topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.100
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「ねぇねぇ、彼氏なんでしょ? 白状しなさいよ〜」
 放課後になってもなお、高音は友人達の厳しい追及に晒されていた。流石に朝と比べて人数こそ減ったものの、普段から親しいクラスメイト達が教室を出て下駄箱まで延々と付いて回っている。
 聖ウルスラは麻帆良女子中に比べて、所謂「お嬢様学校」として知られているが、実態はこんなものだ。普段厳しい校則で抑え付けられている反動か、色恋沙汰への興味については、むしろ強いと言えるかも知れない。
 とは言え、交際している生徒は高音だけではない。自分がだんまりを決め込んでいれば、いずれ周囲の興味も他へ移っていくだろう。そう考えた高音は、足早に校門へと足を進めていく。

「よう! 迎えに来たぞ、高音」
「な、なんで、こんな時に限って……」

 校門を出たところでそんな高音を出迎えたのは、渦中の人、横島であった。
 学校からの帰り道なので一緒に帰ろう、ついでに他の聖ウルスラの生徒達とお近づきになれればと横島は考えたのかも知れないが、タイミングとしては最悪だ。高音はガクリと膝を突き、高音を囲んでいたクラスメイト達は黄色い声で囃し立ててくる。
「行くわよっ!」
「え、あ、おい!?」
 このままここに残っていてもからかわれるだけだ。高音は横島の手を引いて、強引にその場を後にする事にした。クラスメイト達も二人の仲を邪魔する気はないらしい。「お幸せに〜」と言う楽しげな声を背に、高音は強い歩調でその場を後にするのだった。
 これから魔法先生達の会議がある。それぞれ警備団のチームを率いるリーダーである二人は、それに参加しなければならない。二人はそのまま集合場所へと向かう事にした。
「高音、そろそろ手を離してもいいんじゃないか? 俺は一向にかまわんけど」
「……え゛?」
 校門前からずっと、しっかりと手を繋いだままだった事に気付いたのは、二人が集合場所に到着した後の事である。


 二人が現在居るのは、世界樹にほど近い場所だった。世界樹がある高台へと続く階段の途中に広めの踊り場があり、そこが集合場所となっている。こんな開けた場所で会議など出来るのかと言う横島の疑問に、まだ頬が紅い高音が答える。
「『人払いの魔法』を使えば、一時的に一般人が近付けなくなるのよ。むしろ、教室などに集まる方が、人目について危険だわ」
「魔法ってそんな事も出来るんか……あ、そう言えば京都で似たような札を見たな」
「あなた、気付いてなかったの? エヴァンジェリンの家周辺の森にも、同じような魔法が掛けられているわよ?」
「え、マジで?」
 そんな会話をしながら、他の魔法先生達の到着を待つ二人。幸いと言うべきか、集合場所に最初に到着したのは、横島と高音の二人のようだ。おかげで、二人で手を繋ぐ姿は、他の魔法先生達には目撃されずに済んだ。
 他の魔法先生達は、まだ学校での仕事があるのだろう。生徒の身でチーム一つを任されている二人だからこそ、こんなに早くに到着してしまったのかも知れない。まだ人払いの魔法を使われていないため、周囲には一般人の姿が見える。

