topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.104
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 防具を買い揃え、『キャラバンクエスト』の世界を歩き回っても目立たない装いとなった一行は、続けて武器を買いに行き――あっさりと買い物を終わらせていた。
 これは即断即決したと言うよりも、選択の余地がほとんど無かったと言った方が正しい。アキラと千雨は戦いに関しては素人であり、横島も戦うならば『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』やサイキックソーサーを使うため、わざわざ武器を手に持つ必要が無いのだ。
 とは言え、何も持たないと言うのも怪しいだろう。このゲームのプレイヤーキャラは、基本的に素手で戦う事は無い。格闘技で戦うキャラもいるが、それでも棍やナックルダスター等の武器を装着しなければならない。ゲームシステム上、何かしらの武器を装備しなければ攻撃出来ないようになっているのだ。
 このルールは、肉体ごと取り込まれた者には適用されないそうだ。実際に取り込まれてすぐの者が、襲い掛かってきたモンスターを素手で返り討ちにした事があるらしい。
 と言う訳で、横島達は本来ならば武器を装備する必要はないのだが、「武器を持っていない」は「肉体ごと取り込まれた」とイコールで結びついてしまうため、ダミーとなる武器を持つ事にした。

「で、そのナイフっスか?」
「腰に差してりゃ、邪魔にならんしな」
 まず、横島が選んだのはスラリと真っ直ぐな刀身を持つ、飾り気の少ない無骨で大振りな両刃のナイフであった。横島は、なめし皮製の装備に身を固めているため、そのナイフを腰の後ろに装着すると、いかにも「シーフ」っぽい出で立ちとなる。
 動きを阻害しない、出来るだけ軽い物と言う事でそれを選んだらしいが、なんとも横島には似合っている。そのままゲームのキャラだと言っても違和感がないぐらいに、シーフが板についていた。
「むしろ、サバイバル用なんだがなー」
 もっとも、当の本人は武器と言うよりもサバイバルナイフをイメージして身に着けているので、その評価は不本意かも知れないが。
「……まぁ、使わずに済む事を祈るわ」
「横島さんには、霊能力があるもんね」
 アキラの言う通りである。横島の武器はあくまで霊能力であり、ナイフは外見で怪しまれないための飾りであった。腰の後ろに装着しているのも、少し大振りであるのも、どちらも飾りを目立たせるためである。
 とは言え、ここで飛道具等の他の武器ではなくナイフを選んだのは、ある人物の影響があったのかも知れない。
「最近、チャチャゼロがな〜」
「ああ、姐さんっスか……」
 その一言で、アルベールことカモは察したようだ。そう、チャチャゼロである。
 最近、さよやすらむぃ達と一緒に横島の膝の上が定位置となっている彼女は、さよ相手には出来ないナイフ談義を横島に聞かせていた。それだけでは飽きたらず、地方の仕事で山に入る事が多いと言う彼に、サバイバルナイフを持つよう勧めていたのだ。
 ちゃんと仕事で使える物を勧めようとしている辺り、親切なのかも知れない。本音を言えば、もっと戦闘用に特化した物を勧めたいだろうが、そこはチャチャゼロも自重していた。

