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 08 女神の来訪


 六道夫人と共に神族過激派に関する情報を整理した日の晩、令子とエミは妙神山に行く事を決めた。
 妙神山への道程は、そこが日本である事が信じられなくなるような険阻な山道だ。神族過激派が活動している間は、道中襲われる可能性があるため、行く事が出来なかった。それも当然であろう。一歩足を踏み外せば命が無い人間に対し、天使は自前の翼で空を飛ぶ事が出来るのだから。
 しかしここ数日、神族過激派の動きがない。行くならば今がチャンスである。
「と言う訳でおキヌちゃん、妙神山に行くから準備して」
「は、はい、分かりました」
 令子達と一緒に妙神山に行けば、学校を休む事になってしまう。おキヌだけは六道家に残り留守番すると言う手もあるのだが、ここ数日学校では友人達から質問攻めに遭っていた彼女は、令子達と共に妙神山に行く事を選んだ。
「そう言えば、横島さん達も一緒ですか?」
「そうねぇ……連れてきたいけど」
「きっと、冥子も来るわよ」
 おキヌの問い掛けに、令子とエミは顔を見合わせた。冥子自身は、自ら好き好んで人外魔境である妙神山に出向くようなタイプではないが、ここは六道夫人が行かせるだろう。と言うのも、彼女はこのまま神族過激派がおとなしくしているとは考えていないのである。横島、令子、エミの三人を六道邸に迎え入れたのも、一箇所に集まって身を守りやすくすると同時に、冥子の安全を確保するためであった。
 妙神山に行くならば、半ば身内扱いとなっている横島を連れて行った方が話が早いのは自明の理である。そうでなくとも、彼はその神族過激派に家を襲撃された直接の被害者なのだ。三人が行くならば、冥子を一人残しては行けないだろう。
 ならば、横島一人だけ行かせれば良いのではないかとも思うが、これは令子とエミが認められなかった。ここ数日、全く状況が進展せずにやきもきしていたところなのだ。これ以上、人任せにして座して待つつもりはない。
 そんな感じで妙神山行きを決め、令子達は準備に取り掛かるのだが、結局これは徒労に終わってしまう。

「みんなー、おひさしぶりなのねー」

 令子達が荷物をまとめて妙神山に行く準備をしている最中、突如ヒャクメが空間を転移して彼女達の前に姿を現したのだ。


「は? ヒャクメが来た?」
 テレサ、冥子、それに横島の三人が、ヒャクメ来訪の報せを聞いたのは、冥子の部屋であった。こちらも妙神山に行く準備をしている最中だったのだ。
 横島の方の準備は、テレサがさっさと終わらせてしまい、二人で冥子の手伝いに来ていたのである。ちなみに、横島は冥子の下着を手に興奮し始めたので、テレサが殴って黙らせていた。
「はい、今回の件についてお話があるので、大広間の方に集まって頂くようにと」
「こりゃ妙神山行きの準備は無駄に終わりそうね……」
「良かったわ〜。私、寒いところ苦手だから〜」
 メイドのフミが呼びに来たので、テレサが横島を担いで四人で大広間に向かう。本心では険しい山道を登って妙神山に行きたくないと考えていた冥子は、嬉しそうに微笑んでいる。
 フミは、突然神族が来訪したと言う事で緊張していたが、テレサや冥子にはそんな様子はない。冥子の方はいつも通りなのだが、テレサは横島から彼女に関する話を聞いていたので「偉い女神様」と言うイメージがないのだ。

