topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.120
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 学園祭準備期間に入ったとしても、アスナ達の修行は休みにはならない。
 普段より時間は短くなってしまったが、それでも彼女達はその限られた時間をレーベンスシュルト城の出城で過ごしていた。
「プラクテ〜……ビギナル……『火よ灯れ(アールデスカット)』!」
 裕奈が呪文に合わせて杖を振ると、先端の星に火が灯った。ライターのよりも少し大きめの火だ。呪文を唱えた裕奈自身、その火に見入っている。
 横島に経絡を開いてもらい、霊能力者と魔法使いの両方を目指して修行をしている裕奈。シスター・シャークティの教えもあり、基礎的な魔法ならば十中八九成功させられるようになっていた。彼女の周りで美空とココネがパチパチと手を叩いている。
「魔法力の流れは掴めるようになったみたいね」
「ハイ! バッチリです!」
「流石、成長早いね〜……『そこ』と一緒で」
 美空が彼女の一部分を凝視しながら言う。一応褒めているのだが、別の感情が入り交じっているように見えるのは気のせいではあるまい。
 裕奈の場合、幼い頃にそうとは知らず基礎訓練を受けていたとは言え、十年近く杖を持っていなかった彼女は素人同然だった。生まれついての高いマイト数のおかげで魔法力が強かったが、それを踏まえて考えたとしても順調な成長だと言えるだろう。
「……経絡を開いたおかげかも知れないわね」
 そう呟いたシャークティは、チラリとココネに視線を向けた。
 裕奈とココネ、横島の手で経絡を開いてもらった二人。裕奈が順調に成長している事はもちろんの事、元々魔法使いとしての修行をしていたココネもまた、経絡を開いて以来大きく成長していた。
 先日、高音が経絡を開いてもらった時の事を思い出して頬を染めながら「全体的な能力が底上げされた」と言っていたが、正にその通りだ。
 魔法を扱うために必要な精神の力「魔法力」、それの元となる魂の力「生命力」。経絡を開き、その「生命力」が全身を巡って満ち溢れる事により、「魔法力」もまた充実する事になるのだ。おかげでココネは以前よりも安定して魔法力が扱えるようになり、一つ一つの魔法の効果も向上していた。
 過去に霊能力者を志しながらも、結局その道を諦めて魔法使いの道に戻ったシャークティ。「魔法」と「霊能力」と言う異なる二つが、実は根の部分では繋がっていると言う事実を突き付けられ、彼女はそれに驚くと共に感動すら覚えるのだった。

「美空、あなたも経絡を開いてもらったらどうかしら?」
「言いたい事は分かりますけど、それ教師として言っちゃダメっスよ」
「……それもそうね」
 美空のツっこみに、シャークティは言い返す事が出来ずに溜め息をつく。
 二人の前に先程までいた裕奈とココネの姿がない。美空の視線の先を追ってみると、そこには嬉しそうに魔法が成功した事を横島に報告する裕奈と、それに付いて行ったココネの姿があった。
 横島が褒めて頭を撫でると、裕奈は嬉しそうな笑顔を見せる。するとココネも自分の杖を取り出し、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を一矢、空に向けて撃ってみせた。そして、頬を紅潮させてエヘンと胸を張ってみせるのだ。表情に乏しい彼女だが、どこか得意気な雰囲気が感じられる。横島は笑みを浮かべると、空いていた手をココネの頭に乗せて思い切り撫で回した。
「なついちゃいましたねー、ココネのヤツ」
「そうね」
 その様子を見て、美空は呆れ半分だ。シャークティは小さく溜め息をついている。
 元々人見知りの激しいタイプのココネが、あんなに横島に懐いているのは、経絡を開いてもらったのが切っ掛けだ。あれから毎日霊力供給の修行をしてもらい、あふんあふんと蕩けさせられているのだから、情が移るのも無理のない話だろう。
 ならば、それで良いのかと問われると、シャークティは答える事が出来なかった。教師として、そして保護者としては止めなければいけないような気もするが、修行としての効果は折り紙付きなのも確かなのだ。それも破格と言える程に。
 美空が不真面目なのを差し引いても、裕奈とココネの成長は著しい。いや、二人だけではない。同じ魔法使いならば高音に愛衣、気の使い手である古菲、数ヶ月前まで素人だったアスナと夕映もまた、霊能力者として成長しつつある。
 何より、本人達が修行の効果を全て把握した上で、それを受ける事を望んでいた。それで堕落するかと言えば、むしろ逆だ。少女達が真面目に学生をしている事をシャークティは知っていた。
 流石に、美空に霊力供給の修行を受けるように勧める事は出来ないが、ココネ達を止める事も出来ない。しかし、修行として効果が高いからと言って、自分で受ける気にはなれなかった。

