休日の昼下がり、このレーベンスシュルト城の一室では、シャークティ、それに刀子も加わっての気、魔法力、生命力、この三つに関する特別授業が行われようとしていた。
魂と言うエネルギータンクがあり、そこから肉体を通して引き出される力が気であり、精神を通して引き出される力が魔法力。そして、どちらも通さずに魂から直接引き出される力が生命力――人間の場合は霊力である。
魂とは、言わば器だ。その中を満たすエネルギーは種族によって異なり、例えば人間の場合は「霊力」と呼ばれるエネルギーで満たされている。横島達が「霊力」と呼ぶのは、人間の魂から「気」にも「魔法力」にも変換する事なく、「生命力として引き出された霊力」を指す。吸血鬼であるエヴァや、オコジョ妖精のカモの魂を満たしているのは「魔力」だ。彼女達が魔法を使うために精神を通して引き出した場合、それは「魔法力として引き出された魔力」と言う事になる。
ここまでは、アスナ達も知っている事だ。
「……って、横島さんも聞くんですか?」
「俺も霊力はともかく、気と魔法力に関してはあんまり詳しくないからな」
横島も真剣な面持ちで刀子を見ている。隣のアスナが思わず見惚れてしまうようなキリッとした表情だが、彼の場合その真剣さの半分ぐらいは、普段見る事が出来ない女教師としてのシャークティ、刀子を見たいがためだったりする。
「ム、ちょっと待て」
ところが、これからと言う時にエヴァが待ったを掛けた。皆それぞれ真剣に話を聞こうとしていた事もあり、出鼻を挫かれて円卓に突っ伏してしまう。顔を上げてエヴァの方に視線を向けると、彼女は目を瞑り、何やら小声で呟いていた。どうやら、茶々丸かチャチャゼロから念話で連絡が入ったようだ。
「ぼーやが来たらしい。丁度良い、その授業をぼーや達にも聞かせてやれ」
ネギと小太郎が来たらしい。彼は木乃香との約束もあって、定期的にこの城を訪れ、修行の進展具合等をエヴァに報告している。
これからシャークティ達が話す内容は、ネギ達にとっても有用な事なので、この特別授業に彼等も参加させたいらしい。
「それなら、場所を移しましょうか?」
「いや、ここでいいだろう。今、ぼーや達をここに連れて来るよう、茶々丸に連絡をした」
テラスの方は3−Aの生徒達が大勢いる。聞かれても問題は無いが、わざわざ聞かせる話でもないだろうと言う事で、授業の開始はネギ達がこの部屋に到着するまで待つ事となった。
「マスター、ネギ先生をご案内しました」
しばらく待っていると、ネギと小太郎の二人が茶々丸に連れられてやってきた。ネギの肩にはいつも通りカモの姿もある。円卓の空いている席――横島達と高音達の間に座ると、丁度「C」の形に席が埋まる。
シャークティと刀子は、人が座っていない側に立った。丁度、ネギ達と向かい合う位置だ。更に、茶々丸が二人の背後にホワイトボードを運んできた。特別授業をすると聞いて、ネギ達を案内するついでに運んで来たらしい。机の形状が少々特殊ではあるが、これで教室の完成である。
「それじゃ始めましょうか」
まずは刀子から始めるようだ。指でクイッと眼鏡の位置を整えて、アスナ達の方に向き直る。
「まず、私達は気や魔法力で身体能力を強化して戦っている訳だけど、この時の両者の違いは分かるかしら?」
その問い掛けにアスナ達は互いに顔を見合わせた。古菲、刹那は気で、高音、愛衣、美空、ココネは魔法力で、それぞれ身体能力を強化する事が出来るのだが、自分が使えないものについてはさっぱり分からないらしい。両者の違いなど今まで考えた事すらなかった。皆の視線がおのずとネギに集まるが、やはり彼も分からないようだ。
「俺は分かるで。気は身体を頑丈にして、魔法力はバリアを張るんやろ」
結局、問いに答えたのはネギの隣に座る小太郎であった。ネギを含む全員が意外そうな目で彼を見る。
「な、なんやねん! 俺は一応、気も魔法力も使えるし、霊力だってそこそこあるんやで!?」
「そりゃ人狼族だからな」
