topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.108
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 なし崩し的にレーベンスシュルト城に引っ越す事になった千雨。周りが囃し立てようとも、理由を作って断ろうと考えていたが、横島達が修学旅行の時にも事件を起こした『あの男』に備えて色々と準備している事を知ると、態度を一転させて引っ越す事を承諾する。
 あの時は何が起きたかも分からぬままに被害に遭ってしまったが、横島の近くに居ればそのような事も無いだろうと考えたのだ。レーベンスシュルト城という、いざという時の避難所が出来るのも心強い。
 ただ、問題が無い訳ではなかった。それは彼女の部屋の荷物だ。アキラはあっさりと荷物をまとめてしまったが、千雨はそうはいかない。と言うのも、彼女の部屋には大量のコスプレ衣装があるのだ。流石にここに置いていく訳にはいかないし、かと言って持って行くにも多過ぎる。麻帆良女子中に入学しこの寮に入ってから、二人部屋を一人で使えるのを良い事に一着、また一着と増やしてきたが、いつの間にこんなになっていたのかと、部屋の一角を埋め尽くすハンガーラックを前にして呆然としたものだ。
 『キャラバンクエスト』の世界から帰還した翌日、早速引っ越しの準備を進めようとした千雨だったが、流石にこれは一人ではどうしようもない。背に腹は変えられぬと、千雨は自分がネットアイドルである事を知っているネギに応援を頼む事にした。彼ならば魔法を使って大きな荷物も運んでしまうだろう。
 ただ、これにも問題があった。それは、何故千雨がネットアイドルである事を内緒にしているのかを、ネギがさっぱり理解していなかったと言う事だ。
「おいぃ!? なんで皆呼んでんだよ!!」
「え、でも、応援が必要だって……」
 そう、あろう事かネギは、ただ単に荷物が多くて応援を呼んだのだと解釈し、引越し先であるレーベンスシュルト城の住人達を応援に呼んでしまったのである。

「うわっ、これかわいー! ね、ちょっと着てみていい?」
「ちょ、ちょっと恥ずかしくありません? 露出が多いですし……」
「だったら着るな! 興味持つな! そう言うのは、恥ずかしがったら、見てる方も恥ずかしいんだよ!」

「おお、これは動きやすそうアルな!」
「そう言うの着て戦うのはフィクションだけにしとけ! ズレて零れるぞ!」

「こ、これ着て迫れば、横島さんもイチコロ……?」
「知るかあぁぁぁぁッ!!」

「……お疲れ様です」
「………」
 ポンと肩に手を置く夕映。しかし、千雨には返事を返す元気は残されていなかった。ガクッと膝を突き、肩で息をしている。
 かく言う夕映は、自分の仮契約カードに描かれている自分の姿の方が、千雨のコスプレ衣装よりも露出度が高く、恥ずかしい悪の女幹部ルックなので、ここは静観の構えであった。

 結局、レーベンスシュルト城内に運び込んだ際、一番知られたくなかった横島にもバレてしまい、踏んだり蹴ったりだった。当の横島は、引く訳でも馬鹿にする訳でもなく、単純に可愛い服だと言ってくれたのが不幸中の幸いであろうか。
 ネギは荷物を運び終えた後、千雨の様子に何故か分からないが悪い事をしたと思ったらしく謝ってきたが、結局馬鹿にされたりはしなかったので、許してやる事にした。レーベンスシュルト城に居ては、隠しきるのも難しかったと思われるので、これはこれで良かったのだろう。そんな彼の肩の上で「良かったな」と声を掛けるカモ。おそらく、彼が謝った方が良いと入れ知恵したのだと思われる。
 千雨がさほど怒っていない事が分かると、ネギはほっとした様子で杖に跨り空を飛んで帰って行った。どうも、二人はセーフハウスの方で別口の用事があったらしい。にも関わらず、引っ越しの手伝いに来てくれたのだから感謝せねばなるまい。明日学校で会ったら礼を言わねばならないだろう。

