topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.115
前へ もくじへ 次へ


 レーベンスシュルト城の本城内にあるコスプレ衣装を仕舞った部屋に向かう千雨と古菲。その途中、どこで話を聞きつけたのか、アスナ、あやかと次々に住人達が加わり、部屋に辿り着く頃には総勢十人以上が集まっていた。
 あの部屋は千雨にとって、「隠しておきたい趣味の部屋」であるため、あまり大勢を引き連れて行きたくはなかったのだが、集まったメンバーの中に城主であるエヴァも居たため、間借りしてる身としては文句も言い辛い。
 彼女達は千雨の趣味を知っても馬鹿にしたりしないと言うのが不幸中の幸いだろうか。こうなっては仕方がない。部屋の前まで辿り着いた千雨は、小さく溜め息をつき、覚悟を決めて、その扉を開いた。

「うわぁ……」
 部屋に入ったアスナが、感嘆の声を上げる。引くような感じの声ではなく、好奇心をくすぐられた時のそれだ。おもちゃを見付けた子供のように目を輝かせている。
「………」
 一方、コスプレ衣装のためだけにエヴァからこの部屋を借りている千雨は、部屋を見回してこう思った。やはり慣れないと。
 それも当然だろう。今までは寮の部屋でこそこそと隠れてやっていたものを、こうして明けっ広げにやる事になったのだ。コスプレ衣装がズラっと並んだ光景は圧巻である。誰がやったかは知らないが、いくつかの衣装は壁際のガラスのショーケースにディスプレイされており、部屋の中央は並んだハンガーラックが通路を作っている。まるで、その手の店に入ったかのようだ。壁紙や絨毯が品の良い高級品だけに、ちぐはぐな事この上ない。
 おずおずとエヴァに尋ねてみたところ、この部屋の管理は茶々丸の姉にあたる人形のメイド達が担当しているらしい。別棟ではあまり見掛けないが、本城や別荘のメンテナンスは、まとめて彼女達が行っているそうだ。壁際のディスプレイなどは彼女達がやった事なのだろう。なにもここまで気合いを入れなくてもと、千雨は頭を抱える。
「なぁなぁ、千雨ちゃん。衣装見て回ってもええかな?」
「あ、ああ、でもサイズ合わないと思うぞ。全部、私に合わせてるから」
「ええよええよ。こんなかわええの、見てるだけで楽しそうやし」
 アスナと同じように目を輝かせた木乃香は、刹那の手を引いてコスプレ衣装を見に行ってしまった。
「……あいつ、結構いいとこの箱入り娘だったよな?」
 そんなお嬢様に「このようなもの」を見せてしまって良いのか疑問だったが、父が長を務める『関西呪術協会』とは縁を切る方向で話が進んでいると言う話だったので、深く考えない事にする。本人が喜んでいるのだから、それで良いだろう。
 それを皮切りに、一緒に部屋に入った面々がわらわらと散らばっていく。レーベンスシュルト城の住人全員が揃っている訳ではないが、それでも多くのメンバーが集まっている。皆大なり小なり興味があるようだ。もっとも、彼女達の場合は「何かのキャラの衣装」ではなく、単純に「可愛い衣装」に対する興味なのだろうが。
 考えようによっては、コスプレイヤーとしてこれほどの部屋を持てたのは幸運なのかも知れない。ハッキリ言ってこの部屋は、個人が持つ規模ではない。世のコスプレイヤー達からしてみれば垂涎物であろう。
 その結果、このように自分の趣味をオープンにする事になった千雨としては色々と言いたい事もあるが、それについては精神衛生上の理由から忘れる事にする。
 横島に霊力を注ぎ込まれて、あふんあふんとなってる姿を互いに見られているアスナ達よりかはマシだと自分で自分を納得させ―――直後に、自分も参加者の一人である事を思い出して項垂れた。


