topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.31
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 関西呪術協会、詠春の催した歓迎の宴は盛大なものだった。
 煌びやかな広間に通された彼らを待っていたのは、色とりどりの山海の美味、珍味。未成年揃いであったため、流石にアルコール類は振る舞われなかったが、それでも少女達のテンションは高く、ネギ達は圧倒されるばかりだ。
 そんな中で、横島としては巫女のお姉さん達にお酌をしてもらいたいところだったが、現実はそう甘くない。
「はい、どーぞ♪」
「なんだよヨコシマー! 美少女に囲まれてんだから、もう少し嬉しそうにしろよー!」
 双子の姉妹、風香と史伽に固められて、横島は身動きが取れないでいた。周囲のクラスメイト達も微笑ましそうに見守るばかりだ。アスナや古菲も「しょうがないなぁ」と苦笑している。
 流石に二人を振り払う事などできない。胡坐をかく左右の膝の上に風香と史伽を乗せて、横島はされるがままであった。
 子供に懐かれるのが嫌と言うわけではない。
 しかし、彼の目の前にはネギの姿があり、そのネギの隣にはのどかが座っていて実に微笑ましい。それだけなら良いのだが、更に楓もすぐ近くに控えており、ハルナ、あやか、美砂を侍らせている――ように横島の目には映る。実に羨ましい限りであった。

 その後も歓迎の宴は大変な盛り上がりを見せたが、やはり皆疲れていたのだろう。普段の彼女達のノリを考えれば早過ぎると言ってしまっても過言ではない時間に宴はお開きとなる。
 ネギが早く休むようにと皆に言い、それに委員長であるあやかが同調したのも理由の一つであろう。風香をはじめとする幾人かは不満そうだったが、やはり疲れが顔に出ていた。ここは実力行使に出るべきかと、横島は風香を担ぎ上げ、史伽の手を引いて部屋まで連れて行こうとする。すると、他の面々も明日以降に響くと思ったのか、素直に部屋に戻っていった。やはり本音を言えば、疲れていたのだろう。


 一旦部屋に戻った面々は、二つのグループに分かれて順々に入浴を済ませていくこととなった。
 総本山の風呂場はかなり大きな物だったので二班ごとでも問題ないだろうと、アスナ達の班はのどか達の班と一緒に入る事となった。アスナ、古菲、刹那、楓の四人が入浴中も木乃香の側に居られるからだ。疲れているとは言え、木乃香の護衛の事を忘れるわけにはいかない。カモ曰く、千草達が襲撃を仕掛けてくるならば今夜の内とのことなので尚更である。

「あ、あのな、アスナ…」
「どうしたのよ木乃香、そんなあらたまって」
 髪を洗い終えたアスナの元に木乃香がやってきておずおずと声を掛ける。
 何事かとアスナが木乃香の方に振り向くと、彼女の背後には神妙な面持ちの刹那が居た。
「ウチ、お父様から聞いたんよ。アスナ、横島さんと一緒にウチのこと守ってくれてたんやな」
「え、それは…」
「アスナさん、長は…先程お嬢様に事情を説明されました――『全て』を」
「そ、そうなの」
 先程と言うのは、アスナ達が部屋に集まって情報を整理していた時のことであろう。その時に木乃香は詠春から事情を説明されたそうだ。
 彼女にとっては衝撃的な話であったと思われるが、想像以上に木乃香は気丈である。
 皆を巻き込んでしまった事に心を痛めているが、同時に麻帆良学園都市に行って以来、刹那が自分を避けていた理由を知る事ができて嬉しくもあったようだ。

