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 続・虎の雄叫び高らかに 4


「あれ、あの乳は…」
 今まさにタイガーの浮沈を決める試合が始まらんと言う時に、横島は観客席の柱の影にこそこそと隠れるように試合会場を見ている一人の女性をみつけた。
 柱に隠れても隠しきれないスタイル、そして情熱がにじみ出るような灼けた肌。タイガーの師である小笠原エミだ。
「横島くん〜、どうしたの〜」
「あ、いや、エミさんがそこに…おかしいな、今日は用事があって来ないって聞いてたのに」
「そりゃ〜、自分の〜弟子が〜合格〜できるか〜どうかの〜瀬戸際〜なんだから〜、気になって〜当然よ〜」
 そう言ってころころと笑う六道夫人。自身も成里乃の事が心配で見に来ただけに気持ちはよくわかるのだろう。
 ハラハラした様子のエミに、思わず六道夫人も笑みをこぼした。
「こっそり見に来たってわけか」
「こっちで〜一緒に〜見れば〜いいのにね〜」
「ラジャーっス、んじゃ連れてきますんで」
「お願いね〜」
 元より強い女性に逆らうという選択肢を持たない横島。六道夫人の意向に逆らう気など毛頭無い。
 すぐさま飛びつくようにエミに近付いた。
「エっミさーん!」
「ゲッ、横島! こっちくんじゃないワケ!」
「いやいやいや、こっち来て一緒に観戦しましょうよ」
「一緒に…」
 横島が飛んで来た方で六道夫人が笑顔で手を振っているのを見て、エミの顔がサーっと青くなる。
「って、あんたは向こうで六道夫人の相手してりゃいいワケ!」
「俺も恐いんじゃー! 放さんぞー!!」
「それが本音かあぁぁぁぁッ!!」


「二人とも〜、寅吉クンの〜試合〜終わったわよ〜」
「「え゛」」


「やったなタイガー!」
 控え室に戻ろうとするタイガーに雪之丞が駆け寄り、声を掛けた。
 かおりや白龍会の面々に警備員のピートさえもが集まって口々に祝福する。
「ワッシは、ワッシは…」
 呆然とした様子のタイガー。高まる鼓動を抑えて、自分を落ち着かせる。
 そして、ようやく自分の置かれている状況を理解したのか、タイガーは天に向かって高らかに雄叫びを上げた。

「なんでワッシの見せ場は省略されるんジャーッ!!」

 宿命だろう。
 哀れ、タイガー。


「勝者、早生成里乃選手! GS資格取得!」
「勝者、陰念選手! GS資格取得!」

 タイガーに続いて陰念と成里乃も勝利し、GS資格を取得した。
 あからさまにほっとした表情を見せる成里乃に対し、陰念は全く表情を変えずに苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 まずは資格取得と考えてた彼女に対し、陰念にとってこの試験は、自分が資格取得できるかどうかではなく、白龍会の浮沈を賭けた戦いなのだ。目指すはあくまでも一位合格なのだろう。

 その後も、レディ・ハーケン、九能市氷雅、蛮玄人と注目されていた受験者達が順調に合格を決めていく。
 そして、六道夫人がある意味注目していたオカルトGメンからの受験者の出番がやってきた。

「さて、こちらも注目の一戦です。オカルトGメン、岸田選手!」
「当初はウケ狙いとか言われてたけど、結構鍛えてるみたいなのねー。実力的にはほぼ互角って感じかしら」
「なるほど、それなりに見応えのある試合になりそうです!」
 さり気なくヒドい事を言うヒャクメ。しかし実況の枚方も流して話を進める。実は彼も同じような事を考えていたのかも知れない。

「ったく、好き勝手言ってくれるなぁ…」
 オールバックの髪を掻きながら、細い目を更に細める岸田。GS協会とオカルトGメンの関係を考えれば、歓迎されはしないだろうと覚悟していたが、へたれ扱いには流石に腹が立っていた。
 この時点で増長していると言えなくもないが、彼もそれなりに努力してこの試験に臨んでいる。

