topmenutext『黒い手』シリーズ『小鳥は哀しく唄う』>小鳥は哀しく唄う 2
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小鳥は哀しく唄う 2


 いつも通り、朝六時に覚醒したテレサ。
 今日は彼女が初めて除霊に参加する記念すべき日、なのだろうか? マリアとハニワ子さんなどは心配そうであったが、テレサにしてみれば、いつもの雑用の延長線上のように思われた。だからと言って迷惑だと、二人を一蹴にする事もできなかったが。
 とりあえず、今朝は家の仕事をしなくて良いと言う事が、彼女にとって喜ばしかった。小さな幸せだ。
「お、テレサ早いな」
「いつものあんたが遅いのよ。私は毎日この時間よ?」
 背後から声を掛けてきたのは朝一番に除霊に行く日だけ早い横島。普段の彼は通学に時間がかかるにも関わらずギリギリまで起きてこない。そして、もう一人の参加メンバータマモは除霊に行く日だろうが、自分のペースを崩さない。すなわち起きないのだ。それでも横島の背にしがみ付きぶら下がっているのは流石だとしか言い様が無い。
「相変わらず、よく寝るわねー」
「寝る子は育つって言うし、いいんじゃないの? 育つ…うん」
 碌な事を考えていない事が手に取るようにわかる。
 冷めた目で見るテレサの視線の先では、背中に全神経を集中させた横島は明後日の方を見詰めながらにやけていた。娘の将来に思いを馳せる父親の顔ではない、絶対に。

「横島さん、お弁当できましたよ」
「有難う、小鳩ちゃん」
 これだけ早くに起きて準備すると言う事は、当然朝食を食べる間もなく出発すると言う事だ。小鳩の持ってきた弁当は朝食と昼食の二食分ある。
「あ、あのさ小鳩…」
「テレサさん、嫌いな物入ってました?」
「いや、私は食べないんだけど…」
「…あ」
 どうやら忘れていたらしい。小鳩の持ってきた弁当は二食分あるのを差し引いても、明らかに三人分あった。
「まぁ、横島が食べるでしょ」
「そうですね」
「………」
 横島にしてみれば色々と言い返したい事はあるが、元よりテレサの分はこれ幸いと自分が食べるつもりだったため、何も言い返す事ができなかった。
 弁当が完成すれば出発なのだ。口喧嘩などしている時間は無い。


 そしてテレサ達がハニワ子さん達に見送られていた頃、サングラスを掛けたハニワ兵は庭の木陰で一服していた。
 彼は煙草はダンディを演出する小道具だと主張するが、住人の大半が未成年であり、唯一成人を通り越して老人のカオスも喫煙しないため、おのずと横島家の家屋は禁煙となっていた。
 唯一、例外として事務所の一室だけが依頼者の事を考え喫煙可となってはいる。しかし、彼はわざわざ部屋、しかも和室に閉じこもるよりも、庭に出て喫煙する事を好んだ。当初は庭に鎮座する巨大な土偶に戸惑ったが、今は慣れたものだ。
 ハニワ兵の生活と言うのは基本的に家事手伝いとガードだ。
 ハニワ子さんなどは毎日忙しくなく動いているが、他の者は当番制でそれ以外の時間は暇が多い。
 今の自分達の立場に疑問を覚えなくもない。しかし、彼にはここ以外に行く所などない。
 無論、彼とて裏の世界で生きていく術ぐらい知ってる。しかし、如何せん今の彼は人ではなくハニワ。しかも、ここは彼の故郷コメリカではなく日本だ。ハニワが日本の「ヤクザ」とやらになっても笑い草になるだけだろう。コメリカでマフィアになっても同じ事だろうが。
 何か暇を潰す方法を見つけないとこれから人生、いやハニワ生が退屈で仕方が無い。そう思うのだが、今は何も考え付かなかった。



