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続・虎の雄叫び高らかに 3


 試合場では次々と勝負が決まっていた。
 絶対と言う訳ではないが、一回戦は実力差のある組み合わせになる事が多い。ラプラスのダイスは、実力の足りない者には早々に退場してもらいたいようだ。


「勝者、九能市氷雅!」
「ちょろいですわね」
 前回、横島に敗れた乱破のくノ一は、居合いの一太刀で相手を斬り伏せた。
 すぐさま救護班が駆けつけて冥子の式神ショウトラが治療にあたる。

 この試験においては死んだとしても事故で済ませられるのだ。GSと言う仕事が、それだけ危険である事を意味している。
 本来、実力差がある勝負では、強者は手加減する余裕もできる。ラプラスのダイスはその辺りも気を利かせているのかも知れないが、氷雅には全く関係の無い話のようだ。

「くー! あのねーちゃん、相変わらずいいケツしてるなー!」
「資料に〜よれば〜、前回〜横島君と〜戦ったそうね〜」
「そうなんスよ! 前回は色々する前に勝負が決まってしまって…!」
「スゴイのね〜。乱破って〜、戦国時代から〜続く〜忍者の〜名門なのよ〜」
「はよ脱げ! 霊的格闘モードチェーンジ!!」
 横島と六道夫人では見ている所が全く違っていた。


「勝者、蛮玄人!」
「前回までの俺ではない! 健全な霊力は健全な肉体に宿る、フンッ!!
 そして、令子が変装していたミカ・レイに敗れたパワー志向の大男は、試合開始直後に霊力を全開にした一撃で勝負を決めた。
 前回霊力を十パーセントに抑えて敗北した事でその後打ちひしがれていたが、ある人物の言葉で立ち直ったらしい。

「猪場先生ー! この勝利を先生に捧げますッ!!」

 霊的格闘の先駆者、猪場道九が後進のために書いたGS協会報のコラムを読んで感銘を受けたそうだ。
 最も感動した言葉は「獅子は、兎を狩るにも全力を尽くす」だとか。正に蛮のための言葉だろう。

「あの子も〜、資格を取れたら〜、猪場君の〜ところの〜子に〜なるのかしらね〜」
「………マジっスか?」
 そうなると、横島とは同じ猪場派のご同輩と言う事になる。


「悪ぃな、雑魚の相手をしている暇はねぇんだ」
「勝者、陰念!」
 陰念も、霊波砲のラッシュでこれまた危なげもなく勝利を収めた。
 前回の試験で彼に勝利していた横島だが、この試合を見て、今戦ったら殺されるかもと思ってしまうほどだ。あの時よりはるかに強くなっている。

「陰念、腕を上げたな…!」
「…な、何のために剃髪して、白龍会の僧衣を受け継いだと思ってますの…あんな不良坊主、有り得ませんわ!」
 あきらかに僧侶らしくない荒々しい戦い方が、かおりはお気に召さないようだ。


 そして、横島、雪之丞、陰念の三人が注目している成里乃と一次試験で一緒のグループだった受験者、レディ・ハーケンは…。
「…貧弱だわ」
 女性にしては低めのハスキーな声で呟いた。
 神通棍と破魔札で武装した対戦相手を前にしても、まったく怯んでいない。
 高い身長で相手を見下して笑みを浮かべている。その濃い目の眉は八の字に曲げられていて、貧弱である事を責めているかのようだ。
「残念ねぇ、嫌いなタイプじゃないんだけど…」
 そう言って掌をすっと、まるでダンスの相手を求めるかのように差し伸べて―――

「これも勝負だから、悪く思わないでね♥」

―――直後、巨大な霊波砲が、相手の身体を飲み込んだ。

 結果を確認する事なく、レディ・ハーケンはブロンドの髪を翻して悠然と試合場から去って行く。
 その必要が無いと言う事だろう、審判も咎めはしない。
 後には、焼死体のように黒焦げとなった対戦相手だけが残されていた。

