topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.32
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「桜子さ〜ん、なんか周りが木しか見えないんだけど〜」
「んー…こっちかな?」
 総本山の屋敷の騒ぎを避けて庭園に飛び出した桜子とさよは、森の中を彷徨っていた。
 庭園と言ってもかなりの広さがあり、下手をすれば遭難してしまいそうであったが、桜子はそんな事など気にも留めず能天気に茂みをかき分けて突き進んでいく。
「大丈夫なんですかぁ〜?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
 あてなどないはずなのに何故か自信満々の桜子、何も考えていないだけかも知れない。
 悠々と歩を進める事しばし、やがて二人は森を抜け―――

「…あれ? あれれ?」

―――そして、ある者達と出会った。



 桜子の能天気さとは裏腹に風雲急を告げる関西呪術協会総本山、ネギ達はフェイトことスティーブを探して屋敷を飛び出したところで、同じくスティーブを探す横島達を発見していた。
 横島は鼻血を流しすぎたために血の気の失せた顔をしていたが、霊力だけは必要以上に漲っているため妙に元気だ。刹那も血の気が失せるを通り越して顔面蒼白になっているが、こちらも怒りに満ちて気力だけは充実しまくっている。何とも危険な二人であった。
「ええー! 木乃香さんが攫われちゃったんですか!?」
「ああ、スティーブの野郎に…」
「スティーブ?」
 フェイト・アーウェルンクスと言う名しか知らないネギは疑問符を浮かべ、横島はフェイトと名乗る白い少年魔法使いが、元々は麻帆良学園長、近衛近右衛門の弟子、スティーブ・ファー・アークィンである事と、彼が兄弟弟子を禁術のために殺害して麻帆良学園から姿を消した事を告げる。
「そ、そんな、共に学んだ仲間を殺すなんて…」
「ぶっちゃけるが、あんにゃろはほとんど無敵だ。攻撃が効いたり効かなかったり、倒しても分身だったり」
 それを聞いたネギは驚きながらも、フェイトと名乗るスティーブこそが二十年前に終結した東西の大戦の発端、関西呪術協会を襲撃した張本人である事を横島達に伝えた。
「…て、事はアレか? ヤツが東西のいさかいの原因を作ったと?」
 横島は呆れた顔をしているが、実際はそれだけで済む話ではない。
 スティーブが麻帆良学園都市に居た頃も、魔法界の情報公開が検討されていたのだ。まだ麻帆良学園の一教師であり、魔法先生であった若き日の近衛近右衛門が中心となって魔法界に働きかけていた。スティーブ達一般人を魔法使いに育てようとしていたのも、その一環である。
 だが、情報公開も目前に迫った時期に、近右衛門達の計画を一瞬にして瓦解させる大事件が起こった。スティーブによる兄弟弟子の殺害だ。
 直後に彼は麻帆良学園都市から行方を眩ませたが、その地から姿を消したのは彼だけではなかった。
 当時の麻帆良学園都市で教鞭を振るっていた魔法先生のほとんどが、やはり人間達とは共存できないと魔法界に帰ってしまったのだ。これにより近右衛門達の計画は事実上の凍結。再び事態が動き出すには、魔王≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスの降臨を待たねばならなかった。それにより神魔界がデタントの動きを加速させ、魔法界にもこのままでは取り残されると言う危機感が募るまで、なんと数十年の時を要する事となる。
 それがスティーブの狙いであったかどうかは定かではないが、彼が人間界と魔法界の交流を妨げた事は確かなのだ。

