topmenutext『黒い手』シリーズ『黒い手』>黒い手 1
もくじへ 次へ

黒い手 1


 ヒャクメが持ち込んだモニターには死闘が映し出されている。現在、魔界にて行われているある男と女の戦いだ。
 男の名は横島忠夫、女の名はペスパ。
 あの時、ある女性の命が失われなければ義兄妹となった2人が何故戦わなければならないのか?

 ここは妙神山、日本の随一の修行地。モニターを見詰める猿神 斉天大聖は3ヶ月前に横島がここに訪れた日の事を思い出していた。



「小僧、いやさ横島よ。 お主はこの妙神山における最高の修行を既に終えている。この上一体何を求めるというのじゃ?」
「…強くなりたい。それだけっス」
 表情を変えずに簡潔に答える横島に猿神は溜め息をついた。
「それは理由にならんな。無闇に力を求めると心が闇に呑まれるぞ」
 斉天大聖は今の横島に言いようのない危うさを感じていた。それが何かと問われればうまく答える事ができないが、今の横島から何かしらの悲壮な決意と黒い意志が感じられる。
「ケジメをつけなきゃ俺は一歩も前に進む事ができないんスよ」
「………」
 斉天大聖相手に気後れする事なく真っ直ぐに見据えて返す横島。しばしの沈黙の後、このまま断った所で横島は諦めないと思った猿神は外道に進ませるより、正道で鍛えてやった方が良いと判断し自ら横島に稽古をつけてやると約束した。


「それにしてもたった3ヶ月でベスパと互角に戦えるようになるなんて…」
「流石、私のヨコシマでちゅ!」
「互角? それは贔屓目と言うものじゃぞ小竜姫。かろうじて死なぬだけよ」
 2人の戦いは一見互角に見えてはいるが、猿神はベスパの圧倒的優勢と見ていた。何せ人間の霊力が消耗する一方、魔族の魔力が真価を発揮する魔界。この悪すぎる条件は当然の事ながら横島に伝えてはいるが、それでも横島の決意は揺るがなかった。
「それにしてもこの短期間で横島さんの実力は延びすぎなのねー」
「まったくです、横島さんに一体何をしたのですか?」
 実のところそう特別な修行を課したわけではない。その事に気付けぬ小竜姫に少し失望しつつも「恋は盲目」故かと苦笑する猿神。
 なんて事はない。猿神は横島に霊力を用いて戦う者としてごくごく基本的な霊力の引き出し方、使い方、そしてその基礎霊力を高める修行をさせたに過ぎない。
「お主達は勘違いしている。生まれもった霊力の高さや窮地において目覚めた文珠等の技があれどあやつは素人じゃ。基本的な霊力の使い方も知らんと聞いた時は耳を疑ったぞ」
「…美神さん、コキ使うだけ使っといてそーいう事は全く教えてなかったのねー」
「美神さんったら…」
 これには流石に呆れるヒャクメと小竜姫。
 しかし、猿神としては今まで妙神山に来た修行者が皆相応の実力を持った者達だったため、「1から育てる」というのは新鮮な経験だったと笑う。

「それでは横島さんをベスパと戦わせたのも斉天大聖老師なのですか?」
「そうでちゅよ。ベスパちゃんじゃなくて私を選んでくれればよかったのに」
「いや、わしが選んだわけじゃない。あやつにはベスパでなくてはならぬ理由があるのじゃろうて。それが何であるかはわしにはわからんかったがな…」
「「「………」」」
 一通りの基本的な修行を終えた横島が最後に望んだ自らに課す試練、それがベスパとの戦いだった。
 魔界の、しかも軍属のベスパと戦うなど本来ならば不可能というものだ。横島の熱意に折れ、魔界にその旨を打診したはいいが猿神は鼻で笑われるのがオチだと思っていた。