「………強い」
「さ、最後まで当たらない事を祈るばかりですノー」
 組み合わせ次第では資格取得前に彼女と戦う可能性がある受験者、成里乃とタイガーの二人は声を震わせた。
 あの霊波砲の出力を見ただけでわかる。はっきり言ってレベルが違いすぎる。
 成里乃も横島宅で修行をして霊力を鍛え、以前より強くなったと言う自負があったが、それもレディ・ハーケンの前では吹き飛ばされてしまう。

 会場にいるほとんどの者が、レディ・ハーケンこそが今回の首席合格候補だと確信した。
 それが理解できないのは、彼女の強さを理解できない程度の実力しか持たない者達だ。仮に第一試合を組み合わせの妙で勝利できていたとしても、次の試合で消えていく事だろう。


 こうして一日目の試合は全て終了。
 遠くから試験を受けに来た者は、GS協会が宿舎を用意しているため、そちらで明日に備えて休む事ができる。
 地元の者は自宅に帰り英気を養うだろう。タイガーはエミの車で既に帰宅し、成里乃は今日も横島宅に泊まる事になっている。

「横島君〜、おばさま〜明日は〜迎えに〜行けないから〜、成里乃ちゃんを〜ちゃ〜んと〜会場まで〜送って〜あげてね〜」
「了解っス」
 元よりそのつもりだった。横島に異存は無い。
 六道夫人はメイドのフミさんに命じてタクシーを呼ぶと、チップを含めた多めの料金を先に払い、横島達はこれで帰りなさいと言って、自分達は六道家の車で帰ってしまった。
 除霊事務所を開いてから、それなりに生活は向上していたが、まだ横島にはここまでの事はできない。もし、こんな事をすれば横島家の金庫番である愛子に叱られてしまう。
「くー、まだまだブルジョワには程遠いって事かー!」
「あの、横島さんは、そのままの方が良いと思いますよ?」
 そんな会話をしながら、二人はタクシーに乗り込んだ。周囲の受験者達は六道夫人と若手GS代表格の横島に囲まれた成里乃に注目しているが、彼女は横島と一緒にいると、彼の元で修行してきた事を思い出して安心できるらしく、平然とその視線を受け止めていた。


 一方、陰念達も帰路に着こうとしていた。
「陰念はどこに泊まるんだ?」
「ん、総本山が用意した旅館だよ。…お前も来い、門下の連中に頭を下げにな」
「………ああ、そうだな」
 前回のGS試験以降白龍会を避けていた雪之丞は、まだ門下生達に詫びていない。今日も陰念の試合中共にいたが一言も口を利いていない。門下生の方が雪之丞を避けている。
 罵られる事を覚悟の上で、一度正面から侘びなければなるまい。  白龍会の弓家一門における立場が問題になっている今、弓家に所属するGSとしていつまでも避けている訳にはいかない。雪之丞は覚悟を決めて陰念と共に行く事にする。
「…行くか」
「ああ」

「って、ちょっと! 私を差し置いて話を進めるなんて…こら、お待ちなさい!」
 話の中心が陰念と雪之丞の元・白龍会の二人になっているので、どうしてもかおりは蚊帳の外になってしまう。
 陰念達がかおりを放ってさっさと歩き出してしまったので、慌ててその後を追った。


 そして成里乃達も、タイガー達も、陰念達も帰った後の会場前。
 タイガー以上に目立たなかったが、第一試合に勝利できた者達の影があった。
「な、なんとか勝利できたな」
「ああ、これで明日一回勝てればGS資格取得だ」

 オカルトGメンからの試験参加者。浅野と岸田の二人だ。
 誰一人として気付かなかったが、かつて横島、ピート、冥子の三人がGS協会の代表として出場したTV番組「どっちの除霊ショー」に、オカルトGメンの代表者として出演した二人である。