「木乃香さん、悪い人に狙われてたですかー?」
 史伽が近付いてきて、興味深げに聞いてくる。
「お嬢様だからか?」
「ん〜、そんなところやろなぁ」
 一緒に近付いてきた風香は、単純に身代金目当てにお嬢様を狙ったと考えたようだが、木乃香はその質問に対しては曖昧に言葉を濁すに留めた。
 と言うのも、彼女は全ての事情を知らされているため、当然魔法使いの事や東西の確執についても聞き及んでいる。しかし、同時にその事を隠さなければいけない事情についても聞かされていたため、隠すべきところは隠して話をしているのだ。
 それならば、最初から鳴滝姉妹がいないところで話をすれば良いのかも知れない。しかし、二人は木乃香と間違われて千草に攫われた事がある。それ故に、木乃香は説明できる範囲で事情を説明した上で、きっちり二人に謝っておきたかったのだ。
「二人ともゴメンな。二人が攫われたの、ウチのせいやったみたいや」
「そんな! 木乃香さんが悪いんじゃないですよー!」
「そうだよ! 悪いのはあのサルねーちゃんだろ? それに、いざって時はまたヨコシマンが助けてくれるって!」
 頭を下げる木乃香に対して、二人はあっさりとその謝罪を受け容れた。いや、元より怒ってすらいなかったと言った方が正確であろう。
 千草に攫われて怖い思いをした事は確かだが、彼女達にとっては憧れのヒーローである『ヨコシマン』と知り合うきっかけでもあったのだ。特に風香にとっては、あの一件はメリットの方がはるかに大きいと言える。そういう意味では、木乃香の心配は杞憂であった。
「そうよ、いざとなったら横島さんが助けてくれるって! それに、私達だってついてるんだからね」
「真正面からの戦いなら、私だって遅れはとらないアル」
「アスナ、古菲…」
 元気付けようとする力強い言葉に、木乃香は感極まって涙ぐんでしまう。

 一方、のどか達は木乃香を元気付けようにも、「横島が助けてくれる」と言えるほど彼の事を知っているわけではないので、少し距離をとって木乃香達を見守っていた。ネギの名を出せばそれも可能なのだろうが、鳴滝姉妹がいるのでそれは話すことができない。
「横島さんはプロのGSだそうですが、そんなに頼りになるですか?」
「んー、今の段階ではネギ坊主より頼りになるのは確かでござろうなぁ」
「へぇ、結構スゴイ人なんだ」
「………」
 夕映の疑問に対し、楓が少し考えて答える。すると、ハルナが素直に感嘆の声を上げるのに対し、のどかは何か言いたげであった。
 魔法使いとGSと言うのは、単純に比べられるものではない。その事は楓も重々承知しているが、除霊助手としてのキャリアを持つ横島と、魔法学院を卒業したばかりのネギでは、実戦経験に大きな差がある。彼女はそれを踏まえた上で、今は横島の方が頼りになると判断していた。


 では、その頼りにされている横島が、今どうしているかと言うと―――

「…ノオォォォ! ワイは、ワイはぁ〜ん!」

―――風呂場の窓のすぐ外で身悶えていた。
 覗きに来たはいいが、自分を頼りにしていると言う彼女達の言葉を聞き、良心の呵責に耐えかねているらしい。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.31


 一方、ネギはカモと豪徳寺を連れて総本山地下の座敷牢に来ていた。ここに囚われの身になっていると言う小太郎に会うためだ。
 階段を降りて地下に入ると何とも重苦しい空気が漂っている。表は煌びやかだが、それでもやはり陰陽寮の影を担う組織だと言うことなのだろう。今ネギの目の前に広がる光景がそれを表している。
「見てくれ兄貴、何とも古めかしい木の牢屋だけどよぉ、魔力みてえな力をビンビン感じるぜ!」
「陰陽術とやらで守られていると言うことか?」
「その通りや、リーゼントの兄ちゃん」
「!?」
 豪徳寺の問いに答えたのはカモではなかった。驚いて声のした方に視線を向けると、木造の牢の向こう側、座敷牢の中に壁にもたれかかって座り込む小太郎の姿がある。
「ただの木やったら、とっくにぶっ壊して逃げ出しとるわ」
「コタロー君…」
 囚われの身だと言うのに悪びれた様子もない小太郎。実際小太郎は悪いことをしているつもりはないのだろう。
 西の者達から見れば、木乃香が東の魔法使いのテリトリーに居ると言う時点で人質を取られているのと同意なのだ。つまり、千草達が木乃香を攫おうとしていたのにも、西側から見れば一分の理がある。小太郎は傭兵として、それに協力していたに過ぎない。
「どうして! どうして、そう平然としていられるのさ!?」
 しかし、それは「正義の」魔法使いを目指すネギには理解できない話であった。思わず声を荒げてしまう。
 カモは小太郎の立場も理解できるので何も言わなかったが、豪徳寺の方はネギと同じく何か言いたげである。
 豪徳寺の場合は、何の罪もない少女、木乃香を巻き込むという事自体が許せないのであろう。カモに言わせれば「青い」の一言だが、それを無視して大局を見るのは、一ヶ月前まではケンカに明け暮れていただけの一般人には難しい話だ。
「兄貴、兄貴! そんな事言いに来たんじゃないだろ!」
「あ…そ、そうだった」
「あん?」
 熱くなりかけるネギを、肩に乗ったカモが頬を叩いて本来の目的を思い出させる。彼らは大阪の遊園地を襲った「四人目」に関する情報を小太郎から聞こうと考えてここまで来たのだ。
「コタロー君! 君達の仲間、天々崎千草と月詠と、あともう一人いるよね?」
「もう一人? フェイトのヤツの事か?」
 カモが止める間もなくストレートに訪ねるネギ。流石にこれでは答えてくれないのではないかとも思ったが、小太郎はそれ以上に単純だったらしい。あっさりと四人目の名前を教えてくれた。
 小太郎の話によりと、四人目の名はフェイト・アーウェルンクス。外国から来た西洋魔法使いとの事だ。年の頃は小太郎と同程度だと思われるのだが、彼は西洋魔法使いとあまり親しくしようとは思わなかったので、正確なところは分からないらしい。
「なぁ、どんな魔法使うかは分からねーか?」
「流石にそこまでは分からんわ」
 カモとしてはここで四人目の情報をできるだけ集めたいと思っていたのだが、どうやら小太郎が持っているのは、初対面の時に千草から聞かされた事のみのようだ。小太郎の返事も伝聞であるものが多い。
「それならせめて外見だけでも分からんか? こっちはどんな顔してるかも知らないからな」
 続けて質問をするのは豪徳寺、今夜千草達と一緒に四人目も来襲する可能性が高い。せめて相手の顔なり外見の情報も知らねばならないと考えたのだ。
「う〜ん、千草の姉ちゃんは白坊主って言うてたなぁ…ほんま全身真っ白ななりしたガキやで。背丈は俺とそっちのネギの間ぐらいちゃうか? 目付きの悪い暗〜いヤツなんや、これが」
「白くて、目付きの悪い子供ねぇ…」
 しかし、小太郎の答えは芳しくなかった。素直に答えてはくれているのだが、そもそも彼はフェイトと言う少年についてあまり知らないらしい。

