topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.16
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 待ちに待った修学旅行当日。ネギは教師としての仕事があるため、いつもより早い出発だったが元気一杯であった。
 喜色満面の笑顔で大きなリュックサックを背負い、今にも小躍りし始めそうなその姿は、スーツを着ていなければ遠足に行く小学生にしか見えないだろう。
 ネギが日本の古都、京都に行くのが楽しみで仕方がないと言う子供らしからぬ渋い趣味の持ち主だと言うのもあるが、彼がこれほどまでに京都行きを楽しみにしているのにはそれ以外にも理由があった。
「京都には、お父さんが昔住んでいた家がある…!」
 そう、ネギは父親である『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』ナギ・スプリングフィールドが、かつて隠れ家にしていた家が京都にある事を掴んでいたのだ。

 彼が麻帆良学園都市に来て女子中学校の教師をしているのは、母校であるメルディアナ魔法学院を卒業した際、修行の一環として教師をやるように命じられたためであって、元々教師を目指していたわけではない。
 ネギは『偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)』を目指していると常々言っているが、それも英雄と謳われる父に少しでも近付くためであり、彼の目標はあくまで偉大なる父に追い付く事。それは六年前のあの日から決して揺らぐ事はない。
 その父の足跡が京都に残されていると言うのだ。
 ネギがいてもたってもいられなくなるのも仕方がなかろう。

「まったく元気ねー」
「アスナ、起きてもうた?」
「…あんなに、はしゃがれちゃあね」
 ネギが出掛けた後の部屋で、ベッドからもそもそと這い出すのはアスナ。
 一昨日の誕生日パーティにて結局朝まで騒いでしまった彼女達。ネギは早々にダウンして眠ってしまったため、ご覧の通り特に影響もなく元気一杯であったが、アスナは徹夜が祟って昨日の朝刊配達を休んでしまい今日にそれを振替えてもらったのだ。
 修学旅行当日の朝だと言うのに難儀な話ではあるが、誕生日パーティを開いてくれた皆に文句を言う気にもなれない。
 その理由は現在彼女が身に纏うジャケット、そう横島からのプレゼントである。これはアスナがGS横島の除霊助手として認められた証、この喜びの前には多少の疲れなど吹き飛んでしまうと言うものだ。
「アスナ、寝てる時は脱いどかんと、シワになってまうえ」
「い、いいじゃない。ちょっとくらい…」
 よほど嬉しかったのだろう、木乃香の指摘も気にした様子はない。これ以上言っても今は聞かないだろうと、木乃香はそれ以上言うのは止めておいた。
「ところで、そのホルダーも修学旅行に持って行くん?」
 木乃香が指差す先にあるのは、横島から贈られた破魔札ホルダーだ。こちらも着けたまま寝ようとしたが流石に邪魔だったので、こちらは机の上に置いてある。
「あ、うん。ほら、早く慣れたいからね。向こうでも練習しようかなーっと」
「熱心やなぁ」
 感心したように木乃香は笑うが、アスナの方はどこかぎこちない。
 と言うのも、アスナがホルダーを持っていくのは師である横島に言われたからなのだ。言われなくとも今のアスナならば修学旅行中にも練習すると言い出していただろうが、「除霊助手の仕事の一環として」持っていくように言われたため、変に意識してしまっている。

 実はあの誕生パーティの晩、横島は自分が学園長から修学旅行中の木乃香の護衛を依頼されている事をアスナに告げた。隠したまま適当に誤魔化して事を進める事もできたのだが、除霊助手として認めた以上事情の説明が必要だと考えたのだ。
 男子高校生である横島はアスナ達と一緒にいると目立ち過ぎるため同行はしないが、陰ながら木乃香の事を守っているそうだ。アスナはいざと言う時に木乃香を連れて逃げるようにと言われていた。
 これはつまり戦力として期待されてないという事だが、横島やエヴァをはじめとしてネギ、豪徳寺、古菲、そして忍者だと思われる長瀬楓を知る身としては、自分が実力不足であるのは明白であるため何も言う事ができない。