 横島は、ある程度霊力を扱えれば誰にでも出来る事だと言っていたが、霊能力者としての修行をしてきたシャークティは、自分にも彼と同じ事が出来るとは考えられなかった。
 「他人の身体に霊力を供給し、強制的に経絡を開く」、それだけならば出来るかも知れない。しかし、それは経絡にダメージを与える荒々しいものとなるだろう。それこそ、経絡を開いたダメージで、しばらく歩くこともままならなかった夕映の様に。
 ましてや、経絡に負荷を掛けながら、なおかつダメージを与えないなんて器用な事など出来るはずがない。それどころか、気持ち良く蕩けさせるのだ。これはもう奇跡の呼吸としか言い様がなかった。
 見れば、横島の背中に風香と史伽が飛び付き、周りに修行を中断したアスナ達が集まっている。
 その光景を見てシャークティはふと考える。横島は男相手にこの修行をやる気は無いと言っていた。もしやったとしても、経絡にダメージを与えるようなものになると。その言葉に偽りはないだろう。彼が男相手にあの奇跡の呼吸を見せるとは思えない。
 あれはもう、そう言う一種の霊能なのではないだろうか。女性限定に効果を発揮する霊能。目の前で繰り広げられる光景を見ていると、それが正解のような気がしてくる。
「だとすれば、横島君だからこそ辿り着いた、横島君らしい霊能と言えるかも知れないわね……」
 修行としての効果は破格だが、その結果はご覧の通りだ。
 本来の効果だけでなく、生命力を充実させるため美容効果も高いと言うのも女性には嬉しいポイントだろう。彼の修行を受ける少女達は、目に見えて血色が良くなり輝かんばかりだ。仮契約(パクティオー)のカードを通した魔法力供給でも同じような効果があるが、身体の表面から影響を与える魔法力に対し、内側から溢れ出る生命力は、より健康的だと言える。
 色々と気になるお年頃の刀子と千草が、二人して美容のために自分達も霊力供給の修行を受けるべきではないかと話し合っていたが、そう考えてしまうのも無理のない話だ。
 そして、その件に関して、シャークティは特に口出しするつもりはなかった。
 あの二人は既に大人。やるとしても、それは自己責任であろう。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.120