 早朝の電車に揺られる三人。それでも起きないタマモは流石である。
 横島除霊事務所に依頼される仕事は基本的に地方からの物が多い。都会の企業等からの依頼はやはり令子やエミの様な有名なGSに持ち込まれるためだ。
 しかし、横島はエミが使っているワゴンの様な足を持っていない。そのため、遠出をする時は大抵電車を利用していた。
「…おはよー」
「やっと起きたわね、寝ぼすけ狐」
 ここでテレサの向かいの席で横島の膝を枕にしていたタマモが、ようやく目を覚ました。
 テレサはすかさず皮肉を言うが、タマモは言葉程度では気にも留めない。
「朝ご飯は?」
「ここにあるぞ、小鳩ちゃんお手製だ」
 それを聞くと嬉しそうに横島の手から弁当箱をひったくるタマモ。ここで家でなく電車の中だろうとおかまいなしだ。
 寝起きであるにも関わらず身嗜みの必要が感じれないのは幼さ故かその魔性故か、輝く笑顔でそれを食べ始める。もし、これがテレサかハニワ子さんの作った物ならば眉を顰めていただろう。
 前者は小鳩や愛子に比べて腕が悪く、後者はその二人と違ってタマモの好きなお揚げ料理以外もバランス良く詰め込む。しかも、残すと怒って箒片手に追いかけてくるからだ。
 タマモの偏食は妖狐と言う種族に因る物が大きいのだが、ハニワ子さんは外見はああだが元人間であり、霊能に関しても素人だ。そのため「妖狐だから」などと言う言い訳は通用しない。
 彼女にとってタマモはあくまで「好き嫌いの多い子供」と言う認識なのだ。
「まぁ、小鳩なら安心よね」
 そう言ってタマモはキツネ印の弁当箱を開くと、小ぶりのいなり寿司を口の中へと放り込んだ。
「うぐっ」
 そして、喉につかえた。


 それ以外は特にトラブルもなく横島達は目的地に到着。
 市役所の職員だと言う例の依頼人に件の森へと案内される。そこは鬱蒼とした森で、いかにも何か出そうな雰囲気を醸し出していた。
「…確かに、こりゃ何か出ても不思議じゃないなぁ」
 そう横島は呟くが、タマモとテレサの二人は平然としている。
 タマモにしてみれば、森自体に妖力が蔓延っている訳でもないため普通の森にしか見えないし、テレサから見ても、霊体センサーに反応しない以上ただの森でしかない。
「それで、どうやって探すの? 三手に分かれて?」
「えー、めんどくさーい」
 テレサの提案にまず異議を唱えたのはタマモ。テレサにはすぐに分かったが、彼女は誰かと一緒に行動する事により、可能な限り楽をするつもりなのだ。
「とりあえず、危険な気配はないんだろ? だったら、俺とタマモは森の中を調べるからテレサは川沿いを頼む」
 そう言って横島が指差す先には清涼な流れを湛える川があった。確かに件の怪鳥が魚を捕って食べる類の鳥ならば、その痕跡を見つけられるかも知れない。
 一人では危険だろうが、テレサが横島とコンビになるとタマモは確実にサボるし、逆にタマモとコンビになっても、テレサでは彼女を扱い切れない。何と扱いの難しい娘だろうか、結局の所この組み合わせしか無いのだ。

「それじゃ、お昼になったら一度合流しましょ」
「そうだな、その時は麓の食堂で」
 そう言って、別々に捜索を開始する横島達。テレサはセンサーをONにして河原を、横島はタマモを連れて森の中へと進む。
 とりあえず、真っ直ぐ森の中へと入っていくが、対象を見つけるまではタマモの超感覚頼りだ。横島も近くにいれば、その気配からだいたいの位置を掴めるが、森全体をカバーできる程ではない。
「タマモ、ちゃんと起きてるか?」
「起きてるわよ。でも、それらしい匂いはしないわね…その代わりと言っちゃなんだけど、武装した人間がいるわね」
「…え゛?」
 キョロキョロと周囲を見回すが、それらしい気配は無い。
 言ったタマモも落ち着き払っている所から察するに、その人間との距離はかなり離れているのだろう。
「うーん…もう少し近付かないと何とも言えないけど、火薬の匂いが薄いわね。精霊石だっけ? あれに近いわ」
 つまり、猟銃を持った狩人などではないと言う事か。同業者か、或いは…。
 タマモがきゅっと横島の上着の裾を掴む。そう、件の怪鳥をどうにかするべくオカルトGメンが動き出した可能性もあるのだ。
「まずは、そいつらの正体を突き止めないと駄目か」
「風下から近付きましょ。こっちよ」
 タマモの導きに従って横島は急いだ。件の怪鳥もそうだが、テレサとその人間が遭遇する可能性もあるのだ。


 横島とタマモが対象に向かって走っている頃、その対象である人間は自分の武装を確認していた。
 小型化に成功したことによって可能になった霊力バッテリーつき新型神通棍、精霊石を弾頭にした銃弾を込めた銃。前者はまだ世間に出回っていない試作品だ。容量が少ないとは言え、ビア樽サイズの霊力コンデンサーを神通棍の柄に入るサイズまで縮小したのは正に快挙である。
「新型プロテクター完成してから来た方がよかったかしら…」
 そうぼやくが、彼女には今ここに来なくてはならない理由があった。
 「急がないと」そう呟いて歩き出そうとするのと同時だった。
「美人のねーちゃん!」
 茂みから横島が飛び出し、彼女を押し倒したのは。

