topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.140
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 横島一行達は茶々丸に案内されてレーベンスシュルト城内を進んでいた。テラスはよく使うためよく通る道だが、こうして夜に歩くと普段から静かな廊下が得も言われぬ不気味さを醸し出している気がしてくるから不思議なものだ。
 先頭を歩く茶々丸は平然とした表情だが、後ろに続く面々の表情は様々だ。アスナを筆頭に霊力供給の修行に慣れた面々は概ね期待に胸を膨らませた楽しそうな表情だが、刀子、千草、それにアーニャは緊張した面持ちであった。
 後ろからお化けがついて来そうな雰囲気だが、実際に後からついて来ているのは憮然とした表情のエヴァであった。本来ならば今頃は別棟の自室で横島を独り占めにしていたはずなのだから仕方あるまい。そんな彼女は千鶴と夏美に挟まれ、宥められている。
「もう、そんなにプンスカしてたら可愛い顔が台無しだよ〜?」
 夏美も刀子達と同じく今日初めて修行を受けるのだが、彼女は三人ほど緊張してはいなかった。横島の服を自室に持ち帰る事に比べれば大した事ではないのかも知れない。
「やかましい! 私の贈り物も活かせんお前に言われたくないわ!」
「いや、アレは無理だって。絶対、横島さん怒るよ」
 エヴァが夏美に贈ったのは、中学生が身に着けるには明らかに早過ぎるセクシーなランジェリーだった。最近匂いフェチに目覚めたためか横島の着替えを堪能するだけで満足し、今一アピールしきれていない彼女に対するエヴァなりの援護射撃であった。それを着て迫れと言うのだ。
 しかし、ああ見えても横島はエヴァが黒を穿いていただけで怒る男だ。あんな物を着て見せれば彼が怒ると言う夏美の予測は間違っていないだろう。むしろ怒らなかった時にどうなるかと考えると平静ではいられなくなってしまう。何よりもあれを着て横島の前に出るのは恥ずかし過ぎるのだ。それで怒られると言う事は、すなわち「見せている」と言う事なのだが、夏美はそこまで頭が回っていないようだ。
「この霊衣だって変わらんと思うがなぁ」
 と言いつつ、エヴァは夏美の慎ましやかな胸をつつく。
「ちょっ、エヴァちゃん!」
 バッと両手を交差して胸をガードする夏美。しかし、エヴァの指摘も事実だ。
 彼女達が着ている霊衣は薄手の物で、身体のラインがくっきりと出てしまっている。夏美がチラリと千鶴の方に目を向けると、そこには中学生である事が信じられないぐらいの凶悪な双丘がそびえ立っていた。普段から見慣れているものだが、こう言う服を着ていると更に目立つ。
「夏美ちゃん、どうしたの?」
「「……なんでもない」」
 奇しくも夏美とエヴァは同じタイミングで同じ言葉を呟きつつ、その視線を千鶴から逸らした。二人の心が一つになった瞬間であった。


 そして横島の寝室に到着する一行。と言ってもここに住み始めた頃から別棟を使っていたため、横島当人もこの部屋に入るのは初めてだ。隣のエヴァの寝室にならば入った事もあるのだが。
「うわ〜! ひっろ〜い!」
「何コレ! 私達の部屋と全然違うじゃん!」
 部屋に入ったアスナと裕奈が驚きの声を上げる。それに釣られるように皆が部屋に入った。
 別棟の部屋とは比べ物にならない程広い部屋だ。窓から差し込む月明かりにより壁が、柱が、中央の大きなベッドが、淡い青に光っているように見える。
「なんでこんなに違うんですか?」
「当たり前だろう、別棟は元々使用人のための建物だぞ。ちょっと待ってろ」
 愛衣の問い掛けを鼻先であしらいながら、エヴァはベッドの脇にあったランプに手を掲げて短く呪文を唱える。するとそのランプだけでなく天井や柱にも据え付けられていたランプにも光が灯り寝室内を照らし始めた。電気の灯り程明るくはないが、雰囲気のある柔らかな光だ。
「このベッド、すごいすごーい♪」
 先程までどこか緊張した面持ちだったアーニャだったが、大きなベッドを見て目を輝かせて飛び込んだ。薄い霊衣をひらひらとさせながら、楽しそうにベッドの上で弾んでいる。
「えっと、それじゃ私も……」
 アーニャに触発されてコレットもベッドに上がり、手で押してみてベッドの弾力を確かめる。すると思っていた以上に心地良い感触だったようで、コレットは楽しそうに四つん這いの体勢でベッドを押し続けた。突き出されたお尻から生えた勢い良く振られる尻尾からも楽しんでいる様子が伝わってくる。
「良い部屋じゃない、エヴァちゃん。これから霊力供給の修行はこの部屋で―――」
「その後の修行はどうするつもりだ。色ボケするのは構わんが、本来の目的を忘れるな戯けが」
「うっ……」
 思いの外雰囲気の良いベッドルームにいささか興奮気味のアスナだったが、エヴァがピシャリと言葉の冷水を浴びせておとなしくさせる。
 エヴァの言う通り、元々霊力供給の修行は、霊能力者としてマイトを高めるために行っているものだ。そのために他の修行を蔑ろにするなど本末転倒である。

