topmenutext『黒い手』シリーズ『続・虎の雄叫び高らかに』>続・虎の雄叫び高らかに 6
前へ もくじへ 次へ

 続・虎の雄叫び高らかに 6

「脆弱だわ…」
 髪をなびかせながらレディ・ハーケンが試合場から去って行く。
 合格者同士が戦うトーナメント戦に至っても、彼女に太刀打ち出来る者は現れなかった。

 今回の彼女は大振りの剣を手に現れた。片刃であるが日本刀ではないようだ。柄部分は西洋剣のようにも見え、どのような謂れがあるかがさっぱり分からない。
「あれは、彼女が自分の霊力で具現化したものなのねー」
「とすると、あれは霊波刀ですか?」
「あそこまで具体的に物質化するとは、なかなかのものなのね。霊力の強さ、それを扱う器用さがなければできないのねー」
 「でも…」と更に続けようとするが、ヒャクメはそこで言葉を止めた。
 これ以上、レディ・ハーケンの霊能について詳細な説明をする事は彼女の不利に繋がってしまう。ヒャクメは解説として呼ばれてはいるが、どちらか一方に肩入れするような真似は避けなければならない。
 試合が始まると、レディ・ハーケンの対戦相手は、彼女の霊波砲を警戒しながらジリジリと距離を保ちつつ、背後に回り込むべく移動している。
 対するレディ・ハーケンは、気だるそうに具現化した霊波刀を手にぶら下げたまま、対戦相手に視線すら送っていなかった。
 完全になめられている。そう感じた対戦相手は激昂し、神通棍に霊力を込めると背後から襲い掛かる。
 レディ・ハーケンは罠を張っていたわけではない。挑発していたわけでもない。
 ここで冒頭のセリフを呟いた彼女は、振り向きざまに霊波刀を横薙ぎに一閃。先読みではなく、相手の動きに反応してからの一撃だったが、それは容易く相手を吹き飛ばし、試合場端の結界に叩き付ける。
 霊波刀で斬りつけたと言っても、斬るより先に刃から放射される霊波を叩きつけていたらしく、幸い対戦相手は一命を取り留めた。
 無事に済んでこそいないが、再起不能にならないギリギリのラインを見極めていたからこそ成せる技と言える。そう、これまで圧倒的な実力で勝ち進んできた彼女だが、実は一人も死者を出していなかった。傍目に焼死体と大差ない大怪我を負った者などは「辛うじて」のレベルだが、それでも時間を掛ければ再起する事が可能だろう。

「くぅ〜、相も変わらず身勝手な振る舞いですわね。対戦相手には真剣に向き合う、それが最低限の礼儀でしょうに!」
 レディ・ハーケンの試合を観戦していたかおりは、彼女の態度がお気に召さないようだ。圧倒的な実力を持っているのは分かるが、それでも、もっと真剣に戦うべきだとかおりは考えている。
「いや、その気持ちも分からんでもないが…」
「ぴーぴーわめくんじゃねぇよ、お嬢ちゃん。強えから許されてるんだ」
 対する雪之丞と陰念の二人は、レディ・ハーケンの態度も仕方がないと達観していた。
 「欠伸をしていても勝てる」とは正にこの事。彼女は強者だからこそ許される。戦いの世界における『力と言う名のルール』の体現者と言えよう。
 雪之丞は口に出す事はなかったが、やはり実戦を知らないお嬢様かと溜め息を漏らした。実戦においては、真剣だろうがふざけていようが、勝った者の勝ちなのである。
「ケッ、甘ったれた事言ってんじゃねぇよ、お嬢ちゃんが」
「何ですって〜ッ!?」
 一方、陰念ははっきりと口にした。彼は白龍GSと門下生の未来をその双肩に背負っているだけに、かおりの、弓家一門総本山の娘の甘えが許せなかったようだ。
 怒ったかおりを雪之丞が羽交い絞めにして止める。間もなく陰念が注目している試合が始まるため、少しでも情報を集めようと真剣な目で試合を見詰めている彼の邪魔はしたくなかった。