 以前、岸田はTVに出演し、式神ビカラにはねられて臨死体験をした。
 その戦いで式神の強さを思い知った彼は「そんなに強いなら自分もやってみよう」と自らも式神使いになる事を決意したのだ。
 霊能力者としての方向転換とは少し違う。多少の霊力を持ってはいたが、その具体的な発揮方法、すなわち霊能を持っていなかった彼にとって、これが最初の具体的な方向決定であったのだ。この事自体が彼の未熟さの表れと言っても良いだろう。
 ビカラにより病院送りになった際、同じく入院中だった西条に相談してみたところ、彼は式神ケント紙で練習しろと厄珍堂と言う店を教えてくれた。割と軽い性格で知られている彼だが、女性と言う利害で対立しない限りは、意外と面倒見が良い。

 退院後、すぐさま厄珍堂に向った岸田は、まずその古びた店構えに圧倒される。
 店内に入ってみると薄暗く、カウンターの向こうで背の低いサングラスを掛けた男が、これまた古びたTVを見ていた。
 店主厄珍は、客が入ってきたと言うのに見向きもしない。その愛想の良さとは対極に位置する態度に「如何にも」な雰囲気を感じた岸田は、身を震わせた。彼こそ裏の世界の住人だと。
 岸田は元々、こういう雰囲気に憧れてGSを目指していたのだ。
 アウトローっぽく、それでいて正義のために戦う。
 夢破れて、それでも諦めきれずにオカルトGメンに入隊していたのだが、これからその夢が叶うかも知れない。

 やがて見ていたTV番組が終わったのか、岸田の雰囲気の変化に気付いたのか、厄珍が彼の方に視線を向けた。色の濃いサングラスの向こうから、値踏みするようにジロジロと彼を見ている。
「あ、あの…式神ケント紙はありますか?」
 おずおずと聞いてみると、厄珍はニヤリと白い歯を見せ、何も答えず店の奥に入ると、一つの小瓶を持ってきた。
 欲しいのは式神ケント紙であり、手持ちも乏しかった岸田は慌てて断ろうとするが、厄珍はそれを手で遮る。
「それ霊的に肉体の悪い箇所を治してくれる霊験あらたかな秘薬。お近付きの印に特別ネ」
「いえ、今日はケント紙を買うだけの分しか…」
「ただし、恐ろしく臭いアル! 匂い嗅いだだけで失神した人もいると言うぐらいにッ!!」
「………」
 言われてみると、手に持っているだけで臭気が漂ってくる。手に持っているだけだと言うのに。
 慌てて返そうとするが、厄珍は受け取らない。笑ってパイプを吹かすばかりだ。

「私、ただ渡すだけネ。その薬、使うかどうかはあんた次第よ」
「…ッ!」

 岸田の脳裏に稲妻が走った。

 まさか、試されてるのか。
 とうとう俺にもその時が来たのか、主役への試練が。
 岸田は狂喜し、握り締めた拳を震わせた。

 次の瞬間、「ありがとうございます!」と叫んで、彼が小瓶を受け取ったのは言うまでもない。
 結局、式神ケント紙はすぐ傍の棚に無造作に積まれており、岸田は四十枚組の物を買うと、後生大事そうに小瓶を持って帰路に着いたのだが―――

「やっと新しい実験台がみつかったよ。坊主ほど頑丈じゃなさそうだが、この際贅沢は言ってられんアル」

―――それを見送る厄珍がニヤリと笑っていたのもまた、言うまでもないだろう。


「あの秘薬のおかげで、天井に頭メリ込ませてなったムチウチは完璧に治ったんだ!」
 ただし、一口飲む度にあまりの不味さにのたうちまわり、その上、二瓶目からは有料だった。

