topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.103
前へ もくじへ 次へ


 横島、及びアキラの失踪。学園長は、この報せを麻帆良女子中の学園長室で聞いた。丁度、一時限目の授業が終わった直後の事だ。
 連絡をしてきた女子寮の管理人によると、調査のために入った室内から、二人は忽然と姿を消したらしい。その部屋の主である千雨の行方も分かっておらず、同じトラブルに巻き込まれたと考えられる。
 その報告を受けて学園長は頭を抱えた。魔法界本国と西からの援軍を迎えるべく準備を進めている真っ最中だと言うのに、麻帆良学園都市内でトラブルが起きれば、その準備が無駄に成りかねない。それだけに、この報告を受けた学園長が、いの一番に『彼』の関与を疑ったのも仕方の無い事だろう。
 しかし、頭を抱えていても事態は進展しない。学園長は、すぐさま多方面から情報を集めるよう指示を飛ばす。明石教授に魔法使い絡みのトラブルの線から調査させ、更にこれが霊障である可能性も考慮し、GS協会の方にも確認を取る事にした。
 しかし、肝心の横島も被害に遭い行方知れずとなっている。そこで学園長は、もう一人の交渉担当者に頼む事にする。電話を掛けると、休み時間であったため、担当者はすぐに電話に出た。
「なるほど、それで私ですか?」
「ウム、麻帆良学園都市外でも同じような霊障が発生していないかどうか、すぐに調べてもらいたい」
 学園長の連絡相手、横島以外のもう一人のGS協会との交渉担当者、それはシスター・シャークティだ。かつてはGSを目指して霊能力者としての修行もしていた彼女は、GSにも知り合いが多い。GS協会に依頼して、外部からの協力者を派遣してもらえるよう要請したのも、実は彼女である。
「分かりました。至急問い合わせますので、しばらくお待ち下さい」
 そう言ってシャークティは電話を切り、そのままGS協会の知り合いへ問い合わせた。そのまま彼女は次の授業に臨み、昼には向こうからの連絡を受け取る事になるのだが、それよりも早くに、この件に関する情報を得た者がいた。

「ああ、『キャラバンクエストOnline』でしょ? ネットじゃ噂になってるよ〜」
「プレイヤーが昏睡状態に陥ったり、神隠しに遭ったりするゲームですか……」

 それはネギである。ネギがホームルームのために教室に赴いた際に、千雨の一件について知ったハルナが、ネット上で噂になっている事件についてネギに聞かせたのだ。
 ハルナの話によると、『キャラバンクエストOnline』をプレイするとゲームの世界に入れると言う噂は、ネット上ではかなり広まっているそうだ。実際に行方知れずになった者、昏睡状態になった者も多く、ゲーム中で現実の服装の者が見掛けられるようになって、噂の拡大は更に加速する事になった。
 『キャラバンクエスト』のシリーズは、以前にも同じ様な霊障を発生させており、その時はスタッフの魂が吸い込まれたらしい。ハルナも知らない事だが、それを解決したGSと言うのが、横島の元上司、美神令子である。
「え〜っと、オンラインゲームって大勢の人がプレイするんですよね?」
「人気シリーズだから、オンラインじゃなくても大勢がプレイするよ。まぁ、今回の場合はネギ君の言う通り、オンラインだから一つの舞台に皆集まっちゃうのよね」
 今回の事件の問題点は、被害に遭ったプレイヤーが、他のプレイヤーにゲーム内で会える事だろう。それで却って面白がる者達が現れ始め、被害が拡大してしまった。
「なんと言うか……そんなゲーム、止めちゃえば良いんじゃ?」
「私も詳しく知らないんだけど、魂を吸い込まれた人も、微かに身体とのリンクが残ってるらしくてね、止めるに止められないそうよ」
 魂を吸い込まれ昏睡状態に陥った人も、僅かにだが魂と肉体のリンクが残っているらしい。おかげで抜け殻となった身体も生命活動が停止せずに済んでいるのだが、ゲーム自体を停止させてしまうと、その繋がりすらも断ってしまう事になる。