「ほらほら、お前らもだ。修行のために来たんだろ。やるならとっととやれ」
 物珍しそうに部屋の中を見て回る一同を一瞥し、エヴァはパンパンと手を叩きながら早く修行を始めるように促した。本来なら自分の時間のはずが、それを奪われてしまって不機嫌なのだろう。その眉は見事につり上がり、逆さまのハの字を描いている。
「横島、これが終われば私の番だ。余力は残しておけよ」
「へいへい、多分大丈夫だろ」
 エヴァの言葉を軽く受け流す横島。真面目に取り合っていない訳ではなく、本当に心配していないのだ。
 と言うのも、煩悩から霊力を生み出す事が出来る横島がこの修行をすると霊力が減るどころかむしろ増えたりする。アスナ達が成長するに従って供給量も増えているのだが、その分アスナ達が積極的になり煩悩が高まると言う好循環である。
 今日から参加する修行者の中に千草と刀子の二人が混じっているのだ。霊力がどれだけ消耗するかではなく、文珠をいくつ生み出せるかの領域に突入するだろう。
「……それなら良い。せっかくの機会だ。お前の霊力を扱う技術を見せてもらうとしよう」
 そう言ってエヴァは壁際の椅子に腰を下ろした。内容的には色々と問題もあるこの修行だが、それは横島の超人的な技術があっての事である。参加者でないエヴァはこんな機会でもなければ間近で見る事は叶わないだろう。この機を逃す手はない。エヴァはにやにやと笑みを浮かべながら興味深げな視線を横島に向ける。
「分かった。それじゃ皆、始めようか」
「はい!」
 横島が声を掛けると、いの一番にアスナが元気良く返事をする。他の面々も横島に向き直り表情を切り替えた。もっとも、今日が初参加のアーニャを始めとする幾人かは少し付いて行けてないようだが。
 内容はどうであれ、彼女達は真剣に修行に臨んでいるのだ。その変わり様を見て、エヴァはアスナ達を少し見直し「ほぅ……」と感嘆の声を漏らす。
 思っていたよりも面白いものが見られるかも知れない―――