 アスナとあやかの二人は、メイド服が並んだショーケースに興味を持ったらしい。あやかは、家に戻ればそれこそ本物のメイドに出迎えられる立場だ。また、あやかの幼馴染みであるアスナも、何度か彼女の家にお邪魔し、そのメイド達を見た事がある。
「それにしても……メイド服と一口に言っても、色々な種類がありますのね」
 その様子を見て、千雨は噴き出した。彼女こそ、正真正銘のお嬢様だ。
 妙な知識を身に着けてもらっては困る。千雨は慌ててフォローに入った。
「い、いや、それは紛い物みたいな物だから。本物のメイドが着るような物じゃないし」
「あら、そうですの?」
 ショーケースに並べられたメイド服の数々はスカートの丈も短く、「見せる」事を目的としたあまり実用的な物ではない。あやかが勘違いしないよう、この誤解はしっかり解いておかねばならない。
 しかし、その可愛らしいデザインそのものには、あやかも思うところがあったようで、真剣な表情でメイド服を眺めている。

「ねぇ、千雨ちゃん。これ……エヴァちゃんのよね?」
「は?」
 アスナの指差す先を見ると、そこには最近よく見掛けるメイド服が、千雨のコスプレ衣装に紛れて飾られていた。茶々丸や彼女の姉達が身に着けているメイド服だ。ご丁寧に千雨に合わせたサイズの物が飾られている。
「なんだこりゃ?」
「さ、さぁ?」
 まさか、茶々丸の姉達によるサービスだとでも言うつもりだろうか。
 いくら考えても答えは出ず、千雨とアスナが揃って首を傾げていると、エヴァが茶々丸と夏美を連れて背後から近付いて来た。
「あいつらめ、無言の抗議のつもりか……?」
「姉さん達は数百年間同じメイド服で勤めていますから、千雨さんの持つメイド服の数々はカルチャーショックだったのかも知れません」
「て言うか、結構スゴいんだね……私、エヴァちゃんのメイド服でも結構恥ずかしいんだけど……」
 つまり、茶々丸の姉達が、千雨の持っている多種多様なメイド服を羨ましがっていると言うのだ。
 夏美の言う通り、結構恥ずかしいものだと思うのだが、その辺りは感覚が違うのだろうか。
「あれ、お前が操ってるんだよな?」
「自動人形(オートマタ)だがな」
 エヴァが魔法で操る人形が、そんな自己主張をするのか。結論から言ってしまえば「イエス」である。
 そもそも、一から十まで全てエヴァ自身が操らねばならないのであれば、城内を掃除するのも面倒な事この上ない。そのため彼女達は元々、ある程度の自意識を持って、自動で作業をする魔法の自動人形として作られているのだ。
 かつて賞金首であったエヴァが『人形使い(ドールマスター)』として名を馳せていたのが、今から数百年前の話。オカルト的に考えれば、付喪神が宿ってもおかしくないぐらいの時間が過ぎている。これぐらいの自己主張はあって当然なのかも知れない。
「私、なんか不味い事したか?」
「……いや、確かに、長い間あのメイド服を使わせていたからな。見ている私も飽きてきたところだ。参考にさせてもらうぞ」
「あんま参考にならん気もするけど……」
「案ずるな、私も『本物』を知っている一人だよ」
 背が低いのに見下すような表情のエヴァ。こう見えても数百年生きている真祖の吸血鬼なので、かつての本物のメイドを知っているのだろうが、このような場所で「私は本物のメイドを知っている」と胸を張って言われても困る。
 とは言え、本人は決まったと言わんばかりにフフンと胸を張って満足そうなので、千雨とアスナはツっこみたい衝動をぐっと我慢するのであった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.115