横島の言う通り、小太郎は『狗』と呼ばれる人間の中で生きていく事を選んだ人狼族の末裔だ。人間とは秘められた潜在能力(ポテンシャル)のレベルが違う。彼の場合、普段は気による身体能力の強化で戦うが、『狗神』と言う式神のような黒い犬を召喚するのに魔法力を使用している。生命力も相応の物を持っているらしいが、こちらは横島のように自在に引き出して使う事は出来ないようだ。
「おい、犬。最近、お前達の本拠にタカミチが顔を出しているだろう?」
「え? ああ、あの無精ヒゲのオッサンか。高畑やったっけ? 他の先生らに比べて少ないけど来とるで」
弐集院、ガンドルフィーニの親馬鹿コンビ、それに神多羅木と同じく、タカミチもまたネギの修行を見るために彼等の本拠を訪れていた。ただ、彼は色々と忙しいらしく、他の三人に比べて、訪れる頻度は低いらしい。
「そうかそうか。ならば、ヤツにその事を言ってみろ。もしかしたら面白いものを教えてくれるかも知れんぞ」
「へぇ〜、まぁ、今度言うてみるわ」
あまり興味がなさそうな様子で軽く返事をする小太郎。どうも彼の中で高畑は「冴えないオッサン」のイメージがあるらしい。エヴァの方も強く念押しするつもりはないのか、その話はそのままそこで終わってしまった。
「小太郎君の答えで間違ってはいないけど、もう少し詳しく説明しましょうか」
刀子はホワイトボードに備え付けられていたペンを取り、簡単に人とそれを包む炎のようなものを描いた。
「仮に50の防御力を持つ肉体を、100の気や魔法力で強化したとしましょう。それを200の力で攻撃した場合、気と魔法力ではそれぞれどうなるかしら?」
まず、気の使い手である古菲が答える。
「えと、合計150を200で攻撃するから……引いて50のダメージアルか?」
確かに、気の場合はそうなる。気による肉体強化は、言葉通りの「強化」だ。気の使い方も色々とあるのだが、肉体強化に関しては、気による強化分だけ身体能力が上乗せされると考えれば良い。
続いて魔法使いを代表してネギが答えた。
「100の障壁では200の力は防げませんから、障壁が破られてしまいますね。多少の軽減は出来るでしょうが、ほぼ素通りでしょうか」
魔法力による肉体強化は、言わば魔法力の鎧を纏うようなものだ。それが身体を守る障壁となり、身体能力をサポートしてくれる。そのため、それ以上の力で攻撃されてしまえば障壁は破られてしまい、後は無防備な肉体で攻撃を受けるしかない。この問題の場合は、200の力から肉体本来の防御力50を引いて、150のダメージを受けると言う事になる。
「それじゃ、魔法力による強化って、実は戦いに向いてないんじゃないの?」
「そんな訳ないだろう、バカレッド」
アスナの呟きを、すかさずエヴァが否定した。彼女の言う通り、肉体強化はそれぞれ一長一短である。
「確かに気による強化は硬いが、ぶつかってくる力の衝撃まで殺せるわけじゃないんだ」
「殴られたら、痛くないけど吹っ飛ばされると言う事ですか?」
「そうだ。その点、魔法力の障壁は攻撃が肉体ではなく障壁にぶつかるからな。防ぐ事が出来たなら、衝撃も全て無効化出来る」
「それに、障壁は張る位置を調節出来るから、配置次第で相手の攻撃を分散させる事も出来るのよ」
「な、なるほど……」
夕映の疑問に答えるエヴァの説明を、更にシャークティが補足した。彼女の言う実戦的な障壁の活用法は、ネギにとって今まで考えた事も無かった事らしく、真剣な表情で耳を傾けている。
「例えば、当てると毒とかを撒き散らすような物も、障壁の方が有利でしょうね」
更に刀子も付け加えた。気による肉体強化は硬い反面、その身で攻撃を受け止めなければならないと言う欠点も持っている。その点障壁は、身体から離れた場所で攻撃を受け止めるため、防ぐ事が出来るのであれば様々な面で有利だと言えるだろう。
一方、生命力の場合はどうかと言うと、実は肉体強化の面で生命力はあまり効果が無い。魂から直接引き出された生命力は、気や魔法力に比べて肉体に与える影響が小さいのだ。
では、気、魔法力に比べて生命力は劣っているのかと言われれば、そうでもない。これはこれで別の利点があった。
「ねぇねぇ、兄ちゃん。霊力の場合はどうなの?」
「う〜ん、タフになるなぁ」
「タフ?」
「そう、タフ」
生命力が強いと言う事は、その字面通りにバイタリティに溢れていると言う事。つまり、その分しぶとくなるのだ。
