topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.114
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 レーベンスシュルト城、本城のテラスでは、毎晩恒例の勉強会が開かれていた。最近は別棟一階のサロンではなく、ここで勉強会が行われる事が多い。いかに広いサロンとは言え、ずっと室内に籠もっていては気が滅入ってしまうと、気分転換も兼ねているのだ。もっとも、ここも「ボトルの中」なのだが。
 ボトルの中は温暖な気候であるため、部屋着のままテラスに出ても、身体が冷える事はない。むしろ、暖かいくらいだ。ボトル内に太陽はないが、夜になるとちゃんと暗くなる。それも、エヴァが魔法の光を灯しているため、手元が暗くなるような心配も無い。
「ところで、エヴァさんは魔法の力を封印されていたのではないですか?」
「ボトル内でなら、ある程度魔法が使える。たまには使わんと魔力太りしてしまうわ」
 面倒臭がりなエヴァが、何の文句も言わずに、それこそ室内と同じぐらいにテラスを明るくしているのには訳がある。
 大量に食事をしてもほとんど太る事のない彼女だが、血の吸い過ぎ、ひいては魔力を補給し過ぎると「魔力太り」を起こしてしまうのだ。最近は茶々丸に言われて節制しているが、それでも毎晩横島の血を戴いている事に変わりはない。週に一度訪れるネギに稽古を付けてやる時などに大量に消費するのだが、普段からこまめに使う事で、一度の吸血量を増やそうと考えているのだ。
 そんな、横島の犠牲の下に行われているテラスでの勉強会だが、皆の評判は上々であった。元より、一面のジャングルを見渡せるテラスの開放感は特筆に値するものだ。風にさえ気を付ければ、気分良く勉強する事が出来る。

「むぅ〜……」
 ところが、アスナだけは何故か不機嫌であった。
 それでも手だけは休めていないため、テーブルの向かいに座るあやかは、小さく溜め息をつきながらも、その態度には触れずにおく。
 あやかは、アスナが不機嫌な理由に見当が付いていた。原因は彼女の師にして雇い主、そして想い人でもある横島だ。
 現在、横島はここにはいない。元より一週間の内平日四日のペースで警備に出ていた彼だが、今日になって更にもう一日増やす事になった。新たに彼とチームを組む事になったのは、新しく横島除霊事務所の除霊助手となった天ヶ崎千草と月詠だ。これで彼は、土日を除く平日全てに警備の仕事が入る事になる。

 何故、千草だけでなく月詠も一緒に除霊助手になったかについては、とても浅い理由がある。平たく言ってしまえば、除霊助手にならなければ、除霊現場に出る事が出来ないためだ。千草達が仕事――悪霊、妖怪、はては魔族と戦いに行くと言うのに、自分だけ留守番と言うのが、我慢出来なかったのである。
 それに合わせて、彼女達は援軍のために用意されていたホテルを出て、レーベンスシュルト城に移って来た。元より西からの援軍の中では蔑ろにされていたので、これを機に一気に距離を置こうと言うのだろう。
 旧家の者達も、六道家と縁がある横島の下に転がり込んだと言う事と、レーベンスシュルト城の一団が別働隊である事を踏まえて、この件については腫れ物を扱うかのように、遠巻きに放置している。
 と言うのも、横島達の主な目的は、再びコードネーム『フェイト』に狙われる可能性がある木乃香を守る事だ。旧家の目的は、あくまでフェイトを倒す事なので、いっそ木乃香を守る事に専念してくれれば、彼等としてもその方が助かるのだ。