「ところで千雨さん、古菲さんはよろしいのですか?」
「おっと、忘れてた」
 茶々丸に指摘され、千雨は本来の目的を思い出した。
 この部屋に来たのは、千雨と同じく横島の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である古菲のアーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』の機能の一つ、「変化の術」と称したコスプレを考えるためだ。
 可愛い系のコスプレに限定されてはいるが、衣装によって古菲の能力を増加させる事が出来る。
 例えば、白いセパレートの水着に首もとには赤い蝶ネクタイ。白い手袋にウサギの足を模した白いブーツ。更に頭にはウサギの耳が付いたバンドを着け、お尻にはほわほわのウサギのシッポを付ける。このちょっと変則的なバニーの格好をする事により、彼女の跳躍力は飛躍的に上昇するのだ。その効果は凄まじく、初めてそのジャンプ力を試した時は、驚きのあまりにバランスを崩し、横島に抱き留められたぐらいである。
 その古菲は、夕映と千鶴の二人と一緒にハンガーラックに掛けられた衣装を見ていた。それを見て、千雨とアスナが駆け寄る。奇しくも、集まった横島の『魔法使いの従者』である五人が集まった。やはり、皆気になるのだろうか。
「どうだ? 何かいいのはあったか?」
「い、いや、どう言うのが良いのか分からないアル」
 千雨が声を掛けると、古菲はほっとしたような表情で振り返った。
「千鶴さんは、変なのばっかり勧めるです」
「そんなに変かしら? 可愛いと思うんだけど……」
 そう言う彼女が手にしているのは、一言で言えばかなり露出度の高い水着のような衣装であった。紐とは言わないが、せいぜい幅広のリボンと言ったところである。色も白を基調としており、色白の人間が着ていると遠目には何も着てないようにも見えるのではないだろうか。
 千雨自身、人気がある作品なので作ってみたはいいが、実際着てみるとかなり恥ずかしい物であったため、小道具で身体を隠して誤魔化し、それでも恥ずかしかったためお蔵入りにしたと言う曰く付きの一品だ。この数多くのコスプレ衣装の中から、よくぞピンポイントで探し当てたものである。
「さ、流石にこれは……て言うか、千雨ちゃんこれ着たの?」
「そんな目で見るな。流石にこれは無理だって止めたヤツだ」
 横島のためならば羞恥心もかなぐり捨てがちなアスナでさえも引いているのだから相当なものだ。やはりこれはお蔵入りにして正解だったのだろう。
「忠夫さん、喜びそうなのに……」
「……まぁ、横島さんなら喜ぶかもな」
 紳士かどうかはともかく、アスナ達の前ではおとなしくしている横島だが、彼が世の男性諸氏の御多分に漏れず助平である事を彼女達は承知している。むしろ、毎日彼の前でなまめかしい姿を見せていると言うのに、完全に無反応であったら、別の意味で彼を疑うところだ。
 霊力供給の修行も、アスナ達は「横島ならば構わない」と、それらを踏まえた上で納得して受けている。横島本人が隠そうとしているつもりなのか、アスナ達の前では極力自重しようとする傾向にあるため、最終的には安全であると判断しているのだ。
 これは、最初は「霊力を目覚めさせる修行」に釣られて、実態を知らないまま受ける事になった高音達も同じであった。修行の内容と効果。横島の助平心と自身の羞恥心。色々と天秤に掛けた上で、その後も修行を続ける決断を下している。
 結局のところ、あの修行を受け容れられるかどうかは、横島を信じられるかどうかと、自身の羞恥心に折り合いを付けられるかどうかに掛かっている。それらを乗り越えるために必要なものは人それぞれだが、アスナの場合は彼に対する好意である事は言うまでもない。

 ただ、そんな彼女達も横島の全てを知っている訳ではなかった。千鶴の持つ衣装についてもそうだ。
 アスナ達は満場一致で横島は喜ぶと判断したが、実際に着てみせたら、彼はまた別の反応を見せただろう。「女の子が、そんなはしたない格好をするんじゃないっ!」と。
 なんだかんだと言って、彼は変なところで純情であり、また真面目なのである。