 ネギが帰った後、横島からコスプレ衣装を着たところを見てみたいと頼まれてしまった。普段ならば頼まれてコスプレするなど有り得ないが、仮にも仮契約(パクティオー)したマスターなので、これぐらいは良いだろうと何着かおとなしめの物を選んで着てみせる事にする。すると横島は可愛い可愛いと拍手喝采だ。こうもストレートに褒められたら、コスプレを見られるのとは別の意味で恥ずかしくなってしまう。その様はまるで『キャラバンクエスト』の世界でアキラの防具を選んでいた時のようだ。
 千雨は思う。おそらく横島は、それが何のキャラクターの衣装なのかも分かっていない素人なのだろう。しかし、逆に言ってしまえば、彼が可愛いと褒めているのは衣装ではなく千雨自身と言う事だ。その事に気付いた千雨は、顔を真っ赤にして顔を伏せる。
 コスプレ趣味の事を馬鹿にされるのではないかと思っていた千雨だったが、その心配は杞憂に終わった。城主であるエヴァに至っては、荷物が多過ぎると文句を言いながらも、その多過ぎるコスプレ衣装を仕舞うために専用の一室を用意してくれたほどだ。
 色々と先行きが不安な部分もあるが、千雨の引っ越しは概ね平穏無事に終わったと言えるだろう。



 一方、アキラの引っ越しは千雨より一足先に進んでいた。同室の裕奈が引っ越した際にある程度部屋の片付けを済ませていたらしい。家具は寮に備え付けの物が多い上、城に行けば倉庫にエヴァがかつて使っていた物等が色々と仕舞われているため、持っていく必要が無いのだ。残った私物だけをまとめると、アスナ達が千雨の部屋で荷物をまとめている間に、女子寮に入れない横島に連れられてエヴァの家に向かう。
 当然、女子寮を出発するのは、他のクラスの寮生達にバレないよう門限はとうに過ぎた、夜遅くの時間だ。荷物を抱えてこっそりと寮を抜け出し、今日は警備の仕事が無い日だった横島と合流。荷物のほとんどは、横島が自ら引き受けて持ってくれた。そして二人は、誰かに見付からないよう気を付けながら、一路エヴァの家を目指す。
「静かですね」
「最近、先生達の見回りが厳しくなってるみたいだからなぁ」
 いつもは賑やかな通学路だが、時間も遅いため人気は無い。しんと静まり返った夜道に心細さを感じたアキラは、隣の横島の腕にひしっとしがみ付いた。ほとんどの体重を掛けてもたれかかるような形だ。しかし、横島は一瞬ふらついたものの、すぐに体勢を立て直してしっかりとアキラを支える。
 スラッとした長身に、大人顔負けのスタイル。横島はとある友人の御株を奪って「セクハラの虎」になりかけたが、こんな人気の無いところで二人きりの状態では、抑えが効かなくなると考え、手近な電柱に頭突きする事で、なんとかその衝動を抑え込む事に成功した。
「よ、横島さん、大丈夫……?」
「は、はは……大丈夫さぁ〜。さぁ、行こうか〜」
 片腕はアキラにしっかりとロックされ、もう片方の腕は荷物を持っているため自由にならない横島は、頭からの流血をアキラに押さえてもらう。そんなに酷い怪我なのかとアキラは顔を近付けるが、それで流血をピタッと止めてしまうあたり、流石は横島である。
 エヴァの家に近付くにつれて周囲に人家は少なくなり、森に入るにつれて街灯の数も減って行く。横島が懐中電灯を持っていたが、両手が塞がっているのでアキラがそれを持って道を照らした。いつも寮の門限に合わせて帰るアキラ達は知らなかった事だが、この辺りは普段から人通りがほとんどなく、この時間になると、人っ子一人見掛けなくなるらしい。夜の警備に出る際は、懐中電灯は必須なのだそうだ。
 以前、風香と史伽を夕食に招待した時、二人はエヴァの家の事を「森の中の秘密基地」と称していたが、正にその通りだ。麻帆良でもほとんど知る人のいない秘密の場所なのではないだろうか。ぴったりと身体を密着させた横島の存在だけを頼りに、アキラは真っ暗な夜道を歩いて行った。

 そして、二人はエヴァの家に到着し、アキラが自分の部屋を選んで荷物を運び入れる。倉庫の家具選びは、千雨が来てからだ。もう夜も遅いので、明日で良いだろう。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.108


