topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.10
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「木乃香さん、あなたのために花屋一軒分買い占めてきました!」
 本当にしてしまうのが、蔵人醍醐の恐ろしいところである。
 自分の身体よりも大きい花束を抱えてその男は現れた。
「え〜、そんなのもろても飾る場所あらへんわ〜」
「フッ、それもそうですね。こんなものはポイしてしまいましょう」
 それをあっさりと断ってしまう木乃香も凄いが、花屋一軒分の花束をあっさりと投げ捨ててしまう醍醐も凄い。
 そのまま二人は噛み合っているようで致命的にどこかズレている会話を続ける。木乃香の隣の横島はへたに会話の内容が聞こえてしまうため、何とかそれを理解しようとして頭を抱えていた。

 もう一つ凄いのは、醍醐が木乃香の隣にいる横島について全く触れないことだ。
 「近くに居る」のではなく「木乃香の隣に立っている」にも関わらず、醍醐の視界に横島は入っていないようだ。耳だけでなく目も不都合なものは認識しないという風に独自の進化を遂げている。
 このままでは埒があかないと、横島は木乃香に目配せをして彼女に自分を紹介してもらうことにした。
 マシンガンのように喋り捲る醍醐相手にそんな隙があるのかとも思ったが、木乃香は着物の懐から玄翁、いわゆるトンカチを取り出すといきなり醍醐の頭に一撃。そして、醍醐が頭を揺らしている隙に横島の腕を引いてにこやかに紹介し始めた。鮮やかな手際である。
「おや、貴方は…」
「どうも、お久しぶりです」
「……………ああ、思い出しました。先日伺ったレストランのウェイターですね」
 しかし、醍醐は横島の事を覚えていなかった。
 忘れていたのではない、最初から本当に覚えていないのだ。

「蔵人はん、こちらの方はウチの知り合いのGSで…」
「ほう、ウェイターとGSの二足の草鞋ですか。GSは命がけの仕事、あまり兼業は感心しませんね」
 GSと破魔札製作職人と人生芸人を兼業している醍醐の言う台詞ではない。
 そして横島はウェイターではない。兼業に関してはGSと学生を兼業しているので大きな事は言えないが。

「ああ、もしかしてサインかい? 有名人は辛いね、まったく」
「いや、そうじゃなく…」
 まったく話が通じない。醍醐の中では自分と木乃香のお見合いを妨害する者など存在しないのだろう。
 どうすれば話が進むのかと頭を悩ませるが、まずまともに意思疎通をする方法が思い浮かばない。
 そうやって横島が唸っていると、その間に醍醐が次のアクションを移した。木乃香が腕に抱いていた人形を褒め始めたのだ。そう、チャチャゼロだ。
「おやおや、可愛らしい西洋人形ですね」
 にこやかにチャチャゼロの頭を撫でる。人形の振りをしなくてはならないためにチャチャゼロはされるがままだ。明らかに嫌な顔をしている。
「しかし黒一色とは華やかさに欠けるね、木乃香さんには着物を着た日本人形が似合う! そうだ、今度ウチにあるのを一体送りましょうか? 髪が伸びるから、色々な髪型が楽しめますよ。今はソウルフルにアフロになってます
 その人形は明らかに呪われている。いや、今は醍醐を呪っているかも知れない。
 しかし、ハッハッハッと朗らかに笑う醍醐にその自覚はないらしい。