―――エヴァがそんな思いを抱いた自分に後悔するのは、もう少し先の話である。


見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.140


「……なにごとですか、これは」
 翌朝の麻帆良女子中学校。予鈴が鳴る少し前に3−Aの教室に入ってきたネギは、空席の目立つ光景を目の当たりにして目を丸くした。
 慌てて出席簿を開き誰が休んでいるかをチェックしてみると、裕奈、夕映、アキラ、茶々丸、古菲、刹那、千鶴、風香、史伽、千雨、エヴァ、夏美と十二名もの欠席者がいる事が分かった。A組の生徒数は全部で三十一人、実に四割近い生徒が休んでいる事になる。これは学級閉鎖になるレベルである。
「あ、ネギ先生!」
 ネギの姿に気付いたあやかが、アスナと木乃香の二人を伴って近付いて来る。その姿を見たネギは、欠席している者達がレーベンスシュルト城で暮らしている面々である事に気付いた。実は美空も出席しているが、彼女は関わりたくないのか我関せずとばかりにおとなしく席に着いている。
「委員長さん! 皆さんもちょっと教室で待っていてください!」
 学級閉鎖となるとどうすれば良いのかネギには分からない。近付いて来たあやかを制したネギは、他の先生に相談せねばならないと踵を返して教室を出て行こうとする。しかしその時、ネギは丁度入って来ようとしていた学園長にぶつかってしまった。
「わぷっ! あ、学園長!」
「おぉ、ネギ君。もう教室に来ておったか」
「た、たた、大変ですよ! 皆が! 皆が!」
 目を回してわたわたとしながら現状を訴えようとするネギだが、焦りからか上手くまとめられずにいる。学園長はそんな彼に苦笑しながらまぁまぁと手で制して落ち着かせようとする。
「落ち着きなさい、その事を伝えに来たんじゃ」
「えっ?」
「報せようとしたら既に職員室を出ておったから、わしが追い掛けて来たんじゃよ」
「そ、そうだったんですか……」
 学園長の落ち着きを見て、そんな大事件ではないのかとネギの方も落ち着いてきた。そのまま学園長は教室に入ると、ネギを伴って教壇に立つ。
 そしてチラリと廊下に視線をやり誰もいない事を確認すると、短く何事かを呟いて指を一振りし魔法を使う。認識阻害の魔法だ。これで教室の中ではたわいない会話が行われているようにしか認識されなくなる。
「さて、君達は既にアスナ君達から聞いているかも知れんが、今日休んでいる面々は修行中のトラブルで登校出来ない状態らしい。ちなみに葛葉先生も同じ状態で休んでおるぞ」
「ちょっ! それ大変じゃないですかー!」
 さらりと言う学園長の斜め後でネギが驚きの声を上げた。そこにすかさずあやかのフォローが入る。
「大丈夫ですわ、ネギ先生。皆明日には治るとの事でしたから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、ご覧ください。同じ修行を受けたアスナさんと木乃香さんはピンピンしていますわ」
 言われてアスナと木乃香の顔を見たネギは、そこで二人も横島の弟子であった事を思い出した。クラスの半分近くが欠席と言う事態に気が動転し忘れてしまっていたが、二人も欠席している者達と同じ修行を受けているはずである。

 霊力供給の修行は横島独自の霊能に近いものであるため、詳細については基本的に関係者以外には秘匿扱いとされている。そのため一から十まで説明する訳にはいかないのだが、アスナ達から詳しい状況を聞く事で、ネギもおおよその状況を察する事が出来た。
 昨晩届いたばかりの霊衣を使って新しい修行に挑戦したアスナ達だったが、この修行が上手くいかなかった――いや、上手くいってしまったらしい。妙な表現だが、これは間違いではない。上手くいき過ぎてしまったのだ。
 これはネギや学園長にも知らされていない事だが、これまでの霊力供給の修行には二つの問題点があった。一つは直接素肌同士が触れ合わなければ霊力を効率良く供給出来ないと言う事。効率だけの問題ならば良いのだが、これは繊細な霊力制御にも関係してくる事のため安全性にも関わってくる問題であった。もう一つは供給中に身体が動いてしまう事で供給する横島の手が離れてしまう事により、経絡へのダメージとなる事故に繋がる危険性だ。これまた安全性に関わる事であり、無視する事の出来ない問題であった。
 それら二つの問題を一挙に解決するのが霊衣の導入である。普通の衣服と異なり霊力を通しやすい霊衣を用いる事で直接素肌同士が触れ合わずとも供給出来るようになり、そのおかげで体勢が限られずに済むため、身体が動かないようにする事も容易になると言う訳だ。
 横島は相手の首筋に直接掌を当てて霊力を供給するため、上着をはだけさせて肩を露わにする者もいる。そうする必要がなくなるため、横島の興奮を抑える事が出来る――そう考える者もいた。主に高音など真面目な面々だ。
 それだけならば問題は無かっただろう、霊衣を着る事で解決する問題なのだから。問題は、霊衣を着る事で体勢を限定する必要がなくなるため、もっと大胆な体勢で供給してもらおうと考える者達もいたと言う事だ。主にアスナなど色ボケした面々である。

 そして後者の面々がいつもより頑張った結果――横島が辛抱溜まらなくなって暴走した。

 どこにそれだけの力を隠し持っていたのか、神魔族でもここまでの力を持つものは早々いないのではないかと言う程の力を迸らせ、初参加者達や茶々丸はおろか見学するだけだったはずのエヴァもこれに巻き込んで全員を蹂躙し尽くし、アスナと木乃香以外足腰が立たない状態にしてしまったのだ。
 現在彼女達は体内に霊力が溜まり過ぎた状態になっている。自然に霊力が発散するのを待てば元に戻る状態なので、被害は小さいと言えるだろう。身体を動かしたりすれば、より早く回復する事も可能だ。ただ、いつもの霊力供給の修行と同じ様に気持ち良くなってしまっている状態なため、登校するなど人前に出る事が出来ない状態なのである。

