topmenutext『黒い手』シリーズ『黒い手』最終章』>07 嵐の前の静けさ
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 07 嵐の前の静けさ


 その後、天使が攻撃を仕掛けてくる事はなく、令子とエミを乗せたボートは無事に海岸まで辿り着く事が出来た。
 慌てた二人の様子に何事かと遠巻きに見ている生徒達を横目に、二人は六道夫人の下に駆け込むと、すぐさま天使らしき者が現れた事を伝える。令子達は天使の存在をはっきりと目にした訳ではないが、六道夫人は二人の霊感を疑う事は無かった。すぐさま教師達に指示を飛ばし、混乱が起きないように生徒達をホテルの方へと避難させた。
 一方、令子達は気合いを入れて選んだ水着から、神族過激派天使の襲撃に備えて持って来ていた重装備に着替えて、天使を迎え撃つ準備を進める事にする。
 装備は全て海岸まで乗り付けたワゴン車の中に積み込まれており、令子達はその中で着替える。横島は当然の如く覗こうとしたが、ワゴンの中では同時に二人しか着替える事が出来ず、テレサの見張りもあって流石の横島も覗く事が出来ない。
「お待たせ」
 横島が悶々としていると、令子とエミが着替え終えてワゴンから降りてきた。
 二人ともボディスーツの上にプロテクターを装着した重装備で身を固めている。その姿はまるでどこかの軍の特務部隊のようだ。横島の知る範囲では、魔族のワルキューレやジークフリードが身に着けている物に近いだろうか。それもそのはず、彼女達が身に着けているのは、アシュタロスとの戦い以降人間界に伝わった魔族の技術を用いて作られた、最新型の対神魔族用の装備である。
 ゴーグルを装着した二人の表情は引き締まり、ピリピリとした雰囲気を漂わせている。その姿を見た横島は剣呑な雰囲気にたじろいでしまい、覗かなくて良かったと胸を撫で下ろした。
「次は冥子とテレサが着替えるワケ。テレサ、手伝いはいる?」
「大丈夫よ」
 続いて冥子とテレサがワゴンに入る。この二人は令子達のように専用の装備など持って来ていないため、冥子は水着から着替え、テレサは防水装備を外すだけである。この時点で令子達は、海岸で天使を迎え撃とうとは考えていなかった。相手は自在に空を飛べるのだから、当然の選択である。
「はい、横島君の着替え。時間が惜しいから、そこらで着替えなさい。今なら海の家が空いてるはずよ」
「了解っス」
 令子から着替えを受け取った横島は、先程まで六道夫人が指揮を執るために使っていた海の家を使わせてもらう事にした。既に生徒達の避難は進められており、今ならば誰もいないはずだ。
 彼も令子達のような専用の装備など持って来ていないため、着替えるのは普段仕事をする際に着ているスーツだ。令子の下で除霊助手をしている頃から愛用しているジーンズの上下の方が動きやすいのだが、生憎と今回は持って来ていない。
「お待たせしました!」
 着替え終えた横島がワゴンの所に戻ると、令子とエミは天使を迎撃するための武器の準備をしていた。
「後部座席、丸ごと取っ払って荷物積んでると思ったら……」
 こちらも横島が呆れてしまう程の重装備だ。身に着けているスーツと出所は同じなのだろう。令子達の周りに広げられているのは、対神魔族用の最新鋭の重火器の数々である。銃刀法はどこに行ったとツっこみたくなる光景だが、それに対するツっこみは無用であろう。「神魔族を撃つための物だが、人間も撃てる」、あくまで対神魔族用の武器であり、どれほどの威力であれ、これらはれっきとした除霊具なのだ。
「ど、どこでそんなの買えるんスか?」
「コネよ、コネ」
 横島が冷や汗混じりに尋ねると、令子はオモチャを自慢する子供のような表情でニッと笑って答えた。
 今や令子と同じ「個人除霊事務所の所長」と言う立場にある横島だが、彼にはこんな重装備を揃える事など出来ない。自分はまだまだ彼女の足下にも及ばない。身近に居た除霊助手だった頃には見えなかったものが、離れて、同じ立場になる事で初めて見えて来たような気がして、横島は身震いがする思いであった。