「電車がある内に帰ろうか」
「そうだな、Gメンからは交通費も出ないし」
 何とも慎ましい事を話している。

 美智恵が強引にGS資格を持っていれば給料に資格手当が付くようにしてくれたので受験しに来たのだが、やはり公的機関における『GS』の扱いはこんなものなのだろう。
 「わけのわからないもの」に対処するために「わけのわからないもの」を使う。言葉を変えれば「毒を以って毒を制す」それ以上でもそれ以下でも無い。彼等から見たGS資格など「毒物」に過ぎないのだ。

 しかし、それも上の人間のみの意見。現場の彼等はその限りでは無い。
 実は浅野と岸田の二人も過去にGS資格試験に挑戦して敗退した過去がある。一次試験には突破できたのだが、二次試験の第一試験で秒殺されて敗退したのだ。
 美智恵により再度GS資格試験に挑戦するチャンスを得て、西条の厚意によりトレーニングも重ねてきた。今度こそはと言う思いがある。
「明日も絶対に勝つぞー!」
「勝つぞー!」
 人気のなくなった会場前広場で男二人が星空に向かって吠えていた。


「…元気な受験者だなぁ」
 そんな二人を横目に、最後の見回りをしていたピートが通り過ぎた。
 今日一日、試験会場の周囲を警備していた彼だが、実はこのまま泊まり込んで警備を続ける事になっている。

「唐巣先生、ただいま戻りました」
「ご苦労様」
 事務所に戻ると、唐巣が広いテーブルの上に受験生の書類を広げていた。
 その様を見ていると、ピートはどうしても自分達が受験していた時、受験者の中からメドーサの手先を探していた時の事を思い出してしまう。
「先生、何かあったのですか?」
「ん、ああ…二次試験の試合中にわずかな魔力を感知したと言う報告があってね」
「魔力!?」とピートは驚くが、そこで一つの事を思い出す。「…あの、その魔力って僕のじゃないですか?」
 妙神山での修行を終えて以来、ピートは数百年間自ら封じていた魔力を解放していた。
 しかし、唐巣が言うには魔力が感知されたのは試合会場の中らしい。会場の外にいたピートの魔力が感知されるはずがない。
 そこにいたのは、身元がはっきりとしているGS協会の審判と―――

受験者、ですか」

―――ピートの言葉に、唐巣は神妙に頷いた。

 今回の受験者の中にはバンパイアはおろか、ピートのようなバンパイアハーフもいない。
 となると、魔族が関わっている可能性が高くなる。
 普通に考えて、一回戦で敗退した者の中にはいないだろう。つまり、明日の第二試合以降にもその者はいる。
 唐巣は、ピート達の試験の時のような事があるかも知れないと考え、いざと言う時に魔族に対抗できる者、ピートを会場内の警備に就かせる事を決める。

「ふ、ふふ…先の戦いが終わって一年も経っていないから、資格試験に再び魔族が手を出してくる事はないと思ったんだがね」
「先生、ご愁傷様です」
 胃が痛むのか腹を押さえる唐巣に、ピートはそっと胃薬を差し出した。


 一方、同じGS協会の幹部でも、都内の高級ホテルに集まった面々は大騒ぎだった。
 なにせ、GS資格試験、いやGS協会の主催する全てのイベントにおいて神族がゲストとして訪れたなど史上初の事。
 猪場が提案し、妙神山で修行した事のある唐巣が小竜姫を通じて依頼し実現したことだが、自分達も負けじとこれを機に神族と懇意になろうと考えた幹部達が日本中からヒャクメの元に集まってしまっている。

「もう、勘弁して欲しいのねーっ!」

 十枚重ねの座布団の上に鎮座させられたヒャクメの泣き言に、座布団の塔の麓に立つ、今日の料理担当である魔鈴はそっと視線を逸らして応える。
 いかに魔鈴と言えど、ヒャクメの前で並んで土下座する幹部達を止める事はできない。世界的に有名な『現代の魔女』と言っても、ただの一民間GSに過ぎないのだ。