 しかし、魔界からの返事は意外なものだった。

 魔界正規軍の中でも屈指の実力者であるベスパはそうそう人間界に行く事ができぬため召喚術を応用したらしい、いつでもベスパの元に赴けるゲートを用意し、いつでも魔界に来て勝負をしろと横島に魔界へ入る許可を出したのだ。
 そして、ベスパの方には横島が来たら全力で勝負をして死ぬ前に妙神山へ送り返せとの命令を下した。
 しかも、その命令は魔界の最高指導者から出たと言われている。

 猿神はその「行き過ぎ」と言える魔界の対応に不審な物を感じたが、当の横島が勇んでベスパと戦っては瀕死の重傷で戻り、傷を治せばまたベスパに勝負を挑む。そんな死に急ぐような、しかし決意を秘めた姿を見ると止める事もできず。むしろ、横島が少しでも強くなれるようにと稽古をつけてやる日々を送っていた。



 横島とベスパ。義兄妹になっていたかも知れぬと同時に互いが仇という奇妙な関係。あの横島が敵討ちとしてベスパとの勝負を望んだとは到底思えないが、猿神はその真意を計りかねていた。
 ヒャクメが『視』てもその心の奥底を見透かす事はできず、わかった事と言えば何かしらの闇があるという事。

「「悩んでる」って言うよりはむしろ「迷ってる」のねー。それでいて自己嫌悪みたいなのと行き場のない怒り…でも、その根っこには決心、決意みたいなのがあると思うのねー」
「あやつの決意はわしも感じていた、でなけりゃ修行させてないわい」
「横島さん…」
 小竜姫は横島の心の闇を理解してやる事のできぬ自分のふがいなさに唇を噛むのであった。



「…終ったようじゃの。小竜姫よ治療の準備を!」
「は、はい!」
 モニターには指先すらも動かせぬほどの傷をおった横島と、それを担いで歩くベスパの姿が映っている。すぐにでもベスパは横島を連れてゲートを通り妙神山に来るだろう。
 結果は言うまでもなく横島の完敗。元々の力の量が違うのだ、当然の結果と言えるだろう。  妙神山にいる猿神達、それにべスパと横島を三界共通単位である「マイト」で測って強い順に並べた場合、一番強いのは猿神で次にベスパ。少し離れてパピリオ、小竜姫と続く。神族の中でも非戦闘員であるヒャクメは小竜姫から更に離れるのだが、人間である横島はそのヒャクメからも更に離されていた。
 ちなみに、ベスパもパピリオも一年と言う寿命の枷を外した事で力は弱まっている。弱まる前の状態であればベスパは猿神よりも強かったであろう。

 本来人間の霊力とはそんな物なのだ。古来より人間が魔族に勝利してきたのは場所が魔族の魔力が抑え込まれる人間界であった事と、マイトの差を埋めるため知恵を以って戦った事。そして何より魔族の油断があっての事だ。
 つまり、それだけ力の差がある者同士が真正面からぶつかり合えば、今モニタの前に繰り広げられる光景は至極当然と言う事になる。
 にわかに妙神山は慌ただしくなり始めた。なにせ今の横島はいつ死んでもおかしくない瀕死の重傷なのだから。



 しかし、横島は立ち止まらない。
 その胸に秘めた決意がある限り…




つづく…かな?



「それにしても…魔界の最高指導者であるあなた自ら人間1人に至れり尽くせりの対応ですね」
「そうか? 冥界のチャンネル閉じられて身動きできんようになったわしらの尻拭いの礼にしちゃ随分チャチいと思うけど?」
「それはそうですが…」
「アシュタロスがおらんようになってから魔界の連中はおとなしいもんや。正味な話、これぐらいの娯楽がないとヒマでしゃーないわ」
「燻っているだけでしょう? あなた自ら火種を放り込む気ですか?」
「んなアホな。これでも影響が最小限に食い止められるように気ぃ使ってるんやで?」
「あなたの部下が、でしょう?」
「あ、バレた?」
「まったく…」

もくじへ 次へ