topmenutext『黒い手』シリーズ外伝>ぷちルシちゃん はじめての魔王会議 3
前へ もくじへ

ぷちルシちゃん はじめての魔王会議 3


 緊張するルシオラをよそに魔王会議が始まった。
 進行役の『ルー坊』が壇上に立ち、七十二柱の魔王級が席に就いている。その様は小学校の学級会かホームルームを彷彿とさせるが、ただ一つ、そこに並ぶ面々が異形の魔族である事だけが異なっていた。ルシオラは最前列に座り、右隣にはゴモリーちゃんが、左隣には遅れて到着したばかりのクロセルが陣取っている。体格の小さい者が前列に座る事になっているようだ。ゴモリーちゃんの隣にはシトリーが座っている。彼はかなり長身だが、それでも魔王級の中では小柄な部類に入るようだ。
「まずはゴモリー、無事ルシオラをここまで連れてきてくれたみたいやな」
「これぐらい任しといて。こんなかわええ子の子守なら大歓迎や」
 モニター越しにルシオラをここまで無事に連れて来たゴモリーちゃんを労う『サっちゃん』。魔界最高指導者に対しゴモリーちゃんはくだけた口調であるが、このニ柱はれっきとした親子である。
 流石に子守とまで言われてしまうと、ルシオラとしても色々と反論したくなるが、実際似たようなものなので、何とも言えない。
 それに、ルシオラ自身先程まで気付いていなかったのだが、魔王会議に列席するために領地を離れて単独行動する魔王級と言うのは、敵対者にとっては襲撃のチャンスでもある。特にルシオラは、アシュタロス亡き後の空白地を任された力の劣る新人魔王でありながら、デタント派の重要人物ときている。反デタント派にとって、彼女は再び魔界を戦乱の坩堝に叩き落とすための贄として、これ以上とない存在なのだ。ゴモリーちゃんがいなければ、ルシオラは先程のクロセルのように反デタント派の魔族に襲撃されて、無事にここまで辿り着けなかったであろう。

「ほな、ルシオラ。前に出てきてくれるか」
「あ、はい」
 『サっちゃん』に呼ばれて前に出て、教壇の上にちょこんと立つルシオラ。ノリは新入生と言うより転校生だろうか。新参者である事は確かなので、後者の方が近いかも知れない。
 教壇の方から教室を見渡してみると、異様な光景が目に飛び込んで来た。この教室に七十二柱の魔王級が集まっているのは言うまでもないが、その全てがパイプ椅子に座っているのだ。中には椅子が小さすぎて窮屈そうな者も居る。
 『ソロモン先生』が人間界に居たのは紀元前の話だ。それに対し、この教室はどう見ても現代のものである。つまり、この教室は人類の文明の変遷に合わせて改築されてきたと言う事になる。七十二柱の魔王級たちが『ソロモン先生』の下から巣立ったのは大昔の話だ。それでもなお「教室」に拘り続けていると言うのは、ルシオラには分からない事だが、何かしらの拘りがあるのだろう。
  「皆もう知っとるやろけど、この子がアシュタロスの後を継いで魔王見習いになったルシオラや」
「よ、よろしくお願いします」
 うわずった声で挨拶をし、ペコリと頭を下げると、他の魔王級達は拍手喝采で迎えてくれた。先程ルシオラの机の周りに皆が集まっていた時からそうだったが、皆ルシオラに対し好意的である。
 アシュタロス亡き今、残された娘は自分達が面倒を見なければいけないとでも考えているのかも知れない。皆が彼女を見る視線は、先程のアガレスやヴァサーゴのように自分の子供を見るそれに近いものがあった。
「まぁ、しばらくルシオラとこには客がぎょうさん来るかも知れへんけど、その辺のフォローは後で考えよか。ほな、席に戻ってんか」
「分かりました」
 ルシオラが席に戻ると、魔王会議は本題に戻る。議題はアロセスが『殉教者』、天使達を滅ぼした事についてである。
 この場合、『殉教者部隊』の三人については罪には問われていない。それに伴い、天使が滅んだ事が問題となっているのだ。
「アロセス、魔法界調査の任務中に天使と遭遇し、これを滅ぼした。相違ないな?」
「有りませぬ」
 名を呼ばれたアロセスはその場で立ち上がり、『ルー坊』の言う罪状に対し、その事実を認めた。
 実際に遭遇したのは殉教者部隊であり、滅ぼしたのは『殉教者』なのだが、それについてはどうでも良いようだ。アロセスの攻撃により、天使の魂が滅びた。この事実だけが重要視されている。
「この罪に対し、申し開きする事があれば述べよ」
「………」
 『ルー坊』の問い詰めに対し、アロセスは無言のままだ。このままではアロセスが処分されてしまう。そう思ったルシオラは思わず立ち上がり、彼をフォローしようとするが、それよりも先に隣のゴモリーちゃんが腕を伸ばしてきてルシオラを自分の膝の上に引き寄せると、その口を手で塞いでしまった。がっしりと捕らわれてしまったルシオラは身動き一つ取る事が出来ず、喋る事も出来ない。むーむーと呻き声を上げている内に、会議はどんどん進んで行ってしまう。
 そして、アロセスはこの罪に対し、静かに口を開いた。