 閑話休題。


 いつまでも一つの衣装に拘っていても仕方がないため、千雨は話題を古菲の衣装に戻す。
「コスプレによって能力が変わるって話だが、それって動物限定なのか?」
「そうは書いてないそうです」
「可愛い系ならなんでも良いのかな?」
 まず、可愛い物でなければならないと言うルールにツっこみたいが、千雨は『キャラバンクエスト』の世界で出会った、自分のアーティファクトの製作者の顔を思い出して、その言葉を飲み込んだ。あんな連中が作っているのならば、そんなルールになるのも当然と思ってしまったのだ。
「一度登録した衣装を取り消す事は?」
「可能です。人前では出来ないでしょうが……」
 そう言って夕映は言葉を濁す。
 実際にこれから登録する事になる古菲が不安に思い尋ねてみると、夕映は少し恥ずかしそうに頬を染めながら説明してくれた。

 仮契約(パクティオー)カードには、古菲のアーティファクトに限らず、元々衣装を登録する機能がある。例えば夕映のカードには、アーティファクトである『土偶羅魔具羅レプリカ』とは別に、露出度の高い悪の女幹部のような衣装が登録されている。
 では、この登録された衣装は普段どこにあるのか。
 魔法の産物であるためどう言う理屈なのかは分からないが、カードの中に収納されていたりするのだ。
 と言うのも、登録された衣装に着替えるのは、実はアーティファクトを召喚するのと理屈の上では同じようなものなのだ。つまり、本物のアーティファクトではなくその写し身を召喚するように、本物の衣装ではなく、カードに登録されたデータからその写し身を再現し、身に着けるのだ。
 そのため、仮に服が破れたとしても再召喚すれば直るし、召喚者が成長しても、サイズを合わせてくれる。
「それじゃ、私のカードのドレスも登録された衣装なのね」
「そうなりますね」
「私の場合は、衣装そのものがアーティファクトアル」
 千鶴、夕映、古菲の三人が、互いにカードを見せ合う。
 夕映が得た情報によると、仮契約カードに描かれている仮契約者の姿は、一番目に登録されている衣装を身に着けた姿が写し出される。古菲の場合は『猿神の装具』を召喚した際、道着の下に身に着けている肌着と下着が、一番目に登録された衣装だ。
「うぅ、私の、制服なのよね……」
 対してアスナのカードに写し出されている彼女の姿は、麻帆良女子中の制服姿であった。
 やはり、これでは古菲達に比べて少々面白味に欠ける。
「別にいいじゃねーか」
「でも、ちょっとつまんないと思わない?」
 かく言う千雨のカードも、制服姿の彼女が写し出されている。これらは、おそらく彼女達の普段の姿が描かれているのだろう。要するに、彼女達のアーティファクトには、セットの衣装が存在しないと言う事だ。
 アスナは、せめて横島からもらったジャケットを身に着けた姿が写し出されていて欲しいと考えている。
 千雨はと言うと、こちらは『ネットアイドルちう』ではなく千雨自身の姿が描かれている事については、それで良いと考えていた。千雨は横島に対し、ネットアイドルと言う幻影ではなく、千雨自身を見て欲しいと言う願望を抱いている。彼女自身、それに気付いているかどうかは微妙なところだが。
 ただ、アスナの言う「つまんない」に関しては、全面的に同意である。千雨自身、筋金入りのコスプレイヤーなのだ。制服のデザインも嫌いではないが、どうせなら恥ずかしくない程度に可愛い衣装を着たいと思う。