 となると、新たなプレイヤーの参入を防ぐ事を考えなければならないだろう。しかし、開発元であるヘキサグラムフェニックス社も、被害者の把握に苦慮していた。身体が昏睡状態で残ればまだ分かりやすいのだが、横島達のように身体ごと飲み込まれてしまうと、被害に遭った事自体が分かりにくいのだ。
 当然、事件を公にして注意を呼び掛け、商品の自主回収も進めているのだが、ゲームの世界に入り込める事を面白がっている者も多く、被害に歯止めが掛からないのが現状である。
 ちなみに、このリンクについては、息子が昏睡状態になったと両親から相談を受けたあるGSが調査して判明した事らしい。昏睡の原因が『キャラバンクエスト』である事が分かったのも、そのためであった。
「千雨っちってネットよくやるって話だから知ってるかと思ったけど、ゲーム系は疎かったのかなぁ……とりあえず、部屋に残ってたゲーム機、電源は切っちゃダメだよ。今のとこ、解決したらそれを通じて戻ってくる可能性が高いらしいから」
「わ、分かりました。学園長に伝えておきます……………あ」
 慌てて学園長に連絡を取ろうとしたネギだったが、そこである事を思い出してピタリとその動きを止めた。
「ど、どうしよう、カモ君がやってたゲーム機、電源切っちゃいました!」
「……マジで?」
 実際、そう言う被害者も多いだろう。その件については、原因が『キャラバンクエスト』である事を突き止めたGSがネット上で質問に答えていた。ハルナをその内容を思い出して、ネギに伝える。
「え〜っと、確か、『キャラクエ』にログインする事で異界へのゲートを開いてる状態だから、もう一回ゲームを起動してカモ君のキャラでログインすれば良いはずよ。カモ君は今、学園長が預かってるの? だったら、ゲーム機も持って行きなさいよ。それごと預かってもらった方が良いと思うわ」
「わ、分かりました。すいませんが、学園長への連絡をお願い出来ますか。僕じゃ、どう説明して良いか分からないので。あと、次の授業は自習にします。僕は寮からゲーム機を取って来ますから!」
 そう言ってネギは杖に跨り、教室の窓から飛び出して行った。認識阻害の魔法は忘れずに掛けているとは言え、普段の彼ならば行わない事だ。カモが被害に遭い、相当焦っているらしい。
 寮からゲーム機を担いで戻って来たネギは、すぐさま学園長室にゲーム機を持ち込んだ。しかし、ネギも学園長もゲームには疎く、どうやってログインすれば良いかが分からずに、結局ハルナが学園長に喚び出される事になったのは言うまでもない話である。

 その後、昼休みに魔法先生達が呼び集められた。ネギの情報と、シャークティがGS協会から得た情報を皆に伝えるためだ。横島達の事が気になるのか、珍しくエヴァも茶々丸を伴って参加している。
 どうやらこの事件は、麻帆良学園都市内だけではなく全国規模で被害が出ているらしい。GS協会は既にこの事件の調査を進めており、ヘキサグラムフェニックス社と協力して被害の全容解明と被害者の保護に務めているそうだ。
 関東魔法協会としては、『彼』が関与していないと言う事に、ひとまず胸を撫で下ろす。
「とにかく、我々がなすべき事は、麻帆良学園都市内における被害の把握と、被害者の保護じゃ」
 抜け殻となった身体が残る被害者は、魂とのリンクが残っているため、生命活動こそ停止しないものの、栄養摂取が出来ない状態にある。つまり、病院に入院させるなどして、魂が戻ってくるまで点滴等で栄養補給を続けなければならないのだ。
 生徒については魔法先生達が動けば良いだろう。一般人については、警察内部の関係者を動かせば良い。