 ちなみに、魔鈴の本日の料理は見事な懐石料理。彼女が得意とするのは西洋料理なのだが、GS協会の注文でそれを作った。
 普段、店の方では見事な西洋料理を披露している彼女だが、実は日本料理にも詳しい。日本で開店する際に、日本人の好みを研究して、口に合うようにと西洋料理も密かにアレンジしていたりする。

「うぅ、こーいうのって妙神山で食べ飽きてるのねー」
 しかし、ヒャクメにとっては馴染み過ぎて、最近飽き始めた味だった。
 妙神山において、普段料理を担当しているのは小竜姫なのだが、彼女が作るのは和食ばかり。猿神と同じく大陸出身の神のはずなのだが、そちらの料理はあまり好まないらしい。
 どれほど和食に傾倒しているかと言うと、月に二度ほどメドーサがキレて、自らエプロンを身に着けて台所に立つ程だ。元は西洋の生まれであり、しかも魔に堕ちた後は人間界に潜伏し、裏の世界で贅沢に慣れた彼女の舌は、薄味中心の小竜姫の料理では満足できないと言う事だろう。
 メドーサが料理をした時は、実はヒャクメもこっそりご相伴に預かっていたりする。

 小竜姫曰く、これでも頑張って育ち盛りのパピリオに合わせているとか。それまでは本当に精進料理だった、今は随分と豪勢になったと猿神は笑っている。
 ちなみにメドーサは妙神山の料理事情を自分好みにするために、パピリオに対し「肉をたくさん食えば大きくなれる」とエデンの蛇よろしくパピリオの篭絡に取り掛かっているらしい。

「わかりました。それじゃ、明日は洋食を用意しておきますね」
 魔鈴にとっては洋食の方が専門なので、むしろ望むところだった。

「こんな目に遭うなら、横島さんとこに泊まれば良かったのねー」
 それは成里乃が緊張する事になりそうなので、横島は気付かなくともタマモ辺りが察して良い顔をしないかも知れない。
 結局のところ、ヒャクメは諦めて協会幹部達の相手をしているのが一番良いのだろう。

 こうしてGS資格試験一日目の夜は更けていく―――

「ヒャクメ様にはご機嫌麗しく、大慶至極に存じます。まずは…」
「その挨拶、もう四十七回目なのねー」

―――自称「アイドル女神」の一柱を挨拶責めにしながら。



 翌朝、会場には再び挑戦者達が集まっていた。
 横島も成里乃を連れて会場入り。彼女は私服で会場まで来ていたため昨日の霊衣に着替えなければならないのだが、着物なので一人で着ることができない。
 横島が鼻息荒く、手伝おうと一緒に更衣室に入ろうとした所で「注目されてるんだからやめとけって」と雪之丞が現れて彼を羽交い絞めにしてしまった。
「離せ雪之丞! 俺は男として、男としてーーーッ!!
 その隙にかおりが成里乃を連れて更衣室に入る。彼女は家が家だけに着物の着付けも軽くこなしてしまう。どうも、六道夫人から事前に連絡を受けて、成里乃の着替えを手伝うようにと言われていたらしい。
「とりあえず、落ち着け」
 一緒にいた陰念が霊波砲を放ち、見事横島の顔面に命中。それで横島は正気に戻った。
「はっ! 俺は一体何してたんだ?」
「…お前、最近追い詰められてないか」
「………わかるか?」