「お待たせ〜」
 冥子とテレサが着替え終えてワゴンから降りてきた。思っていたより早い。おそらくテレサが冥子の着替えを手伝ったのだろう。
 テレサは、例の霊視メガネを掛け、対霊防御能力を備えた白衣に、神通手袋、ストッキングを身に着けている。令子とエミは、カオス謹製の装備に興味があるらしく、早速テレサを質問攻めにしているが、テレサの方はこの格好を見られるのが恥ずかしいらしく、しどろもどろになっている。
 そして冥子はと言うと――普通のワンピース姿だった。淡い色合いで、普段よりも落ち着いた印象を受ける。胸元に付けた花のアクセサリーがキラリと光る。
 令子達のような重装備で出てくると思っていた横島としては拍子抜けである。しかし、よくよく考えてみれば彼女がそんな格好をしている姿もイメージ出来ない。十二神将に守られている彼女は、自ら装備を固めて身を守る必要がないのだろう。
「令子ちゃ〜ん、これからどうするの〜?」
「天使はまだ来てないみたいだから、とりあえずは待ちね。出来ればここできっちり返り討ちにしたいわ」
「生かして帰した方が、後が怖いって事っスね?」
 令子は頷く。彼女が恐れているのは、ここで例の天使らしき存在を逃してしまい、仲間を連れて来られる事である。
「そのために、コイツを持って来たワケ」
 大型のライフルを設置しながら、その心配を吹き飛ばすような勢いで、エミが笑う。油断している訳ではないが、その新兵器の威力に自信を持っているようだ。
「ここで待ち構えるわよ。テレサは、いつでも車を出せるようにしといてちょうだい」
「……分かったわ」
 テレサはちらりと横島に目をやり、彼が頷くと了承の返事を返した。なんだかんだと言って、横島の事を自分の主人として認めている。
 いかに対霊装備を身に着けたと言っても、通常除霊用の装備であるため、天使相手には歯が立たないであろう。いざと言う時のために逃げる準備をさせておくと言う令子の判断は間違っていない。
「さぁ、いつでも来なさい! 人間の力を見せてやるわ!!」
 こうなっては襲い掛かってくる天使を返り討ちにするしかない。令子は空に向けて拳を突き上げ、自分を奮い立たせるように声を上げた。



「来ないわね……」
「どうしたのかしら〜?」
 ところが、令子が気合いを入れてから半日が過ぎても、天使は一向に姿を現さなかった。緊張を持続させるには長すぎる時間だ。
 横島も外で周囲を警戒しているが、正直なところ既に気が抜けてしまっている。現在見張りの主力は、いつの間にか荷物の中から姿を現していた目付きの悪いハニワ兵であった。彼女はワゴンの上に立ち、周囲に目を光らせていた。
 テレサは運転席から離れていないが、エミはワゴンの中に入って休んでおり、令子と冥子は手近なブロック塀の上に並んで腰掛けている。
「令子ちゃん達の〜、見間違いじゃないの〜?」
「あれが見間違いだったら、誰が妖怪軍団のボスを倒したのよ……」
 首を傾げる冥子に、令子はいつもの強い口調で反論する事が出来ない。令子の言う通り、天使でなければ誰が妖怪軍団のボスである海坊主を倒したのかと言う話になるのだが、実際に天使の姿をその目で確認した訳ではないので、彼女も強く出られないのだ。
 考えられる可能性は、海坊主を倒した後に令子達を無視してそのまま帰ってしまったと言う事だが、そうする理由が見当も付かなかった。
「美神さん。日も暮れてきましたし、一旦旅館の方に戻りません?」
「……そうね、そうしましょうか」
 出来ればここで決着を付けたかったが、来ないものは仕方あるまい。沈む夕日を眺めながら、令子は溜め息をついて立ち上がった。
 何故、天使は攻めて来なかったのか。いくつもの可能性が頭の中に浮かんでは消えて行く。もしかしたら、神族過激派と言っても弱い天使だったのかも知れない。それならば、戦わずに逃げた理由も説明がつく。もっとも、その場合仲間を呼びに逃げ帰った可能性が高くなるが。
「千載一遇のチャンスを逃したかしら……」
 用意していた装備を片付けながら、令子はポツリと呟いた。しかし、すぐにそれが無意味な考えである事に気付く。
 あの時は状況が悪かった。足場の悪いボートの上、しかも装備もほとんど無い状態なのだ。相手がいかに弱い天使だろうと、そんな状況で戦うのは無理だっただろう。結局、あの場では逃げるしかなかったのだ。

