「こ、ここが、レーベンスシュルト城……」
「流石は『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と言ったところかしら。並の魔法使いじゃ、この規模の本拠は持てないでしょうね」
エヴァの家の地下室から、城を収めたボトル内に入った刀子とシャークティは、目の前にそびえる城を見上げて、驚きを隠せないでいた。魔法使いであるシャークティは、力のある魔法使いはこのような「本拠地」を持っているものだと知ってはいたが、実際にこれだけの城を目の当たりにすると、やはり驚いてしまうようだ。
初めてレーベンスシュルト城を訪れた者は、皆同じような反応をする。高音や愛衣も、初めてこの城を訪れた時などは、揃って大口を開けて呆けていたものだ。
横島は、訪れたのがシャークティと美空達だけならば、このまま出城に向かうつもりであった。しかし、刀子達も訪れて業務連絡があるとなればそうもいかない。いつものテラスは、千鶴の見舞いと称して遊びに来た3−Aの面々がいるはずなので、本城内の円卓がある部屋を借りる事にする。
「ところで、その子がもう一人の生徒ですか?」
円卓の部屋に入ったところで、アスナ達の視線は美空の隣に居る幼い少女に集まった。
高音、愛衣、美空は元々知り合いであり、麻帆良女子中の教員である刀子は少なくとも顔見知りだ。シャークティも学生に人気の高い有名人なので、名前と顔ぐらいは知っている。しかし、その少女については全く知らない。アスナ達が興味を持つのも当然の事であろう。
その視線に気付いたシャークティが、少女の肩に手を置き、一歩前に進ませた。
「さぁ、自己紹介を」
自己紹介するよう促された少女は、小さくコクリと頷く。緊張している様子は無い。どうやら年の割には落ち着いた性格をしているようだ。
「……ココネ・ファティマ・ロザ」
「あ〜、こう見えても結構優秀なんスよ。この子は、私なんかより」
そして無口であるらしい。本当に名前だけ名乗って、後は口を閉ざしてしまったココネと名乗る少女を、美空が慌ててフォローする。騒がれそうなのであえて言わずにいるが、ココネは美空の仮契約(パクティオー)の相手、マスターでもある。
「こ、こんな小さな子もいるんだ、魔法生徒って…」
美空以外にもう一人魔法生徒が来ると言う話は聞いていたが、こんなに小さな少女だとは思っていなかったアスナ達は、どう反応すれば良いのか分からないようだ。揃って唖然とした表情であった。
服装こそはスカートの丈が短めな修道服、被っているベールまでシャークティ、美空とお揃いである。しかし、美空に比べて随分と幼い。ネギと同程度か少し下と言ったところであろうか。
裕奈は、こんな子供が魔法使いの修行をしているのかと思った。しかし、自分はもっと幼い頃に練習用の杖をオモチャ代わりにしていた事を思い出して、魔法使いの家とは本来こんなものかも知れないと一人納得する。
ココネの肌は日に灼けたように黒く、シャークティも同じような肌の色をしているため、シスター姿の三人が並ぶと美空だけ浮いて見える。
「も、もしかして、その子は……」
ハッと何かに気付いた横島。ココネとシャークティの顔を交互に見比べて、わなわなと震えている。ココネは、そんな彼を見て小さく首を傾げている。GS協会から派遣されてきた協力者、その弟子であるGSと魔法使い双方の道を目指していると言う新しい修行仲間と顔を合わせると言う事で身嗜みを整えてきたのだ。ペタペタとベールを触って確認してみるが、何もおかしい所などない。
無論、横島もそんな事を気にしている訳ではなかった。
「シスター・シャークティ、子持ちやったんかあぁぁぁーーーっ!!」
「………」
どこからともなくマイクを取り出して絶叫する横島。どうやら彼は、シャークティとココネを見て、二人が血縁関係にあると考えたようだ。流石のココネも、この反応は予想外で何も言えずにいる。
「どこをどう見ればそう思うのか、詳しく話を聞かせてもらいましょうか?」
しかし、残念ながらそれは勘違いである。そもそも、シャークティはココネぐらいの子供がいるような年齢ではない。
目だけが笑っていない笑顔で、得物の十字架を横島に向けて凄むシャークティ。刀子はツボに嵌ったのか、明後日の方を向き、肩を震わせて笑いを堪えている。
