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絶対可憐合体 ○○シマン! 3


 ズズン…と鈍い振動が通路に響いた。ヨコシマンとなった横島は、手ぬぐいを巻きつけて隠した口で「急ごう」と呟く。周囲に人影はない。自分の中にいる韋駄天八兵衛に向けて言ったのだ。
 通路を抜けた横島を円筒状の地下空間が出迎えた。円筒を上から下へと繋ぐ螺旋階段、その最上部の入り口から横島は顔を出す。ただし、薫がここに辿り着いた時と違って、配線ケーブルは寸断されて垂れ下がり、水道管は折れて滝のように轟々と音と立てて地下空間に水を注いでいる。
 紫穂の言っていた通り、このままでは地下空間全体が水で満たされるのは時間の問題であろう。しかし、それ以上に問題なのは、断線した電気ケーブルがバチバチと火花を飛ばしている事だ。上昇する水面が電気が流れ続けているケーブルに触れてしまえば、高圧電流が水面下全体を襲う事になる。そうなる前に薫を救出しなければならない。
 おそらく時間は十分も残されてはいまい。B.A.B.E.L.の到着も間に合わないだろう。オカルトGメンに連絡しようにも、そのために戻る時間も惜しかった。何より、今から連絡したところで、到着する頃にはこの地下空間は水没しているか、崩落しているかのどちらかだろう。
 横島は、このまま薫を救出するために降下する事にした。
「薫はどこだ…下か?」
『下の方に九兵衛と人間の気配があるな。人間は二人、片方が九兵衛の取り憑いた少年だろう。それと…かなり大きな妖力が一つ』
「妖怪? それがこの騒動の原因か」
『おそらく。気を付けろ、土着の妖怪には有り得ない力だ、神魔族に匹敵するぞ』
「おいおい、急がねえとヤバいじゃねーか」
 頭の中に響く八兵衛の声に横島は冷や汗を垂らす。人間二人と言うのは薫と東野の事だろう。妖怪については横島は知らない事だが、超コンプレックスである。
 天井を見上げると、空間全体が今も小さく振動を続けており、コンクリートの欠片がパラパラと落ちてきていた。位置的に考えて、ここはおそらくテーマパーク中央にあるホテルの真下だと思われる。ここが崩れれば上にあるホテルはどうなってしまうのだろうか。あまり考えたくない事だが、大惨事になってしまうのは間違いあるまい。
 しかし、まずやるべき事は薫を助け出す事だ。妖怪については九兵衛こと、ヒガシマンに任せるしかない。
 横島はふわりと浮き上がると、薫であろう九兵衛とは重なっていない人間の気配に向けて、水道管やケーブルを避けながら降下していった。


 一方、紫穂と葵の二人は逃げ惑う観客の波を潜り抜けながら地上から『接触感応能力(サイコメトリー)』で横島が入っていった地下通路を辿っていた。
 私服姿であるため、特に目立つ事なく進んで行くと、やがて二人はテーマパーク中央に位置するホテルに辿り着く。横島が予測した通り、例の地下空間はやはり高層ホテルの真下に位置しているらしい。
「…まずいわ」
「どないしたんや?」
「何か大きな力を持ったのが地下に居るせいで、このホテルが崩落しちゃうかも」
「はいぃっ? 何やねん、大きな力て」
 引き攣った表情で呟く紫穂の言葉に、葵は素っ頓狂な声を上げた。
「よく分からない。タマモさんに似てる気がするけど…」
 そこで言葉を詰まらせた紫穂は、人差し指でこめかみを押さえて考え込む。相手の力が強く、しかも、地下空間内が、水道管、ケーブル、水、瓦礫と色々な物で溢れているため、はっきりと相手の正体を読む事が出来ないのだ。
 何か大きな体がぼんやりと見えるような気がする。タマモとどこか似ているような気がする。どちらも妖怪で、紫穂はその妖力を感じ取っているのだから、そう感じてしまうのは当然の事だ。しかし、何故か紫穂はその力の主がタマモに似ているとは考えたくなかった。
 無意識の内に超コンプレックスがどのような外見をしているのか察知したのかも知れない。だからこそ、そのように考えてしまうのだろう。何故なら、紫穂にとって、タマモは妖怪であったとしても憧れの対象、彼女のようになりたいと言うある種の理想像なのだから。
 覆面をしたシャツ一枚にパンツ一丁の変態を追いかけてきただけなのに、そこまで大事になっているとは想像だにしなかった。これは少女達だけでは対処出来ない。二人はすぐさまここを離れて、現在こちらに向かっているB.A.B.E.L.と合流する事にする。
 断続的に続く地震に、ホテルに残ってる人達も避難を始めたようだ。後数分も経たない内にこの辺りは無人になるだろう。こうなってくると、葵と紫穂の二人もここに居るのは危険だ。
「行きましょ、B.A.B.E.L.が来てくれない事にはどうしようもないわ」
「せやな」
 二人は人目につかない茂みに隠れると、『瞬間移動能力(テレポーテーション)』でテーマパークの外へと移動する事にした。


