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黒い手 2


「しかし、解せませぬな。何ゆえ人間相手に貴方様がここまで…」
「なんやルー坊、わしの言う事が聞けん言うんかい?」
「いえ、決してそのような事は…」
「そんなら、もうちっとおとなしく仕事しとれ。もうじきやからな」
「はぁ…」










 横島が妙神山で修行をはじめて3ヶ月。ベスパと戦いはじめて更に2ヶ月。横島の実力はメキメキと上がり、いまやベスパとそれなりの勝負ができるようになっていた。
 その割には小竜姫と組手をしてもそれほどの結果が出せず「小竜姫だからって手加減しすぎ」とパピリオをやきもきさせたりもしたが、全体的に見れば相応の強さを身につけていると思われていた。
 ヒャクメの分析も普段の霊力量にはほとんど変わりはない、テンションの問題だろうとの事だ。

 しかし、モニタ−に映る2人を見る猿神は言い知れぬ不安が日々大きくなっているのを感じていた。
「なんなんじゃ、この焦燥感は…」
「今は見守るしかないのねー。今の横島さんは精神的にも霊的にも安定してるのねー」
「…だとよいのじゃが」



 ベスパは目の前に立つ男を見て想う。
 久しぶりに再会した頃とは比べ物にならない程精練された右腕を包む霊力。よくここまで強くなったものだ。
 戦いはじめた頃は横島が死なぬよう手加減するのに必死だった。正直、憎しみがなかったと言えば嘘になる。しかし、ルシオラの事、救われたアシュタロスの事を考え、その想いは徐々に変わりつつあった。

「なぁ、横島…」
「なんだ?」
「正直言うとさ…アシュ様はあれでよかったんじゃないかと思うんだ」
「…そうか」

 お前は私をどう思っているんだ?

 知りたい。でも、怖い。

 猿神達が横島の目的がわからぬようにベスパもまた横島の目的を計りかねていた。

 だが、この胸踊る高揚感はなんだ?
 あたしは喜んでいるのか…?

 何に?


「行くぞ!」
 ベスパが思考の海に沈むのを引き戻すような掛け声とともに横島の右腕が更に輝きを増し、そのままベスパに向かって駆けて来る。
 いつも最後は真正面からの力と力のぶつかり合いだ。いかに霊力が強いとは言え人間。ベスパに敵うはずはない。しかし、ベスパはこの勝負はいつも真正面から受け止めていた。命令は関係ない。これが自分に課せられた責務だと思うからだ。

 しかし

「!?」
 魔力を込めた拳を横島に叩き込もうとしたその時、その拳はまったくの手応えを感じずに素通りし、横島の姿がフッと陽炎のように消え失せた。



 デジャヴ…



「姉さんッ!」
 そうあの時もそうだった。
 振り向くベスパが見たものは

「俺の勝ちだ!」
 右腕に宿る輝きを漆黒の闇に変え目前に迫る横島の拳だった。






 勝負は横島の勝利に終った。妙神山の門を叩いてから5ヶ月、横島はとうとう1つの目的を達成したのだ。

 しかし、その代償は…
「あの幻惑は姉さんの力…ポチ、お前」
「…なぁ、ベスパ」
「?」
 ベスパは自分の言葉を遮って話し掛けてくる横島に疑問符を浮かべながらも、今は目の前の男の事を少しでも知りたくて黙って耳を傾ける事にする。


「あの時…あの時の俺に今の半分程の力があれば、アイツは死なずに済んだのかな?」
「…!!」
 ベスパは息を呑んだ。
 やはりこの男はあの時の事を忘れられてない。今も姉さんの事を想っている。
「2対1だったんだ。今の半分以下の強さだけでも姉さんと一緒なら勝てたはずさ」
「そうか…」
「でも、あの時のポチにそれだけ強くなれたとも思えないけどね」
「………」
 ここまで一途に想われる姉に嫉妬を覚えないでもない。
 しかし、今のベスパにはそれ以上に気になる事があった。決着の瞬間 横島がルシオラの力を使った、これが意味するところは1つ。ベスパは力なく横たわる横島の右腕を掴みまじまじと見る。

 《栄光の手》…違う、魔装術でもない…肉付きこそ男の物だが、この腕は…
「ああ、姉さん…」
 そう、横島の右腕はルシオラのそれと化していたのだ。横島も今になって自分の腕の変貌に気付いた。
「この腕は…」
「今のポチの右腕は魔族化してるんだよ。姉さんの腕に」
「そんな、今までこんな事なかったのに…」
 呆然とする横島をよそにベスパは涙を浮かべ、ただ力一杯その腕を抱きしめるのだった。






「迂闊! これが魔族の狙いかッ!!」
「老師、すぐにでも魔界へ乗り込んで横島さんを!」
「ちょ、ちょっとそれはムチャなのねー。神族が魔界に入ったら大問題なのよー」
「それならパピリオがひとっ走り行ってくるでちゅよ」
「ダメじゃ。お主は一応ここで監視を受けておる身じゃからの」
 横島の右腕の魔族化。
 この事実に戦いを見守っていた妙神山は騒然となっていた。猿神が育て上げた横島の霊力が仇となり、徐々に育ちつつあるルシオラの魔力を隠し、人間界において魔力は魔界でのそれより抑え込まれるという事実が発見の遅れに拍車をかけていたのだ。
「あああ、私ってば役立たずー!?」
「落ち着け! 気付かんかったのはわしも同じじゃ!」
「横島さん。必ず、必ず人間界に戻って来て下さい…」

 小竜姫達にできる事は、ただ横島が無事に戻ってくる事を祈る事だけだった…




つづく



「こ、これは一体…」
「なんや、ルー坊も勉強不足やのぅ」
「どういう事でしょう?」
「魔界において人間の霊力ってのは消耗し続ける。反面魔族の魔力はその真価を発揮する」
「それは常識です」
「そこまで言うてもわからんか? あの小僧は魔力を持ってるんやで? しかも極上の、魔王の血を分けたルシオラの魔力を」
「…まさか! あの人間に魔界に入る許可を与えたのは魔力を育てるため!?」
「小僧が魔界で魔族に勝つためには魔力に頼るしかないやろからなぁ。まぁ、わしはあの小僧の望みを叶えるためにちょいと協力してやっただけやがな。こっからや、ホンマにおもろいのはこっからやでぇ」
「………」



 注)ルー坊と言うのは《暁の明星》…ではなく、《光を避ける者》ルキフゲ・ロフォカレこと地獄の宰相ルキフグスさんの事です。

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