「長さんが言ってました。スティーブが総本山を襲撃した目的は、ここに封印されている『リョウメンスクナ』だったと。今回も同じに違いないって」
「『リョウメンスクナ』?」
「私も詳しくは知りませんが…二十年前の大戦終結直前に一度復活したと、神鳴流の仲間から聞いた事がありますね」
「飛騨の大鬼神ですね。上古、仁徳天皇の御世に、朝廷に背いて民衆を苦しめていたとされる鬼です」
 刹那の説明を夕映が引き継ぐ。
 漢字で書くと『両面宿儺』、身の丈は一八丈、動きは俊敏で怪力。身体は一つで背き合う二つの顔を持つが、頭頂は一つ。四本の腕、四本の足を持ち、それぞれの腕で剣、弓を振るっていたとされる。
 朝廷より派遣された建振熊命(たけふるくまのみこと)により退治されたが、倒し切る事が出来ずに、身体を分断して何箇所にも分けて封印したらしい。
 そんな『両面宿儺』だが、飛騨国、美濃国では英雄、恩人と考えられ、信仰の対象となっているそうだ。飛騨国に仏教を伝えたとされており、『両面宿儺』を開基としている寺も存在する。
 かなり強力な大妖怪である事は間違いないが、日本神話を代表する神妖の一柱と言っても過言ではあるまい。

 ネギが詠春から聞いた話によれば、この時に『両面宿儺』を復活させたのはスティーブだとの事だ。
 この時は、ネギの父『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』や詠春達の手により再封印されている。

「刹那、その何たらスクナとやらが封印されてる場所は分かるアルか?」
「分かります、庭園の奥に封印の祭壇があります!」
 言うやいなや刹那は先頭に立って駆け出した。
 ネギ達一同もそれに続き、木々を掻き分けて駆け抜けて行く。
 刹那が物凄いスピードなので、こちらはついて行くので精一杯だ。

「だが、その『両面宿儺』とやらが目的なら、何故わざわざ木乃香の嬢ちゃんを攫ったんだ? 直接封印の祭壇とやらに行った方が早いだろうに」
「あまり考えたくはござらんが…」
 走りながら息も絶え絶えに疑問を口にする豪徳寺に対し、息切れした様子もない楓が眉を顰めながら答えた。
「封印された大妖怪を復活させるために代償が必要と言うのは、よくある話でござるよ」
「! そ、それってまさか…」
 楓の言葉にのどかが目を見開いて息を呑む。『代償』と言う言葉から連想されるもの――『生贄』と言う言葉が頭をよぎる。
 木乃香は関西呪術協会の長の娘、言うなればお姫様だ。お姫様を生贄に強大な何かを召喚するなど、よくある話ではないか。あくまで、のどかが好んでよく読む小説の中での話だが。

 ここで刹那のスピードが更に上がった。
 木乃香を求めて猛進する彼女のスピードについて来れないのではと思われたのどかと夕映、そしてハルナであったが、ここでもハルナが意外な活躍を見せていた。
 ネギと横島が話している間にサラサラッと筆を走らせていたハルナ。刹那が駆け出す頃には馬とバイクを足して二で割ったような形状をした移動用のゴーレムの完成である。
 短時間で描いたため、細部の装飾にまで拘る事はできなかったが、ホバー機能を備えたなかなか高性能なゴーレムだ。持続時間が心配だが、今はハルナが一番前に跨り、真ん中に夕映、一番後ろにのどかが乗って、三人乗りで一行を追い掛けていた。

「すっげー! さっすが、ヨコシマーン!」
「あぶぶぶ、早過ぎですー!」
 のどか達と同じく、一行のスピードについて来れそうもない風香と史伽の二人だが、こちらは横島が両肩に座らせる形で担ぎ上げて運んでいた。
 日常生活では体験できないスピードに風香は嬉しそうにはしゃいでいるが、史伽の方はやはり怖いらしく、真横にある横島の頭を力一杯抱き締めてしがみついている。

 彼女達二人だけでなく、戦う術を持たないのどか達も、屋敷の方で待たせておいた方が良かったのかも知れない。
 しかし、スティーブに分身と言う手段がある以上、側に居た方が安全だろうと言うことで、彼女達も同行していた。
「…って言うか、横島さんスゴイですね。何で二人担いで、そのスピードで走れるんですか?」
 毎日のように妙神山を登り降りしていた経験は伊達ではないと言う事であろう。