 轟音響く地下空間、ケーブルの上に横たわっていた薫が呻きながら痛む身体を起こした。幸いケーブルは千切れておらず、厚いカバーに包まれているため、感電はしなかったようだが、まだ節々が痛む。頭が熱を帯びてガンガン痛む、視界もぼやけているようだ。
「な、なんだありゃ…」
 下方ではヒガシマンと超コンプレックスが激戦を繰り広げていたが、水面の上昇に合わせて徐々にこちらに近付いて来ている。その戦いは凄まじいの一言だ。横島も使う霊波砲を撃ち合っているのだが、それより遥かに強力である事が目に見えて分かる、迫力が段違いであった。超度(レベル)7の薫と言えども、あれに巻き込まれてはただではすまない。
 それに、流れ弾が地下空間の壁をどんどん破壊している。このままでは、ここが水没するよりも早く崩落してしまうかも知れない。薫はすぐさま『念動能力(サイコキネシス)』を使って避難しようとした。
「…あれ?」
 しかし、念動能力は発動しなかった。ケーブルに身体を打ち付けたせいだろうか。急に身体の力が抜けていき、再び倒れ伏してしまう。
「まずっ!」
 そうこうしている内にヒガシマンと超コンプレックスが近付いてきた。霊波砲の撃ち合いでは埒が明かないと、肉弾戦に移行したようだ。猛スピードで地下空間を縦横無尽に飛び回り、互いに角を交えてぶつかり合っている。
 その時、頭突きをしてきた超コンプレックスを受け止めたヒガシマンが、そのまま勢いを利用して超コンプレックスを投げ飛ばしてしまった。しかも、その投げられた巨体は薫目掛けて飛んできたのだ。ヒガシマンもこの時になって初めて薫の存在に気付いたようで、驚きに目を見開いている。もう逃げられないと薫が思わず目を瞑ったその時―――

「ヨコシマンキイィーックッ!」

―――薫と超コンプレックスの間に割り込むようにヨコシマンとなった横島が割り込み、凄い勢いで飛んできた超コンプレックスを渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
「だぎゃーーーっ!!」
 超コンプレックスは、情けない悲鳴を上げて飛んでいき、そのまま壁に激突。その衝撃でパラパラと小さなコンクリート片が降り注いでくる。薫を助けるために咄嗟に割り込んだが、少々やり過ぎてしまったようだ。
「な、何するだぎゃ!」
「やかましいわっ! 誰がいるかと思ったらおめーかよっ!」
「ぐふふ、久しいにゃー、人間。言ったはずだぎゃ、おでは何度でも蘇ると…」
 神魔族に匹敵する力があると言うから、どんな大妖怪が潜んでいるのかと思えば、かつて戦った事のあるコンプレックスなのだから拍子抜けもいいところである。髪が金色になって逆立ち、妖力が炎のようになって全身から噴き出し輝いているが、それは些細な事である。少なくとも横島にとっては。
 しかも、この超コンプレックスは横島の事を知っている。どうやら、コスモプロセッサで復活したあのコンプレックスのようだ。復活した場所はハワイなのだが、長旅を経て再び日本まで戻ってきたのだろう。そして、陰の気が集まるここを棲み処に選んだのだ。
「助けに来たぞ、薫!」
「に、兄ちゃん…」
 わめく超コンプレックスを無視して、横島はまず薫を助け起こす。薫は横島の顔を確認すると、安心したように微笑んで再びその目を閉じた。彼女の顔は血の気が引いてかなり顔色が悪い。頭の中で八兵衛に自身の霊能は使えるのかと問い掛けると、横島と同じ光景を見ており予断を許さぬ状況であると理解した彼は、間髪入れずに早口で出来ると答える。八兵衛が横島の身体を動かしているならともかく、今身体の主導権を握っているのは横島だ。逆に今の状態では八兵衛の霊能が使えないが、薫を助けるのに必要なのはそれではない。
 横島はすぐさま文珠を出すと「癒」の文字を込めたそれを薫の額に当てて発動させる。淡い光が少女の全身を包み込み、それが収まると、薫は驚いたようにパチクリとその目を開いた。
「お? お?」
 手を顔の前に持ってきてグー、パーと繰り返し、次に足をバタバタと動かしてみるが、痛みがまったくない。熱を持った頭はすっきりとし、ぼやけていた視界がクリアになって、横島の顔がハッキリと見えるようになっている。
「すっげー、ぜんっぜん痛みもなくなった!」
 笑顔で立ち上がり、ケーブルの上でぴょんぴょん飛び跳ねる薫。横島は落ちやしないかと心配だったが、彼女は念動能力で自分の身体を浮かせる事が出来るので、それは杞憂であった。
 ヒガシマンはその光景を目の当たりにしながら、怪訝そうな表情を浮かべていた。顔は東野だが、その表情を浮かべているのは、身体の主導権を握っている九兵衛の方である。
「あの口調、身体を動かしているのは人間の方か?」
『は? どういう事だよ』
 問い掛けてくる東野に、九兵衛は口には出さず、頭の中だけで薫を助けに来た男には自分と同じ韋駄天が取り憑いている事を教える。
 ただし、身体を動かしているのは人間、横島の方だとも伝えると、東野は自分もやってみたいと言い出した。しかし、あれは横島が霊力の扱いに長けたGSだからこそ出来る事であって、素人の東野が同じ事をやろうとしても、強大な韋駄天の力に振り回されるだけだ。そう答えると、頭の中に浮かぶイメージの彼は唇を尖らせて拗ねてしまった。
「薫、掴まれ」
「え?」
「東野君もこっちを見ている。下手に超能力を使うとバレちまうぞ」
「あ、そっか」
 薫はその言葉に反応し、そっと降り立って横島の腰にしがみ付いた。そんな彼女の肩に手を回し、横島はぐっと抱き寄せる。これで薫は安全だ。それから横島は、キッと超コンプレックスの方へと視線を向ける。
「お前、下等妖怪のはずだろ、何でそんなに強くなってんだよ?」
 かつて令子の下で除霊助手をしていた頃に、横島は妖怪コンプレックスに遭遇した事がある。その時令子は言っていた、最近になって生まれたばかりの下等妖怪、これほど情けない妖怪も珍しいと。力もせいぜい幽霊を操り、人間一人を水中に沈める程度、大した事はなかったはずだ。
「ぐふっ、ぐふふ……おでは陽気の陰にひしめく陰気をすする妖怪だぎゃー。人間のマイナス思念がある限り、おではどこまでも強くなる……」
「ま、まさか…」
 最悪の想像が横島の脳裏に走った。
 この高層ホテルと中心に、幾つものレジャー施設が密集する巨大テーマパークは、家族連れだけでなく恋人同士で訪れるデートスポットとして知られており、季節を問わず一年中盛り上がっている。恋人同士で行こうと言う内容のコマーシャルを見て、薫は目を輝かせたものだ。
 以前、横島がコンプレックスと遭遇した場所は、令子が「人工ナンパ場」と評したレジャープールなのだが、ここではそれと同じようなプールすらもテーマパーク内の一施設に過ぎない。
 陽気と陰気は表裏一体、そこに陽気があれば、その影に同じだけの陰気がある事で陰陽のバランスが取れると言うもの。ここには一体どれだけの陽気が集まり、その影にどれだけの陰気が蓄積されていたと言うのか。その答えが目の前に居る超コンプレックスである。