 その時、夕映の言葉が二人の耳に入った。
「一番目の衣装を登録し直したら、カードの絵柄も変わるそうですよ」
「えっ、マジで!?」
「お、おい、その方法教えろっ!」
 聞き捨てならない話である。二人はすぐさまそれに食い付いた。
 二人掛かりで肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられながらも、夕映はなんとか説明を続ける。
「ま、まず、新しく登録したい衣装に着替えて下さい。後は、それを一番目の衣装としてカードに登録すれば良いんです」
 そうやって一番目の衣装を登録し直した際に、カードに写し出される姿も変更されるそうだ。
 ちなみに、再登録した際に本人が成長していた場合、カードに写し出される姿も、その時の姿に合わせられる。逆に言えば、再登録しない限りカードに描かれる姿はそのままと言う事だ。
「なるほど、そう言う手もあるのか……」
「とりあえず、横島さんからもらったジャケットとリボンは身に着けるとして、他はどうしよう」
 夕映の説明を聞き、アスナと千雨は早速カードに登録する衣装について考え始める。
 いついかなる時でも、カードさえあれば一瞬で身に着けられる衣服と考えると、非常に便利な代物だ。
 古菲の衣装を考えると言う当初の目的は忘れていないが、それだけでなく自分の衣装についても真剣に考える必要があるだろう。
「……ん?」
 ここで千雨はある事に気付いた。
 先程夕映が言い淀んだ、一度登録した衣装を取り消す方法だ。
「ちょっと待て。って事は、もしかして……」
 衣装そのものをカードに収納する訳ではないので、取り消すために必要なのは、カードに登録されたデータを消す事である。パソコン上のデータファイルのように簡単な操作で削除出来るのであれば、夕映も説明するのをためらったりはしないだろう。
「……『無い』状態を再登録するのか?」
「………お察しの通りです」
 絞り出すような千雨の言葉に、夕映は神妙な面持ちでコクリと頷いた。
 千雨の言葉を聞き、古菲だけでなくアスナ、千鶴も理解してしまった。仮契約カードに登録した衣装のデータを消す方法。それは「何も無い状態」、すなわち裸の状態で再登録する事だ。流石の千鶴も、これには戸惑いの表情を見せている。

「あ、でも、上書きは出来るんだよな?」
「はい。ですから、取り消す事自体、あまり無いと思うです」
「それを先に言え!」
 上書きが不可能であれば、長い魔法使いの歴史の中で、この部分はとうに改善されていたであろう。逆に言えば、回避方法があるからこそ、この方法が延々と残っていると言える。


 気を取り直して、五人は古菲の衣装について真剣に考え始める事にした。
 アスナ達も自分の衣装が気になるところだが、まずは当初の目的である彼女の衣装を決めねばなるまい。と言うのも、古菲は恥ずかしがり屋な面があり、特に可愛らしい衣装などは自分では選べないのだ。ここは四人でフォローしなければなるまい。
「よし、まずは動物以外でも通用するか試してみるぞ」
「どうするですか?」
「こいつを登録してみる」
 千雨は、ハンガーラックに掛けていた一つの衣装を手に取り、古菲に見せた。
「な……こ、これを着るアルか!?」
 その衣装を一目見た瞬間、古菲の頬が紅く染まる。
「ああ、それはビブリオンですね。ハルナがよく見てたです」
 そう、千雨が見せたのは、子供向けアニメ「魔法少女ビブリオン」の主人公の片割れ、『ビブリオレッドローズ』のコスプレ衣装だ。
 袖がなく、丈が短めのセーラー服。ブラウスも着てないので、おへそが見えている。スカートの丈も短めで、ロングブーツを履く事になっている。更に頭にはネコの耳を、お尻にはネコのしっぽを付けて完成だ。古菲のカードには既にウサギが登録されているため、もう片方のウサギの耳の『ビブリオピンクチューリップ』ではなく、『レッドローズ』の方をチョイスしたのだ。
「上手く行けば、これで魔法が使えるようになるかもしれないぞ」
「え゛、でも、それアニメのキャラよね? それで魔法が使えるようになるの?」
「あいつらが作ったんだから、大丈夫じゃねぇか?」
 身も蓋もない言い様だが、直接職人妖精と会った事がある千雨の言葉は、妙な説得力があった。
「とにかく登録してみろ。それがダメなら、動物系に絞って考えればいいんだ」
「わ、分かたアル」
 ご丁寧に、この部屋には更衣室まで備え付けられていたので、古菲はそこに入り、覚悟を決めて渡された衣装に着替える。
 幸い、千雨とは身長差が10センチほどあるため、おへそは隠れ、スカートの丈はそこそこの長さになったので、それほど恥ずかしくなかったのが救いだろうか。ネコの耳とシッポを付けている以外は、普通の中学生に見えなくもない。
「着替え終わたけど、どうやって登録すればいいアルか?」
「ハイ、説明するです。まずはカードを持ってですね―――」
 夕映の説明は、アスナ達が思っていたよりも簡単な物であった。アーティファクトを召喚する際の『来れ(アデアット)』のように、衣装を登録するための呪文があり、それに続けて数字も一緒に唱える事で、衣装を登録する事が出来るそうだ。
 早速、古菲は教えられるままに呪文を唱えて、ビブリオンの衣装を登録した。
 一瞬カードが光り、登録自体はすぐに終わってしまう。
「こ、これで魔法が使えるようになたアルか?」
「いえ、今着ているのはただの衣装ですから、登録した衣装の方を呼び出してください」
「それじゃ、こっちの衣装は着替えるアル」
 そう言うと、古菲は再び更衣室に入って行った。元の服に着替えてから、登録した衣装を呼び出すつもりなのだろう。