「フハハハハ! 健全な霊力は健全な筋肉に宿る、フンッ!!」
「ククククク…呪われよ〜」
 陰念が注目する試合、それは蛮玄人とシード選手の浅野との戦いだ。
 前回は令子扮するミカ・レイにあっさり負けてしまった彼だが、「出力20%」などと細かい事を考えなくなった事で一皮剥けたらしく、先程の試合も開始直後の霊力を乗せたタックルで勝負を決めていた。

 陰念個人としてはタイガーとの試合を重要視しているが、白龍GSの事を考えるならば、それだけではいけない。
 彼がGS資格を取得した時点で白龍GSの存続は確定している。しかし、生き残ったその後のためにも、この試験で良い成績を残す――できるならば、首席合格の金看板が欲しかった。そうすれば、弓家一門の中での白龍GSの立場も向上しようと言うものだ。
 そのためには準決勝であるタイガーとの試合の後、決勝を見据えていなければならない。
 対戦相手の第一候補は勿論レディ・ハーケンだ。彼女はこの次の試合で成里乃と戦う事になるが、あちらは片腕を骨折している。レディ・ハーケンの準決勝進出は九割九分決まったと言えるだろう。
 そしてもう一方は、次の試合である蛮玄人か浅野のどちらかと睨んでいた。この二人のうち勝ち残った方が次の準々決勝に駒を進める事となるのだが、その対戦相手候補を見るに、誰が勝ち上がってきたとしても、準決勝進出者はこの二人のうちどちらかであろう。
 本命は浅野だ。彼の黒魔術はいまだに正体不明であり、あのブロックの他の受験者では太刀打ちできまい。
 黒魔術の正体次第によっては、レディ・ハーケンに土をつける可能性もある。だからこそ、この試合は見逃す事ができないのだ。

 一方、対戦相手の蛮玄人は、一次試験の霊波の出力量に関しては陰念やタイガーの成績を遥かに凌駕していた。レディ・ハーケンに匹敵する成績で一次試験を突破していたりする。
 それだけ霊的防御が高いと言うことで、レディ・ハーケンに力で対抗しうるダークホースと言えるだろう。彼もまた、準決勝に勝ち進む事ができたなら、彼女に土をつける事ができるかも知れない可能性を持った一人だ。
 問題は単純なパワーファイターである彼が、浅野の黒魔術に対抗し得るかどうかだ。
「あの謎の一撃に耐える事ができれば、勝機はあるな」
「耐えてくれりゃ、あの攻撃の正体を見極めるチャンスだ」
 陰念にとっては、この試合は浅野の黒魔術の正体を掴むためにも重要と言える。他の参加者にとってもそうだろう。現在骨折の処置をしている成里乃を除く他の参加者達も彼等の試合に注目していた。試合を終えたばかりのレディ・ハーケンも彼等の試合をじっと見詰めている。

「あの男…なかなか良いカラダしてるわね」

 訂正、彼女の興味は蛮玄人の筋肉に注がれているらしい。


「ハアァァーーーッ!!」
 試合開始が宣言されると同時に、蛮玄人が霊力を全開にした。
 対する浅野は、霊波を迸らせる相手を目の前にしてもうろたえる事なく「クックックッ」と低い声で笑っている。
 霊力量に関しては明らかに浅野の方が劣っている。にも関わらず彼の態度が崩れないのは、自分の黒魔術に余程の自信があるためだ。そう、霊力量の差を覆してしまうほどに。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすッ! 術士と言えども手加減はせんぞッ!!」
 開始直後、先手必勝とばかりに蛮玄人が動き出した。
 フェイントも何もなく、真正面から霊力を込めた拳で殴りかかる。
「ぐがっ!?」
 しかし、浅野の直前で見えない何かに阻まれてしまい、その足を止めてしまう。前屈みで前進していたため、額を豪快に打ち付けてしまったようで、痛みに喘いでいる。
 浅野はその隙に後ろに下がり距離を取ってしまった。

「い、今のは!? 例の見えない攻撃と同じものなのでしょうか、解説のヒャクメ様!」
「同じものなのねー。それ以上は言ったらマズいみたいだから、詳しい事は避けるけどねー」
 実況の枚方が驚いているのに対し、ヒャクメは平然としている。こちらは浅野の黒魔術の正体をあっさりと見抜いてしまっていた。流石は神族の調査官である。