 この巨大テーマパークは一日で遊び切れるものではない。多くの客が一日遊び終えた後、中央の高層ホテルに宿泊し、翌朝再び遊びに行く事になる。
 結果として、高層ホテルがテーマパーク中の陽気を集めるアンテナの役割を果たし、日の光の当たらぬ地下空間に同じだけの陰気が蓄積され、ここに潜んでいたコンプレックスを超コンプレックスにまで成長させてしまったのだ。
「人間の陰の気を糧にする妖怪ってのは少なからずいるもんだが、本来妖怪ってのは、人里離れた人気のない所に潜むもんだ」
 焦りの表情を見せるヒガシマン。その口調が九兵衛のそれに戻ってしまっている。
「しかし、こいつは人里の特に人が集まる所を棲み処とし、大勢の人の陰気を糧にしてここまで強くなった。クソッ、どこが下等妖怪だ。現代に適応した新世代の妖怪じゃねーか! このまま放っておけば、どこまでも際限なく強くなって行くぞッ!」
「そ、そう言う問題なのか?」
 呆然と呟く薫に、振り返ったヒガシマンは神妙な面持ちでコクリと頷いた。冗談のような話だが、ヒガシマンの言葉は紛れもない事実である。とは言え実際のところもう少し話はややこしい。
 確かに、妖怪コンプレックスは今の時代だからこそ生まれた妖怪ではあるが、昔はこのような妖怪が誕生する余地がなかったのかと言うと、そう言う訳ではないのだ。
 昔は「厄祓い」と言って、厄――すなわち陰気を近付けないようにしたり、追い払ったりする儀式のおかげで妖怪誕生までは至ってなかったのだ。
 節分や七五三なども、元々は厄祓いのための儀式で、今も風習として残っているものもあるが、科学文明の発達と共に、あまり気にしないと言う人が増えてきたのもまた事実である。
 厄祓いがあまり行われなくなった結果、昔ならば妖怪が誕生する前に祓われていた陰気が蓄積し続ける事になる。つまり、人の陰気から妖怪が誕生し、悪霊を呼び寄せる土壌が作られてしまったと言うわけだ。

 このテーマパークも、縁起や霊相よりも機能やデザインの方を優先して造られたのだろう。
 結果として、高層ホテルが陽気を集めるアンテナとなったまでは良かったが、同時に真下の地下空間に陰気が蓄積されていき、結果として妖怪コンプレックスを呼び寄せ、超コンプレックスの成長させてしまったのだ。ある意味、当然の結果と言えるかも知れない。
 このテーマパークは最近オープンしたばかりだが、幾つものレジャー施設が密集しているだけあって、全体の入場者数は既に数十万人に達していた。その数十万人が楽しめば楽しむほど陽気が発せられていたのだ。そう考えると、一つの恐ろしい事実が浮上してくる。
「数十万人分の陰気…」
 横島もようやく事の重大さを理解して息を呑んだ。
 コンプレックスはその数十万人の陰気を一身に受けて成長したのだ。それだけ集まれば、神魔族並の力にもなるはずである。