 それはともかく、アスナはその千草と横島の仲を危惧していた。
 彼女は、横島に近過ぎるのだ。京都で敵対していた時からその傾向があったが、まるで十年来のコンビのように息の合ったボケ、ツッコミを見せる事が多々ある。史伽や美空などには、漫才を見ているようだと好評であったが、その傍目に見ていても分かる相性の良さに、アスナを始めとする一部の面々は「このまま、横島が連れて行かれてしまうのではないか」と危機感を覚えていたのである。
 これまで、横島に甘え、皆で仲良くしてきたアスナ達。それこそ、友人達や妹のような愛衣、ココネが甘えているのは微笑ましく見守る事が出来たのだが、そんな彼女達に比べて千草と言う女性は、美人で色っぽく、そして「大人の女性」だったのだ。性格はともかくとして。
 これまでアスナは、横島の事を年齢以上に大人と見ていたのかも知れない。彼女の前に立つ彼は、GSとしての顔ばかり見せ、あまり高校生としての顔を見せないと言うのも原因の一つであろう。
 年齢で言えば、彼は千草よりもアスナ達に近いのだが、どうしても二人が自分達とは違う「大人の世界」の住人だと言うイメージが、頭から離れなかった。
 こうして意識してしまうと、千草だけでなく刀子やシャークティ、更には千鶴までもが怪しく見えてくるのだから、不思議なものである。
「あらあら、私もですか?」
「って人の心の中、読まないでよ!?」
「アスナ、顔に出てるアル」
 考えている内に表情に出ていたらしい。声にも出るようになれば、立派な横島2号だ。
「あ、でも、刀子先生ちょっと怪しいよね」
 裕奈の言葉に、彼女に勉強を教えていた刀子本人が噴き出す。
「な、な、な……!」
「あ、それ分かります! お弁当渡す時か、ほっぺた紅くして、可愛いですよね〜」
「一緒に暮らし始めて、一番イメージ変わったよなー」
「変わったですー」
 刀子が絶句し、二の句が継げない間に愛衣が目を輝かせ、風香と史伽が囃し立てる。言われて刀子は両手で自分の頬を押さえた。ほのかに熱くなっている。自分では分からないが、きっと頬が紅潮しているだろう。
 そこに美空が、からかうように口を開いた。
「年が年だから、焦ってるんじゃない?」
 その言葉を聞いた途端に、刀子は勢い良く立ち上がると、皆の視線を一身に受けながら大声を張り上げた。
「年の事は言うなーーーっ! て言うか、あんたら分かってないでしょ!? オカルトに寛容な男ってのが、どれだけ希少か! 金の草鞋履いてでも探す価値があるのよ!?」
「えっと……『カネノワラジ』って何?」
 一気にまくしたてる刀子だったが、アーニャは彼女の言い回しが理解出来ずに首を傾げている。そこに夕映がすかさずフォローを入れた。
「価値あるものは、苦労してでも探せと言う事ですよ」
「なるほど、そう言う意味なのね」
 アーニャはその説明を聞き、ふんふんと頷いている。魔法界では気にする必要もない事だが、魔法の秘匿は人間界では重要な事だ。秘密を持ったままでは、友人関係でも苦労する事が多々ある。修行のためにロンドンで生活をしていたアーニャは、身に染みて理解していた。
まぁ、古い言い回しですが
「はうっ!?」
 夕映が「昔の諺」と言う意味で言った言葉が刀子の急所を抉り、そのまま彼女はテーブルに突っ伏してしまった。
 刀子の前で、年齢の話は禁句である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.114


