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過去からの招待状 2


「そう言えば…この旧校舎、愛子の学校に似てないか?」
「気付いたかい?」

 高松達が『愛子組』の本拠として使用していた廃校は、よく見ると愛子の机の中に存在する学校とそっくりだ。
「ここは、愛子君が生まれた地であり、愛子君の学校のモデルでもあるのだよ」
「それって…」

 愛子の学校の中にある本は現実の存在する本のコピーだ。
 ならば、校舎そのもののコピー元があったとしても不思議ではない。



「三十七年前…愛子君の学校から解放された私は愛子君、そして級友達を探しはじめた。学校で起きた神隠しの情報を集めてね」
「そうか、愛子は学校でしか神隠しを起してない!」
「うむ、時期こそバラバラだったがね」
 過去の悪事を話題にされて愛子は少し恥ずかしそうにしていた。

「私は皆を探しはじめてすぐに猪場君を見つけた」
「その時だったな、自分達がこちらでは同学年ではない事を知ったのは」
 そう言って二人は昔を懐かしんでいた。


 その後、高松と猪場の二人は人間と妖怪は共存できると考え、家が資産家であった高松は「愛子」の母校を探し当て、その豊かな自然を残す山を共存のための地として買い取り。  霊力を持っていた猪場はGSとなりGS協会に届けられる学校で起きた神隠しの情報を頼りに、クラスメイト達を探し、二十年以上の歳月をかけて『愛子組』をここまでの組織にしてきたのだ。


 しかし、肝心の愛子と「最後の生徒」、そして「先生」だけは何故かまったく情報がなく見つけ出す事ができなかったと言う。

 なんて事はない、美神が「仕事ですらない」と面倒くさがってGS協会に報告しなかったためだ。



「まだ大学生の小田切君が君達の事を覚えていてね」
「我々から見れば、何十年も前に一度会っただけだからなぁ」
 そう言って二人は声を上げて笑う。
 高松が言うには『愛子組』のクラスメイトは人数が増えるごとに愛子が神隠しを起こす頻度も回数も減り、最後の生徒である横島を除けば現役大学生の小田切 あゆみが最年少となるそうだ。


 女子大生と聞いて横島が反応したのは言うまでもない。
 その後、タマモに焼かれた事も。





「ところで、愛子の母校って元々愛子はここの机だったのか?」
「う〜ん、昔の事はあんまり覚えてないのよねぇ」
 愛子も廃校を見上げて頭をひねっているが、これが自分の中にある学校のオリジナルだと言われてもピンと来ない様子だ。

「そもそも、愛子君は机の付喪神じゃないみたいだからな」
「「え?」」
 猪場の言葉に愛子と横島の声が重なった。
 高松が廃校を見上げつつ、言葉を続ける。

「私が愛子君を探している時に分かった事なんだがね。この学校が廃校になると決まった時、生徒達は次々と街の学校に 転校していったが、最後まで残った生徒が一人いたんだよ」
「それが…」

 そう、それが人間「愛子」だ。
 重い病を患い、ロクに学校に来る事もできなかった彼女だったが、だからこそこの学校を誰よりも愛し、最後までこの学校とともにある事を選んだのだろう。
 自分の死期を悟った「愛子」は入院中の病院を抜け出し、重い足を引き摺って一人この学校を訪れ、教室で生徒として席につき…そして、そのまま息を引き取ったそうだ。


「おそらく、その人間「愛子」君の残した想いが力を得て机に宿ったのが、ここにいる愛子君なのだろう」
「それはつまり、愛子は残留思念…その正体は怨霊のたぐ」
 突然途切れた横島の声で高松と猪場が振り返ると、そこには机で横島を殴り倒した愛子が立っていた。

「…ま、要するに愛子君は机に芽生えた魂などではなく、人間の魂が妖怪と化した者という事だよ」
 とりあえず、倒れている横島を見なかった事にして猪場が高松の説明を引き継いだ。

 おそらく、人間愛子の魂は最初地縛霊になったと思われる。
 その後、長い年月を経て力をつけ、机を依り代とし妖怪化したのが、机妖怪愛子なのだ。



「ところで、この近辺の森にいる妖怪達ってのは…」
「人間との争いを好まぬ者達、人間に住む場所を追われた者達。だいたいそんな所だよ」
 雪之丞は高松の言葉をメモに取る。この事を弓家に報告するため、直接妖怪達にも話を聞く必要があるだろう。
 高松はクラスメイトの一人を呼ぶと、雪之丞を森の方へ案内させる事にした。
 雪之丞も横島達の知り合いであれば信用してもよいだろうとその言葉を受け容れ、ここからは別行動をとる事にする。




「アイツも大変だなぁ…」
「私達の用は終わったでしょ、もう帰る?」
「えー、せめて一晩滞在していきましょうよ。そりゃ、学校も仕事もあるからいつまでもって訳にはいかないけど」
 《愛子組》に何の感慨もないタマモは家に帰ろうと提案したが、愛子が拒んだために、一日こちらに宿泊していく事になった。





 愛子が高松と懐かしいクラスメイトに会ってくると机を担いで駆け出して行ったため、特に思い出もない横島とタマモが取り残された。

「そうだ。今の《愛子組》には当時のクラスメイト以外の仲間もいるのだが、中には妖怪もいるのだよ。君達にも紹介しよう」
「あ、お願いします」
 横島達は猪場に連れられ、今は食堂として使われている家庭科室へと向かったが、そこで意外な人物と再会する事になる。





