topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.107
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「ちょっと待ったぁーーーッ!!」
 横島と仮契約(パクティオー)するべきか否か。いや、千雨が気にしている事を考えれば、横島とキスしても良いのかどうかと言い換えるべきかも知れない。突然選択を迫られたところに待ったを掛けたのは、意外にももう片方の当事者、横島忠夫その人であった。
「ハッキング出来るアーティファクトがあれば、アイツも倒せるかも知れないけど、だからと言って絶対に仮契約しなきゃならんって事にはならんだろ。無理矢理はよくないぞ」
「しまった。兄さんも兄貴も、この辺ガンコだからなぁ……」
 確かに、ブロックルの案は、あのドラゴンを倒す近道だろう。しかし、それは千雨に仮契約を強要する事になる。横島はそこが引っ掛かったようだ。アスナ、夕映、古菲、千鶴と四人の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』を持つ彼だが、皆自分の意志で横島をマスターに選び、仮契約をしていた。
 意外と言うべきか、意気地がないと言うべきか、横島は自分から強引に仮契約を迫った事は一度も無い。相手が自ら望み、自らの意志で仮契約をする。それが横島にとって譲れない一線であった。
 今回の場合は、ブロックルの誘いが半ば強要しているように見えたため、横島も思わず口を挟んでしまったのだ。
「そうは言うがの、仮契約カードで現し身を召喚するから、ここでアーティファクトが使えるんじゃ。ワシでは、それを召喚する事は出来んぞ?」
「ほ、他に方法は無いのかよ?」
 千雨もおずおずと問い掛ける。彼女は積極的に仮契約がしたいと言う訳ではない。正直なところ、他に方法があると言うのであれば、仮契約―――正確には、『魔法使いの従者』となる事で、「ファンタジー世界の住人」達と深く関わり合いになる事は避けたかった。
「やっぱ、文珠とか?」
 横島には文珠と言う切り札があった。だからこそ、無理に仮契約する必要は無いと止めに入れたのだろう。
「………」
 千雨は改めてその顔をまじまじと見てみる。
 いやらしさも感じるが、平々凡々な顔立ち、背格好も千雨に比べて高いが、同年代の男性と比べてみたら、高くもなく、低くもなくと言ったところであろうか。体格もまた、特別良い訳でもない。実は意外と鍛えられていると言う話を聞いた事もあったが、千雨は見た事が無かった。
 「好き」か「嫌い」かの二者択一を迫られたら、千雨は躊躇しながらも「好き」を選んでいただろう。少なくとも嫌いではない事は確かである。
 元々人見知りが激しく、交友関係が極めて狭い彼女にしてみれば、横島はなし崩し的に親しくなったとは言え、付き合いのある数少ない家族以外の男性だ。担任であるネギに対しても微妙に距離を置いている彼女にとって、唯一無二の存在と言っても良いかも知れない。
 だからと言って仮契約して良いかとなると、それはまた話が別である。ただでさえ、横島と仮契約すると言う事は、彼と深く関わる事に結び付くのだ。仮契約自体はそれほど深い意味を持たないのだが、彼の周囲では、そう言う認識で通っている。今後の人生を左右する選択と言い換えても良いだろう。目立たぬよう、他人と深く関わらぬように生きてきた千雨にとって、その選択は余りにも重過ぎた。

 千雨は改めて横島に問い掛ける。
「文珠で何とかなるのか?」
「込める文字次第で、何とかなりそうな気がする」
「どんな文字を入れるの?」
「う〜ん……」
 しかし、続けてアキラが問い掛けると、横島は腕を組んで考え込んでしまった。文珠を使えば何とかなると考えてはいるのだが、具体的にどのような文字を込めれば良いのかは、皆目見当が付かないのだ。