「横島さん、そこは姉妹にしとかないと……」
そう言って呆れるアスナだが、実は彼女も同じ事を考えていたのは秘密だ。
そして、シャークティとココネの二人は姉妹でもなかった。今はベールを被っているため分からないが、二人は髪の色が異なるため、ベールを外せば外見上の印象は随分と変わるはずである。
「横島! ジジイからの連絡役が来たと言うのは本当か!?」
その時、エヴァが勢い良く扉を開け部屋に飛び込んで来た。皆の応対で忙しいのか、茶々丸はおらず、代わりに風香と史伽を連れている。こちらの二人はエヴァのお供と言うよりも、横島に会いたかったようだ。エヴァが横島に詰め寄ると、さっと前に出て左右から彼の腕に飛び付いた。
「ヨコシマ、捕まえたっ!」
「何の話してるんですか〜?」
そこで二人は、部屋の中にアスナ達以外にも人が居る事に気付く。高音と愛衣は良いだろう。美空が居るのには驚いたが、いつも一緒にイタズラする仲なので問題は無い。問題はシャークティ、それに刀子だ。特に刀子は、いたずら好きの二人にとって、何度も説教された苦手とする人物である。
更にその後ろから姿を現すのは刹那と木乃香。師弟関係と言う訳ではないが、刹那は同じ神鳴流剣士である刀子には何かと世話になっている。突然の彼女の訪問に驚き、何事かと様子を見に来たのだろう。
「………」
ココネが心なしが驚いた表情で部屋に入ってきた一行を見ている。レーベンスシュルト城にいるのは、高校生の横島と美空のクラスメイトと聞いていたので、まさか自分と同年代の子供が現れるとは思ってもいなかったのだろう。エヴァはともかく、風香と史伽はれっきとした中学三年生なので盛大な勘違いなのだが、これについてはココネを責めるのは酷と言うものだ。
「あれ? その子は……」
風香達の方も目を丸くして自分を見ているココネの存在に気付いた。こちらも子供が居るのは予想外だったのだろう。風香と史伽は互いに顔を見合わせ、次にエヴァ、夕映の顔を順に見詰め、最後にココネを見る。
「「鳴滝5号!」」
「……ハ?」
風香と史伽は、にんまりと笑みを浮かべてビシッとココネを指差す。どうやら二人は、ココネを3号のエヴァに4号の夕映に続く「鳴滝5号」に認定したらしい。ココネは何の事かさっぱり分からなかったようだが、一瞬で理解したアスナ達は吹き出してしまう。シャークティと刀子の二人も分からなかったようだ。二人で不思議そうに顔を見合わせている。
笑顔でココネに話し掛ける風香と史伽の二人。ココネは戸惑っているようだが、別段嫌と言う訳でもなさそうだ。そんな彼女を見て、シャークティはここに連れてきて正解だったと安心した様子である。
「て言うか、アスナ達は毎日修行してるの? 面倒臭いから、どうせなら遊ぼうよ〜」
「何言ってんのよ。霊能力の修行だけじゃなくて、受験勉強もやってるのよ。私達」
「うわ〜、勘弁してよ〜〜〜」
一方で、こちらで修行させられる事を面倒だと嫌がっている美空。そんな彼女を見て、シャークティは拳を震わせている。
彼女についても、ここに連れてきて正解だったと思えるように、殊更に厳しく修行するべきかも知れない。シャークティは指導担当の魔法先生として、決意を新たにするのだった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.93
横島はまず、学園長からの業務連絡について聞く事にした。
「ところで、業務連絡ってなんスか? 不味いなら古菲以外席を外させますけど」
学園長からの連絡で刀子が来ると言う事は、おそらく内容は横島と古菲がチームで参加しているボランティア警備団の事だろう。横島はこれに参加する事で関東魔法協会から手当をもらっているので、厳密にはボランティアと言う訳ではないのだが。
そう考えた理由は一つ。もし何かしらの依頼であれば、学園長から直接連絡が来るか、人を通したとしても真名が来るはずだからだ。
この警備団についてはアスナも参加を申請しているところだが、今はまだ部外者である。関係者のみに聞かせる話であれば、横島と古菲以外は席を外すべきだろう。
「別に構わないわよ。詳しい話については、またいつもの会議でやるだろうし」