 そしてもう一つ、木乃香は関西呪術協会と言うオカルトに関わる家に生まれながら、両親の教育方針によりそれに関する情報を一切知らされていない。そのため、木乃香は極力何も知らずにいてもらいたいとの事。
 何より横島としては、せっかくの修学旅行なのだから何も知らないまま楽しんでもらいたいのだ。
 トラブルは自分達で何とかするので、アスナ達は普通に旅行を楽しんで欲しいというのが横島の本音である。
 自身も高校の修学旅行を蹴って木乃香の護衛に就いているのだが、こちらは男子校なので全く気にしていなかった。旅先での出会い等については端から期待していないようだ。

「えーっと、今日はどこで集合だっけ?」
「大宮駅やな。そこから『あさま』で東京まで行って、そっから『ひかり』に乗り換えや」
 アスナの問い掛けに木乃香は旅のしおりを開いて答える。大宮駅までは個人個人で行くことになっているのだが、彼女達の場合ほぼ全員が同じ寮に住んでいるため、幾つかのグループに分かれて行くのが通例となっている。
 かく言うアスナも同じ班のメンバーと一緒に行く約束をしていた。
「アスナー、準備できたアルかー?」
「古菲、あんた早過ぎでしょ」
 ネギが家を出たのがほんの十分ほど前、朝ではない早朝である。
 普段から中武研の朝練に参加しているので、元々朝に強いのだろう。古菲は朝から元気一杯だ。
「あ、ウチが一緒に朝ご飯食べよて誘ったんよ」
「って事はあの二人も?」
 同じ班になるぐらいだから当然仲は良いのだが、いかんせんテンションの高さが凄まじい。
 あの二人ならば古菲より元気でも納得できる。寝起きのアスナが太刀打ちできる相手ではないだろう。
「アスナー! 木乃香ー!」
「修学旅行日和ですー!」
「言ってるうちに来たわね〜」
「皆、元気やなぁ」
 部屋に飛び込んできたのは鳴滝風香、史伽の姉妹だった。
 双子であるこの二人は傍目には小学生にしか見えないが、れっきとした中学三年生。アスナ達の同級生である。
 友人であるアスナ達ですら時折見分けがつかない程に似ている二人。姉の風香は少しツリ目で髪は所謂ツインテール、妹の史伽はツインのシニヨンにしているのでそれを頼りに見分ける事ができるのだが、この二人揃っていたずら好きであるため、時折互いの髪型を交換していたりするので注意が必要だ。
「邪魔するでござるよ」
「これで全員揃たな。ほなご飯にしよか」
 最後に訪れたのは長瀬楓。彼女はアスナ達の班のメンバーではない。風香、史伽のルームメイトであるため木乃香が誘ったのだろう。
 元が二人部屋であるため六人が入るとかなり手狭になってしまうが、その分賑やかな食卓となった。こういう時の木乃香はどことなく嬉しそうだ。
 アスナは家事に関しては木乃香に任せっ切りなので今まで気にしたこともなかったが、彼女の家庭の事情を知ると色々と思うところがある。パジャマ姿のままエプロンを付けて鼻唄混じりでキッチンに立つ後ろ姿は、とてもじゃないがオカルトのエリート一家の生まれには見えない。羨ましくなる程に艶やかで長い黒髪は古風な和と雅を彷彿とさせ、着物に映えそうだとは前々から思っていたが、それだけだ。
 変わったところと言えば、天然の入ったのんびりした性格である事と、占い好きなことぐらい。正直なところアスナは、近衛家の事情を聞いた今でも信じられずにいる。
「アスナ、どうしたでござるか?」
「え、あ、うん…何でもない、何でもない。寝ぼけてただけよ」
「朝刊配達も大変でござるな」
「週末の楓もね」
「何のことでござるかな〜?」
 楓が毎週末に行っている忍者の修行について言及してみたが、やはりはぐらかされてしまう。
 普段の言動を見ていると隠す気があるのかどうか疑問に思えてくるが、とりあえずは隠すようだ。
「そういや、楓の班は誰々だっけ?」
「拙者の班はバカリーダーの図書館組と刹那でござるよ」
「へー」
 『バカリーダー』とは図書館探検部の『バカブラック』こと綾瀬夕映の事だ。
 彼女は基本的に頭は良いのだが、学習意欲と言うものが好奇心と比例するため学校の成績が常に悪い。そのため『バカレッド』アスナ、『バカイエロー』古菲、『バカブルー』楓、『バカピンク』まき絵と合わせた五人で『バカレンジャー』と呼ばれている。
 他に横島とも面識のある『本屋』こと宮崎のどかと、早乙女ハルナの二人を合わせた三人が所謂『図書館組』と呼ばれる面々だ。楓とはバカレンジャーで繋がる仲であると同時に、前年度の期末テストの際、共に伝説の魔道書『メルキセデクの書』を求めて図書館島の地底図書室に挑んだ仲間でもある。
 刹那に関しては、彼女は周囲を拒絶するような雰囲気がありクラスでも孤立しがちだったので、繋がりのある数少ない一人である楓が誘ったのだ。
 図書館組の三人とはほとんど繋がりがないのだが、これは刹那にとって動きやすいと言うことなので、むしろメリットであると言える。刹那に近しいだけあって、詳しい事情は知らないにせよ彼女が木乃香の護衛をしている事を知っている楓は、その辺りも考慮して彼女を誘ったのだろう。