「…チャチャゼロのヤツ、『ハヤク殺レ』と送ってきてるぞ」
 少し離れたテラスから木乃香達の様子を伺っているエヴァ達。
 チャチャゼロから念話の連絡が来たので真名に醍醐を狙撃するように促すが、当然真名は良い顔をしない。
「カタギをいきなり殺るのは拙いだろ」
 醍醐はGSとして表舞台に立っているれっきとした『こちら側』の人間なのだが、真名から見れば素人同然らしい。いや、同じ『こちら側』の人間として同一視されたくなかったのかも知れない。
 念のためにとライフルを持って来た真名だったが、彼女が沈黙を保っていると、次に刹那が動き出した。こちらも良い塩梅に暴走している。
「真名、お前が殺らないなら私が殺る!」
「素人がライフル狙撃なんてできるわけないだろう」
「し、『神鳴流は武器を選ばず』!」
「限度があるだろう、常識的に考えて…」
 武器を選ばないと言っても、それは白兵戦用の武器の話だ。飛び道具に関しては真名の言う通り門外漢である。
 がっくりと肩を落とす刹那、対する真名は呆れた表情で醍醐を見ていた。
「しかし、あんな人種が実在するんだな」
「安心しろ。数百年生きてきた私でも初めてだ」
 真名は他のクラスメイトと比べて『人生経験』については色々と豊富な方で、様々なタイプの人間を見てきたつもりだった。が、蔵人醍醐のようなタイプは初めてだった。
 TVは見ても醍醐が出演していた所謂バラエティは好まないので彼についての予備知識がない。そのせいか戸惑いの度合いは相対している横島より大きい。
 あんな男だと言うのに己の未熟さを突き付けられたかのような気分だ。

「刹那もいい加減に落ち着け。私達の目的は見合いを失敗させることで、あの男を亡き者にすることじゃないだろう」
「わかっている、わかってはいるが…」
 そして、こんなに落ち着きを失っている刹那を見るのも初めてだった。
 愛用の仕込み刀『夕凪』を腰に佩いているのがその証拠。普段の彼女ならば『夕凪』は刀袋に入れて背負っているはずなのだ。それを腰に佩いているのは警戒心を全開にした臨戦態勢の証である。

 そんな益体もつかないやり取りをしている内に醍醐が木乃香を連れて場所を移動し始めた。相変わらず横島の存在を全く認識していない。
 いかに横島が「立派なGS」を装っても、これでは無意味だ。
「作戦を練り直した方が良くないか?」
「分かっている。チャチャゼロに横島を呼ばせた」
「そうか…」
 くだらない。実にくだらないが手強い。
 真名は開始早々だと言うのに既に「割に合わない」と思い始めていた。
 とにかく、今は一旦横島と合流して作戦の練り直しである。

 
 ちなみに、醍醐が投げ捨てた花束は醍醐達が去った後、学園長の命で陰ながら木乃香を見守っていた黒スーツ姿の護衛達がそれぞれ分配して持ち帰りました。
 

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.10


 木乃香のことは「いざと言う時はエヴァを呼べ」とチャチャゼロに任せた横島は、一旦刹那、エヴァ、真名の三人と合流した。
 ちなみに、いつもエヴァと一緒にいる茶々丸は今回参加していない。エヴァが修学旅行に参加できるようになったため、その前に点検整備を受けることにしたのだ。今朝木乃香にチャチャゼロを届けた後、その足で麻帆良工科大学へと向ったはずである。
 定期的にチェックはしているので普通ならそんな事は必要ないのだが、先日の豪徳寺との戦いで微少ながらダメージを受けたので念には念を入れて万全を期すと言ったところだ。


「ところで、こちらさんは?」
 横島の視線の先には今回の助っ人、龍宮真名の姿が。
 二人が初対面である事に気付いた刹那は彼女のことを横島に紹介する。
「こちらは龍宮真名と言って私の仕事仲間です。凄腕のスナイパーなんですよ」
 スナイパーである彼女に何をさせたいのかは、考えてはいけない。
「…『俺の後ろに立つな』とか言わない?」
「言わないよ。あと、私の背後に回ったぐらいで隙を突けるとは思わないことだ」
 そう言ってフッと小さく笑う真名の姿はとても様になっている。横島は思わず肩を震わせた。
 令子とは別の意味での『プロ根性』を彼女から感じる。こちらも只者ではないのだろう。