しかし、刀子の返事はアスナ達はおろか風香達に聞かれても問題はないと言うものだった。自警団が魔法先生、生徒が夜間活動するための隠れ蓑になっている事は魔法関係者なら誰でも知っている事であり、情報公開のテストケースとなっている3−Aの生徒に知られても問題は無いと言う事だろう。無論、他の一般人に話さないよう口止めする事は忘れないが。
結局、風香と史伽も話を聞いていく事になり、一同はそれぞれ円卓の席に着いた。風香達は横島の両隣を確保しようとしたが、仕事の話だからと千鶴が気を利かせて二人を引き離す。エヴァも、さも当然のように横島の膝の上に座ろうとしたが、こちらも千鶴は見逃さなかった。
横島の左右にはそれぞれアスナと裕奈が座る。他の皆も席に着いたところで、刀子がまずアスナへと話し掛けた。
「まず、アスナさん。あなたが申請していた警備団への参加なんだけど、学園長に認められたわ。横島君のチームに入ってちょうだい」
「は、ハイ! ありがとうございます!」
「それと横島君、あなた達のチームの警備ルートだけど、これからは一般人側でなく魔法使い側のルートを担当してもらう事になるわ」
「え、マジっスか?」
この警備団は一般人の参加者にも分からないように、実は二種類の警備ルートが存在している。一般人のチームが一般人の不審者に備えるための街中のルートと、魔法関係者が、図書館島地下の貴重な魔道書等を狙う外部からの侵入者に備える郊外のルートだ。
これまで横島と古菲の二人は街中のルートを警備していた。しかし、アスナも加わり、京都、ヘルマン襲撃時と激戦を潜り抜けてきた実績が評価され、郊外ルートの警備に回される事となったらしい。
更に刀子は、刹那にも自警団に参加するよう要請してきた。
「刹那、学園長はあなたにも警備団に参加してもらいたいそうよ」
「私も、ですか? しかし、お嬢――このちゃんの護衛が……」
「お嬢様」と言い掛けて慌てて訂正する刹那。
彼女の言う通り、修学旅行以降、刹那は木乃香の護衛に集中していた。その事は学園長も重々承知している。
「残念だけど、そうも言ってられないのよ」
しかし、今の状況がそれを許してはくれない。現在、麻帆良は『彼』に備えるために警備を厳重にする必要があった。火急的かつ速やかに。
無論、学園長とて可愛い孫である木乃香の護りを疎かにするつもりは無い。刹那を警備団に参加させる事で、木乃香の方が手薄になるのならば、彼は別の手段を考えていただろう。
「刹那、冷静に考えてみなさい。今は女子寮に住んでいた時とは違うでしょう?」
「あ……」
刀子に言われ、刹那は気付いた。このレーベンスシュルト城が入ったボトルはエヴァの家の地下室に安置されている。このエヴァの家は図書館島並の魔法に対する防御を誇り、地下室は物理的にも核シェルターと同等の堅牢さを持っている。レーベンスシュルト城内にいる限り、木乃香は麻帆良学園都市で最も安全な場所に居ると言えるだろう。刹那が居る居ないに関わらずだ。
「つまり、ウチがレーベンスシュルト城でおとなしゅうしてれば、その間せっちゃんが警備の仕事出来るんやな」
説明を聞き、刹那より木乃香の方が先に納得してしまったようだ。
「せっちゃん、ウチは大丈夫やから刀子先生らに協力してあげて」
「このちゃん……分かりました」
麻帆良が大変な状況にある事も理解したようで、木乃香は刹那に警備団に参加するよう説得した。刹那の方も、城内にいれば安全だと少し遅れて納得したため、刀子の申し出を受ける事にする。
刹那の了承が得られて刀子は満足そうに頷いている。しかし、まだ終わりではない。学園長に頼まれた事は、むしろここからが本番であった。
続けて刀子は、にっこりと微笑みながら横島の方へと向き直る。
「で、ここからが本番なんだけど……横島君、警備の仕事増やす気はない?」
「は? 回数を増やすって事ですか?」
なんと、刀子は警備に出る回数を更に増やさないかと提案してきた。それだけ学園長が横島に期待していると言う事なのだろうが、これには横島も渋い顔をする。と言うのも、彼自身は警備の回数を増やしても全く問題が無いのだが、古菲の方はそうはいかないのだ。また、これからはアスナが警備に参加すると言う事は、彼女の事も考えなければならないと言う事であり、やはり、刀子の申し出には素直に頷く事が出来ない。
「いや、俺は問題無いんスけど、アスナ達は受験勉強もあるんで……」
「つまり、問題無いのね。良かったわ」