「………せっちゃん」
 その護衛対象である木乃香は刹那の名を聞いてピクリと肩を震わせて呟いた。
 しかし、そのささやか過ぎる動きに気付く者は誰一人としていなかった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.16


「…よし、行くぞ」
 ゴクリと唾を飲み込んで一歩を踏み出すのはエヴァ。
 ここは麻帆良学園都市と外部を繋ぐ橋の上、学園都市を囲む結界の端だ。
 おそるおそる一歩、また一歩と進み目の前に立つ男へと進んで行く。やがて男の目前まで辿り着き、自分の身に何も起きていない事を理解すると輝かんばかりの笑顔に変わった。
「やった! 潜り抜けたぞっ!」
 目の前の男、横島に飛び付いて身体中で喜びを表現するエヴァ。その握り締めた手の中には『紛』の文字が浮かび上がった文珠がある。この力を以って結界を『紛』らわしたのだ。
「マスター、おめでとうございます」
「これで『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』の解呪にも希望が持てると言うものだ」
 エヴァは封印されていた魔力が蘇り、身体中に漲っていくのを感じていた。
 横島の隣で見守っていた茶々丸も嬉しそうだ。彼女はエヴァが麻帆良学園都市に閉じ込められてから生まれたので、閉じ込められて燻る彼女しか見た事がない。それが今、結界を抜けて外の世界へ一歩踏み出したのだ。茶々丸はこの記念すべき瞬間を余す事なく記録して記憶ドライブに収める。感無量とはこの事であった。

 しかし、魔力を封じるための結界は抜け出せたとは言え、『登校地獄』は健在である。今日は修学旅行であるためこうして外に出ても呪いの影響はないが、もし修学旅行の日程を終えてもなお学校に戻らなければ、呪いは容赦なく彼女に襲いかかるであろう。
 そのため、エヴァはこの修学旅行中に何としても解呪の手掛かりを掴まなければならなかった。
 当てがないわけではない。それは京都にあると言う呪いを掛けた張本人である『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の隠れ家だ。
 エヴァも詳しい場所については知らず「京都のどこかにある」としか分からないのだが、その問題については既に一つ手を打ってあった。それは『千の呪文の男』の息子であるネギだ。彼も父を探していることを知ったエヴァは京都の隠れ家に関する情報を彼にリークしたのだ。
 自身も呪いの解析を行う傍らで、ネギにも隠れ家を探させる。
 京都は『千の呪文の男』の旧友もいるはずだ。ネギならば、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』にして『東の魔法使い』であるエヴァと違って、彼等から何の障害もなしに隠れ家の情報を得る事ができるだろう。エヴァの狙いは正にそこにあった。
「マスター、急ぎませんと集合時間に遅れてしまいます」
「む…下手に遅刻すると呪いが発動してしまうな、急ごう」
 そう言ってエヴァは横島に目を向ける。
 当然ではあるが、エヴァは車のような移動手段を持っていない。あるとすれば茶々丸に乗って空を飛ぶことだが、流石に麻帆良学園都市の外でそれをやるのは人目に付き過ぎる。
 そのため集合場所である大宮駅までの足は横島に用意されていたのだが―――