「しかし…二人はどういった繋がりだ?」
「え?」
「中学生と大学生じゃ接点ないだろ、普通」
「あ、あの…」
 突然の横島の言葉に顔を見合わせる刹那と真名。二人の身長差を思い出し、横島が勘違いしている事に気付いた。
 女として打ちのめされている刹那を横目に、真名は自分に掛けられた嫌疑を晴らそうとする。
「一つ勘違いしているようだが…私と刹那はクラスメイトだ」
「何?」
「同級生だと言っているんだ」
 つまり、自分は中学三年生だと言っている。
「…ちうがくせい?」
「そうだ」
「………」
「………」
 信じられないといった表情の横島、無理もないだろう。
 しばし無言で見詰め合う二人。

「年齢詐しょ…うぉっ!?」
「撃つよ?」

 その警告より前に銃声が響いていた。
 横島は至近距離で撃たれたと言うのに避ける事ができたらしく、弾丸が掠った頬から血が滲むだけで済んでいた。
「安心しな、術を施してはいるが、ただのエアガンだ」
「いや、ここ思いっきり血が出てるんですけど」
 しかし、横島の抗議は丁重に無視されてしまった。
 彼女にとって見た目の年齢については禁句と言うことだろう。
「と言うか、貴様もたいがい人外だな。どうなっているんだ、貴様の回避能力は」
 エヴァのつっこみももっともであるが、それに関しては「横島だから」としか答えようがない。


「さて、どうしようか…って血を舐めるな。蚊かお前は」
「そう言うな、もったいないじゃないか。腐っても霊能力者の血だぞ」
「腐ってるのは納豆だけで十分じゃ」
 ちなみに関西人である横島は元々納豆が嫌いだったが、東京に引っ越してきた後百合子の躾で食べられるようになっていた。令子の元で除霊助手をしていた頃は、納豆が生命線になった事もしばしばある。
 しかし「食べられる」と「好物」は別物らしい。どうしても横島の中では「腐った豆」のイメージが消えないようで、それが食道楽のエヴァの怒りを買ってしまった。
「腐るって言うな。発酵食品をバカにするとチーズの怒りを買うぞ」
 珍妙な怒り方だが、チーズに関しても彼女なりのこだわりがあるらしい。

「あの、真面目に話を進めませんか?」
 おずおずと刹那がつっこんだので、気を取り直して作戦会議を始める事にした横島達。
 真名の銃口が後頭部を捉えて離さないので、横島もふざける事なく真面目に進めていく。
「横島さん、貴方はかつてあの男を撃退した事があるのでしょう。その時はどうしたのですか?」
「いや、あの時は美神さんがノリノリでやって、俺はほとんど何もしてないし…」
 何より、よくよく考えてみるとあの一件で変わったのは視聴者、TV局のスタッフであって蔵人醍醐は何も変わっていないのだ。そういう意味では、令子が「蔵人醍醐を」撃退できたとは言い難い。
 あの時と変わらぬ彼の様子を見れば、彼に敗北を認めさせることが如何に難しいかが分かろうものだ。

「ハッキリ言って、あれに敗北を思い知らせる方法が俺には思い付かん」
「難しい…と言うか、そもそも可能なのか?」
 微妙なところだ。あの醍醐と言う男、この世のありとあらゆる出来事を前向きに捉えることができると言う類稀な才能を持っている。そんな彼に『敗北』を思い知らせるなど並大抵の事ではない。