「以後、気を付けます」
「はい、次の議題ー」

 それはあまりにもあっさりと終わり過ぎた。突っ伏したルシオラが、目の前の机にガンッと額をぶつけたのは言うまでもない。
 アロセスの方は平然としたものである。彼にしてみれば魔法界での任務が中途半端なところで終わってしまったが、今回の一件で横島に魔力の使い方を学ばせた功績により、お目当ての『華が如く』のDVDボックスは貰える事になっているのだ。
「そ、それだけ……?」
「おや、ルシオラはもっとキツい罰をお望みか?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
 あまりにも軽過ぎないだろうか。罰の重さ云々ではなく、ノリが。
「まぁ、抜け道越えした『殉教者』を滅ぼされたからと言って、神族もおおっぴらに抗議はできんだろ」
 ルシオラとゴモリーちゃんの背後で鷹揚に頷いているのは≪激怒の魔神≫アスモダイ。彼の言う通り、『殉教者』はデタントの抜け道であるが、神族はこれをおおっぴらに認めているわけではない。そのため今回のようなケースで神族過激派が魔界へと抗議しようものなら『殉教者』の存在を容認している事となり、彼等が逆に神族穏健派、すなわち神族の主流であるデタント派に処罰されてしまうだろう。あくまで、『殉教者』は末端天使の独断専行に過ぎないのだ。
「それって何かズルいような……」
「そないな事言うても、下っ端が人間界に出て行っとる数は、ウチらの方が多いやろしなぁ……」
 ゴモリーちゃんが膝の上のルシオラの頭を撫でながら苦笑している。
 神族と魔族、人間界で騒動を起こすのはどちらかと言えば魔族であろう。アシュタロスの言葉を借りるならば「茶番劇の悪役」、人間界において基本的に魔族は「悪」であり、神族は「正義」となる。神族が何かしたとしても、それは「神の奇跡」であり「正義の執行」となるのだから。
 本当は魔族こそが正義であり神族が悪――と言う訳ではない。両者はあくまでカードの裏表、人間達がどちら寄りの価値観で判断しているかの問題である。いや、この場合は「人間」と一括りで考えるのは間違いであろう。個人レベルで見た場合、加害者こそが悪なのだ、人間にとっては。だからこそ人間界は「神魔混合属性」であり、神族側に属する者、魔族側に属する者、或いはどちらにも属さぬ者と、多種多様な者達がひしめき合っているのである。
 結局のところ、アロセスが『殉教者』となった天使の魂を滅ぼした事は、デタント派である魔界正規軍の立場上、見過ごす事は出来ないのだが、神族過激派の方も知らぬ存ぜぬでしらばっくれている以上、どうしてアロセスを罰せねばならないと言う話になってしまうのだ。
 先程の完全に出来レースとしか言いようがないやり取りが行われたのは、形だけでもアロセスを罰したと言う事にするためである。