 古菲が着替え終わるのを待っていると、その間に横島が部屋に入ってきた。
 学園長達との会議を終わらせて帰って来たところ、茶々丸の姉からアスナ達がこの部屋に居る事を聞き、学園祭で警備をする際に身に着ける衣装について相談するには丁度良いと、この部屋を訪れたのだ。
「おう、今帰ったぞー」
「あ、横島さんっ!」
 その姿を確認すると、すぐさまアスナが飛び付いて、嬉しそうに腕を絡める。
「何してたんだ?」
「今、くーふぇのアーティファクトに使う衣装を決めてるんですよ」
「ああ、あの変化の術ってヤツか」
「着替え終わたアルヨー……って、横島師父!?」
 元の服に着替え終え、更衣室から出てきた古菲は、横島の姿に驚き、思わず後ずさってしまった。
 彼女が可愛らしい衣装を着るのを恥ずかしがっているのは、男性全般に見られるのが恥ずかしいと言うのが大きい。その中でも横島は特別だ。古菲が道着のつもりで着ているチャイナドレスも、彼は可愛い可愛いと連呼し、ニコニコと笑う。それが古菲にとっては、なんともむずがゆい。
 ビブリオンの衣装に対しても、横島はきっと同じような反応をするだろう。頬を膨らませ、上目遣いで抗議の視線を送るが、彼は全く気付かない。
「くーふぇさん、どうしたですか?」
「あ、いや……」
 夕映に声を掛けられ、古菲は覚悟を決めた。千雨用のサイズであったため、傍目には普通の中学生とあまり変わらないのだ。それほど恥ずかしい物ではないと自分に言い聞かせながら、古菲はカードから先程の衣装を呼び出した。
「おぉ、可愛いな!」
 その姿を見て、真っ先に反応したのはやはり横島であった。口にした言葉も、やはり予想通りのものだ。
 一方、アスナ達は驚きの表情を見せている。彼女達の視線は古菲のお腹に集中しているようだ。何事かと自分の身体に視線を向け、古菲の表情もまた驚きのそれに変わる。
「な、なんでピタリアルか!?」
 なんと、千雨サイズのはずだったビブリオンの衣装が、古菲のサイズに合わせられていたのだ。
 当然、スカートの丈も、セーラー服の丈も短くなっている。古菲はチラリと覗いたおへそを慌てて両手で隠した。
 そのまま恥ずかしそうに俯く古菲。丁度、横島に頭のつむじを見せる形になり、横島は奇しくも手頃な位置に来たそれを撫で回す。彼は可愛いと褒めているつもりなのだろうが、そうする事で古菲の顔がますます真っ赤になっていくのは言うまでもない。
「それじゃあ、魔法が使えるか試してみましょうか〜」
 そのままでは話が進まないため、千鶴が古菲に声を掛けた。
「えっと、確か初心者用の魔法があったわよね。確か、プラクテ……なんだっけ?」
「プラクテ ビギ・ナル 『火よ灯れ(アールデスカット)』だ」
 その声に振り返ると、そこにはエヴァが立っていた。彼女は懐から初心者用の杖を取り出し、古菲に投げ渡す。先端に付いている飾りはビブリオンと同じハートだ。
「えと、ぷらくて〜、びぎなる〜」
 たどたどしく呪文を唱えて杖を振る古菲。しかし、魔法は全く発動しない。
「……あれ?」
「やっぱり、アニメのキャラじゃダメなのかしらね〜?」
「動物じゃないとダメって可能性もあるな」
「……あ、あの、もう戻てもいいアルか?」
 魔法が発動しないと分かると、古菲は返事を待たずに元の姿に戻ってしまった。
 どうやら、ビブリオンの衣装を登録しても魔法を使える訳ではないようだ。もしかしたら、身体能力が変化している可能性もあるが、そちらまで確認する気にはなれない。
「となると、動物かぁ……」
 千雨は頭を掻いて部屋を見渡す。部屋を埋め尽くすほどのコスプレ衣装の数々だが、実は大半がアニメやゲーム、或いはマンガのキャラクターの衣装であるため、動物を模した衣装はほとんど無い。
 となると、古菲のために一から衣装を作る必要があるのだろう。彼女のためにも、その方が良いのかも知れない。
「よし、古。考え方を変えるぞ」
「考え方?」
「バニーの衣装で、ジャンプ力が上がったんだよな?」
 千雨の問い掛けに、古菲がコクコクと頷く。
「だったら、話は早い。まず、どの身体能力を上げたいかを考えて、それに動物を当てはめて行こう」
「……………おおっ!」
 しばし、天井を見詰めながら腕を組んで考える古菲。やがて、千雨の言葉を理解し、ポンと手を打った。
 そう、一から衣装を作るのであれば、逆から考える事も可能となる。例えば、力を強化したければ、力が強そうな動物の衣装を身に着ければ良い。
「トラとか強そうアル!」
「虎って、具体的にどの能力が強いんだ? どの能力が上がるか、よく分からんのだが」
「それじゃクマ! 『熊殺し』アル!」
「それ、熊になったら殺される側じゃねぇか」
「あ……」
 そんな二人のやり取りはともかく、古菲の衣装についての指針は、これで決まったようだ。
 まず動物を決め、それに合わせて衣装を作る。デザインについてはハルナに頼むのも良いかも知れない。どちらにせよ、すぐにどうにかなる物ではないため、今はこれ以上出来る事は無い。