「あなたは…横島さん!?」
「え?」
 家庭科室に入った所で突然かけられた声に振り向くと、そこにはかつて横島が助けた猫叉親子の母親、美衣の姿があった。

 当然、人間の姿に変化しているが、こだわりがあるのか今や時代遅れと言わざるを得ないボディコン姿だ。


「横島さん、どうしてここに?」
「美衣こそ…お前達の住んでた山はこのあたりじゃないだろ?」
 横島の言葉に美衣の表情が曇る。
 それを見かねた猪場が説明を買って出た。
「彼女達親子は棲み家を追われてここに来たのだよ」
「え、って事はあの後に…」
 横島の言葉を美衣は頷いて肯定した。

「何にせよ無事でよかった。ケイはどこにいるんだ? ここにいるんだろ?」
 暗い話題を変えようとケイの事を訪ねる横島だったが、今の彼女にはそれも禁句だったらしく、美衣は無言で俯いた。





 一方、西条は今回の命令は密命としての側面もあるらしく、自分の車で現地入りしていた。
 麓の町の住民はオカルト集団側についているようで、町から離れた所に幾つものテントを張って本部としている。
「まったく、まるで軍事行動でもするみたいじゃないか」
 それが本部を見た西条の正直な感想だった。

「おお、西条君か入りたまえ」
 ここの責任者である男、つまりは西条にここへ来るように命じた男に招かれ、一際大きなテントに入る西条。
 くだらない話はすぐさま終わらせようと思っていたが、テントの中にはそんな考えを吹き飛ばしてしまう者達がいた。


「お、お前達は…」
「お前と顔を会わせた事はあったかな? いや、コスモプロセッサで復活した時に会ったかもな」
 偉そうな態度で椅子に座る子供…魔族 デミアンだ。
 デミアンの頭上を見るとベルゼブルも飛んでいる。

 西条はこの二人と直接顔を会わせた事はないが、Gメンの資料で彼等の事は知っていた。
「そんな怖い顔をするなよ。今の我々は協力者なんだから」
「魔界に戻るにも力がいる。それがなければ生きていくために人間と馴れ合う事も必要なる。そういう事だ」
「…どういう事ですか」
 西条とて魔族の全てを悪と断ずるつもりはないが、彼等とは言葉を交わす気はないようで、二人を無視して責任者である男に詰め寄った。
 しかし、男は平然と西条に言い返す。

「過去はどうあれ、今の彼等は協力者だ。言ったはずだよ? 少しでも戦力が必要だと」
「しかし…」
「あの山に逃げ込んだバケモノの中には魔族も含まれているらしいからな。毒を以って毒を制す…当然の戦術だよ、西条君」
 そう言って席を立った男は西条の肩に手を置き、トドメとばかりにこう言い放った。

「これはオカルトGメンの決定だ。まさか、逆らおうとは思うまいね?」
「……………わかりました」
 西条はそれだけを絞り出すと踵を返しテントから出て行ってしまった。



「アイツ、裏切るんじゃないだろうな?」
「まさか、西条君はいまやオカルトGメンの顔。ここで自分が裏切ればどうなるかぐらい理解できますよ」
 そう、アシュタロス戦以降マスコミも注目するようになったオカルト業界において、度々TVのニュースに登場する西条はオカルトGメンの顔とも言える。
 そんな彼がGメンを裏切るような事をすれば、マスコミはこぞってそれを書きたて、日本において歴史の浅いGメンという組織は屋台骨から崩壊しかねないのだ。
 西条としても、それだけは避けたいだろう。


「まぁ、裏切るなら…それから殺しても遅くはあるまい?」
「それもそうだな」
 ベルゼブルの言葉にデミアンが不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 




 その頃、雪之丞は《愛子組》の者に案内されて山の妖怪達にも話を聞いてみたが、ハッキリ言って今まで警戒していたのが馬鹿らしくなるぐらいに平和な光景が広がっていた。

 そもそも、この山に逃げ込んだのは人間に対し敵意を持たぬ者と人間に追われた者。そんな彼等もここでは人間と諍いを起こす事なく平穏に暮らしていけるのだから、この光景も当然の事なのだろう。
 この山に《愛子組》が結成される以前から棲んでいた妖怪が言うには結成当初は麓の人達とのトラブルもあったが時間が解決してくれたとの事。雪之丞は何十年もかけてこんな大掛かりな事を続けて来た高松と猪場に頭が下がる思いだった。



「…ん?」
「どうかしまたか?」
 急に足を止めた雪之丞に気付き、『愛子組』の男が振り返ると、彼の目に雪之丞目掛けて背後から飛び掛かってくる小さな影が映った。

「甘いぜ!」
「うわっ」

 しかし、雪之丞はその程度の攻撃でどうにかできる男ではない。
 飛び掛かってきた影の足を掴むと、そのまま茂みに向かって投げ飛ばしてしまった。
「おい、お前は戻って横島を呼んで来い」  飛び掛ってきた影が茂みから出て来る前に、雪之丞は案内の男を横島の元に走らせる。
 戦闘向けの霊能しか使えない雪之丞に対し、相手を捕獲したりもできる横島の霊能が必要だと言うのもあるが、何より明らかに非戦闘員である男を残していては足手まとい以外の何者でもないからだ。
 先程飛び掛ってきた妖怪は大した事はないが、不安要素はできるだけ取り除いておきたい。



「いてて…やい、よくもやったな! その目付きの悪さ、お前はGメンから送られてきた悪徳GSだろ!
「はぁ?」

 茂みから這い出してきた影は立ち上がり、雪之丞を睨み付ける。
 それは、雪之丞とは初対面だったが、かつて横島が助けた猫叉の親子の片割れ…猫叉の少年 ケイだった。




つづく



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