「おや、待たせてしまったかの?」
 しばらく待っていると、学園長がネギ、瀬流彦、刀子の三人を伴って現れた。三人とも麻帆良女子中の教師だ。女子中から直接ここに来たのだろう。
 踊り場に到着した学園長は、すぐさま小声で詠唱すると人払いの魔法を発動させる。すぐに変化は訪れなかったが、自然に一般人がこの場から離れていき、やがて魔法関係者以外の人影がなくなってしまう。そして、逆に高畑を始めとする魔法先生達が、どんどんと集まってきた。シャークティ、明石教授、神多羅木、ガンドルフィーニ、弐集院と見知った顔が学園長の周囲に集合し、その周囲には大勢の魔法関係者達が集まる。
 服装はさまざまで、どうやら教師ばかりでは無いようだ。用務員らしき者、駅員らしき者、食堂棟のコックらしき者。横島が思っている以上に、魔法関係者は麻帆良学園都市の各所に潜んでいるらしい。
「では、会議を始めるとするかの。明石君、頼むぞい」
「分かりました」
 世界樹を背にした学園長が、明石教授の名を呼ぶ。呼ばれた明石教授は、学園長の隣に立ち、皆の方へと向き直った。彼が進行役のようだ。
「では、新編成となる警備シフトについて……」
 まずは高畑達がネギの水晶球があるセーフハウスへ、刀子達がレーベンスシュルト城に移った事による、警備シフトの変更についての発表だ。
 横島も高音達のチームを手伝う事となり警備に出る回数が四倍に増えたが、彼だけが特別と言う訳ではないようだ。学園祭が近く、『彼』の襲撃に備えての厳戒態勢となるため郊外を見回るチーム数が増え、全体的に仕事量が増えているらしい。
「やはり、人手が足りませんね」
 弐集院がシフト表を見ながら唸る。瀬流彦と神多羅木もそれに追随した。
「確かに、今は街中の警備のほとんどを、一般人チームに任せる事で何とか回っていますが……」
「学園祭が近付くにつれて、麻帆良を訪れる人間が増えてくる。いつまでも任せておく訳にはいかん、か」
 やはり問題は人手不足のようだ。先程発表されたばかりのシフトでもオーバーワーク気味なのだ。学園祭となると、大勢の観光客で賑わい、更に仕事が増える事になる。このままでは、いずれ対処し切れなくなるだろう。
「あ〜、質問いいですか?」
 おずおずと横島が手を挙げると、皆の視線が一斉に彼へと注がれた。
「なんか、学園祭に備えて〜みたいな流れになってますけど、『あんにゃろ』が、学園祭に来ない可能性もあるんじゃ?」
 その言葉に学園長と明石教授は顔を見合わせ、やがて得心したのか、ポンと手を打つ。
「そう言えば、説明しておらんかったな。あれを見たまえ」
 学園長は背後にそびえ立つ世界樹を指差した。これまでしみじみと眺めた事はなかったが、こうして改めて見てみると本当に大きな樹だ。
「葉が、微かに光っておるじゃろう?」
「言われてみれば……確かに」
「あれは魔力じゃよ。世界樹から溢れ出ておるのじゃ」
 学園長の説明によると、世界樹――正式には『神木・蟠桃』と言うのだが――は、二十二年の周期でその力が極大に達し、外部に溢れ出るらしい。葉が微かに光っているのは、その兆候なのだそうだ。この現象は、学園祭の最終日に最高潮に達するらしい。
 その溢れ出した力は周囲の六か所に強力な魔力溜まりを形成し、六芒星の魔法陣を構成するのだが……。
「この膨大な魔力が人の心に大きく作用する。金が欲しいなどの即物的な願いは叶えられないが、愛の告白などしようものなら、その言葉は呪い級の威力を発揮してしまう!」
「それってつまり……相手の背骨が折れるまで抱き締めて、窒息するまでキスするとか?
「やけに具体的じゃが、何か心当たりでもあるのかね?」
「いや、ちょっと……」
 横島は言葉を濁して誤魔化した。

「実は、この現象、本来なら来年起きるはずのものでのう。どうもそれが一年早まりそうなんじゃ」
「『あんにゃろ』が突然今になって現れたのは、それに合わせてって事ですか?」
「そう考えるのが自然じゃな。『ヤツ』がこれを利用しようと目論んでもおかしくはない」
 学園長が、学園祭に『彼』が現れると結論付けた最大の理由は、『彼』が何かを目論むなら、この膨大な魔力を見逃すはずがないと考えたからだ。
 『彼』に対しては色々と言いたい事があるのか、「まったく、情報公開に向けての大切な時期に……どこまでワシの邪魔をすれば気が済むんじゃ」と小声で呟いている。相当鬱憤が溜まっているらしい。
 若き日に進めていた情報公開の流れは『彼』の起こした事件によって凍結を余儀なくされ、更には東西の大戦争の切っ掛けを作った張本人も『彼』だ。東西を和解させようと手を打てば、しゃしゃり出てきて邪魔をし、今は情報公開に向けて一番大事な時期だと言うのに、大勢の人が集まる学園祭を狙っている。これだけ揃えば、文句の一つや二つでは済まないだろう。努めて平静を保っているようだが、案外はらわたが煮えくり返っているのかも知れない。