「そっちの話は終わったか? 俺からも千雨ちゃんに頼みがあるんだが」
「私に?」
 千雨は怪訝そうな表情を浮かべる。横島に頼られるのは嬉しいが、彼に対し自分が出来る事など何があると言うのだろうか。
 そんな彼女に対し、横島は学園長達との会議の内容について話した。
 魔法界からの援軍には人間離れした者が少なからず居ると言う事。そのために学園の警備担当者もファンタジー調の格好をする事になった事。そして、別働隊である自分達も、同じくファンタジー調の格好をしなければならない事。
 話を聞き終えた千雨は、どうして彼が自分を頼ってきたかを理解する。確かに、これはレーベンスシュルト城の面々の中でも、千雨にしか出来ない事だ。
「それは、準備期間中も着なきゃいけないのか?」
「いや、開催中の三日間だけで良いそうだ」
「て事は、半月は時間があるって事か……それでも厳しいな」
 頼まれたからには何とかしてやりたいのは山々だが、別働隊と一言で言っても、横島を筆頭に総勢十人以上の大所帯だ。はっきり言って時間が足りない。千雨はこめかみを指で押さえて考え込んだ。
「超えもんに頼んでもダメか?」
 言うまでもなく、超鈴音の事である。
「あいつら、学祭長者だからなぁ……準備期間中も店開いてるはずだし、流石に今は頼んでも無理なんじゃねぇか?」
 困った時はどこからともなく現れて助けてくれるイメージのある彼女だが、それでも限度と言うものがある。『超包子(チャオパオズ)』を経営する彼女にとって、学園祭は最大の稼ぎ時だ。開催中の三日間だけでなく、準備期間中も店を開いているらしく、この時ばかりは彼女も手が離せない。
 当然、聡美も参加しているので、二人の力を借りるのは難しいだろう。

