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ぷちルシちゃんの挑戦 2


 人間の食事に慣れるため、特に横島の好む和食に挑戦しようとするルシオラ達。まずは料理の材料を手に入れるために近所の市場へと足を運んでみる事にする。

 立ち並ぶ店に行き交う人々、行き交う人々が魔族や妖魔の類である事を除けば人間界のそれと変わらぬ風景が広がっていた。
 魔界の文化は武器、兵器方面においては積極的に神界、人間界の技術を取り込み、魔界独自の技術も組み合わせて三界最高の技術を誇っている。
 しかし、その反面日常生活における文化レベルは神界、人間界のそれに比べて百年程遅れているのが現状だ。

「う〜ん、ないわねぇ…」
「あれなんかどうだ? 魚に似ていると思うが」
「あれは獣の類じゃなかったか? 確かに似ているけど」

 訂正、もうひとつ人間界の市場と異なるモノがあった。
 それは…そこに並ぶ品の数々が人間界のそれと、あまりにもかけ離れていると言う事だ。




「2人とも見て! そこにあるのジャガイモって言う野菜に似てないかしら?」
「うむ、確かに似ているな」
「よし、あれを買っておこう」
 ベスパは力強く頷いて、そのジャガイモを購入する。
 ベスパは普段もこの市場を利用するが、買って行く物と言えば蜂蜜、砂糖、そしてハニワ兵の燃料ぐらいなため、店主は少し驚いた表情を見せていた。

 実はこの界隈ではベスパはそれなりの有名人だったりする。
 なにせベスパ自身目立つ容姿の持ち主で、なおかつ知名度も高い。
 育児休暇を取ってからは服装も変えたのだが、当のベスパは意外な事におとなしい服装を好み、長いスカートで市場を闊歩する姿も知名度を上げるのに一役買っていた。

 巷で《子連れ未亡人》と呼ばれている事は知らない方が本人のためであろう。

 ちなみに、ベスパの買ったジャガイモらしきものだが、実は根菜などではなく、その正体はキノコの一種だったりする。





「そういえば…」
 ワルキューレが何かを思い出したように足を止めた
「どうかしたの?」
「今思い出したが、日本と言う国の男達は《ニクジャガ》なる料理を好むと聞いた事がある。おそらく横島も例外ではあるまい」
 そう言うと、ワルキューレは店頭に並べられていたタマネギらしきものを手に取りニヤリと笑う。ベスパとルシオラもすぐさまその真意に気付いた。
「なるほど、あたし達がその「ニクジャガ」とやらをマスターすれば」
「横島も安心して魔界に帰って来れるのね!」
 少し違う気もするが、当面の目的は決まった。三人はワルキューレの記憶を頼りに、手分けして「ニクジャガ」の材料に似たモノを探し始めるのだった。

 ちなみに、ワルキューレが手に取ったタマネギらしき物体は、魔界に生息するある動物の生首だった。魔界では珍味として重宝されている。



「調味料は日本酒…酒で代用できるだろう。砂糖はルシオラが使っているのがあるから良いとして…醤油とみりんは何かで代用せんといかんな」
 ワルキューレは市場中を探し回り、似た『色』の調味料を手に入れたが、色が似ているからと言って味も似ているとは限らない。



「ニンジンニンジン♪ あ、色といい形といい話に聞いたニンジンとそっくりね。おじさん、それ頂戴! そのウケケケーって笑ってる活きの良い奴!」
 ルシオラの見つけたそれは野菜ですらなく生き物だった。



「だから、牛ってのはこう、二本の角が生えてて大きい…」
「う〜む、北の湿原にそういうヤツがいたと思うが…」
「北の湿原だな!」
「あ、おい!」
 肉屋の主人が制止するのも聞かずにベスパは走り出した。
「いるけど、ありゃ体長10メートル以上はあるぞ…まぁ、ベスパの姐さんなら心配はないか」
 そう言って肉屋の店主は何事も無かったかの様に自分の仕事に戻るのだが、彼がベスパに教えたのは牛などではなく湿地に生息する巨大なトカゲだった。一応、魔界では食される生物なのだが、人間の口には合わないと思われる。





 その後、三人は合流しニクジャガの材料を持って帰路についた。

「お前達、味覚の調整を受けていないと言ったが味は感じるのか?」
「いや、知識と経験の問題だな。」
「食事そのものにあまり興味がなかったのよ、だから私は砂糖水、妹達はハチミツ以外摂取しなかったの」
 ベスパとルシオラは顔を見合わせて溜め息をついた。
「あたし達にゃちゃんと人間に近い味覚はあるし、食事を摂取する事もできるけど、同時にまったくの未知の領域でもあるんだよ」
「なるほど…」
 ワルキューレは思った、単なる食わず嫌いかと。