「…げっ! ゴーレムがもうもたない…!?」
 もう少しで森から抜け出せそうと言うその時、ハルナ達の乗るゴーレムが煙を吹きながら、徐々にスピードを落とし始めた。
 そのまま静かに止まってくれれば良いのだが、限界ギリギリまで走らせようとしたため、ゴーレムはガクガクと大きく揺れ動いてしまう。
「げっ…!」
 それに気付いた横島が視線を向けると、三人は今にもゴーレムから放り出されてしまいそうだ。
「ここは拙者が!」
「俺も手を貸すぞ。ネギ達はそのまま突っ走れ! 俺達もすぐに後を追う!」
「は、はい!」
 少し前を進んでいた楓がすぐさま身を翻し、ハルナ達を受け止める体勢に入る。
 続けて横島も一人で三人を受け止めるのは厳しいだろうと足を止めた。
「風香ちゃんもちゃんと捕まって! 手、離すよ!」
「はーい!」
 史伽の方はしっかりと横島に捕まっていたので、すぐに彼女を支える手を離す事ができるが、風香の方はそうはいかない。横島が声を掛けると、風香はすぐさま嬉しそうにぎゅっと横島にしがみ付いた。
「あ〜! もうダメっ!」
 ハルナのその言葉と同時にゴーレムが霞のように散って消える。
 直前までスピードを出して走っていたので、三人はその勢いのままに放り出されてしまった。
「きゃーっ!」
「ほいほい、大丈夫でござるよ」
 まずはハルナとのどかを、楓がそれぞれ片手で受け止める。
 ウェイトの差か、夕映は思った以上に勢い良く飛んでしまい、横島は鳴滝姉妹を肩の上に乗せたままその着地地点へと駆けつけた。
「よォーし、ナイスキャッチ!」
「ど、どうもです…」
 夕映にダメージが行かないように、横島は包み込むようにして柔らかく受け止める。
 思っていた以上に少ない衝撃に、夕映は安堵の溜め息を漏らす。しかし、次の瞬間にその表情が固まった。
「よし、このまま行くぞ!」
「了解!」
「って、えっ、横島さーーーんっ!?」
 なんと、横島は夕映を横抱きに抱き上げたまま走り出したのだ。
 いかにハルナでも今すぐに次のゴーレムを描き上げる事はできないのだから、こうするしか横島達がネギ達に追い付く方法はない。それは夕映にも理解できる。
「ゆえっち、いいなー」
「お姫さまだっこですー」
「い、言わないでください!」
 しかし、恥ずかしい事には変わりなかった。
「ゆえゆえ〜、私もだから〜」
「大きな違いがあります!」
 見れば、のどかも同じく横抱きの体勢のまま運ばれている。ハルナは楓の背に背負われる形だ。
 とは言え、男に抱きかかえられるのと女にされるのでは大きく違う。夕映は間髪入れずにのどかの言葉を否定するが、それで横島が止まるはずもない。

「くぅー、こっちに来たのは鳴滝4号かーっ! どうせなら、ハルナちゃんが良かったなー!」

 乙女のプライドに掛けて、夕映は抱きかかえられたまま、渾身のアッパーを横島のアゴに炸裂させるのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.32


「おおっ! や、やるやないか、新入り! どうやって本山の結界を抜いたんや!?」
 スティーブが攫ってきた木乃香の姿を見た千草の顔にまず浮かんだのは、喜びではなく驚きであった。
 関西呪術協会総本山を守る結界は破ることができない。それが彼女にとっての常識だったからだ。
 興奮気味の千草とは裏腹にスティーブは黙して語らなかった。
 種を明かせば、彼は数日前から総本山の結界を破る準備を整えていたのだ。京都駅、シネマ村、どちらの戦いにも姿を現さなかったのはそのためである。最初から、スティーブが千草達を囮にしていたと言い換えてもいいだろう。
「ん゛ー! ん゛ー!」
「安心しなはれ、お嬢様。痛いことはなぁんもしまへんから」
 千草の口調は優しいが、目が笑っていない。
 『猿鬼(エンキ)』に捕まっている状態の木乃香は何とか逃れようとするが、手足を縛られ身じろぎ一つできない。口は札を貼られて防がれており、助けを呼ぶ事すらできなかった。