 そのコンプレックスから成長した超コンプレックスだが、今は一点を見据えたままピクリとも動かない。
 それに気付いたヒガシマンがその視線を辿ると、その先には横島にひしっとしがみ付く薫の姿がある。薫は嘗め回すような超コンプレックスの視線に気付くと、肩を震わせて横島の陰に隠れた。
「う…」
「う?」
「裏切り者ーーーッ!」
「はい?」
 突然叫び出した超コンプレックス、彼の放つ強烈な波動に思わずヒガシマンも後ずさってしまう。
 超コンプレックスが叫んだだけで地下空間全体が大きく揺れ、壁に走る亀裂がどんどん大きくなっていく。一体どれだけの力を持つと言うのだろうか。これは八兵衛と九兵衛の力を大きく凌駕していると言っても過言ではあるまい。

「あの時のおみゃーはモテねー貧弱なぼーやで、夕日に向かっておでと一緒に吠えてたはずだぎゃー! それが、いつの間にかっ、いつの間にかーっ!」
「ひ、ひひひ、貧弱なぼーやちゃうわ! 俺も色々あって成長したんだよ! それに、色々役得かなーって思う事もあるけど、結構良い事ばっかじゃないんだぞ!」
 横島はどもりながらも反論するが、それで超コンプレックスが止まるはずもない。更に勢いを増して捲くし立てて来る。

「おでには見える! 女子高生に囲まれてニヤニヤしてるおみゃーの姿がッ!」
「な、何故それを…!」
 横島の家に六女の生徒達が集まっている事を指しているのだろう。
 何故、超コンプレックスがそれを知っているかは謎だ。神魔族並の力を手に入れた影響で、何か妙な能力を手に入れたのかも知れない。

「更に見える! 女子中学生に囲まれてウハウハなおみゃーの姿がッ!」
「え、何それ?」
 謎だ。

 矢継ぎ早に攻め立てる超コンプレックスに横島は反論する事が出来ない。
 反撃できない彼に代わり、今まで黙って聞いていた薫の堪忍袋の緒の方が切れてしまった。横島が超コンプレックスに言われっ放しなのが、我慢できなかったのだろう。
「うっせー! 確かに兄ちゃんはバカでスケベだけどなぁ」
「おい」
 横島が裏手でツっこみを入れるが、薫は止まらない。
「それでも、あたしは大好きなんだぞ、バカヤローッ!」
 地下空間全体に響き渡る絶叫。これには流石の超コンプレックスもたじろいだ。
 勝った、そう思って薫がぐっと拳を握り締めたその時、超コンプレックスが新たな動きを見せる。
「ぬおおおおおーーーっ!」
 薫に勝る大絶叫。これが限界ではなかったと言うのか、更に妖力が高まって行く。
 それに合わせて円筒状の地下空間の壁が崩れ始めた。とうとう、超コンプレックスの力に耐えられなくなったのだ。
「待て薫、火に油だ!」
「だって、だって〜!」
 横島はじたばたする薫を抱き上げて止める。最早一刻の猶予もない、今すぐ薫を外に連れ出さねばならない。
 確実に薫を救出する一つの方法がある。横島自身、それを使ってしまえばただでは済まないが、薫を助けるために再びヨコシマンになったのだ。その程度のリスクは既に覚悟している。
「八兵衛、やってくれ」
『…いいのか?』
 問い掛けてくる八兵衛に横島は静かに頷いた。
「………心得たッ!」
 横島の表情、目付きが急変する。身体の主導権が横島から八兵衛に移ったのだ。
「横島君の妹よ、しっかり掴まっているんだ」
「え、あ、うん」
 兄の急激な変貌に呆然としていた薫は、言われるままにヨコシマンにしがみ付く。
「超加速ッ!」
 次の瞬間、八兵衛は一時的に時間の流れを遅らせて、その中を猛スピードで動く韋駄天に伝わる極意、『超加速』を発動させた。薫は何が起きたか理解するどころか、認識する事すら出来ない。そんな刹那の間にヨコシマンは霊力と肉体を限界まで酷使して駆け出した。
「って、コラ! 怒らすだけ怒らせて逃げんじゃねぇよ、八兵衛ーーーッ!」
 後に残されるのはヒガシマンの怒声。しかし、ここで八兵衛への恨み言を繰り出していても始まらない。地下空間は今にも崩れようとしているのだ。これだけの質量に押し潰されればひとたまりもないのはヒガシマンも同じである。
「チッ…逃げるぜ」
『オイ、いいのかよ、アイツ放っておいて』
「かまわねーよ、このまま瓦礫の下敷きになっちまえばいいんだ。俺らはさっさと脱出するぜ」
 そしてヒガシマンも超加速を発動させて地下空間を上昇。崩れかけた通路を駆け抜けて、そのままのスピードで地上へと飛び出した。
 後に残された超コンプレックスはなお妖力を高め続けている。周囲の事は目に入っていないようだ。壁が崩れている事も、ヨコシマンとヒガシマンが逃げ出した事はおろか、水面が上昇し、自分の身体が今にも水没しそうになっている事すら気付いていない。
 次に超コンプレックスが動いたのは、身体が水中に沈んで、上昇した水面が断線したケーブルに触れて高圧電流が彼を襲った後だった。電流は全く効いていないようだ。自分が水中に沈んでいる事など気にも留めていない。
 そのまま両手を広げ、天を仰ぎ、天よ割れよと言わんばかりの大声で叫ぶとともに、超コンプレックスは溜めに溜めた妖力を一気に爆発させた。

