topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.121
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 レーベンスシュルト城、別棟一階のサロンに古めかしい柱時計の音が鳴り響く。そろそろ警備の仕事を終えた横島、アスナ、古菲の三人が帰ってくる時間だ。この時間ともなると既に勉強会は終了しており、各々自由に過ごしている。
 エヴァのように自分の部屋に戻る者もいるが、大半は一階のサロンでくつろいでいた。引っ越して来た当初はすぐに自室に引き籠もっていた千雨なども、今はテーブルの上に積み上げた資料と睨めっこしながら横島達が学園祭で着用する衣装のデザインを考えている。そのテーブルは、千雨だけでなく高音、愛衣、アーニャ、それに夕映が囲んでいた。魔法界の常識など知るはずもない千雨は、魔法界出身の三人に相談しながらデザインを考えているのだ。夕映は、好奇心からそれを手伝っている。
 ちなみに、衣装のデザインに協力すると言っていたエヴァは、現在部屋に戻っていた。衣装作りを面白そうだと言っていた彼女だが、この後横島の血を戴く方が楽しみなのだろう。

 レーベンスシュルト城には住人全員でも余裕で入れるような大浴場がある。和気藹々と過ごす住人達だが、意外と全員一緒にお風呂に入ると言う事は少ない。この辺りは寮にいた頃と変わっていなかった。
 この城ならではの暗黙の了解と言えば、横島の入浴は最後となっている事であろうか。大浴場で横島と鉢合わせにならないように気を付けているのと、エヴァの吸血、茶々丸への霊力供給を終わらせた後となるとおのずと横島の入浴が遅くなってしまうため、いつの間にかそうなっていたのだ。これを無視しているのはスライム娘達ぐらいである。
 ちなみに、高音はこちらに引っ越してきた当初、一度だけこれを知らずに横島と鉢合わせになった事があった。その後、それを知ったアスナがわざと間違えようとしたが、それは古菲達によって止められたそうだ。

「ただいま〜」
「あ、おかえり〜」
 横島達三人が帰って来た。ボトルの内外を繋ぐ塔には別棟前に繋がる転移の魔法陣が新設されているため、以前と比べてボトルに入ってから別棟に到着するまでの時間が短縮されている。
「アスナ〜、く〜ふぇ〜。お風呂空いてるえ〜」
「それじゃ、すぐに入らせてもらおうかしら?」
「いや〜、今日もいい汗かいたアル」
 警備に同行する二人は、帰宅後すぐに入浴する。特に最近は警備中に戦闘が起きる事が多く、警備を終えて帰ってくると汗を掻いているし、衣服も汚れているのだ。
 一方、横島はそのままエヴァの部屋を訪ねる。あまりにも汚れていたりした場合は、エヴァによって彼女専用の風呂場に放り込まれて、茶々丸の姉達により磨かれる事になるが、大抵はそのまま吸血されていた。
「ねぇねぇ、今日は何が相手だったの?」
「陰陽師と式神だたアル!」
「まだ来とるんかい」
 楽しそうに答える古菲に、陰陽師である千草は呆れた表情を見せた。
 横島達が相手をする麻帆良への襲撃者は、基本的に四つのタイプがいる。一つ目は今日彼等が戦った東の魔法使いを恨み、襲撃を仕掛けてくる西の関係者。大抵は単独犯で、式神を引き連れた陰陽師が多い。彼等は東西の和解が進んでいようがおかまいなしだ。ある意味、時代に取り残された者達とも言える。
 まるで他人事のように鼻で笑う千草。かく言う彼女も以前は似たような立場にあったが、今や関西呪術協会を離れて横島除霊事務所の一員になっているので気楽なものだ。
 二つ目は図書館島に眠る貴重な魔導書を狙う魔法使いだ。これも単独犯が多く、使い魔や魔物を引き連れて襲撃してくる。このタイプは、麻帆良に西や魔法界からの援軍が来ている事が知られているのか、最近はあまり見掛けないようになっていた。
 三つ目はどこからともなく現れる魔物の群だ。誰かが指揮している訳でもなく、ただ人里を目指して突き進んで行く。これが最近特に増えて来ている。学園長は『フェイト』の嫌がらせだろうと当たりを付けていた。
 人目に付かないように行動する陰陽師、魔法使いに比べ、ただただ暴れる事が目的のようなので、警備する側としては非常に厄介な相手だ。単純に退治するしかないため、横島にとってもやりにくい相手である。
 最後の四つ目は、土着の妖怪などが迷い込むパターンだ。彼等には麻帆良がただならぬ街と分かるのか、これは非常に稀なケースで、横島も警備の仕事に就いて以来一度も遭遇した事がなかった。他の魔法先生達に尋ねてみたところ、弐集院が数年前に一度だけ遭遇した事があったそうだ。なんでも知り合いの所を訪ねるために近道しようとして麻帆良近郊の山中を通り掛かったらしく、弐集院は苦笑混じりでその妖怪が街に入り込まないよう麻帆良から離れて行くまで道案内したらしい。
 当然の事ではあるが、陰陽師、魔法使いは生け捕った後に関東魔法協会に引き渡している。刀子、刹那も峰打ちで対応していた。月詠も横島が生け捕るように言うと、素直に従っている。よほど竜神小竜姫と戦いたいのだろう。
 一方、魔物の群は、誰かに召喚されている者達なので、倒せば元の世界に戻って行く。彼等が現れた時は、月詠は張り切って一人で吶喊するのだ。横島も、これはあえて止めてはいない。やはり、ストレス発散も必要なのだろう。
 横島も、彼女の扱い方を心得てきたのかも知れない。