やはり、アスナ達の負担を考えると警備回数を増やすのは難しい。横島は申し訳なさそうに断ろうとした。しかし、返答を聞いた刀子はニコニコと笑みを深めて、横島の手を取る。
「……え?」
予想外の反応に横島は狼狽えて戸惑う。しかし、刀子にしてみれば、その返答こそが欲しいものだったのだ。
周りで聞いていたアスナ達も、刀子の意図が理解出来なかった。刀子の周りを見てみると、シャークティは涼しげな表情で何を考えているのか読む事が出来なかったが、代わりに他の魔法生徒達が表情を変えている。
美空は露骨に嫌そうな顔をしていた。ココネも少し頬を膨らませている。高音もまた複雑な表情をしており、ただ一人、愛衣だけが喜色満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
横島の手を離した刀子に替わり、次は高音が話し始めた。
「仕方ないわね……横島君」
「な、なんだ?」
「最近、ガンドルフィーニ先生がネギ君の指導をしてる事は知ってるかしら?」
「ああ、向こうの様子はあんま聞いてないんだけど、やっぱり親馬鹿連中が暴走しているのか」
高音は最近のガンドルフィーニの動向について知っているかと尋ねるが、横島が男性教師の事など気に掛けているはずもない。しかし、魔法先生達をネギに紹介した時の様子から、ガンドルフィーニ、弐集院の親馬鹿二人が突っ走っている事は容易く予想する事が出来た。
高音は大きな溜め息をついて話を続ける。
「概ね、その通りよ。最近は警備の仕事を私達だけに任せる事も多くてね」
なんと、最近は横島と古菲の二人のように高音と愛衣だけで警備に当たっていたらしい。高音の実力を信頼した上での事だろうが、それではいざと言う時に不安がある。
ここで、今まで黙って話を聞いていたシャークティが口を開いた。
「そこで学園長は、警備態勢を見直し、チームを再編成する事にしたそうよ。一般人のルートをより安全なルートに限定し、魔法使いのチームも増やして対応するの」
例えば、今までは一般人のルートに入っていた夜は人気がなくなる公園も、これからは魔法使いのルートとなるらしい。公園と言っても、魔法使いが侵入して召喚の儀式を行うには十分な広さがあるためである。
「えっと、つまり?」
「横島君には、複数のチームに助っ人として入ってもらおうと言う考えみたいよ。問題ないんでしょ? 横島君だけなら」
その一言で、一同は刀子達のリアクションの理由を理解した。元よりアスナと古菲に負担を掛けるつもりは無かったのだ。
つまりはこう言う事だ。
「要するに、私達のチーム以外にも横島さんが参加するって事ですか?」
「そう言う事アルな」
まずはアスナ、古菲と組むチーム。
これまでは古菲と二人で一般人のルートを警備してきたが、これからはアスナも加えた三人で魔法使いのルートの警備に参加する事になる。
裕奈と夕映は、古菲ならば自分も他チームの警備に参加すると言い出すのではないかと思っていたが、そんな事は無かった。実は、古菲にとって、最近の警備はある意味大きな負担となっていたのだ。
横島の一日を振り返ってみよう。まず、早朝の修行の時は霊力供給の修行を行わない事になっている。これは火照った身体で学校に行く事など出来ないためだ。代わりに夕方の修行時に霊力供給を行っている。
この後の夜なのだ、横島と古菲の二人が夜の街を見回るために出掛けるのは。
以前はどこから敵が現れるかと楽しみながらドキドキしていたが、今は別の意味でドキドキしていた。見回る場所が夜の街や公園で、しかも横島と二人きりなのだから当然であろう。一般人のルートで、古菲にとって危険と言えるような事はほとんど起きないので尚更だ。何も起きないからと言って手を繋いだり、じゃれつくように引っ付いては更にドキドキしていた事は秘密である。
これからは魔法使いのルートと言う事で気を引き締めねばならなくなり、かつ三人のチームになる事で二人きりの時ほど横島の事を意識せずに済む。これは古菲にとって歓迎するべき事であった。問題の抜本的な解決にはならないが、気を紛らわせる事が出来ると彼女は考えているようだ。
続けて複雑な表情をした高音に、笑顔の愛衣。これに横島を加えた三人で一つのチームになる。
「まずは私と愛衣のチームよ」
「お兄様、よろしくお願いしますっ!」