「次はこちらから行くぞっ!」
 続けて攻撃を仕掛けたのは浅野。これまでの浅野の試合を見てきた蛮玄人は不可視の攻撃を警戒し、咄嗟に両手を交差して顔と首をガードする。

「…甘いな」

 しかし、彼の防御を掻い潜るように、不可視の攻撃が側頭部に突き刺さった。
「グッ…」
 ハンマーで殴られたかのような衝撃、脳を揺らされた蛮玄人は思わず膝をついてしまう。
 呪いの類ではない。何かしらの打撃攻撃である。
「ま、まだまだぁっ!」
 意識が刈り取られそうだったが、何とかそれに耐え、自分を奮い立たせて立ち上がる。確かに強烈な一撃だが、耐えられない程ではない。
 すぐさま反撃に移るが、それもまた見えない何かに阻まれてしまう。眉を顰めた蛮玄人は、フットワークを活かして回り込むと、次は浅野の死角から攻撃を繰り出した。
「ククク、甘いぞ」
「バ、バカな…っ!」
 しかし、その一撃も見えない何かに阻まれた。浅野は前を見据えたまま、蛮玄人の方を見てすらいない。
 そして蛮玄人は感じた。見えない何かが自分の腕を掴んでいる。
 みしっと軋む右腕、よく見るとうっすらと腕を掴む手の跡が見えた。

「一発は耐えたか…だが、俺の黒魔術は単発ではないぞ?」
「うおぉぉぉッ! 霊力120%ッ!!」

 悪寒が走った蛮玄人は右腕が動かせないため、霊力を高めて防御を高めた。
 次の瞬間、怒涛の攻撃が彼を襲った。先程の目には見えない攻撃が、今度は連続して撃ち込まれてくる。
 蛮玄人は霊力のガードだけで何とかそれに耐えようとするが、雨霰と降り注ぐ攻撃は全く止む気配を見せない。

「おーっと! 浅野選手、怒涛のラッシュ、ラッシュ、ラァーッシュ!!」
「あー、蛮玄人選手マズいのねー。このままだと…」

 ヒャクメの危惧はすぐに実現した。
「クッ…」
 蛮玄人の纏う霊力が突然消失してしまったのだ。
 しかし、浅野の攻撃は止まらない。霊力を失い無防備となったところにラッシュが襲い掛かり、蛮玄人は成す術もなく叩き伏せられてしまった。

「しょ、勝者、浅野選手! 救護班、タンカだ! タンカを持ってこい!」
「フ…フン、素直に這いつくばっていれば、怪我をせずに済んだものを…」
 そう言い残して浅野は試合会場から去るが、その足は言葉とは裏腹にカタカタと震えていたりする。
 蛮玄人の霊力が強いからこそラッシュで押し切ろうとしたのに、突然それが消えてしまったため、想定以上の怪我をさせてしまった。その事実に浅野は恐怖心を抱いているのだ。
 強力な黒魔術を身に付けたとは言え、浅野の心はいまだ戦士のそれではなかった。