 横島と違い、アキラと千雨は、別の意味で選択の余地が無かった。
 アキラは天然で経絡が開いているだけあって身体能力はかなりのものがあるが、戦いの心得が無い。その「気は優しくて力持ち」を地で行く性格もあって、ケンカをした事もほとんど無いのだ。
 また、アキラはガチガチに装備を固め、大型の盾も持っているため、どうしても空いた片方の手でしか武器を使えない。そこで横島は、『グラディウス』と呼ばれる身幅の広い小振りの片手剣を勧めた。
 しかし、その剣はアキラにとって軽過ぎであったため、頼りなく感じた彼女は、横島と共に手頃な重さの武器を探す事にした。
「ホントに、それで良かったのか?」
「……うん、ずっしりくるけど、振り回せない事はないよ」
 結局、アキラが選んだのは、長い刀身を持つ大振りの『バスタードソード』と呼ばれる剣であった。柄部分が長いため、片手でも両手でも使えると言う謳い文句で売られていたが、アキラはこれを片手に装備している。
 横島はアキラについて、恥ずかしがり屋で、自分とほとんど変わらぬ大柄な体格ながらも、小動物のようなイメージを抱いていた。しかし、バスタードソードを振り回す彼女を見て、それが間違いであった事に気付いた。
 彼女の身体能力については、古菲や刹那、真名に楓と言った3−Aの中でも武闘派な面々が一目を置いていると言うのも、今ならば納得出来る。アキラは、肉体的な潜在能力(ポテンシャル)は、古菲にも負けていない。正しくダイヤの原石である。
 もっとも、アキラの性格は、戦いには全く向いていない。横島は、彼女が自分の修行を受けようかと迷っている事は知っていた。修行をして、霊力が扱えるようになれば、彼女はきっと一端のGSになれるだろう。こちらから修行を勧めてみるべきかどうか、今の彼には判断がつきかねた。
「本音を言うと、すんげぇ惜しいーーーっ!!」
「ど、どうしたの? 横島さん」
「あ、いや、なんでもない」
 大河内アキラと言う少女を一言で表すならば「大和撫子」である。これに「今時珍しい」と言う枕詞が付く。
 長い黒髪の日本的美人。長身ではあるが、スラリとしたその姿は、がっしりとした印象は無い。むしろ出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでおり、中学生とは思えないスタイルを誇る。横島はまだ見た事がないが、一度水着姿を拝ませてもらいたい一人であった。

 一方、千雨はアキラよりも更に選択の幅は狭い。
 彼女はアキラと違って身体能力が特に優れている訳でもなく、ましてや戦いの心得など有るはずもない。
 更に言えば、「かろうじて下着よりはマシ」なビキニーアーマーをマントで隠している状態であるため、あまり激しく動く事が出来ない。能力的にも状況的にも、戦闘に参加する事はほぼ不可能であった。
「まぁ、これ持ってりゃ格好はつくか?」
「そうじゃのう、傍目にはそれっぽく見えるんじゃないか?」
 千雨がブロックルと共に選んだのは、一本の杖であった。上の先端部分に凝った装飾が施されており、中央に大きな宝石が嵌め込まれている。本来ならば、『魔法使い』が持つ杖だ。魔法の威力を高める効果があるそうだ。
「それ持ったら、魔法が使えるのか?」
「無理っスね。肉体ごと取り込まれたヤツは、魔法は使えません」
「やっぱり?」
 魂だけ取り込まれてゲームキャラになった者と、肉体ごと取り込まれた者の違いに、魔法が使えるかどうかと言うものがあった。
 考えてみれば当然の事かも知れないが、肉体ごと取り込まれた者は、ゲーム中の魔法を一切使う事が出来ないのだ。
「仮に魔法が使えるぐらいに、このゲームのシステムに取り込まれてしまうのなら……おそらく、ゲームシステム上存在しない霊能力は、使えなくなると思うぞ」
 ブロックルの意見は正しい。現に、今はゲームキャラである大柄な男になっているカモは、オコジョ魔法が使えないそうだ。逆に肉体ごと取り込まれた人の身体は、あくまで現実の身体そのままなのだ。だから、霊能力も使えるのである。
 その一方で、誰かから回復魔法を掛けてもらった場合は、肉体ごと取り込まれた人でもしっかりと効くそうだ。どう言う理屈かは分からないが、敵から攻撃魔法を受けても効くので、そう言うものだと考えるしかない。
「ちなみにお前らは、魔法は?」
「オレっちはファイターなんで、魔法はちょっと」
「ワシもそう言うのは無理じゃの」
 いかにも戦士な外見から期待はしていなかったが、もし怪我をした場合はゲーム中の回復用アイテムか、横島の文珠頼りと言う事になりそうだ。