 一方その頃、警備に出ている横島、千草、月詠の三人はと言うと―――

「結構、ラクやなぁ」
「いやー、他のメンバーの時はこうはいかないぞ」
「お、また吹っ飛んだで」
「きゃはははは! ざーんがーんけーん!!」

―――ベンチに並んで座る横島と千草の視線の先で、月詠が一人魔物の群と戦いを繰り広げると言う珍妙な光景を繰り広げていた。
 実は最近、麻帆良郊外の山林から出現し、麻帆良学園都市に入り込もうとする魔物の数が飛躍的に増えていた。学園長は、フェイトが麻帆良に侵入する隙を窺っているか、既に侵入していて、魔法使い達の目を外に向けるためにしているかのどちらかだと推測している。
 どちらが本当の理由なのか、或いは別の目的があるかは分かっていない。確かな事は、そのおかげで毎晩警備に出る度に、数回魔物の群と遭遇してしまうと言う事だ。これは他の警備チームも同じらしい。豪徳寺達などは自分達の警備ルートだけでは飽きたらず、わざわざ近くのチームの援軍にも駆け付け、横島達の倍以上戦っているそうだ。
「楽しそうやなぁ、月詠のヤツ」
「あれ見て、『微笑ましい』とか思っちゃダメなんだろなぁ」
「騙されたらあかんで? あんたの前じゃ、小竜姫様と戦いたい一心で借りて来た猫になっとるけど、あの子は根っからの『狂人』やさかい」
 月明かりの下、花園に立ち、愛らしい笑みを浮かべて舞う少女。遠目に見ていると、純白のワンピースが月明かりに透け、彼女の細く華奢な肢体が見える。それだけ見ていれば、横島も思わず見惚れ、月詠と言う少女に対する認識を改めてしまいそうだ。
「お、あの一匹で終いやな」
「……現実に引き戻さんでくれ」
 問題があるとすれば、彼女の両手に握られた二振りの小太刀と、彼女の周りで飛ぶ斬り落とされた手足や首、そして地面に大輪の華を咲かせる血飛沫であろうか。
 そして、最後の一匹を斬り伏せた月詠は、満足気な笑みを浮かべ、ほくほく顔で戻って来た。
「旦那さま〜、千草は〜ん、終わりましたえ〜」
 押し掛け気味に除霊助手になった月詠は、横島の事を「旦那さま」と呼ぶようになっていた。なんだかんだと言って彼女も神鳴流の剣士、雇い主に対してはそれなりに敬意を払う。
 自分達が楽をするためとは言え、こうして戦いを一人で任せてくれる。そんな彼は、月詠にとって「良い雇い主」であるようだ。いずれ武神と謳われる小竜姫と戦わせてくれる事も含め、破格と言って良いだろう。
 千草は「借りて来た猫」と称していたが、横島の顔を見上げ、にこやかな笑顔を見せるその姿は、むしろエサを前にして「待て」をする子犬のようであった。無論、しっぽは千切れんばかりにブンブンと振られている。
「ほら、まだ付いてるぞ」
「ん……おおきに〜」
 ハンカチで月詠の頬を拭ってやる横島。その姿だけ見れば微笑ましいが、彼が今拭いたのは、彼女の頬に付いた魔物の返り血であるのは言うまでもない。

 この愛らしくも物騒な『狂人』月詠。彼女が「人と人ならざるもの達との共存」を掲げる横島除霊事務所で助手が務まるのだろうか。
 意外な事に、月詠は横島の言い分にあっさりと同調してくれた。強者との戦いを好み、自らの命を危機に晒す事を至上の悦びとする彼女にとって、人間と争う事を好まない弱い妖怪など、それこそ「斬る価値もない」のだ。
 自分の邪魔をしなければそれで良い。むしろ、話が通じるならば、強い妖怪を紹介して欲しい。それが月詠の考え方であった。