 アキラが一階のサロンに降りると、横島が木乃香のヒーリングを受けていた。出血は止まったものの、完治はしていなかったらしい。そんな二人の様子を刹那はハラハラとした様子で、そして千鶴は興味深げに見ている。
「どや、横島さん。気持ちええか〜?」
「おお〜。木乃香ちゃんも、いつの間にかこんな事まで出来るようになってたんだな〜」
「ウチも成長してるやろ〜」
 アスナ達とは別口で修行をしていた木乃香。彼女も順調に成長しているようだ。ヒーリングと言えど、霊力を送り込み過ぎればやはり身体に悪影響を及ぼす。元々、出力の調整が上手くいかない状態だったので、上手く行くのか、失敗はしないかと、刹那は気を揉んでいた。
 そんな心配をよそに、木乃香は順調にヒーリングを行っていた。優しくしなければならないと意識する事が、普段の修行の時よりも集中力を増している。もっとも、横島や刹那から見ればまだまだ拙い技術だったので、誰にでもヒーリングを行う事は出来ないだろうが、二人のような霊能力者相手ならば問題ないだろう。
「ヒーリングかぁ、私も覚えたいわねぇ……」
「簡単や、いたいのいたいのとんでけ〜! って感じで霊力送ればええんよ」
 羨ましそうな千鶴に対し、木乃香は踊るようにくるっと一回転しながら答える。
 適当な事を言っているように聞こえるが、あながち間違いとは言えない。横島がアスナ達に霊力を送り込む修行もそうなのだが、送り込んだ後も霊力を操作し、どのように効力を発揮させるかが重要なのだ。当然、ヒーリングをするためには相手を慈しむ意志が必要となる。本格的な物となれば、手順や術式も必要となってくるが、簡単なヒーリングであれば、それで十分なのだ。

「ヒーリングか……」
 横島達のやり取りを眺めていたアキラが、ポツリと呟いた。
 また何かあった時、力不足で困った人を助けられない事がないよう、こうしてレーベンスシュルト城に引っ越し横島の修行を受ける事を決意したアキラ。しかし、具体的にどのような霊能力者になりたいかについては、まだ何も考えていなかった。
「……うん、それも良いかも」
 そんな彼女にとって、先程の光景は何か思うところがあったようだ。胸の前に上げた両の拳をぐっと握って気合を入れると、彼等の下に駆け寄り、臨時に行われる事になったヒーリング講座に、自らも参加する。
「マッサージと一緒にやったら、効果的なんかな?」
「手を動かしながら霊力を調節出来るのであれば、いけるのではないでしょうか?」
「それじゃ、実際にやってみようか」
「え?」
「俺が肩揉みながらやってみるから、刹那ちゃんはここに座ってくれ」
「わ、私ですか!?」
 先程の木乃香のヒーリングと同じだ。実験的に行うのだから、横島か刹那、自在に霊力をコントロールし、いざと言う時は身を守る事が出来る者が実験台になるのが好ましい。この場合は霊力の調節技術に関しては、日頃の修行のおかげで神懸かり的な域まで達している横島が行い、刹那がそれを受けるのが好ましいだろう。
 しかし、普段は木乃香と一緒に別口で修行している刹那にとって、横島に霊力を送り込まれるのはこれが初めてとなる。
「ちょっ……そんな強く……って、なんでこんなギリギリの……ああああっ」
 想像以上の心地良さに思わず声が出てしまう刹那。実際に体感してみると、見ているだけでは分からなかった発見があった。
 横島は、ただ単に経絡にダメージを与えない程度に霊力を抑えて送り込んでいるのではない。本当にこれ以上は後にダメージが残ると言うギリギリのラインを見極めて霊力を送り込んでいるのだ。
 多少、経絡にダメージを与える域まで達する事もあるが、すぐにそれもヒーリングで癒されてしまう。まるで、その痛みさえもスパイスになっているかのようだ。
 きっとアスナ達は気付いていないだろう。この霊力の調節技術が、如何に超人的なものであるかを。霊能力者の刹那だからこそ気付く事の出来た、その凄さ。しかし今は、ふわふわと蕩けるような意識の中で、絶え間なく打ち寄せる心地良さの波に翻弄されるばかりだった。
「って、横島さん、楽しんでません!?」
「はっはっはっ、そんな事はないぞ〜。お客さん、凝ってますねぇ〜」
 口では否定する横島だったが、その表情は実に楽しそうだ。事実、この男は、アスナ達と行うこの修行を役得だと楽しんでいる節があった。その溢れんばかりの煩悩と、そこから湧き上がる霊力。そして、特定の方向性にのみ発揮される飽くなき探求心が、彼の霊力調節技術を超人の域にまで押し上げたのだ。「好きこそものの上手なれ」である。
「……わ、私、明日から大丈夫、なのかな?」
 不安そうな顔でポツリと呟くアキラ。彼女もまた、明日からこの修行を受ける事になっているのだ。心配になるのも仕方がないだろう。
「大丈夫よ。忠夫さんは優しいから」
 そんな彼女を元気付けるように、千鶴はポンと彼女の肩に手を置いた。その言葉は紛れもない本心なのだろうが、高いマイトを誇る千鶴と、経絡が開いているとは言えマイトそのものは一般人並のアキラとでは、横島の修行により受ける影響の度合いが違う。アキラがその事を知るのは、翌日実際に修行を受けた後の事である。
「結構、手を動かしてても、上手くいくもんだな〜」
「ちょっ、このちゃんの、前で……あんっ」
 ちなみに、この講座は、千雨達が荷物をまとめて城に到着するまで続けられた。その頃には、刹那は顔を真っ赤にしてぐったりとソファに横たわっていたのは言うまでもない。