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 その後横島は、日課であるエヴァの吸血と茶々丸への霊力供給を終えると、大浴場へと向かった。
 この時間ともなるとサロンも人の姿がなくなってしまう。レーベンスシュルト城では早朝に皆でジョギングをするので、夜更かしをすると朝が辛いのだ。夕映あたりはまだ起きて本を読んでいるかも知れないが。
 この早朝ジョギングは千草、月詠、アーニャの三人も参加している。千草は刀子と同じく健康と美容のため。月詠は刹那が参加しているため。そしてアーニャはと言うと、GSである横島とその弟子達と同じ修行をしたくて積極的に参加していた。
 月詠は当然の如く刹那達と一緒にトップグループをひた走り、アーニャの体力は一般人並なので木乃香達と一緒にのんびりと。そして千草はと言うと、術者にしては意外とタフで体力があるので、裕奈やあやか達と一緒に走っていた。
 ちなみに、例の霊力供給の修行については、シャークティと美空が気を利かせてアーニャには見せないようにしている。ココネはもう手遅れだが、これ以上年端もいかない少女を巻き込ませる訳にはいかないのだ。


「いやぁ、最近の茶々丸はサービスいいなぁ」
 大浴場に続く廊下を歩く横島の表情は、頬が緩み、にへらと笑みを浮かべていた。
 最近の茶々丸は周囲の面々の影響か、霊力供給をしてもらう際に色々と凝るようになっていた。後頭部にネジを挿して手で持って巻いてもらうしかないため、アスナ達と違い体勢のバリエーションは限りがある。だからこそ、彼女はそれ以外の部分に拘っているのかも知れない。
 そもそも、エヴァの吸血後にそのままエヴァの部屋で行っていたはずの霊力供給を、自分の部屋に横島を招き入れて行うようになったのは、彼女が自分で判断してやった事だ。それだけ彼女にとって霊力供給の時間は大切なのだろう。
 実は、色々と拘っているのはエヴァも同じなのだが、彼女の場合は何より自分が楽しむ事に念頭を置いているため、横島はサービスが良いとは感じていなかった。もし、幻覚で大人になり同じ事をすれば、彼もサービスが良いと受け取っていただろうが、それをやらないのが彼女の拘りである。
 一方、茶々丸の拘りはと言うと、主に衣服と下着だ。しかも、自室内で他に人目もないためか、かなり大胆なデザインの物まである。
 あまりクラス内では目立っていないが、ニューボディに換装して全体的にふんわりとボリュームアップした彼女は、クラスでも指折りのスタイルの良さを誇る。そんな茶々丸が横島のためにといそいそと着替えて待っているのだから、彼がサービスが良いと思うのも当然の事であろう。
 ちなみに、今日の彼女は水着姿であった。淡いグリーンのホルターネックのビキニだ。室内で水着と言うのも変な話だが、夏に備えて新しく買った物らしく、一足先にお披露目したかったらしい。
 当然横島には好評で、彼は鼻息荒く、茶々丸を押し倒すようにして興奮気味にネジを巻いていた。