「こう言ってはなんじゃが、修行中に起きる事故としては大した事ではないからの」
 学園長がこの件についてさほど問題視していないのは、その辺りに理由があった。
 夕映が経絡を開いた時のような被害が皆に出ていれば横島の責任問題に発展していたかも知れないが、今回のケースの場合はそう言う事はなかった。幾人かは経絡が開いてしまったらしいが、横島の技術のおかげか経絡へのダメージは一切ないらしい。それどころか痛みを伴わない筋肉痛に近い状態らしく、修行としての効果は今まで以上のものが望めるそうだ。
 魔法使いの修行に限らず霊能力者、武術家の修行でも酷い事故が起きる事は多々ある。大怪我をする事はおろか、それが原因で再起不能になる事だって考えられるのだ。それに比べれば今回の件は学園長の言う通り「大した事ではない」のだろう。
 孫の木乃香は平然と登校してきたと言う事もあって彼の心証は悪くなく、この件については特に責任を問うような事はせず、これからは気を付けるようにと電話で注意するだけに留められる事になる。呼びだして直接ではなく電話で済ませたのは、横島はお詫びとしてレーベンスシュルト城で皆の世話をしなければならないためである。


 それはともかく、ネギには担任教師として一つ確認しておかなければならない事があったためアスナに声を掛ける。
「えっと、皆さん怪我をしている訳じゃないんですね?」
「ないない。あったら例の水薬で治してるわよ」
「昨日の晩新しい修行に挑戦してみたんやけど、ちょっと効率が良すぎたみたいなんや。それで皆霊力が溜まり過ぎてる状態でなぁ、皆歩けん状態なんよ」
「そ、そうですか……」
 平然としているアスナにのほほんとしている木乃香。そのいつもと変わらぬ様子を見る限り確かに大事には至っていないようだ。
 しかし、それを聞いたネギはホッとするどころか口の端を引き攣らせていた。霊力が溜まり過ぎていると聞き、いつか霊力過多の状態に陥った茶々丸と模擬戦をした時の事を思い出してしまったのだ。
「茶々丸は平気みたいだったけど、皆の世話をするために残ってるわ。学級閉鎖になるのは分かってたし」
「私達はネギ先生達に事情を説明するために、こうして登校してきたと言う訳ですわ」
 これだけの人数が休めば学級閉鎖になるのは分かり切っていたが、それでも彼女達が登校してきたのは皆に直接事情を説明するためだ。横島はこの事態を引き起こしてしまった張本人であるため、茶々丸と一緒に皆の世話をするために休んでいる。彼のやり方も一つの責任の取り方であり、彼女達のやり方もまた一つの責任の取り方であろう。
「あ、そうなんですか?」
 茶々丸が平気と聞き、ネギはホッと胸を撫で下ろした。
 ちなみに彼女が平然としているのは、余剰霊力を外部のコンデンサーに溜め込むようにしていたおかげらしい。
「あ、そうそうネギ君に伝言や」
「え? 誰からですか?」
「エヴァちゃんからや。麻帆良祭も近いし、どこまで成長したかテストしてやるって言うてたで。なんか魔力ビンビンらしいわ」
「分かりました、放課後伺います」
 そう言ってネギはガックリと肩を落とした。賢い彼は、その言葉を聞いておおよそを察してしまったようだ。
 エヴァが休んでいるのは学級閉鎖になると分かっていたからだと思ったが、どうやらそうではないらしい。ネギにはその理由まで察する事は出来ないが、彼女も横島の霊力供給の修行を受けたようだ。
 その結果、どれほどかは分からないがエヴァは魔力を溜め込んだ状態になっており、それを解消するためにネギと模擬戦をして魔法を使おうと言うのだろう。要するに魔力を発散するための手頃な相手として彼が選ばれたと言う事である。
 だが、それは悪い事ばかりではない。ネギは握り締めた手にぐっと力を込めて顔を上げた。
 ネギとて魔法世界からの来訪者であるメガロメセンブリアのリカード元老院議員とアリアドネー魔法騎士団の総長であるセラスの二人を師に迎えて修行してきたのだ。リカードは『白兵戦の鬼教官』の異名を持ち、セラスは戦闘魔法専門の教師である。
「……小太郎君達も呼んでくるので少し遅くなるかも知れません。そう伝えておいてください」
「ん、了解や」
 茶々丸の猛攻に翻弄されたあの時とは違う。修行の成果を試す相手として、魔力を得たエヴァは申し分ない相手だ。逆に修行の成果を見せてやる。そんな決意を胸に秘めつつ、ネギは木乃香に了承の返事をするのだった。