 その後、装備をまとめて旅館に帰った一行は、まずは現状を六道夫人に説明した。
 話を聞いた六道夫人は、早急に生徒達を東京に帰す事にする。いかにGSのタマゴ達と言っても、この状況では足手纏いにしかならない。そこで六道夫人は横島、冥子、令子、エミの四人を旅館に残し、その間に生徒達を帰宅させる。天使が魔に属する力を持つ者達を狙っているのだとすれば、まず狙われるのは鬼である十二神将を使う冥子、魔族メフィストの生まれ変わりである令子、呪いのスペシャリストであるエミの三人だからだ。
 魔族化しかけている横島も狙われる立場なのだが、それを知るのは神魔族の中でも極一部の者達だけであるため攻撃対象とはならない。しかし、ここで三人を置いて帰る事は出来ないため、彼も旅館に残る。
「って、私も帰るの?」
「愛子達が心配だからな。悪いが、一足先に帰っててくれ」
 この時、テレサも一足先に帰る事になる。横島は六道家に残っている愛子と小鳩が心配だと言ったが、本音を言えば心配なのはむしろテレサの方であった。彼女の対霊装備は悪霊や妖怪を相手にするには十分なのだが、神魔族が相手となると力不足である。
「……分かったわよ」
 テレサの方も、彼の本心に薄々感付いたらしい。何か言いたげな顔をしていたが、やがて上司の命令だから仕方がないと、生徒達と一緒に帰る事を承諾した。
 更に六道夫人は連れて来た六道家所属の霊能力者達のほとんどを残して行った。彼等に周辺一帯を調べさせ、天使を見付ければ令子達が駆け付けて戦うと言う手筈になっている。本来ならば彼等の指揮を執るのは六道夫人だが、彼女は生徒達を無事に東京に帰さなくてはならないため、代わりに冥子がそれを引き継ぐ。当然、彼女に務まるはずもなく、実際に指揮を執るのは令子かエミになるだろう。
「ここまで来ると、来ない可能性の方が高いと思うけどね」
「だからと言って〜、無防備でいるわけには〜いかないでしょ〜」
「そりゃ、まぁ……」
 ところが、令子はこのまま旅館に留まらずに全員で帰ってしまっても良いのではないかと考えた。神族過激派が攻めてくるならば、とうに攻めて来ているはず。そう考えていたのだ。
「何も起きなければ、それでいいじゃない。辺りを調べるのは私達じゃないんだし、一晩ゆっくり休んでから帰れば良いワケ」
「まぁ、しょうがないっスよ。せっかくだし、一晩泊まっていきましょう!」
「んー、それもそうね」
 結局、令子の方が折れた。六道夫人の言う通り、いくら天使に襲撃される可能性が低くとも、無防備な状態で帰る訳にはいかない。
 と言う訳で、横島達四人は一晩旅館に留まり、周辺に神族過激派が居ない事を確認してから東京に帰る事になった。
「そうね。骨休めだと思えばいっか……と言う訳で、横島君。後お願いね」
「……へ?」
 ここで、あっさりと六道夫人が残して行った霊能力者達の指揮権を横島に押し付ける令子。そのままエミと二人で部屋に戻ろうとする。
 寝耳に水の横島は、一瞬呆気に取られて反応する事が出来なかったが、すぐに理解し、慌てて令子を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 知らない人ばっかなんですけど!」
「そんなの私だって一緒よ。大丈夫だって、天使が見付かったら、私達に知らせてくれれば良いだけだから」
 指揮と言っても、やる事と言えば彼等の報告を聞き、天使を発見したと言う報告があれば駆け付けるだけなので、自分の手を煩わせるまでもないと考えたのだろう。「連絡役」と言い換えても良いかも知れない。
「部屋の中でやる見張りみたいなもんよ。気楽に構えてなさい」
「は、はぁ、それなら……」
「大丈夫よ〜。みんな〜、私が知ってるから〜お手伝いするわ〜」
 冥子は普段から彼等と関わりがある訳ではないが、一通り彼等の顔と名前は知っている。そこで、令子とエミは休み、横島と冥子で彼等の報告を受ける事になった。