「……そんだけ?」
「バカにしたもんじゃないぞ」
裕奈は呆れた様子だったが、これが意外に重要な事だったりする。
単純な力において生命力は、気や魔法力に劣るだろう。しかし、強敵との戦いにおいて、勝敗をひっくり返すのもまた、この生命力が生み出すしぶとさなのだ。それは、これまで人類よりも遥か高みに存在する妖怪、魔族と戦ってきた横島が一番よく分かっていた。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.94
「え〜っと……つまり、霊力を鍛えるメリットは、魔法使いの強さにしぶとさを加えると言う事ですか?」
高音は、刀子の説明を理解したようだが、その表情は「だからどうした?」と言いたげだ。
刀子の方はと言うと、その反応を予想していたようだ。小さく肩をすくめてシャークティにバトンタッチする。
「では、次は私から話しましょうか。あなた達、『マイト』って言葉は知っているかしら? 横島君は知っていると思うけど」
『マイト』と言うのは、女神ヒャクメにより人間界にもたらされた人間界、天界、魔界――すなわち『三界』の共通単位であり、力の大きさを表している。
「あ、私知ってるです」
「えっと、私も……」
挙手したのは夕映と千鶴の二人だった。エヴァはオカルト研究に関する最新レポートを所有しており、夕映はそれを読んでいたため知っていたようだ。千鶴の方は、夕映に勧められて、療養中にそのレポートを読んでいたらしい。
当然、横島も知っており、レポートの所有者であるエヴァも知っている。しかし、アスナ達は知らなかったようで、疑問符を浮かべていた。
「『マイト』と言うのは、力の強さ、言わば魂と言う器の容量を示す単位よ。横島君は霊力を鍛える修行をしているそうだけど、その修行は器を拡げ、マイトを高める効果があるわ」
「魔法使いは使わないのですか?」
「一応、魔法界にも伝わってはいるはずだけど、あまり広まらないでしょうね。魔法使いは、全体量よりも一度にどれだけの魔法力が使えるかを重視するから。もっとも、この二つはある程度比例するけどね」
「ま、まさか……」
夕映とシャークティの会話を聞いて、高音の声が震え始める。霊力を鍛える事は魔法使いにとっても意味がある。その言葉の意味がだんだんと分かり掛けてきたようだ。
そして、こちらも分かってしまったらしい。愛衣がおずおずと手を挙げて発言した。
「あの、つまり霊力を鍛えたら、使える魔法力の量が増えるって事ですか?」
シャークティは、理解の早い生徒に満足そうに頷いた。その通りである。気も魔法力も、魂から引き出されるもの。魂を鍛えると言う事は、全体的な力量の底上げに繋がると言う事だ。
「美神さんも気と霊力併用してるって言ってたような……」
「そう言えば、そんな事を言てたアルな」
「GSも実体の無い悪霊とばかり戦ってる訳じゃないから、そう言う人も多いわよ。術系の霊能となると、魔法力を使う場合があるしね」
「横島さんは?」
「俺は霊力だけだな」
かく言う横島は、気も魔法力も使えない。純粋に霊力だけを使うGSだ。このような霊能力者は、特に珍しいと言う訳ではない。しかし、彼のようなタイプは、どちらかと言えば悪霊のような霊的存在との戦い、古物除霊、或いは儀式などを行うのに向いており、直接的な戦いには向いていない事もまた事実であった。
「でも、忠夫さんて『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』とかサイキックソーサーって、いかにも『戦士』って感じですよね?」
千鶴があごに指を当てて小さく首を傾げる。彼女の中のイメージでは、横島は自分を守ってくれる勇ましい戦士のようだ。それだけに戦いに向いていないと言われてもピンと来ない。
だが、これは紛れもない事実であった。霊能力者、気の使い手、魔法使い、三者が戦えば一番不利なのは間違いなく霊能力者であろう。考えてみれば分かる事だが、GSと言うのは元々人間同士で戦う事を専門とする者達ではない。彼等の相手は悪霊であり、妖怪であり、そして魔族である。
