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小鳥は哀しく唄う 1


「ぽー」
「うぅん…あと五分」

 ベッドの中のまどろみ時。人間ならば最高に幸せな一時なのだろうが、こんな展開は有り得ない。
 何故なら彼女はアンドロイド。必要なのは睡眠ではなく充電、毎朝六時きっかりに意識が覚醒する。

「ぽー」
「…それでもあんたは来るのね」

 横島除霊事務所の四人目の従業員テレサが居間に設置された充電用ベッドから身を起こすと、そこには素肌の上にエプロンを身に付けたハニワ子さんが待ち構えていた。
 ふて腐れて毛布を蹴り飛ばしたテレサを、即座に「行儀が悪い」とハニワ子さんの頭突きが襲う。いつもは優しい彼女も躾には厳しいのだ。
 仕方なく毛布を畳んで溜め息をつくテレサ。この毛布はおそらく横島か愛子の仕業だろう。テレサとマリアが使用する充電用ベッドは人間用のベッドとは異なり背もたれが倒れ掛かった椅子のような形状をしている。
 当然、彼女達には毛布など必要ないのだが、横島達は充電中でスリープモードに入った二人を見かけると、寒そうだからと毛布を掛けていく。元々気温など数値でしか感じないのだから必要ないと何度も言ったが、彼は理解しようともしないで笑うだけだ。
 どうしようもない馬鹿である。それがテレサから見た横島の評価だった。
「まったく、調子が狂うわ…」

 毎朝恒例である玄関前の掃き掃除。ハニワ兵の一体がチリトリを持ち、テレサが昔ながらの箒で掃く。
「って、おとなしくしなさい!」
 その箒はカオスが蔵の研究所で開発した魔法の箒の試作品なので時々飛ぼうとする。それ故にハニワ兵達では扱う事ができずに掃き掃除はおのずとテレサの役目となっていた。
 ちなみに、その箒は空を飛ぶ事ができるのだが、力が足りないため人を乗せて飛ぶ事はできないらしい。一体何の意味があるのかはわからないが、Dr.カオス謹製と聞くと家の皆は納得してしまった。その男に作られた私達姉妹は何なんだろうかと泣きたくもなるが、自分も納得してしまった一人なので、それは忘れる事にする。
「おはようございまーす」
「あ、毎朝ご苦労さまです」
 既に顔なじみとなってしまった新聞配達員との挨拶。
 条件反射的に笑顔になってしまったテレサは、配達員が去った後門柱に勢いよく頭をぶつける。まるでこの家の家主のようだ。
 テレサは元々心身共に自分に比べて脆弱な人間を支配しようと企んでいたのだ。
 しかし、コスモプロセッサで何故か復活させられた後オーバーホールされると、レーザーを始めとする全ての銃火器が無くなっていた。その事に気付いて何を企んでいるのかとカオスに問い質してみると、返ってきた返事は「金がなかった」の一言。もう笑うしかない。
 そして彼女は知った、三界レベルで見れば自分もまた脆弱な存在に過ぎない事を。だからこうして、おとなしく除霊事務所の従業員になって雑用をしているのだ。
 無論、野心を捨てた訳ではない。今は雌伏の時なのだ。もっと強くなって、そして…