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 声を掛けても反応がない学園長の様子に、魔法先生達は顔を見合わせ肩をすくめると、とりあえず学園長は放置して会議を進める事にした。
「やはり、問題は人手不足ですね」
「横島さんみたいに、GSを雇うとかはダメなんですか?」
「難しいねぇ……ほら、情報公開を控えた大事な時期だから」
「魔法使いの問題だから、出来るだけ外部の力を借りずに解決しないと、魔法使いの信用に関わってくる」
「なるほど……」
 ネギが、いっそ横島のようにGSを更に雇って人手を増やすのはどうかと提案するが、それには弐集院達が難色を示した。
 情報公開を前にして、魔法使いだけでは解決出来ませんと助けを求めたら、いざ情報公開が成し遂げられた後の、魔法使いの立場に関わってくると言うのだ。確かに、情報公開をしたは良いが、頼りにならない存在と思われるのは不味いだろう。ネギにもその事は理解出来た。
「ああ、それなら何とかなるぞ」
 ここで、学園長が「こちら側」に戻ってきて、話に参加した。
「何とか、とは? 援軍の当てがあるのですか?」
「ウム、魔法界本国から応援チームが駆け付けてくれる事になっておる。一週間もしない内に到着するはずじゃ」
「よ、よく承知してくれましたね……」
 魔法界本国には、いまだに人間界とは関わるべきではないと考える者が多い。それだけに皆、魔法界からの応援については半ば諦めていた。
 ところが、学園長が応援チームの派遣を承認させたと言うのだ。どうやったのか、皆興味津々の眼差しで彼を見る。
「なぁに、『蟠桃』の力を狙って『ヤツ』が来ると本国に伝えてやっただけじゃよ。事は魔法使いの名誉に関わる事じゃからの。本国も重い腰を上げざるを得んかったと言う訳じゃな」
「な、なるほど……」
 更に学園長は「今まで散々邪魔されたし、今度はワシが『ヤツ』を利用する番じゃ」と笑う。
 相当腹に据えかねていたのだろう。ささやかながらも仕返しが出来て、その表情は満足そうだ。

 それはともかく、魔法界本国からの応援チームが来てくれれば、人手不足はギリギリどうにかなりそうだ。
 『彼』がどのように襲撃してくるか分からない以上、もう少し戦力を増強したいと明石教授は言うが、それがいかに難しいかは言った本人がよく分かっていた。
 更に言えば、世界樹から溢れる魔力により人生を狂わされる者が出ないよう、告白阻止チームも編成しなければならない。これは見習いの魔法生徒達を中心にやるべきかと、弐集院と共に話し合い始める。