「ヒャクメ様、私の目には蛮玄人選手の霊力が突然消えたように見えたのですが、浅野選手が何か術を使ったのでしょうか?」
「力の配分考えずに全開にしてたら、すぐに霊力がなくなるのは当たり前なのねー」
 枚方の問いにヒャクメは溜め息混じりに答える。
 蛮玄人は、霊力こそ強いが常に全開状態のため、極めて短時間しか戦う事ができないと言う致命的な欠陥を備えていたのだ。
 ヒャクメはそれに一目で気付いていたが、受験者の弱点を明かすわけにはいかない。そのため、対戦相手を秒殺しながら勝ち進む蛮玄人は強いと言う誤解が生まれ、浅野との試合になってしまった。ある意味起こるべくして起きた事態と言える。
「蛮玄人選手は大丈夫でしょうか?」
「んー、見た目通り頑丈な身体してるから、命に別状はないと思うのねー」
 それ以上言わなかったが、浅野の「不可視の攻撃」は変な呪いの類ではなく打撃であるため、蛮玄人も打撲以上のダメージは受けていない。骨の異常もあるかも知れないが、命に関わるものではないとヒャクメは判断した。
 彼女の眼下では、救護班が蛮玄人を担架に乗せて運び出している。このまま病院へと直行するのだろう。
 ヒャクメは「GS資格も取れたし、再起も可能。それだけでも幸運だったと思うのねー」と、それを見送る。続けて視線を向けたのは試合会場に戻ってきた成里乃、タイガー、陰念、レディ・ハーケン、そして浅野。現在勝ち残った受験者の中でも注目すべき選手達だ。
「さて、どうするべきかしらねー」
 トーナメントも準々決勝まで進んだ。例年ならばこのまま決勝まで進むのだが、今年は一次試験合格者が多いため、一旦休憩を挟む事になっていた。
 準々決勝以降は午後に行われるため、受験者だけでなく観客、関係者もこの休憩中に昼食を済ませる。
「…ま、お昼御飯終わってから考えるのねー」
 今日の昼飯は昨日の注文通りの洋食、魔鈴が腕を振るってくれているはずだ。
 残った受験者について色々と言いたい事はあるが、とりあえず今はその事を忘れる事にするヒャクメであった。


「ん、後残っているのは、あの一試合だけか」
 成里乃に付き添って試合会場まで来た横島の視線の先では、午前中最後の試合が行われていた。
 この試合の勝者が準々決勝で浅野と戦う事になるのだが、どう見ても実力不足である。とてもじゃないが、浅野の黒魔術に太刀打ちできるとは思えなかった。
「成里乃ちゃん、ちょっと早めだけど昼飯に行かない?」
「…そうですね」
 横島は、この試合は見る価値がないと判断した。両方の受験者が男だからだ。
 成里乃も試合会場にいるより、落ち着いた場所に移動した方が骨折した腕を自らヒーリングできるので、横島の提案を承諾して踵を返す。彼女のヒーリングでは、流石に骨折を完治させるまではいかないが、腫れを引かせる事ぐらいはできる。痛みは集中の妨げとなるため、今のうちにできるだけの治療を行っていれば、午後の試合における集中力も変わってくるだろう。

「早生さん、貴方達も昼食かしら?」
 振り返ると、そこにはかおりが立っていた。彼女も今から昼食らしいが、雪之丞達は白龍GSのメンバーで固まっていて入り込む余地がないため、自分から別行動すると申し出て来たらしい。
 弓かおり、こう見えて結構寂しがりやである。

 その後、かおりも合流して三人となった横島達は、そのまま会場の外に出て食事へと向かう。
 会場内にも食堂はあるのだが、成里乃は既に注目選手。そちらに行けば皆の視線が集中してしまうのが目に見えていたため、横島が外に行こうと提案していたのだ。
 しかし―――

「よ〜こ〜し〜ま〜、私に夫人を押し付けて行こうなんて、いい度胸してるワケ」

―――しかし、一行は会場から出てすぐのところで、怒気を纏ったエミに捕まってしまった。
 その後ろでは六道夫人がにこにこと笑顔で車を用意して待ち構えている。

「皆も〜会場の〜外で〜お昼ごはんに〜するのね〜。おばさまと〜、一緒に〜食べましょ〜」
 横島はがっくりと肩を落とした。やはりこの人からは逃げられないのかと。
 エミも逃げようとしたが、逃げられなかったのだろう。横島を羽交い絞めするエミの目は、どこか疲れた様子だった。


「今日は奮発するんジャー!」
 一方、会場の食堂ではタイガーが叫んでいた。
 今朝、出発前にエミから、朝食代、昼食代共にどれだけ食べようと経費で落としてやると言われていたので、思い切り奮発したのだ。彼の前には大盛りのカツ丼を筆頭に、うどん、ハンバーグと幾つもの料理が並んでいる。
 かつて横島が奢ってもらった時もそうなのだが、エミは奢ろうとする事は数少ないが、一旦奢ると決めたら太っ腹だ。今日のタイガーの食事代についても天井知らずであろう。にも関わらず、そこで高級なものを食べようと考えずに、普通のレストランのメニューを大量にと考えてしまうあたり、彼の普段の食生活が窺い知れる。