「ところで横島、あんたGSとしてはぺーぺーの新人やんな?」
「まぁ、そうだろうな。それがどうかしたか?」
「それやのに、ウチらだけやなくてアスナと古菲も雇っとるんやろ? 稼ぎは大丈夫なんかいな」
「あと、東京の事務所にも助手が二人に、事務員が一人いるぞ」
「個人事務所の規模ちゃうやろ、それ……」
 月詠がいつまで除霊助手をするつもりかは知らないが、彼女を抜いても合計六人の従業員だ。これは民間GSの個人事務所としては規格外の規模である。更に、まだ正式な助手ではないが、夕映、裕奈、千鶴も、いずれは彼の下で除霊助手となるだろう。もう一人の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』千雨は、まだ本人も決めかねているようだが。
 それだけでない、木乃香と刹那の二人もそうだ。六道女学院進学を目指す彼女達が除霊助手になるかどうかはまだ分からないが、それでも横島が二人の後見人的な立場にある事は変わらない。言うなれば二人は彼の扶養家族である。
「雇ってもらっといて何やけど……ホンマに大丈夫なんか?」
 問題は、それだけ大規模な事務所、そして家族を養えるだけの甲斐性が、横島忠夫と言う男にあるかどうかだ。
 とにもかくにも、まずはGS資格の取得を目指す千草にとって、研修先の事務所が経営不振で倒産するなどたまったものではない。
「麻帆良っつーか、関東魔法協会に雇われてる間は、除霊の仕事も受けにくいんとちゃうん?」
「今は、まぁ、大丈夫かな。俺、警備一回ごとに幾らって契約結んでるから」
「へぇ……」
 フェイトに備えて警備が強化された事により、横島が警備に出る回数は跳ね上がった。千草と月詠で新たにチームが出来た事により、その回数は五倍になっている。それだけ稼ぎも上がっているので、少なくとも学園祭の間は心配する必要はない。
 問題は、それ以降だ。真名から仕事をもらうのも勿論だが、自分から積極的に地方の仕事を探す必要があるだろう。
「引き受けた以上はちゃんとやるさ。皆を路頭に迷わす訳にもいかんしな」
「旦那さま〜、おきばりやす〜」
 やはり月詠は、事務所の経営の事など、まったく興味が無い様子であった。
「ま、期待しとるで」
 しかし、千草は違う。改めて話を聞いてみると、まだ先行き不透明な所もあるが、なかなか発展性のある事務所だ。GSを目指す上での雇い主に、彼を選んだ目に狂いはなかった。
 いっそ、自分が横島除霊事務所を支える、彼にとって欠かせぬ柱となってやるのも良いかも知れない。そんな事を考えながら、千草はにんまりと笑みを浮かべるのだった。



 翌日、横島は再び学園長の下へ呼び出された。今回の集合場所は、魔法界からの援軍も出席するため図書館が使われる。いや、魔法界の援軍のために呼び出されたと言った方が正確であろうか。
 横島が久しぶりに図書館島を訪れると、そこには学園長、アリアドネーの総長であるセラス、そしてヘラス帝国の第三皇女テオドラの三人が待っていた。今回は横島を含めた四人だけで話し合いを行うらしく、四人が揃ったところで二階にある談話室に移動する。
 この図書館島は、一般人は地下三階までしか入れないので地下四階以降は秘密の会話をするにはもってこいなのだが、ここはあえて二階の談話室を使う。と言うのも、元よりその規則を破って地下四階以降を調査する図書館探険部が存在するため、却って上に登った方が人は来ないのだ。正に逆転の発想、盲点である。
「ところで、もう一人のおっさ……じゃなくて、リカードさんは来ないんスか?」
 最後尾を歩いていた横島がそう尋ねると、すぐ前を歩いていたテオドラが、憤慨した様子で振り返った。
「あんなヤツ、おっさんで良い!」
 くわっと怒った顔のテオドラ。空港で会った時の楚々としたイメージはどこへやらだ。
「あ、あの……」
「まったく、妾の実年齢をあっさりバラしおって……ヘラスの族(うから)は長命だから、人間換算ではまだ十代じゃと言うのに……」
 空港でバスに乗り込む際に、リカードがあっさりとテオドラが三十代である事をバラしたのが、余程腹立たしかったのだろう。何やらぶつぶつと呟いている。
 しかし、すぐに横島の視線に気付き、ハッと我に返ってホホホと笑って見せた。だが、もう遅い。凜とした皇女を演じているが、彼女は相当なじゃじゃ馬姫だ。流石の横島も察しがついた。
 テオドラの方も、横島の視線からもう誤魔化しが効かない事を悟ったらしく、観念したように一つ溜め息をつく。
「すまなんだ。私にも立場と言うものがあってな……許せ」
「あ、いや、別にいいんスけど」
 むしろ、楚々とした態度をしていた時よりもしおらしくて、横島も反応に困ってしまう。
 彼としては、美人であればおしとやかでも、じゃじゃ馬姫でも、どちらでも良いと言うのが正直なところであった。実は三十代と言うのも、テオドラが思っている程、横島は気にしていなかった。外見からは予想出来ない年齢であったため驚きはしたが、それ以上でもそれ以下でもない。
「そう言ってもらえると有り難い……」
 テオドラはすっと手を差し出し、握手を求めて来た。空港の時とは打って変わり、横島も緊張する事なくその手を取る。今の彼女からは親しみやすさが感じられた。