「それで、これからどうするんだ? 準備は出来たんだろ?」
「とりあえず、どこか話せる所に移動しようか。そこで、俺の知ってる事を話すよ。前回、開発中のゲームに取り込まれた時の事をな」
「オレっち達も、知ってる情報は全部出しますよ。行きやしょう」
 何にせよ、これで準備は整った。一行は互いに持っている情報を出し合い、今後の行動を決めるために、まずは落ち着いて話せる場所へと移動を開始するのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.104


 カモに先導されながら、横島は考えていた。現在、彼が一番に考えなければならないのは、千雨とアキラを守る事だ。この騒動を解決し、全員無事に外の世界に戻る。これが最良である事は、間違いない。しかし、それはあくまで理想であり、現実にそれが許されるかは別問題である。
 もし、この騒動を解決せずに脱出する方法があるならば、千雨達を連れてひとまず脱出する事もアリだと横島は考えていた。なにせ突然巻き込まれた身の上であるため、情報不足、準備不足と、状況は最悪に近いのだ。運良くカモと出会えたために、こうして態勢を整える事が出来たが、そうでなければ、彼等も一被害者としてこの『キャラバンクエスト』の世界を彷徨う事になっていただろう。
 この騒動を解決するには、まず外に出て準備を整えるべきだ。横島はそう考えていた。もっとも、これも理想であり、現実にそれが許されるかは別問題であるが。