「なんだそれは?」
「歴戦の勇士だ」
「自転車、ですね」

―――横島が用意してきたのはまごうことなき自転車であった。
 かなり使い込まれているようで、横島の言う通り『歴戦の勇士』と言う名がよく似合う。
「一体どこをどれだけ走ればこんなにボロボロになるんだ?」
「とりあえず、猛スピードで隣の県まで? 」
 一般公道を走る自転車がどうすればここまで傷付くことができるのか、興味を持ったエヴァが聞いてみるが、返ってきた答えは案の定、彼女の理解の範疇外であった。
「しかも何だ、このハンドルについてるロープは」
「それ付けて引っ張らせるんだよ」
「犬の散歩じゃあるまいし…それに、これは人の肩に付けるタイプのベルトだろう?」
「だからそう言ってるじゃないか」
「………」
「………」
 どこか諦めた表情で溜め息をつくエヴァ。
 これ以上話していてもろくな答えが返ってくる事は無いと判断したようだ。
「…変わった犬を飼ってたんだな」
「飼ってたんじゃない、今は美神さんとこの助手だ」
 どこからともなく「狼でござるよーっ!」と言う遠吠えが聞こえてきた気がしたが一同は丁重に無視した。
 今、彼女等にとっての一番の問題は、この自転車にどうやって三人で乗るかである。
「せっかく魔力が復活したのに、ぱーっと飛んでくことはできんのか」
「断る。荷物が重いからな」
「わがままな…」
 とは言え、エヴァは一度いやだと言えばそう簡単には意見を覆さないだろう。
 もし、魔法で飛んでいくとすれば、エヴァ、茶々丸、横島の三人を飛ばし、更に見つからないように認識阻害の魔法を使い、更に、着地の際に周囲に気付かれないように、場合によっては人払いの魔法を使う必要がある。何より、魔法道具(マジックアイテム)の補助無しに飛行するだけでもかなりの大魔法なのだ。
 いくら魔力が復活したとは言っても、魔法使いとは隠匿されているもの。こんなに派手に魔法を使いまくるわけにはいかない。
 横島が仕方なく別の方法を考えていると、そこに茶々丸が割って入ってきた。
「提案いたします。マスターの身体は小さいので、無理をすれば三人乗りも可能なのではないでしょうか?」
「警察が飛んでこないか?」
「逃げ切れ」
 身も蓋もないエヴァの一言により、茶々丸の案「無理矢理三人乗り」が採用されることとなった。
 まず横島が乗り、エヴァを背負う。そして、茶々丸が後ろに乗った。横島と茶々丸が普通の二人乗りをし、その間にエヴァが入る形だ。横島の自転車は後ろに座る場所がないので、茶々丸は横島の肩に手を置き立った状態で乗る事になる。
「…これは一種の羞恥プレイか?」
「お前はそういうのが嬉しいんだろ?」
 そう言いつつも横島の首に腕を回すエヴァ。落ちないようにしがみ付いてると同時に、横島が変な事を言おうものならいつでも絞め落とせる態勢だ。
 吸血鬼故か首筋に冷たい感触を味わいつつ、横島は自転車を漕ぎ始めた。
「お、重っ!」
「失礼なこと言うなっ!」
 しかし、横島の足に伝わってきたのは想像以上の重さだった。エヴァが頬を染めて怒るが、事実なのだから仕方が無い。
 除霊助手時代は普段から大荷物を抱えていた彼だったが、それに近い重さがありそうだ。
「あの、私の重量だと思われます」
「む、そう言えばそうだったな…」
 後ろからおずおずと茶々丸が話し掛けてくる。
