。
更に間の悪い事に、二階の窓際に飾られていた植木鉢が桜子の頭目掛けて落ちて来た。
「! 桜子さん、上です!」
「え?」
目の前に兵が迫っていると言うのに桜子が声に釣られて上を見上げたその時、彼女を庇おうと一歩踏み出した茶々丸は信じられない光景を目撃する事になる。
手抜き工事なのだろうか。壁から中に埋まった支柱の一部だと思われる木片が飛び出しており、落ちて来た植木鉢がそれに命中し、桜子に当たる直前にその軌道を変えたのだ。
「ぐあっ!」
植木鉢は見事に桜子に迫っていた先頭の兵士に命中。更に先頭の兵士が持っていた槍が倒れた拍子に二匹目の頭に当たり、その二匹に巻き込まれるようにして三匹目も一緒に倒れて、しこたま後頭部を地面にぶつけてしまう。
「まずい、逃げられるぞ!」
「貴方達の相手は私がします!」
後方から追い掛けてきた兵達は、突然前方が崩れた事に驚き、慌てて距離を詰めてきた。しかし、両手に拘束具を嵌めた状態でも門番を蹴散らした茶々丸だ。いくら狭い路地とは言え、二匹ぐらい蹴散らすのは訳ない。あっさり追い掛けてきた兵達をのしてしまった。
それにしても不幸中の幸いである。結果として、桜子が無事なままこの場を切り抜ける事が出来たが、一歩間違えれば、植木鉢が頭に命中して、彼女もただでは済まなかっただろう。代わりに命中した兵には、ご愁傷様と言うしかない。
「桜子さん、急いでここから離れましょう」
「うん、そうだね!」
何にせよ、今は一刻も早くここから離れるべきだ。騒ぎを聞きつけて他の兵達が駆け付けてくるかも知れない。
茶々丸が桜子の手を引いてこの場から立ち去ろうとしたその時、路地の向こう側からいくつかの足音が聞こえてきた。何者か知らないが、もう駆け付けてきたらしい。茶々丸は踵を返して反対方向に向かおうとするが、それよりも早くに一匹の三毛猫がこの場に到着した。
「なんじゃこりゃ!?」
武装はしていないので、兵ではないのだろう。追っ手ではないようだが、だからと言って顔を見られるのも不味い。そそくさと立ち去ろうとした茶々丸だったが、その猫は男の声をしている事に気付いてふと足を止めてしまう。
雄の三毛猫、有り得ない話ではないが、かなり珍しい。思わず振り返ってしまった茶々丸は、その三毛猫とばっちり目が合ってしまった。
「……?」
ふと懐かしい感覚を覚えて首を傾げる茶々丸。相手も何やら疑問符を浮かべている。そう言えば、この三毛猫の声はどこかで聞いた覚えがあるような気がする。桜子も三毛猫の事が気になるようだ。
思い切って茶々丸が声を掛けようとすると、三毛猫の背後から更に複数の影が近付いて来た。
「兄さん、大丈夫ですかい?」
「俺はなんともないんだが……」
三毛猫に声を掛けた者の姿を見て、桜子と茶々丸は驚きに目を見開いた。なんと、声の主は猫ではなかったのだ。オコジョである。かなり大きいが、猫と比較して考えれば妥当な大きさであろう。
「あれ? もしかしてカモ君……?」
先に気付いたのは桜子だった。
その言葉を聞き、茶々丸はハッと三毛猫の顔を改めて見てみる。言われてみればあの声は、横島の声ではなかっただろうか。
「あの、もしかして、横島さん、ですか……?」
「おい、ケンカか? ケンカか? 敵はどこだヨ?」
茶々丸の問いに三毛猫が答えるよりも先に、人間に見える少女が彼に飛び付いた。茶々丸達はその少女の顔に見覚えがある。ネコミミとシッポを生やしているが、間違い無くすらむぃだ。
間違いない、目の前の三毛猫は横島だ。二人の表情がみるみる内に笑顔に変わっていく。
「もしかして……茶々丸と桜子ちゃんか?」
ようやく横島も、二人の正体に気付いた。
「横島さん!」
「来てくれたんだねーっ!」
感極まった二人は、我先にと横島に抱き着いた。これが人間の姿のままであれば横島は喜び堪能しながら、その肩を抱き返しただろう。しかし、二人とも猫の姿であるため戸惑っているようだ。
「え? 桜子、見つかったんですか?」
アスナ、千鶴、夏美も追い付いてきた。桜子達が見つかった事を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。再会を喜びたいところだが、それをするには、この路地は少々手狭だ。当初のお互いを見付けると言う目標を果たした一行は、まずこの場を離れてどこか落ち着ける場所を探す事にした。