「ほい、到着っと」
 カモの言葉に、物思いに耽っていた横島はハッと現実に引き戻された。いつの間にか目的地に到着していたらしい。
「ここは?」
「プレイヤーの拠点になる『ギルド』っス」
 カモが一行を案内したのは、ゲーム上では「酒場兼宿屋」と言う名目の施設であった。しかし、辺りを見回してみると木製のログハウスなのだが、壁一面にズラッと並ぶカウンターの受付嬢、左右の壁に掛けられた掲示板と、どちらかと言えば役所のようなイメージを抱かせる光景である。
「あ、あの、壁際に並んでる人達は?」
「ああ、元から居る情報をくれるNPCじゃな。邪魔になるんで端に寄せとるんじゃ」
 ブロックルによると、ここは元々、テーブル等もあって、いかにも酒場な雰囲気だったらしい。しかし、実際に酒や料理が出てくる訳でもないため、邪魔だと他の取り込まれたプレイヤーが片付けてしまったそうだ。おかげで今では、受付で様々な手続きを取るだけの施設となってしまっている。役所のような雰囲気を感じるのはそのためであろう。
「ここは宿にもなってて、二階にも部屋があるんでさぁ」
 更にカモは、階段を上って二階へと移動する。そこは宿になっているらしく、狭い廊下に扉が並んでいた。その扉にはそれぞれ「使用中」、「未使用」と書かれた札が掛けられている。
「なんだこりゃ?」
「ああ、触っちゃダメっスよ。『使用中』になってる部屋は、中に誰かいますから」
 何気なく札を触ってみた横島に、カモが慌てて注意する。横島は慌てて手にした札を元に戻した。
 このゲームでは、一定範囲内に居るキャラが発した言葉は、全て会話ウィンドゥに表示される。通常のプレイヤーは、近くに隠れているだけで、会話を文字にして見る事が出来るのだ。そのため、内緒の話をするには、周囲に人が居ない場所で行う必要がある。
「も、もしかして、店での会話も誰かに聞かれてた可能性があるのか?」
 震える声で問い掛ける千雨。下着だ水着だと話していた事を思い出し、顔を真っ赤にしている。
「ああ、その点は心配ないって。建物の中とか部屋の中は『別エリア』扱いらしくてな。おかげで、ここが密談の場所として重宝されてるって訳さ」
「なるほどな」
 この二階に並んだ部屋、一つ一つが独立したエリアなのだ。この中での会話を聞くには、同じ部屋の中に入るしかない。最初からこの部屋の中に潜んでいない限り、盗み聞く事は不可能である。そのため、取り込まれたプレイヤーの間では、この部屋は「会議室」と呼ばれているらしい。
「ちなみに、誰かが潜んでる可能性は?」
「事前に調べりゃ大丈夫でしょ。このゲーム、姿を消す手段は無いし」
 可能性があるとすれば、姿を消す能力を持った霊能力者や魔法使いが肉体ごと取り込まれている事だろう。これについては、横島が事前に文珠で調べれば防ぐ事が出来るはずだ。最近はアスナ達のおかげで一日約一個のペースで文珠を生成しているため、ストックには余裕がある。
 横島達は部屋に入り、まず文珠を使って部屋内に誰もいない事を確認する。二つのベッドが並んだ、何の変哲もない寝室だ。念のためにベッドの下を覗き込むが、誰かが隠れている様子は無かった。
 更に窓から外を覗くが、外には何もなく、ただ青い空だけが広がっていた。窓から見えるのはこのエリアの背景であり、外が見えている訳ではないようだ。
 その姿が、カモには慎重過ぎるように見えるようで、彼は眉を顰めて横島に問い掛ける。
「そこまでして秘密にしなきゃいけないもんスか? むしろ、皆にも協力してもらった方が良いんじゃ?」
「協力してもらって、何をするかって問題があるだろ。今の俺達は、何して良いかも分からん状態なんだぞ」
「あ、そっか……」
 実際、ここで横島がGSである事を明かせば、脱出したい者達は、きっと彼を頼りにするだろう。しかし、彼にはこの現状を打破する術が無く、頼られてもどうする事も出来ない状態だ。何かしらの手かがりを得るまでは、混乱を防ぐためにも一被害者でいた方が良いだろうと横島は考えていた。これにはブロックルも同意する。目立ちたくない千雨も異論は無い。
 一行は横島、アキラと、千雨、カモ、ブロックルに別れて二つあるベッドに腰掛けた。
「ん?」
 その時、千雨は斜め向かい、横島の隣に座るアキラが何か言いたげな顔をしている事に気付く。その表情は、まるで何か言いたくても言えない時の千雨自身のようだ。いや、千雨の場合はその表情に怒りの感情が混じるだろうか。
 変なところで似ている。そんな事を考えながら、言いたい事があるなら言えるように促してやろうと、千雨はアキラに声を掛ける。
「どうした、反対なのか?」
「い、いや、そう言う訳じゃないんだけど……」
 しかし、アキラは千雨の問い掛けにも言葉を濁した。
 横島達もアキラの様子に気付き、何事かと問い掛ける。皆の視線が自分に集中している事に気付いたアキラは、恥ずかしそうに顔を伏せながらも、上目遣いで横島を見詰めながら、ポツリポツリと小さな声で喋り始めた。そんな彼女の頭に垂れ気味の犬の耳が見えたような気がしたのは、おそらく目の錯覚であろう。
「その、今の私達でも、誰かを助けられるんじゃないかと、思って……」
「あ〜……それはだな」
 横島はアキラが言いたい事を察した。こうしている今も、新たに取り込まれた人がどこかでモンスターに襲われているかも知れないのだ。彼はあえて考えないようにしていたが、実は彼等が取れる行動はもう一つある。それは、アキラの言う通り、新たに取り込まれる人、既に取り込まれている人達を守る事だ。
 彼がその方法を考えなかった理由は簡単である。それをしたところで事態は全く好転しないからだ。しばらく待てば救助が来ると言うのであれば、それも一つの選択肢だっただろう。また、ゲームキャラであるカモとブロックルのみであれば、不可能ではない。長期戦を覚悟する必要があるが。
 しかし、それをやるにはもう一つ大きな問題がある。横島はそれをアキラに告げる事が出来なかった。
「……アキラ、そりゃ無理だ」
 代わりに沈痛な面持ちで口を開いたのは千雨。横島が何を言いたいのか察したらしい。
「私やお前は、今は横島さん達に守られてる身なんだ。これ以上は、横島さん達に負担が大きい」
「うぅ……」
 その事は、アキラも薄々感づいていた。だから、千雨に促されるまで言う事が出来なかったのだ。
 こうして重装備に身を固めた今でも、モンスターを前にしたらまともに戦えるかどうか分からなかった。誰かを守るどころではない。今の彼女は守られる立場にある。
 今の自分ではどうしようもない。アキラも納得した様子でペコリと頭を下げた。
「ゴメン、ワガママ言って」
「いや、俺も助けられる方法があるなら、助けたいしな」
 もし、他の取り込まれた被害者が皆女性であれば、アキラの意見に乗って人助けに奔走していたかも知れない。しかし、男が多いため、横島は冷静に判断を下す事が出来た。
 今やるべき事は、脱出方法を探す事。何より、千雨とアキラの安全を確保しなければならない。この騒動を解決するのは、その手段の一つに過ぎないのである。