 途中の廊下で横島が目を覚まし、一行は大広間に到着する。メイドのフミがノックをし、三人に中に入るよう促すと、彼女はそのまま自分の仕事に戻ってしまった。
 三人が大広間に入ると、既にヒャクメ、令子、エミ、おキヌ、六道夫人が揃っている。横島達も席に着き、まずはヒャクメの話を聞く事にする。
「え〜っと、まず最初の話なんだけど、今回の一件はほぼ片付いたから安心するのねー」
「は?」
 ヒャクメの言葉に、一同揃って驚き、目を丸くする。無理もあるまい。解決したと言われても、そもそも彼等は訳も分からないまま神族過激派の襲撃に備えていただけに過ぎず、事情をこれっぽっちも理解していないのだ。
 しかし、令子はすぐに獲物を狙う肉食獣のような表情を浮かべた。その手にはいつのまにか神通棍が握られている。
「ヒャ〜ク〜メ〜?」
「ちょ、ちょっと待って! ちゃんと説明するから! その神通棍は仕舞うのねー!」
 神通棍を手に迫る令子の迫力に、ヒャクメは思わず椅子からずり落ち掛けてしまう。
 実は、ヒャクメはここ一週間ほど天界に戻って情報を収集していたため、令子達がどれだけ情報を掴んでいるかを知らなかったのだ。ヒャクメが考えている以上に、彼女達は五里霧中の状態にあったと言う訳である。
「それじゃイチから説明するのねー。この一件、裏で糸を引いていたのは『聖祝宰』と呼ばれる天使長よ」
「『聖祝宰』?」
 六道夫人が首を傾げる。彼女を含め、この場に居る横島、おキヌ、テレサ以外の面々は冥子も含めて世界の神話伝承に造詣が深いが、『聖祝宰』と言う名は聞いた事が無かった。それもそのはず、『聖祝宰』と言うのはあくまで通称であり、本来の名は別にあるのだ。神魔族の場合、あまりにも上位の相手はその名を呼ぶ事すらも憚られるため、本来の名とは別の「通り名」を持っている。神魔族の最高指導者が『キーやん』、『サッちゃん』と呼ばれているのも同じ理由だ。
 もっとも、『聖祝宰』は有史以来人間界に赴いた事がほとんどなく、あまり名の知られていない天使であるため、本来の名を聞いたところで六道夫人達も知らなかった可能性は高い。
「えっと、よく分からないんですけど、『天使長』と言うのは、どれくらい偉い人なんですか?」
「う〜ん……人間界だと例えるのが難しいけど、魔界で言うところの魔王級ぐらいかしら?」
 魔王級と異なるのは、天界は魔界と違い、いくつもの領地に別れている訳ではないと言う事だ。『キーやん』、『ブッちゃん』、『アッちゃん』と三柱の指導者がそれぞれ支配するエリアに分かれているが、そこから先は魔界のように細分化されていない。
 天使長はそれぞれ自らの神殿を持ち、そこに配下の天使達が集まり派閥を作っている。言うなれば、神殿が魔界で言うところの魔王級の領地であり、派閥は私兵軍団のようなものだ。
 魔界正規軍に相当する組織は存在しない。そのようなものがなくとも、天界は法と規律の下でまとまっているのだから。
 その話を聞いて、六道夫人は人間界で言うところの「政党」のようなものではないかと考えた。確かに似たような部分はあるかも知れない。
「つまり、その『聖祝宰』ってヤツの派閥が反デタント派で、最近の襲撃事件の犯人だと」
「反デタント派の中でも『天使絶対主義』を掲げている、かなり過激派なのね」
「聞くからに怪しい集団なワケ」
 ヒャクメは『ブッちゃん』の派閥に属するため、『キーやん』の陣営の事を何から何まで知っていると言う訳ではない。『聖祝宰』の派閥についての情報も、この一週間で必死に調べ上げたものだ。
 『天使絶対主義』と言うのは、文字通り天使は絶対的な存在であると信奉する派閥であり、帰依して仏となった鬼などが存在する『ブッちゃん』の陣営とは折り合いが悪い。魔族や、妖怪などは言わずもがなである。
 デタントを推進する穏健派の天使達に言わせれば、『魔女狩り』の時代から考え方が変わっていない、目の上のたんこぶのような存在である。それでいて派閥としては大きい方なのだから、まったく始末に終えない。

「なるほど、『聖祝宰』の派閥については分かったわ。それで、どうしたの? 解決したって事は、神族でそいつらをどうにかしたの?」
「あ〜……」
 ここでヒャクメは言葉に詰まる。
 彼女が言う「解決した」と言うのは、『聖祝宰』が宇宙のタマゴを使って創世を行うため、彼の派閥の天使達が全て人間界から撤退し、襲撃事件が発生しなくなる事を指す。神族過激派の動きに合わせて、殉教者部隊も動いていたが、こちらも既に行動を控えている状態だ。
 このまま創世が行われれば、『聖祝宰』の一派は新しい世界に移住し、三界との繋がりを断つ事になっている。つまり、三界から『聖祝宰』の一派がいなくなる事で、事態解決となる運びなのだが―――