「一緒に風呂に入ってくでる、血の繋がってないきゃーいい妹がいる時点で、おみゃーは勝ち組だぎゃーっ!」

 心の底からの大絶叫である。それがトドメとなって地下空間は地上の高層ホテルと共に崩れ落ちた。幸い避難は完了し、ホテルの中には誰もいなかったようだが、これは大惨事である。
「最後は自滅か…情けねぇ話だな、オイ」
 瓦礫の山の上に立って呟くのはヒガシマン。この様子では地下空間は瓦礫に埋まってしまっているだろう。超コンプレックスのそのまま生き埋めになってしまったはずだ。
 周囲を見回してみるが、ヨコシマンの姿は無い。どうやら薫を連れたまま、遠くまで避難したようだ。
 これはヒガシマンこと九兵衛にとっては好都合である。無断で人間界に降り、人間に憑依して正義のヒーローをする事が、天界の法において罪であると言う自覚はあるのだ。その罪を帳消しにしてなお余りある善行、人助けをするまで八兵衛に連れ戻されるわけにはいかない。
 今の内にさっさと行方を眩ませてしまおうと考え、踵を返して飛び去ろうとしたその時、瓦礫の下から生えてきた手がヒガシマンの足を掴んだ。
「何ぃっ!」
 噴き上がる瓦礫、その中から現れるのは言うまでもない、超コンプレックスである。
 あれだけの瓦礫に押し潰されても、彼に止めを刺すには至らなかったようだ。しかも、地下空間の底近くに居たと言うのに、もう凄い勢いで瓦礫を押しのけて飛び出してきている。
「死ねぇッ!」
 掌から放った雷光が至近距離で超コンプレックスに直撃、爆煙を巻き起こした。その隙にヒガシマンは超コンプレックスの手から逃れる。
『やったか?』
「いや、まだみてぇだな」
 煙が晴れた後には、傷一つない超コンプレックスの姿があった。強過ぎる、正に神魔族を越える怪物だ。
 これはヒガシマンの力を以ってしても勝ち目は薄いかも知れない。しかし、雑魚を百体倒すよりも、この一体を倒した方が功績として大きいだろう。何より、超コンプレックスはヒガシマンを逃がしてくれそうにない。
「こうなったらやるしかねーか」
 ヒガシマンは覚悟を決めて身構えた。
「ぐふ、ぐふふふ……おみゃーからも明るい青春の匂いがするみゃー。昔に色々あって、今はお互い素直になれない関係……きゃーいい幼馴染がいるおみゃーも勝ち組だぎゃーっ!
『ち、ちさとは関係ねーだろ!』
「黙ってろ、来るぞッ!」
 ずんぐりむっくりとした大きな図体からは想像もつかないようなスピードで突撃してくる超コンプレックス、今度は最初から肉弾戦でとことん戦うつもりのようだ。
 ならば、こちらはスピードで翻弄してやろう。九兵衛は小さくステップを踏んで身構える。かつては速さを求めて修羅の道を邁進していた身だ。たとえ相手がどれだけ強かろうとも、そう簡単に負けてやる気などさらさらなかった。