 更に指揮官クラスの二人が話し合いを始めた事で、集まった魔法先生達は顔を突き合わせてがやがやと雑談し始めた。ほっほっほっと笑っている学園長は、それを咎めようとはしない。この会議は、普段は表向きの立場上大っぴらに顔を合わせる事の出来ない魔法使い同士の、情報交換の場でもあるからだ。
 見れば、ネギは楽しそうな顔で高畑に話し掛けていた。彼が魔法先生達の会議に出席したのは、今日が初めてだ。麻帆良に、こんな大勢の魔法使いが居たとは想像もしていなかったのだろう。初めて顔を合わせる魔法先生達が彼の周りに集まり、ネギを握手攻めにし始める。
 流石の親馬鹿ガンドルフィーニも、今は遠慮しているようだ。瀬流彦と共に一歩下がったところで、その様子を眺めている。
「あ、ガンドルフィーニ先生。ちょっといいっスか?」
「ん、何だね?」
 せっかくなので、横島は高音を連れてガンドルフィーニの下に駆け寄り、気になっていた事を尋ねてみる事にした。
「昨日、豪徳寺達と西から来たっぽい連中と戦ったって聞いたんですけど」
「ああ、その事か……」
 横島の問い掛けを聞いたガンドルフィーニは、複雑な表情で顔を伏せ、そして眼鏡の位置を直す。
 確かにかれは昨夜、豪徳寺と中村の二人を連れて、麻帆良学園都市の郊外で襲撃者と戦った。ハッキリと確認した訳ではないが、あれはおそらく西――関西呪術協会の襲撃者だろう。しかも、神鳴流剣士らしき者まで連れていた。
「ちょっと待って、西とは和解したのでしょう? 横島君達が親書を届けたって聞いたわよ?」
 高音が疑問を口にする。彼女の言う通り、関東魔法協会と関西呪術協会は、ネギが親書を届けた事によって和解していた。本来ならば、西から襲撃者が送り込まれてくるはずがない。
 しかし、世の中はそう単純なものではないのだ。
「我々に恨みを持っている旧家は多いだろうからな……」
 溜め息をつきつつ、ガンドルフィーニは説明をしてくれた。心なしか、その表情は疲れているように見える。
「君達も知っての通り、関東魔法協会は裏の組織だ。そのため、襲撃されても襲撃者を訴えるような事は出来ない」
「それは、ここに来た時に聞きました」
「ウム、だがな、その状況も情報公開する事で変わる。横島君、GS協会やオカルトGメンを襲撃したらどうなるか、考えてみたまえ」
「そりゃ、普通に犯罪……あ」
「もしかして……」
「そう言う事だ」
 ガンドルフィーニは、もう一度大きな溜め息をついて話を締めた。
 横島と高音は、その話を聞いて理解する。魔法使いに恨みを持つ西の陰陽師達にとって、恨みを晴らすならば情報公開までが最後のチャンスなのだ。それ以降は、手を出せば自分達が犯罪者になってしまうのである。
「横島君のチームは、今回のシフト変更で一般人のルートから我々のルートに変更されたのだったな。高音君も、これからは私抜きで警備に就く事になる。二人とも気を付けたまえ、西の連中は手強いぞ。神鳴流の剣士が付いていたら特にな」
「は、はい……」
 神妙な面持ちで頷く高音。ガンドルフィーニに代わりチームリーダーになった事で浮かれていた面があった事は否定出来ない。彼の忠告のおかげで、まるで冷や水を掛けられたかのような気分だ。しかし、それはチームリーダーとして、愛衣の命を預かる者として必要な心構えである。高音は自らに課せられた責任の重さに負けないよう、ぐっと拳を握り締めて決意を新たにするのだった。