 その後、千雨のコスプレファッションショーが行われたのだが、ノリの良い裕奈などは、自分も色々着てみたいと思ったようだ。しかし、サイズが合わずに断念。試しに一着強引に着てみたが、最近とみに育った胸元がすごい事になっていた。とりあえず、横島の目の保養と煩悩の供給にはなったようである。
 それも終わった後、一同はサロンで、のんべんだらりとくつろぎの時間を過ごしていた。一つのテーブルを囲めるのはせいぜい五、六人と言ったところなので、サロンの一角のいくつかのテーブルを使って集まっている。この時間ならば、まだ横島とエヴァも吸血のために部屋に戻っていないため、皆と一緒にくつろいでいる。
 千雨とアキラは何度かここに泊まった事があるが、その時とは少し異なるゆったりとした雰囲気に戸惑った様子だ。
「な、なんか、いつも泊まってる時とは違う感じだな」
「いつもお祭り騒ぎしている訳じゃないです。今日は引っ越しがありましたから、勉強が休みになっていると言うのもありますけど」
「ああ、そう言やいいんちょは家庭教師するために、こっちに引っ越したんだっけか?」
「あ、千雨さん。私の事はあやかと呼んでくださいな。家でも『委員長』なんて呼ばれたくありませんし」
 学校でと同じように「いいんちょ」と呼んだ千雨を、あやかが窘める。寮に居た頃は普通に「いいんちょ」と呼ばれていた彼女だが、ここでは名前で呼んでもらえるよう、皆に頼んでいた。
「慣れないだろうけど、その辺きっちりしとかないと本気で寛げないからね〜」
 そう言ってあやかの隣に座っていた夏美は、ある人物に視線を向けた。千雨が釣られてそちらを見てみると、そこには広げた料理本とにらめっこをしている刀子の姿がある。
 千雨はなるほどと得心した。あやかを「いいんちょ」と呼ぶと言うのは、すなわち学校での役職で呼ぶと言う事だ。その流れで行くと、刀子の事も当然、「葛葉先生」と呼ぶ事になる。家でまで学校の先生と一緒など冗談ではない。特に刀子は同じく教師であるシャークティと違い、アスナ達が通う麻帆良女子中の教師なのだから、尚更である。
 と言う訳で、ここでは皆平等に家族なのだ。刀子達もその事は弁えており、教師として皆に話し掛ける事は控えていた。シャークティは、プライベートにおいても美空達の師匠と言う立場を崩していないため、少々とっつきにくいところがあるが、刀子は皆の姉になったつもりで接するように努めている。教師らしく接するのは、アスナ達の勉強会を手伝う時ぐらいであった。
「それで、刀子せ……じゃなくて、刀子さんは何やってるの?」
「ん、お弁当のおかず何にするか考えてるのよ。明日の朝は、私が当番だから」
 料理本から顔を上げた刀子は、アキラの問いにそう答えた。
 ここでは、料理は当番制となっている。ここに住む全員分を作らねばならないため、当番の数人グループとなる。アキラと千雨の二人も、すぐに当番に組み込まれるだろう。
「なっ、そんなの聞いてねぇぞ!?」
「大勢の人が住んでるんだから、当たり前だよー」
 普段自炊する事などほとんど無い千雨が、思わず立ち上がって声を上げると、同じく寮ではあやかや千鶴に任せっぱなしだった夏美が窘めた。かく言う彼女も、ここに引っ越してから本格的に料理をするようになったのだが、横島が自分の手料理をおいしい、おいしいと食べるのを見るのが、結構楽しみだったりする。
 その横島は、この当番に参加していない。元より料理が出来ないと言うのもあるが、彼は週に四日、平日の夜のほとんどの夜間警備に参加している。このレーベンスシュルト城で最も忙しい人物なのだ。その上更に料理当番をしろと言うのは酷な話だ。
 それに、アスナ達の目標は、これを機に料理が上手になって、木乃香達のように横島に褒めてもらう事なので、これで丁度良いのだろう。
 ちなみにこの料理当番、一番張り切っているのは、他ならぬ刀子だったりする。この城で暮らし始め、自分の料理の腕が木乃香達3−Aの料理上手に劣っている事に気付いてしまったため、今必死になって勉強中なのだ。もしかしたら彼女も、横島においしいと言ってもらうのが嬉しいのかも知れない。
「くっ……私もやらなきゃいけないのか?」
「一人で料理をしろと言う訳ではありませんので、あまり心配する必要はないかと。手伝いだけでも、有り難いですし」
 逃れられないと悟り、千雨はがっくりと肩を落とした。それをフォローするのは茶々丸。彼女自身さほど苦には感じていないが、やはりこれだけの大人数となると、一回の料理に掛かる時間が長くなってしまう。そのため、料理が得意でなくても手伝ってくれるだけで有り難かった。実際、普段寮で自炊していなかった面々は、今も勉強中なのだ。
 それを聞いて千雨は更に項垂れた。横島と仮契約(パクティオー)し、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』になった事ばかり気にしていたが、問題はそこでは無かったのではないだろうか。どうもここは寮よりも「共同生活」の部分が強く出ているような気がする。朝夕の料理当番に、夜の勉強会。寮では一人で部屋を占拠出来ていたのを良い事に自堕落な生活を送っていた千雨は、これからの生活を思って頭を抱えるのだった。
「あ、そうだ。私達当番の日以外は毎朝ジョギングしてるんだけど、千雨ちゃんも参加する?」
「……勘弁してくれ」
「む、無理して参加する必要はないです!」
 力尽きて机に突っ伏す千雨を、夕映が力強くフォローした。彼女は朝のジョギングに参加していない数少ない一人なのだが、最近増えた住人達も皆、朝のジョギングに参加しているため、少し肩身の狭い思いをしていたりする。朝のサボり仲間になりそうな千雨を逃すまいと必死だった。