「ほな、次はその神族過激派の話でもしよか。『ルー坊』、例の物を皆にくばってんか」
「承知しました」
 『サっちゃん』の命を受けてルー坊が一枚のプリントを皆に配り始める。ルシオラはゴモリーちゃんが離してくれないため、彼女の膝の上でそのプリントを受け取った。内容を見てみると、そこには人間界の地名がズラっと並んでおり、地名の横にはそれぞれ「研究者」、「信奉者」、「魔導師」等の単語と数字が並んでいる。
「あ〜、増えたなぁ」
「これは……?」
 ゴモリーちゃんはこれに書かれているのがなんであるか分かっているようだが、ルシオラにはさっぱりである。
 ルシオラが疑問符を浮かべながら首を傾げていると、クロセルが事も無げな口調でそれが何であるかを教えてくれた。
「これは人間界で天使達に始末された人間のリストにゃ」
「ええっ!?」
 軽い口調であるが、その内容はとんでもないものだ。
「で、でも、神族が人間を攻撃するなんて、デタントの流れが……」
「……ルシオラは何か勘違いしてるんじゃにゃいかにゃ?」
「え……?」
 そもそも、デタントの目的は人間界が滅びかねない聖書級大崩壊(ハルマゲドン)を回避する事にある。そのため、神族と魔族が争う事を禁じている。しかし、神族同士、魔族同士の小競り合いを禁止するものではない。
 そしてもう一つデタントの盲点がある。それは、デタントのルールでは魔族と人間、神族と人間の争いも禁止してはいないと言う事だ。
「それでも、デタントって騒がれ出した頃から、あたし達は直接人間に手を下す事は控えてたんだけどねぇ……」
 プリントには手を伸ばさず、つまらなそうな口調で化粧直しをしながらぼやくシトリー。
 シトリーが言うのは概ね事実であった。ただし、ある程度上位の魔族に限定した話であり、デタント派でも末端の魔族もそうかと問われると即答出来ないのが、魔族の魔族たる所以である。
「やはり、原因は……アシュタロスでしょうね。あまり言いたくはありませんが」
「そうじゃな。アシュタロス亡き今、人間界の神魔のバランスは大きく神側に傾いてしもうた。これは神族にとっては人類有史以来のチャンスと言えよう」
「どういう事ですか?」
「アシュタロスがいなくなった事で、神族の勢力が強まったって事よ」
「それ故に、横紙破りをしてでも一気に魔の勢力を駆逐しようと言う連中が現れたのでござろう。魔法界に殉教者部隊が攻めて来たのも、おそらくそのためでごじゃりまする」
「つまり、人間界の魔族側に属する人間を始末して回ってる神族がいるって事ですか?」
 『ルー坊』が配ったプリントには十数ヶ所の地名が書かれている。「研究者」等の単語の隣に書かれている数字は始末された人数だ。これによると既に百人近くの人間が始末された事になる。おそらく単独犯ではあるまい。
 魔に属する者を粛清していく者達、ルシオラは身震いする思いであった。片腕が魔族化している横島も、それ以外は人間だ。彼も狙われる可能性があると考えると尚更だ。
「ああ、ちなみにそこに書かれているのは確認が取れた者達だけです。土着の妖怪が魔族寄りと言う事で粛清の対象になっていたりしても、こちらでそれを感知する事は出来ませんので。実行犯が何者であるかも不明です」
「そうは言うけど『ルー坊』、十中八九『聖祝宰』とこの天使でしょ? あいつら絶対やってるに決まってるじゃない」
「……まぁ、それ以外考えられませんね」
 シトリーの言葉に『ルー坊』は同意し、皆からの反論もない。彼女と同じ事を考えていたのか、皆大きく頷いている。
「え〜っと、さっきも聞いた名前ですけど、『聖祝宰』って誰ですか?」
 ただ一人、ルシオラだけは『聖祝宰』が一体誰なのかを知らず、話について行く事が出来なかった。
「そうでしたね。では、まず神族過激派について説明しましょうか」
 そう言って『ルー坊』はチョークを手に取り、黒板も使って説明を始める。その様はまさに学校の授業だ。
 『ルー坊』の説明によると、『聖祝宰』と言うのは『キーやん』配下の天使長の一柱であり、神族過激派の重鎮だそうだ。神族過激派のトップではない。神族過激派と一口で言っても色々な派閥があり、中でも『聖祝宰』の一派は『天使絶対主義』を掲げる特に過激なグループとして知られている。
「天使絶対主義?」
「天使以外全部見下してる連中よ」
 彼等にとっては天使こそが至上であり、竜神族のような他の神族も格下として見ているそうだ。かつては神族だった者達が、彼等によって魔族に追い落とされてしまったと言う例も少なくはない。
 彼等は天使により人間界を神属性に染め上げる事を目的としており、行動力に関しては神魔族の中でも指折りであると言えるだろう。
「魔界に侵入しようと試みていると言う報告もあります。奴等にはデタント派も反デタント派も関係ないでしょう」
「フンッ! 魔族と言うだけで敵と言うわけか、警戒態勢を強化するよう通達しておこう」
「お願いします」
 アスモダイは、すぐに警戒態勢を強化し、天使達の魔界侵入にいち早く気付けるよう、監視も増やす事を決定した。魔王会議では生徒側に座っている彼も、魔界正規軍では大総統だ。このような命令は彼が下す事になっている。
「で、でも、なんでわざわざ魔界に? 目的は人間界を神属性に染め上げる事なんですよね?」
「天使と言うのは、目的のためには手段を選ばず、殉教をいとわにゃいけど、目的がにゃい事は絶対にしにゃい……何か目的があると見ていいにゃ」
「目的、ですか……分かりました。そちらについても調査させましょう」
 おずおずと問うルシオラにクロセルが答え、それを聞いた『ルー坊』は、二人の言う通り、天使が魔界に侵入しようとしているならば、その目的を知る必要がある事に気付いた。これは情報部の長官である彼の仕事である。
 一方、シトリーは神族過激派の動きで仕事が減りそうであった。
「あたしの方は、しばらくあの子達を人間界に行かせるの控えた方がいいかしら」
「そうかも知れへんなぁ、『殉教者部隊』ならともかく、天使とかと鉢合わせになったら逃げるしかあらへんし」
「そうなるわよねぇ……ハァ、退屈になりそうだわ」