 事件の解決については、既にGS協会が動いているのだから、関東魔法協会が横からしゃしゃり出る訳にはいかないだろう。協力を要請されればその限りではないが、今の彼等に出来る事は、カモに処置したように、場合によっては魔法も使い、被害者の安全を確保する事であった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.103


「……とまぁ、ワシ等の現状は、こんなところじゃな」
 服屋へと向かう道すがら、ブロックルが現状について説明してくれた。
 ネットでの噂を聞いてからゲームの世界に入って来た者も少なからずいるため、この世界に引きずり込まれた者達は、自分達の現状を把握している。ゲーム中でもプレイヤーの拠点となるこの街には、引きずり込まれた者達が集う広場もあり、互いの情報交換も行っていた。
「ま、前向きなんだな……」
「ワシも含め、この状況を楽しんどるヤツは多いぞ。武器を手に取り、生身で戦ってる連中もな」
 不謹慎なその言葉に千雨は眉を顰めるが、ブロックルは気にしない。この件に関しては、カモも人の事は言えなかった。ゲームキャラになって戦う感覚は、日常では味わえない刺激的なものなのだ。
 肉体ごと引きずり込まれた者達にしても、変に怯えるよりかは良いかも知れないが、千雨は意外と剛毅な被害者達に感心すれば良いのか、それとも呆れれば良いのか分からずに複雑な表情を浮かべるのだった。

「ほい、ここが服屋っスよ」
 一行が辿り着いた服屋は、白い土壁の簡素な建物であった。ゲームにはありがちな、店の前面にカウンターがあって、そこから店主に話し掛けると言う形式の物だ。しかし、カモはカウンターを無視して脇の扉から店の中へと入って行こうとする。
「おいおい、勝手に入って良いのか?」
「カウンターで買い物しようにも商品が見れないんスよ。ゲームと違って」
「な、なるほど……」
 要するに、商品を直接見るには店内に入るしかないと言う事だ。一行はカモに連れられて店内へと入って行った。
 中に入ってみると、意外と広く、さまざまな服がズラッと並んでいた。「服屋」と言っていたが、その実態は「防具屋」らしく、布製の服は全体の二割程度だ。それ以外は金属製の鎧を筆頭に、なめした皮や、大きな鱗を貼り合わせた防具類である。
「さぁ、好きなのを選んでくだせぇ。ここはオレっち達が奢りますよ!」
 その言葉を聞くやいなや、千雨は服が並んでいる列に向かって行った。
「お主達も選ぶと良い。その格好じゃ、目立ち過ぎるしの」
 横島とアキラも防具を揃えるように勧められる。現在、この『キャラバンクエスト』には魂だけ引きずり込まれた者、肉体ごと引きずり込まれた者だけでなく、被害を受けていない一般プレイヤーも入り交じっているらしく、この一般プレイヤーが現実の服装をした者を見付けては面白がって付け回すと言う事があるらしい。そのため、学生服のまま歩き回る事は、防具としての性能が無いと言う事も含めてデメリットしか無いそうだ。
 言われてみれば、服屋に来るまでの間一行は先頭にブロックル、最後尾にカモが立ち、三人をガードするような態勢を取っていた。強面のカモが、周囲のプレイヤーに睨みを効かせていたのだ。
 そう言われると、動きやすさ第一で防具をあまり身につけない横島も、学生服のままで居る訳にはいかない。アキラと二人で、自分達の防具を見繕う事にした。
「あの……これ、サイズとかは?」
「基本的に、どれもフリーサイズっスよ。試着はあそこでしてみてくだせぇ」
 店内に並んだ女性物と思わしき装備は、長身のアキラには小さ過ぎるように見えた。不安になったアキラが問い掛けると、カモはそれらのサイズは自由自在である事を教えてくれた。やはり、ここは現実の世界ではなくゲームの中なのだ。
 更にカモは、店の隅にある衝立に囲まれたスペースを指差した。ゲーム内の店に試着室などあるはずもなく、他の引きずり込まれたプレイヤー達が、衝立を持ち込んで作った物らしい。
「よ、横島さん、どうしよう?」