「で、結局天使は現れなかったと……寝てないの?」
 翌朝、目を覚ました令子とエミが横島の部屋を訪ねると、目の下にクマが出来た横島が出迎えた。昨夜は一睡もしていないらしい。結局、神族過激派の襲撃はなく、その努力も無駄に終わってしまった訳だが。
 打って変わって令子の方はすっきりした様子であった。昨夜は霊感も騒がず、ぐっすり眠る事が出来たのだ。
「冥子ちゃんの方があっさり寝ちゃったもんで、俺は寝る事も出来なかったんスよ」
「そ、そう。朝ご飯食べたら東京に戻るから、車の中で寝てなさい」
「ふぁ〜い……」
 眠そうに目をこする横島。実のところ、彼はそこまで頻繁に報告を受けていた訳ではない。周辺の調査をしていた面々も、何も報告する事がなければ、定時連絡を入れるだけで済ませていた。
 では、何故眠れなかったのか。問題は冥子だ。当初は横島の隣に座り、張り切っていた彼女だったが、眠気には勝てずに日付が変わる頃にはすやすやと夢の中であった。
 それだけならば問題はない。そう、彼女のために用意された布団に入って眠っていてくれれば。
 なんと彼女は、そのまま隣に座る横島にもたれ掛かるように眠りにつき、そのまま彼の足を枕にして眠ってしまったのだ。いわゆる「膝枕」状態である。しかもこの時、彼女は入浴を済ませ浴衣に着替えていた。そう、寝ている間に着崩れ、はだけるのだ。
 いっそ報告の頻度が低いと言っても、全く人が来ない訳ではない。それどころか、時折不意打ち気味に人が訪れる。そのため、冥子をはだけた状態のまま放っておく訳にもいかなかった。かと言って一度眠ってしまった冥子はなかなか起きないので、横島が直してやらねばならない。
 冥子に自覚はないだろうが、これは罠だ。六道夫人が仕掛けた訳ではないが、横島にとって罠である事に変わりはない。いっそ嵌ってしまえば楽なのかも知れないが、いつ人が訪れるか分からないため、そうする事も出来なかった。
 何より、冥子は横島を信頼しているからこそ、ここまで無防備な姿を見せている。それは横島にも伝わっていた。だからこそ、それを裏切るのは流石の彼も良心が咎めてしまう。
 この状態で眠れと言う方が無茶であるのは、言うまでもない。結局横島は、一晩中時折現れる報告を気にしながら、はだけた冥子の浴衣を直し、眠れぬ夜を過ごす事になったのである。

 報告に行くと次期当主である冥子に膝枕をしている横島。この一見仲睦まじい姿を目撃した者達の間で、あるまことしやかな噂が流れる事になるのだが、これについては不可抗力であろう。