 本当ならば、エミはタイガーと一緒に食事をとる予定だった。午前中の戦いを勝ち抜いたならば、顔を見せて後半戦に向けて発破をかけてやろうと考えていたのだ。
 しかし、彼女は六道夫人から逃げようとするのに必死で、彼のことが頭からすっかり抜け落ちてしまっていたため、タイガーは一人で食事をする事になり、エミは六道夫人と共に行ってしまったと言うわけだ。
「カツ丼おかわりジャー!」
 彼も注目選手の一人であるため周囲の視線が集中してるのだが、彼はそんな事を気にもかけずに食べ続けている。
 タイガーは幸せであった。
 幸せであったのだが…何とも哀しい幸せである。


「横島、あんたが矢面に立つワケ」
「早生さんは私に任せてください。ですから、横島さんは理事長をっ!」
「俺を盾にするなーーーっ!!」
 横島達はこの時、六道夫人の案内である料亭の座敷に入っていた。成里乃を落ち着かせるために畳がある個室と言うことで六道夫人が選んだ料亭だ。普段の横島達であれば入る事もできない店である。
 ちなみに、冥子は関係者として会場にいるため、ここにはいなかった。六道家のメイドであるフミも彼女ともに居るため、こちらには来ていない。
 確かに周囲の目がない事は確かだ。その分、成里乃は落ち着いて精神を集中させる事ができる。
 食事を終えた成里乃は目を瞑り、ギブスで固められた左腕に霊力を巡らせて少しでも回復させようとしていた。
 左腕を骨折している分、食事の際は少々不自由であったが、そこはかおりが自らサポートすると名乗り出た。
 顔を紅くしながら「友人だから」と繰り返していたが、少し前の彼女ならば、そもそも手伝いなどしなかっただろう。これも横島の家に集まって皆で修行をするようになったおかげかと、その様子を眺めていた六道夫人は満足気に微笑んでいる。

 実は六道夫人がいる時点で生徒である成里乃やかおりは落ち着かないのだが、そこはエミが気を配って間に入っていた。
 それでいて自分は横島を盾にして身を守っていたりするが、彼の方も諦めているのか特に抵抗はしない。
「実際、成里乃ちゃんの腕はどうなんでしょうねぇ?」
「うーん、その辺は気合次第なワケ。あの子に根性があれば耐えられるんじゃない?」
 横島の問いにエミが答える。その表情は「自分なら楽勝」と言っているようだ。実際似たような経験があるのだろう。
 横島としては、成里乃の安全を考えて棄権して欲しいと考えているのだが、資格取得後に棄権すると合格も無効となってしまうため、彼女はそれを受け容れはしないだろう。
 彼女が卒業前に資格を取得しようとしているのは、母を引退させるためなのだ。
 成里乃の母は陰陽寮に所属するGS、陰陽師である。現役GSの年齢と言うのは全体的に若く、彼女は既に高齢の部類に入る。先日も除霊中に怪我をして病院に担ぎ込まれたらしい。
 そんな母に、成里乃は何度も現役引退するようにと勧めていたのだが、彼女は成里乃がGS資格を取るまでは続けると言って聞かない。ならば望み通り取ってやろうじゃないかと、彼女は六女入学一年目からGS資格取得試験に挑戦したと言うわけだ。
 横島の家に集まる六女の生徒達の中では、際立って物静かで理知的に見える成里乃であるが、実は母娘揃って負けず嫌いの、静かな闘志を秘めた家系なのかも知れない。

「あー…横島、次の試合からはあの子の近く、試合会場の入り口で見てあげるワケ」
「…いいんスか?」
 エミの言葉に横島は怪訝そうな表情で返した。
 横島が観客席から離れるという事は、エミが六道夫人と二人きりになると言う事なのだが、それでも彼女はあえて横島に行くように言ってきた。
 近くで成里乃を力付けてやりたいのか。いや、そうではない。
 エミは午後からの試合は苛烈を極めると考えている。それだけ怪我人が多く出るかも知れないと言う事だ。
 会場には救護班として冥子が控えているが、彼女は精神的に不安定なところがある。そのため、文珠が使える横島を会場近くに置いておきたいのだろう。弟子であるタイガーもいるため、彼女にとって切実な問題であった。