「あの……私でよろしければ、お手伝いしましょうか?」
 そう言っておずおずと手を挙げたのは茶々丸であった。
「あれ? お前、去年は『超包子』に参加してなかったっけ?」
「この城も住人が増えて、あまり離れられなくなりましたので、今年はお断りさせていただきました」
 去年は聡美と共に『超包子』の看板娘を務めた茶々丸だが、今年は横島パーティの本拠地となったレーベンスシュルト城から離れられないと、超に対し既に断りの返事を返していた。
 超の方も承諾しており、既にお料理研究会のメンバーの中から、売り子を見繕っているそうだ。
「服飾関係なら、私も得意だぞ。手伝ってやろうじゃないか」
「……マジで?」
 続けて名乗りを上げたのはエヴァ。彼女がものぐさである事は住人皆が知っている事であるため、皆の視線が思わず彼女に集まる。
「人間の衣装を作るのは初めてだが、面白そうだ」
 だが、彼女も冗談で言っている訳ではない。人形作りを得意とする彼女にとって、人形の衣装を作るのは趣味の一つだ。人間の衣装を作るのは、言わばこれの延長。着せ替える対象が人形から人間に変わっただけである。
「ククク……楽しみにしていろ、横島。『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の配下に相応しい装束を用意してやろう」
 しかも、横島の衣装だ。エヴァにとってみれば気紛れでも何でもなく、むしろ見逃せない娯楽であった。
 さり気に所有権を主張し、横島を自分の部下扱いにする気満々である。
「……『来れ』」
 すっとカードを掲げてアーティファクト『ハマノツルギ』を召喚するアスナ。現れたのは、大剣ではなくハリセン状態のそれだ。
「バカな事言ってんじゃないわよーっ!」
 直後、アスナの渾身の力を込めたツっこみが、高笑いを上げるエヴァの後頭部に炸裂したのは言うまでもない事である。

 その後、アスナとエヴァの取っ組み合いも交えた話し合いの結果、結局エヴァも衣装作りに参加する事になった。
 エヴァ自身、千雨のコスプレ衣装を見た時から、人間を着せ替える事に興味を持っていたらしい。考えてみれば彼女がネギと戦った際、吸血鬼化したアスナ達を着替えさせた事があった。元々そう言うのが好きなのかも知れない。
「私は西洋の武具に関する知識も持っているんだぞ? ある程度、実用も考えなきゃいかんのだから、私の協力は不可欠であろう?」
「ぐぐぐっ……」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるエヴァ。後頭部に出来たたんこぶを冷やすために頭の上に載せた氷嚢がなんとも様にならない。
 しかし、事実その通りであるため、アスナは何も言い返す事が出来なかった。技術の面でも、知識の面でも、彼女の協力は不可欠であろう。
 不安があるとすれば、彼女が趣味に突っ走った結果、横島チームが悪の軍団になりかねない事だが―――

「千雨ちゃん、茶々丸、任せたぞ。エヴァが暴走しないように気を付けてくれ」
「任された以上、きっちりプロデュースしてやるさ」
「マスターの事は、私にお任せ下さい」

―――横島もそれは承知しているらしい。しっかりと先手を打って、予防線を張っていた。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オリジナルアーティファクト『猿神の装具』、『Grimoire Book』、『土偶羅魔具羅』、『メドーサの魔眼』。
 茶々丸の姉達に関する設定。
 仮契約カードに関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

前へ もくじへ 次へ