「な、納得してもらえるかしら……」
「ん、何か言った?」

―――これは見方によっては『聖祝宰』一派の勝ち逃げに見える。事実、ヒャクメ自身もそう考えていた。
 神族同士で内輪争いをする訳にはいかないため『キーやん』がそれで手打ちと判断を下したのは分かるのだが、それで令子達は納得してくれるだろうか。
 六道夫人ならば、冷静に状況を判断し、それが落し所だと納得してくれるかも知れないが、令子とエミに関しては望み薄と言わざるを得ない。この二人がやられっぱなしで引き下がる人間ではない事は、ヒャクメも重々承知していた。
 横島もそうだ。彼も普段ならば戦いを回避出来るならばそれに越した事はないタイプの人間だが、『聖祝宰』一派は創世を行うために『天智昇』と他数柱の配下を使ってルシオラの城を襲撃し、宇宙のタマゴを強奪している。幸い、プロフェッサー・ヌルが名誉の負傷を負うだけで済んだが、その話を聞いてもなお、彼が冷静でいてくれる保証はない。
 手打ちになった経緯を説明するには、創世についても触れなければならない。
 しかし、令子達はアシュタロスが大量に所持していた宇宙のタマゴの存在を知っている。
 どこまで説明すれば良いのか。どこまで説明しても良いのか。ヒャクメは令子とエミに詰め寄られながら、なんとか考えをまとめようとして、しどろもどろになっていた。



 結局、ヒャクメは洗いざらい喋らされてしまった。

 令子とエミ、それに六道夫人も加わって三人掛かりで問い詰められれば、残念ながらヒャクメでは相手にならない。
 案の定、六道夫人は納得はしていないようだが、理解を示してくれた。そして、令子とエミが怒ったのも予想通りである。
「ルシオラの城が襲撃されたってどー言う事だ!?」
「ちょ、横島さん、落ち着いて!」
「ルシオラは! ベスパは! グーラーは! ハーピーは! 魔鈴さんは! ガルーダ達は! 皆無事なのか!? あの城にゃ、アンちゃんも居るんだぞ!?」
 対し、横島の反応は予想以上のものであった。ハーピーは微妙なところだが、それ以外は皆横島と懇意な者達ばかりなので仕方あるまい。
 何度も転移して逃げようかと考えたが、ここで納得してもらう事こそがヒャクメに与えられた役目であったため、それを放り出す訳にもいかなかった。まず『天魔界の火薬庫』、『三界の一人バルカン半島』である横島に「この一件は解決した」と納得してもらわねばならないのだ。これは神族の沽券に関わる大問題である。
 かつてアシュタロスはデタントにおける魔族のあり方を「茶番劇の悪役」と称した。進化し多様性を極めた生物達。惑星を飛び出すまでに発展した人類文明。それらがあまりにも貴重であるため、それを守るために滅んでもまた蘇り、永久に邪悪な存在であり続けなければならない。彼の言葉は一片の真理を突いている。
 しかし、それは神族にも同じ事が言えるのだ。言うなれば「茶番劇の正義の味方」、人間界を襲撃した悪役であってはならないのだ。見方を変えれば神族過激派も、彼等のやり方で誰よりも「正義の味方」たらんとする者達と言える。たとえそれが、今の人間界にそぐわないものであったとしても。
 今回の横島の家やルシオラの城を襲撃した一件は、その大前提を崩しかねないものだ。どう取り繕おうと襲撃した事実は消えないが、神族はなんとしても、この一件を早急に解決しなければならない。
 横島一人ならば何とかなったかも知れないが、この一件が解決するまで令子達は行動を共にするだろう。彼一人だけに接触するのは望み薄であった。横島達が本邸に、令子達が離れに泊まっているこの六道邸でさえ、ヒャクメが現れれば、令子達はすぐさまその霊感で察知するに違いない。