この三人は図書館島のメンテナンス等、これまでに何度か組んだ事があるので問題はないだろう。高音の表情は、誰かに目撃される事を心配しているだけだ。聖ウルスラでは、そのような噂が立つと、瞬く間に学校中に広がってしまうのである。
以前図書館島のメンテナンスがあった日、高音は帰りが遅れ、寮に戻る際他の寮生に見つかってしまった事がある。その時は何とか誤魔化し切り抜ける事が出来たが、うっかり口を滑らせて横島の名を出してしまったのだ。
おかげで、高音は現在他の寮生から恋人がいるのではと疑われていた。最近、昼食時に愛衣も交えてだが、横島と一緒に居る姿を目撃されているので、その疑いに拍車を掛けてしまっている。
そんな状況で降って湧いたのがこの話だ。もし、夜遅くに男と会っている所を目撃されたらどうなるのか。しかも、それが以前から噂になっていた相手だとどうなってしまうのか、想像に難くない。高音はこれから起こるかも知れない騒動を思い浮かべ、頭を抱えていた。
「もう一つのチームは、私と美空が組む事になるわ」
「実は私、今回の件で急遽実戦投入される事になったんだよね〜。もう少し見習いのまま、のんびりしたかったんだけどなぁ」
「……アナタが承諾しなければ、私が参加する事になってイタ」
三つ目のチームは、シャークティ、美空とのチームだ。もし、横島が断った場合、彼の代わりにココネが三人目のメンバーとして加わる事になっていたらしい。横島の返事を聞いて頬を膨らませていたのはそのためである。
見習いであるココネの方は実戦に参加したいと考えていたようだが、シャークティも美空も、幼い彼女を夜間の警備に駆り出すのは避けたいと思っていたらしく、横島の了承を得られた事でほっと胸を撫で下ろしている。美空が口では面倒臭がりながらも逃げ出さないのは、「ならば代わりに自分が」とココネが言い出しかねないからであろう。なんだかんだと言って彼女もココネの事が大事なのだ。
「最後は、私と刀子さんですか?」
「ええ、横島君にはこの四つのチームに参加してもらうわ」
刹那の言葉に、刀子はコクリと頷いた。急に警備団に参加するよう要請された刹那、それに木乃香は、横島と一緒のチームである事に安堵の笑みを浮かべている。
「どうかしら? 横島君の負担はこれまでの四倍と言う事になるけれど……」
後は横島本人の了承を得るだけだ。努めて優しく問い掛ける刀子。ここで断られてしまっては元も子も無い。
「う〜ん、いいっスよ」
「はやっ!?」
予想以上にあっさりと了承の返事が返ってきた。有り難いのだが、断られたらどうしようかと考えていた刀子にとっては拍子抜けである。
横島は、元より霊力が有り余っている状態なのだ。体力面での問題は無い。
それに、古菲との警備の仕事は特に大きな問題も起きず、彼女とじゃれ合うぐらいの余裕があり、最近は夜の散歩のような感覚だった。それが四倍に増えたところで大した事では無いと考えたのだろう。もっとも、この認識は後日改められる事になるが。
何にせよ言質は取った。後はこの四つのチームで参加する事を学園長に報告し、スケジュールを調整してもらえば良い。それは学園長の仕事である。ようやく肩の荷が下りた刀子は、力抜いて椅子に深く腰掛けた。
「そう言えば、エヴァさんは参加しないのですか?」
「そうだよ、エヴァちゃんと茶々丸さんと兄ちゃんの三人で、チームが一つ出来るんじゃない?」
おずおずと夕映がエヴァに問い掛けると、裕奈がそれに乗ってきた。
しかし、対するエヴァはその反応を予測していたようで、やれやれと肩をすくめている。
「私は基本的に非常時に動くんだよ。例えば、どこぞのオコジョ妖精が結界を破って入り込んだ時とかな」
「普段は何もしないって事?」
「ジジイが頼んできたら動くが、そうでなければ何もせんな。お前等はとうに忘れてそうだが、私は麻帆良に幽閉された元・賞金首だ。下手に自分から動くと、疑う奴もいるんだよ――なぁ、魔法先生?」
皮肉を込めて刀子とシャークティに視線を向けるが、二人は平然とした様子でシャークティが「そうね」と一言返すのみであった。エヴァの方も後から気付いたらしく、言う相手を間違えたとばつの悪そうな顔をしている。
魔法使いではなく神鳴流の剣士である刀子は勿論の事、シャークティも魔法界では悪名の高いエヴァを前にして、特に気にした様子はなかった。