「う〜ん、とりあえず俺は動きやすそうなのを選ぶが、アキラちゃんはガチガチに守りを固めようか。戦えなくても、身を守るぐらいは出来るだろうし」
「分かった。その、よく分からないから、横島さんが選んでくれないかな?」
 もじもじしながらそう言われると、横島としても否とは言えない。自分の分は後回しにして、まずは二人でアキラの防具選びから始めるのだった。

「とりあえず、下着だな……確か、装備の中にあったはずだ」
 一方、千雨はと言うと、まずは下着を探していた。現在の彼女は、寝間着姿で引きずり込まれてしまったため、上はスウェットだけで下着を身に着けていない。フード付きのマントを羽織って全身を隠し、フードを目深に被って顔も見られないようにしていても、彼女自身が恥ずかしい事には変わりはなかった。
 これがまだ同性のアキラ、オコジョのカモ、或いは見ず知らずに近いブロックルならば割り切れたかも知れない。しかし、横島だけは別であった。年もさほど離れている訳ではなく、元より交友関係の狭い千雨にとっては、家族以外で最も親しい男性と言える。しかも、彼には一度『全体・武装解除(アド・スンマム・エクサルマティオー)』に巻き込まれた際に、一糸纏わぬ姿を見られてしまっているのだ。そんな彼を意識するなと言うのは、年頃の少女には無理な相談である。
 そこで、このゲームの装備品の中に下着や水着もあった事を覚えていた千雨は、それを探して身に着ける事にしたのだ。ネタとして出てくる防具なので、かなりマニアックな物や、際どいデザインの物が多かったが、この際贅沢は言ってられないだろう。
 幸い服の列の中に、下着、水着類のコーナーはすぐに見付かった。中でも白を基調とした比較的おとなしめのデザインを手に取る。更に近くにあった地味めのローブを取った千雨は、その二つを隠すように抱え込むと、そそくさと試着室に向かった。
「ちょっと待て、嬢ちゃん」
「な、なんだよ」
 しかし、試着室に入る直前、ブロックルに呼び止められる。彼は、千雨が抱えた二つの「防具」を見ておずおずと尋ねてきた。
「そんな物を持っていくのは……趣味か!?」
「んな訳ねーだろッ!!」
「やはりか……まぁ、その格好は寝間着じゃしのぅ」
「ぐっ……」
 仕方の無い事かも知れないが、下着を身に着けていない事がバレてしまった。どう返すべきかと千雨が頭を悩ませていると、ブロックルはスッと一つの防具を指差す。疑問符を浮かべた千雨がそちらを見てみると、そこにはなめし革で作られた鎧があった。コーディネート例なのか、鎧の下に身に着ける服と一緒に飾られている。
「……って、まさか」
「そのまさかじゃ。服や下着のように見えるが、それはあくまで『防具』。システム上、同じ箇所に二つの装備を身に着ける事は……出来ん」
 千雨はその場に崩れ落ちた。ブロックルの言葉が正しければ、千雨が抱えている二つの防具は、どちらも「上半身用防具」だ。つまり、二つ同時に身に着ける事は出来ない。ローブを選べば状況は今と変わらず、下着を選べば、下着姿で街中を歩く事になってしまう。
 ここは、試す前に教えてくれた彼に感謝すべきだろうか。素直に感謝が出来ないのは、状況を改善する手段が思い付かないためかも知れない。
「もしかして、アキラのヤツも同じような状態に?」
「いや、ゲームでも何も装備していなければ下着姿になるじゃろ? あれと同じじゃよ。あっちの嬢ちゃんも『何も装備してない』下着姿の上に、制服と言う防具を装備してる状態なんじゃ」
「なるほど……」
 つまり、「何も装備していない状態」が、千雨の場合は「ブラも身に着けていない状態」になっていると言う事だ。ある意味これはハンデである。何故なら、装備出来る防具を限定されたようなものなのだから。
 膝を突き、崩れ落ちていた千雨は、顔を上げてブロックルに尋ねる。
「なぁ、バレちまったから聞くんだが、何か良い防具ないか?」
「下着代わりと考えるなら……水着か?」
「いや、それは変わんねぇし」