 一方、高音と同じくアスナと古菲の命を預かる身であるはずの横島は、何か思い付いたのか、ほくそ笑んでいた。重い責任に身を震わせるのは彼も同じはずなのだが、こちらは転んでもただでは起きない。ガンドルフィーニの話を聞いて、既に反撃の一手を思い付いていた。
「学園長、提案があります! 関西呪術協会に、援軍を要請しましょう!」
「なんじゃとっ!?」
 横島の突拍子もない一言に学園長は驚きの言葉と共に振り返り、ネギの周囲に集まっていた面々も、思わず言葉を失い横島の方を見る。その表情は「何を言っているんだ、コイツは」と言いたげだ。刀子やシャークティを始めとする幾人かは興味深そうに横島を見ていたが、部外者の戯言だと、あからさまに馬鹿にするような視線を向ける者も少なからず居る。
 そんな視線を知ってか知らずか、横島は自信満々に話を続けた。
「考えても見てくださいよ。『アイツ』は、西にとっても敵じゃないっスか。先代の長は『アイツ』にやられたんでしょ?」
「む……確かにそうじゃな」
 ピクンと学園長の片眉が跳ね上がった。横島の言う通りである。東西の大戦の切っ掛けとなったのは、『彼』による関西呪術協会総本山への襲撃だ。先代の長は、その際に『彼』によって殺害されている。
 学園長は横島の方へと向き直り、改めて聞く態勢に入る。彼の提案が検討に値すると判断したのだろう。いつの間にか、明石教授と弐集院の二人も会話を止めて、横島の話を聞いている。
「学園祭に『ヤツ』が現れるって事は、西の連中にとっても先代の仇を討つチャンスっしょ?」
「ふ〜む……」
 腕を組んで考え込む学園長。彼の頭の中では、横島の思い付きだけではなく、彼も知らないような裏の事情等、様々な情報が渦巻いていた。
 実は、西の長――学園長の娘婿にして木乃香の父である近衛詠春は、東西の和解が成された暁には、長の座を辞する事を決めていた。東西の和解こそが自分の最後の仕事だと見定めたのだ。これは、様々なしがらみから、娘の木乃香を解放するためでもある。
 この事は、関西呪術協会だけでなく、陰陽寮の方でも、おおっぴらにではないが周知の事実となっている。東寄りの立場である詠春の存在が東西の和解を阻んでいたのは紛れもない事実だ。それならば、自らが長の座を辞すると言う情報は、東西の和解を進めるカギに成り得ると彼は判断したのである。
 更に学園長は、その情報が流れているからこその動きについて考えを巡らせた。
 詠春が長の座を辞するとなれば、西の者達にとって気になる事が一つある。それは、次の長は一体誰なのかと言う事だ。これについては、現在のところ、これと言った候補の名は挙がっていない。
 それも仕方が無い事だろう。東寄りの詠春は、陰陽師の旧家とは、表向きはともかく水面下ではことごとく対立しているのだから。
 また、詠春が後継者を指名する事は有り得ない。仮に誰かを指名したとしても、選ばれなかった者達が納得しないだろう。

 もしかしたら、最近になって再び増えてきた西からの襲撃者の増加も、その事が関係しているのかも知れない。
 東西の和解が成されない事には、詠春も長の座から退く事は出来ないのだが、それはそれ。関東魔法協会に打撃を与えて、かつての恨みを晴らすと同時に、旧家の間での発言力を高めようと言うのだろう。
 ここに、『彼』が麻帆良に現れると言う情報がもたらされればどうなるだろうか。
 先代長の仇を討つ。詠春の後継者として名乗りを上げるために、これほどの手柄はあるまい。

 最初に横島の話を聞いた時は、学園長もそれは無理だと思ったが、こうして情報を整理して考えてみると、意外と上手くいくかも知れないと思えてきた。関西呪術協会の旧家は、意外とノリノリで援軍を送ってくるかも知れない。
「……よし、その方向で検討してみるかの」
 関東魔法協会のメンバー、魔法界本国からの応援チーム、それに関西呪術協会からの援軍。三者の間でトラブルが起きないよう気を配る必要があるが、それだけの価値があると学園長は判断した。早速、会議が終われば詠春に連絡を取る事にする。
「皆の者よ、ワシは関西呪術協会へ援軍を要請しようと思う」
 朗々とした宣言に、魔法先生達の間から騒めきが起きる。当然の反応だろう。西の陰陽師達が東の魔法使い達を恨んでいるように、東の魔法使い達もまた西の陰陽師達を恨んでいるのだから。
 学園長は、騒めく彼等を諭すように話を続ける。
「西の陰陽師達に対しては、お前達も色々と思う事があるだろう。じゃが、今はそれを抑えて欲しい。ワシらがこれから戦う相手は、その東西の確執を生み出した大本の原因と言うべき者なのじゃからな」
 そう言われれば、魔法先生達は黙って頷くしかない。
 皆が納得してくれた事に満足そうに頷いた学園長。そのまま高畑、明石教授、弐集院を交えて要請する援軍の規模等を話し合う事になり、会議はこれで終了する事になる。
 初めての会議を終えたネギは、神多羅木、ガンドルフィーニと共に意気揚々と皆が待つセーフハウスへと帰って行く。そして、横島と高音もまた、刀子、シャークティと一緒にエヴァの家、レーベンスシュルト城へと帰るのだった。