「そう言えば、奴はGSだったな」
「…まだやってたのか? 陰陽寮に連れ戻されたって聞いてたけど」
 横島の言う通り、醍醐は以前の横島達も関わったTV番組の失敗と別の局で民間GSを紹介する番組が始まった事により陰陽寮に呼び戻されている身だった。
「それほどの事があれば、少しは反省すると思うのですが…」
 自分がそういう事態に陥れば必要以上に反省して沈み込みそうな刹那が呟いた。確かにその通りだ。ただし、それが蔵人醍醐でなければ。
「「「「う〜ん…」」」」
 その後も四人で悩むが、文殊の知恵とはいかないようだ。彼に敗北を認識させる方法が思い浮かばない。
 まるで出口の無い迷宮に陥ったかのような錯覚に囚われてしまっている。そんな彼等を支えているのは木乃香を守らなければならないと言う使命感だけだった。
 横島と刹那だけではない、エヴァと真名も思いは一つだ。昨日まではただの付き合い程度に考えていた二人も、蔵人醍醐と言う史上稀に見るアレを目の当たりにして、使命感らしきものが芽生えたようだ。「あれは流石に可哀そう」と言う木乃香に対する同情心、或いは哀れみかも知れないが、その辺りは深く考えてはいけない。



 一方その頃アスナは、木乃香の友人に自分の事を知られたくないと言い出した刹那の要望を聞き入れた横島の指示で、GS修行の一環として古菲の中国武術研究会の活動に参加していた。
 仮に横島達と行動を共にしていても、割と常識人である彼女では蔵人醍醐に太刀打ちできなかったであろう。
 それに、GSと言う存在に対して幻滅していたかも知れない。
「そう言えばアスナは木乃香の見合い相手が出てた番組見てなかたアルか?」
「夜九時のあれでしょ? 私、朝刊の配達がある時は八時に寝てるから…」
 そして午前三時に起きている。
 もし夕刊配達を辞めて朝刊配達をその分増やすと、ほぼ毎日その生活を続けていくことになるのだ。
 アスナ自身無理があるなとは思っている。GSの除霊助手となったのだからそちらに集中すれば良いという意見もあるが、まだ何もできない状態でただ養ってもらうだけと言うのは彼女としても避けたい。
「そう言えば横島師父も出てたらしいヨ、最終回スペシャル」
「え、そうだったの? あちゃー、誰かに録画頼めばよかったかなぁ」
 当時、裏番組のドラマがクラス内で流行っていたので、頼んだとしても承諾してくれる者がいたかどうかは怪しい。
 アスナ達の部屋にもちゃんとビデオデッキはあるのだが、その時は流行のドラマをリアルタイムで見ながら、ビデオでは別の局の時代劇を録画していた。髭を生やした戦国武将にときめいていたらしい。
 ちなみに留守録は木乃香に任せていた。機械音痴のアスナは実は留守録の設定ができなかったりする。

「風香と史伽が撮てたはずだから、借りるといいアルよ」
「頼んでみるか…その後始まったGSを紹介する番組も撮ってるかな?」
「アレはバラエティじゃないアル」
 真面目な情報番組に鳴滝姉妹は興味がないらしい。
 蔵人醍醐の出演番組を彼女達はお笑いと捉えていたようだ。意外と見る目があるのかも知れない。

「…もしかして、クラスの皆って私より横島さんの事知ってる?」
「う〜ん、蔵人とやらばかりで横島師父の方は全然放送されなかったから、多分名前知ってるぐらいだと思うアルよ」
「そんなもんか」
「横島師父、情報出すの嫌ってるみたいアル」
 そう言いつつ古菲がどこか嬉しそうなのは、横島が切り札を隠している事を何となく察しているからであろう。強者から学ぶのは彼女にとっての悦びなのだ。
 そして、同じく強くなることを目指すアスナと言う仲間ができたのも嬉しい。戦う事にストイックな一面を持つ彼女の交友範囲は能天気な表情とは裏腹に狭い。エヴァの正体を知る事ができたのも幸運であろう。彼女にとって強者との出会いは自分を磨くチャンスだ。
「あの本気のエヴァに勝つ事が当面の目標アル!」
「そりゃムチャじゃない?」
「横島師父なら勝てそうアルか?」
「聞いてみたんだけどね、戦う前に食事にガーリックパウダー仕込むってさ」
「…あ、ある意味合理的アルなー」
「あの二人、微妙に仲が良いからやらないと思うけどね」
 勝利のためには手段を選ばないという事だろうか。真正面から正々堂々と戦う事を好む古菲ですら「それなら勝てるかも」と思ってしまうぐらいに冷徹で残酷であり、かつ確実な手段である。
 これが『GS流』、或いは『美神流』なのかも知れない。古菲はまた一つ、世界の広さを知った気分だった。