 露出度の高さでは互角である。むしろ、水着と銘打った防具は際どいデザインの物ばかりなので、ある意味下着よりも高いかも知れない。
「だったらアレじゃな」
 そう言ってブロックルが紹介したのは、鎧の列にあるにも関わらず、水着とほとんど変わらぬデザインの防具であった。ただし、こちらは水着と違って所々金属で補強されており、肩や腕等に鎧のパーツがセットとなって付いていた。
「あ、あれは、もしや……」
「所謂、ビキニアーマーじゃな」
「勘弁してくれ……」
 水着と変わらぬ露出度なのに鎧と言い張る鎧。現実に存在すれば、本当に防具として効果があるのかどうか疑問だが、ここはゲームの世界。ビキニアーマーもれっきとした防具であった。
 選択肢は三つに増えた。しかし、その全てがろくな物ではない。この中からどれかを選ばなければならないのか。そんな事を考えながらも、千雨はどうしたものかと、頭を抱えるのだった。
「姐さん、姐さん! これなんかどうだい?」
 そう言ってカモが持って来たのは、メイド服であった。かなりスカートの丈が短いデザインで、強面の大男がそれを持って駆け寄ってくる姿は、なかなかにシュールだ。このゲーム、女性用のネタ装備は充実しているらしい。無論、千雨がそれを試着するはずもなく、無言でカモを蹴倒したのは言うまでもない事である。

 そう言えば、アキラ達はどうなっているのか。何かヒントは無いかと、千雨は藁にも縋る思いで彼女達の方にチラリと視線を向けてみた。
「おお〜、可愛いぞアキラちゃん!」
「そ、そうかな……?」
 あちらは、どうやら上手くやっているらしい。様々な防具を試着してみては、その度に横島が可愛い、可愛いと連呼していた。
 どうやらアキラの防具は横島が選んでいるらしいのだが、意外とおとなしいデザインの防具である。横島の性格を考えれば、ここぞとばかりに際どい防具を持ってくるかと思いきや、彼がアキラに選ぶ防具の数々は、むしろ露出度が低い、堅実な防具であった。
 彼女は意外と力持ちであるため、金属製の防具も装備出来る。現在、彼女が装備しているのは、女性用のドレスをイメージしてデザインされた鎧であった。鎖を編んだチェインメイルに、各部プレートを組み合わせて作られている。
「うん、これも可愛いな」
「〜〜〜〜〜っ!」
 可愛い可愛いと連呼されて、アキラは顔を真っ赤にしている。傍から見ていて、アキラが身に着けているのは、あまり可愛らしいデザインだとは思えない。どちらかと言えば無骨な物だ。しかし、彼はそんな事はおかまいなしだった。
 横島は普段から女性の容姿を褒めるような世辞は、それこそナンパの時ぐらいしか言わない性質である。ついでに言えば世辞を言ってるようにも見えない。デレデレとした表情を見せるその姿は、むしろ別の何かを彷彿とさせる。
「………あ」
 そこまで考えていて、千雨は、はたと気付いてしまった。今の彼を表すのに相応しい言葉を。
「そうか。あれだ、『親バカ』だ」
 年齢差を考えれば『兄バカ』と言うべきだろうか。一言で言えば贔屓目。今の彼は、アキラが身に着けている物ならば、何でも可愛く見えるのだろう。
 言われるアキラも恥ずかしいのだろうが、見ている千雨も恥ずかしくなってくる。千雨も横島について詳しい訳ではないが、どちらかと言えば「助平な男」と言うイメージが強かっただけに、清々しいまでの兄バカっぷりは、意外な一面を見た思いであった。
「でも、堅実だよな。私も、横島さんに頼むべきだったか?」
 それでも、防具選びとしては堅実であった。時折、露出の多い際どいデザインの物も試着させているようだが、アキラが何も言わずとも、すぐに別の物に着替えさせている。その際に勧めるのは、しっかりと身を固める防具だ。全体的に見れば、街を出歩くのにも恥ずかしくないデザインの物ばかりであった。