 ジョギングに関しては、朝起きられたらと言う事で一旦話は終わり、話題は千雨達が来るまでにやっていたヒーリング講座の方に移行して行く。
 最近、サイキックソーサーを覚える修行が難航しているアスナは、これまでにない修行方法に興味を持った。術式に頼らないヒーリングと言うのは、魔法にも無い技術のため、高音、愛衣、ココネの三人も身を乗り出してくる。ただ一人美空だけは興味が無さそうにしていたが、背後のシャークティに頭を小突かれていた。
「ヒーリングかぁ……ねぇ、横島さん。それって私にも出来るのかな?」
 横島の隣に陣取るアスナが、身をすり寄せながら尋ねてくる。横島達が『キャラバンクエスト』の世界に閉じ込められていた二日間。たった二日だが、それでもやはり寂しかったらしい。サロンでくつろぎ始めてから、このように甘えまくっている。
「う〜ん、練習すりゃ出来るんじゃないか? 俺も自然と出来るようになってたし」
「そんな適当で、なんであんな事が出来るんですか……」
 まだ頬の紅潮が抜け切っていない刹那が、力無く口を開いた。そう言われても実際にそうなのだから仕方があるまい。簡単なヒーリング能力と言うのは、それこそ相手を慈しむ心と、それなりに霊力を操る能力があれば良いのだ。
 とは言え、なんだかんだと言っても、横島の技術がずば抜けているのは事実である。刹那は実際に体験する事でそれを知ってしまった。力強くも優しい霊力、変な言い回しになってしまうが、術式に頼らない初歩的なヒーリングとしては最高レベルと言って良いだろう。
「兄ちゃん、いっそそれも修行に組み込んじゃったら?」
「え゛?」
 突然の裕奈の提案に、刹那は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「いや、ヒーリング覚えたら便利かな〜って」
「う〜ん、自分で霊力使えるようになったら、出力を安定させる練習にはなるな」
「そうや! それなら、ウチらも一緒に修行出来るかな?」
 この話の流れに、木乃香は嬉しそうに手を叩く。彼女はマイトが高過ぎるために横島の修行を受ける事が出来ず、今までアスナ達とは別口の修行を行ってきたが、やはり多少の疎外感を感じていたのだろう。
 それがヒーリングの練習ならば、一緒に修行する事が出来る。木乃香は嬉しそうに横島に飛び付いた。
「せっちゃんも、一緒に練習しよな!」
「い、いえ、私は……」
 朗らかに笑う木乃香に対し、刹那の頬は引き攣っていた。ここに住むメンバーの中で、神鳴流剣士である刹那は一歩飛び抜けた霊能力者だ。だからこそ分かるのだ。横島の下で修行すれば、自分は大きく成長する事が出来ると言う事が。
 しかし、アスナ達の修行風景を見て赤面していた彼女は、それを素直に喜ぶ事が出来なかった。効率の面では劣るだろうが、自分一人でも修行する事は出来るのだ。ここに来るまではずっとそうしていた。
 急いで強くならなければならない理由などない刹那は、必要以上に横島を頼る事を良しとしなかった。彼の事を信用していない訳ではない。むしろ、信用し、信頼している。だからこそ、彼に頼り切りになるのを避けたかったのかも知れない。
 とにかく、このヒーリングの練習方法をしっかりと確立する事が出来れば、横島の修行は霊力を目覚めさせる修行と、目覚めた霊力を安定して使う修行の二段構えとなる。後進を育成する師匠として、また一歩、進歩したと言えるだろう。