 エヴァはそれで気付いたが、アンドロイドである茶々丸の体重は人間のそれを軽く凌駕しているのだ。いかに横島と言えども「軽々」と言うわけにはいかない。
 今の体勢も良いのだが、このままでは集合時間に間に合いそうにもないので、エヴァは仕方なく漕ぎ手を茶々丸と交代させる事にした。
「横島、茶々丸と代われ」
「いや、それだと女に漕がせて男が後ろで楽してる事になるからなぁ…それは流石に恥ずかしいぞ。人目もあるし」
 しかし、横島は頑として首を縦に振らない。
 ネギや豪徳寺と違って「男の沽券」なんてものとは縁のない男だが、『グレートマザー』百合子からフェミニストとしての精神を刷り込まれているのだ。
 茶々丸に自転車を漕がせて自分は後ろで楽をするのは、彼の判断基準においては駄目だと言う事だろう。
「見られると快感なくせに生意気な」
「それとこれとは話が別って事で…」
 そう言って横島はフラフラしつつも自転車を漕ぎ続ける。
 頼りなさげな運転に茶々丸は交代しようかと口を開こうとするも、彼女にとってはまたとない機会なので、結局は横島の厚意に甘える事にした。
 とは言え、頼りっぱなしと言うのは少々気が引けるため、横島にもたれかかるように身を預けて、腕を彼の胸に回し体勢を変えると、こっそりと後ろでバーニアを噴かせて彼を手助けする。
「って、コラ。茶々丸、あまり寄りかかるな。今朝食ったプリンが出る」
「………」
 間に挟まれたエヴァは苦しそうだったが、茶々丸はどこか嬉しそうにしている。
 途中転びそうになったりするも、その度に茶々丸が陰から手助けして事なきを得、三人は集合時間ギリギリで駅に到着することができた。
「まったく、焦らせおって」
「遅刻一つで呪い発動って、結構きつい呪いだな『登校地獄』って」
「だが、学校に行きさえすれば授業をエスケープしても問題ない。ふざけた呪いだ」
 そう言って溜め息をつくエヴァ。呪いを掛けられた当初は憤っていたところだが、流石に十五年もこれに付き合っていると真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくるのだろう。
「ところで、貴様も京都に来るのであろう。私達と同じ新幹線か?」
「そうだけど、こっからは別行動な。豪徳寺と合流して変装せにゃならん」
「変装?」
「女子中の修学旅行を、男子高校生がこっそり追跡してみろ」
「…なるほど」
 エヴァは何故変装の必要があるのかと疑問に思ったが、横島の説明を聞いて納得した。
 横島が木乃香の護衛を依頼されてる事を知っている者ならともかく、そうでなければ変質者にしか見えないだろう。
 一般人の旅行者の振りをしてこっそりと後を付けるので、それらしいのを見ても声を掛けないでくれと言い残し、横島は大きな鞄を担いで去っていった。
 エヴァはにこやかな笑顔でそれに同意すると、自分達もクラスの集合場所へと向かう。

「茶々丸、京都に着いたら横島の事を探せよ」
「声を掛けるなと言っておりましたが?」
「話しはせんさ。だが、どんな変装をしているか興味があるだろ?」
「………了解しました」

 しかし、その心の中では横島が珍妙な変装をしてきたら、指を差して笑ってやる気満々であった。
「これで帽子を目深に被って、サングラスにマスクをしてたら完璧なんだがな」
「それは流石にないのではないでしょうか?」
 そう言う茶々丸も「無い」と断言することができない。
 何故なら、変装するのが他ならぬ横島だからだ。