「うわっ、すごーいっ!」
「完璧やなぁ」
 その日の昼休み、裕奈はまき絵と亜子にせがまれて『火よ灯れ』の魔法を教室で披露していた。勿論、廊下からは見えないように気を付けている。
「す、すごい……」
 せがんでいた二人ではないが、のどかも裕奈が持つ杖の先に灯る火に見入っていた。
 まき絵、亜子、のどかの三人は、ネギが水晶球の本拠地を手に入れて以来、彼の下で魔法の練習を続けていた。何とか彼の力になれないかと魔法の練習をする彼女達は、言うなれば「ネギパーティ予備軍」だ。その言葉を借りるならば、横島の下で修行をしているが、彼が請け負っている夜の警備に参加する事を許されていない裕奈達も「横島パーティ予備軍」と言えるかも知れない。
 三人も努力してはいるのだが、流石に裕奈のように急成長とはいかないらしい。
 ネギ自身、豪徳寺達や小太郎との修行を優先する傾向にあるので、彼女達の指導は『親バカ1号』弐集院が行っていた。一方『親バカ2号』のガンドルフィーニは、一般人が魔法を覚えようとする事自体反対しており、二人がまたケンカを始める事になったが、それは余談である。
 そんな親バカ達も、学園祭準備期間に入ると忙しくなり、のどか達にかまけている時間が無くなってしまった。そこで次に彼女達の指導役として名乗りを上げたのが、なんとネギの姉、ネカネであった。
 彼女も魔法界、北の連合からの援軍として来ているので忙しい身の上なのだが、彼女の場合、警備要員ではなく治療術師としての能力を求められて援軍に参加している身だ。むしろ、ネギの水晶球が置かれているセーフハウスに待機し緊急時に備えるのが彼女の任務であった。そのため、セーフハウスで練習するのどか達を指導する時間を取る事も出来ていた。
 それでも成長に差があるのは、やはり生まれ持った資質の差か。のどか達三人は、最近とみに育った裕奈の一部分を凝視しながら、世の不公平さを嘆く。
「や、やっぱり、お父さんも魔法使いだからなのかなぁ」
「う〜ん、それもあるかもねぇ〜」
 羨ましそうに呟くまき絵に、裕奈は得意そうな笑顔で返す。
 実際のところは生まれ持ったマイトの高さだけでなく、経絡を開いてもらい全身に生命力が巡るようになったと言うのも大きいのだろうが、この事に関して裕奈は何も言うつもりはなかった。何故なら横島との修行は、裕奈にとって特別なものであり、軽い気持ちで受けて欲しくないものだったからだ。

「でも、霊能力の方は上手くいかないんだよねぇ」
 裕奈は杖を持っていない左手を、何かを確かめるように握ったり開いたりしている。
 「魔法使いのGS」、どちらも目指そうとしている裕奈だったが、霊能力の修行に関しては足踏みしている状態だった。魔法は学校がある事からも分かるように一つの技術体系だ。遅い早い、成長限界の個人差はあれど、順に学んでいけばいずれ身に付くものだ。
 それに対し、霊能力は「習うより慣れよ」を地で行く。魔法以上に本人の才能、資質に左右される部分が大きかった。
「夕映〜、神通棍見せてあげてよ」
「? こうですか?」
 裕奈が声を掛けると、夕映はアスナから神通棍を借り、それを伸ばして柄をぐっと両手で握った。そして目を閉じて念じると、神通棍が淡い光を放ち始める。
 十数秒ほど光らせた後、夕映が目を開くと光はふっと消え失せる。夕映は額の汗をハンカチで拭き、一息ついた。
「すごーいっ!」
 それを見たクラスメイト達は大騒ぎだ。彼女達がずっと修行してきた事は知っていたが、ここまで成長しているとは思わなかった。
 そもそも夕映は、完全な素人だった。それが「神通棍を光らせる」と言う、一般人には出来ない事をやってのけたのだ。これで驚くなと言う方が無理な話である。
 横島に対するのめり込み具合はアスナにも負けていない夕映。伊達に最初に経絡を開いてもらった訳ではない。彼女は霊能力者として大きく成長していた。
 とは言え、神通棍を使えるようになったからと言って、それを手に直接悪霊、妖怪に殴り掛かろうとは考えていない。最近の夕映は、破魔札と霊体ボウガンに興味を持っていた。
 横島もボウガンに関しては人に教えられるほど習熟している訳ではないため、夕映は「武器を選ばず」の神鳴流剣士、刀子に教えてもらえるよう頼み込んだ。刀子にしてみれば、和弓ならともかくボウガンは専門外なのだが、「武器の扱い」に関しては教える事が出来ると、その話を引き受けてくれる。
 当の横島は、夕映に対し除霊助手としての働きは期待していないのだが、夕映の方は『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として当然の事だと考えていた。