「まずは、ハニワ子に勝つっ!」

 平穏とは野心を鈍らせる甘い毒薬なのかも知れない。


 玄関前の掃除を終らせると、次は庭の掃除だ。こちらは無闇やたらと広いため当番制で掃除が行われている。
 最近になってハニワ兵への恐怖も薄れたおかげで気付いたのだが、ハニワ子さんを含めた十三体のハニワ兵には実はそれぞれに人格がある。ハニワ兵達の言葉を辛うじて理解できるようになったテレサがあるハニワ兵から聞いた話によれば、彼は元々魔界の一地方である「地獄」に収監されていた人間の魂なのだとか。そこから溢れ出て魔界を彷徨っていたのだが、触覚を生やしている虫取り網を持った幼女と六体のハニワに捕らえられて、気が付けば自分もハニワになっていたそうだ。
 彼等のその何も考えてなさそうな顔からは想像もできないが、「ぽー」の一言の裏に様々な想いを秘めているのだ。
 例えばテレサの天敵である三白眼をした目付きの悪いハニワ兵。他のハニワ兵達からも浮いた存在である彼女。そう、彼女は女性、いや年端もいかない少女なのだ。ハニワになる前は何をしていたのかと聞くと、ただ一言「大量殺戮」と答える。
 彼女の生前の姿など想像もつかないし、その言葉が本当なのかどうかも分からない。ただ、テレサはそれを聞いて更に彼女を恐れるようになった事だけは確かだ。他のハニワ兵曰く、彼女は怯えるテレサを見てニヤリと笑っていたらしい。
 他にも子供の治療費のために強盗をした者。結婚詐欺を繰り返した挙句に刺し殺された者。ハニワの生前は実に様々である。
「あ、さぼり発見」
 そして、木陰で一休みしながら一服しているハニワ。その中身は海の向こうの国コメリカでマフィアをしていた男らしい。個性を主張したいのか、どこで手に入れたか分からないサングラスを掛けている。本人はダンディに決めているつもりらしいが、傍から見れば滑稽だ。
 庭なんて、芝刈り機走らせりゃいいんだ。そう主張する彼は庭掃除ボイコットの常連である。
「…ぽー」
「嬢ちゃんって止めてくれない? 私にはテレサって名前があるのよ」
 どうやらサングラスを掛けたハニワ兵は、テレサを子供扱いして「嬢ちゃん」と呼んでいるらしい。
「ぽぽ、ぽー」
「もう、ハニワ子に言いつけるわよ!」
 どうやら彼はテレサの反撃を鼻で笑ったらしい。いつもこんな調子なのだ。ハニワ子さんならば箒片手に追い掛け回して仕事をさせる事もできるのだろうが、如何せんテレサでは対抗できない。
 一の小言を言えば、五の屁理屈で返してくる。十の小言を言えば、勝ち目無しと判断してさっさと逃げてしまう。ソフトウェアの面でも、ハードウェアの面でも負ける気はしないが、これが人生経験の差と言う物なのだろうか? 彼もまたテレサの調子を狂わせる一因だった。

 その後、どうせ女子高生の集団が大挙して押しかけてくるのだからと、あまり熱心に行われなかった庭掃除を終えたテレサ。マリア、ハニワ子さんと一緒に朝のワイドショーを見る休憩時間を経て、次の仕事は横島除霊事務所への客、すなわち仕事の依頼者へとお茶を出す事だ。身嗜みを整えると、マリアからお茶とお茶菓子の乗った盆を受け取り事務所へと向かった。
 客のもてなしは基本的にテレサの仕事だ。少々気が強そうな印象も受けるが、基本的には知的な美人と言える彼女の風貌。表情も豊かで、少女でもなく、適度に大人の雰囲気を醸し出す彼女は一流の除霊事務所と言う印象を依頼者に与える。
 愛子は学校のある時間は家にいない事が多く、何より傍目に机を背負っているので事情を知らない人は一目で引いてしまう。小鳩は居候ではあるが、正式な従業員ではない。その上、近所のパン屋でのバイトがあるため家にいる時間は愛子より少ないのだ。マリアはカオスがこの家に転がり込んで研究に没頭し始めたため家にいる時間は長いのだが、如何せん接客をさせるには表情が乏し過ぎる。言うまでもなくカオスに接客させる訳にはいかない。いや、できる訳がない。
 そしてタマモ、彼女は一番論外だ。外見小学生の彼女に接客をさせるのは、彼女の正体を知らない人間が見れば法律上色々と問題がある光景だろう。何より彼女はサングラスを掛けたハニワ兵と並ぶものぐさである。
 テレサがこの家に来た当初は横島にべったり張り付いた彼女をよく見かけ、二人の妖しい関係を邪推したりもした。しかし、最近の彼女はイヌ科ではなくネコ科なのではないかと疑ってしまうような気まぐれで悠々自適な趣味生活を謳歌している。
 妖狐であるタマモは強い男の庇護を求める本能があるそうだ。きっと彼女は悟ってしまったのだろう。横島と言う男は気に入ってもらおうと必死に尻尾を振らなくても、自分を見捨てはしないと。
 テレサもタマモと同じ結論に辿り着いた。タマモとは逆にここをクビになって出て行ければ、全てのしがらみから解放されて自由になれると考えていたのに、全くままならない物である。
 タマモの方はその確信があるからこそ、好き勝手にやっているのだろう。除霊助手としての仕事はきっちりこなしているのだから、家の仕事までする必要はないじゃない。それが彼女の主張だ。何とハニワ子さんでも彼女を動かす事はできない。
 今でも一人で寝れなくて毎晩誰か、主に横島の布団の潜り込む子供だと言うのに何と言う強さだろうか、テレサも彼女の強さを見習いたい、切にそう思う。朝、自分の膝の上で丸くなっている子狐の寝顔を見ると、その決心も鈍りがちではあるが…。
 とにかく、タマモと言う少女が実にしたたかである事は間違いあるまい。