「ところで学園長、質問良いかナ?」
 超が手を上げて学園長に声を掛けると、学園長はピクリと片眉だけ動かして反応する。その表情は眉と髭に隠れていまいち読み取れない。
 その少女、超鈴音は様々な意味で注目されている生徒だった。超人的な頭脳の持ち主である事もそうだが、実は霊能力者であった事が判明した。しかし、彼女がどこかの組織に属していると言う情報は一切出て来ない。過去の経歴についても不明な点が多い正体不明の少女だ。
 『フェイト』の襲撃に備えて迎撃態勢を整えている今、彼女の様な存在を放置する訳にはいかず、関東魔法協会は彼女を要注意人物として注視している。
「……何かな?」
 そんな彼女がどんな質問をしてくるのか。学園長は態度に出ないように努めながら先を促すと、超は飄々とした態度で質問を投げ掛けた。
「学級閉鎖になると言う話だけど、私達はこの後出掛けても良いのかナ?」
「ふむ……」
 思いの外普通の質問だった。教室を見渡してみると同じ様な事を考えていた者も多いのか、皆学園長に注目し返答を待っている。
「平日じゃから極力避けて欲しいのぅ……どこに行くつもりなのかね?」
 学園長は言い終えてから探るようになってしまったと気付いたが、そこまで不自然な流れではないはずだ。丁度良いと超の返答を待つ。
「なに、レーベンスシュルト城に行って麻帆良祭の準備を進めたいだけヨ」
「ほ?」
「結構スケジュールギリギリだからネ。今日一日分作業が遅れるのは困るヨ」
「ふむ……」
 麻帆良祭を直前に控えたこの時期、どこのクラスも、クラブも、サークルも、麻帆良祭の準備に忙しいものだ。ここで不意に出来た休みを準備に当てたいと言うのは至極真っ当なものだろう。
 超を探ると言う目的は不発に終わりそうだが、この後どこに行くか分からなくなるよりかは、レーベンスシュルト城にいると分かる方が良い。そう考えた学園長は許可を出す事にする。
「繁華街などをたむろする訳でないならば問題なかろう。全く出歩くなとは言わんが、本来なら学校にいるはずの時間だと言う事は忘れんようにの」
「もちろんネ」
「やったー!」
 超の返事だけでなく他の少女達からも喜びの声が上がった。遊ぶのではなく麻帆良祭の準備をするのだが、寮に閉じこもっているよりかはレーベンスシュルト城に行って皆一緒にいた方が楽しいと考えているに違いない。
 3−Aの出し物は『GS体験マジカル・ミステリー・ツアー』、大規模なお化け屋敷だ。色々とレーベンスシュルト城に運び込む必要があるが、その辺りは超と聡美が何とかするだろう。
「これこれ、あまり騒いではいかんぞ。他のクラスはホームルーム中なんじゃからな」
「はーい」
 そうと決まれば、後は周りのクラスの迷惑にならないよう騒がず下校するだけだ。いつもは騒がしい少女達も静かに、いそいそと下校する準備を進める。そのそわそわした様子から隠しきれない喜びが伝わってきており、その様子に学園長は苦笑を禁じ得ない。
 そろそろホームルームが終わる時間だ。ネギはこの後、別のクラスで授業があるため、急いで必要な連絡事項を伝えてアスナ達を下校させる事にした。
「それじゃ、アスナさん達も一旦席に戻って……って、あれ?」
 ここでふとある事に気付いたネギは、まじまじと席に戻ったアスナの顔を見る。
「ん? 何よ?」
「木乃香さんが平気なのは分かるんですけど、アスナさんも全然平気みたいですね」
 あの時の茶々丸の様に霊力過多の状態である者達は、ある意味「霊力に酔った」状態になる。そして、どれだけの霊力を供給すれば酔うのかは本人のマイトに依存する。マイトが高い者ほど、それだけ許容量があるため大量の霊力を供給しなければ酔わないと言う事だ。
 木乃香が酔わないのは分かる。彼女のマイト数は規格外なのだから。しかし、アスナはそうではない。彼女は、ほんの数ヶ月前まで経絡が開いているだけの素人だった。横島の弟子の中では誰よりも早く修行を始めていたとは言え、今の彼女のマイトはせいぜい中の上、裕奈に追い着くかどうかのレベルで決して高い方ではない。
「う〜ん、たくさん霊力を注ぎ込まれても、私辛いとか感じた事はないのよね〜。相性の問題なのかしら?」
「そう言う問題なんですか?」
 アスナとネギは揃って首を傾げるが、霊力についてさほど詳しくない二人では答えを出す事が出来ない。