 その後も、横島達は修行方法を発展させるための話を続けた。
 特に念入りに話し合ったのが、普段アスナ達と行っている霊力を目覚めさせる修行についてだ。
 この修行法は画期的な物だが、夕映の経絡を開いた時はしばらく歩くのも辛い程のダメージを残してしまった。しかし、その問題は経絡を開く前に大量に霊力を送り込むと言う方法で解決する事が出来た。
 ところが先日、愛衣の経絡を開いた際、その最中に身体を動かすのは不味いと言う事が新たに判明してしまったのだ。これも早い内に解決方法を見付けなければならないだろう。
 もう一つ、これは問題点と言う訳ではないのだが、霊力が強い訳でも、経絡が開きやすい訳でもない、一般人に対する効果も知りたいところだ。それを知る事で、この修行法の限界を知る事が出来る。
 知的好奇心と言ってしまえばそれまでだろう。現にこの辺りの話は目を輝かせた夕映から持ち込まれたものだ。
 しかし、除霊事務所の所長として、アスナを筆頭に何人もの修行を見る事になった横島は、修行方法を確立し、自分の育成能力についてもっと詳しく知る必要がある。一歩間違えれば大きなダメージを受ける修行をしているのだから当然の話だろう。
「問題は、誰に頼むかだよなぁ……」
「ですね……」
 一般人に対する修行の効果、それを確認するには、ある一つの方法を試してみれば良いだろう。前々から、方法だけは考えられていたのだが、皆一気に経絡を開く事を望んだために一度も試す事が無かった方法だ。
 それは、霊力を送り込み経絡が開くかどうかの所で止めると言う事を、長期間に渡って行うと言う方法だ。一般人を霊力に目覚めさせる時の問題は、経絡を開く時の痛みにある。事前に大量の霊力を送り込んでいれば、それがヒーリングに近い効果を発揮し、痛みを軽減する事が出来るのだが、マイトが低い一般人では、そもそも送り込める霊力量が少なく、限界まで霊力を送り込んでも痛みを軽減する事も出来ないのだ。
 経絡を長期間に渡って刺激する事で、開く際の痛みを少なくする事が出来るのではないかと考えているのだが、実際にどうなるかは、まだ分からない。上手く行けば安全に経絡を開く事が出来るようになるのだが、逆に、まったく効果が無いと言う事も有り得るだろう。
 これは言わば実験台になってもらうと言う事だ。無意味かも知れないこの方法を、長期間に渡って誰に試せと言うのか。
 夕映ならば知的好奇心を満たすため、修行法の更なる発展のために率先して実験台になっていただろうが、残念ながらこれは一般人相手に試さなくてはならない。既に経絡を開き、修行を進めている夕映には、無理な話であった。
「……横島君」
 ここで、今まで黙って話を聞いていたシャークティが口を開いた。
 何事かと彼女の方に視線を向けると、彼女は読んでいた本をパタンと閉じ、冷静な口調で話し始める。
「その修行法、きっちりと確立したいなら――数人相手に試してみる必要があるわよ」
「マジっスか?」
 仮に一人相手に実験をし、経絡を開く痛みが軽減出来ると言う結果が出たとしても、それはたまたまその実験台になってくれた人が経絡を開く痛みが小さい人だったのかも知れない。そんな事にならないよう、複数人相手に試す必要があると言う事だ。
「とりあえず、これについては、また今度考えるか」
「……そうですね」
 これはすぐに結論は出そうにない。そう判断した横島と夕映は、今日のところは一旦この話を切り上げる事にした。
「………」
「………」
 この時、二人の人物が俯き加減に何やら考え込んでいた。
 一人は千雨。マイトが高い訳でも、経絡が開きやすい訳でもない一般人。その上、この城に引っ越してきたので、長期の実験にも付き合う事が出来る。問題は、そこまで積極的に、自分を実験台にしようとは思っていない事だ。
 もう一人は夏美。千雨と同じく実験台の条件は満たしている。しかも彼女は、横島の役に立てるのならば、実験台になるのも構わないとさえ考えていた。問題は、それを自分から言い出す勇気が無いと言う事だろうか。
「横島、私を部屋まで連れて行け」
「ハイハイ」
 言おうか言うまいか、夏美が迷っている内に、エヴァが横島に抱っこを要求。彼の手に抱き上げられて、二人はそのままエヴァの部屋へ向かって行く。この後は、日課の吸血タイムであろう。エヴァが吸いすぎないよう、茶々丸がその後に続いた。