狭い通路を歩きながら、桜子が振り返ってすぐ後ろの茶々丸に微笑み掛ける。
「へへっ、茶々丸にゃん!」
「どうかしましたか?」
「私、なんか運が戻ってきたみたい!」
そう言って桜子は朗らかに笑った。
兵達に追い詰められた時も、植木鉢が落ちて来た時も不運だと思ったが、結果を見てみれば、植木鉢は桜子を救い、兵達の騒ぎを聞きつけて横島達が駆け付けてくれた。今にして思えば、あの場所に辿り着いたのも、桜子が勘を頼りに進んだおかげかも知れない。
理由は分からない。しかし、確かに桜子の幸運は戻りつつあった。
「なに? 誰も横島の姿を見ていないと言うのか?」
珍しくレーベンスシュルト城ではなく家の方で横島達の帰りを待っていたエヴァは、3−Aの面々が次々と集まってきても、誰も横島達の姿を見ていない事に疑問を抱く。千鶴、夏美以外の全員が揃ったところで学園長に問い合わせてみるが、彼も横島の動向までは把握していなかった。
横島の携帯番号を知る者達は次々に彼の携帯に電話を掛けてみるが、まったく繋がらない。千鶴と夏美の二人がまだここに来ていない事に気付いたあやかは、二人にも連絡を取ってみるが、結果は横島の時と同じであった。
「おい、ぷりん、あめ子! お前達はどうだ!?」
「無理ですー、すらむぃと連絡が取れませーん」
「……麻帆良にはいない」
すらむぃが横島と一緒であるため、ぷりんとあめ子にも連絡を取らせてみるが、結果は「すらむぃは現在麻帆良にいない」と言うものであった。つまり、茶々丸と同じ状態だ。こうなってくると、横島達も桜子、茶々丸と同じトラブルに巻き込まれた可能性が出てくる。
「ま、まさか、ちづるさん達も巻き込まれたんじゃ……」
あやかの顔色は蒼白を通り越して真っ白になってしまっていた。彼女はそのまま立ち眩みを起こし、倒れそうになったところを、慌ててアキラが支える。こうして3−Aの面々が集まると、流石のエヴァの家も手狭になるため、皆でレーベンスシュルト城に入る事にした。
「フム……拙者は辺りを見回ってみるとしようか」
楓はレーベンスシュルト城に入らず、行方不明の皆を探しに出掛けようと立ち上がる。いつもののんびりとした表情ではなく、真剣な眼差しだ。
それを見た真名は、やれやれと溜め息をつきながら立ち上がった。本来ならばただ働きなど御免なのだが、仮にも横島を仕事の相方にしようと目論んでる身だ。3−Aの面々に対しても、それなりに情が移っている。ここで見捨てられる程、彼女は薄情ではなかった。
「せっちゃん……」
「そんな顔しないでください、このちゃん。申し訳ありませんが、しばらく私も出掛けてきます」
木乃香の縋るような視線に答えるように、続いて立ち上がったのは刹那だ。
「刹那、お嬢様の護衛はいいのか?」
「レーベンスシュルト城に居れば安全だ。それよりも現状は情報が足りな過ぎる。万全を期した方が良いだろう」
「ウム、そうでござるな」
真名の皮肉に生真面目に答える刹那。楓もそれに同意する。二人の反応に、真名は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。まったく、厄介な事に巻き込まれたと。本人から進んで足を踏み入れた事については、触れない方が良さそうだ。
「お前達、今は麻帆良で何が起きているのか、さっぱり分からない状態だ。三人一緒に行動しろよ」
行方不明の者達を探すのならば、手分けした方が効率が良いのだが、それで一人、また一人と消えてしまっては話にならない。ここは安全を優先して三人一緒に行動するべきである。エヴァの忠告に、三人は揃って頷いた。
「えっと、僕は……」
「ぼうやは、学園長から何の連絡も来ていないのだろう? ならば、ぷりん、あめ子、美空と一緒にここの守りに就け」
「え、私も?」
「当たり前だ、魔法生徒!」
エヴァと違って、ネギと美空の二人は魔法を使う事が出来る。エヴァはここを襲撃される事も考えているらしく、ネギと美空の二人は、外の守りとして残す事にした。少々心配し過ぎのような気もするが、先日ヘルマン伯爵の襲撃があったばかりだと言う事を考えると、この反応も仕方のない事だろう。