 デタント派として、人間界で部下と神族が戦うような事態は避けなければならないのだ。自身の仕事が減るのは大歓迎だが、部下に任せる仕事までなくなってしまうのはつまらないとでも考えているのだろう。
「ああ、それなら一つ仕事してもらおうか」
「……え゛」
 シトリーが驚きの表情で振り返ると、常に強面のアスモダイが珍しく笑みを浮かべていた。
「『ルー坊』、先程のルシオラの護衛の件なのだが、幸いにも暇になるヤツがいるらしいぞ」
「おお、それは渡りに船と言うヤツですね」
 『ルー坊』の方もノリノリでゴモリーちゃんに代わるルシオラの護衛をシトリーに任せる事にする。
 何を押し付けられるのかと戦々恐々としていたシトリーだったが、ルシオラの護衛だと聞き、胸を撫で下ろした。
「……ああ、仕事ってそれの事なのね。いいわよ、ウチの部隊総出でやってあげるわ」
「いいんですか?」
「フフッ、子供が遠慮するんじゃないわよ。ワルキューレもいるし、あんたも気楽でしょ」
「そりゃまぁ、そうですけど……」
 言葉を濁すルシオラ。そんなに世話になって良いのかと言う疑問もあるのだが、魔族同士が魔界の流儀に遵って睨み合っているだけならともかく、神族過激派の天使が魔界への侵入を試みているとなれば、ゴモリーちゃんやシトリーのような魔王級の力を借りなければならない。
「でも、大丈夫なんですか? シトリーさんだって自分の城があるんだし」
「平気よ、ウチのコなら天使の襲撃ぐらいかる〜く追っ払うわ」
「はぁ……」
 それはすなわち、シトリーの私兵はルシオラやベスパよりも強く、天使が攻めてくるとしてもシトリーの留守を任せられると言う事だ。冗談や誇張の類などではないのだろう。それだけルシオラ軍が魔王級の私兵としては未熟だと言う事である。
 ヌルのゲソバルスキー軍団を配下にした事で中断していたが、ルシオラ軍を更に強化しなければならないのかも知れない。ルシオラは、帰ったらベスパに相談しようと考え始めていた。
「え〜、ルシオラちゃんの面倒ならウチがちゃんと見るのに」
「い、いや、お前は一度帰っておけ。領地の方に全く連絡入れてないそうじゃないか。本部の方に問い合わせが来たぞ」
 ゴモリーちゃんは当然の如く引き続きルシオラを守ると主張したが、それはアスモダイが止めた。『ソロモン先生』の下で教えを受けていた頃の思い出のせいか、大総統であるにも関わらず及び腰だったが。しかし、ゴモリーちゃんの方も、領地の話を持ち出されてはそれ以上わがままを言うわけにはいかず、シトリーとの交代を承諾する。
「ルシオラちゃ〜ん、ウチの事忘れんといてなぁ。豹のおばちゃんにイビられたらいつでも助けに行くからなぁ」
「……あんた、ケンカ売ってんの?」
 名残惜しそうに膝の上のルシオラをぎゅ〜っと抱き締めるゴモリーちゃん。シトリーの方はこめかみをひくつかせていたが、ゴモリーちゃんはそんな事おかまいなしだ。
 それを見て、モニターの向こうの『サっちゃん』が大きな溜め息をついた。
「まったく、ウチのアホ娘は……『ルー坊』、他に話す事はあるんか? なかったら、お開きにするで」
「ハッ、後は……そうですな、アロセス! 天使の魔界侵入に対する警戒はそなたに任せる!」
「それが実質の懲罰となるわけでございますな。お任せあれ」
「ウム、ではこれにて魔王会議を閉会する!」
 手短にアロセスへの命令を済ませると、『ルー坊』はさっさと魔王会議を終わらせてしまった。ゴモリーちゃんとシトリーのケンカが始まりそうだったからだ。シトリーは半分、心は女性であるため、他の七十二柱の魔王級達に比べ、ゴモリーちゃんと昔から仲が良いのだが、同時に親しいだけに些細な事が原因でケンカになる事も多かった。そのため皆、このような時はどうすれば良いのか分かっているのだ。
「では、ワシらは帰るとするかの」
「すいません、お義父さん。私はまだ仕事が残っておりますので」
 アガレスとヴァサーゴが席を立ったのを皮切りに、他の魔王級達が次々と教室を出て行ってしまう。後に残されるのはシトリーとゴモリーちゃん。そして、彼女の膝の上のルシオラだ。
「え、ちょっと、肝心な時に助けてくれないの!?」
 他の魔王級達にしてみれば、ルシオラは守りたいが、それ以上にゴモリーちゃんが怖いのだろう。『サっちゃん』の娘だから等は関係なく、七十二柱の紅一点として他の魔王級達と渡り合ってきた彼女の性格を恐れているのだ。
「それじゃ、ルシオラはオイラと一緒に帰るのにゃ」
「……あ、クロセルさん!」
 訂正、他にももう一柱教室に残っていたようだ。クロセルである。
 どうやら他の魔王級達も、クロセルが残っているからこそ、安心してルシオラを放って避難したらしい。
 クロセルはその小さな身体を利用してゴモリーちゃんの懐に入り込み、ルシオラの手を引いてさっさとその場から彼女を連れ出してしまった。
「シトリーは部下の呼び戻しとか領地への連絡とか、色々しにゃきゃにゃらにゃい事があるから、オイラが城まで送って行くにゃ!」
「さっすが、デタント派屈指の武闘派ですね!」
「それは関係にゃいんじゃにゃいかにゃ〜」
 睨み合うゴモリーちゃんとシトリーは放置して、クロセルはルシオラを連れて走り始める。傍目には小さな子供が猫を追い掛けているようにしか見えない。そのまま本部の屋上に出ると、クロセルはそこから例のカバのような姿をしたドラゴンの背に飛び乗った。
 続けてドラゴンの背中に飛び移るルシオラ。ドラゴンの背は氷竜の一種なだけあってひんやりとしていたが、我慢できない程ではない。遠目には分からなかったが、その表皮は動物のカバと違って小さな鱗で覆われている。かなり大きな体躯を誇るドラゴンであるため、小さなと言っても、その一枚がルシオラの顔ぐらいの大きさがありそうだが。
「あの〜、帰りも襲撃されるなんて事は……」
「大丈夫、大丈夫。そんにゃ事、心配する必要はにゃいにゃ」
 心配そうに問い掛けるルシオラに対し、笑って答えるクロセル。ルシオラはほっとした様子だが、クロセルの言う「心配の必要がない」と言うのが、「襲撃される心配がない」ではなく、「襲撃されても撃退できるから心配いらない」と言う意味であるとは気付かなかったようだ。
 ルシオラが自分の間違いに気付くのは、ドラゴンが飛び立ってから十分程経った後の話である。