 その頃、ヨコシマンは崩れ落ちる高層ホテルを、テーマパークの外から眺めていた。
 薫を連れたままここまで超加速で走り抜いてきたのだ。既に身体の主導権は八兵衛から横島に移っている。
「あれ、横島はんやん」
 そこに葵と紫穂の二人が『瞬間移動能力』で現れた。B.A.B.E.L.の到着を待って地面を探っていた紫穂が、突然現れた横島に気付いたらしい。
「おお、お前ら……丁度良いところに、来てくれた、な……」
 途切れ途切れに喋る横島。その表情はどこか引き攣っている。
「に、兄ちゃん、どうしたんだ?」
 抱き上げられたままだった薫が、疑問符を浮かべながら地面に降り立つが、横島は視線を真っ直ぐ前に向けたまま動かず、彼女の方を見ない。
 この時、横島の頭の中では、こんな会話がなされていた。
『横島君、済まないが私は九兵衛を助けにいかねばならない』
『分かってる。あのコンプレックス相当強そうだしな』
 そう、超コンプレックスは強い。たとえヒガシマンであっても勝ち目はないと八兵衛は考えていた。九兵衛も心のどこかでそれは理解しているのだろうが、だからと言って引き下がるような性格でない事を、八兵衛はよく知っている。
 ならば、対抗し得る手段は一つしかない。
『本当に良いのだね』
『俺か東野君か、どっちかがやらなきゃいけないなら、俺がやるしかないだろう。ぶっちゃけ、選択の余地ねーし』
『……すまない、横島君!』
 その言葉と同時に八兵衛は横島の身体から抜け出した。そのまま振り返る事なく飛び去っていく。
「え? え? 今の韋駄天じゃないか、なんで…?」
 横島の頭の中で繰り広げられた会話を知る術のない薫は、突然の出来事に疑問符を浮かべるばかり。横島はギギギッと音が鳴りそうな軋んだ動きで彼女に顔を向け、にっこりと微笑んでみせた。
「薫、お前が無事で本当に良かった。兄ちゃんに後悔はないぞ……うぼぁっ!
「えーーーっ!?」
 次の瞬間、横島は血反吐を吐いてドサリと力なく倒れ伏した。
「おおおおっ、てっ…手ェ痛い! 脚痛い! 横綱がっ、横綱がぁ〜っ!」
 更に手足を激しく痙攣させ始める。
 ヨコシマンになって韋駄天の力、超加速を使った事による筋肉痛――ではない。筋肉痛になる以前の問題で、今の横島は、人間の限界を超えたスピードで動き回った事により、全身の筋繊維がズタズタになった状態なのだ。
 本来ならば八兵衛は、横島の身体を治療してから抜け出さねばならない。そうする事で、限界を超えて肉体を酷使したダメージが人体を襲わないようにする事が出来る。
 しかし、今は状況がそれを許してくれなかった。
 超コンプレックスに対抗し得る手段。それは、八兵衛と九兵衛が力を合わせる事。ヨコシマンとヒガシマンが、ではない。どちらか一方の身体に二柱が憑依して、二柱分の力を持った一人のヒーローを誕生させるしか道はない。
 つまり、どちらか一人が治療しない状態のまま韋駄天を抜け出させなければならない。まだ子供の東野では、このダメージに耐え切れないため、横島がその貧乏くじを引く事になったと言うわけだ。選択の余地がなかったとも言う。
「兄ちゃん! しっかりしろよ、兄ちゃん!」
 薫が必死に揺さぶるが、横島は何の反応も示さなかった。イイ笑顔のまま顔の筋肉を硬直させている。
「……横島さんの身体、ボロボロだわ。たった数分でどうやったらこんなになるって言うの?」
「テ、テレポートや! B.A.B.E.L.に運ぶで!」
 紫穂が『接触感応能力』で横島の状態を探り、あまりの酷さに顔が真っ青になってしまった。その様子を見た葵は、ただ事ではないと察し、すぐさま横島も連れて『瞬間移動能力』でB.A.B.E.L.へと跳ぶ。
 直に到着するであろうB.A.B.E.L.の部隊とは入れ違いになってしまうだろうが、それは仕方あるまい。横島の身体はそれだけ酷い状態だったのだから。


 瓦礫の山の上ではヒガシマンと超コンプレックスの激闘が繰り広げられていた。
「ぐほっ!」
 超コンプレックスの拳がロケットのような勢いでヒガシマンの腹に突き刺さり、その身体が弾むボールのように吹き飛ばされた。痛みを感じるのは主導権を握っている九兵衛だけなのが幸いである。東野自身もこの痛みを感じていたら、それだけでショック死してしまっていたかも知れない。意識を失っていたのは確実だろう。それだけの痛みであった。
「九兵衛!」
 倒れる九兵衛の隣に八兵衛が降り立つ。
「何しに来やがった、てめぇに付き合っている暇はないぞ」
「邪険にするな。自分だけでは奴に勝てない事は分かっているのだろう?」
 九兵衛は悪態をつくが、八兵衛は真摯な態度を崩さない。確かに彼の言う通り、九兵衛にも分かっているのだ。何故、八兵衛が横島から抜け出して自分だけでここに来たかと言う事も。
「………チッ、しょうがねぇ」
 心底嫌そうな顔でヒガシマンは立ち上がった。天界ではスピードで競い合うライバル同士なのだ。その八兵衛と力を合わせるなど、それこそ反吐が出る。しかし―――

「やるからには勝つぜ、八兵衛!」
「うむ、その意気だ九兵衛!」

―――このままおとなしく負けてしまうのは、それ以上に嫌な事であった。
 ヒガシマンが両手を広げ、それに重なるようにして八兵衛の身体が溶け込んでいく。やがてその身体が完全に消えると、東野の頭の中に、二柱の韋駄天の笑い声が響き渡った。