 その後も色々と聞いてみるが、小太郎は彼と直接会話を交わした事がほとんどなく、千草が愚痴っていたことぐらいしか知らなかった。
 曰く、イスタンブール魔法協会からの留学生とのこと。でも、それが本当かどうかは甚だ怪しいと千草は言っていた。
 彼女は元々西洋魔法使いなど仲間に引き入れる気はなかった。しかし、詠春を排除したいと考えている陰陽師達に声を掛けても、実力行使してでもと考えるような気概のある者はほとんどおらず、仲間集めが難航したところに、どこからか話を聞きつけたフェイトが協力したいと彼女を訪ねてやってきたそうだ。
「訪ねてきたって…そいつどこで天ヶ崎千草の事知ったんだよ」
「さぁ?」
「さぁって…オイ」
 フェイトと言う少年、千草の仲間となった経緯を聞いただけでも怪し過ぎる。
 カモは驚きの表情で小太郎を問い質すが、彼にはさほど深く考えている様子はない。
 千草の計画が成功しようがしまいが、小太郎は西洋魔法使いと戦えればそれでよいのだ。あくまで彼は傭兵と言うことなのだろう。年の頃はネギより少し上、中学生程度だと言うのに、何ともドライである。
 いや、そうしなければ生きられない世界で生きてきたのだろう。ネギは小太郎のこれまでの人生を想い同情的な目を向けるが、小太郎にしてみれば、そんな目を向けられる事自体が理解できなかった。彼にしてみれば生きるために戦い、戦って生きる事が当然なのだ。これまでも、そしてこれからも。
「なんや、よーわからんけど…おい、ネギ!」
「な、何?」
 突然大声で呼ばれてネギは驚きの声を上げる。
 小太郎は何故か楽しそうに目を輝かせている。彼の話を聞いたネギが暗い表情になっているので、これではどちらが牢屋に閉じ込められているかが分からない。
「お前、フェイトのヤツと戦うんやろ。あいつ、相当強いと思うで」
「………」
 小太郎には今日敗北したばかりなので、ネギは何も言い返す事ができない。
「あの忍者みたいなねーちゃん、長瀬やったか? あのねーちゃんでも勝てるかどうか怪しいな」
「…そんなに強いのか」
 どこかムッとした様子のネギに対し、豪徳寺は深刻そうに小太郎の言葉を受け取っていた。
 彼は楓との実力差を思い知って凹んでいたばかりだ。その楓よりも強い者がいると言われればショックも大きいのだろう。