「よっこしまさぁーん、お帰りなさーいっ!」
 レーベンスシュルト城に入り、エヴァが新たに設置した別棟の前への直通魔法陣を通る横島。魔法陣を出た彼を真っ先に出迎えたのは体操服に着替えたアスナであった。どうやら会議の間に皆帰宅していたらしい。見ると、古菲、裕奈、夕映、愛衣、ココネの五人も体操服に着替えて待っていた。
 千鶴達は現在女子寮で引っ越しの準備を進めているのだろう。夜になってから、人目を忍んで荷物をこちらに運んでくる手筈になっている。茶々丸と刹那は、念のために護衛を兼ねた手伝いに行っており、今日は木乃香が一人で夕食の料理を担当しているそうだ。
「横島師父! 時間が押してるから、早速出城に行くアルよ!」
 今日は、横島、アスナ、古菲のチームが警備に出る日だ。そのため、早く修行を始めたいのだろう。古菲はうずうずして、今にも駆け出しそうになっている。横島はその様子に苦笑すると、彼女の頭を撫でてやった。いくら彼女達が急ごうとも、まずは横島も着替えなくてはいけないのだ。高音もまた同様である。
「ココネ、美空はどうしたの?」
「……コノカを手伝うと言ってタ」
「そう、サボりね」
 木乃香を手伝うのを理由に修行をサボろうとした美空だったが、シャークティにあっさり見破られて、出城まで引きずられる事になる。
 一人で夕食の準備をする木乃香が大変なのは確かなので、今日は刀子が彼女を手伝う事になった。


 そしてシャークティに捕まった美空も加え、高音達も着替え終えると、一行は出城へと移動した。
 外でやるよりもベッドがある分安心だし、トイレも近いと言う事で、今日の霊力供給の修行は、高音達の経絡を開いた際に使用したベッドのある部屋で行う事にする。広い部屋は他にも余っているはずなので、レーベンスシュルト城の倉庫からソファを持ってくるのも良いかも知れない。
 これから霊力供給の修行を始めるのだが、その前に確かめておかなければならない事がある。それは、経絡を開いたばかりの高音、愛衣、ココネの状態だ。
 三人に確認してみたところ、経絡へのダメージが一番大きいのは愛衣であった。しかし、夕映の時ほどではなく、自分の足でしっかりと歩ける程度のようだ。次にココネ、こちらは手足を動かすとピリッと痺れる程度で、痛いと言う程ではないらしい。
 そして高音は、全く痛みが無いようだ。古菲も通った道だが、経絡の痛みを抑えるために大量に霊力を供給した状態で経絡を開いた場合、痛みが少ないと逆に強烈な気持ち良さに翻弄される事になる。高音は、元々のマイトが高かったため、その分大量の霊力を供給して経絡を開いた。しかし、痛みは古菲よりも小さかった。ならば、彼女に襲い掛かった気持ち良さは如何ほどのものだったのか、それは味わった本人が黙して語らないため、永遠の謎である。