「ねぇねぇ、くーちゃん達も出来るようになったの?」
「いやぁ、私は神通棍は無理アル」
 桜子の問い掛けに、額にアーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』の一部である『緊箍児』を身に着けた状態の古菲は、手を横に振って答えた。
 確かにそれは本当の事なのだが、それだけではない事を裕奈は知っている。
 古菲の場合、霊力を単独で扱う事は出来ないが、気と併用して使う事により、気の威力を向上させる事が出来るようになっていた。また、気の一撃に霊力も乗せる事により、実体のない悪霊すらも殴れるようになっていたのだ。
 これは、エヴァが拾い集めた悪霊達の遺した残滓、低級霊を殴り霧散させた事で実証済みである。その後、古菲は「ベタベタして気持ち悪かった」と言っていたが、その感触を知覚出来ているのも、彼女の霊感が働いている証拠だ。
 古菲の成長は、経絡を開いた事を魔法使いとしての成長に繋げた高音、愛衣、ココネに近いものと言えるだろう。そのベクトルが気か魔法力かの違いだ。
 彼女自身、元より霊能力者になりたいと思っていた訳ではないので、今の自分の成長には大いに満足していた。特に、実体の無い悪霊とも戦えるようになったと言うのが大きい。横島にしてみれば、古菲が除霊助手として頼れるように成長してきたと言う事なのだから。

 続いて、横島の修行を受けているメンバーの中でも最も霊力が強い千鶴が神通棍を手にするが、その光は夕映のそれよりも弱々しいものだった。
「私は、神通棍はあまり得意じゃないわ」
「ちづ姉は、神通棍よりヒーリングだもんね」
 どうも千鶴は、その性格のせいか神通棍との相性が悪いらしい。逆にヒーリングとは相性が良いらしく、警備を終え疲れて帰って来た横島を、木乃香と二人で練習台にしていたりする。
 千鶴は横島の手で経絡を開いた訳ではないが、彼の修行によってその大きな霊力は安定しつつあった。そろそろ霊力を抑える札の世話にならずに済むようになるだろう。

 クラスメイトの面々が、裕奈、夕映、古菲、千鶴を囲んできゃいきゃいと盛り上がる中、その輪から外れた場所に座るアキラは、どんどん沈み込んでいっていた。
 彼女はまだ修行した時間が短く、マイト数自体は低いと言う事もあり、霊能力者としての成長は、まだほとんど見受けられないのだ。
「……もっと頑張らないと……」
 とは言え、彼女も皆に負けないぐらいに努力している。その証拠に何も変化が無い訳ではない。
 彼女の人並み外れた身体能力は、経絡を開き横島の修行を毎日受けるようになってから、日々成長していた。その力は古菲も舌を巻き、その健脚はアスナに迫る勢いだ。
 それだけ成長していても誇る気にはなれないのは、アキラとしては霊力を扱えるようになって、千鶴や木乃香のようにヒーリングを学びたいと考えているためであろう。そのためには、もっと修行をして霊力を扱えるようにならなくてはならない。

「私はもっとスゴいわよっ! ハァッ!」
 最後にアスナの手に神通棍が戻ってくると、彼女は最後に真打ち登場と言わんばかりに気合いを入れて神通棍を光らせた。夕映、千鶴に比べてかなり力強く、そして安定した光だ。それを見た超が、感嘆の声を上げる。
「おお、これは霊力だけなら六女に入学出来るぐらいあるかも知れないネ」
「それってどれくらいなの?」
「プロのGSには、ちょと届かないネ」
「ぐっ……」
 容赦の無い一言だが、アスナもレーベンスシュルト城で刀子やシャークティにも同じ事を言われた事があった。刀子達に言わせれば、今のアスナぐらいの中途半端な実力――一般人以上、プロのGS未満の時期が、自分の実力を過信して一番危ないらしい。特にアスナは、横島に付いて警備の仕事に出ているので尚更だ。