「そう言えば、シスター・シャークティは、エヴァに対して思うところは無いんで?」
「横島さん、横島さん。シスター・シャークティは元・ヤンキーっスからねぇ、普通の魔法使いとはちょっと違うっスよ」
「……は?」
シャークティは若い頃、不良だった。
意外過ぎる美空の言葉に、横島は目が点になってしまう。思わずシャークティの方に視線を向けると、彼女は少し恥ずかしそうに頬を紅潮させ、コホンと小さく咳払いをしていた。
「……マジで?」
「マジっスよ」
美空の言葉は、ある意味事実であった。横島達は、何故不良がシスターにと思うが、それは逆である。不良だからこそ、シスターになったのだ。
人間界との融和は、それこそ学園長が若い頃から言われていた事だが、それでも自分達が人間界を追われ魔法界に追われる事となった原因、『教会』については、魔法使いの間ではタブー視されてきた。
そんな中でシャークティがシスターになった最初の切っ掛け、それは魔法使いの両親に対する反抗心だったりする。
「それじゃ、美空ちゃん達がシスターなのは?」
「ぶっちゃけ、シスター・シャークティと言う前例があったから。これでも麻帆良の魔法先生の中じゃ五指に入る実力者だからね〜」
アスナの問いに美空はケラケラと笑いながら答えた。
人に歴史あり。親への反抗心でシスターとなったシャークティ。落ち着いた彼女は、優秀な魔法使いに成長していた。美空とココネが現在シスターをやっているのも、美空の言う通りシャークティと言う前例があったためである。そうでなければ、周囲から反対されていたであろう。奇しくも彼女は、人間界と魔法界を隔てる垣根の一つを取り払う役割を果たしたのだ。
「つまり、刀子さんとシスター・シャークティが俺とチームを組む事になったのは、エヴァに思うところが無いから?」
「それも理由の一つね。学園長は、『彼』に備えて関東魔法協会の主力メンバーを二つに分ける事にしたのよ」
「二つ……?」
「なるほど、ぼーやの所に集まってる連中と、それ以外か」
刀子の言葉をいち早く理解したのは、横島ではなくこれまで傍観者に徹して無関係を装っていたエヴァであった。
「ぼーやの所に集まってる連中を無理矢理引き剥がすよりも、そのままにしておいた方が連携が取れると言う事だろう」
現在、関東魔法協会において主力となる魔法先生は高畑を筆頭に神多羅木、ガンドルフィーニ、シャークティの四人だ。魔法使いではないが、神鳴流剣士である刀子も実力では彼等に引けを取らず、彼女も合わせると五人になる。明石教授と弐集院の二人は指揮官としては優秀だが戦闘に関しては彼等に一歩及ばず、瀬流彦は更に一歩退いている。他にも魔法先生達はいるが、大体瀬流彦と同格であった。
学園長の構想はこうだ。ネギパーティの本拠地がある魔法使いのセーフハウスと横島パーティが本拠地としているエヴァの家のレーベンスシュルト城。ネギパーティには彼等の修行に協力している高畑、神多羅木、ガンドルフィーニ、弐集院の四人を配置し、横島パーティには新しいチーム編成として刀子とシャークティ、それに横島と懇意である高音と愛衣を配置する。
つまり、本部に加えてセーフハウスとエヴァの家の二つを前線基地にしようと言うのだ。そして、明石教授と瀬流彦を手元に残し、弐集院にはセーフハウスで、明石教授には本部で、それ以外の魔法先生、生徒達をそれぞれに指揮させようと考えている。
「勝手に基地にされても困るんだがなぁ」
「……学園長は、修学旅行の時と同じように、再び木乃香さんが狙われる事を危惧しているわ」
「え? ウチ?」
刀子の言葉に、木乃香は首を傾げて疑問符を浮かべる。修学旅行の一件で関東魔法協会とも関西呪術協会とも距離を取り、ただのGSを目指す事になった時点で、自分が狙われるような事はもう無いと考えていたので、ここで自分の名前が挙がるとは思わなかったのだ。
「つまり、ここで木乃香ちゃんを守れって事っスか?」
横島が確認のために問い掛けると、刀子とシャークティは神妙な面持ちで頷いた。
木乃香は勘違いをしているが、彼女が狙われる理由が完全に無くなった訳ではない。現に修学旅行の時も、天ヶ崎千草は『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を召還するカギとして木乃香を利用した。