 それから横島は、皆にかつて除霊助手だった頃に体験したこれと同じような除霊について話した。
 悪霊に取り憑かれたのは、当時開発中だった『キャラバンクエスト』である。この時はまだ、オンラインゲームではなかった。その除霊の依頼を受けた令子は、回路に精神波を送り込む事でゲームの中に入り込み、ゲームプログラムをいじって悪霊を探し出し、それを退治したのだ。
 あの時は開発スタッフに被害があったが、ゲームは無事に発売されてシリーズは続き、オンラインゲームとなった直後にこの事件である。
「このゲーム、呪われてるんじゃねーか?」
 呆れた様子の千雨の言葉を、横島も否定する事が出来ない。
「………」
 いや、正確には聞いていなかった。千雨は二つある内の一つのベッドに腰掛けていたのだが、そのため閉じたマントが開いてしまい、中のビキニアーマーが覗いていたのだ。向かいに座る横島には、それが見えていたのである。
「って、見んなよっ!」
 横島の視線に気付いた千雨は、慌ててマントを閉じた。身体を丸めるようにして隠し、真っ赤な顔で、横島に抗議の視線を向けている。
 そして、何やら思い付いた千雨は、すくっと立ち上がると横島の隣に腰掛けた。横にいれば、かえって見られないだろうと考えたようだ。
 これで横島の正面には大男となったカモと、ドワーフ姿のブロックルしかいなくなったため、そのままスムーズに話は進められていく。
「それで、その時の悪霊は、魔王に取り憑いてたんですかい」
「そうなんだが、このゲームのラスボスってのはどこに居るんだ?」
「いないだろ、オンラインゲームなんだから。いたところで『クエストボス』ぐらいじゃないか?」
 横島の疑問には、千雨が答えた。
 彼は、前回と同じようにゲームの最後の敵に悪霊が取り憑いていると考えたようだったが、この『キャラバンクエストOnline』には、明確なストーリーと言う物が存在しない。プレイヤーはこの『ギルド』で『クエスト』を受けて、他のプレイヤーとも協力してそれを解決すると言うのが、このゲームの楽しみ方である。クエストによっては最後に強力なモンスターとの戦いが待っており、そのモンスターが『クエストボス』と呼ばれていたが、これは一匹ではない。クエストごとにクエストボスは存在しているのだ。
「その、クエストボスって言うのに悪霊は取り憑いてるのかな?」
「だとすりゃ、どのクエストボスかって話になるよなぁ……」
 プレイヤーの間では有名な手強いクエストボスと言うのもいるが、それも一体とは限らず何体も存在している。その中のどれに悪霊が取り憑いているのか、それとも全く別の何かに取り憑いているのか、それは今の横島達に判断する術は無い。
「もしかして、しらみ潰しか?」
「他に脱出する方法がなけりゃな」
 カモとブロックルは、他の取り込まれた被害者とも知り合いである。この状況を楽しんでいる者も少なからず存在するため、皆で助け合ってと言う展開にはなっていないが、それでも情報交換ぐらいはしていた。
「で、脱出方法に関する情報は?」
「さっぱりでさぁ」
「外部のプレイヤーからも情報収集しとるが、脱出出来たと言う話は聞いた事が無いのう」
「こりゃ本気で、事態の解決と脱出がイコールで繋がってるかも知れないな」
 そう言って横島は肩を落とす。どうやら、本気で事態の解決を図らねばならないらしい。
 仮にゲーム上でどれだけ強い相手だろうと、現実の霊力差の前には意味がない。これは令子が実際にやってみせた事だ。前回と同じ悪霊であれば、今の横島ならば倒す事が出来るだろう。
 しかし、どこに居るのか分からないと言うのがネックだ。あの時は令子がプログラムをいじってすぐに魔王の宮殿に辿り着けるようにしてくれたが、今回はそんなショートカットは使えず、そもそもどこに行けば良いのかが分からない。
 流石の横島も頭を抱えた。これでは手の打ちようがない。