 何をやらねばならないかは分かっているのだが、それを漢字一文字で表すのは難しい。一応、横島は二文字までならなんとか制御出来るらしいのだが、それでも難しい事に変わりはなかった。
 そもそも「ハッキング」をどう漢字に直せと言うのか。文珠自体かなりアバウトな霊能だが、それでも限界はあるのだ。
「『解』と『決』でズバッと解決してくれないかなぁ?」
「いっそ『八禁愚(ハッキング)』とかどースか?」
「だ、ダメなんじゃないかな……?」
「ダメだ、こいつら……」
 横島達の反応に千雨は頭を抱える。文珠で解決出来ればと思っていたのだが、これはダメかも知れない。
 それと同時に、彼女の心の中にある想いが湧き上がってきた。「見ていられない」と。
 千雨は、周りで誰かがぐずぐずしていると、もっと上手くやれるだろうとイライラし、思わず口出ししてしまう事がある。人と距離を置くようにしながらも、根っこの部分では面倒見の良い姉御肌な部分があるのだ。
 アスナ達は横島の事を頼りにしているが、今の千雨は彼の事を情けないと見ていた。イライラしながらも口出ししないのは、自分の仮契約を回避するために頭を捻ってくれている事が分かっているからだろう。
 彼等の話し合いに参加しないものの、千雨も何か手は無いかと考えを巡らせる。
 しかし、良い考えが浮かばない。この手の専門用語と言うのは、得てして日本語に翻訳しにくいのだ。それが千雨には良く分かった。
 横島は文珠で解決すると言ってくれているが、文珠「だけ」ではこの件は解決出来ない。聡明な彼女には、それが理解出来てしまった。
「〜〜〜〜〜っ!!」
「姐さん、どうしたんですかい?」
 千雨が抱えた頭をブンブンと振り始めた事に気付いたカモが、心配そうに声を掛ける。すると、千雨は据わった目付きで彼を見据えると、ぼそぼそと小さい声で喋り始めた。
「おい、カ……じゃなくて、アルベール」
「な……なんスか?」
 キャラの名前で呼ぶ事を忘れない程度には冷静なようだが、その異様な迫力にアルベールことカモは思わず後ずさりしてしまう。
「仮契約ってのは、大した意味が無いんだよな? そうだよな?」
「は、はい、基本的には。魔法界じゃ仮契約屋なんてのもありますし……」
 少女の迫力に、大男が怯えコクコクと頷くと言うのも奇妙な光景だが、今の千雨には思わず怯えてしまうだけの迫力があった。彼女自身、自らの思考に追い詰められているため、その表情は引き攣っている。
「緊急事態だから、仕方なしに仮契約するってのも、アリだよな? な?」
「そ、そうっスねー。後に残りますけど、所詮は仮契約ですから」
「………………………よし」
 続けて千雨は、グルリと横島の方へと顔を向ける。その雰囲気に、横島は思わずビクッと肩を震わせた。
「やるぞ、仮契約」
「え、いや、無理にしなくても……」
「文珠だけじゃ無理だろ! それぐらい……私にも分かる」
「いや、まぁ……」
 そうなのだ。横島も様々な方法を考えてみたが、それで見えてきたのは文珠の限界であった。
 『万能の霊能』と呼ばれる文珠も、相手に触れられない状態では、効果を発揮する事が出来ない。そもそも、『キャラバンクエスト』に取り憑いている悪霊程度ならば、文珠を使わなくても除霊する事が出来る。ひとえに相手が隠れている事が問題なのだ。今回のような特殊な状況では尚更である。
 それを引きずり出すには、やはりハッキングしかない。
「私がいいって言ってんだよ! ブロックル、魔法陣は描いたんだろ! さっさと、全員小屋から出て行け!」
 顔を真っ赤にして捲し立てる千雨。ブロックルは床に描いていた魔法陣を発動させると、言われるままに小屋から出て行く。カモとアキラもそれに続いた。カモはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、アキラは、どこか微笑ましそうに千雨を見ながら。