「だいたい、話聞いてたら『聖祝宰』の一派って、天界でも大罪人じゃない! なんで裁かれないのよ!?」
「そ、それは……」
 言葉を詰まらせるヒャクメ。それは、彼女自身も疑問に思っている事であった。
 何故、『キーやん』は『聖祝宰』を罰しないのか。『ブッちゃん』陣営であれだけの事件を起こせば、処罰されるだろう。仮に逃れられたとしても、その先に待っているのは堕天と、指名手配である。そう、メドーサのように。
 『聖祝宰』一派が巧妙に証拠を掴ませないのかも知れないが、それならそれで手の打ちようはあるのではないかとヒャクメは思う。
「それは私が聞きたいのねー……」
 ヒャクメの口から絞り出されるように紡がれた言葉は、紛れもない彼女の本音であった。

 ルシオラ達が無事な事を知り、とりあえず横島は落ち着きを取り戻してくれた。両隣に座るテレサと冥子に宥められている。
 令子とエミの二人もおキヌに宥められ、ここでヒャクメを責めても仕方がないと言う事は理解した。
「納得いかないわねー」
「でも、どうしようもないワケ」
 しかし、誰一人として納得してはくれなかった。冥子ですら「謝らずに逃げた」事は理解しており、怒りこそしないものの、納得はしていないようだ。普段ならば令子とエミの二人が不機嫌そうにしていれば宥めてフォローすると言うのに、今は難しい顔をして、それすらしようとしない。冥子と同じく普段は温厚なおキヌもまた、怒りを露わにしている。
 ヒャクメは泣きたくなった。そもそも、こんな結末で彼女達が納得してくれるはずがないのだ。
 更に言えば、『聖祝宰』一派にとって、人間界で多発させた襲撃事件も、この世界から去る前の最後の一暴れに過ぎない。つまり、横島の家は「ついで」で襲われた事になる。
 その事実を知ってなお納得しろと言うのか。これで事態を終息させようなど、土台無理だったのである。
「……ん、無理?」
 今、一瞬、頭の中で何かが引っ掛かった。
「ヒャクメ、どうしたのよ?」
「あ、ううん。なんでもないのねー。ちょっと待って、今連絡が入ったから」
 その時、ヒャクメがいつも持っているバッグ型の調査ツールに通信が入る。ヒャクメはそれをテーブルの上に置いて開くと、通信チャンネルを開いた。
「あー……」
 それは天界に居る同僚の調査官からの通信であった。相手を確認したヒャクメは、キョロキョロと周りを見る。
「席を外した方が良いかしら〜?」
「すいません。お願いするのねー」
 その様子を見て、機密に属する話だと考えた六道夫人は、皆を引き連れて一旦大広間から出る。
 そのまま廊下でしばらく待っていると、やがて通信を終えたヒャクメが扉を開けて顔を出す。
「お、おい、大丈夫か?」
「………」
 横島が心配そうに声を掛ける。この時、ヒャクメは顔面蒼白の状態になっていた。一体、どんな通信内容だったのかと令子達に緊張が走る。
「あ、あの、ヒャクメ様、どうしたんですか?」
 おずおずとおキヌが声を掛けると、茫然自失だったヒャクメは、ハッと我に返った。
「えーっと……中で話すのねー……」
 そう言って大広間の中に戻るヒャクメ。一同は顔を見合わせて戸惑いの表情を見せるが、いつまでもここに突っ立っていても話は進まない。六道夫人が、皆に中に入るように促した。

 改めて一同は席に着き、まずは令子が口火を切ってヒャクメに問い掛ける。
「で、一体何があったのよ?」
「ちょ、ちょっと困った事が起きたのねー……」
「困った事?」
 腕を組んだエミが眉を顰める。今の状況でも十分困っているのだ。これ以上何が起きると言うのか。
 ヒャクメは小さく息を吐き、覚悟を決めて口を開いた。