「あ、エヴァちゃんギリギリー!」
「喧しい、貴様らと違って私は手間が掛かるんだ」
「大丈夫だったの?」
「ああ。一度結界を越えれば、修学旅行中は学校のスケジュールにさえ従っていれば問題無い」
「よかったなぁ」
 エヴァ達が集合場所に辿り着くと、まき絵達が駆け寄ってきて彼女を取り囲んだ。
 彼女達が班のメンバー、エヴァ、茶々丸、まき絵、裕奈、アキラ、亜子の六人の班である。
 本来、班は五人編成なのだが、3年A組は三十一人のクラスなので、五人ずつの班を作るとおのずと六人の班が一つできる。それが彼女達の班なのだ。
 班長は裕奈だ。班のメンバーが揃ったので走ってネギのところへ報告しに向かう。
「ネギ君、こっちの班も揃ったよ〜」
 裕奈がネギの所に行くと、既にクラスメイト全員が集結していた。どうやらエヴァと茶々丸が一番最後だったらしい。


「さよちゃんも修学旅行行けてよかったね」
『ハイ!』
「それじゃ、出発前に記念撮影っと」
 柿崎美砂が班長を務める第一班のメンバーは、同じ『まほらチアリーディング』の椎名桜子と釘宮円。それに朝倉和美と人形の依り代を得た『元・地縛霊』相坂さよだ。
 昨日今日でさよが班のメンバーに入っているのを不思議に思う方もいるだろう。  しかし、これは急遽メンバー入りしたのではなく、班を決めた際にさよがいつの間にかメンバーの欄に名前を書き込んでいたのだ。  考えてみれば、クラスで多数決を取る際に人数が合わなくなる事がこれまでにも幾度かあった。地縛霊であった頃も、誰かに気付かれたり気付かれなかったりしていたのだと思われる。
 実際、さよの班をどうしようかと和美が言い出すまで、彼女達は自分の班にさよがいる事を気付いていなかった。
 自分達が四人の班である事をそれまで疑問にも思わなかったのだから、恐るべき影の薄さだ。

 さよは席が隣である和美の部屋でお世話になっているのだが、一番仲が良いのは意外にも桜子であった。
 桜子は3年A組の中でも随一のギャンブラーと言う顔を持っており、二年の期末テストではそれまで万年最下位であったA組が一位になると賭けて、見事食券長者になったりもしている。
 いまや「桜子が賭けたものが実現する」とまで言われるほどの超人的な直感を持つ桜子。それは横島達霊能力者が持つ「霊感」に近いのかも知れない。
「京都に着いたら、さよちゃんの着物探そうね〜♪」
『一緒に舞妓さんの格好しましょうね』
 とは言え、二人が仲が良いことに関しては、彼女の力は関係なさそうだ。
 桜子が可愛いもの好きと言うのもあるが、二人の間に流れる空気は友人同士のそれであった。


「ネギ坊主、ちゃんと朝飯食てきたカ?」
「あ、超さん。ハイ、木乃香さんにおにぎりを作ってもらって少しだけ」
「少しだけ? それはいかんネ。朝飯はちゃんと食わないと、一日元気に過ごせないよ」
 そう言って『超包子(チャオパオズ)』特製の肉まんを手渡すのは、第二班の班長、超鈴音。
 この班は『超包子』のメンバーである四葉五月、葉加瀬聡美の二人に、龍宮真名、ザジ・レイニーディと一癖も二癖もあるメンバーが揃っていた。特にザジは無口で、ネギは担任教師であるにも関わらず今まで一言も喋った事が無かったりする。
 ザジはその無口さ故に、班を決める時に一人教室の隅でぽつんと佇んでいたが、そこに超が話し掛けて班のメンバーに誘ったようだ。