魂より肉体も精神も介さずに引き出された霊力は、『栄光の手』のように使えば物理的な威力を備える事も出来るが、やはり霊的存在にこそ真価を発揮するものだ。そう、言うなれば横島は、霊的存在と戦う事に特化した戦士なのである。そして、その「霊的存在」の中には高位の霊的存在、神魔族も含まれていた。
「理解出来たかしら?」
シャークティが円卓に座る一同を見回しながら問い掛けると、アスナ達はコクコクと頷いて返事をした。
「あの、僕もその修行をした方がいいんでしょうか?」
おずおずと尋ねてくるのはネギ。更なる高みを目指す切っ掛けを見つけたと思っているのだろう。その瞳は爛々と輝いている。
「いや、必要ないな」
しかし、エヴァは彼の願いを一言で斬って捨てた。
「なんでだよ、兄貴は霊力を使えないぜ?」
「小動物、ちゃんと話を聞いていたか? 重要なのは霊力を使える事ではない、マイトを高める事だ。それに、ぼーやのマイトは元より高いだろう」
横島の修行方法にも限界と言うものがあり、魂に負荷を掛けつつ精密なコントロールを維持するためには、自分よりマイトが低い者が相手でなくてはならないのは知っての通りである。アスナ達の場合、千鶴がギリギリであり、木乃香ほどになると、横島の修行は行えないであろう。
「それなら、せっちゃんがやってもろたら?」
「いえ、私は自分で出来ますので……」
また、刹那の霊力は横島の修行を受けられるぐらいであったが、彼女は修行を受ける必要がなかった。そもそも、彼の霊力を目覚めさせ、鍛える修行は、本来「自分の霊力」で「自分の魂」を鍛えるものなのだ。アスナ達は自分でそこまで霊力を扱う技術がないため、横島がそれを行っているのである。「霊力は酷使して鍛えれば延びる」というその事実に気がつきさえすれば、一端の霊能力者である刹那は、自分でその修行を行う事が出来た。横島に言わせれば、自力でこの修行が出来るようになって、はじめて霊能力者として一人前である。
どちらにせよ、横島は男相手にこの修行を行う気は全く無いので、ネギがこの修行をしたいと望んだところで無駄だっただろう。
「そう言えば、ネギ君。あなた達の方に学園長の連絡を伝えに弐集院先生が行ったはずなんだけど、話は聞いたかしら?」
「はい、聞きました。警備団の再編成の話ですよね?」
「ああ、あの話か。俺等は参加出来んし、どーでもええわ」
警備団のチームを再編成し、高音と愛衣が横島と組むと言う事は、これまで彼女達と組んでいたガンドルフィーニは別の人と組むと言う事である。とは言え、まだ子供であるネギと小太郎は警備団に参加させてはもらえず、小太郎は拗ねているようだ。
「ム、そっちにも何か連絡が行っていたのか。ならば、その話を聞かせてもらおうか」
「それじゃ、俺達はシスター・シャークティ達を出城の方に案内するわ」
エヴァは、一応学園長からの連絡を聞いておこうと、ネギ達からその話を聞く事にした。そんな彼女達をこの部屋に残して、横島達はこれからの修行場所となる出城へとシャークティ達を案内する事にする。
学園長からの連絡は終わったので、本来ならば刀子、高音、愛衣の三人は、今日のところは帰るはずだったのだが、先程の特別授業を聞いて高音と愛衣の二人も霊力に興味を持ったらしい。また、刀子も横島達が使っている修行場に興味があるようだ。結局、横島を筆頭にアスナ、古菲、裕奈、夕映、千鶴、風香、史伽、シャークティ、刀子、美空、ココネ、高音、愛衣、総勢十四名と言う大所帯で出城に向かう事になる。
「ほら、ココネ! こっちこっち!」
「こっちですー!」
「……何?」
出城に向かう途中、風香と史伽が美空の隣を歩いていたココネの手を引っ張り始める。怪訝そうな表情をしながらも、手を引かれるままについて行ったココネは、横島の前まで連れて行かれた。
「ん、どうした?」
「ほらほら、ココネ。ヨコシマに肩車とかしてもらいなよ!」
「え? イヤ、私は別に……」
「あ〜、この城は上り下りするのも結構大変だからな。構わんぞ」