「そんなに良かったでしょうか?」
「そりゃあ、もちろん……って、え゛っ?」
 突然の声に驚いた横島が振り返ると、そこには三歩ほど遅れて付いてくる茶々丸の姿があった。しかも、先程の水着姿のままで。彼女も興奮覚めやらぬのか、頬は上気し、全身うっすらと桜色に染まっている。
 どうやら、ずっと付いて来ていたらしい。サロンに人がいなくなる時間帯だからこそ出来る事だ。
「ところで、なんでこんな所に?」
「せっかく水着を着ていますので、お背中を流しましょうかと」
 よく見ると、その手にはパジャマやタオル等入浴道具一式があった。
 アンドロイドであるためか、アスナ達にあまり警戒されていない茶々丸。だが、その実態は割と油断のならない面が多々あったりする。
「……ダメですか?」
 茶々丸は、首を傾げて問い掛ける。横島がこの攻撃に耐えられるはずはなく、水着着用を条件に認められる事となった。その答えを聞いて恭しく一礼をする茶々丸。顔を上げた時、彼女の顔には微かな笑みが浮かんでいた。

 絡繰茶々丸。オコジョ妖精カモの、横島に対する好感度ランキングで、アスナに次ぐ二位にランクインしたのは伊達では無い。



 幸いと言うか何と言うか、大浴場には横島を待ち構えていたすらむぃ達の姿があり、上手い具合に二人きりになる事はなかった。おかげで横島は無事――と言うのも変な表現だが、茶々丸の艶姿を堪能しつつ、何事もなく背中を流してもらう事が出来た。
 茶々丸は満足そうに部屋に戻り、横島もすらむぃ達を肩や頭に乗せて自室に戻る。
 荷物の少ない殺風景な横島の部屋だが、最近になっていくつか物が増えていた。まずは窓際に並んだ何も入っていない少し大きめの三つの金魚鉢。実は、これはそれぞれすらむぃ達の寝床であった。彼女達はこの中に入り、半ば液体状になって眠りにつくのだ。
 もう一つは、ベビーベッド。まるで横島に子供が出来たかのようだが、これはさよ用のベッドなのであながち間違いではない。チャチャゼロと同型のさよ人形は、人間で言うところの乳児サイズなのである。
 これらはさよ達が横島の部屋に入り浸るようになってから、横島がさよを連れて買って来た物だ。以前、洗濯機等を買った店に行ったのだが、さよと言う赤子を連れた高校生の客に、店員の視線が生暖かかったのは言うまでもない。
 また、いつの間にやらすらむぃ達のオモチャなども持ち込まれるようになっており、この部屋はにわかに子供部屋の様相を呈しつつあった。
「あっ、おとうさんお帰りなさ〜い」
 横島が部屋に入ると、ベビーベッドの上にいるさよが嬉しそうに手を振って出迎えてくれた。
 彼の事を「おとうさん」と呼ぶようになってから、これまで世話になっていた和美の部屋と横島の部屋を半々ぐらいの割合で行き来していたさよだったが、学園祭準備期間に入り、和美が報道部の仕事で忙しくなってからは、専ら夜は横島の部屋で過ごすようになっていた。
「ヨオ、邪魔シテルゼ」
 そのさよの隣には、チャチャゼロの姿があった。こちらも元々はエヴァの部屋を寝床にしていたのだが、最近はこの部屋で過ごす事が多くなっていた。さよと並んで眠る姿は、なかなか微笑ましいものである。