「全員出席、クラスメイト誰一人欠けることなく修学旅行に行けるなんて…これもネギ先生の努力の賜物ですわ」
 瞳をきらきらと輝かせながらどこかトリップしている「いいんちょ」ことあやか。第三班の班長だ。
 薔薇を背負っているかのような錯覚を覚えるのは、彼女が雪広あやかだからであろう。
 そんな彼女の班のメンバーはルームメイトである那波千鶴と村上夏美、それに長谷川千雨、春日美空の四人だ。
 前者二人はあやかのルームメイトと言うことで一緒の班になったのだろうが、後者二人は濃いクラスメイトを避けて比較的常識的なメンバーを選んだと思われる。
 ネギが関わると途端に理性が吹き飛び、雪広財閥の令嬢であるためか一般人とはかけ離れた経済感覚をしているあやかだが、普段の彼女は非常に良識的であり、かつ常識人なのだ。

「ネギくーん、四班も六人全員揃ったよー」
「ネギ君、五班も皆揃たえ」
「ネギせんせー、六班も全員そろいましたー」
 そこに第四班の班長裕奈、第五班の班長木乃香、そして第六班の班長である宮崎のどかもやって来て班のメンバーが揃ったことをネギに告げる。これで3年A組は全員集合だ。


「それでは皆さん、修学旅行の始まりです! この四泊五日の旅行で、楽しい思い出をいっぱい作ってくださいね!」
「「「「「は〜い!」」」」」
 全員が揃ったので、A組の面々は新幹線へと移動していく。
 他にもD組、H組、J組、S組が京都行きを選んでいるが、麻帆良学園都市の修学旅行はクラスごとにプランを決め、更に班ごとの自由時間が多いのが特徴だ。
 新幹線こそ五つのクラスが一緒に乗るが、京都に到着し、清水寺の見学を終えてからはそれぞれのクラスが別行動となってしまい、宿泊するホテルも別々になる。
 その分、怪我や迷子等のトラブルが多く発生するためネギ達教師陣に掛かる負担は大きいが、この辺りはせっかくの修学旅行なので生徒達の楽しさ優先と言うことなのだろう。

 ネギは知らないことだが、今回は行き先が関東魔法協会とは因縁のある京都であり、しかも二十年前の戦争以来和解していない関西呪術協会への使者、つまりネギがこの旅行に加わっているため、学園長は密かに生徒達の護衛として麻帆良女子中以外の魔法先生も京都に派遣していたりする。
 密かにネギ達と同じ新幹線で京都に同行する横島もその護衛の一人と言えるだろう。
 もっとも、横島はあくまで木乃香個人の護衛であり、関東魔法協会とは少し外れた立ち位置にその身を置いている。
 これは学園長の企んだ策の一つであった。横島は関東魔法協会の協力者であるが、その立場はあくまでGS協会日本支部の代表として麻帆良の地に降り立ったGSだ。彼と戦うと言う事は『魔法使い』ではなく『GS』と戦うと言う事。社会的に認知されている彼等を敵に回すと言う事は、下手をするとマスコミに嗅ぎ付けられる可能性もあると言うことだ。特にアシュタロスとの戦いが終わって以来、彼等はオカルト関連の話題を強く求めている。
 もし、木乃香を狙う関西呪術協会の者がいたとしても、そこにGSが居れば、表の世界に引きずり出される事を恐れて諦める者もいるだろうと言うのが学園長の考えだ。
 無論全ての刺客が諦めて退散するなどと甘い考えは持っていないが、横島の存在自体が露払いにはなると彼は判断しているのだ。


 そんな大人達の事情とは裏腹に、新幹線は少女達を乗せて走り出した。
 読書を楽しむ者もいれば、音楽を楽しむ者もいる。
 椅子を向かい合わせにしてテーブルを出し流行のカードゲームに興じる者達は持ってきたお菓子をチップ代わりにわいわいと盛り上がっていた。