いつもならば自分達がねだっているはずの肩車を、ここを新人の鳴滝5号に譲ろうと言うのだろう。風香、史伽なりに、ココネと仲良くなろうとしているようだ。ココネ自身、肩車は美空にしてもらったりするのだが、ここで子供扱いされるほど柔ではないと断ろうとする。しかし、横島にしてみればココネも風香達と同じく子供である事は変わらないようで、ココネの抵抗も虚しく、あれよあれよと言う間に軽々と担ぎ上げられてしまった。
「あ……」
肩車をされてココネは思わず感嘆の声を漏らした。いつもの美空の肩車と違い、視点が高かったのだ。横島と美空では10センチ以上の身長差があるのだから当然である。そのいつもより高い視点に心を奪われたのか、身をよじらしていた彼女の抵抗がピタリと止んだ。
そのまま横島はココネを肩車し、出城へと向かう。ココネも無言のままだったが、その表情はどこか楽しそうであった。
「むむむ、この感触はなかなか……! シスター・シャークティや美空ちゃんも同じ物を使ってるのか?」
その間、横島は自分の頭を挟み、頬に触れる、ココネの足を包み込むストッキングが、かなり肌触りの良い品である事に気付く。シャークティと美空も同じ物を穿いていたので、冗談交じりに「疲れたなら、俺が肩車しますから!」と二人を誘うが、シャークティは華麗にスルーし、美空は「流石にこの年で肩車は恥ずかしいっスよ」と笑って受け流した。
「………」
無言のままのココネが、ぐっと足に力を込める。まだまだ子供の彼女だが、実際に肩車されている自分を差し置いて、横島がシャークティや美空の方ばかり気に掛けるのは面白くなかったのだろう。一瞬首を絞めるような形になるが、横島は彼女の足首をぐっと持つ事でそれを防いだ。結果として横島が、出城に到着するまでココネの足に集中する事になったのは余談である。
ちなみに、エヴァが聞いたネギ達の話によると、ネギ・パーティでは豪徳寺、中村、山下、犬豪院の四人が新たに警備団の仲間入りをし、ガンドルフィーニや神多羅木と共にチームを組む事になったそうだ。
ネギと小太郎は参加出来ないので、その代わりにと言う事らしい。彼等は警備団に参加する事で実戦経験を積もうと言うのだろう。
閑話休題。
出城に到着すると、初めてここに足を踏み入れる面々は揃って驚きの表情を見せた。出城と言ってもちょっとした屋敷程度の大きさがあるのだから仕方が無いだろう。しかも、ここ以外にもいくつか出城があり、その全てが現在は放置されていると言うのだから尚更だ。
「庭はかなり広いのね。確かにここなら、一般人の目も気にする事なく修行も出来そうだわ」
高音も感心した様子で出城内の庭部分を見回していた。魔法生徒にとって人目に付かない修行場所の確保と言うのは、結構重要な事であり、皆が苦労している事でもある。彼女達の修行が早朝や夜に行われる事が多いのも、全て一般人の目を避けるためだ。その点、ここは人目に付く心配もなく、遠慮なく魔法を行使出来る理想の修行場所と言えるだろう。
「ところで、横島君達は普段どんな風に修行をしているのかしら?」
「平日は早朝と夕方、休日は朝から夕方っスね。霊力の修行は、平日は夕方に、休日は朝に済ませてます」
「なるほど……それなら魔法の練習は、平日は夕方、休日はお昼からと言ったところかしら?」
横島から普段の修行内容を聞き出して、シャークティはどのようにして裕奈に魔法を教えるかを考え始める。美空は当然それに付き合わされる事になるのだが、やる気が無いのか、少々うんざりとした様子だった。
「え? それじゃ、今日の霊力の修行はもう終わっちゃったの?」
一方で高音が聞き捨てならないと横島の言葉に反応する。霊力の修行に興味を持って、わざわざついて来たと言うのに、今日はもうやらないと言われたのだから無理もあるまい。
「どうするんだ? その修行、高音達もやんのか? 今は霊力に余裕があるから、俺の方は何とかなるけど」
「一度、アスナさん達の修行の様子を見てから決めたかったんだけど……」
刀子とシャークティの話を聞いて霊力に興味を持った高音だったが、実際にどんな修行か見ない事には決心が付かないようだ。愛衣もまた興味を持っているようだが、こちらも高音が躊躇しているため、その姿を見て怖いと言う感情が先走っていた。
「美空ちゃんは?」
「いや〜、私は親の意向でやむなく魔法使いやってるだけなんで、そこまでやる気は無いっスねぇ」