「スポットライトは今、俺の頭上で燦々と輝いている! 俺が主役になる時が来たんだ!!」
 ただし、喜劇の主役として。

「…何か、不幸のオーラが滲み出てるのねー」
「おおっと、岸田選手。ヒャクメ神様より不幸認定されました!」

 閑話休題。


 対戦相手は陰陽寮出身の術師だ。
 岸田は予め用意していた式神ケント紙を腰のホルダーから取り出し人型に切り取られたそれを投げると、額に『壱』の文字が書かれた人型の式神が姿を現す。
 対戦相手は陰陽師と言えど所謂『今風』で、革のジャケットを着込んでいた。
 ベルトで装着したホルダーから同じく式神ケント紙を取り出し投げる、ただしこちらは三枚。人型ではなく紐状に切られていたそれは、煙を上げて蛇の姿へと変える。

 なお、陰陽師が「三枚」の式神ケント紙を投げたのは「持ち込み可能な道具は一つのみ」と言うルールに反してはいない。
 破魔札や簡易式神製作用の紙は、ルール上少し特殊な扱いとなっている。と言うのも、実際の除霊において消耗品として扱われる物は、「一つの道具」のルールに適用されないためだ。
 このルールに則るならば、使い捨てである精霊石もその気になれば幾つでも持ち込んで良い事になっていたりする。ただし、持ち込む物は全て自腹と言うのもルールであるため、実際に実行した者はいない。そもそも、そうしなければ合格できないような者が、プロのGSとしてやっていけるわけがないのだ。それだけの道具を用意する事が可能だとしても、実行する者はいないだろう。
 ちなみに、唯一このルールの抜け穴を利用して高額破魔札を使用して合格したのが、他ならぬ蔵人醍醐だったりする。

 その蛇型の式神は現実に存在する蛇に比べて顎が大きく、噛み付きによる攻撃を得意としているのが見て取れた。
 簡易式神と言うのは術者本人のイメージ力が物を言う。異形の蛇を具現し、人型ではない物を自在に操ると言うのは、そのまま彼の技術力の高さを示している。

 ちなみに、岸田は人型以外の式神を作れない。まだそこまで慣れていないためだ。
 動きをイメージすると言うのは難しい。人型であれば自分の身体を動かすイメージと通じるものがあるのだが、人型以外だとそうはいかないのだ。
 例えば六道家の十二神将は全て動物型の式神だ。冥子の式神の使い方が全体的に大雑把なのはその辺りにも理由があるのだろう、無論それだけでもないだろうが。

「うーむ…式神を見ただけでも、一目瞭然の差ですね」
「霊力はほぼ互角、それ以外のとこが勝負のカギになりそうなのねー」
 枚方はGS協会に所属しているだけあって、その辺りの知識も豊富だ。一目で二人の式神を分析する。
 一方、ヒャクメは神族だけあってそれ以上の事を見抜いている。ただし、下手に口にすると試合の勝敗すら左右しかねないので口には出さない。正直、つまらなそうだ。「こんな事なら老師と一緒にゲームしてた方がマシだったのねー」マイクに拾われないように小声だったが、思わず愚痴ってしまうのも仕方がないだろう。

「行けっ、式神!」
 術師の号令に合わせて三匹の蛇型式神が襲い掛かる。
 意外にも機敏な動きで足元に近付き、岸田も式神に命じて迎撃させようとするが、サイズが違い過ぎるためうまく狙いを定める事ができない。
 そのまま人型簡易式神の足元を通り抜けた蛇型達は一気に岸田に肉薄すると二匹が両足に、そして最後の一匹が飛び掛って首に巻きついた。