 この時、仮説を思い付いた夕映が口を開いた。
「愛衣さんのダメージが大きいのは、やはり途中でベッドに倒れ込んだせいでしょうか?」
「え? そうなんですか?」
「経絡を開く時は、一気に最後まで開かねばならないはずです。そして、横島さんが霊力を供給する時は、相手に直接触れてなくてはいけません。ココネさんが身をよじらせるだけでもダメだと言うのに、経絡を開いている途中に、ベッドの上であのような激しい動きを見せれば、やはり危険なのではないですか?」
 一気に捲し立てる夕映。しかし、その仮説は的を射ていた。横島だけでなく、魔法使いであると同時に霊能力者でもあるシャークティも、その仮説は正しいと判断する。
 とは言え、霊力を供給される側の反応を考えれば、全く身体を動かすなと言うのも無茶な話だ。つまり、この霊力供給の修行には、まだまだ改善の余地があると言う事である。もっとも、そう言われても急には思い付かないが。
「例えば、横島君の供給方法にも改善の余地はあるかも知れないわね。手からしか霊力を放てない訳じゃないでしょ?」
 シャークティにそう言われた横島は、何を思ったのか、片足を上げると「サイキックソーサー!」と叫んだ。そして、足の裏からサイキックソーサーを出現させる。
「おお、試しにやってみたら出来た」
「て、適当なんですか?」
 アスナよりも自在に霊力を操り、なおかつ器用な横島だからこそ出来る芸当である。
 彼には韋駄天譲りの、全身から霊力を放つ『バーニングファイヤメガクラッシュ』と言う霊能もある。意識を集中させる事さえ出来れば、全身どこからでも霊力供給を行う事が出来るかも知れない。
「そ、それじゃ、二人で抱き合って霊力供給する事も……?」
 にへらと笑うアスナ。一方、周囲の面々はまだ冷静であった。
「ちょ、ちょっと待つアル、アスナ」
「兄ちゃんの霊力供給は、直接触れ合ってないとダメなんでしょ?」
「抱き合って霊力供給をするなら、お互い裸と言う事になるです」
 そう言う事になる。アスナも言われて気付いたらしく、「流石にそれは……でも、横島さんとなら……」と、何やら葛藤していた。
 実際は、霊衣ならば身に着けていても問題はないのだが、今は手元に無いため、言っても詮無き事であろう。

 他にも問題点はある。横島は経絡を開く直前までの過程、つまり、身体に霊力を溜めるだけの行為を繰り返し続けていれば、経絡を開く痛みを少なくする事ができるかも知れないと言っていた。しかし、これは実際に試した事はなく、本当にそうなるのかは未知数の状態であった。
「横島君。あなたは自分の霊能について、もっと知る必要があると思うわ」
「う〜ん……」
 シャークティの言葉に横島は唸る。彼自身、この霊力供給については、これまでそれ程深くは考えてはいなかった。アスナ達のための修行であると同時に、自分にとっても役得なもの。その程度の認識でしかなかった。霊能力者としての資質を持たない者まで霊力に目覚めさせてしまう霊能。それがどれほど凄い事なのか、横島自身全く自覚していなかったのだ。
「私もシスターシャークティの意見に賛成です。実験と言えば言葉が悪いですが、私の時の失敗を糧に、今のやり方を編み出したように、愛衣さんの時に失敗仕掛けた事も、更に改善するための切っ掛けにしましょう」
 夕映もシャークティに賛同する。その目は、好奇心にかられた時のそれだ。キラキラと輝いている。
「わ、分かった。考えてみる。明日から色々試してみよう。でも、とりあえず今日はいつも通りにやろう、な?」
 至近距離まで顔を近付けて迫ってくる夕映に、横島はコクコクと頷くしかなかった。しかし、すぐに改善方法が浮かぶと言うものでもないため、今日は夜の警備まで時間が少ないと言う事もあり、いつも通りに霊力供給をする事にする。
「それじゃ、愛衣ちゃんとココネからやってこうか。二人は、ヒーリングだけな。本格的な修行は、経絡のダメージが引いてからだ」
「分かりました、お兄様」
「ヨロシク」
 まずは、愛衣とココネの二人にヒーリングをする。これまでは、霊力を注ぎ込む事で当人の治癒力を高めると言う方法であったが、最近になって横島もヒーリングが出来るようになっていた。これまで、癒そうと言う意志を持って霊力を送り込んできた経験が功を奏したのかも知れない。
「次は私にお願いします! 横島さん、たくさん霊力を注ぎ込んでくださいね。私、全部受け止めてみせますから!」
 続けてアスナ、古菲、裕奈の順に霊力供給を行っていく。経絡を開いてもらう時の愛衣に倣ったのか、皆身体をいつもより少し近付けての霊力供給だ。腕を真っ直ぐ伸ばせない分、横島にとっては少し辛い体勢でもある。こうなってくると本当に新しい霊力供給方法を模索する必要性が感じられる。
 ちなみに、夕映は自ら後回しを希望した。彼女の場合、霊力を供給してもらうとトイレに行きたくなってしまうため、皆を最後まで見届けるためにもこの方が良いのだ。
 高音もまた、後回しを希望していた。こちらは経絡を開いてもらった時の事を思い出して踏ん切りがつかないようだ。見兼ねた夕映が、ならば私からと率先して次は自分がと名乗り出たため、夕映、高音の順で霊力供給を行う事になった。
 夕映はアスナ達と同じく少し身体を横島に近付けて霊力を供給してもらったが、高音は、やはり恥ずかしいのか経絡を開く時と同じ距離を希望した。横島としてはそちらの方が楽な体勢なので、そちらの方が大量に霊力を供給しやすいのだが、高音はそれを知る由もない。