 千雨は、カモよりもアキラの視線が気に掛かった。まるで全てを見透かされているような感じがする。
「ほ、本当に良いんだな?」
「しつこい。あんたがそんなだから、放っとけないんだろ」
「うっ……」
 危なっかしくて横島の事を放っておけない。年長者に対する想いとしては不適切かも知れないが、それが紛れもない千雨の本音である。ぶっきらぼうではあるが、今の彼女は、ある種母性的な想いに溢れていた。自他共に認める世話好きのアキラは、それを敏感に感じ取ったのかも知れない。
「い、いいか、これはあくまで、緊急手段なんだからな。あんたを助けるためにやるんだから、勘違いするんじゃねーぞ」
「わ、分かった」
「………」
「………」
 耳まで真っ赤にした千雨の言い訳。そして不意に二人共無言になってしまう。
 いくら緊急だからと言って、本当に嫌な相手ならば仮契約――キスなど許さなかっただろう。なにせ、これが千雨にとってファーストキスなのだから。
 それでも仮契約する事を決意したのは、横島ならば良いだろうと言う想いがあったからだ。
 これまで自分を守ってくれた、彼の頼りになる一面を見て胸を高鳴らせた。また、文珠をどう使えば良いのかと頭を悩ませる、彼の頼りにならない情けない一面を見て、これは放っておけない、自分が面倒を見てやらねばと思ってしまった。
 ヤバい、ハマりつつある。自分の現状に気付き、その頬を一筋の冷や汗が伝うが、ここまで来て後に引く気は無い。震える足取りで光る魔法陣の上に立つと、そのまま横島を待つ。
 魔法陣から溢れ出る光が、風のように彼女の身体を覆うマントを舞い上げる。下着姿とほとんど変わらぬビキニアーマー姿が横島の目に晒されるが、それ以上に胸が高鳴ってそれどころではない。横島もそれは同様のようで、右手右足を同時に前に出しながら、ギクシャクとした足取りで千雨の前に立つ。
 四人の従者を持つ横島に対し、それこそ百戦錬磨の手練れのようなイメージを抱いていた千雨は、そのぎこちなさに思わず苦笑してしまう。
 しかし、ぎこちないのは千雨も一緒であった。暑さ寒さは感じない世界だと言うのに、だんだん身体まで熱くなってきている気がする。顔も強張ってしまい、こんな場面だと言うのに、上手く笑えそうになかった。
「わ、悪い……もう、限界だ。後は、任せる」
 ロマンの欠片も無いが、これが彼女の限界であった。いっそ、勢いでキスをしてしまおうかと考えたが、身体が上手く動きそうにない。足もガクガクと震えている。すると、横島はそれに気付き、そっと千雨の腰に手を回して彼女の身体を支えてきた。
 やけに手慣れてるのではないか。そう感じた千雨だったが、どうせならば頼りになる所を見せて欲しいと思い直した。そして、そのまま目を閉じ、横島にその身を委ねる事にする。
「では、いただきます」
「ふざけてるんじゃねーぞ、バ……っ!」
 そして、千雨の言葉を遮るように、二人の唇が重ねられた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.107


「よし、仮契約成功じゃ」
「おぉ!」
 小屋の外では、中から溢れ出る光とブロックルの手に現れた仮契約カードに、ブロックルとカモは大騒ぎだ。

 その一方で、アキラは千雨の心情を察して小屋の外に出たが、今は複雑そうな表情で小屋を見ていた。
 千雨は、必要だから今仮契約をしたのだ。そうでなければ、このような非常時に言うべき事ではない。アキラは俯きながらも、今は外の世界に戻る事を第一に考えるべきだと、ぎゅっと握る拳に力を込める。

 しかし、カモとブロックルは、そんなアキラの複雑な心境などお構いなしに盛り上がっていた。
「で、で、どんなアーティファクトなんだ?」