 もっとはっきりと言わねばなるまい。
 そう考えたエミは横島の頭をもってグッと自分の方に向けると、顔を近付け横島にしか聞けない大きさで、それでいてきっぱりとした口調で話しかける。
 至近距離で見詰め会う形となった横島は目を瞑って唇を伸ばすが、エミは怯むことなく皿に残っていた鯛の御頭を真正面から口に突っ込んで話を続けた。
「いいから、あんたは文珠を持って真面目に見てればいいワケ。一番大怪我する可能性があるのは…」
 そこで言葉を止めて、エミは視線だけを成里乃に向ける。
 それを見て横島はハッと気付いた。彼女の言う通り、準々決勝で一番大怪我をする可能性が高いのは、レディ・ハーケンと戦う成里乃である。
 自分のやるべき事を悟った横島は、神妙な面持ちでコクリと頷くのだった。ただし、御頭を口に突っ込まれたままで。

 その後、六道夫人は冥子の様子を見に行くと言って席を外し、お座敷の方には横島達四人だけが残された。
 成里乃が次の試合に向けて集中し始めたので、かおりも横島とエミの下へとやって来て、業界を代表するGSであるエミの隣に座るのは流石に恐れ多いのか、彼女は横島の隣にちょこんと座る。
 それからは、六道夫人が迎えにくるまで、緊張した様子のかおりがエミに質問し、エミが業界の先輩としてそれに答えるといった会話で盛り上がっていた。
 横島はその間、何度も成里乃の方を見ては、痛々しい腕を文珠で治してやりたい衝動にかられてしまう。その都度、エミに、かおりに止められてぐっと堪えるのを繰り返している。
「横島さん…私なら、大丈夫ですから」
 それに気付いた成里乃は横島の厚意ににっこりと微笑んで返した。
 それでも心配そうな彼に対し「試験が終わったら、すぐにお願いしますね」とおどけて見せたりもしている。
 横島は、成里乃の心の強さに頭が下がる思いであった。



 午後の試合が始まる十分前に試合会場に戻った横島達。エミは六道夫人と共に観客席へ、かおりは陰念達と合流するとその場で別れ、横島と成里乃は二人で試合場へと向った。
「さぁー、トーナメントもいよいよ準々決勝まできました。間も無く午後の試合が開始されます!」
「ここまでくると全部の試合が同時に行われるから、実況解説も大変なのねー」
 実況の枚方と解説のヒャクメの声が廊下の方まで聞こえてきて、横島達は早足で試合場へと進む。
 残された試合はあと準々決勝の四試合、準決勝の二試合、そして決勝の3セットだ。
「それじゃ横島さん…いってきます」
「おう、ここで応援してるぞ!」
 横島が式神和紙を貼り直した神通扇を手に成里乃は試合場へと入って行き、横島は入り口でそれを見送る。
 すぐ後にタイガーがピートと共に現れた。昼食後、二人で談笑していたらしい。タイガーは落ち着いた様子で試合場へと入って行った。
「タイガーのヤツ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、今のタイガーなら雪之丞とだって真正面から戦えます。横島さんだって見ていたでしょう?」
 ピートの言葉に、横島は三人で行った妙神山での修行を思い出した。あの時身に付けた『獣人変化』はタイガーならではの強力な霊能だ。
 横島だって身長2メートルオーバーの虎男と戦えと言われれば迷わず逃げる。今までならばただのハリボテだったが、今のタイガーは紛れも無い本物なのだから。
 ピートは親友であるタイガーの勝利を信じて疑っていない様子だった。実力がどうこうと言うよりも、彼なりの信頼なのであろう。

「そこをどきな」
 横島とピートが話していると、背後から陰念のドスの効いた声が投げ掛けられた。
 振り返ってみると、そこには雪之丞とかおり、そして白龍GSの面々を引き連れた陰念の姿があった。気合十分でいつも以上に怖い顔をしている。
 陰念はそのまま二人の間を通って試合会場へと入る。他の受験者達も別の入り口から試合場入りしたようで、これで全ての受験者が出揃った。