 六女の生徒達は彼が安全な人間だと勘違いしているのだろうが、横島忠夫と言う男は基本的に煩悩の塊である。普段は周囲の目を気にして抑えてはいるが、だからと言って何も感じていない訳ではないのだ。
 しかし、彼の元で修練を積む少女達にとって横島は良い師だった。彼の指導方針が今までのオカルト業界の常識を打ち破る画期的な物だったと言うのもあるが、常に監視されている状態にある横島が一切セクハラを行わなかった、いや、行えなかったと言うのが大きい。
 それは彼の人となりをある程度知っていたおキヌ、かおり、魔理の面々さえも人が変わったと思えてしまう程だ。彼女達の中で、横島は男性としても信頼できる良き業界の先輩であると認識されてしまったのも無理はなかろう。
 横島当人が好意的に勘違いされている事を知ってか知らずか、女子高生に囲まれる環境で彼女達に嫌われないようにと、湧き上がる煩悩を文珠でステルス状態にしているのではないかと言うぐらいに巧みに隠してた事が、その誤解に拍車を掛けていると言える。

 そんな中でも、成里乃は特別だと言えるだろう。何せ元々GS資格を在学中に取ろうと考えていた彼女は、横島宅に行けるようになった翌日から毎日のように彼の元で修練し続けてきたのだ。横島が事情を知ってマンツーマンで指導するようになってからでは一ヶ月以上になる。
 それだけ面倒をみていれば互いに情がわくものだ。横島にとって可愛い弟子であるし、成里乃の方も彼が見ていてくれるなら安心できると言うぐらいに信頼している。

 つまり、何が問題かと言うと成里乃の純粋な信頼を受け止めるには、横島の煩悩は強すぎたと言う事だ。自分を全く疑っていない眼差しが眩し過ぎる。
 昨日、今日と他の者達が彼女を気遣って、出来る限り横島に側にいさせるようにしていたのも大きい。成里乃は子供ではなく、女子高生である。横島が「もう辛抱たまらんですタイ!」となりつつ、それを根性で抑え込んで精神的に消耗してしまうのも仕方がないだろう、そろそろ限界が近いと思われる。

「ふ、ふふ…成里乃ちゃんには頑張ってもらわないとなぁ。この状況がこれから先も続くとなると…」
「俺の立場も相当なもんだが、お前はお前で大変そうだな…」
 昨日は白龍会の門下生達に謝り通しだった雪之丞は、廊下に倒れ付す横島の肩をぽんと叩く。
 そして、それを見ていた陰念は、何故あの時こいつに負けてしまったんだろうと、彼の性格からは信じられないぐらいに暖かい眼差しを横島に送っていた。

 その後、着替えて更衣室から出てきた成里乃を前にすると「成里乃ちゃん、落ち着いていけば大丈夫だぞ!」とすぐさま復活して声援を送る様は賞賛に値するだろう。彼女達のイメージを壊したくない故だろうが、すごい変わり身である。

「私達はこのまま試合会場の方に向かいますけど、横島さんもご一緒にいかがですか?」
「いや、俺は観客席の方に向かうよ。そっちの方が見やすいし」
「そうですか…」
 かおりの誘いを横島はやんわりと断る。これ以上女子高生と一緒にいれば危険だと自覚してるのだろう。
 ちなみに、かおりの言う「試合会場」と言うのは正確ではない。試合会場に入れるのはあくまで受験者のみで、彼女達は試合会場入り口手前の廊下から彼等を見ているのだ。
 かおりもできるならば観客席から観戦したいと思っているのだが、白龍会の門下生達ができるだけ近くで見守りたいと言うので「弓家当主の娘」としては彼等と共にいるしかない。このまま成里乃が陰念達と一緒に試合会場に向かう事を考えれば、自分が一緒にいた方が良いだろうとも考えている。