「ま、俺は千草のねーちゃんらが来るのを待つわ。そしたら、こんなとこはとっととオサラバや」
 そう言って小太郎は一方的に話を終わらせる。
 壁を背に目を瞑り、ネギがそれ以上何を言っても彼が返事を返すことはなかった。
 この座敷牢は確かに陰陽術により守られている。しかし、小太郎の力で破れないほどではない。
 ここに賊徒を捕らえていられるのも、総本山全体を衛士が守り、機能していてこその話だ。小太郎の態度は、千草の襲撃が始まれば、逃げることもわけないと言いたげであった。
「コタロー君、君は…っ!」
 ネギが声を荒げて呼びかけようとしたその瞬間、突如幾つもの爆音が鳴り響き、地下室全体が激しく揺れ動いた。
「な、なんだぁ!?」
「爆音…襲撃が始まったのかッ!」
 千草達が現れたに違いないと結論付けたネギ達は、慌てて階段を駆け上がっていく。それを黙って見送る小太郎は、静かにニィッと白い歯を見せて笑っていた。


 ネギ達が階段を駆け上ると、辺り一面がシンと静まり返っていた。
 これは異常だ。衛士の数が減っているとは言え、少数の歩哨は残っていたはず。何より、座敷牢に続く階段の両脇にも歩哨が立っていたはずなのに、今は影も形も見えない。
「兄貴、本殿の方が燃えてるぜっ!」
「爆発音はあれだったんだ!」
 カモが指差す先、先程ネギが詠春に親書を渡した本殿がある方の空が真っ赤に染まっている。
 衛士達もそちらに向かったのだろう。持ち場を離れてはいけないのだろうが、今は人手不足。現在座敷牢に囚われているのは小太郎一人だ、衛士達も彼をそこまで重要視していないため、本殿の方を優先したのだろう。
「行こう、ネギ君!」
「はい!」
 真っ赤に染まる空を見て、六年前の出来事を思い出し足がすくんでしまったネギであったが、豪徳寺の一言でハッと我に返る。
 あれはただの失火などではなく、千草達の襲撃に違いない。三人は大急ぎで本殿の方へと向かうのだった。


「アハハ、やっぱこのお屋敷広すぎるなー。すっかり迷っちゃったよ」
 その頃、桜子は一人、飄々と廊下を歩いていた。
 所用で部屋を出たはいいが、屋敷が広過ぎるため、完全に迷子になってしまったのだ。
 しかし、彼女の表情に困った様子はない。勘任せに右往左往しながらも、少しずつではあるが着実に自分達の部屋へと向かっている。
 しかも、慌しく駆け回る衛士達や巫女達と顔を合わせることもなく、持ち前の幸運を遺憾なく発揮していた。

「はい、とーちゃくっ! …って、あれ?」
 そんな彼女の表情が凍りついたのは、部屋に辿り着いた直後だった。
「石…像?」
 彼女の目の前に広がる光景は、乱立する石像の森。
 半開きとなった障子、中に入ってすぐのところには美砂と円そっくりの石像が、更に部屋の奥には和美の石像がある。
 桜子が慌てて隣の部屋、クラス委員長であるあやかの居る部屋へと向かうが、そちらも似たような光景が広がっていた。
「い、いいんちょ…」
 あやか、千鶴、夏美、千雨。部屋の中には見慣れたクラスメイト達そっくりの石像が並んでいる。
 やはり、こちらの部屋も向こうと同じような状況となっていた。そんな予感はしていたのだが、実際に目の当たりにしてみると、その衝撃は相当のものであった。

「桜子さ〜ん」

 言葉を失った桜子が立ち尽くしていると、彼女の耳に聞き覚えのある小さな呼び声が届いた。
「さよちゃん!?」
 そう、人形のさよの声だ。
 桜子が慌てて自分達の部屋に戻ると、和美の石像より更に奥にさよが横たわっていた。
「…!」
 石像にぶつからないように近付いた桜子は思わず息を呑む。
「桜子さん、無事だったんですね」
 そう言ってさよは力無く微笑むが、彼女の方はそれどころではない。
「さよちゃん、ボロボロじゃない!」
 さよは左腕がもげて落ち、腰から下がグシャグシャに潰されていた。何者かが踏み潰したのであろう。
「あの、この肉体は依り代だから大丈夫なんですけど、歩く事ができないんです」
「さよちゃん…そ、そうだよね。早く逃げて――いや、それより助けを呼ばないと…って、横島さんの部屋どこだっけーーーっ!?」
 相当焦っているのだろう、桜子は言っている事が支離滅裂になってきている。
「桜子さん、しっかりしてください! シネマ村で襲ってきた人達がまた来たんです。早く安全なところに逃げないと!」
「う、うん、わかった!」
 さよに言われて少しは落ち着きを取り戻した桜子は、そっと半壊したさよ人形を抱き上げると、そのまま部屋から飛び出した。
「ど、どこに行くんですか〜?」
「分かんないよ〜、とりあえず、誰か助けてくれる人のとこに…」
 どこに行けばよいか分からないまま桜子は走る。
 やがて彼女は庭へと飛び出した。直感だが、そのまま屋敷内をうろついているよりも、庭に飛び出した方が安全だと考えたのだ。