 横島としては、露出度の高い格好で、アキラを見せ物にするような真似はしたくなかったのだ。この発想から言って兄バカっぷりが全開である。しかし、それ故に堅実な防具選びになっているのだから皮肉としか言い様がない。
 時折際どい防具を試着させるのは、役得と言ったところであろうか。アキラが断らないため、下着や水着系のネタ装備も含め、色々な格好もさせてみたが、それもまた自分が楽しむのみで、他の男達に見せてやるつもりは欠片も無かった。
「どうだ。動きやすさは」
「腕を動かすのにも、あまり邪魔にならないよ」
 アキラの七変化を十分に堪能した横島。どうやら、このチェインメイルとプレートを組み合わせた鎧を気に入ったようだ。「チェインプレート」とでも呼ぶべきだろうか。上半身の露出はほとんどなく、かつ動きやすさも損なわれていないようだ。少々無骨なイメージもあるが、横島視点では「可愛い」そうなので、その点についても問題は無い。傍から見てる千雨は「あんたが可愛いって言ってるのは、鎧じゃなくてアキラだろう」とツっこみたくて堪らなかったが、それは言わぬが華である。
「小手は……こいつがプレートと同じ色だな。足も同じ色のグリーブがあるな。お、タイツもあるのか、コレも一緒に装備出来るか?」
 横島はチェインプレートを中心に防具を揃える事にしたようで、すぐに同色のガントレットとグリーブを持って来た。チェインプレートの近くに飾ってあった物なので、元々セットだったのかも知れない。
 このチェインプレートは、腰回りがスカートのようになっており、そのまま足を露出しても良いデザインになっている。しかし、横島は生足を晒させるのも良しとせず、タイツを穿かせる事で、足も隠させる事にした。このタイツもれっきとした防具である。タイツの方は「下半身装備」、グリーブの方は「足装備」であるため、同時に装備するのも問題は無い。
「そうだ、この盾はどうだ?」
「う〜ん……重いけど、まぁ、なんとか」
 更には、上部が丸く、下端に向けてだんだんと細くなっているデザインの盾も持たせた。所謂「カイトシールド」である。地面に立てればアキラの腰辺りまでの高さがあり、かなり大型の盾だ。横島は徹底して、アキラには守りを固めてもらうつもりらしい。
「最後に、兜だな。これなんかどうだ? 重くないか?」
「大丈夫。意外と軽いよ、これ」
 最後に横島は、後頭部を覆う部分が鳥の尾のように突き出た形の兜をアキラに被せた。顔全体を覆う物ではなく、頭に被る形の「サレット」と言う種類の兜だ。盾と兜もチェインプレートと同系色でまとめられており、全てを装備したアキラの姿は、彼女自身の凛とした雰囲気も相まって、まるで物語に登場する女騎士のようにも見えた。
「おーっし! 良い感じに出来たな」
「結構スゴイね……でも、これなら恥ずかしくは無いよ」
 アキラも、鏡で自分の姿を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。防具を選べと言われても、何も分からないため、横島に任せたが、どんな格好をさせられるか正直不安だったのだ。途中、際どい格好をさせられたりもしたが、最終的にはこの通り、しっかりと重装備で身を固める事が出来た。
「これなら、足を引っ張る事もない、かな?」
 横島に巻き込まれる形でこの世界にやってきたアキラ。足手纏いにならずに済むと言うのが、彼女にとっては一番嬉しい事であった。

「うぉ、結構格好良いじゃねーか」
 この結果には、千雨も驚きである。まさか、こうも真っ当な装備で揃えてくるとは。正直、横島と言う男を少し見直した。
 プレイヤーの間で人気なのは派手で格好良い装備である。その点、アキラの装備は少々地味かも知れない。しかし、千雨は自分が身に着けるならば、あんな装備の方が良いと思った。ノーブラと言う問題がなければ、だが。
「……よしっ!」
 千雨は抱えていた二つの装備を戻すと、その足で横島の方に近付いて行った。
「あ、あの、横島さん。ちょっといいか?」