今は『鬼鎮(オニシズメ)』で抑えられている彼女の強大な力は、様々な利用価値があるのだ。GSを目指すのは、自分で自分の身を守れるだけの強さを身に着けるためでもある。
「まぁ、木乃香を守る事に異論は無い。コイツが来てくれたおかげで、我が家の食卓はバリエーションが豊かになったからな。……だが、過度な期待をされても困るぞ?」
エヴァがそう言うのも当然であろう。今の彼女は魔法が封じられた状態なのだ。エヴァが本領を発揮するのはレーベンスシュルト城内、それこそ最終防衛ラインである。学園長もその事は分かっていた。だからこそ、刀子達にこう命じたのだ。
「エヴァンジェリン、あなたの許可が貰えればの話だけど――学園長は、私達に『彼』の一件が解決するまで、レーベンスシュルト城防衛に就くよう命じられたわ」
これには思わずエヴァも噴き出した。思わず高音達の方を見るが、彼女達は何か言いたげな顔をしていた。表情が変わっていないのは、シャークティとココネぐらいである。
「本気か?」
「……………ええ」
「そうか、ならば私からは何も言う事は無い。今更多少人が増えたところで、目くじらを立てたりはせんよ」
思いの外あっさりとエヴァは刀子達を受け容れる事を承諾した。彼女の言葉通り、既にアスナ達を受け容れているのだから、多少人数が増えるからと言って反対するのも「今更」なのであろう。今のエヴァは、毎晩横島から血を戴いて魔法力を補給しているおかげで、ボトル内ならば割と自由に魔法を使う事が出来る。そのおかげか精神的に余裕があるようだ。
一方、高音達はと言うと、言いたい事は色々とあるが、納得するしかないと言ったところであろうか。
高音は絞り出すような声でこう言った。
「クッ、仕方が無いわ。今は非常事態ですもの。理由は学園長が用意してくれると言う話だし、私達は任務遂行に全力を尽くすだけよ」
「真面目だね〜……」
涙目の高音だが、彼女が一番怖いのは、魔法使いである事がバレる事よりも、横島と同棲する事が一般人の友人達にバレる事であった。魔法使いであれば事情を説明する事も出来るのだが、一般人となればそうもいかないのだ。ただでさえ二人の関係が疑われている現状に、これは致命的と言えるだろう。
その点、美空はクラスメイトが皆事情を知っているので気楽なものだ。彼女にとっての問題は、横島よりもシャークティと一つ屋根の下に暮らす事になると言う事。見ての通り、彼女は生真面目な性格をしている。これから先、更に厳しい修行が待ち受けているかと考えると、今から憂鬱になりそうであった。
「お兄様とお姉様と一緒に暮らす事になるなんて……」
心の中で全く別の事を考えながら揃って溜め息をつく高音と美空。そんな二人とは裏腹に愛衣は顔を真っ赤にしてモジモジしていた。横島、高音との同居、愛衣にとっては大歓迎の事態である。ルームメイトの反応が心配ではあるが、それこそ言っても詮無き事であろう。
「………」
この件について最も身軽な立場にあるのはココネであった。小学生である彼女はそもそも寮生ではなく、両親も一緒に暮らしてはいないが魔法関係者である。今はシャークティが保護者代わりなので、ただ単に住む場所が変わったぐらいの認識でしかない。
割と人見知りをする方なので、横島を筆頭に大勢の見知らぬ人と暮らす事になるのは不安であったが、その点は美空と一緒と言う事でスポイルだ。
「しかし、そこまでやると言う事は、やはりあの敵を想定しているのですか?」
夕映がポツリと呟くように問い掛けると、刀子とシャークティの顔色が変わった。美空もビクッと肩を震わせる。
その反応を見て、夕映は「やはりか」と自分の推測が正しい事を確信した。横島とエヴァはそれで何となく察したようだが、他の面々は何の事か分からずに疑問符を浮かべている。
学園長が、木乃香が狙われると考え、強引とも言える方法でレーベンスシュルト城に戦力を集めた理由。それは彼が想定している敵にあった。
「あの『白坊主』か。ヘルマンの時に山中で魔物を召還しまくってたんだっけ?」
「らしいな。ジジイは、奴との戦いが近いと考えているのだろう」
そう、警備団の再編成に、刀子達の急な配置変更。これらは全て『彼』に備えての事である。高音達もそれが分かっているからこそ、色々言いたい事があっても何も言う事が出来ないのだろう。魔法使い達にとって『彼』の存在はそれだけ大きいのだ。