「おおっと、術者本人を攻撃!」
「式神使いと戦う時の、古来から続く常套手段なのねー」
 相手が冥子の場合それに則って戦うと痛い目を見るのだが、岸田はあくまで普通の式神使い。
 オカルトGメンでそれなりに鍛えているとは言え、その鍛錬は警察官のそれとさほど変わらないのだ。相手が人型であれば柔道三級の寝技が炸裂したかも知れないが、相手が蛇となるとそうもいかない。
「くっ…足が!」
 足に巻きついた二匹を蹴り飛ばしてやろうと思い、足を振り上げようとするが全く動かない。
 それもそのはず、足元の二匹の蛇はその尾を床に突き刺していたのだ、式神だからこそできる芸当である。並の術師であれば、蛇の尾を硬い床に突き刺すなんてイメージできないだろう。
「さっさとお寝んねしちまいな!」
 そしてトドメとばかりに、首に巻きついた一匹が岸田の肩に噛み付き、神経毒を注入する。悪霊すらも麻痺させてしまう彼のとっておきだ。昨日の試合もこの手で勝ち抜いてきた。
「ぐっ…!」
「すぐに意識が朦朧としてくる。安心しろ、救護班に治療してもらえば明日には目を覚ますさ」
 そう言って笑う陰陽師。

「…悪どい顔なのねー」
「例の一件があったので、陰陽寮も必死なのでしょう。実力さえあればいいのです」
 大きなお世話だ。彼はこれでも一次試験はトップレベルの成績で合格している。

 しかし、彼が勝ち誇るのもそこまでだった。
 確かに岸田は動けない。しかし、彼の式神が止まらない。
「なっ…!?」
 意識が朦朧となれば、式神を操れるわけがないのだ。有り得ない、普通ならば。
 予想外の事態に、咄嗟に避けようとするが時既に遅し。無防備な男の顔面に式神の拳が炸裂する。
 式神使いとしては優れていたようだが、肉体的には常人レベルだったらしい。男はその一撃で意識を刈り取られて、蛇型式神は元の和紙に戻ってしまった。
 予想外の結果となってしまい、しばし呆然としていた審判だったが、やがて慌てて岸田の手を持ち、彼の勝利とGS資格の取得を宣言する。
「しょ、勝者、岸田選手! GS資格取得!」
「何が毒だ、全然効かないじゃないか」
 そう言って勝ち誇る岸田は噛み付かれた肩から少し血を滲ませていたが、至って平然としていた。神経毒の影響があるようには見えない。
 観客の面々も揃って呆気にとられている。
「こ、これは、予想外の結果となりましたね」
「やっぱり彼、心霊毒に対する耐性が頭抜けて高いみたいなのねー…どうやって訓練したのかしら?」
 厄珍の実験台になったのだ、本人は無自覚だが。
 どうやらヒャクメは岸田の耐性を見抜いていたらしい、あまり驚いた様子は無い。

「あらあら〜、オカルトGメンの子〜勝った〜みたいよ〜」
「え、そうなんスか?」
「その辺はどーでもいいワケ」
 意外な結果に終わった試合に満足し、拍手する六道夫人に対し、横島とエミの二人は大して興味ないらしい。横島の視線は成里乃と九能市氷雅に集中しており、エミは興味なさげに化粧を直している。
 その事に少し不満そうだったが、まだ若い二人では自分と同じ視点で見るのは無理かと考え直して、すぐに次の注目試合へと目を向ける事にした。

「やったな、岸田!」
「ああ、次はお前の番だぞ浅野」
「任せとけよ、もっとスマートに勝ってやるさ」
 そう言って不敵に笑う浅野。二人は一緒に修行をしてきたわけではないので浅野がどれほど腕を上げたかはわからないが、本人は相当自信のある様子を見せている。
 奇しくも浅野は第二試合最後の一戦だった。それ以外に試合がないため、横島やエミだけでなく他の合格者含めて会場全てがそちらに注目する事になる。
「ふっふっふっ、皆が俺に注目しているぜ」
 そう言って不敵に笑う浅野、しかし足はガクガクと震えている。ノミの心臓だ。