「神族の調査官が使う多目的ツールじゃよ」
「へぇ〜、この姐さんが持ってるヤツか」
 仮契約カードに描かれた千雨の姿について話していると、小屋から横島と千雨の二人が出てきた。まず、横島が出てきて、少し遅れて千雨が出てくる。余所余所しく見えなくもないが、二人の顔が赤面しているのは気のせいではあるまい。千雨は恥ずかしそうに両手でマントを掴み、前を閉じていた。
「へっへっへっ、こいつが仮契約カードですぜ」
「ほれ、アルベールが持っているのがオリジナル、こっちが従者用のコピーじゃ」
「お、おぅ……」
 カモがオリジナルカードを横島に、ブロックルがコピーカードを千雨にそれぞれ手渡す。アキラもやはり興味があるのか、後ろから千雨の持つカードを覗き込んだ。
「な、なんだこりゃ、目か? 悪趣味な……」
「なんか、ヒャクメが持っているバッグに似てるような?」
 横島の言う通り、カードに描かれた千雨が持つアーティファクトは、モニタの裏側に目の模様が描かれた、モバイルPC型の多目的ツールであった。神族の調査官である女神ヒャクメのバッグにあった物と同じように見えなくもない。
 明らかに異なるのは、その大きさだ。ヒャクメが持つバッグに比べて明らかに小さい。カードに描かれた千雨も、それを片手で持っている。
「コイツは、モバイルPCか?」
「モバイルPC型のアーティファクトじゃな。モバイルPCとしても使えるがの」
 ブロックル曰く、このアーティファクトは調査用多目的ツールの最新型なのだそうだ。
 どうも、ヒャクメを含む神族の調査官達は、古い物でも不都合が無ければそのまま使い続けているらしい。そのため、新型を作っても使ってもらえる機会が少ないとの事。
「やっぱ、おでこにコード引っ付けて色々出来たりするのか?」
「そりゃいつの時代の話じゃ。無線に決まっておろうが」
 ヒャクメが使っているバッグに比べて、小型で高性能。かなり進化した代物のようだ。
「え〜っと、アデアット、だったか?」
 千雨が小声で『来れ(アデアット)』と唱えると、モバイルPC型アーティファクトが現れて彼女の手に収まる。
 目の模様に怯みながらも、それを開いてみると、思っていた以上に普通のモバイルPCがそこにあった。カバーはいかにもな雰囲気を放っているが、キーボード等は人間界のモバイルPCと変わらないようだ。
「その目の部分がカメラになっておっての、それで写した相手をハッキングする事が出来るんじゃ」
「なるほど……」
 千雨は一旦それを閉じて、カメラのように構えてみる。最近のデジタルカメラに比べて少々大きめだが、使い勝手は悪くはなさそうだ。
「……ちなみに、なんて名前なんだ?」
「『Grimoire Book』じゃ」
「『魔道書』かよ」
 名は体を表さないとは、正にこの事である。
 こうして千雨は、横島の『魔法使いの従者』となり、魔道書の名を持つモバイルPC型アーティファクトを手に入れたのだった。



 色々と恥ずかしい思いもしたが、その甲斐はあったと言えるだろう。横島達一行は、千雨のアーティファクトを引っ提げてクエストボスのドラゴンの下へと向かった。
 巣に近付いてみると、例のドラゴンが元の姿に戻って蹲っている。これなら不意を打てば倒せそうだが、やはり近付くと例のムービーが流れてドラゴンは起き上がってしまうのだろう。そして、そこに横島の姿を確認すれば、例の囮である異形のドラゴンの姿を被ってしまうに違いない。
「このムービーが始まらない位置からハッキングする事は出来るのか?」
「無論、可能じゃ」
 千雨の問い掛けに、ブロックルはニヤリと笑って答える。その表情は実に嬉しそうだ。『Grimoire Book』が活躍するところを見られるのが嬉しくてたまらないのだろう。
「悪霊が取り憑いているとは言え、元は現実のゲームだよな。それなら……行けるはずだ!」