「『聖祝宰』の配下である『天智昇』が、宇宙のタマゴを持って行方をくらませたのねーっ!!」

「はぁ?」
 首を傾げる令子。他の面々も同じような反応だ。何が問題なのか分からないのだろう。
 この反応はヒャクメも予測していたようで、もう少し詳しく説明をする事にする。
「あのね、『宇宙のタマゴ』って文字通り新しい宇宙が生まれるタマゴなんだけど」
「それは知ってるわよ。それ使って『聖祝宰』が創世ってヤツをするんでしょ?」
「うん、そうなんだけどね……それをやるには色々と手順があるのよ」
「手順って、儀式か何か?」
 エミの問い掛けにヒャクメは肯定も否定もせずに苦笑いをした。
 確かに儀式は必要だ。そう言う意味では、肯定である。
 しかし、今回に関してはそう言うレベルの問題ではなかった。

「ちょっと考えてみて欲しいのねー。地球上で、新しい宇宙が誕生したらどうなるのかを

 その一言で、その場に居た全員が理解した。
 具体的にどうなるかは分からないが、地球がただでは済まない事は確かだろう。
 本来ならば、創世は新しい宇宙を誕生させる「場」を確保するために、何もない異空間で行わなければならないのだ。『聖祝宰』も、そうする旨を『キーやん』に伝えていた。
「だったら、なんで『天智昇』ってヤツが行方くらませてるのよ!?」
「わ、分からない、けど……」
 令子に問い詰められて、あたふたするヒャクメ。彼女は少しだけだが創世の儀式について知っていた。新しい造物主となる者がタマゴの中に入り、造物主が思うままの世界を創造するのだ。
 今回の場合は『天使絶対の世界』を創造するために、造物主となる『聖祝宰』以外に、彼に仕える天使達も一緒になってタマゴの中に入っているだろう。そして、彼等が入ったタマゴを創世の場に移動させる役割を担ったのが『天智昇』である。
「な、なぁ、ヒャクメ。もし、その『天智昇』ってヤツが人間界で創世をやったら、新しく生まれた宇宙はどうなるんだ?」
「た、多分、この世界を押し潰して誕生するのねー」
「それって要するに、神魔が入り乱れた人間界がなくなって、代わりに天使絶対の世界が生まれるって事だよな?」
「……そ、そうなるのねー」
「………」
「………」
 皆が無言となり、大広間はしんと静まり返る。
「それが目的かぁぁぁーーーッ!!」
「た、大変ですよ、それ!」
「下手すりゃ、アシュタロスの時より不味いワケ!」
 その次の瞬間、大広間は大騒ぎとなった。
 創世を以て、人間界から魔の勢力を―――否、人間界そのものを駆逐する。おそらく、それこそが本当の目的なのだろう。
「なんでそんな事考えるヤツが、天使長やってんのよ!? 魔族よりひどいじゃない!!」
「て言うか『キーやん』も止めんかーーーっ!!」
「ふ、二人とも落ち着いて……」
 興奮して手が付けられない令子と横島を宥めながら、ヒャクメはもう一つの可能性について考えていた。
 そもそも、『キーやん』は『聖祝宰』の企みを本当に見抜けなかったのだろうか。創世を利用して人間界を駆逐する。そんな企みを見逃すとは到底思えない。
 では、故意に見逃したのか。いや、それも考えにくい。そんな事をしては本当に人間界が滅んでしまうではないか。
 ならば、何故こんな事態に陥っているのか。ヒャクメが思考の迷路に陥り掛けたその時、冥子がポツリと何やら呟いた。
「『天智昇』さんも、うっかりさんね〜。宇宙のタマゴを持って行く場所を間違えるなんて〜」
「――ッ!?」
 ヒャクメはその言葉に衝撃を受けて目を見開いた。
 そう、そうなのだ。『キーやん』が見逃したのでも、『聖祝宰』が『キーやん』を騙したのでもない、考え得るもう一つの可能性。
 『聖祝宰』の影で、創世を利用して人間界を駆逐する「もう一つの創世計画」を立てた者。
「『天智昇』……」
 愕然とした表情で、ヒャクメはその名を呼ぶ。
 ヒャクメは確信した。『聖祝宰』の右腕である『天智昇』、彼こそが全ての黒幕だ。
 言われてみれば、証拠こそないものの、魔界に侵入し、配下の天使を使って宇宙のタマゴを強奪したのも彼だと言われている。
 それもこれも、全ては人間界から魔の勢力を駆逐するためなのだろうが……。
「それで人間界ごと滅ぼしたら本末転倒なのねー」
 疲れ切った表情のヒャクメの呟きが、虚しく大広間に響き渡るのだった。