「……あ〜、死ぬかと思ったわ」
「そうかにゃ? 今日は来る前が多かった分、帰り道は大した事にゃかったにゃ」
「いや、十分スゴイですって」
 クロセル狙いかルシオラ狙いかは分からないが、ルシオラ達が反デタント派魔族の襲撃を乗り越えた時には、ルシオラの髪は乱れ、ぼさぼさ頭になってしまっていた。
 魔王会議が始まる前にクロセルが戦っているのを遠目に眺めていたが、まさか百体を越える魔族に囲まれていたとは思わなかった。いや、少なくとも百体以上だ。先程クロセルを襲撃した魔族が軽く百体を越えていたのだから。
「て言うか、何なんですか、あの戦いは。魔王になるからには、あれぐらい出来なきゃダメなんですか?」
「いや、人それぞれだと思うにゃ」
 ルシオラは先程の戦いを思い出す。まず、クロセルが片手を上げると同時に嵐が起きた。更に雲間から雹が降り注ぎ、周囲の悪魔達を狙い撃ちにしていく。そしてトドメとばかりにクロセルが構えた手に氷の剣が生まれ、刃がぐんぐんと天を突く長さまで伸び、クロセルはその巨大な氷の剣で悪魔の軍勢を一薙ぎに両断してしまった。
 圧倒的と言う言葉すら生温い。あれはもはや戦いなどではなく蹂躙である。
「ルシオラはまだ子供にゃんだから、これから精進するにゃ」
「うぅ……」
 つまり、ルシオラが魔王級として本当の意味で一人立ちするためには、ルシオラ軍を揃えるだけではなく、彼女自身も強くならなくてはいけないと言う事だ。これもベスパに相談するべきだろうか。ヌルあたりが裏技を知っていそうな気がするが、彼に相談するのは気が進まない。
「ム、あれがルシオラの城かにゃ?」
「え? 白い城だからよく目、立……つ……?」
 クロセルが指差す先に視線を向けたルシオラの声がかすれる様に消えてしまった。
 魔界の空の下、ぼんやりと白く光って浮かび上がるような白亜の城。アシュタロスの遺したその城から幾筋もの黒煙が立ち昇っていたのだ。
「い、急いでください!」
「わ、分かったにゃ! しっかり掴まってるのにゃ!」
 ルシオラに促され、クロセルはドラゴンのスピードを更に上げて城へと向かう。流石にゴモリーちゃんのラクダ程のスピードは出ないが、それでもルシオラがクロセルにひしっと掴まっていなければ吹き飛ばされてしまいそうなスピードだ。
 クロセルは城門前にドラゴンを着陸させると、白い大きな翼を広げて城門を使わずに城壁の上から城へ入ろうと羽ばたいた。ルシオラはその足に掴まり、ぶら下がった体勢となる。当然、城壁とその上にはヌルが張り巡らせた結界があるのだが、クロセルはまるでそこに結界が存在しないかのように容易く結界を破って中に入ってしまう。
「こ、これは……」
 城内に降り立ったルシオラの目に飛び込んできたのは破壊された庭園だった。美しかった庭園が見るも無残な姿に変わり果てている。
「……グーラーっ!」
 魔鈴の家が中庭にある事を思い出したルシオラは、いても立ってもいられずに駆け出した。クロセルもその後に続く。
 ルシオラが魔鈴の家の前に到着すると、そこには血塗れのヌルが横たわっていた。いつもの人間の姿ではなく本来のタコの姿に戻っている。
「ヌル! しっかりしなさい、ヌル! 一体何があったの!?」
「フッ……ラヴ・ウォリアー、愛故に散る……ガクッ」
 ルシオラの言葉に応え、一度は顔を上げたヌルだったが、イイ笑顔でサムズアップした直後に再び倒れてしまった。タコの足でどうやってサムズアップしているかは謎だ。周囲の状況から察するに、ヌルは襲撃者からグーラー達を守っていたらしい。何とか生きてはいるが、満身創痍の状態だ。
「ルシオラさんかい?」
「グーラー、無事だったのね!」
「ああ、ガルーダ達も、アンもここにいるよ」
 その時、魔鈴の家からグーラーが顔を覗かせた。こちらは無事のようだ。ヌルがその言葉の通り魔鈴の家に避難した者達を守り抜いたのである。
「こいつは……天使にゃ! 天使が攻めて来たんだにゃ!」
 クロセルが大声でルシオラを呼ぶ。ルシオラが振り向くと、クロセルの手には一枚の白い羽根が握られていた。クロセルの物ではない。当然ヌルの物でもなければ、ガルーダの物でもない。そう襲撃者の物だ。
「天使、ですか?」
「ウム、この羽根は間違いにゃいにゃ!」
 魔王会議で言っていた魔界に侵入しようとしている天使達なのだろう。彼等は既に魔界に侵入していたのだ。グーラーもヌルが天使の猛攻から身を守っているのを見ていたらしく、「ありゃ天使だったよ」とクロセルを援護射撃する。
 それでヌルが満身創痍になっている訳が分かった。ヌルは相手が天使であるため、自分から攻撃する事が出来なかったのだ。