 一方、大浴場の方ではアスナ達も騒ぎに気付いて動き出していた。
「刹那さん、この音ってやっぱり…」
「おそらく、千草達の襲撃が始まったのでしょう。事ここに至ってはお嬢様だけが狙いとは限りませんが…」
「まずは着替えましょう。話はそれからです」
「そ、そうね」
 言葉を交わすアスナと刹那を制して夕映が止める。二人も自分達が一糸纏わぬ姿のままで話している事に気付き、まずは着替えようとバスタオルを身体に巻いて脱衣場へと足を進めた。
 しかし、彼女達が脱衣場へと続く扉を開くと――

「君達には少し眠っていてもらうよ」

―――そこには全身白の少年が立っていた。フェイト・アーウェルンクスだ。
「覗き! いえ、敵ね!」
 アスナが弾かれたように殴りかかろうとするが、フェイトはそれよりも早く『石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトロセオース)』、石化の魔法を放ってきた。
「魔法っ!?」
 フェイトの指先から光が放たれ、アスナは咄嗟に両手を交差して顔を庇う。光が放たれたので目を守らなければいけないと考えたのだが、この魔法はそんな甘いものではない。触れた者全てを石の骸と化す、一撃必殺の光線だ。
「何っ!?」
 しかし、今度はフェイトが驚く番だった。至近距離であったため、アスナが一身に受けるはずだった光線が、彼女に触れようとする瞬間、掻き消されるように霧散したのだ。

「え、あれ…?」
「…僕の石化魔法を抵抗(レジスト)、いや無効化した…?」
 フェイトは魔法を放った自分の手と、石像と化しているはずなのに平然としているアスナを見比べている。その目は信じられないものを見たかのようだ。
 魔法が発動しなかったわけではない。現にアスナが身体に巻いていたタオルは石と化して粉々に砕け散ってしまっている。
 アスナ自身が魔法を弾いたのだ。全ての魔法を弾くのか、それとも任意に魔法を無効化しているのか、今の時点でそれを判断する術はフェイトにはない。それでも、彼は表情を変えなかった。
「それならそれで、やりようはある」
 たとえアスナが魔法を無効化しようとも、彼女を殺す手段はいくらでもあるからだ。
 例えばこうだ。フェイトは澱みない動きで構えを取ると、その拳に魔力を込めて腹に一撃。強い衝撃にアスナは肺の中の息をほとんど吐き出してしまい、彼女は後方へと吹き飛ばされてしまった。
 そのままの勢いで浴槽に叩き込まれてしまうアスナ。急なことであったため鼻に水が入ってしまい、咄嗟に起き上がる事ができない。
「こうすれば、どうしようもないだろ?」
 続けてフェイトは魔法の詠唱を始める。
 アスナに魔法が効かなくとも、彼女の触れる全てに魔法が効かないわけではないのだ。
 人が沈んだ状態で浴槽の水面を石化して固めてしまえば、中の人が一体どうなるのか――言うまでもない、水面下にお湯が残っていれば溺死、水面下全てが石にされてしまえば窒息死するしかない。
「アスナさん!」
「アスナ殿!」
 刹那の『夕凪』も楓の武器も脱衣場にあるため、それぞれ徒手空拳でフェイトに立ち向かおうするが、それよりも早く一つの影がアスナを助けるために飛び込んで来た。

「ヨコシマンキィーック!!」

 ただし、窓から。

 見事なまでの奇襲であった。身を守る間もなく横島の靴の底がフェイトの顔面に突き刺さる。
「ケホッ、よ、横島さん!」
 古菲に助け起こされたアスナが咳き込みながら横島の名を呼ぶ。
 すると横島はチラリと彼女の方へと視線を向け―――