 閑話休題。

「これは、おいしいお茶ですね」
「え、ええ…淹れ方にコツがありますの」
 テレサの出したお茶を飲んだ客は大抵そう言う。対するテレサは苦笑してはぐらかすのがいつもの光景だ。
 何せこのお茶を淹れたのはテレサではなくマリア。テレサではこの味は出せない。やはり、経験の差なのだろう。
「ところで、依頼内容の方は?」
「ああ、この写真を見ていただけますか?」
 横島に促されて、一枚の写真を差し出す依頼者。少し小太りなサラリーマン風の男は、ある地方都市の市役所、そこの観光課に勤める公務員だ。
 写真を見ると、そこに写っているのは黒い影。下の方に写っているのは木だと思われる。空に向かって飛んでいく何かを撮影した物なのだろう。
「…これは?」
「実は、我が市では自然を利用した大人から子供まで楽しめるレジャー施設を作る計画を立てていまして、その建設予定地である森を調査していた所、怪鳥の目撃が相次いだわけです」
「怪鳥?」
 テレサも写真を覗き込む。確かに、これは大きい。ぼやけている上に逆光で正確な大きさや色はわからないが、かなり大型の鳥なのだろう。これを撮影できる位置まで近付いて、よく無事に帰ってこれたものだ。
「レジャー施設、ですか…」
 一方、横島はテレサとは別の所で反応している。
 この依頼はGS協会から回されてきたのだが、こちらの事務所に回されてきた意図を察したのだ。
 自然の山林を開発しようとしてそこに棲む妖怪達とトラブルを起こす。地方都市ではありがちな話だ。だからこそ、「人ならざる者達との共存」を謳う横島の除霊事務所に話が回されたのだろう。猪場の差し金に違いない。
「では、依頼内容はその怪鳥と言うか『危険の排除』と言う事でよろしいでしょうか?」
「はい、その方向でお願いします」
「この怪鳥についての情報は?」
「こちらにまとめてあります」
 その書類には目撃談の一つ一つが書かれていた。目撃者に関する情報も年齢、性別、職業までは書かれている。
 この怪鳥はかなり多くの人間に目撃されているらしい。その割に全ての目撃証言があいまいなのは、相当のスピードで動いていたか、木陰等に紛れて移動していたかのどちらかだろう。
「これだけでは正体は判別できませんね。まずは調査と言う名目で契約しましょう」
「調査ですか?」
「ええ、危険な物ではない可能性もありますので。もし、退治する必要があれば追加料金を頂いて退治しますから」
「調査だけで済めば、料金もそれなりと言う事ですか…わかりました、それでお願いします」
 上手に交渉を進めるものだ。脇で見ていたテレサは感心した。相手に得があるように話を進めながら、実は自分の目的も全うしている。
 無闇に退治するのではなく、共存を図る。調査だけが目的ならば、その「怪鳥」を説得するなりしてから「安全です」と依頼者に報告すれば良いのだ。無論、簡単にできる事ではないと言う事は彼も重々承知しているだろう。しかし、彼の目的のためには避けて通れない道なのだ。
「必要経費含めた調査料はこのように…」
「はい、はい…それで、いつから来ていただけますか?」
「そちらの都合がよろしければ明日から」
「是非お願いします! プロジェクトは怪鳥のせいで滞っておりますので」
 トントン拍子で話はまとまった。向こうも困ってここを訪れたのだ、良心的な条件を出されればすぐに承諾するのも当然の事なのだろう。もっとも、テレサはここ以外の事務所での交渉を見た事がないので、トントン拍子と言うのは彼女の主観に過ぎないのだが。