「ん?」
「どうした、横島?」
「エヴァ、俺達また戦ったりしないよな?」
「な、なんだ、いきなり…私はゴメンだぞ。貴様の相手なんぞ」
「いや、何か確認しとかなきゃいけない気がして」
「拾い食いでもして感覚がボケてるんじゃないか?」
 むしろ、鋭いのかも知れない。

 閑話休題。

 横島達は木乃香達を追跡しながら作戦を練っていたが、その間に醍醐も手強いが木乃香も相当手強い事に気付いていた。
「最近、スーパーカーを買いましてね、ヨーロッパ製の凄い奴なんですよ。今度一緒にドライブでもいかがですか?」
「ウチ、車の種類もよう分からんし、遠慮しとくわー」

「貴方のために重くて指が抜けそうな指輪を用意しました!」
「宝石なんかより、水晶玉とかの方がええなー。占いに使えるし」

「占いをするのですか? 奇遇ですね、僕もなんですよ。ハッハッハッ」
「う〜ん…大凶って出とるえ?」

「手相を見て差し上げましょう! さぁ、穴倉で軟化栽培されたウドのように白い手をこの僕にッ!!
「もう、いややわぁ」
 と言いつつトンカチで一撃。
 なんと木乃香は醍醐の執拗なアプローチをトンカチを駆使しつつ見事にかわしているのだ。
 彼女の性格から考えるに天然でやっているのだろうが、それにしても見事な危険回避能力である。


「…なぁ、放っておいても大丈夫じゃないか?」
「な、何を言い出すんだ真名!」
 真名の言葉に刹那は激昂するが、真名の言う通り醍醐では木乃香に太刀打ちできそうにない。
 しかし、これには横島が待ったをかけた。確かにこのまま放っておいても木乃香が醍醐に押し切られてお見合い成立とはならないだろうが、誰かが何とかしないと醍醐はいつまでも彼女に付き纏うだろう。

「横島、貴様も近衛木乃香を狙う不埒者になってみんか?」
「はい?」
「横島さん、まさか貴方もっ!」
「落ち着け、刹那」
 『夕凪』に手を掛けた刹那を真名が羽交い絞めにして止めた。
 エヴァが提案しようとしているのは横島を直接醍醐にぶつけようとする方法だ。
 真名もこれには賛成する。一番手っ取り早く、かつ自分の手を煩わせずに済むと言うのが有難い。
「言いたい事は分かるが、流石に怪我させたら拙いだろ」
「む…」
「横島さんがやらないなら私がやります!」
 元気よく刹那が挙手するが、そういう問題ではない。
 醍醐は学園長に招かれる形でお見合いをしに麻帆良学園都市に来ているのだ。ここで彼が木乃香を巡って戦い怪我をして帰るような事があれば、それはすなわち学園長の顔をつぶす事になってしまうのだ。

「つまり、直接手を下さなければいいのか?」
「誰にやられたか分からないように遠くから狙撃と言う手もあるが」
「だが断る」
 横島の提案はあっさり却下された。

「別の事で勝負してみたらどうだ?」
「別の事って?」
「GSと言えばこれしかないだろう。『除霊』だよ」
 キッパリと断言する真名。
 対する横島は怪訝そうな表情をしている。
「…あんのか? 霊障」
「この街じゃ事欠かないさ、その手のトラブルは」
「物騒な街やのー」
 その大半の原因は、ここが関東魔法協会の本拠地であるためである。