 だが、アスナの言っている事もあながち間違いではない。
 霊力を供給された時の反応が人によって異なるのは周知のとおりだ。概ね心地良く感じると一言で言っても、風香は入浴している時のような暖かさを感じ、史伽はくすぐったく感じるなど、その実色々な反応がある。
 ではその違いは何に起因するのか。供給する側の横島が変わらないと言う事は、やはり原因は供給される側にあると言う事になる。もしアスナだからこそ大量に霊力を供給されても平然としていられるのだとすれば、確かに横島とアスナは非常に「相性が良い」と言えるだろう。ユニコーンに「女横島見習い」と評されたのは伊達ではない。

「何も感じない訳じゃないのよ?」
 そう言ってアスナは自分の胸に手を当て、目を細める。その表情はどこか幸せそうだ。
「ここが暖かくなるって言うか、横島さんが今も側にいるような感じがするのよ」
 アスナに供給された霊力の量は、他の者達に比べて少ない訳ではない。むしろ多い方だ。そしてそれを既に発散した訳でもなく、今も彼女の体内に留まっている。頬を少し紅潮させながら感じている横島が側にいる感覚がその証拠だ。アスナは体内に注ぎ込まれた横島の霊力をしっかりと感じ取っているのである。
「なんて言うか、こう……心強いと言うか、強くなれた気がするって言うか……」
「そうなんですか?」
「うん……今ならエヴァちゃんでもぶっ飛ばせるよーな……」
「……無理だと思うから止めてください」
 とは言え、まったく影響がない訳ではないらしい。紅潮した顔に据わった目でとんでもない事を言い出すアスナ。ぶっ飛んでいるのは彼女の思考そのものであろう。

「と、とにかく、席に着いて下さい。連絡事項の通達が終われば、皆さん帰れますから」
「はーい」
 ネギに言われてアスナ達三人は席に戻って着席するとネギが連絡事項について話し始めるのだが、アスナはずっと上の空で横島の事と昨日の修行の事について考えていた。
 気になるのはやはり、今日は修行出来るのかどうかだ。アスナ自身平気なつもりだが、今も横島の霊力が体内に溜まっているのは確かだ。ここに更に供給するのは不味いと言われるかも知れない。ならば、霊力の扱いについての修行を中心にやるべきだろうか。皆が修行出来ない今日ならば、横島にべったりで修行出来るかも知れない。
「む……」
 そこまで考えてアスナは気付いてしまった。現在横島はレーベンスシュルト城で欠席している皆の面倒を見ている。アスナが帰宅してもそれは続くだろう。これはつまり、今日は修行を見てもらう事が出来ない可能性が高いと言う事だ。
 残念だが、こればかりは仕方が無い。せめて横島を手伝おう。そんな事を考えながら、アスナはポツリと周りには聞こえない小さな声で呟いた。

「ノーブラノーパンは不味かったかしら」

 横島暴走の原因は、ここにあるのかも知れない。



つづく


あとがき
 誰が経絡を開かれたのか、横島側の問題は何なのか。
 この辺りについては次の話をお待ちください。

 ちなみに学級閉鎖になる目安は「欠席率20%」だそうです。3−Aの場合は、6.2人休めば学級閉鎖ですね。
 つまり単行本二巻の図書館島編の場合、地底図書室に落ちたのはバカレンジャー+1の六名ですから、小数点以下を切り捨てるにしろ四捨五入するにしろ本来ならば学級閉鎖になっていたと言う事に……。
 もっともこの20%と言うのは全国的な公式文書ではないので、麻帆良ではまた別の基準があるのかも知れませんが。


 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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