「姉さん、帰って来てたのか」
「ベスパ!」
 背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこにはベスパ、ハーピー、魔鈴の姿があった。こちらは魔鈴がいたため防戦一方とはならなかったようだが、三人ともボロボロである。
「一体何があったの?」
「姉さん、すまない……」
 ガクリと膝を突いたベスパがポツリ、ポツリと語り出した。ルシオラの留守中に三柱の天使が奇襲を掛けてきたらしい。
 彼女の話によると、この城にはまだルシオラ達が知らない隠し部屋が地下にあったそうだ。天使達の目的はその地下室に眠るアシュタロスの遺産だったようで、ニ柱が地下室目指して城に飛び込み、一柱が中庭の小屋にいる者達を粛清すべく小屋の前に立ち塞がるヌルに猛然と襲い掛かったそうだ。
 ベスパ達は城内に入った天使達を追ったが、ベスパ達はデタントの流れを守るために直接手を下す事が出来ず、魔鈴をメインに、ベスパとハーピーがサポートに回るしかない。それに対して天使達はデタントの約束事など守るつもりはないと言わんばかりに猛攻撃を仕掛けてきた。デタント派であるベスパ達は攻撃が出来ず、反デタント側の天使達は一方的に攻撃が出来る。こんな不公平な戦いはない。弱体化のため当然まともに戦えばベスパの敵ではないが、手を出せないハンデは余りにも大きすぎた。こうして全員が無事である事を喜ぶべきであろう。
「天使達はもう退いたのかにゃ?」
「は、はい、地下室から目的の物を奪取すると、そのまま……」
「……一体、何が盗まれたの?」