 横島がそのまま皆と別れて観客席に向かおうとすると、今度は自販機の前で話していたタイガーとピートを発見した。
 緊張したタイガーが一方的に話し掛け、ピートは困った笑みを浮かべているようだ。
 実は、今日はエミが急な仕事が入ってしまったため応援に来ていない。それがタイガーの緊張を助長している。
「よー、お前ら」
「あ、横島さん!」
 ピートが助かったとばかりに嬉しそうな顔をしてタイガーを連れてやってきた。
「相当緊張してるな、お前妙神山で修行してきたんだろ」
「そ、そうは言っても、昨日見た他の受験者達が皆強そうですケン」
「確かに、九能市のねーちゃんの尻は相変わらず最強だったが…」
「…他は見てないのですか?」
 一応、成里乃の試合もきっちり見ていた。それ以外はと問われると否と答えるしかない。
 しかし、横島はタイガーに関しては楽天的に考えていた。少なくとも実力的には今回の受験者の中でもトップレベルだと見ている。ピートもタイガーに関しては同じ意見だった。海外からの受験者が増えている事は聞いているが、唐巣から彼等は地元の資格試験で一度不合格になった者達とも聞いていたのだ。共に妙神山で修行したタイガーが、彼等相手に遅れを取るとは思えない。

「「…まぁ、次の試合でアレと当たらなければ」」

 奇しくも次の言葉が見事に重なった。アレと言うのはレディ・ハーケンの事だ。
 タイガーもそうだが、やはり二人とも彼女を警戒しているようだ。

「でも、ラプラスのダイスを使ってるんだろ? 強いヤツ同士をぶつけて合格前に退場させたりはしないと思うぞ」
「そうですね。先生はGS協会に限らず、世界は今有能な人材を求めていると言っていました。タイガーほどの人材を再び埋もれさせるような事はないでしょう」
「…だと、いいんですがノー」
 そう言いつつ少し疎外感を感じるタイガー。
 横島とピートの二人が、かつてエミが言っていた「不運も幸運も、その人間が呼び込む物」と言うものを漠然ながらも感じ、運命を解そうとしているのに対して、タイガーはまだその域に達していない。
 やはり、GS資格を取得しなければ彼等と並び立つ事ができない。タイガーはGS資格取得に対する決意を新たにした。自棄になって開き直ったと言った方が正確かも知れないが、彼はこれぐらいが丁度良い気もする。
 気合を入れ直したタイガーはそのままのっしのっしと言う擬音が似合いそうな歩き方で試合会場に向って行き、ピートは自分の仕事に戻った。
 ピートが仕事中でなければ一緒に観戦するところなのだが、彼は今日も警備の仕事があるので諦めて横島は一人観客席へと向う。六道夫人は今日も観客席のどこかにいるのだろうが、わざわざ探そうとは思わない。
 手渡された第二試合の試合表を見て、注目すべき試合を探す。
「成里乃ちゃんは当然として、他に注目すべきは…くぅ! 九能市のねーちゃんの尻と乳ねーちゃん、どっちも捨て難いっ!!
 試合表を握り締めて身悶える横島だったが、ここである事に気が付いた。
 今、試合表を手渡したのは一体誰なのか。
 恐る恐る振り返ると―――

「今日も〜、おばさまと〜一緒に〜試合を〜見ましょうね〜」

―――六道夫人がいつもの笑顔で立っていた。

 横島は逃げ出した。
 しかし、回り込まれた。
 そろそろ諦めた方が良いだろう。いわゆる『ボスキャラ』からは逃げられないのだ。


 諦めの境地の横島が合流すると、メイドのフミさんは昨日と同じく冥子の手伝いに行ってしまった。
 六道夫人程のVIPが誰一人共もつけずにいて良いのかと思うが、彼女はきっと「横島君が〜一緒だから〜大丈夫よ〜」と笑うだろう。一々聞いたりしないが、そう答える事が容易に想像できた。