「私も残るアル!」
続けて古菲が、ここに残ると言い出した。エヴァはあまり良い顔をしなかったが、それを止めなければならない程、彼女は素人と言う訳でもない。古菲自身も、素人ではないが楓達に付いて行ける程ではないと言う自分の立場が分かっていたのかも知れない。しばし考えたエヴァは、楓、真名、刹那の三人に付いて行くならばともかく、ここに残る分には構わないだろうと承諾の返事を返した。
超と聡美の二人もまた、レーベンスシュルト城には入らず、彼女達なりのやり方で横島達の行方を捜してみる事にした。
「それじゃ、私達は麻帆良中の監視カメラの映像でもチェックしてみましょうか」
「茶々丸がいれば、ラクだったんだけどネ。長谷川サン、ちょっと手伝ってくれるかな?」
「私かよ!? ……チッ、しょうがねえ」
こう言う時に大きな戦力になる茶々丸がいないため、超は千雨に協力を要請する。突然話を振られた千雨は驚き戸惑ったが、ネギが居て、更に超もいるこの場所は安全であろうと判断し、渋々手伝う事を承諾する。
それにしても、最近の千雨は皆の前でも素をさらけ出しつつある。エヴァの別荘やレーベンスシュルト城で過ごしている間に、幾度か皆に素の姿を見られてしまった事で、隠し続けるのが馬鹿馬鹿しくなったのかも知れない。
「あ、パソコンの操作なら私も手伝えるよ」
「それじゃ、朝倉サンにもお願いするネ」
千雨に続き、和美も手伝いを申し出る。超はすぐさまこれを受け容れ、四人で早速、麻帆良中の監視カメラの映像をチェックし始める。
エヴァはその姿に満足そうに頷くと、他の面々を連れてレーベンスシュルト城に入って行った。倒れてしまったあやかは、アキラが一人で運んでくれた。意外と力持ちである。
こうして3−Aは、桜子達の行方を探り、麻帆良で何が起きているかを突き止めるために、それぞれに動き始めるのであった。
猫妖精の世界の横島一行、いつの間にか桜子が皆を先導するようになっていた。
本当に彼女の強運が戻ってきたらしい。時折表通りに出る事もあり、カモやすらむぃが道行く通行人に物珍しそうに見られたりしたが、一度も兵達に出会う事なく、どんどん郊外の方へと進んで行く。
「改めてスゴいわね、あんたの強運って……」
「えへへ、そうでもないよ〜」
呆れ返るアスナの言葉に、桜子は何故か照れ臭そうに笑った。褒められていると受け取ったのだろうか。確かに、強運もここまでくるといっそ褒め称えたくなってくる。
「しかし、なんでいきなり運が戻ったんだろうな?」
「戻ったって言うか、元々運なんてのは変動するもんだと思うけどな」
「まぁまぁ、おかげで助かってる訳だし」
疑問符を浮かべる横島に、どこか達観しているカモ。そんな二人を夏美がまぁまぁと宥めている。
そんな三人を微笑ましそうに見守っていた千鶴だったが、ある事を思い出して、先頭を歩く桜子に声を掛けた。
「そう言えば……桜子ちゃん、あなたの飼い猫も、この世界に居るかも知れないわ」
「え゛、クッキとビッケが?」
驚き、思わず足を止めて振り返る桜子。千鶴の言葉は彼女にとって予想外のものであった。
「て言うか、あの二匹は猫妖精ダロ? お前、知らなかったのかヨ」
「それホント……?」
すらむぃのツっこみに、桜子は愕然とした様子だ。二匹が猫妖精である事は本当に知らなかったらしい。
「確かに、ちょっと変だな〜とは思ってたんだ」
「と言うと?」
「十年ぐらい経ってるのに、いつまでも子猫のまんまだな〜って」
「「「「気付けよ」」」」
桜子の天然っぷりに、横島、アスナ、カモ、すらむぃが揃って裏手ツっこみを入れた。
十年経っても成長しないなど、ただの猫であるはずがない。確かに、あの二匹は猫妖精である。
「でも、そうするとクッキとビッケもどこかに居るのかな?」
「かも知れないなぁ……あの二匹を見付けたら、帰り方が分かるかも知れんぞ?」
「確かに、そうかも知れませんね」
桜子は、この世界に可愛がっている飼い猫の二匹がいると言うのならば、会ってみたいと考えている。横島達もまた、猫妖精の世界における情報源があるとすれば、この世界へ通じるゲートの事を知っていた、その二匹しか無いと考えていた。