「おとうさん、お客さんが来てますよ〜」
「お客さん?」
 さよに言われてベッドの方を見てみると、そこにはパジャマ姿の裕奈が、借りて来た猫のようにおとなしく、ちょこんと座っていた。髪を下ろしており、いつもより若干おとなしめの雰囲気だ。
「あはは、お邪魔してま〜す」
 照れ臭そうに手を振る裕奈。あとは寝るだけと言うこんな時間に、兄のように慕っているとは言え男性の部屋を訪ねているのだから当然の反応と言える。実際、この時間帯に横島の部屋を訪ねてくる者は、これまでほとんどいなかった。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「いや、その……ちょっと相談したい事が。とりあえず、ここ座ってよ」
 ベッドに腰掛けた裕奈は、自分の隣をポンポンと叩く。確かに立ったまま話をするのも何なので、横島は言われるままに裕奈の隣に腰掛けた。
「で、相談って?」
「なんて言うか、私……霊能力と魔法、両方修行してるじゃない?」
「ああ、初級の魔法が使えるようになってたな。シャークティさんも筋が良いって褒めてたぞ」
 そう言って横島がわしゃわしゃと頭を撫でると、裕奈は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。相談があってここまで来たのだが、それはそれとして褒められるのは嬉しいらしい。
「えっと……魔法の方は上手く行ってるんだけど、霊能力の方がさっぱりだよね。これってやっぱり、両方の修行をやって一つ一つの修行時間が短いせいなのかな? やっぱりもっと集中した方が良いのかな?」
 ひとしきり撫でられた裕奈は、ようやく本題を切り出した。
 彼女は、両方の修行をしているのに、魔法ばかり成長して霊能力の方がさっぱり成長していない事を気にしていた。もしかして本気でやっていないのではと、横島に思われるのが怖いのだ。
「どっちもやってるから、ある程度は仕方ないけどな」
 しかし、その心配は杞憂であった。裕奈が一生懸命修行している事は、横島もよく知っている。霊力の扱いについては、元より時間を掛けてゆっくりやるタイプの修行なので、霊能力の修行の方が遅れてしまうのは、ある意味当然の事だった。
「そ、そうなのかな……?」
「それに、霊力供給の修行で裕奈に供給する霊力の量、増えてるぞ」
「えっ、それホント?」
 横島の言っている事は本当の事である。これは裕奈に限った事ではないが、横島の霊力供給の修行を受けている者達は皆、少しずつだがより多くの横島の霊力に耐えられるようになっていた。これはつまり、裕奈達の魂の強さが高まった事で、より多くの霊力供給に耐えられるようになった状態、すなわち「マイト数が高まった」のである。
 実際、裕奈のマイト数はかなり高い。横島と共に修行する面々の中でも五指に入るだろう。どうやら、本人は気付いていないようだが。
「っつーわけで、じっくりやってきゃいいんだ。ちゃんと成長してるのは確かだぞ?」
「えへへ……」
 そう言われて裕奈は安心したらしく、隣の横島にしなだれ掛かった。
 横島は裕奈の肩に手を添えて、それを受け止める。少し湿り気を帯びた髪から漂うシャンプーの香りに、横島はどぎまぎしてしまう。
「おっと。どうした、裕奈?」
「なんか安心しちゃった。ありがとね、相談に乗ってくれて」
 裕奈は安らいだ表情で、横島にその身を委ねる。相談に乗ってもらっただけでなく、彼に支えてもらっているからこその安心感だ。
「い、いや、これぐらいは良いんだが……」
 今度は、横島の方がしどろもどろになって声がうわずっている。
 それもそのはず。裕奈が横島にしなだれ掛かる体勢になると、横島はその無防備な胸元を見下ろす形になるのだ。しかも、今はパジャマ姿。ゆったりとした襟元は、普段着の時よりも大きく開かれていた。
 思わずたわわに育った胸に手が伸びそうになるが、何とかその衝動に耐え、裕奈の腰に手を回して彼女の身体を抱き寄せる。そうしつつも腕で胸をすくい上げるようにして下から支える形になっているのは、煩悩のなせる業だろうか。
 しかし、裕奈はそれを特に気にする様子もなく、嬉しそうに更に身体を密着させてきた。
「裕奈?」
「ん〜……もうちょっと、こうしてて良い?」
「べ、別にいいけど……」
 横島個人としては、むしろ大歓迎だ。裕奈は更に子猫が鼻を擦り寄せるようにもたれ掛かる。
 そして、裕奈の相談を見守っていた周りのさよ達はと言うと、チャチャゼロ達はご丁寧に揃って寝たふりをしていた。それでもしっかり様子は窺っているらしい。さよに至っては、恥ずかしそうに両手で顔を覆いながらも、指の間からしっかりと見ていたりする。これは寝たふりになっていない。
「裕奈、どうかしたのか?」
「え? いや、その〜……」
 今度は裕奈がしどろもどろになる番だ。横島が問い掛けると、裕奈は何やら恥ずかしそうにもじもじし始める。
 そして、顔を真っ赤にし、消え入りそうな声でぽつりと呟いた。
「最近、にいちゃんに甘えられなかったな〜って……」
「……は? 別に、いつでも甘えりゃいいじゃん。俺は大歓迎だぞ?」
「だ、だって……」
 何故か歯切れが悪い。
「その……恥ずかしいと言うか、なんと言うか……」
「……………なんで?」
 首を傾げる横島。これは、彼には分からなくても仕方がないだろう。
 横島にとっての裕奈は、元気で明るく、そして甘えん坊な子なのだが、学校での彼女はそうではなかった。元気で明るいのは同じだが、どちらかと言えば皆を引っ張っていくタイプで、まかり間違っても誰かに甘えるようなタイプではない。
 特に親しいアキラ、まき絵、亜子などは、彼女にそう言う一面がある事を知っていたが、ほとんどのクラスメイトにとっての裕奈は、お祭り好きで、皆の先頭に立って大騒ぎするタイプであろう。
 レーベンスシュルト城で暮らし始めた頃は、それでも良かった。
 出城で修行をするのはアスナを始めとする限られた面々だけであり、横島の霊力供給を受ける者同士「クラスメイト」や「友人」の枠組みを超えた身内感覚があったため、裕奈は彼女達の前でも横島に甘える事が出来たのだ。アスナが甘え倒していたので、自分も良いだろうと言う気持ちもあったかも知れない。
 だが、この城で暮らす人数が増えて来て状況が変わってきた。新しくレーベンスシュルト城の住人に加わった面々。子供っぽい風香と史伽。正真正銘子供であるココネ。そして、霊力供給を受けてない者ではアーニャ。そんな子供達の前では、これまで通りに甘える事が出来ない。自分の方がお姉さんだと言う意識が先だってしまい、甘える事が恥ずかしくなってしまうのだ。
 また、千鶴、高音、刀子、シャークティ、千草と言った年長者の面々の存在も大きい。やはり裕奈も横島に対しては「大人」のイメージを抱いており、彼女達がいるのに自分が子供っぽく甘えていれば、その内本当に子供としてしか見られなくなってしまうのではないかと言う心配があった。