「ちょっと待って横島君!」
 階段を登り掛けたところで、刀子が彼を呼び止める。
「学園長からの連絡事項なんだけど、今度の土曜日に頼みたい用事があるそうよ」
「土曜日? 除霊の仕事ですか?」
「そうじゃなくて、ネギ君と一緒に、空港の方に迎えに行って欲しいんだと思うわ」
「迎えにって、誰を?」
 心当たりのない横島は首を傾げる。すると、横島の頭が抱っこしたエヴァの額にコツンと当たってしまった。
「まさか……もう来るのか? 早過ぎるだろう」
 エヴァの方は心当たりがあるのか、驚きの表情をしている。
 今度の土曜日と言えば、麻帆良全体で学園祭の準備が始まるかどうかと言った頃であろう。来ると言う事は分かっていたが、少しばかり早過ぎる。
「横島君、今度の土曜日にね、魔法界本国からと、西からの援軍が到着するらしいわ
「え、もう来るんスか!?」
「らしいわね。学園長は魔法界本国からの援軍の出迎えに、ネギ君と横島君、それに明石教授の三人で行ってもらいたいそうよ」
 ちなみに、西からの援軍については、西でも名が知られている高畑を出迎えに行かせるつもりらしい。これに、先日の修学旅行で京都に行った瀬流彦が同行する事になっているそうだ。
「それ、俺が行く必要あるんスか? ネギと明石教授だけで十分でしょうに」
「どうも、魔法界は結構大物を派遣したらしいわね。今回の援軍に外交的価値がある事を認めたのよ」
 つまり、麻帆良側もそれ相応のメンバーを揃える必要があると言う事である。
 そこで学園長は、英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の息子ネギ、少々役者不足ではあるが人間界の代表と言う事でGS協会から派遣された横島、これに手続き等実務を取り仕切る明石教授を加えた三人を派遣する事にしたのだ。
 横島は六道家の礼服を持っているので、西側に対しても効果抜群の出迎えなのだが、理由あって、そちらに彼を派遣するのは不味いようだ。
「うわ〜、やっぱスーツっスか?」
「そうね、失礼の無い格好で行きなさい」
 刀子の言葉を聞き、横島は大きな溜め息をついた。なんとも、堅苦しい仕事になりそうだ。
 とは言え、断る訳にはいかないだろう。援軍は男性ばかりではあるまい。横島はまだ見ぬ美女、美少女と出会える事を願う事にする。

「私を抱き上げながら、他の女の事を考えるとは良い度胸だ」

 そして、抱っこしているエヴァに絞め落とされるのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 経絡、及び横島の修行に関する各種設定。
 エヴァの家周辺の地理。
 横島は、六道家の礼服を持っている。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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