 夕映達の成長を見ても分かるように、横島の修行は非常に効果が高い。では、横島は師匠として優れているのかと言うと、それは微妙なところであった。彼にも師匠として大きな欠点がある。エヴァなどは前々から言っている事だが、彼は師として非常に甘い。褒める事は多くても、その逆は少ない。窘める事はあるが、怒鳴ったりして叱りつける事がほとんどなかった。
 刀子達が口を揃えてアスナを注意したのも、横島の師としての欠点が分かっているからである。成長したアスナを横島が褒めて甘やかせば、アスナは横島に甘えて、甘えて、甘え倒す。それを見るに見兼ねたと言うのもあるだろう。
「ま……まぁ、いいじゃない。私は、まだまだ横島さんと一緒に修行するんだから。サイキックソーサーも、まだ出来ないし」
 霊力の強さ、安定して霊力を扱う事に関しては、一番成長しているアスナだが、現在の彼女の興味は、霊力そのものを強くする事よりも横島直伝の霊能「サイキックソーサー」を覚える事にあった。
「ふっふっふっ……私のサイキックソーサーは、私と横島さんの愛の力で、対魔法使いの必殺技になるのよ……」
 ニヤリと笑うアスナ。愛の力かどうかはともかく、『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』の特性を持つアスナの魂から湧き出る霊力は魔法力を打ち消す力がある。その霊力によって作られるサイキックソーサーは、魔法使いにとってこれ以上となく厄介な能力だ。だからこそアスナは、麻帆良祭当日までの約半月の間にサイキックソーサーを覚えたいと考えていた。


「うぅ、皆頑張ってるなぁ……」
 盛り上がるアスナ達を見て、裕奈はがっくりと肩を落とす。
 魔法を使えるようになった事が、嬉しくない訳ではない。魔法使いである父と同じように、自分も魔法を使えるようになる。むしろ嬉しい事だ。
 だが、魔法だけでは駄目なのだ。霊力も同じように扱えるようにならなければ。
 魔法が父との絆だとすれば、霊力は兄、横島との絆だ。「魔法使いのGS」になり、両者の架け橋になる。そう考える裕奈は、どちらか片方を使えるようになるだけで満足する訳にはいかない。欲張りな話だが、両方扱えるようにならなくてはならなかった。
「そう言えば……最近、霊力供給してもらった後はずっとシャークティ先生と魔法の練習だったなぁ」
 アスナ達が体内に注ぎ込まれた霊力を感じ取り、身体を動かし体内に霊力が巡る感覚を覚えようとしている間、裕奈はシャークティの下で魔法力を引き出し、扱う練習を続けてきた。
 その結果、魔法を使えるようになった訳だが、今にして思えば霊力を扱う修行を疎かにしていたのではないだろうか。
「今日から霊能力の修行も増やしてみようかな」
 時間は有限だが、学園祭準備期間に入り、レーベンスシュルト城の状況も変わってきていた。
 平日五日間の夜は、横島は警備に出てしまっていなくなる。しかし、日によってはシャークティがいる、刀子がいる、そして新たに千草も加わった。横島のいない間、自主的に行う修行を見ていてもらう事ぐらいは出来るのではないだろうか。
 無論、毎晩の勉強会を疎かにする訳にはいかない。それは裕奈も分かっている。ちゃんと勉強もした上で、両方の修行をするためならば、それぐらいの努力をする必要があると言う事だ。
「……よし、やってやるか!」
 頬を両手でパシンと叩いて気合いを入れる裕奈。
 アスナ達が努力しているように、彼女もまた自分の夢を叶えるために努力していた。