『『ヒガシマン98参上ッ!!』』

 叫び声と共に霊力が火柱となって噴き上がった。
 横島が文珠で行う同期合体ほどではないが、二柱の韋駄天が一つの身体に憑依した事による共鳴現象も起きているようだ。単純に二人の力を合わせた以上の力がヒガシマンの身体から溢れ出ている。
「ぐうぅ!」
 超コンプレックスもたじろいて一歩下がる。こちらも強大な力を持っているが、それはあくまで神魔族並の力。互いに力を増して共鳴し合う正真正銘の神族二柱に敵うはずがない。
「………」
「…?」
 しかし、何故かヒガシマンは攻撃を開始せず、無言で棒立ちになっていた。

『何故、9の方が先なんだ! ここは数字の若い順に…』
『うっせぇ! 先着順だよ!』
『どーでもいいから、早くやってくれよ!』
『む、それもそうだ』
『早いとこ終わらせねぇと、コイツの身体が耐え切れなくなってバラバラに吹っ飛んじまうしな
『おいぃっ!?』

 どうやら、頭の中で九兵衛と八兵衛が名前について討論していたようだ。さらりととんでもない事を言われてしまったが、最早引き返す事は出来ない。
 これだけの力があれば、超コンプレックスにも勝てるはず。元々九兵衛に身体を貸してヒーローになる道を選んだのは東野だ。覚悟を決めて彼等の戦いを見守る事にした。
「うおぉぉぉぉッ!」
 雄叫びを上げると同時に超加速を発動させて吶喊するヒガシマン。超コンプレックスにそれを避ける術はなく、今度は超コンプレックスの腹にヒガシマンの小さな拳が突き刺さった。
「遅い! 遅いぞ! 遅い者には死あるのみッ!!」
「みぎゃあぁぁぁーっ!」
 更に腹にめり込んだ拳を強引に開いて九兵衛得意の雷光を放ち、超コンプレックスの体内を蹂躙する。これにはたまらず超コンプレックスは聞き苦しい悲鳴を上げた。
「超コンプレックス! ヒガシマン89が相手だ! 外道焼身霊波光線ーっ!」
 身体の主導権が八兵衛に変わり、今度は額から放たれた霊波砲が超コンプレックスの肩を貫いた。
 圧倒的な力であった。いかに超コンプレックスが神魔族並の力を持っていようとも、今のヒガシマンは二柱の神族の力を持ち。さらにそれが互いに共鳴しあいその力を増している。
「くそっ、おでは負けにゃー!」
「このヒガシマン98相手に、当てられるものなら当ててみな、ドンガメ!」
 負けじと超コンプレックスは反撃しようとするが、それは瓦礫の山に大穴を開けるだけだ。いかにパワーがあるとは言え、常に超加速状態となっているヒガシマンを相手に、生半可な攻撃が当たるはずがない。
「ヒガシマン89パーンチッ!」
「ヒガシマン98キーックッ!」
「ヒガシマン89チョーップッ!」
 遅らせた時間の中で猛攻が続いた。ライバル同士の二柱が競い合うようにして攻撃し続けている。
 こうなっては超コンプレックスに勝ち目は残されていなかった。集められた陰の気により構成されていた身体がどんどん削られている。

「「これでとどめだっ! ヒガシマンバーニングファイヤメガクラーッシュッ!!」」

 一つの口から二つの声が発せられ、ヒガシマンが最後の一撃を撃ち込んだ。全身から放たれた霊波が超コンプレックスの身体を焼き尽くしていく。
「ぐふっ……忘れるな、人の世に陽気がある限り、陰の気もまた不滅……おでは、おでは、いつの日か必ず蘇る……」
 そのまま最後まで鬱陶しい捨て台詞を残して超コンプレックスは消滅する。
 こうして、巨大テーマパークにおけるヒガシマンと超コンプレックスの戦いは幕を閉じたのだった。



「はい、兄ちゃん。あ〜ん♪」
 薫がフォークに刺したリンゴを差し出してくる。
 翌日、横島の部屋には包帯だらけでミイラ状態になった横島が寝かされていた。
 あの後、B.A.B.E.L.に担ぎ込まれた横島だったが、今はこうして帰宅し、自宅療養中である。
 ズタボロの横島を見た桐壺は、すぐにB.A.B.E.L.に入院できるよう手配すると言ってくれたが、横島はそれをやんわり断った。
 賢木と言うESPドクターに検査をしてもらったところ、幸いにも腱の断裂まではいっていなかったようだ。筋繊維はボロボロなので明日には地獄の筋肉痛が待っているだろうが、それは入院したところでどうしようもない。こればかりは新陳代謝でリフレッシュするしかないのだから。

 それよりも横島は薫の方が心配だった。文珠で治したとは言え、完全に回復したかどうかは分からない。
 薫は大丈夫だと渋ったが、朧が横島を休ませている間にと説得し、横島の家に入り浸ってB.A.B.E.L.に来なかったため延び延びになっていた検査を済ませてしまう事になる。
 精密検査の結果、三人とも特に問題はなく、とりわけ薫は文珠の治療が完璧だったようで、いつも以上に健康優良児な状態であった。