「ん、どうした?」
「その……私の防具も選んで欲しいんだ」
「ああ、いいぞ」
 自分の防具を選んで欲しいと頼む千雨に、横島はあっさりと承諾の返事を返した。
 そして、すぐさま上半身用の鎧を物色し始めるが、千雨はそれに待ったを掛ける。ただ防具を選ぶだけでは駄目なのだ。彼女が今抱えるブラジャーを着けていないため、擦れてしまうと言う問題を解決出来なければ。
 まず、その事を横島に説明しなければならない。恥ずかしくて堪らないが、これはもう仕方が無いだろう。千雨は顔を真っ赤にして横島に近付き、彼の耳元まで顔を近付けると、囁くように小声で自分がノーブラである事を伝えた。
 次の瞬間、弾けるような粘着音と共に、横島が鼻血を噴き出した。
「バ、バカ! 興奮し過ぎだ!」
「ス、スマン、つい……」
 そう言って横島は、鼻を押さえながらマジマジと千雨の胸元を見る。マントで隠れていて見えないが、そこにスウェット一枚でノーブラの胸があると思うと、再び鼻血を噴き出しそうになってしまう。
「だから見るなって! 結構、ツラいんだ。何とかしてくれよ!」
「お、おう、任せとけ」
 マントで見えないはずなのに、両手で胸元を隠す千雨。あまりにも恥ずかし過ぎるのか、涙目になっている。
 そんな目で見詰められては、横島も真剣に選ばざるを得ない。鼻血をピタリと止めて、真面目に防具の列と向かい合った。
「下着とかもあるみたいだけど」
「それも防具扱いだから、重ね着出来ないんだよ」
「アキラちゃんが着てる鎧とかも、ちゃんと鎧下の服があるけど、ああ言うのは?」
「その……擦れるから勘弁して欲しいと言うか……って、言わせんなよ、こんな事!」
 恥ずかしいので出来れば答えたくないのだが、言わなければ横島も防具を選べないので、千雨は真っ赤な顔でそっぽを向きながら答える。
 横島は、その答えを聞いて防具を見て回るが、正直この条件は厳しかった。下着の代替え品となり、なおかつ街中を歩ける物。この二つの条件を同時に満たす物となると、なかなか見付からない。
「ワシゃ、アレしかないと思うんだがの〜」
「おお! アレも良いっスね〜!」
 ブロックルは、再びビキニアーマーを勧めてきた。カモも目を輝かせてそれに賛同する。
 横島も正直心が動いた。実は、それは彼も当初から目を着けていた防具なのだ。しかし、アキラにそれを勧めると、恥ずかしがるを通り越して涙目で見られそうだったので、涙を呑んで諦めていた。
「い、イヤだぞ、私は。それを着て街中を歩くなんて」
「だよなぁ……」
 当然、千雨もキッパリと拒否した。肩当て等が付いているとは言え、実質的には下着や水着と変わらないのだ。いかに彼女がコスプレイヤーとは言っても、それは「ネットアイドルちう」だからこそ出来る事であり、「千雨」には到底不可能な事であった。

「ん? ちょっと待てよ……」
 この時、再び千雨の胸元に視線を向けていた横島が、ある事に気付いた。
「なぁ、千雨ちゃん。そのマントの下、スウェットを着てるんだよな?」
「え、あ、ああ……って、当たり前だろ! マントの下は裸とか出来る訳ねーだろ!」
 そう、彼女は今、スウェットの上にマントを羽織っている。
 そして、現実の服は、防御性能こそないものの、この『キャラバンクエスト』の世界では防具扱いとなる。
 では、スウェットとマントを同時に装備するのは重ね着ではないのか。
「その辺どーよ?」
「それは重ね着にはならないっスよ。マントは『上半身防具』じゃなくて『装飾品』扱いなんで」
「なんだ、それなら話は簡単じゃないか」
 横島はニヤリと笑って千雨に向き直った。
「千雨ちゃん、下着と水着とビキニアーマー、この三つの中から選ぶならどれにする?」
「その三択か!? ……そ、それなら、ビキニアーマーか? 露出度高くても、一応『鎧』な訳だし」