「よう、お前ら。注目すべき試合はどれだと思うよ?」
 雪之丞が二人に近付いてくる。その口調は友人同士で遊びに行こうと誘っているようだが、その目は戦いを前にした戦士の目をしている。見ているだけでもテンションが上がってくるようで、その表情を見た横島は、試験終了後は成里乃を連れてさっさと帰ろうと考えていた。こういう時の雪之丞は、問答無用で練習試合を申し込んで来る事が多い事を彼は経験上知っているのだ。
 かおりも三人と並びたかったが、どうも雰囲気的に入り込めそうになかったので、一歩下がって横島と雪之丞の後ろから試合を見守る事にした。
「タイガー…と言いたいところですけど、今回はあの六道の生徒でしょうね」
 試合も残りわずかのため、ここからは外を警備していたピートも中でタイガーの試合を見届けるつもりのようだ。しかし、同時にこれから行われる四つの試合、成里乃とレディ・ハーケンの試合以外は見る必要がない事も理解していた。
 確かに、ここまで勝ち進んできた他の受験者達はそれなりに強い。
 だが、タイガー、陰念、浅野の三人と比べると、どうしても見劣りしてしまうのだ。
 ならば注目するべき試合は一つしかない。
 成里乃とレディ・ハーケンの組み合わせも、実力差と言う意味では他の三試合と変わらないのだが、成里乃は九能市氷雅を倒した実績がある。番狂わせがあるとすればここしかないとピートは感じ取っていた。


 会場中の注目を浴びて、成里乃は試合場に入りレディ・ハーケンと向き合う。
 昼休憩の間中、ずっと集中してヒーリングを行ったため痛みも大分引いてきた。神通扇も横島の手で式神和紙を貼り直されて完全な状態に戻っている。
 やれる。まだ戦える。
 成里乃は強い意志を秘めた瞳で、眼前に立つレディ・ハーケンを見据えた。

「…貴女、まだ高校一年生ですって? カワイイ顔してやるじゃない♪」
 対するレディ・ハーケンは楽しげに声を掛けてくる。
 しかし、それは彼女が対戦相手にはっきりと意識を向けていると言うことだ。賞賛の言葉も本心からのものであろう。
 レディ・ハーケンは今回も例の霊波刀を持って現れた。成里乃は片腕が使えなくても、それを使うに足るだけの力を持っていると、彼女は判断したのだ。
「安心なさい。顔は傷つけないようにしてあげるわ」
「私の方はそんな余裕はありませんから、傷つけたらごめんなさいね。後で良い治療師を紹介するから」
「フフ、お気遣いアリガト。でも、そんな必要はないから、心配しないでね」
 繰り広げられる舌戦。成里乃はここで自分が格下である事をはっきりと認めた。
 それに対しレディ・ハーケンは軽口で返すが、同時に垂れ気味の瞳の奥に宿る光が真剣なものに変わる。
 成里乃が片手間に戦って良い相手ではない事を悟り、隙のない構えで霊波刀を煌かせた。
「イイ試合をしましょ。少し、本気を出してあげるわ」
「ええ、負けませんよ」
 顔を半分隠すようにして神通扇を広げる成里乃。霊力が注ぎ込まれて、表面の文字が光輝いていく。
 すぐそこで横島が見守ってくれているのだ。師匠の前で無様な試合をするわけにはいかない。
 成里乃は優雅な姫のような立ち姿で、試合開始の合図を今か今かと待つのだった。



 その頃、隣の試合場では、タイガーが対戦相手と向かい合っていた。
 相手は海外組の受験者で、霊的格闘の使い手だ。しかし、陰念と向かい合った時のような凄味は感じられない。
 それでも油断することなく虎の獣人となって試合開始を待つ。
 張り詰めた緊張感の中、タイガーはポツリと呟いた。

「なんか、また試合が省略されそうな気がするノー」

 その通りである。
 哀れ、タイガー。



つづく


前へ もくじへ 次へ