 衝撃的な事実に絶句していた一同。真っ先に再起動を果たしたのは六道夫人であった。
「す、すぐにオカルトGメンに報せて〜、『天智昇』を捜してもらうわ〜」
 すぐさま美智恵に連絡をし、『天智昇』を捜索してもらう。こう言う時は民間GSよりもオカルトGメンの組織力や最高峰の装備が頼りになる。
「で、でも、本当にこの世界に居るの?」
「本当に創世を利用して人間界を滅ぼすつもりなら、地球上のどこかに潜伏している事は間違いないのねー」
 ヒャクメも再びバッグを開き、先程の同僚に通信をして、『天智昇』が人間界に潜伏している可能性について報告する。神族の方でも総力を挙げて『天智昇』を捜索しようと言うのだ。

「美神さん、俺達はどうしましょう?」
「どうするって言ってもねぇ……」
 こう言う時は、個人のGSの力ではどうしようもない。出来る事があるとすれば、『天智昇』が見付かった際にすぐに出発出来るよう準備をするか、オカルトGメンに出向いて捜索を手伝うかのどちらかだ。
 いや、もう一つある。
「六道家でも〜、総力を挙げて〜探して見るわ〜」
 オカルトGメン以外にも『天智昇』を捜索する組織があれば、そちらを手伝うと言う手だ。
 結局、令子とおキヌは美智恵と一緒にオカルトGメンの捜査に加わる事になり、横島とテレサは六道家の捜査を手伝う事になる。エミは魔法使いのネットワークを利用して、独自に調査してみるそうだ。場合によっては占いにも頼ってみるつもりらしい。
「それじゃ、私とおキヌちゃんはママのとこに行くから、何か分かったら報せてちょうだい!」
「了解っス!」
「あんた達より先に『天智昇』を見付けてやるワケ!」
 こう言う捜索は、世界規模の情報網を持つオカルトGメンが中心になる。
 六道家、魔法使いのネットワークで何か分かればオカルトGメンに連絡し、令子達もオカルトGメンで『天智昇』を発見したら、すぐさま横島達に報せる事を約束し、それぞれ別行動を開始した。
「私も一旦妙神山に戻ってみるわ。神族過激派が襲ってくる事は多分もうないと思うけど、一応気を付けて欲しいのねー」
「分かった。そっちで待ってるタマモ達によろしくな」
「伝えとくのねー」
 ヒャクメも一旦妙神山に帰還する事にする。
 このまま六道邸に留まって横島達を手伝うと言う手もあるのだが、神族である彼女は、やはり妙神山のような神聖な気に満ちた場所の方が本領を発揮出来るのだ。
 彼女もまた、何か分かれば横島達に連絡すると約束して、妙神山に転移で帰って行った。

「お母様〜、私達はどうするの〜?」
「六道家の方でも〜、卦を立てて見るわ〜。あとは〜、人海戦術ね〜」
 創世の儀式と言うからには、そこらの適当な場所で行えるものではないだろう。  『天智昇』が潜伏するとすれば、それなりに霊格が高い場所に違いない。そう推測した六道夫人は、六道家所属の霊能力者達を方々に派遣し、更には六道家のコネをフルに使って情報を集め始めた。
 そんな精力的に動く彼女の後ろ姿を見て、横島とテレサは顔を見合わせて口を開いた。
「こう言う時、俺達って……」
「全然役に立たないわよね……」
 そう、今の彼等には、後ろから応援するぐらいしか、出来る事が無いのである。



つづく




あとがき
 天界、魔界についての各種設定。
 六道家と六道女学院に関する各種設定。
 宇宙のタマゴと、それを用いた創世に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。

 なお、『聖祝宰』、『天智昇』の名前、及び外見は『ビックリマ○2000』からお借りしております。

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