 そんな中、窓の外を見て盛り上がっている二人の少女がいた。
「また現れないかなー?」
「朝は出ないんじゃないですかー?」
 鳴滝姉妹、風香、史伽の二人だ。
「風香、史伽。まだ東京なんだから珍しい景色でもないでしょ?」
「何言ってんだよ、アスナ! また、いつ現れるかわかんないじゃないか」
「そうですよー」
「あ、現れる…?」
 二人の言うことはどうにも要領を得ない。アスナは疑問符を浮かべて頭を捻るが、何を言っているのかさっぱり分からなかった。窓の外に何が現れると言うのだろうか。
「鳥でも飛んでるアルか?」
「鳥より速いですー」
「鳥より速い…対向車線の新幹線やろか?」
 木乃香が一般的に考えれば妥当な回答を出すが、風香は笑って首を横に振る。
「だから違うってば」
「じゃあ、一体何なのよ」
 しびれを切らせたアスナが問い掛けると、風香と史伽の二人はいたずらっぽい笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
「あれはヒーローだよ!」
「「「ヒーロー?」」」
 予想外の答えを聞いて呆気にとられるアスナ達。風香達の表情を見るに、冗談を言っているわけではなさそうだ。
「TVの話…じゃなさそうね」
「違いますよー」
「この前、新幹線に乗ってた時に見たんだ! 新幹線の隣を同じぐらいのスピードで走る人影を!」
「TVで首都高荒らしが話題になってた頃だから、多分それだと思います」
「ああ、そう言えばそんな話もあったわね。いつの間にか聞かなくなったけど」
 首都高荒らしのニュースに関してはアスナも知っていた。
 真夜中の首都高速に猛スピードで走る車がいれば出没し、追い抜いては車を攻撃、大破炎上させてしまう謎の怪人だ。
 その被害はポルシェ五台にフェラーリ八台。更に追跡したパトカーが三台と大きく。パトカー以外の車に乗っていた被害者は皆スピード違反の常習者であったためTVでは賛否両論が巻き起こっていたのをアスナも覚えている。
 その正体は速さを極めるために修羅道に堕ちた韋駄天の九兵衛。結局彼は首都高荒らしの退治を依頼されたGS美神令子と、神界から九兵衛を追ってきた同じ韋駄天の八兵衛により倒されたのだが、その最後の戦いの舞台となったのが、風香の言う通り、新幹線なのだ。

「ボク達が新幹線で人影を見た直後だよ、TVでその話をしなくなったのは。きっと、あのヒーローが怪人首都高荒らしをやっつけたんだ!」
「まさか、そんな…」
「て言うか、何で首都高荒らしが線路に現れるアルか」
「首都高に速い車がいなくなったんじゃないですかー?」
 興奮気味にまくしたてる風香に対して史伽は比較的冷静なようだ。
 双子と言っても性格は多少違うようで、風香の方がヒーロー等に燃える性質らしい。

「お姉ちゃん、あの時近くの席にいた…」
「あっ、そうだった! あん時、新幹線に乗ってたボディコンねーちゃんがヒーローの名前呼んでたんだ!」
「…子供じゃなくて大人の人が?」
 アスナ達がなかなか信じてくれなくてじれったい思いをしていた二人だったが、そこで起死回生の記憶に辿り着いた。
 それを聞いて怪訝そうな表情になるアスナ。風香と史伽だけが見たとすれば見間違いだと思うのだが、他の人間、しかも大人が見たとなると話は変わってくる。
 古菲と木乃香もアスナと同じことを考えたらしく、いつの間にか真剣な目で風香達の話に耳を傾けていた。

「えーっと、何て呼んでたんだっけ?」
「ほら、ナントカマンですよー!」
「あ、そうだ!」

「「ヨコシマンっ!!」」

 それを聞いたアスナがその場に突っ伏したのは言うまでもない。



つづく



あとがき
 修学旅行編における班編成を大幅に変えました。
 エヴァ、茶々丸、さよの三名が修学旅行に参加するのが第一。
 第二に、この話に至るまでに発生した『見習GSアスナ』における原作との差異です。
 作中で仲良くなったメンバーを優先的に同じ班に入れるようにしました。
 ゲーム版におけるグループ分けも少し参考にしています。

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