「……………?」
 だが、心の中にふっと寂しさが過ぎる。
 何かが足りないような気がするのだが、それが一体何なのか、裕奈自身にも分からなかった。



 そして学校が終わり、レーベンスシュルト城に帰宅。いつもの修行を終えて夕飯を済ませた後、そろそろ横島がいつもの警備に出掛ける時間だ。今日はアスナと古菲の二人を連れて行く日である。
 横島は除霊助手時代からの愛用品であるデニムの上下、アスナは動きやすいパンツルックの上に横島からもらったジャケットを羽織っている。そして古菲はと言うと、アーティファクト『猿神の装具』に身を包んでいた。魔法界からの援軍が到着して以来「コスプレをして」警備をしている者も多く、古菲がアーティファクトを身に着けたまま出歩いても、「警備員」の腕章さえあれば咎められる事はない。
「行きましょ、横島さんっ!」
 アスナが嬉しそうに横島と腕を組んだ。
 最近忙しくなってきている警備の仕事だが、警備ルートを回っている間、ずっと侵入者と戦っている訳ではない。むしろ、暗い夜道をただ歩いているだけの方が圧倒的に多いと言える。
 アスナにしてみれば、警備の仕事は暗い夜道を横島と腕を組んで歩く事が出来ると言う、貴重な時間であった。
 一方古菲はと言うと、こちらはアスナのように腕を組んだりはしない。侵入者と戦えるのが嬉しいのか、横島の周りを跳ね回っている。物騒な思考だが、傍目にはなんとも微笑ましい光景だ。
 一緒に警備をしているアスナ曰く、レーベンスシュルト城に居る間はこんな感じだが、侵入者の気配がない暗い夜道では、アスナと一緒に彼女も横島と腕を組んだりしているらしい。恥ずかしいから人前ではしないが、誰も見ていなければ話は別らしい。
 これには裕奈も首を傾げた。恥ずかしいところは横島との修行で散々見せ合っているではないか。レーベンスシュルト城に居る間も、同じようにすれば良いのにと思う。しかし、古菲にとっては大きな違いがあるらしい。
 横島に霊力を供給してもらっている時は、あくまで修行のため。しかし、警備の際に腕を組むのは侵入者の気配が無い時だ。侵入者と戦うのも古菲にとっては修行の一環だが、その侵入者の気配が無い時となると、それは修行ではない。
 その時に腕を組むと言うのは、修行に関係なく腕を組みたいから組んでいると言えるだろう。これは修行のそれとは大きく違う部分だと言える。古菲が横島と腕を組んでいる所を他の人に見られたくないと言うのは、そう言う理由があった。

 ちなみに、アスナに見られるのは良いのかと言うと、これに関しては別に構わないらしい。一緒に横島と腕を組むアスナは、言わば古菲自身と同じ立場だと言う事で、古菲は恥ずかしさを我慢しているそうだ。

「いいなぁ……」
 仲睦まじく出掛けて行く三人を見送った裕奈が、ポツリと呟いた。
 警備に参加出来ない彼女は、アスナ達よりも横島との接点が少ない。
 一つ屋根の下に暮らし、今も横島に送り込まれた霊力が体内に残っている感覚があると言うのに、やけに横島が遠くにいるかのような錯覚を覚える。裕奈は再び一抹の寂しさを覚えた。
「……どうしたの、裕奈?」
「え、あ……ううん、何でもない」
 ハッと我に返ると、アキラが心配そうに裕奈の顔を覗き込んでいた。いつの間にか考え事をしていたらしい。
「ほら、早く勉強会を始めましょ!」
 夜以降の霊力を扱う修行を行うにしても、まずは勉強会の方を終わらせねばならない。アスナのように六女受験を志す裕奈達は、勉強も疎かには出来なかった。


「……そうだ♪」
 勉強会の最中に、何か思い付いたのか、突然にんまりと笑みを浮かべる裕奈。
「裕奈さん、余所見はいけませんよ」
「あ、ゴメンゴメン。ちゃんとやるから」
 いつも担当しているアスナがいないため、今日は裕奈があやかの生徒だ。あやかは丸めた教科書で、裕奈の頭をコツンと叩いて窘める。裕奈は姿勢を正し、真剣な表情で難問に挑み始めた。
 それにしても、余程良い考えだったのだろう。それ以降の彼女は今にもスキップを始めそうな程に上機嫌だったそうだ。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 霊力(生命力)、魔法力、気に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 葛葉刀子、シスター・シャークティに関する各種設定。
 天ヶ崎千草、月詠に関する各種設定。
 超鈴音に関する各種設定。
 アーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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