「アシュ様は、地下室に一つだけ隠し持っていたらしい」
「何を?」
「私達もよく知っているもの……『宇宙のタマゴ』を奪われちまった……ッ!」

 魔鈴は沈痛な面持ちだが、クロセルはおろか、盗まれた現場にいたハーピーでさえも『宇宙のタマゴ』が一体何であるかが分かっていない。
 当然、宇宙のタマゴの重要性を知るルシオラは、ベスパの報告を聞いて顔を青くしていた。
「ム〜……難しい事はよく分かんにゃいけど、とりあえずベスパは魔界正規軍本部に連絡するにゃ」
「え、あ、ハイ、了解しました」
 クロセルとベスパは、直接の上司、部下と言うわけではないが、ベスパが魔界正規軍に所属していた頃に面識があった。
 天使が襲撃してきた事は、すぐにでも魔界正規軍に知らせねばならないため、ベスパは疲れた身体を奮い立たせて、魔界正規軍本部に連絡するために城へと戻って行く。
「とりあえず、シトリーと部下が到着するまでは、オイラが城を守るから安心するにゃ」
「お願いします、クロセルさん」
 そしてクロセルは、シトリーがワルキューレ達と到着するまで、この城に留まってルシオラ達を守る事となった。
 流石にゴモリーちゃんとのケンカが長期戦になる事はないだろうが、部下達をまず呼び戻さなければならないため、場合によっては到着が明日以降になる可能性があるのだ。
 何にせよ、今はベスパもハーピーもヌルも戦える状態ではない。クロセルがここに留まってくれるのは、ルシオラにとって非常に有り難い事であった。