 その後、一行は何事もなく東京に帰還する事が出来た。
 しかし、事態はまったく解決していない。令子達はすぐさま神族過激派の情報を集め始める。
 ところが、数日経っても全く情報が集まらなかった。横島はその間、テレサ、愛子、小鳩、おキヌ、目付きの悪いハニワ兵と一緒に冥子の相手で忙しくそれどころではなかったが、六道家の邸宅に缶詰状態で仕事も出来ない令子とエミは徐々に焦りを募らせていく。
 直接的に狙われる立場でない小鳩とおキヌの二人は、いつも通りに学校に行っているのだが、おキヌは学校で今回の一件について質問攻めに遭い困っているそうだ。
 神魔族の時間感覚と言うのは、当然の事ではあるが、人間に比べて非常にのんびりとしたものである。この一件、神魔族だけに任せていると、このままでは解決するまでどれだけ時間が掛かるか分からない。下手をすれば数ヶ月、場合によっては一年以上掛かる事も考えられるのだ。その間、ずっと六道家に守られたままと言う訳にはいくまい。
 なんとかして自分達が介入し、早急に事態を解決に導きたいのだが、どうにも情報が足りずに身動きが出来ない。
 せめて、誰が敵で、何を目的にしているかぐらいは知りたいところなのだが、それすら分からないのが現状であった。
「どうも〜、あの日から神族過激派の動きが〜パッタリと止んだみたいね〜」
 六道夫人が首を傾げた。情報収集は六道家の情報網を使って行っているので、令子、エミに六道夫人も加わって三人で情報を整理している。
「この近辺で、ですか?」
「世界中よ〜」
 令子とエミが海上で天使らしき存在とニアミスして以降、世界中でパッタリと神族過激派による襲撃事件は鳴りを潜めていた。
 海外では『殉教者部隊』による襲撃事件が僅かに起きているようだが、彼等は今回の一件においては末端である。情報源には成り得ないだろう。
「一斉に天界に引っ込んじゃったワケ?」
「かも知れないわね。理由までは分からないけど」
 理由はどうあれ、神族過激派が人間界から姿を消した事で、世界はにわかに平穏を取り戻したと言えるだろう。
 しかし、それは同時に令子達が事態を解決するために介入する糸口を失ったと言う事でもある。
「妙神山の方は?」
「完全に沈黙。ここ数日は、電話してもタマモかメドーサしか出ないわ」
 これが小竜姫やパピリオであれば何か聞き出す事も出来たかも知れないが、タマモとメドーサではそうもいかない。タマモはのらりくらりとしていて、詳しい事情を知っているかどうかも謎だ。メドーサは何か知っている様子なのだが、その情報を漏らすような真似はしない。
 おそらく、情報が漏れないように小竜姫達は電話に出ないようにしているのだろう。
 タマモ達との会話で分かった事と言えば、数日前からヒャクメが天界に戻ってしまい、妙神山にいないと言う事ぐらいであった。
「天界で何か動きがあったのかしら?」
「かも知れないけど、それを知る術が無いわね」
「いっその事、みんなで妙神山に行く?」
「それも視野に入れた方が良いかもね」
「その時は〜、冥子も一緒にお願いね〜」
 このままでは埒が明かない。情報が手に入らないのならば、もっと情報の出所に近い場所まで出向くしかない。
 そう考えた令子は、妙神山行きを提案する。天界の情報を手に入れるのに、これほど良い場所は無いだろう。六道夫人としても、冥子も一緒であれば特に反対する理由は無い。
 妙神山側は、今回の一件が解決するまでおとなしくしていてもらいたいのだろうが、令子達がそれに従わなければならない理由は無い。そうする事で事態が早急に解決するのであれば、むしろ積極的に首を突っ込むつもりであった。
「とりあえず、今日一日待って、動きがなかったら皆で妙神山に行くって事で」
「オッケー、その方向で進めるワケ」
「分かったわ〜、後で冥子に伝えておくわね〜」
 今後の方針を確認し、話し合いは一旦終了となる。
 動きを見せない神族過激派にしびれを切らした令子達は、自ら渦中に首を突っ込む事を決めたのだ。
 しかし、この「妙神山行き」は、結局実現する事は無かった。
 そう、令子達の知らぬ間に、神族過激派は今にも動きだそうとしていたのである。