「と言う訳で、明日から出張だ」
 その日の晩、夕飯の席で横島は切り出した。
 皆で卓袱台を囲む昔ながらの食卓。しかし、それを構成する半分以上は妖怪にアンドロイド、そしてハニワ。人間はたった三人だけである。しかも、そのうち一人は千年以上生きる怪人だ。
「急な話じゃのう」
 怪鳥の写真を見ながらぼやくは当の怪人カオス。豊富な知識を持つ彼も、その写真だけでは怪鳥の正体はわからない。ただ、日本に生息する鳥類には有り得ない大きさだと言う事だけが分かった。
「退治するんじゃないなら、私は行く必要ないわよね〜」
「待たんか、超感覚持ち」
 タマモはやはり、まず楽をする事から考えた。
「タマモは参加決定として、やっぱ二人で行くかなぁ」
「待て、小僧。今回はテレサも連れて行ってくれんか?」
「「はぁ?」」
 カオスの突然の言葉に、横島とテレサの声がハモる。
 姉マリアはともかく、テレサは今まで除霊に参加した事は無い。何故なら、除霊の対象には悪霊の様な実体を持たない霊的な存在も数多く存在するからだ。鋼鉄のボディと無双の怪力を持つアンドロイド姉妹も、霊的な存在が相手では分が悪い。しかも、オカルト技術の粋を極め、全盛期のカオスにより生み出されたマリアは人工霊魂を以って彼等に干渉ができるのに対し、科学技術を重視して生み出されたテレサは触れる事もできないのだ。敵が不特定である以上、彼女を現場に連れて行くのは危険過ぎる。
「だいたい、今回の仕事って調査でしょ? 私、霊的な物を探査するレーダーは積んでないわよ?」
「ふっふっふっ…この≪ヨーロッパの魔王≫に抜かりは無い。見よ、ワシの新発明『霊体探知メガネ』ッ!!」
 そう言ってカオスが懐から取り出したのは蔓の部分が歪な眼鏡。レンズも傍目にはわからないが光に照らしてみると、微妙に色が付いているのがわかる。
「これで霊視が出来る様になるのか?」
 弱い霊でも見えるようになった横島でも、離れた所に隠れた敵の位置を正確に把握できる訳ではない。それが可能となる眼鏡ならば、彼にとっても役立つ発明だ。
「でも、こんなに歪な蔓じゃ掛けられんだろ…」
「何を言うとるんじゃ、それはテレサ用の追加オプションじゃぞ?」
 どうやら、最初からテレサ専用の装備だったらしい。
 テレサは耳部分にセンサー類を集めたアンテナを着けている。歪な蔓はそれに接続するための物だった。
「要するに外付けの霊体センサーじゃ。これでテレサも怪鳥探索に参加できるじゃろ」
 そう言って満足気に笑うカオス。そして、横島は感激に打ち震えていた。
「素晴らしい…素晴らしいぞ、カオスの爺さん」
「そーじゃろ、そーじゃろ」
「あんたね…霊が見えたって、私はそいつら殴る事はできないのよ?」
 テレサの言う通りだ。その眼鏡で霊的な存在を見る事ができても、その見えた物に対処する術が彼女には無い。
 しかし、横島の感動とはそんな物ではなかった。

「知的でキツメなテレサにメガネ。正にパーフェクトだ」

 近付いてテレサの手を取る横島。至近距離であったが、ロケットアームを彼の顔にお見舞いしておいた。
 しかし、横島は怯まない。
「爺さん、次は白衣なんてどうだろう?」
「白衣か…テレサはマリアに比べて霊的ダメージに対する耐性が弱いからのぅ、それを補うオプションパーツと言うのもいいかも知れん」
 煩悩に走る横島と、その彼の言葉を真面目に検討するカオス。
 テレサは自分の将来に不安を覚えたが、それを止める力も術も彼女には無い。実に無力だ。

「それとだな…白衣は無いが、これも持って行くがいい」
「…手袋?」
 テレサに手渡されたのは白い手袋。傍目にはマリアが普段身に付けているのと同じ物に見える。
 カオスの説明によると、それは破魔札と同じ要領で手袋に霊力を込めた物であり、それを填めると霊的な物に触れられるようになるそうだ。
 ただし、使用すれば使用するだけ霊力を消費し、込められた霊力が切れた時点でただの手袋になってしまうと言う欠点も抱えている。そのため、カオスは予備のためにと言ってもう一組の手袋もテレサに預けた。

 とりあえず、テレサもこれで除霊に参加する準備が整ったと言う事だ。
 今までは雑用しかさせてもらえず、いっそメイド服でも着てやろうかとやさぐれていたテレサだったが、これでようやく「横島除霊事務所」の従業員として仕事ができるのだ。
 自分の新しい人生はここから始まる。そう感じたテレサは奮い立った。

「テレサ!」
「何?」
明日は制服借りて三つ編みにして行くと言うのはどぐ…ッ!?」
 畳に沈む横島。
「…カオス、次に作るなら霊的ダメージを与えられるストッキングを頼むわ」
「うむ、考えておこう」
 スリットから伸びたテレサの足の繰り出したハイキックは、横島の顔面を的確に捉えていた。

 それでも横島は、どこか満足気な笑みを浮かべていたそうだ。
 彼の浪漫を求める少年の心がそうさせるのだろう…多分。



つづく




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