「煩悩全開ッ!!」

―――髪の毛を逆立てるような勢いで、霊力の奔流を迸らせた。
 シネマ村の戦いで霊力を消費させ、疲れ切っていたはずなのだが、今の彼は霊力に満ち溢れている。あまりにもな霊圧に、フェイトも思わず気圧されてしまう程だ。
「…そうか、そちらにはGSが一人ついていると聞いていたが、君がそうなのか。僕の顔を足蹴にするとはね…万死に値するよ」
「こっちも知ってるぜ、大阪を襲ったのはお前…って何いぃぃぃっ!?
 フェイトは忌々しげに横島を睨む姿さえも様になっている。横島も対抗して格好付けてみようとするが、白い少年の顔を見た瞬間、そんな目論見が全てが吹き飛んでしまい、間抜け面で大口を開けて叫んでしまっていた。

「て、てててめぇは、スティーブっ!」
「! …その名はとうに捨てたよ。僕の名はフェイト、フェイト・アーウェルンクスさ!」

 刹那はその名を聞き、ハッと気付いてフェイトの顔をまじまじと見る。
 先程は不意打ちを食らったために気付けなかったが、言われてみれば確かに、その白い少年は麻帆良学園都市内の幽霊屋敷、その地下室で出会ったスティーブと瓜二つであった。いや、同一人物と言ってしまっても良い。
 もし、目の前にいるのが幽霊屋敷の地下に居たスティーブと同じであるとすれば、フェイトと名乗る少年には一切の攻撃が効かない事となる。
「…まてよ、今のキック、効いたよな?」
 しかし、先程のヨコシマンキックは確かにフェイトの顔面を捉え、ダメージを受けた彼は呪文の詠唱を中断した。つまり、今の彼には攻撃が通用すると言うことだ。
「もしかしてお前――本体か?」
「…それは、自分で確かめてみるといい」
 横島としては核心を突いたつもりだったが、フェイトは表情も変えずにその問いに答えた。ただし、内容ははぐらかして。
 なかなかに手強い。横島は額に冷や汗を一筋垂らしている。
 幽霊屋敷の地下室、正確には水晶球内の城での戦いにおいて、横島達はスティーブに圧倒されていた。相手に攻撃が通用しなかったと言うのもあるが、それ以上に彼の使う魔法が強力なのだ。もし、ここで広範囲に石化の煙を撒き散らす魔法、『石の息吹(プノエー・ペトラス)』を使われてしまっては、防ぎようがない。
 何とかして自分のペースに引き込みたいところなのだが、そもそも目の前の少年は会話に乗ってこないのだ。
 周囲をあられもない姿の女生徒達に囲まれて霊力だけは全開状態であるが、このまま戦闘に突入すればここにいる全員を守り切る事はできないだろう。
 そして、それはフェイトにとっても同じであった。
 魔法を使おうにも、目の前に居る横島と言う男は、自分の魔法障壁を貫くだけの力を持っている。詠唱を始めれば、その瞬間に攻撃を仕掛けてきてそれを妨害するだろう。
 木乃香を攫うためにここまで来たはいいが、目の前の横島をどうにかしなければ何もする事ができない。

「…仕方ないね。まずは君からだ」
 先にじれたのはフェイトであった。
 スッと右手を前に突き出し、魔法の詠唱が始まると横島が身構えた瞬間。何の前振りもなく『魔法の射手(サギタ・マギカ)』が撃ち出され、横島はギリギリの回避でそれを避ける。
「てめ、ずっこいぞ! 呪文省略すんなよ!」
「『無詠唱魔法』と言うんだよ。そのシワの少なそうな脳みそに刻み込んでおくといい」
 体勢を立て直した横島が、思わずフェイトに向けて文句を言うが、その間に彼は横島の脇を通り過ぎて、木乃香を守る刹那へと肉薄していた。
「お嬢様、下がってください!」
 刹那は木乃香を背に庇い、フェイトの攻撃を受け止める。この少年、西洋魔法使いのはずなのだが、格闘技だけでも相当の強さを持っているようだ。幽霊屋敷のスティーブと戦った経験から、魔法しか使ってこないと考えていた刹那は、不意を突かれて防戦一方を強いられている。
「って、コラ! お前の相手は俺だろーが!」
「君の都合に付き合う理由はない」
 そう言いつつ横島は握り拳の中に文珠を出して攻撃するタイミングを探るが、刹那に肉薄して攻撃を繰り返すフェイトは全く隙を見せない。
 何とかして隙を作らねばと横島が考えていると、真横から助け船が飛び込んできた。
「横槍御免ネ!」
 古菲だ。アスナを助け起こした彼女は、タオルがなくなって身動きの取れない彼女を風香と史伽に任せて、自らはフェイトの背中目掛けて飛び蹴りを食らわさんと飛び込んだのだ。
「チッ…おとなしくしてればいいものを」
 これにより戦いの攻防は一転した。刹那と古菲により前後から攻められてフェイトは防戦に回る。
 あと少し、あと少しだけフェイトの動きの止める事ができれば文珠を叩き込む事ができる。横島がそのタイミングを計っていると、突然フェイトの足がピタリと止まった。
「! こ、これは…!?」
 驚愕の表情をしたフェイトが足元を見てみると、やけに長い胴で珍妙な姿をした一見ヘビにも似た何かが彼の右足に絡みついていた。