「今回は、ウチとヘラス帝国からの援軍に関する話だから、リカードは呼んでいないのよ」
 テオドラの前を歩いていたセラスが、チラリと横島達に視線を向けて、リカードが呼ばれていない理由を教えてくれた。
 今回の話し合いは、アリアドネーとヘラス帝国の援軍に関わるものなので、メセンブリーナ連合のリカードには遠慮してもらっているのだ。
 これは、内緒にしていると言うよりも、問題を解決するのに連合の手を借りるのは沽券に関わると言うのが大きい。
「それに、呼んでも来んだろうしな」
「は?」
 だが、理由はそれだけではなかった。
 現在、リカードはネギ・パーティのセーフハウスに出向いている真っ最中なのだ。ネギから豪徳寺達四人の事を聞いた彼は、元老院議員でも、主席外交官でもなく、ましてや援軍のリーダーとしてでもなく、『白兵戦の鬼教官』としてセーフハウスに出向いたのだ。
 テオドラもセラスも、それを直接見た訳ではないが、彼がどんな笑顔を浮かべていたのかは、容易に想像出来る。
 今頃豪徳寺達は、リカードの手により叩きのめされているだろう。
「おっさん、ウチに来ねえだろうな……」
 その話を聞いて、呆れた表情になる横島。もうリカードの事を「おっさん」と呼ぶのにも抵抗がなくなっていた。
「まぁ、ネギのパーティが強化されるのは良い事じゃろう。少なくとも、あやつが優秀な教官である事は確かじゃ」
「そうね。麻帆良祭まで短い期間だけど、出来る事はやっておいた方が良いでしょう」
 かく言うセラスも、アリアドネー騎士団の総長であると同時に、戦闘魔法専門の教師でもある。折を見てセーフハウスを訪ね、ネギに魔法を教えようと考えていた。今は、その前に片付けるべき問題があるため、こうして話し合いに来ているのだ。