「何するのよ! 痴漢容疑で逮捕するわよッ!!」
 叫ぶと同時に手にした神通棍を一閃。横島は弾き飛ばされ、後から来たタマモに頭を焼かれた。
「ああ、バッテリーに限りがあるのに…」
 そう呟く女性、知的なクールビューティと評するのが相応しい風貌に、日本人離れしたスタイル。横島はその女性に見覚えがあった。

「…あれ、もしかして須狩のねーちゃん?」
「確認しないで、飛び掛かったんかい!」
 そう、彼女の名は須狩。横島が美神除霊事務所に所属していた頃、今は亡き茂流田と共に南武グループリゾート開発部の者だと偽って、令子達を使って心霊兵器の性能テストを行おうとした女だ。
 当然、令子達の手によりその陰謀は完膚なきまでに粉砕され、須狩の証言により心霊兵器開発の道は閉ざされた。そして須狩自身も犯罪者として裁きを受け、服役中のはずなのだが…。
「もう釈放されたのか?」
「まさか、超法規的措置って奴よ」
 そう言う彼女の今の肩書きはオカルトGメン日本支部研究開発室々長。
 元々は南武グループのコメリカにある支社に勤める研究者だった彼女は、その能力を買われ日本にある本社の心霊兵器開発に従事する事となったのだ。
 犯罪者として捕らえられたのはそのためだが、超法規的措置で今の立場を手に入れる事ができたのもまた、その心霊兵器開発者であったキャリア故であった。
 その原因となるのが、アシュタロス一味による世界各地の神族の拠点の破壊である。この戦いにおいて、神族の装備が魔族の兵鬼に対して劣ると言う事が証明されてしまったのだ。
 当然、神族上層部は焦ったが、それ以上に焦ったのはオカルトGメンであった。彼等の使用する装備の大半は神族からもたらされた技術で作られているのだから無理もない。
 それ故に核ジャック事件以降オカルトGメンはその技術格差を埋めようとしていたのだが、彼等の立場上魔族に教えを乞うわけにもいかない。そこで目をつけたのがアシュタロスの一味であったメドーサから技術提供を受け、それを研究していたと言う人類で唯一人魔族の技術を知る須狩だったのだ。

 本来ならオカルトGメン本部のコメリカにいるはずの彼女が日本にいる理由はやはりアシュタロスにあった。
 あの戦いにおいて活躍したGSは八割以上が日本のGS協会に所属していた。残りはオカルトGメンの美智恵と西条、まだGS免許を持っていないおキヌとタイガー、そして『ヨーロッパの魔王』カオスと人造人間マリアである。
 そう、GSの世界において日本は世界の運命をも左右する様な強力な霊能力者が集まっているのに対し、オカルトGメンの日本支部は世界的に有名な低レベル集団だ。
 このままではいけないとオカルトGメン本部が日本支部を建て直すために送り込んだのが美智恵であり、須狩なのである。

「また妖怪とかを兵器にしようとしてるんじゃ…」
「もうやらないわよ。今開発してるのはこの霊力がなくても使える神通棍とか…」
「は? それをGメンで使うのか?」
「…使えない奴が多いのよ、信じられない事に」
 あまりにもな情けなさのために涙を流す須狩。現在の彼女の研究内容は、霊力の低い者を一般GS並にまで底上げする装備の開発であった。