 一方その頃、ルシオラの城を襲撃した三柱の天使達は既に魔界を去り、天界、魔界、どちらにも属さぬ冥界で、もう一柱の眼鏡を掛けた天使と合流していた。彼こそが今回の計画の首謀者であり、三柱の上官である。
 流れる金色の髪は羽ばたく翼を彷彿とさせ、眼鏡もまた翼を模っていた。頭上には四つの天使の輪が絡み合うようにして浮かんでおり、手には煌びやかな杖を所持している。クイッとズレた眼鏡を指一本で直す仕草も合わせて、何とも神経質そうな顔の天使であった。
「『天智昇』様、宇宙のタマゴの奪取に成功しました」
「おお、これが宇宙のタマゴか……!」
 宇宙のタマゴを手渡された『天智昇』は感激した様子だ。
 アシュタロスが作った容器に納められており、直接触れる事は出来ないが、これを手に入れる事が出来た喜びの前にはそのような事など些細な事である。
「それでは、追っ手が掛かる前に天界に帰還しましょう」
「ウム、そうだな……帰るとしよう。ただし、私だけだがね
 突き出された『天智昇』の手が光ると同時に、タマゴを手渡した天使の背中で小さな破裂音が鳴った。それは『天智昇』の放った攻撃が、天使の腹を貫いた音だ。
 数秒後、自分が貫かれた事にようやく気付いた天使が口から血を吐いて崩れ落ちた。それと同時にその天使の身体が光の粒子となって霧散していく。今、この天使の魂が滅びたのだ。
「なっ、て、『天智昇』様!」
「魔界に潜入し、魔王の居城に殴りこみ、住人を傷つけ、そして宇宙のタマゴを強奪する……デタントのルールを破った事により堕天してしまっては、手を下そうにも、私の方にもリスクが発生してしまう。堕天する前、神族の小競り合いで済む内に粛清させてもらおう」
「そんなっ! 我々は『天智昇』様の命令に従い――」
「フッ、君達には感謝しているよ。おかげで私が堕天すると言うリスクを回避する事が出来た」
 『天智昇』が杖を振るうと同時に、一柱の天使の胴体が横薙ぎに消し飛ばされる。残された一柱の天使はじりじりと後ずさりしてその場から逃げ出そうとするが、そう簡単に逃がしてくれるはずがない。
 すぐさま追いつくと、『天智昇』は霊波砲を放ち、天使の首から上を容易く吹き飛ばしてしまう。
 三柱の天使が滅び、その場には宇宙のタマゴを手にした『天智昇』だけが残された。魔族の追手はまだない。
 実行犯である三柱の天使が滅んだ今、『天智昇』がこの場を離れてしまえば、魔族達は宇宙のタマゴを追跡する事が出来なくなってしまうだろう。これこそが、『天智昇』が当初から立てていた計画である。
「ククク……これでいい、これでいいんだ……クッ、ククク……ハーッハッハッハッ!」
 宇宙のタマゴを両手で掲げ、堪えきれずに笑い始める『天智昇』、大きく、それでいてどこか虚ろな笑い声が、冥界に木霊していた。



おわり




 言うまでもない事ですが、作中の≪ソロモン王と七十二柱の悪魔(精霊)≫の設定は『黒い手』シリーズ独自の設定です。
 あえて性格、外見、或いはその両方を伝承の解釈をちょっと曲げて書いております。

 また、魔界正規軍、及び魔界正規軍本部に関する設定は『黒い手』シリーズ独自のものです。

 それと、神族過激派についですが、実際に伝承に存在する天使の名前を使うわけにはいかないため、別の所から名前だけをお借りしています。性格も原作のイメージを考慮していますが、『黒い手』シリーズオリジナルのものとなっております。

 ご了承ください。


前へ もくじへ