 横島の事もあり、放ったらかしにしたまま帰ってきてしまったが、テーマパークで起きた大惨事については、桐壺がオカルトGメンと共同で事後処理に当たってくれるそうだ。そちらは任せて三人は検査の間でミイラ状態にされた横島を連れて瞬間移動で帰宅する事になり、現在に至る。

「兄ちゃんが治るまで、あたしが面倒みてやるからな」
「そんな事より、学校に行かんか…!」
 薫は横島が治るまで、学校を休んで看病すると言い出していた。いつもならここで拳骨を落としてやるところだが、今日は身体が動かない。やはり地獄の筋肉痛からは逃れられなかったようだ。ちゃんと学校に行けと注意しようとするが、すぐに顔の筋肉がひきつってしまう。
 一方、怒られながらもえへへと笑う薫。兄がこんなになってまで自分を助けてくれたと言うのが嬉しくて堪らないようだ。これ以上何を言っても聞きそうにない。
 どちらにせよ、文珠で完治したとは言え、今日一日は様子を見るように言われていたのだ。今日は薫の好きにさせてやろう。輝かんばかりの笑顔を見てそう判断した横島は、身体を休めるためにその目を閉じた。
 その寝顔を眺める薫としては、せっかく学校を休むのだから優雅に二度寝でもしたいところだ。無論、いつも通りに横島の隣で。しかし、その包帯だらけの痛々しい姿と、何より、包帯の下から漂ってくる湿布の匂いで、今日のところは断念せざるを得なかった。
「ま、いっか」
 焦る事はない。今はこうして寝顔を眺めていられるだけでよしとしよう。
 こうして寝顔を眺めながら、アレコレと回復した後の事を思案するのもまた楽しいものだ。
 後日、回復した横島は待ちかねてうずうずしていた薫に振り回される事になるが、それはまた別の話である。


「え、昨日の事件、東野君が関わってたの?」
 一方、こちらはいつも通りに登校した葵と紫穂。
 あまり大きな声で話せる内容ではないので、教室を出て階段の踊り場で昨日の事についてちさとに話している。
 八兵衛は元々九兵衛を連れ戻すために人間界に降りてきたのだから、九兵衛を見つけた以上、用事が済み次第帰らなければならない。そうなれば九兵衛も連れ戻されるので、東野は解放され、いつも通りの日常が戻ってくるはずだ。それを聞いてちさとはほっと胸を撫で下ろした。
「それで、東野君は大丈夫だったの? 今日はまだ学校に来てないみたいだけど…」
「…え〜っと」
「それは…」
 ちさとの問いに葵と紫穂の二人は言葉を詰まらせた。
 一瞬にしてしんと静まり返る踊り場、無音状態に耳が痛くなってきた頃、どこからともなく「ヒガシマンキーック!」と言う声がちさとの耳に届く。慌ててバッと窓から外を見ると、そこに居たのはTシャツ一枚にトランクス一丁の変態ヒーロー、ヒガシマンであった。
 それを見て呆然とした表情となったちさとの顎がカクーンと落ちる。
「えとな、韋駄天に取り憑かれて暴れるとな、人間の身体の方がボロボロになってまうらしいんよ」
「だ、大丈夫よ。韋駄天は人間の身体を治療してから出て行くって話だから」
 葵と紫穂は何とかフォローしようとするが、ちさとの耳には届かない。
 もう用事は終わったのではないのか。治療が済み次第出て行くのではなかったのか。
 それならば、すぐそこで戦っているヒガシマンは一体何だと言うのか。

 実は、超コンプレックスとの戦いが終わった後、東野の身体は再起不能寸前の状態に陥っていた。
 しかし、二柱の韋駄天が取り憑いている以上、再起不能になる事は無い。このまま東野本人がダメージを受ける事なく治療を続け、完治した時点で二柱が身体を離れれば事は済むはずだった。

『お、ひったくりだ』
『何、仏教の守護者として狼藉者は許せん!』

『む、あのままでは小猫がトラックに轢かれてしまう!』
『俺の出番だな、とうっ!』

 問題は、真面目な性格の八兵衛、目立つ活躍をして手っ取り早く善行を積みたい九兵衛、どちらも目の前の悪を見逃せる性格ではないと言う事だ。
 治療中であるにも関わらず、悪を見つけ次第飛び出して解決する。その結果、治り掛けていた身体がまた悪くなってしまうと言う悪循環に陥っていた。このままではいつまで経っても治らない。
「もう勘弁してくれ〜!」
 ただ一つ、はっきりと言える事は、東野がお騒がせヒーローを卒業するのは、まだまだ先の話と言う事である。



おわり





 今回登場している巨大テーマパークは架空のものであり、特定のモデルは存在しておりません。
 また、超コンプレックスや一人の人間に二柱の韋駄天が憑依するヒガシマン98(89)も、原作の描写のベースに、独自の設定を組み込んで書かれています。
 そして、陰気、陽気の関係についても、陰陽表裏一体と言う考え方をベースに独自設定を組み立ててあります。
 この辺りは全て『黒い手』シリーズ、及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。ご了承下さい。

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