 真名の言う『トラブル』とは、除霊の仕事としては非常にオーソドックスなものだった。
 麻帆良学園都市内にある屋敷が悪霊の棲み処となっているらしい。
「どうせヤツは聞きもしないだろうから俺が聞くが…どう言う因縁だ?」
「魔法使いの家らしいけど、詳しい事は私も聞いていない」
 話を聞いてみると、真名は時折学園長からの依頼を受けて除霊の真似事をやっているらしい。今回の除霊も学園長からの依頼だそうだ。
 所謂『モグリのGS』なのだが、この場合は『魔法使い側の戦士』と言った方が正確だろう。何故なら彼女の活動は『魔法使いの世界』に限られているからだ。一般人を相手に仕事しているわけではないので、GS協会も彼女を取り締まったりはしない。

「ああ、例の屋敷か。それなら私が知っているぞ」
 名乗り出たのはエヴァ。伊達に十五年間この街に閉じ込められていない。
「あの屋敷はな、かつては見習い魔法使い達の寮だったらしい」
「あれ? 魔法学校って魔法界にあるんじゃ?」
「『魔法使い』用のはな。この麻帆良学園都市では、かつて人間に魔法を教えていたんだよ。あの空豆ジジイの提案でな」
 『空豆ジジイ』が誰を指すのかは分かりきっているので誰もつっこまない。
 ちなみにネギはイギリスのウェールズにある魔法学校を卒業したと言っているが、これはあくまで「ウェールズに魔法界への門がある」と言うだけで、魔法学校自体はその向こうの魔法界にある。魔法使いの存在は一般には隠匿されているのだから当然の事だ。学校一つを世間から隠匿し続けるなどそうそうできる事ではない。

 しかし、エヴァもその屋敷の事は知っていても、何故幽霊屋敷になっているかまでは知らないようだ。
 おそらく屋敷に残された何かしらの魔法力の残滓を目当てに雑霊が集まったのではないかとあたりをつけて、その事については深く考えない事にして話を進める。
「まとめるぞ。横島は近衛木乃香を賭けて蔵人醍醐に除霊勝負を挑むんだ」
「それで俺が勝ったら、蔵人には身を退かせると」
 結局のところ、これぐらいしか手はないだろう。
 横島は覚悟を決めた。TVカメラがない分、前回より自由に動けると言うものだ。
「除霊については私も陰ながらお手伝いいたします!」
 刹那も張り切っている。木乃香には護衛をしている事も秘密であるため大っぴらには出てくる事はできないだろうが、彼女はそれを抜きにしても余りある実力者だ。

「そして私は労せず料金をいただくと」
「「「チョット待テ」」」
 ちゃっかりした真名に三人が一斉につっこみを入れた。

「オウオウ、ねーちゃん! そりゃちょいとせこいんやないかい?」
 どこからともなくサングラスを取り出して、まるでヤクザのように真名に迫る横島。
 ご丁寧にエヴァと刹那にもサングラスを掛けさせているが、二人は妙に嵌っている横島と違って全く似合っていない。
 そして真名は流石歴戦の勇士と言うべきか、全く動じず銃声を伴ってこう切り返した。

「年下相手に『ねーちゃん』はないだろ? 『真名ちゃん』と呼べ」
「イ、イエッサー、真名ちゃん」

 眉間に銃口を押し当てられてコクコクと頷く横島。
 真名は年齢について意外と拘っているようだ。

「…ま、仕事をやってもらうわけだからな。ディナーぐらいは奢らせてもらうよ」
「珍しいな、真名」
「それぐらいならね」
 普段の真名を知る刹那は、彼女の意外な気前の良さを見せられて目を丸くしている。
 そして横島とエヴァは、刹那とはまた違う反応を見せていた。
「ディナーか、それは良いな」
「クックックッ、墓穴を掘ったな真名ちゃん」
 真名が受け取る除霊料金以上に食い尽くす気満々の二人であった。