 あながち間違いでもないだろう。
 ルシオラ達三姉妹は身体構造上人間と同じ食事を取る事は不可能ではない。生まれた時からそうなのだが、アシュタロスがその目的を遂行するため、余計な事は考えない様にと思考を調整していたそうだ。そのため三人は食欲と言う物があまりなく、砂糖水や蜂蜜で満足し、人間の様な食事に興味を示さなかった。
 しかし、食欲と言う物は本能であり、魔鈴が良く言う健全な精神は健全な肉体に宿ると言う訳ではないが、パピリオを見事食事改善した小竜姫に言わせれば一度美味しい食事を味わえば、思考の調整など軽く吹き飛んでしまうとの事だ。
 元々一年限りの命であった三人にそれほど強力な思考の調整は行っていなかったのだろう。もしかしたら目的を果たした後を見越しての事なのかも知れないが、今となってはその真意を知る術はない。





 家に戻り、ワルキューレの指示の元「ニクジャガ」を作り始める三人。
 鍋にベスパが狩って来た『牛らしきもの』の油をひき、その肉を炒める。
 続いて肉に焼き色がつけば『ジャガイモらしきもの』、『タマネギらしきもの』、『ニンジンらしきもの』を刻んで鍋に放り込むのだが、生憎と『ニンジンらしきもの』はまだ生きていた。
「そのニンジン、活きがいいな」
「よし、私が絞めよう。そういうのはサバイバル訓練で慣れている。」
 ワルキューレの活躍により、無事その工程もクリアした。
 本来の肉じゃがの料理法にはない工程ではあるが、その辺りは臨機応変と言う事だろう、多分。

「あとは水を入れるんだったわね…」
「うむ、そして沸騰すれば火を弱め、調味料で味付けするのだ」
 ベスパが『魔界の酒』、『砂糖』、『醤油らしきもの』、『みりんらしきもの』で味付けをすると、何とも言えない匂いが部屋中に広がる。
 日本酒が手に入らないため、知り合いの奥さんから貰った地酒を使用したが、酒は酒なのでさほど変わらないだろうと気にせず鍋に入れた。
 何故か、背後で雑用をしていたハニワ兵がパタリと倒れる。

「あとは一時間ほど煮込むんだ」
「よし、それはハニワ兵にまかせよう。ハニワ兵、鍋を見ててくれ!」
「…ぽー」
 表情は変わらないので傍目にはわからないが、ハニワ兵は何故か嫌そうだった。





一時間後






「よし、完成ー♪」
「さっそく食べてみるか」
「そうだな」
 3人は何故か不気味なオーラを発してるような気もする『ニクジャガ』をそれぞれ装って席につく。

 ハニワ兵は既に逃げ出している。

「「「いただきまーす」」」
 そして、何の疑いもなくそれを口に運び…



一分後




 三人は仲良く洗面台の前に並んでうがいをしていた。
「お、おかしいわね…まったくの未知の体験だと言うのに、私の中に流れる何かが明らかにこれは間違っていると叫んでいるわ!」
 ルシオラの中にある横島の霊基構造が悲鳴を上げているのだと思われる。
「見た目はまともなのだが…」
「それが逆に恐ろしい。これは既に料理じゃない…兵器だ!」

 ちなみに、その兵器はハニワ兵の手により危険物として廃棄処分された。



「見た目だけ似ててもダメと言う事か…人間の料理、奥が深い」
「しかし、人間界の食材など…魔界で手に入れるのはほぼ不可能だぞ?」
「絶対に不可能とは言わんが、難しい事は確かだな」
 合法的に手に入れる方法があるとすれば、軍の任務で人間界に行った際に購入して魔界に持ち帰ると言う方法だが、人間界に行く頻度が魔界軍の中でも最も高いであろうワルキューレでさえ、そう頻繁に人間界に行ける訳ではない。
 妙神山になら自分の意志でも行けるのだが、その外に出る事は規則上許されていない。
 ベスパぐらいの力量となると自力で人間界へ行くと言う方法もあるのだが、やはり立場的には避けた方が良いであろう。



「うぅ…私は諦めないわ、愛する横島に手料理を食べてもらうその日まで!」

 こうして決意を新たにするルシオラ。
 デタント推進派から注目される彼女の動きが多くの魔族に影響を与え、魔界で人間の文化がブームを巻き起こすのはもう少し先の話である。










「考えてみれば…横島は今日、明日に魔界に来る訳ではないのだろう? 素直に魔鈴が戻ってくるのを待てばよかったんじゃないか?」

「「…あ」」




おわる



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