 防具としての能力は、下着も水着も鎧に劣らぬ性能を持っている訳だが、それはそれ。千雨にとっては、ちゃんと鎧を着ているんだと、自分に言い訳出来る事が重要であった。
「それじゃ、ビキニアーマーを装備して、それをマントで隠そう」
「なるほど……」
 そのままでは出歩くのが恥ずかしいのならば、それを隠せば良いのだ。そう、今自分がノーブラのスウェットをマントで隠しているように。自分が現在進行形でやっている事だと言うのに、盲点であった。
 改めて見ていると、ビキニアーマー上下と共に、腕に装備する装飾が施されたリストと、ブーツもセットになって売られている。これらを装備してマントで隠してしまえば良いだろう。アキラに比べて軽装ではあるが、元より体力で劣る千雨では、あのような重装備は出来ない。
「分かった。それで行くよ」
 今の状況では、これより良い手は無いだろう。そう判断した千雨は、ビキニアーマーを手に取り、更衣室に入って行った。
「マントも持って入っちゃったなぁ。これじゃ、ビキニアーマー着ても見られないんじゃないか?」
「何言ってんスか、兄さん。あのマントの下はビキニアーマーなんだって想像するのも乙なもんですぜ?」
「ところで、お主の防具はどうするんじゃ? 資金には余裕があるから、好きなのを選べよ」
 ブロックルが横島に声を掛けてくる。確かに、アキラと千雨の防具を選んで、自分の事はすっかり忘れていた。現実の服で出歩く事が出来ない以上、横島の防具も揃えなければ買い物は終わらないのだ。
 横島は、千雨が着替えている間にさっさと自分の分を見繕う事にする。
「う〜ん……それじゃ、これにすっか」
 そう言って横島が選んだのは、先程ブロックルが千雨に防具の説明をするために紹介したなめし革の鎧であった。
 アキラと千雨に比べて、随分と簡単に決めてしまったものだ。
「あっさりっスね」
「別に拘りもないしなぁ。軽くて動きやすければ、後はどうでもいいし」
「そいつは、シーフ御用達のレザーアーマーじゃな。動きやすさは保証するぞ」
「そりゃ丁度良いな。それじゃ、これにするわ。着替えてくるから待っててくれ」
 横島はレザーアーマーに合わせて手袋、ズボン、ブーツを一通り揃えると、千雨の隣の試着室に入って行った。後は着替えて退出時に料金を支払えば良い。
「制服とかは、どうすれば良いのかな?」
「ああ、それならこの袋に入れてくれ」
 脱いだ制服は、まとめて一つの袋に入れておく事にした。カモ達ゲームキャラの懐――アイテムボックスに収容する事も出来るのだが、現実の服を収納するとどうなるか分からないため、それは避ける事にする。

「とにかく、これで街中を歩く事が出来るようになったな」
「ああ、まずは情報収集から始める事にしようぜ」
「ム、一応武器も持っておいた方がいいんじゃないか?」
「……ああ、それも必要かもな」
 二人が着替えている間、手持ち無沙汰なカモとブロックルは、次の行動について話し合う。
 彼等の目的は、当然元の世界に戻る事だ。そのためには、もっとこの件に関する情報を得る必要があるだろう。ブロックルの言う通り、自衛のために、アキラ達も武器を持った方が良いのかも知れない。
 何にせよ、こうして防具を身に着けた事により、横島達も大手を振って街中を歩けるようになった。
 彼等はまだ、ようやくスタートラインに立ったばかりなのである。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 『キャラバンクエスト Online』
 「アレ」が肉体丸ごとゲーム内に取り込む能力を持っている。
 「アレ」が魂だけを取り込んでPCに憑依させる能力を持っている。
 フェニックス社は、ヘキサグラム社と合併して、ヘキサグラムフェニックス社となった。
 シスター・シャークティに関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

前へ もくじへ 次へ