「横島君は〜、どの子が〜優勝すると〜思う〜?」
「もちろん成里乃ちゃん…と言いたいとこっスけど、やっぱりあの乳ねーちゃんですかね」
「やっぱり〜そうなのね〜。あの子は〜格が〜違うわ〜」
 六道夫人にも「乳ねーちゃん」で通じたようだ。
 試合表によれば、成里乃もタイガーも、そして陰念も第二試合ではこれと言った強敵には当たらないようだ。
 九能市氷雅と蛮玄人も順当に勝ち進みそうで、前者に横島は喜び後者には複雑な表情をする。
「そう言えば〜、この子達〜オカルトGメンからの〜受験者なのよ〜。ほら〜、この前の〜TVに〜一緒に出てた〜」
「浅野と岸田…? 覚えてないなぁ」
 残念ながら、横島は彼等の事を覚えていないようだ。
 六道夫人は彼等が参加している事を知って、番組内で直接試合した冥子に聞いてみたが、彼女もやはり覚えていなかったらしい。ピートもきっと覚えていないだろう。
 オカルトGメンからの参加者と言う事に興味を持った六道夫人は、彼等の対戦相手についても調べてみたが、どちらが勝つかは予測がつかなかった。浅野と岸田の方が少し不利だと思うが、この程度ならどうとでもなるとも思える。後は彼等次第だろうと言うのが六道夫人の出した結論だ。

「…他の試合は見なくても結果見えてるようなもんだから、一番面白いのはその二試合かも知れないっスね」
「だめよ〜、横島君は〜成里乃ちゃんを〜見守ってあげないと〜」
「わかってますよ。野郎見るより成里乃ちゃん見る方が良いっスから」
 そう言って横島は笑う。確かにそうだろう、彼にとっては霊能、霊能力者がどうこうと言うより、男を見るか女子高生を見るかの問題に過ぎない。迷う事なく可愛い弟子、成里乃を見る事を選ぶ。

「あ、でも、九能市のねーちゃんがいつ霊的格闘モードになるかわからんから、そっちも見とかないとな」
「弓さんの〜流派の〜一門から〜参加してる〜陰念って子の〜試合もね〜」
「あいつは放っといても合格すると思いますよ、むしろ相手の身を心配した方が…」
 二人は観客席に着いて、試合開始まで試合表を見ながらそんな会話を繰り返していた。
「ん、この名前は女か?」
「その子はね〜、三年前に〜ウチを〜卒業した子よ〜。三年経っても〜資格が〜取れないなんて〜、才能ない〜証拠なんだから〜、もう諦めたら〜いいのにね〜」
「キツいっスね」
「そんなこと〜ないわよ〜」
 この場合は六道夫人の方が正しい。
 ギリギリの実力でGSになった者は、除霊中に死亡する可能性が高いのだ。横島も資格取得後、最初の除霊でかなり危険な目に遭っている。
「今回も〜ダメだったら〜、陰陽寮の〜仕事でも〜紹介して〜あげる事に〜するわ〜」
 そう言って六道夫人は笑った。
 実は、実力の足りない卒業生達を適材適所だとGS以外の仕事に就けてオカルト業界全体に行き渡らせる事が、六道女学園霊能科の役目なのだ。そうする事で六道家は日本のオカルト業界における不動の地位を保っている。

 そんな会話をしている内に、第二試合開始のアナウンスが聞こえてきた。
 横島は試合会場の成里乃の姿を探し、六道夫人はやはり面白くなりそうな試合を見たいのか、あまり目立たない浅野と岸田の姿を探している。

「…こう言っては何ですけど、応援のしがいがありませんわね」
「どう考えても負けようがないからな」
 試合会場の入り口では雪之丞達が陰念を見守っていた。


「…なんでジャろ? 今、何だかとっても報われていない気がするノー」
 そして、タイガーは試合場に入ってポツリと呟く。
 理由は何となく想像がつくのだが、今はまだ気付かない方が彼のためだ。

 彼の対戦相手は海外から来た受験者の一人。身長だけならタイガーと大して変わらない。神通棍と同じような効果を持つ拳闘具を両手に装着して、ボクシングスタイルで身構えている。
 明らかに接近戦を得意とするタイプ、妙神山で修行するまでのタイガーがもっとも苦手としていたタイプだろう。
 この試合であの修行の真価を問われる事となる。タイガーはゴクリと生唾を飲み込んだ。

「試合開始!」
 しかし、時は止まらない。
 試合会場の各所で、審判の朗々とした声が響き渡った。



つづく



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