「それでは、一段落ついたら、その二匹を探してみましょうか」
「さんせー! それじゃ、休憩するのはあの建物なんてどうかにゃー?」
そう言って桜子が指差す先には、廃墟のような建物があった。しかし、崩れている訳ではなく、造りはしっかりしてそうだ。周囲に人気もなく、中に隠れる事が出来そうである。
「手頃だな。中に入ってみようか」
流石に疲れていた一行は、急ぎ足で廃墟に近付いて行く。
疲れていたため、油断があったのかも知れない。他の面々に比べて元気であった桜子が扉の前に来た時、突然中から扉が開かれ、中から小さな影が飛び出してきた。
「まずっ!? すらむぃ!」
「任せとケ!」
驚いた横島は、すぐさますらむぃに指示を飛ばす。すらむぃも慌てて桜子に近付くが、そこで彼女は意外な光景を目の当たりにした。
「桜子ちゃん!」
「良かった、無事だったんだね!」
「もしかして……クッキとビッケ?」
なんと、扉から飛び出して来たのは白と黒の二匹の子猫。行方が分からなかったクッキとビッケだったのだ。
すらむぃが攻撃出来ずに立ち止まっていると、横島と茶々丸も追い付いてきた。アスナは念のために千鶴、夏美、カモと一緒に下がらせている。
横島達に気付いた白猫、クッキが桜子から離れて皆に向き直った。
「皆さんも無事だったんですね!」
桜子の知り合いだと分かったからだろうか。バス停での生意気な態度はどこへやら、友好的な態度である。
「お前達、どうしてここに? って言うか、俺達がこの世界に連れて来られた理由とか、分かってるのか?」
横島が問い掛けると、今度は黒猫のビッケが桜子から離れ、皆に向き直って答えてくれる。
「それについては中で……、こんな所で立ち話をしていては、いつ奴等に見つかるか分かりません」
「奴等ってのは、あの兵士連中カ?」
すらむぃの問いに、ビッケはコクリと頷いて答えた。
こうして同じ猫の目で見てみると、そっくりに見えていたクッキとビッケの顔付きに、若干の違いがある事が分かってくる。穏和そうな顔をしたクッキに対し、ビッケはどことなく精悍な顔付きであり、目付きが鋭いようだ。
「それじゃ、中に入る前に教えてくれませんか? 彼等は何者で、誰の命令で私達を捕らえようとしているのかを」
「「………」」
続けて茶々丸が問い掛けると、クッキとビッケは無言で顔を見合わせた。
おそらく、答えを知ってはいるのだろう。しかし、それを横島達に伝えて良いものか迷っているようだ。
「大丈夫だよ。何か困った事があるなら、横島さんが助けてくれるから!」
そんな二匹に桜子が微笑み掛ける。桜子は横島を全面的に信頼しているようだ。その信頼が横島にとってはむずがゆく、どう反応して良いか分からずに頬をかいている。
クッキとビッケはそんな二匹の様子を見て、これは答えても良いだろうと判断したようだ。小さく溜め息をついて、ビッケが話し始める。
「彼等は城に住む王の命令で、桜子ちゃんを捕らえようとしています。目的は……人質にするためでしょう」
「……誰に対する人質だ? まさか、お前達か?」
横島の問いにビッケはコクリと頷いた。確かに、この二匹に対して飼い主の桜子は人質として有効だろう。ならば、次の疑問が浮かんでくる。王と彼等の関係についてだ。
これについては、横島達が質問する前にクッキが答えた。
「あの王と僕達は……兄弟なんです」
「え゛? それってつまり……お前等、王子様って事か!?」
思わず驚きの声を上げる横島。クッキとビッケは動じる事無く、神妙な面持ちでコクリと頷くのだった。
つづく
あとがき
このエピソードは、青い鳥文庫の『摩訶不思議ネコ ムスビ』シリーズの設定を一部使用しております。
レーベンスシュルト城、桜子の強運、家庭環境、及び飼い猫クッキとビッケは、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
猫妖精の世界『ニキラなんとか』が冥界にある。
猫妖精の世界『ニキラなんとか』に関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
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