「そいつは頑丈だよ〜、十秒ももたないけどね♪」

 声のする方にバッと振り返ると、そこにはいつの間にか脱衣場に入り、アーティファクトを発動させたハルナの姿があった。その隣には楓の姿がある。フェイトが刹那、正確には木乃香の方に向かった隙に楓の力を借りて脱衣場へと駆け抜けたのだろう。そう、フェイトの足に絡みついているのは、彼女が出現させた簡易ゴーレムだ。
「貴様ァアァァァッ!!」
 叫ぶフェイト。しかし、その数秒が命取りだった。
「これでも食らうアル!」
「余所見している暇はないぞ、スティーブ!」
「僕をその名で呼ぶなァーッ!!」
 足元を目を向けた隙に、二人の拳がスティーブに突き刺さった。
 咄嗟に拳を障壁で防ぐが、その衝撃により更に数秒、フェイトの動きが止まる。
「よしっ! 二人ともどけーーーっ!」
 そして響き渡る横島の声。古菲は身を翻して飛び退き、刹那は木乃香を抱き上げてフェイトから距離を取る。
 次の瞬間、横島はフェイトに文珠を叩き込んだ。込められた文字は『凍』、ある程度の範囲を一時的に絶対零度近くまで下げる事ができる。彼が使用する文字の中でも文字通り相手を滅ぼす『滅』の文字と並んで特に攻撃的な文字だ。
 フェイトが共に修行した仲間を殺害し逃亡した事や、禁術に手を染め最早人間とは呼べない存在である事を学園長から聞き及んでいる。目の前にいるのは、ある意味魔族よりも危険な存在だと、横島も躊躇せずに攻撃した。
 文珠が発動し、全てを凍てつかせる冷気がフェイトに襲い掛かる。
「―――ッ!」
 悲鳴を上げる間もなくフェイトの身体は凍りつき――そして、砕け散った。

「や…やったの?」
「た、多分、な。それより、ありがとう、ハルナちゃん。助かったよ………って、グハァッ!!
「どういたしまして〜…って、横島さーん!?」
 ようやく一安心といったところで、機転を利かせてくれたハルナに礼を言おうとした横島だったが、次の瞬間、豪快に鼻血を噴き出して倒れ込んでしまった。
 霊力が回復するのはいいが、回復させ過ぎて限界を突破してしまったらしい。
「…ハルナ、とりあえず服着るです」
 呆れたような夕映のツっこみに、ハルナはようやく自分がどういう格好をしているかを思い出す。
 脱衣場に飛び出したハルナはすぐさまアーティファクトを発動させた。
 勿論、服を着る間などなかった。今身に着けているのは、アーティファクトのベレー帽とエプロンのような前掛けのみ。つまりはそういう事だ。
 横島は残された力を振り絞り血文字を残そうとしたが、途中で力尽きてしまう。
 彼の指差す先にはただ一言、「はだエプ」と言う言葉だけが残されていた。


 アスナ達が横島を助け起こし、目を覚ました横島が再び鼻血を噴き出して気絶。慌てて着替え始めた頃、ネギ達は炎上する本殿に辿り着いていた。
「これ、これは…」
「おい、あそこに誰か…あれは長だ!」
 豪徳寺が指差す先、半壊した扉の影に一つの人影があった。詠春だ。
 急いで駆け寄ったネギ達は、苦しそうに呻き声を上げる詠春の姿を見て息を呑む。
「こ、これは…」
「石に、なっているのか…?」
 なんと、詠春は既に腰の辺りまで石と化していたのだ。
 その姿を見て六年前を思い出したネギは、顔面が蒼白になってしまっている。
「申し訳ない…本山の守護結界をいささか過信していたようですね。大戦が終結して二十年…私も衰えていたようです」
「長、一体何が…」
 豪徳寺が長を助け起こそうとするが、それを詠春は手で制する。
 もはや完全に石化するのは時間の問題だ。今すべき事は、できる限りの情報をネギに伝える事。詠春はそのために最後の力を振り絞る。
「ネギ君、千草達の目的が分かりました…」
「え…?」
「いえ、正確には千草の陰に潜む者の目的と言うべきでしょうか。まさか、あの者が再び現れるとは…」
「あの者? あの者って一体誰なんですか!?」
 ネギは詠春の肩を掴もうとするが、逆にその手を詠春が掴んだ。その血色の悪い手は更に白くなっている。
「二十年前に終結した東西の大戦…それが始まった原因は知っていますか?」
 詠春の問いにビクッと震えるネギ。震える自分を奮い立たせ、それからネギはコクリと頷いた。
 その瞬間、詠春の腕からふっと力が抜けていく。肩の辺りまで石化してしまったのだ。
「ネギ君…白い少年、フェイト・アーウェルンクスには気を付けなさい。格の違う相手だ」
「白い少年…フェイト?」