美空は純粋にやる気が無いらしい。能天気に笑っている。
「……私はヤル」
その一方でココネはやる気満々であった。美空もこのやる気は予想外だったらしく、笑いを止めて驚きの表情で、肩車から降ろしてもらったばかりのココネを見ている。
「ココネ?」
「……魔法使いとしてレベルアップ出来る機会は、極力逃すべきではナイ」
「いや、そうかもしんないけどさ……」
これは横島にとっても予想外の反応であった。そう言えば、経絡を開く際に痛みを伴う事を知らないのだと思いだし、ココネにその事を説明する。そして、説明を終えた後に再び、本当に霊力の修行を受けるのかと尋ねてみるが、彼女の答えは変わらなかった。そんな痛みよりも、魔法使いとして更に成長する事の方が大事なのである。
これに戸惑ったのは横島であった。この修行を受けるアスナ達のあふんあふんと言う反応は知っての通りである。また、風香がこの修行をして欲しいと望んできても、子供には危険だと断ってきた。
一方、ココネは風香達と違って本当の子供だ。しかし、同時にれっきとした魔法使い見習いである。素人でも一般人でもないため、彼女自身が望んだとあれば、横島も断るのが難しい。
つまり、目の前の小さな子供に経絡を開く痛みを味合わせなければならないと言う事だ。子供、特に少女には手を上げないのをモットーとしている横島にとって、これは一大事である。
「い、痛いんだぞ? 怖くないのか?」
「構わナイ。遠慮せずにやって欲しい」
なんとか考え直させようとする横島の言葉も、ココネを止める事は出来ない。彼女の言葉通り、魔法使いとしてレベルアップする機会を逃すつもりは無いのだろう。ココネの決意の固さに、横島は溜め息を一つついて説得を諦めた。こうなれば、横島に出来る事は、なんとか経絡を開く痛みを和らげられるよう努力するのみである。
「ま、負けてられないわ! 横島君、私にもその修行をしてちょうだい!」
「お兄様、私もやります!」
高音は、魔法生徒の中でもトップクラスであると言う自負があるだけに、ココネに遅れを取ってはならないと考えたようだ。迷いを吹き飛ばして決心を固めて名乗りを上げる。愛衣の方は元よりやると決めていたようだが、高音に遠慮していたようだ。彼女が手を挙げたので安心したように自分もと後に続いた。
この二人に関しては、横島は特に言う事は無い。むしろ大歓迎である。無論、出来るだけ経絡を開く痛みが無いように努力するのは当然だが、特に高音は気の使い手である古菲のように、あまり痛まない可能性もあると考えていた。
「美空ちゃんは?」
「だから、私はやんないってば」
結局、美空は最後まで手を挙げなかったため、これから高音、愛衣、ココネ、三人の経絡を開く事となった。
シャークティとしては、ここで美空にもやる気を見せて欲しかったところだが、こればかりは仕方があるまい。魔法使いであると同時に霊能力者でもあるシャークティは、経絡を開く危険性も知っているため、無理強いする事は出来ない。ココネの事も心配なので、ここは黙って見守る事にした。
刀子もまた興味深げに成り行きを見守っていた。こちらもまた神鳴流剣士であると同時に霊能力者だ。横島の行う霊力を鍛える修行に興味があり、あわよくば自分自身を研鑽する糧にしようと考えている。
「あの、夕映さん。この修行を受けるコツとかはありますか?」
「そうですね……声を我慢せずに出す事でしょうか。最近気付いた事なのですが、その方が修行の効率が上がるようです」
「そ、そうなんですか」
経絡を開く痛みの事を考えているのか、愛衣は緊張した面持ちであった。
その事に気付いた夕映は、ポンと彼女の肩に手を置き、元気付けるようにフォローする。
「大丈夫ですよ。気の使い手であるくーふぇさんは、素人の私に比べて痛みが小さかったそうです。魔法使いである愛衣さん達も、意外にあっさりと開くかも知れませんよ?」
「だと良いんですけど」
それでも不安は消えないようだ。しかし、引き下がるつもりも無いらしい。愛衣はぐっと拳を握り締めて横島を見据えた。
「それじゃ、出城の中に入ろうか」
「え、この庭でやるんじゃないんですか?」