 その頃、天界では『キーやん』陣営の神族過激派天使である『聖祝宰』が、『キーやん』の下を訪れていた。
 光に包まれた真っ白な空間で、二柱は相対する。『キーやん』が今回の一件の黒幕が『聖祝宰』である事に気付いているように、『聖祝宰』もまた、それらの情報を『キーやん』が掴んでいる事を察知していた。
 にも関わらず堂々とした態度を崩さない『聖祝宰』。それだけ、自分は正しい事をしていると信じているのだろう。
 しばし無言のまま向かい合っていた二柱。やがて『キーやん』の方から口を開く。
「私に何か話があるそうですね、『聖祝宰』……」
「ええ、今日はお別れを告げに参りました」
「ほう……?」
 その言葉に『キーやん』はピクリと反応する。
 これまで『聖祝宰』一派の目的が分からなかったが、この会話の内容から、それを探る事が出来る。
「私は、『天使絶対の世界』を創世します」
「―――ッ!」
 ところが、『聖祝宰』は直球を投げ付けてきた。
 「創世」、彼は確かにそう言った。それはすなわち、造物主となり新たな世界を築き上げると言う事だ。それと同時に、現在の神族の枠組みから外れ、新しい世界の神となると言う事でもある。
 出鼻をくじかれてしまった『キーやん』は、負けじと直球を投げ返して反撃に出る。
「そう言えば、数日前に魔界が襲撃され、『宇宙のタマゴ』が強奪されたそうですね」
 創世を行うには『宇宙のタマゴ』が必要となる。それを作るには膨大な時間が掛かるため、現在天界には無かったはずの物だ。
 それが何故か『聖祝宰』の手元にある。『キーやん』は、暗に魔界襲撃の黒幕はお前だと言っている。
「天罰でしょうな」
 しかし、『聖祝宰』は動じる事なくしれっと答えた。
 自分が正しいと信じているため、いくら糾弾されようが、怯む事も動じる事もない。
「………」
「………」
 再び無言で向かい合う二人。『キーやん』は思った。創世を止める事は出来ないと。
「となると、これでお別れですね。貴方の創世が成功した暁には、その世界は独立した世界となり、我々の世界からは切り離されます」
「無論、覚悟の上。魔に屈する事のない、光溢れる世界を築き上げてみせましょう」
 その理想を語る『聖祝宰』の瞳には、一点の澱も無かった。自身の正義を信じ切っている目だ。
「……分かりました。下がりなさい」
「ハッ!」
 『キーやん』は会話を打ち切り、『聖祝宰』を下がらせた。
 そして真っ白な空間に一人になった後、やおら『聖祝宰』一派の名簿に目を通す。『キーやん』陣営における神族過激派の最大派閥だけあって、それなりの名が連ねられている。
 創世を始めると言う事は、そこに名を連ねた部下達は、皆新しい世界に連れて行くつもりだろう。
 そう、ここ数日、神族過激派が地上からぷつりと姿を消していたのは、創世が近いためである。最近の彼等の激しい動きは、言わばこの世界への置き土産であった。
 アシュタロス亡き後、神魔のバランスが大きく神側に傾いた世界。これを機に神魔の争いが激化し、『聖書級大崩壊(ハルマゲドン)』が起きれば、最終的に神側が勝つ可能性が高い。
 仮に世界が滅んでしまったとしても、創世に成功していれば『天使絶対の世界』が残るのだ。
 選ばれし者達のみが生きる光溢れる世界。正に『聖祝宰』の目指す理想郷である。
「もう少しだ……もう少しで、私の理想が実現する」
 真っ白な空間を出て、天界の神殿に戻った『聖祝宰』は、喜びのあまり、ぶつぶつと小声で呟きながら廊下を進む。
 そんな彼の姿を柱の影から覗く天使の姿があった。
「ええ、もう少しです。もう少しで理想の世界が実現しますよ……」
 翼を象った眼鏡をクイッと指で押し上げる、神経質そうな顔をした天使。その名は『天智昇』、その智を以て『天使絶対の世界』を実現させようとする、『聖祝宰』の片腕である。



 天界が風雲急を告げる頃、人間界で横島達がどうしていたかと言うと―――

「お母様の〜、オニぃ〜〜〜!」
「いや、しょうがないよ。向こうは向こうで色々やってるみたいだし」

―――冥子と共に数々の仕事をこなしていた。
 当然、屋敷の外に出る仕事ではない。六道夫人が令子達と共に情報収集に奔走している間、冥子は六道夫人の代理を務めさせられており、横島はボディガードとして彼女に付き添っている。
 この時点では、彼等もまだ平和であった。



つづく




あとがき
 六道家と六道女学院に関する各種設定。
 アシュタロスとの戦い以降、魔族の技術が人間界に伝わり、それを用いた最新鋭の装備が開発されている。
 テレサのボディは、素材は異なるが、マリアと同型。
 これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。

 なお、『聖祝宰』、『天智昇』の名前、及び外見は『ビックリマ○2000』からお借りしております。

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