 浅野は以前のTV番組でピートに勝利すると言う大金星をあげたが、それが原因で彼の女性ファンを敵に回してしまった。
 それからだ、彼の地獄の日々が始まったのは。
 ピートファンクラブから執拗な嫌がらせを受けるようになり、浅野は日々陰を背負うようになっていった。その暗澹とした想いを何かにぶつけるために彼が選んだ手段、それが黒魔術だった。彼女達の嫌がらせに対し、呪いで対抗しようとしたのだ。
 スタートラインは素人同然であったが、オカルトGメンに入れるだけあってオカルトの素養はあったらしく、すぐに簡単な呪いを身に付けて見事ピートファンクラブの撃退に成功。それに自信を付けた浅野は、そのまま黒魔術士としての道を歩み出した。
 無論、平坦な道などではない。元より魔術の分野は古い資料が少ないのだ。ペテン師の書いた偽物の資料の方が多く出回っているだろう。
 このあたりの問題を解決したのもまた西条だった。彼は留学中に魔鈴の影響で魔術の資料をいくつか手に入れていたのだ。
「グリモワールの原書ってなかなか見つからないんですよねぇ、先輩心当たりはありませんか?」
「はっはっはっ、それぐらい僕に任せたまえ」
「あ、できれば大奥義書がいいです」
 西条と魔鈴の間で度々こんな会話が成されて、彼は良い格好をしようと「持っている」と返事し、特に興味もなく読めもしない本を慌てて手に入れては魔鈴が借りて研究資料として役立てる。そんな事が繰り返されていたのだろう。
 当然借り物なので彼女は研究が終わるとそれを返却するのだが、だからと言ってそのまま処分するには勿体ない貴重な本である。結局、西条が死蔵していたのを、今度は浅野が借りたと言うわけだ。

「呪われよォ〜」
「………」
 黒いローブ姿で試合場に上がった浅野に、対戦相手は露骨に嫌そうな顔をしている。
 黒魔術士に限らず、術士というのはGS資格試験のような試合形式でも、距離をおいて罠にはめるような戦い方を好む傾向にある。それは己の能力を活かすための当然の選択であり、逆に言えばそれができないようでは三流と言う事だ。
 対する動きやすそうなジャージ姿の対戦相手は霊的格闘を得意としており、術士タイプを苦手としている。
 ただし、嫌そうな顔をした理由はそれだけではない。浅野が借りた西条の本、すなわち魔鈴の選んだ本がそれだけ強力なグリモワールだったのだろう。彼は異様な、表現するならば『黒い』としか言いようがない雰囲気を放っているのだ。数ヶ月前までは素人同然だったと言うのに。
「くくく…」
 不気味に笑い続ける浅野。
 試合場の傍で応援している岸田は、昔はあんなじゃなかったのにと涙ぐんでいる。よほどピートファンクラブからのいやがらせが陰湿かつ執拗だったのだろう。
 距離をとろうともしない浅野の動きに、対戦相手は構えを取りながらも「これは、三流か?」と考えはじめる。
 所詮オカルトGメンかと一気に勝負を決めようとしたその時、急に背後で気配が膨れ上がった。
 背筋を走る悪寒、男は慌てて振り返ろうとして―――

「ぐが…!」

―――後頭部に未知の攻撃を受けてあっさりと倒れた。浅野の勝利である。
 会場全体がシーンと静まり返ってしまった。同僚の岸田も顎が外れんばかりに大口を開けている。
「どうした、勝負は決まっただろ」
「え…あ、はい! 勝者、浅野! GS資格試験取得!」
 浅野に促され審判は慌てて彼の勝利を宣言する。


「い、一体何が…?」
「ああ、あれは」
「って、ここで言わないでください! 試験はまだ続くのですから!」
 流石神族と言うべきか、ヒャクメは浅野の攻撃の正体をあっさり見破ったらしい。自慢げに解説しようとしたが、枚方に止められてしまいつまらなそうだ。
「今夜は魔鈴さん、どんな洋食作ってくれるかしらねー」
 既にヒャクメの興味は今夜の夕食に移行していた。