 二人の野望はともかくとして、話が決まれば後は行動あるのみと横島は急いで木乃香の元へと走った。
 繁華街を散策している途中の二人だったが、醍醐の方が自分の自慢話に没頭しているらしく、木乃香はそれを無視して一人で買ったたい焼きを頬張っていた。なんともマイペースな子である。
「横島さん、どこ行ってたん?」
「えーっと、ちょいと次の作戦の準備を」
「ふ〜ん」
 刹那の事を知られるわけにはいかないので適当に誤魔化す横島。
 木乃香は疑う様子も見せないでおいしそうにたい焼きを食べている。

 横島が作戦を伝えると「わかったわ」と頷いた木乃香はとてとてと醍醐に近付き…。

「…そこで僕は言ってやったんですよ。『HAHAHA、ジョニーそれを言うならカボチャじゃなくて――

 醍醐の後頭部にトンカチで一撃食らわせて、いまだに終わらない自慢話を強制的に終了させてしまった。

―――おや、木乃香さん。どうかしましたか?」

 しかし、トンカチの一撃はさほどダメージはないようだ。
 醍醐が頑丈なのか、木乃香に技術があるのかは微妙なところである。

「蔵人はんってGSなんよね? ウチ、除霊を見てみたいわぁ」
「おや、陰陽寮からはGS活動は控えるようにと言われていますが…木乃香さんのためならば、この蔵人醍醐一肌脱ぎましょうッ!!
 そう言ってバッとロングコートを開く醍醐。
 コートの内側には数百枚にも及ぶ破魔札が仕込まれていた。やる気満々である。
 その異様な姿に横島は思わずつっこんだ。
「…なんでGS活動休止してるのに、そんなに持ってるんですか?」
「フッ、それは愚問だよ君。正義の味方は年中無休の二十六時間営業なのサッ!!
 限りなく本気の目だった。
 今度はちゃんと聞いてくれていたようだが答えになっていない。
 念のために一日は二十四時間しかない事をここに記しておく。

「さぁさぁ、悪霊はどこだい? 僕の前に悪霊と妖怪をセットで連れてきたまえ。スチュワーデスがファーストクラスの客に酒とキャビアをサービスするようにっ!」
 普通はGSが悪霊の元に出向くものだ。
 まともに会話をしていると日が暮れると考えた横島は、木乃香に場所を伝えて案内してもらう事にした。
 それは学生の間でも『幽霊屋敷』と話題になっているらしく、彼女も屋敷の場所を知っていたようだ。「こっちやよ」と二人を先導して歩き始める。
 醍醐はまるで踊るようなステップで木乃香の後に続き、横島はどこかぐったりとしたチャチャゼロが小声で助けを求めてきたので、木乃香から彼女を預かると少し離れて続いた。

「仕事中ノドサクサデ殺ッチマウカ?」
「いや、普通に除霊勝負するだけだ」
「ソンナ面倒臭エコトシテナイデ、殺ッチマオウゼー」
 物騒な事を言っているがいつもの不気味な迫力がない。
 考えてみれば、横島はすぐに退避できたが、チャチャゼロは一時も離れることなく木乃香と醍醐の会話を聞かされ続け、つっこみたいのに人形の振りをしているから喋れず、動いてはいけないので耳を塞ぐこともできないと言う劣悪な環境に晒されていたのだ。憔悴しきってしまうのも無理はない。

「アイツラマトモジャネェ…」

 弱々しく呟いた言葉がやけに横島の耳に残る。
 心の底から搾り出された魂の悲鳴であろう。隠された苦労人がここにいた。



つづく



あとがき
 毎度のことですがいきます。

 『黒い手』シリーズにおける魔法学校は異世界『魔法界』に存在しています。
 ネギが卒業した学校も、アン・ヘルシングが通っている学校もです。
 探す側も霊能力等のオカルトを駆使してくるので、人間界で姿を隠すだけでは足りません。
 元々『魔女狩り』から逃れて異世界にいったわけですからね。

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