 そう言って千雨はドラゴンに対するハッキングを開始する。横島達は、ハッキングに気付いたドラゴンが反撃してくる可能性を考え、念のために彼女の周囲をがっちりガードだ。
「ッ!?」
 千雨がハッキングを続けていると、ドラゴン――正確には、ドラゴンに取り憑いた悪霊は、自分がハッキングされた事に気付いたようだ。その身体が一瞬ピクリと動く。すぐさま反撃に備えて身構える横島達だったが、いつまで経ってもドラゴンは起き上がろうとしない。
「あれ? どうしたんだ?」
「もしかして、俺達が近付かないから、ボス戦に突入してないとか?」
「あ〜……」
 プレイヤーが近付けば、事前に眠らせておいても起き上がってしまうと言う、ゲームシステムに従って動くドラゴン。逆にプレイヤーが近付かない限りは、ずっと巣に蹲っていなくてはいけないらしい。
 これは好都合だ。ドラゴンが動かない内に勝負を決めてしまおう。
 一気にハッキングをしてしまおうとする千雨だったが、そこで変化が起きた。なんと、蹲ったままのドラゴンから、ボコッボコッと異形のドラゴンが生え出したのだ。
「このやろっ! 大変だ。悪霊のヤツ、ドラゴンから、あの変なヤツに移動しやがった!」
「なんだとぉ!?」
 驚きの声を上げるカモ。アキラは無言で千雨を庇う位置に立ち、盾を身構える。
「ハッキングスルナンテ、ナンテ悪イヤツダ! ゲームノ邪魔ハサセナイゾ!!」
 元のドラゴンから異形のドラゴンが完全に分離した時、本来頭があるべき場所には、ドラゴンの頭の代わりに小さな悪霊の姿があった。丸い身体に小さな手足、頭の上半分が無く、代わりに丸い核のようなものが浮いている。かつて横島が除霊助手だった頃に戦った事がある相手だ。
「あれが本体か!」
「あんなに小さい……」
 その姿に横島以外は驚きを隠せない。これだけの大騒ぎを起こしたのが、まさかあんな小さな悪霊だとは夢にも思わなかったのだろう。
 しかし、これが現実である。異形のドラゴンに乗り移った悪霊は、そのまま巣に蹲ったドラゴンから離れ、横島達に躍り掛かった。
「千雨ちゃん、あいつをあそこから逃がさないようにしてくれ!」
「わ、分かった!」
 迫り来る異形のドラゴンが怖かったが、横島が動じず守るように立ちはだかってくれたので、千雨も逃げずにハッキングを続ける事が出来た。悪霊が外部にアクセス出来ないようにし、その異形のドラゴンから逃げられないようにする。
「ゲームの中でいくらパワーアップしようとも、現実の霊能力の差が変わる訳じゃない! くぅ〜っ! 一度言ってみたかった、このセリフ!!」
 両手にそれぞれ一つずつ文珠を握り締めた横島が、何やら興奮している。テンションがアップしているようなので、それはそれで問題はない。
 そして横島は文珠を持った両手を悪霊に向けて突き付けた。
 文珠に込められた文字は『会』『心』の二文字、二つの文珠が発動し、霊波砲となって悪霊に勢い良く襲い掛かる。

「クリティカルヒットーーーッ!!」

 二つの文珠は一瞬にして悪霊を消し飛ばしてしまった。異形のドラゴンは倒せなかったが、ハッキングしていた千雨が、取り憑いていた悪霊の消滅を確認する。
「や、やったの……?」
「ああ、やった! 悪霊は逃げられずに、完全に消滅したぞ……ってなんだぁ!?」
 『Grimoire Book』のモニタを見ていた千雨は顔を上げ、そしてカモを見て思わず噴き出してしまった。なんと、プレイヤーキャラ、アルベールの頭の上から、オコジョ妖精カモの頭が生えていたのだ。なんともシュールな光景である。
 そのままカモは、アルベールの頭から抜け出し、光の粒子となって天に昇っていった。
「どうやら、悪霊が消滅して、取り込まれてた人達が外の世界に戻ろうとしているみたいだな」
「そ、そうなのか……」