「なぁ、ちょっといいか?」
 隣の千雨が、ちょんちょんと横島の肩を突く。
「ん、どうした?」
「その悪霊、ゲーム内での能力上げられるんだよな?」
「無限大にパワーアップしてたって話だな。美神さんに霊力でねじ伏せられてたけど」
「少なくとも、ゲームキャラとしては強くなってたんだな?」
「多分、そうなんだろうな」
「なるほど……」
 いくつか質問を投げ掛け、その答えを聞いた千雨は、何やら考え込む。
「どうしたんスか、姐さん?」
「いや、ちょっと考えたんだけどよ。ゲーム上のデータ書き換えられるなら、急に強くなったクエストボスとかいないのか?」
 悪霊がゲームのデータを書き換え、強くなる事が出来ると言うなら、逆に強くなった者に悪霊が憑いていると考える事も出来る。データ上で強くなっても意味がないと考えていた横島には、千雨の意見は盲点であった。
 これは調べる価値がある。そう判断した横島達は、その方針で行動を開始する事にした。
「それじゃ、ちょいと調べて来やす」
「この部屋は、特に使用時間などは決められていない。お主らはここで待っておれ」
 調べるためには他のプレイヤーに聞き込みをする必要がある。目立ちたくないと言う千雨の事を考え、聞き込みはカモとブロックルで行う事になった。横島とアキラも千雨と一緒に留守番だ。この二人は『キャラバンクエスト』に関する知識がまったくないため、クエストボスの名前を出されても、それが何であるかが分からないのである。
 せっかくなので留守番の間、横島とアキラは、千雨を教師役に『キャラバンクエスト』に関する基礎知識をレクチャーしてもらうのだった。



 一方、外の世界では昼休みになり、横島神隠しの報がようやくアスナ達の耳にも届いていた。
 いつもならば、あやか達を教師役に自習の時間となるのだが、今日はそれどころではない。
「よ、横島さんが、神隠し……?」
「アキラと千雨っちも一緒なの!?」
 ネギ、それに和美から情報がもたらされ、横島、アキラ、千雨の三人、それにカモが『キャラバンクエストOnline』の世界に取り込まれてしまったと言う事実を知る事になった。更にハルナが補足し、他にも大勢の被害者が出ている事も伝えられる。
「わ、私もゲームの中に入るッ!」
「アスナ、落ち着きなって」
 当然のように、自分も『キャラバンクエスト』の世界に入るんだと意気込むアスナを周りの面々が止めた。古菲達も本音を言えば助けに行きたいのだろうが、それが出来る状況ではない。そもそも、自分の意志で取り込まれる事は不可能なのだから。
「落ち着いてください、アスナさん。既にオカルトGメンも動き出しているそうですから、今は彼等に任せるんです」
「うぅ……」
「皆さんも気を付けてくださいね。部屋にゲーム機を持ってると言う人は他にも居ると思いますが、『キャラバンクエストOnline』には手を出さないように!」
「はーい!」
 皆に向かってネギの注意が飛ぶ。幸い、他に『キャラバンクエストOnline』のプレイヤーはいないようで、少なくとも3−Aでのこれ以上の被害は防げそうだった。