「裕奈」
「え……あ、ハイ!」
ここで急にシャークティが裕奈に話し掛けた。横島の仕事に関する話から始まったので仕方のない事なのだが、魔法使い同士の話になって正直蚊帳の外の状態であった彼女は、急に声を掛けられておたおたしながら返事をする。
「こんな形になったけど、今日からあなたは魔法生徒見習いとして、私が指導する事になるわ」
「よ、よろしくお願いします!」
微笑み掛けるシャークティ。裕奈はペコリと頭を下げて返した。いささか予想外な形となったが、魔法を教えてくれる先生が一つ屋根の下で暮らすとなれば、基礎からみっちりじっくり教えてもらえるだろう。裕奈にしてみれば、それこそ願ったり叶ったりである。
「そう言えば……裕奈さん。あなた、魔法使いとGSの両方を目指してるんですって?」
訝しげな表情で高音が尋ねてくる。魔法使いが何故わざわざ霊能力を身に着けなければならないのかが分からないのだろう。これについては愛衣、美空、ココネも同様であった。否定する訳ではないが、苦労してまでやる価値があるのかが理解出来なかった。
「魔法だけでも十分強いと思うわ。どちらも習得しようとすると、時間も掛かるし苦労も大きいんじゃないかしら?」
「え〜っと……」
正論である。裕奈は両者の架け橋になりたくて両方を覚えると言っているのだが、力の面でそれに何か意味があるのかと問われれば、上手く答える事が出来なかった。頭を捻って考えても上手い答えが浮かばない。どうしたものかと悩んでいると、そこにシャークティからフォローが入った。
「あら、無意味と言う訳ではないわ。霊能とまでは言わなくても、霊力を鍛える事は魔法使いにとっても意味があるのよ」
「へ? そうなんですか?」
意外なフォローの内容に、他ならぬ裕奈が素っ頓狂な声を上げる。
「魔法使いだけじゃなく、気の使い手にとっても同じ事が言えるわね」
更に刀子がシャークティに続く。
「悪霊とかでも殴れるようになる事アルか?」
「それもあるけど、それだけじゃないわ」
「そう言えば、刀子さんも気と霊力が使えましたね」
刀子は頷いた。かく言う刹那も、刀子と同じように気と霊力を使う事が出来る。
「シスター・シャークティ、それは本当の事なのですか?」
「使える本人が言ってるんだから、間違いないわ」
高音が問い掛けると、シャークティはさも当然のようにあっさりと答えた。自分も霊力が使えると。
「えーーーっ! それじゃ、シスター・シャークティはGSの魔法使いなんですか!?」
「いえ、私はGSじゃないわ。あくまで霊力も使えるだけの魔法使いよ」
かつてシャークティは、GSを選ぶか魔法使いを選ぶかの岐路に立たされ、魔法使いの道を選んだそうだ。裕奈のように両方とも選ぶと言う事が当時の彼女には出来なかったのである。それだけにシャ―クティは裕奈に期待していた。そんな彼女にとって、同居してじっくり指導出来るのは有り難い話であった。
「せっかくだし、詳しく説明しましょうか?」
「む……ハイ、まずは説明をお願いします」
シャークティと刀子。この二人は関東魔法協会の中でも屈指の実力者である。その両方が霊力が使えると言うのは、やはり何か意味があるのだろうか。何とも好奇心が刺激される話だ。
チラリと視線を他の皆の方へと向けると、彼女達も興味を抱いたらしく皆真剣な表情でシャークティの話を聞いていた。横島さえもだ。エヴァだけはニヤニヤとそんな彼女達を眺めているが、彼女はシャークティが話そうとしている内容を既に理解しているのかも知れない。
警備団に関する連絡事項は全て話し終えたので、ここからは修行の時間だ。まずは、霊力の効能について詳しく教えてもらうとしよう。高音は視線をシャークティの方に戻すと、自らもまた真剣な表情で彼女の話に耳を傾けるのだった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
横島の霊力供給、及び文珠に関する各種設定。
魔法先生、魔法生徒が参加する自警団に関する各種設定。
シスター・シャークティ、及びココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
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