「彼は…大戦が始まった原因、総本山を襲撃した魔法使い、張本人なのですから…」

「ッ!!」
 ネギの瞳が驚きに見開かれる。
 詠春の首、そして顎のあたりまで石と化す。最早時間が無い。
「ネギ君、封印の…祭壇へ。フェイトの目的は、リョウメン…スクナ……あの時も、そうだった」
「長さん!」
「学園長へ…連絡を…。すまない、後を、頼み…ま…す…」
 その言葉を最後に、詠春は完全に全身が石と化してしまった。
 肩に触れている手の体温も、間もなく冷めていってしまうだろう。

「………長さん」
 詠春の言葉によれば、東西の大戦を巻き起こした者が、千草達を隠れ蓑に再び同じ事をしようとしているのだ。決して許せるものではない。
「ネギ君…」
「行きましょう、豪徳寺さん」
 しばらく無言で立ち尽くしていたネギだったが、やがて小さな身体で力強く立ち上がる。
 その瞳には、小さいながらも、確かな決意を秘めた炎が宿っていた。


 一方、大浴場の方では、横島がようやく復活を果たしていた。
 出血量は相当のものだったが、その分霊力は漲っていたらしく、想像以上に早い復活である。
「横島さん、これからどうしましょうか?」
「…こうなったら、一旦脱出して――」
 「大阪に行った衛士達が戻るのを待とう」と言おうとしたその時、突然浴場の方からお湯が溢れ出し、木乃香の身体を包み、引きずり込んでしまった。
 悲鳴を上げる間もない、一瞬の出来事だ。
「お嬢様!」
 刹那は『夕凪』を手に浴場に駆け込む。
 すると、彼女の目の前には粉々に砕け散ったはずのフェイト・アーウェルンクスが、何事もなかったかのように無傷で立っていた。
「き、貴様はっ!」
「ぬか喜びだったね…あれは水で作った分身なんだよ」
 つまり、横島が倒したのは本体ではなかったと言うことだ。
 そうしている間に、フェイトの背後では浴槽の水面から盛り上がった水の塊が木乃香を飲み込んでいく。
「せ、せっちゃん…」
「こ、このちゃん……貴様ァ! お嬢様を離せぇッ!!」
 激昂した刹那が渾身の力を込めてフェイトに斬り掛かる。
 しかし、フェイトはそれを避けようとも、防ごうともせずに、無防備にその一撃を受けた。
 宙を舞う右腕、しかし、血飛沫は全く飛ばない。傷口からも血は一滴も流れ出ていない。見ると、斬り飛ばされて床に落ちた右腕が溶けるようにして消えていった。目の前にいるフェイトも水で作られた分身なのだ。

「そして、これが…水を利用した『扉(ゲート)』の魔法だ」

 その言葉を発した瞬間、フェイトの身体はパシャッと音と立ててただの水に戻り、同時に木乃香を包んだ水の塊も潜るように浴槽へと消えた。

「あ、ああ…! 私がっ、私がついていながら…っ!」
「落ち着け、刹那ちゃん!」

 すぐにアスナと古菲が駆け寄って覗き込むが、当然、浴槽の中には木乃香の姿はない。
 刹那の悲痛な叫び声が響き渡る。事ここに至って、近衛木乃香の身柄は、遂に千草達に奪われてしまったのだ。



つづく



あとがき
 色々と原作との差異が広がりつつあります。
 修学旅行編もいよいよクライマックスに突入しました。
 『見習GSアスナ』の修学旅行編がどういう結末を迎えるか、もうしばらくお待ち下さい。

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