 横島の言葉にほっと胸を撫で下ろす千雨。天に昇っていくカモを見て、昇天したのではないかと思ってしまったが、どうやらそうでは無いようだ。言われてみれば、確かに身体が引っ張られるような感覚がある。
「ふむ、名残惜しいが、そろそろお別れじゃな」
 ブロックルも、外の世界に帰還する時が近付いて来ているようだ。既に足が地面から離れ、身体が宙に浮いている。
「な、なぁ、はっきりと聞いてなかったんだけど、あんたはもしかして……」
「ほっほっほっ、それはどうでも良かろう。そのアーティファクトを大事にしておくれ」
 思い切って千雨が問い掛けるが、ブロックルは笑うばかりで答えてくれなかった。
「ではな。またネットのどこかで会おうぞ」
 そして、そのまま光の粒子となって天に昇っていく。あっさりした別れだが、彼の言う通り、ネットサーフィンをしていれば、またどこかで会う事もあるだろう。もしかしたら、ネットアイドルちうのホームページに書き込んでいる客の中に彼が居るかも知れない。
 そこまで考えて、千雨は一瞬絶句してしまった。これまで特に気にも留めずにネットアイドルとして活動してきたが、相手にしてきたファン達は、本当に全員人間だったのだろうかと。
「ハ、ハハ……深く考えない方がいいな、うん」
 真実を知るのが怖いので、千雨はそれ以上は考えない事にする。

「あ、私達もそろそろみたいだね」
 そう言うアキラの指先から光の粒子が立ち上っている。このままカモやブロックルのように光の粒子となって天に昇っていくのだろう。
 それに合わせて横島と千雨の意識も薄れてきた。二人の身体も光の粒子と化しているようだ。
「そいや、こっちじゃ全然腹が減らなかったんだよなぁ……戻ったら、腹が減ってるんだろうか?」
「この場面で考える事がそれかよっ!」
「あははは……」
 三人の身体が完全に光の粒子と化す直前、横島が最後に考えたのは取留めもない疑問であった。千雨がツっこみを入れ、アキラが苦笑し、そのまま三人一緒に光の粒子となって天に昇っていく。それと同時に三人の意識はホワイトアウトしていった。



「ハッ!?」
 意識を取り戻した千雨は、跳ねるようにして飛び起きた。辺りをキョロキョロと見回してみると、そこは千雨の部屋であった。部屋の一角を占めるパソコンと周辺機器の数々に、人には見せられないコスプレ衣装を仕舞っているハンガーラック。無事に戻ってこられたのだと、彼女はほっと胸を撫で下ろす。
「……ん?」
 そこで千雨は、ある違和感に気付いた。しかし、それが何であるか頭が認識するよりも先に、同じく無事に戻って来ていた横島とアキラが揃って目を覚ます。
「どうやら無事に戻って来れたみたいだな」
「うん、良かったね」
「千雨ちゃんも、アキラちゃんも、怪我は……な……いぃ!?」
「………」
 二人の無事を確認しようとした横島が驚きの声を上げる。
 この時には、千雨も違和感の正体を理解していた。アキラも二人の無事を確認しようとして「その事」に気付いていたが、絶句して何も言えないでいる。
 横島達は『キャラバンクエスト』の世界において目立たぬ格好をするために、ゲーム中の装備に身を固めていた。そして、元々の衣服は全て、これまたゲーム中のアイテムである袋の中に仕舞っていた。
 当然、ゲーム中のアイテムを現実世界に持ち帰れるはずがない。
 では、現実世界に戻って来た三人は、一体どのような状態になっているのか。
「み、見るんじゃねぇーーーっ!!」
 答えは、装備していた防具が全て消えた状態だ。
 横島とアキラは下着姿に、千雨に至ってはビキニアーマーを身に着けるために下着も脱いでいたので全裸である。
 思わず一糸纏わぬ身体を隠す事も忘れ、横島に向かって手当たり次第に物を投げ付ける千雨。対する横島はそれを一つ残らず受け止めながらも、しっかりと二人の艶姿を脳裏に焼き付けている。