 そんな話をしている内に、一行は二階の談話室に到着した。四人が部屋に入ると、早速学園長が何やら呪文を唱えた。これで、外から室内での話を探る事が出来なくなる。
 室内は円形のテーブルがあり、その周りに椅子が置かれている。ホワイトボードも置かれているが、それ以外は特に物もなくシンプルな部屋だ。しかし、アンティーク調の壁紙のおかげか、殺風景と言う印象はあまり受けない。
 今回は内々の話し合いのため、四人は適当に一箇所に集まって席に着いた。横島の隣にはテオドラが座る。
「それで、一体何の話なんですか?」
「ウム、横島君も空港でヘラス帝国とアリアドネーからの援軍を見たと思うが……なんと言うか、すごい外見じゃったじゃろ?」
「……ああ、確かに」
 横島は、空港で見た援軍の姿を思い出して頷いた。アリアドネーの援軍は女学生の集団と言うイメージが強いが、確かに動物の顔をした女性や、テオドラの様に耳が尖り、角の生えた女性もいたはずだ。
 ヘラス帝国の援軍に至っては、全体的にガラの悪い者が多い。完全に怪物の姿をした者もいれば、人間なのに人間界を出歩くのは不味いであろう外見の者も少なからず居た。
「このままでは、彼等を援軍として使う事が出来ん。街中を徘徊させれば、彼等が騒ぎを起こしてしまうじゃろう」
 学園長のその言葉に、テオドラとセラスが揃って溜め息をついた。
 人間界には人間しかいないと言う事は知っていたが、ここまで大きな問題になるとは思っていなかったのだ。魔法界の常識に囚われ過ぎたと言うか、人間界を甘く見ていたと言わざるを得ない。
「認識阻害の魔法じゃダメなんスか?」
「残念だけど、認識阻害の魔法にも限度があるのよ」
 セラスの説明によると、彼女の角やテオドラの耳程度であれば、認識阻害の魔法で誤魔化す事も出来るが、それ以上に人間離れした外見の者達は誤魔化しきれないそうだ。
「そこで横島君に聞きたいんじゃが……最近は、魔族が人間界に長期潜伏する事もあるらしいの。彼等は一体、どうやって人間界に溶け込んでおるんじゃ?」
「ああ、それなら、普通に人間に化けてるんですよ」
「むぅ……」
 学園長は唸る。残念ながら、横島の答えは既に考えられたものと同じ案であった。
 全員、魔法を使って人間に変身する。真っ先に考えられた案だ。しかし、これには問題がある。アリアドネー騎士団であれば、たとえ見習いであろうとも変身の魔法ぐらい全員が使えるだろうが、テオドラの連れてきた賞金稼ぎ達はそうもいかない。
 魔法薬で代用すると言う案も出たが、援軍の人数を考えると、掛かる費用も馬鹿には出来なかった。
「妾達は、街中の警備を担当させないと言う方法もあるが……」
「ちょっとそれは困るわね、ウチとしては。人間界とはどんな所か、あの子達にも知って欲しいし」
「う〜〜〜む……」
 学園長は、セラスの言い分も理解出来た。彼自身、今回の援軍を人間界と魔法界の交流の一環として捉えていたのだ。
 出来る事なら、学園祭を成功させて、情報公開に向けて弾みを付けたいところである。
 魔法使いを大勢用意して、変身の魔法が使えない賞金稼ぎ達に魔法を掛けると言う方法もあるが、これはあまり現実的ではないだろう。それを実現するのは、明らかに人手が足りない。

 ここで、横島がアイデアを出した。
「あ、それなら逆転の発想をしてみたらどうでしょう?」
「逆転?」
 木を隠すなら森の中。この場合、「人間離れした外見を持つ援軍」が木である。
「いっそ他の警備員も、みんなファンタジーな格好させちゃいましょう」
「なぬ?」
「警備担当の皆がファンタジーな格好してたら目立ちませんよ、きっと」
「ふ〜む……」
 つまり、「人間離れした外見を持つ援軍」と言う木を隠すために、元より居る麻帆良の警備員も含め、全てを森にしてしまおうというのだ。
 隠す事ばかり考えていた三人は、目から鱗であった。必要な事と言えば、衣装を用意するぐらいだが、今回警備を担当するのは全てが魔法使いである。魔法使い用のローブであれば、皆が自前で持っている。
「が、学園長、大丈夫なのですか?」
「ふむ……それならば、行けるかも知れんのぅ」
 セラスは不安そうだったが、学園長は逆にその方法ならば上手く行くだろうと考えていた。
 二人の違いは、毎年の学園祭を知っているかどうかだ。ここに居るメンバーでは学園長しか知らない事だが、麻帆良では学園祭準備期間に入った途端に、早朝から街中を恐竜のロボットや、鎧兜を被った武者のような者達が街中を闊歩するようになる。その大半は、学園祭当日の出し物の宣伝を兼ねたデモンストレーションだ。
 それらと並べれば、援軍の人間離れした外見も仮装で通じるだろう。ポスター等をそれに合わせて変更する必要が出てくるが、援軍の一人一人に魔法を掛ける事を考えれば、大した手間ではない。
「なるほど、仮装として誤魔化している事を、援軍の者達にきちんと伝えておれば、いけるかも知れんな……ハッハッハッ! 面白い発想をするではないか、ヨコシマ!」
 テオドラは、横島の案が気に入ったらしい。彼の肩を叩いて喜んでいる。本当にそれで通じるのか試してみたいと言う思いもあるようだ。
「学園長が問題ないとおっしゃるのであれば……その方向で進めますか?」
「うむ、そうじゃの。騎士団の者達には、セラス君の方からよろしく伝えておいてくれ」
「分かりました」
 セラスも、学園長がその方向で推し進めるのであればと、消極的ながらも賛成した。
 学園長は早速、関係各所に連絡を入れて準備を進める。こうなってくると、現在の一番の問題は、学園祭準備期間に入るまで時間がほとんど無いと言う事だ。