 全員への霊力供給を終えると、部屋は死屍累々と言った様相を呈していた。夕映はフラフラとトイレへ行き、古菲はおぼつかない足取りで美空に肩を貸して貰いながら、身体を動かして溜まった霊力を発散するために外へと向かう。シャークティもまた、この二人に付いて行った。
 裕奈と高音の二人は、ベッドの上に倒れていた。真っ赤な顔をした裕奈は仰向けに、高音は恥ずかしいのか枕に顔を埋めて俯せになっている。どちらも全身汗ばんでおり、激しい運動をした後のように息が荒い。
 高音は口をきく余裕もないようだが、裕奈の方はまだ少しだけ余裕があった。腕で目元を覆い、視界を塞ぐ事によって、自分の身体の中を流れる横島の霊力を感じ取ろうとしている。古菲が身体を動かしながら霊力の流れを把握しようとしているように、彼女もまた自分なりに霊力の感覚を掴もうとしているのだ。
 ちなみに、毎度トイレに駆け込む夕映も、トイレの中で一人になる事で、心を落ち着かせて体内の霊力を感じ取っているそうだ。それが彼女なりの集中する方法なのだろう。
 対する、アスナ、愛衣、ココネの三人は比較的平然としていた。愛衣は心配そうに俯せの高音に付き添い、ココネは横島の膝の上によじ登り、ご満悦である。
 今日はヒーリングだけだった愛衣とココネはともかく、アスナは大量の霊力を供給されているはずなのだが、裕奈達のようにはなっていない。霊力を扱えるアスナは、他の面々よりも、明確に横島の霊力を感じ取っているのだが、それがむしろ彼女に元気を与えていた。今は元気に横島の前でサイキックソーサーを作る練習をしている。
 一方、横島はと言うと、ココネを膝の上に乗せたまま、アスナ達に霊力を供給してあふんあふん言わせる事で湧き上がった霊力を利用し、文珠の速成に挑戦していた。
「……まだ、もう少し足りないか」
 文珠を完成させるには、もう少しだけ霊力が足りないようだ。しかし、この様子なら茶々丸のネジを巻く際に、また文珠が一つ完成しそうだ。

 アスナ達の姿を眺めながら、横島は考える。ここ数日考えてみたが、やはり自分に煩悩を抑える事など出来なさそうだと。
 むしろ、この希代の暴れ馬を乗りこなそう。煩悩を抑えられないと言うのであれば、それを自らの修行とするのだ。その方がずっと自分らしいではないかと、横島は開き直る。
 そのためにも、この霊力供給の霊能についてもっと知らなくてはならないだろう。霊衣を手に入れる事も考えた方が良いだろうか。裕奈が皆でお揃いのトレーニングウェアを用意しようと言っていたが、それが霊衣でも良いかもしれない。
 そんな事を考えながら、横島は半ば出来かけた文珠をぐっと握り締めるのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 外部からの助っ人を呼べない等の関東魔法協会の事情。
 麻帆良学園都市内の学校の配置、地理関係。
 葛葉刀子、シスター・シャークティ、ココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
 『彼』に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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