「あらあら〜、オカルトGメン〜今年は〜頑張ったわね〜」
「…エミさん、あれ、何したかわかります?」
「………」
 のん気な六道夫人に対して、横島とエミは表情を強張らせていた。
 二人にも浅野の攻撃の正体が分からなかったのだ。六道夫人も分かっていないのだが、こちらはさほど気にしていない様子で、単純にオカルトGメンから二名の合格者が出た事を祝福している。
 しかし、横島とエミの顔色は悪い。
「成里乃ちゃんが合格できたのは嬉しいけど…」
「こっから先が本番なワケ…」
「二人とも〜心配性ね〜」
 GS資格試験はこれから次の段階に移行する。
 合格者同士による今回の新人GSの順位を決める戦いだ。実力者同士の戦いになるため危険性は一気に跳ね上がるだろう。成里乃もそうだが、タイガーも安心して見ていられない。



 そんな観客席から心配されている二人は、他に知り合いもいないため白龍会の面々と行動を共にしていた。成里乃の場合、正確にはかおりとだが。
 傍目には、洋服姿のかおりと違って着物姿の成里乃の方が、白龍会に馴染んで見えるのは秘密である。

「こっからどうなるんかノー」
 前回は他人事のように傍観していたせいか、タイガーはこれから先の試験の事をよくわかっていなかった。
 そんなタイガーのために説明すると、ここからは合格者同士によるトーナメント戦になっている。
 GS協会としては、これからプロのGSとして世に出て行く者達のために、少しでも実戦経験を積むためと言っているが、当事者達にとっては仕事を始めた後の依頼量に如実に関わってくるため、否応なしで必死になるエキシビジョンマッチだ。
 今回は通常よりも多い五十三名の合格者が出ているため、変則的な物になるがトーナメントが行われる事には変わりない。

「トーナメント表が発表されたぜ」
「どんな組み合わせですの?」
「俺とタイガーが当たるのは決勝か?」
 雪之丞がトーナメント表のコピーを貰ってきたので、皆でそれを覗き込む。
 それによると、今回のトーナメントは本来より多い四十二名によるそれに、ラプラスのダイスで選ばれた十一名のシードで構成されていた。この場にいる三名の中では陰念と成里乃がシードに選ばれている。
 陰念と成里乃は一回、タイガーは二回勝てばベスト十六になれると言う事だ。

 トーナメント表によると、タイガーと陰念があたるとすれば準決勝。陰念は残念そうに舌打ちしている。
 逆に顔を青くしたのは成里乃だった。彼女のブロックにはあのレディ・ハーケンがいる。成里乃が勝ち上がるには、必ず彼女と戦わなければならない。

 ちなみにタイガーの対戦相手はと言うと…。
「聞いたことのねぇ名前だな」
「そうですね」
「…また、試合が省略されそうじゃノー」
 大正解だ。
 哀れ、タイガー。


「ふふ、ふふふ…次に勝てば、あの横島の…」
 暗闇の中で、白く輝く三日月のような笑みを浮かべる女がいた。
 刀を抱き締めながら肩を震わせている。武者震いではない、そこにある感情は隠し切れない喜悦だ。
「覚悟なさい、あの時の雪辱を果たしてあげますわ」
「うむ、ワシに任せるがよい」
 響く女の声と、どこからともなく聞こえてくるどこか錆付いたような声。しかし、その場には女一人しかいない。
 やおら立ち上がり、流れるような動きで抜刀してみせると、彼女は高らかに宣言する。
「見ていなさい、横島忠夫! 貴方の弟子は、この九能市氷雅が叩き斬ってさしあげますわ!」
「ワシに人を斬らせろーっ!」
 暗闇の中でなお輝く刀身に頬を寄せてうっとりとした表情を見せる氷雅。
 その刀の柄がギョロリと二つの目を開く。
「『ヒトキリマル』の仇は必ずや…この新たな愛刀『シメサバ丸』でっ!!
「いざ、鎌倉ーっ!!」

 人斬り願望を持つ九能市氷雅、人斬りの妖刀シメサバ丸。
 最凶のコンビがここに誕生していた。



つづく



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