「俺は別に、魔族が街中出歩いたっていいと思いますけどねー。悪ささえしなけりゃ」
 ポツリと呟いた横島の一言が、テオドラとセラスの心に残る。
 彼女達自身も、その外見通り人間ではない。二人とも、人間界との交流はそれがネックになると考えていたので、横島のような考え方をする者が居る事に衝撃を受けていた。
 GSである彼の考え方は一般的なものではないだろうが、それでも希望が持てると言うものだ。

 こうして、魔法界からの援軍の「外見」に関する問題は、解決した。
 西からの援軍も、この決定には諸手を挙げて賛成する。彼等にしても、スーツ、着物や学生服で正体を隠して警備をするよりも、陰陽師、神鳴流剣士として武装していた方が敵に備える事が出来る。そう言う面でも、これは彼等にとって都合の良い決定であった。


「やれやれ、なんとか上手くいきそうじゃのぅ」
「良かったっスね」
「そうじゃ、横島君達も遊撃隊とは言え、警備もしてもらう事になる。何か衣装を用意しておいてくれよ」
 この警備員は全てファンタジーな格好をすると言うのは、当然横島達も例外ではない。
「準備期間中は構わんが、学園祭の間は着るようにの」
「了解っス」
 軽く返事をする横島。衣装については、既にレーベンスシュルト城に帰って相談する気満々であった。
 相談する相手は誰なのか。それは言うまでもない。
「千雨ちゃんに相談すりゃ、なんとかなるかな?」
 そう、彼の『魔法使いの従者』にしてネットアイドル。コスプレイヤー、長谷川千雨である。



 奇しくも、横島が千雨に相談を持ちかけようと考えていた頃、その千雨は古菲から相談を受けていた。
「あの、千雨に相談したい事が……」
「ん? どうした、珍しい」
 千雨が尋ねると、彼女は自分の額に着けた金属製の輪っかを指差した。
 古菲のアーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』の一部、常に装着者の力を吸収し、溜め込む能力を持つ『緊箍児』だ。彼女は横島と仮契約(パクティオー)して以来、常にこれを身に着けている。
「このアーティファクトをもっと上手く使うために、千雨に相談したいアル」
 『猿神の装具』には、変化の術を模した能力も備わっている。コスプレする事で、衣装に合わせて身体能力をアップさせると言うものだ。
 古菲本人が恥ずかしいと言う事もあり、これまで延び延びになっていたが、彼女自身いつまでも引き延ばしてばかりではいけないと思ったらしい。
「……確か、可愛い系じゃないとダメなんだよな?」
「………」
 もじもじした古菲が、恥ずかしそうにコクリと頷く。
 その姿を見て「素材は悪くねーな」と考える千雨。この時既に、彼女はこの相談を引き受けるつもりになっていた。
 以前の千雨なら「面倒臭い」、「関わりになりたくない」と逃げていただろうが、彼女もまたレーベンスシュルト城で暮らし始めた事によって変わっていたようである。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
 修学旅行編以降の千草と月詠に関する各種設定。
 関西呪術協会、及び陰陽寮に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 図書館島に関する各種設定。
 古菲のアーティファクト『猿神の装具』。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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