 なお、年少組、年長組のどちらにも同い年のクラスメイトが混じっているが、気にしてはいけない。それは3−Aでは珍しくもない事なのだから。

「よく分からんが、甘えてきたぐらいで子供扱いはないと思うぞ」
「そうかな? ……んっ」
 そう言いつつ、横島はくいっと腕を動かして、その上に乗った胸を持ち上げてみせる。確かにそれがある限り、横島が裕奈を「子供」扱いする事はないだろう。
 「年下」扱いはされるだろうが、それは裕奈に限った事ではない。彼女は知らなかったが、アキラや千雨がゲームの世界に取り込まれた際、横島に装備を選んでもらった事がある。その時の彼は、まるで子供の服を選ぶような感じだった。
 横島は、大人びた千鶴やあやか、真名でさえも「年下」扱いにしており、むしろ千鶴などはそれを喜んでいたりする。
「……いいの?」
 上目遣いで裕奈が問い掛ける。前述の通り、横島としては大歓迎である。
「でも、やっぱ恥ずかしいかも」
 しかし、裕奈の方もすぐに変わるのは難しそうだった。
 横島にとっては「年下」かも知れないが、ココネやアーニャにとって「年上」である事は確かなのだ。それならば、裕奈自身お姉さんらしく振る舞わねばなるまい。何より、そうありたいと言う彼女自身の願望もある。