「でも、その開発室長がどうしてこんな所にいるのよ?」
「私用よ。貴方達は怪鳥退治かしら?」
「ど、どうしてそれをっ…ハッ」
 してやったりと微笑む須狩に対し、タマモはあっさりと引っかかった横島を見て大きな溜め息をついていた。
 元々怪鳥の目撃談は役場だけでなく、オカルトGメンにも寄せられていたのだ。須狩の情報源はそれである。そして彼女はすぐさま自分が危惧していた事柄とその情報を結びつけた。
「貴方は第三者でもないわね…ハッキリ言うわ、ここにガルーダの幼生体がいるのよ」
「ガルーダ? って事はグーラーも!?」
 あの時、グーラーはガルーダの幼生を全て引き取って去って行った。ならば、一緒にいても不思議ではないのだが、何故か須狩は表情を曇らせる。
「ねぇ、グーラーがガルーダの攻撃を受けた時の事覚えてる?」
「忘れもしないぞ、一撃で消滅しかけて俺が最後の文珠で蘇…まさか!?」
 驚愕する横島に対し、神妙な面持ちで頷く須狩。
 本来、バリ、ヒンドゥーの魔鳥ガルーダと一応精霊の眷族とは言え最下級クラスの存在であるグーラーには天と地程の力の差があるのだ。だから、あの時の結果は当然の事である。
 それだけではなく、彼等は雛の時から並のGSでは敵わない程の力がある。そうでなければ数に任せてとは言え成鳥のガルーダを押さえ込めるはずがない。
 そして、グーラーの連れて行った幼生達だって当然成長する。いつまでも雛のままではないのだ。
「ま、まさか…」
「ふざけて力任せに飛び掛っただけで致命傷ってのは有り得る話よ」
 その表情に悪ふざけや嘘の気配は無い。
「うわぁぁぁ! タマモ、早く探すんだッ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ! 匂いもわからないのに、探せる訳が…!」
「落ち着きなさい、グーラーなら探せるから!」
 そう言って須狩は携帯電話大の機械を懐から取り出して二人に見せる。
 そう、須狩達により心霊兵器として作り変えられたグーラーには、レーダーで所在を知る事のできる発信機が付けられているのだ。ちなみに、まだ製作途中だったガルーダにそれは付けられていない。
「グーラーの反応はあるのか!? 無事なのか!?」
「お、落ち着きなさいって言ってるでしょ! 今、スイッチを入れるから…」
 この森のどこかにいると言うならレーダーの有効範囲内だ、ガルーダの一撃で発信機が粉々にされない限り反応はあるはず。それに、ガルーダの一撃が致命傷となるレベルに成長するまで、もう少し時間的猶予がある。たとえ傷ついていても、まだ生きている。そう信じて須狩はレーダーのスイッチを入れた。
 無機質な音が数度響き、そして画面の一点の赤い光が点った。
「見つけたわ!」
「生きてるんだな? よし、急ぐぞ!」
 そう言った直後に横島は須狩とタマモの手を引いて走り出す。
「ちょっと、テレサはどうするのよ!?」
「知らせてる暇はないだろ!」
 即答だ。無駄足を踏む事になるテレサは可哀そうだが、グーラーの命が掛かっている以上一刻も早くそちらに向かわなければなるまい。
 横島は急いだ。その脳裏には『あの時』の光景が蘇っているのかも知れない。


 一方、テレサはセンサーをフル稼働しながら川辺を上流に向かって歩いていた。今のところ、視界に入るのは川魚か鳥ぐらいだ。
「こっちは外れかしらね。考えてみりゃ、あのサイズの鳥がこんな川で魚捕ってもねぇ…」
 腹を満たすのが目的ならば、こんな小さな川ではなく森で獣を捕って食べるだろう。それぐらいはテレサでも予測できる。
 とりあえず、昼まで探してから横島達と合流しよう。そう考えたテレサは更に歩を進める事にした。

 それからしばらくは何事もなく進んだテレサだったが、横の茂みから彼女の前にサッカーボール大の塊が飛び出して来た。
 正確にはサッカーボールより一回り程大きいぐらいだろうか? 全身黄色い羽毛に覆われ、所々に金属片が埋まっている。テレサは知らない事だが、グーラーが引き取ったガルーダの幼生体だ。
 その無機質な金属片に自分と同じかと一瞬考えたテレサだったが、その強い光を宿す瞳と、威嚇しているのか呼吸に合わせて膨らむ羽毛は、それがれっきとした生命を持つ存在である事を示している。
「まさか、あんたが怪鳥の正体?」
 その直後、大きく溜め息をついたテレサは大きな歩幅でガルーダに近付くとひょいと持ち上げる。
 視線の高さを合わせるてみると、本当に生意気そうな目をしている。足がこちらに届かず、身動きができない状態にしているが想像以上に力が強い。
「でも、あんたじゃないわよね。どう考えて写真の怪鳥より小さいし」
「ぴよ! ぴよぴよ!」
 そうなのだ。依頼者から渡された写真に写っていた怪鳥は不鮮明であったとは言え、翼を広げた大きさは最低でも二メートル以上はあった。しかし、ガルーダはいかにヒヨコとしては規格外だとしても、翼を広げたとしても五十センチと少しである。
「…もしかして私、無関係の厄介者抱え込んじゃった?」
「ぴよっ!」
 そうかも知れないが、気付くのが遅すぎた。もう、このまま連れて行くしかない。


 では、件の怪鳥は一体どこにいるのか?
 実はテレサとガルーダがいる場所からもう少し上流に進んだ場所に佇んでいた。
 腕と翼が一体化した人に似て人ならざる者。無言で水面を見詰める鋭い瞳は獲物を狙う狩人の目だ。大きく翼を広げ、構え、そして…。

「晩飯ぃーーーっ!」

 勢いをつけて川に飛び込む怪鳥。しかし、腕と同化している翼を網の様に使って魚を捕まえようとしてもうまくいくはずもない。しばらく悪戦苦闘していたが、結局一匹も捕まえる事もできず、怪鳥は息を切らせて川原にへたれ込んだ。
「…お腹すいたじゃん」
 そして、ちょっぴり涙ぐんでいた。



つづく



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