 おろおろとそれを見ていたアキラがふと脇を見ると、そこには三人が脱いだ服がまとめて転がっていた。ゲーム中のアイテムである袋は消えてしまったが、中の服はしっかりと戻って来たのだろう。
 二人に声を掛けてみるが、どちらもそれに気付かない。自分もいつまでも下着姿で居る訳にはいかないため、アキラはとりあえず二人を放っておいて、いそいそと着替え始めた。
 結局、千雨と横島の戦いは、手近な所に投げる物がなくなった千雨が、横島に跳び蹴りを食らわせ、そのままくんずほぐれつの状態で倒れ込む事で終わる。二人がおとなしくなった所を見計らって、既に着替え終えたアキラがそれぞれの着替えを二人に渡した。
 起き上がった二人はばつの悪そうな顔をして離れると、互いに背を向けて着替え始める。三人揃って顔が真っ赤になっているのは無理もない事だろう。横島が鼻血を噴き出さなかった事を褒めてやらねばなるまい。その分、今すぐにでも文珠が作れそうなぐらいに霊力は充実した状態であったが。

 その後、横島達は学園長に連絡。学園長の方も、既に保護していた被害者達が回復し始めたと言う連絡を受けたところだった。
 まだ見付かっていない被害者、しかも、ゲーム機の電源が切れていて戻って来ていない者が居る可能性があるため、しばらくは魔法先生達は東奔西走する事になるだろうが、とりあえずは事件解決である。
 横島達三人は、そのままレーベンスシュルト城に赴き、レーベンスシュルト城の住人、それに3−Aの少女達の大歓待を受ける事になる。どうも、三人がゲームの世界に入っている間に2日が経過していたらしく、アスナに至っては涙目であった。

「えー! 千雨ちゃん、仮契約しちゃったの!?」
 当然の如く行われる、横島達の無事を祝うパーティ。その中で千雨が仮契約した事はすぐに皆に知られてしまった。同じく無事に戻って来たカモがやって来て、口を滑らしたのだ。
「いや、緊急事態だから仕方なく、な!」
 事件を解決するのに、アーティファクトが必要だったと説明するが、少女達にとっては経緯などはどうでも良いようだ。気になるのは二つ。どのようなアーティファクトが現れたのかと、横島との関係である。
「そ、それじゃ、千雨ちゃんもレーベンスシュルト城に引っ越してくるの?」
「え〜っと……」
 アスナに問い掛けられた千雨は、チラリと横島に視線を向け、ボンッと顔を紅潮させる。その反応がまた皆のからかいの対象になるのは言うまでもない。
 はっきり言って、千雨はレーベンスシュルト城に引っ越すつもりは無かった。無かったのだが、今はそう答える事が出来ない。
「いや〜、引っ越しても良いんだけど、ここってネット出来ないだろ? ネットが出来ないとちょっとなぁ……」
「ああ、ここで情報集めるのにネット繋がるようにしましたよ〜」
 ネットを理由にして逃れようとしたが、聡美によりその逃げ道を塞がれてしまった。
 みるみる内に顔が真っ赤になってしまう千雨。誰かに助けを求められないかと辺りを見回してみると、アキラの姿を見付けた。彼女も今回の件の当事者だ。仮契約は緊急手段だったのだと証言してもらおうとしたが、それよりも早くに、アキラはエヴァの前に立ち、真剣な表情で口を開いた。
「エヴァちゃん。私もレーベンスシュルト城に引っ越してきても良いかな?」
「いや、『も』とか言うなよ!」
 千雨のツっこみは届かず、アキラは真剣な眼差しでエヴァを見詰めている。
「……決断したと言う事か。一応、理由を聞いておこうか」
「今回事件に巻き込まれてさ、思ったんだ。もし、横島さんの修行を受けていたら、もっと色んな事が出来たんじゃないかって」
「ふむ」
 アキラの言う通りだ。素人の状態でもあれだけ戦えたのだ。もし、裕奈達と同じ時期から修行を始めていたら、もっと上手く戦えていただろう。
「今回みたいな事がまたあるかどうかは分からないけど、またあった時に、出来る事をやらなかった事で後悔はしたくないんだ」