「夕映達はここだったんだけど、別に外でやる必要は無いんだよな。中にはベッド並べてる部屋もあるから、そこでやろう」
これは、古菲達の経絡を開いて、横島が学習した事の一つであった。彼女達はこの庭で経絡を開いたが、別に屋外で行う必要は無いのだ。むしろ、経絡を開いた直後はすぐに動けなかったりする事があるので、ベッドがある場所でやる方が、色々と便利である。
幸い、出城の中にはケガをした時のためにと幾つかのベッドを持ち込んだ広い部屋があった。三人の経絡を開くのは、その部屋で行う事にして、横島達は出城の中に入って行った。
「で、誰からやる?」
「もちろん、私からよ」
ココネが自分がと一歩前に出ようとしたのを高音は手で制し、自分が最初にやると申し出た。
高音はこの修行が痛みを伴う事も、場合によっては危険が伴う事も承知していた。だからこそ、まず自分がやらねばと考えている。
「それで、私はどうすればいいの?」
「そこのベッドに腰掛けてくれ。俺は後ろのうなじから霊力を送り込むから」
「首筋ね。服はこのままで良いの?」
「手を素肌に当てるのに邪魔にならなけりゃいいけど……」
そこまで言って横島が言葉を止めた。高音も自分の首に手を当て、彼が何を言いたいのかを悟る。現在彼女は休日なので私服姿なのだが、襟元までしっかり閉じた服を着ており、横島がうなじに直接手を触れるには、その襟が邪魔になってしまう。
「……仕方ないわね」
そう言って高音は上から幾つかのボタンを外し、襟を開いてうなじを露わにした。このシャツの下は下着なので、そこまでは見せないが、これで横島はうなじに直接手を当てる事が出来るはずだ。
「これで大丈夫ね?」
「お、おう、大丈夫だ」
やはり恥ずかしいのか、高音の頬は紅い。横島の方も声がうわずっている。二人が同学年と言うのが大きいのだろうか。横島もアスナ達の時よりもドキドキしているようだ。
二人の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、アスナ、古菲、裕奈、夕映の四人は、自分達の時とは反応が違うと少しむくれている。しかし、女の身から見ても高音は美人でスタイルも良いので、横島の気持ちも分かってしまい痛し痒しである。もっとも、彼女の場合はその前に「黙っておとなしくしていれば」が付くのだが。
「あ〜、最後に確認するが、本当に良いんだな?」
「しつこいわよ。早くやりなさい」
ベッドに上がって高音の背後に移動する横島。しかし、いまだ躊躇しているのか、そこで最終確認をする。そんな彼を高音はピシャッと窘めた。
ここで高音はふっと表情を緩めた。背後の横島の方へと振り返り、肩越しに優しげな目で彼を見詰める。
「その、あなたの霊能力者としての腕は信頼しているわ。全てあなたに任せるから、あなたの思うままにやってちょうだい」
そう言って高音は視線を前に戻し、その瞳を閉じた。そして、横島の霊力を待つ。
「……分かった」
高音は横島を信頼してくれているのだ。これに応えなければ男ではないだろう。
横島が白いうなじに手を当てると、そのひんやりした手の感触に高音が小さく声を漏らし、肩をビクンと震わせた。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫よ、ビックリしただけだから。心配しないで」
「そうか。それじゃ、行くぞ」
高音は言葉は出さずにコクリと小さく頷く事で答える。
その返事を見た横島は、うなじに当てた手から高音の身体へと霊力を注ぎ始めるのだった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
生命力(霊力)、気、魔法力、それぞれによる強化の違いに関する設定。
横島の霊力供給、及び文珠に関する各種設定。
魔法先生、魔法生徒などが参加する警備団に関する各種設定。
シスター・シャークティ、及びココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
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