 その頃、麻帆良女子中の学園長室では、学園長が次々に舞い込んでくる情報への対応に追われていた。刀子もいくつかの授業を自習にし、学園長のサポートに回っている。
 いざ調べさせてみると、麻帆良学園都市内での被害はそれなりに多かったらしい。学生寮が多く、一人暮らしの者も少なくないため、発見の遅れに拍車が掛かったようだ。昏睡状態の者をまとめて保護し、ゲーム機だけが残された部屋は、現状の維持に務めるよう指示を飛ばす。
「まったく、西や本国からの援軍を迎えるのに忙しいと言うのに……」
 愚痴を零しても状況は好転しない。学園長は、いっそ中に取り込まれた横島が、この事態を解決してくれないものかと、他力本願な事を考えていた。
「ああ、刀子君。仮に横島君がしばらく戻ってこなかった場合の話じゃが」
「警備の事ですか?」
「そうじゃ。レーベンスシュルト城のチームでやりくりして、横島君の穴を埋めるようにしてくれんかの? 場合によっては、エヴァか茶々丸君に出てもらって良いから」
「……分かりました。何とかしてみます」
 横島は、平日はほぼ毎日警備に出る事になっているため、彼がいなくなってしまうと警備シフトに大きな穴が空く事になる。
 彼は四つのチームに属しているが、その四つのチームをまとめて、『レーベンスシュルト城グループ』として半ば独立した扱いを受けていた。
 学園長は、横島不在の場合は他の三つのチームから助っ人を出して穴埋めをさせようと考えていた。エヴァや茶々丸の手を借りても良いとの事だが、茶々丸はともかく、エヴァは頼んだところで手伝ってくれるかは甚だ疑問である。
 これはネギパーティを中心に、ガンドルフィーニ、弐集院、神多羅木を加えた『セーフハウスチーム』と同じ扱いのはずなのだが、刀子はどうにも「愚連隊」として放り出されている気分を拭えなかった。
 援軍が来れば、学園長、明石教授、それに高畑がいる本隊に組み込まれる事になるため、放り出されていると言うのもあながち間違いとは言えない。
 本隊は、関東魔法協会、関西呪術協会、魔法界本国の混成部隊となり、意見の調整などが必要になる。そのため、いざと言う時に素早く動けるよう、レーベンスシュルト城チームとセーフハウスチームには自由に動ける裁量権を与えておくと言う考えなのだろう。それは理解出来る。
 だが、そうなった場合、もう一人の魔法先生、シスター・シャークティはまだ若輩のため、レーベンスシュルト城チームの責任者は刀子と言う事になる。その肩に掛かる責任の重さに思わず溜め息がもれてしまいそうだ。

「わ、私もまだ若いですからっ!」
「どうしたんじゃ、いきなり?」

 忘れず主張しておかねばならない事である。

 それはともかく、横島には早く戻って来て欲しい。警備シフトの問題もあるが、なんだかんだと言って、レーベンスシュルト城において彼の占めるウェイトは大きかった。
「あら、私ったら……」
 いつの間にやら横島を頼りにしている自分に気付き、刀子は思わず苦笑してしまう。
 冷静に考えれば、彼もまた色々と頼りない面もあるのだが、そこは自分達がサポートしてやれば良い。そう考えればレーベンスシュルト城チームも、セーフハウスチームに負けていないように思えてくる。

「横島君達、無事に戻ってくると良いですね」
「そうじゃのぅ。無事なのは当然として、早く戻ってきてもらいたいものじゃ」
 そんな会話を交わしながら、テキパキと仕事をこなしていく刀子と学園長。
 肩の荷が下りた――いや、軽くなったと言うべきだろうか。先程までに比べ、刀子の表情は幾分柔らかくなっていた。


つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 『キャラバンクエスト Online』
 「アレ」が肉体丸ごとゲーム内に取り込む能力を持っている。
 「アレ」が魂だけを取り込んでPCに憑依させる能力を持っている。
 葛葉刀子に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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