「なるほど……良いだろう。大河内アキラと、長谷川千雨の二人を歓迎しようじゃないか」
 そう言ってエヴァがグラスを掲げると、それを合図に皆の大歓声が上がった。
「って、待ておい! どさくさに私を入れんじゃねーって!」
「やったー! それじゃ無事帰還パーティに続いて、歓迎パーティいっくよ〜〜〜!!」
 ノリの良い者達がそれを皮切りに騒ぎ始め、千雨の抗議はその怒涛の渦に飲まれて消えて行く。
 這うようにして何とか人の波から逃れる千雨。なんとか抜け出した先には、同じく女子中学生のノリについて行けずに避難していた横島の姿があった。
「よう、千雨ちゃん。大丈夫か?」
「………っ!」
 横島の顔を見上げた千雨は、先程の事を思い出し頬を紅潮させてしまう。それは横島も同じのようで、視線を泳がせていた。それに気付いた千雨は、思わず声を張り上げてしまう。
「思い出すなよ! て言うか、忘れろよ!」
「いや、そう簡単に忘れられそうには……」
 しどろもどろになる横島。この話題を続けると、物理的手段で忘れさせられそうなので、横島は話を逸らしてみる事にする。
「あ〜、なんだ。こっちに引っ越してくるの、イヤならイヤって言って良いんだぞ?」
「え、いや、それは、そこまでイヤって訳じゃ……」
 今度は千雨がしどろもどろになる番であった。嫌と言う訳ではないのだが、それを認めるのも恥ずかしいのだ。何とも複雑な乙女心である。
 むしろ、横島の頼りない一面を知ってしまった千雨は、彼のサポートをしてやっても良いと考えているのだが、それを面と向かって伝えるには、もう少し時間が掛かりそうだ。

 会話が続かないため、何とか話題を転換しようとその材料を探す千雨。すると、彼女の懐からポトッと一冊の小冊子が落ちた。
「な、なんだこりゃ……?」
 拾い上げてみると、それはアーティファクト『Grimoire Book』の説明書であった。ブロックルが付けてくれたのだろうか。
 せっかくなので、それを読み耽る事で会話を切り上げてしまおうとパラパラとページをめくってみる。すると、ある一文が目に止まり、その意味を理解した時、彼女はガクリと脱力して崩れ落ちてしまった。
「は……はは……」
「ど、どうした!?」
 突然の事に驚いた横島は、慌てて千雨を助け起こそうとする。すると千雨は、それを遮るように説明書を横島の眼前に突き付け、そこに書かれた一文を指で指し示した。
「ん、なになに……アーティファクト『Grimoire Book』……製作者……ブロックルぅ!?
 そのページは、アーティファクトの製作者に関して書かれたページなのだが、そこにハッキリとブロックルの名前が書かれていたのだ。しかも、ご丁寧に写真付きである。そこに写っているのは紛れもなく、先程まで一緒に『キャラバンクエスト』の世界で冒険をしていた彼の顔であった。
「……そう言やそうだよな。仮契約の魔法使えるんだから、あれで生身なんだよな」
「やけに詳しいからもしやと思ってたけど、マジなのかよ……て言うか、ウチのページやっぱり妖精が見てるのかよ……」
 横島と千雨の虚ろな笑いが響き渡る。
 もう笑うしかない。二人は心境は、まさにその境地であった。



つづく


あとがき
 『キャラバンクエスト Online』
 「アレ」が肉体丸ごとゲーム内に取り込む能力を持っている。
 「アレ」が魂だけを取り込んでPCに憑依させる能力を持っている。
 職人妖精に関する各種設定。
 ちうのブログに関する各種設定。
 ヒャクメのバッグに関する各種設定。
 オリジナルアーティファクト『Grimoire Book』
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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