「ねぇ」
「ん、どうした?」
「また今日みたいに甘えに来てもいい?」
「もちろん、大歓迎だぞっ!」
 横島が答えると、裕奈は満面の笑みを浮かべて彼に抱き着いた。そのままの勢いで二人はベッドに倒れ込む。
 上に乗った状態の裕奈は、彼の胸に頬ずりして甘え倒した。以前、アスナがやっているのを見た事があり、裕奈もいつかやりたいと思っていたのだ。
 横島はこの体勢のままでは不味いと起き上がるが、それでも裕奈は離れず、久しぶりに「にいちゃん」に甘えまくるのであった。



 存分に甘えた後、裕奈がやおら起き上がると、ふとベッドの脇の棚の上にある物が目に入った。
 そこにあったのは、横島の『仮契約(パクティオー)』カードだ。アスナ、古菲、夕映、千鶴、千雨と五枚のカードが置かれている。
 それを見ていた裕奈は、なんだかむずむずとしてきた。彼女は割と早い内に横島の下で修行を始めたが、これまで仮契約はしてこなかった。いずれ魔法使いになった時、従者になるよりも従者が欲しいと言う事を漠然と考えていたからなのだが、最近はその考えが変わりつつある。
 有り体に言ってしまえば、アスナ達が羨ましいのだ。
 横島は『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』だからと言って従者を特別扱いする事はほとんど無いのだが、それでも彼と彼女達の間には確かな絆がある。傍から見ていて、そう感じる事があるのだ。
 自分も、その絆が欲しい。裕奈は、強くそう思った。
「にいちゃん……私と仮契約してくれない?」
「は? それは構わんが、今ここでか?」
「今は無理でしょ、カモ君いないし」
 裕奈の言う通りだ。仮契約は、専用の魔法陣が描けるカモがいないと行う事が出来ない。彼ならば頼めばいつでも魔法陣を描いてくれるだろうが、流石にこの時間に呼び出す訳にはいくまい。
「それじゃ、明日頼んでみるね」
「あ、ああ……」
 横島は唐突な申し出に戸惑った様子だが、仮契約が嫌と言う事はなさそうだ。その言葉とは裏腹に口元は緩んでおり、むしろ嬉しそうにも見える。
 その表情を見ていると、裕奈の中にある想いが湧き上がってきた。思い立ったらすぐ行動。裕奈は躊躇する事なく、すぐに行動に移す。
「ん……っ!」
 横島の肩に手を掛けると、裕奈は身体を持ち上げるように少し腰を浮かし、そのまま自分の唇を彼のそれへと押し付けた。その不意の行動に、横島は驚き目を見開いてる。

 やがて重ね合わせた唇を離すと、裕奈は悪戯っぽい笑みを浮かべてペロッと舌を出してみせた。
「へへっ、私のファーストキスだよっ!」
「なっ……なっ……!」
 裕奈の頬はリンゴのように真っ赤になっているが、横島はそれ以上だ。既に五人の少女の唇を奪ってきた彼だが、それでも裕奈の突然の行動には度肝を抜かれたらしい。
「だってさ、ファーストキスが仮契約のためって何かアレじゃん」
「い、いや、まぁ、そうかも知れんが」
「だから、先にあげちゃう!」
 笑顔でそう言った裕奈だったが、言い終わってからだんだんと恥ずかしくなってきたらしい。どんどん顔が真っ赤になっていき、目が泳ぎ始める。
 ここに来て、裕奈は自分の今の状況を思い出してしまった。こんな時間に兄のように慕っているとは言え男性の部屋を訪ね、ベッドの上に二人並んで腰掛けて、先程押し倒したばかり。今は口付けを交わして、二人抱き合い見詰め合っている。しかも、それら全てをさよ達に見られていた。
 自分の状況を理解した瞬間、裕奈は耳まで真っ赤になってしまった。望んでした事とは言え、なんて大胆な事をしてしまったのか。
 こうなると、もうまともに横島の顔を見ていられない。裕奈はバッと飛び退くように横島から離れると、今にも緩んでしまいそうな火照る頬を両手で押さえ「きゃ〜〜〜〜〜っ!」と黄色い声を上げて部屋から飛び出して行ってしまった。

「……………」
 後に残された横島はと言うと、唐突な状況の変化に頭が付いて行かず、呆然とそれを見送るしか出来なかったそうだ。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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