「あとは、あの場所まで行けばいいんだね?」
「ああ、そうや。しかし、新入りも悪知恵が働きよるなぁ。人質であるお嬢様の力で大鬼神を味方につける、陰陽師は二十年前の一件以来、アレを忘れよう、忘れようとしてたから、ウチらでは思い付かんかったわ」
「………」
 褒める千草に対し、スティーブは無言のままフイッとアゴで先に進もうと促す。その素っ気無い態度に千草は「可愛くないやっちゃなぁ」とこぼしながらも、確かにのんびりしている暇は無いと思い直して先を急ぐ事にする。
「そこまでだ、天ヶ崎千草! お嬢様を離せッ!!」
 刹那が千草に追い着いたのは、丁度その時であった。
 千草にとって彼女は幾度となく邪魔をしてくれた忌々しい存在ではあったが、そんな心中などおくびにも出さずに勝ち誇った笑みを浮かべて向き直る。
 今の千草には、それだけの余裕があった。
「…また、あんたらか」
「お嬢様を人質に取ろうとも、明日には衛士達も戻り、援軍も駆けつけるぞ! 無駄な抵抗はやめて投降するがいい!」
 本音を言えば今すぐにでも斬り掛かりたいのだが、木乃香を人質に取られているためそうもいかない。
 とりあえず投降を呼びかけてみるが、案の定千草はニヤニヤと哂うばかりだ。
「よしっ、追い着いたぜ!」
「コラ、そこの猿! 木乃香を離しなさいっ!」
 だが、それで良いのだ。刹那の目的は後続のネギ達が到着するまでの時間を稼ぐこと。千草は次々と現れるネギ達の姿を見て眉を顰める。
 刹那一人ならば月詠を呼び寄せれば事足りるが、この人数となるとそうもいかない。
 スティーブが仕方ないね、と溜め息をつきながら前に出ようとするが、千草はそれを手で制する。
「…?」
「新入りは下がっとき、ここは『お嬢様の力』を見てみようやないか」
 そう言って千草は襟を大胆に開いた着物の胸元から一枚の札を取り出した。
「それは…?」
「なに、ちょっとした反則技や」
 その正体を問うスティーブに対し、千草は笑みを浮かべて答えをはぐらかした。
 それは表の陰陽寮には伝えられていない禁術の一つで、限界を超えて霊力を引き出す効果がある。
 言葉で言えば簡単だが、そもそも霊力と言うものは『魂』と言う名の器を満たす『生命力』を指す。その器から溢れ出た『生命力』を活用する事ができる者達の事を『霊能力者』と呼ぶのだ。
 千草が手にする札は、この『魂』から無理矢理霊力を引き出す力がある。
 かつては霊力を扱えない者を目覚めさせるためにも使われていたと伝えられているが、限界を超えて霊力を引き出すと言う事は、生命を吸い取るのと同意だ。
 つまり、この札を使い続けると、『生命力』が枯渇した時点で使用者は死に至る。
 それこそが、この札が禁術として扱われる所以であった。

「オン・キリ・キリ・ヴァジャラ・ウーンハッタ…」

 禁術の札を木乃香の胸元に貼り付け、千草は奉献供養の真言を唱える。
 すると、札の力により木乃香から無理矢理霊力が引き出され、彼女の身体が淡く光を放ち始めた。
 アスナは勿論のこと、古菲や豪徳寺の目にも、はっきりとその光は映っている。それだけ強力な力だと言う事だ。
「お嬢様!」
「木乃香さん!」
 千草の詠唱を止めるべく刹那は飛び掛ろうとするが、両者の間に大きな影が立ちはだかり、それも叶わなかった。
 その大きな影の正体は、額に大きな角を生やした巨躯の鬼。それを皮切りに、刹那達の周囲に次々と妖怪達が召喚されていく。そう、千草は木乃香の中で眠っていた強大な霊力を利用して、大規模な召喚術を行使したのだ。
「こ、こんなのアリか!?」
「アイヤー、シネマ村で見たのとは、感じが違うアルな!」
 瞬く間に周囲に十重二十重と連なった鬼達の壁が出来上がり、流石の豪徳寺も驚きに目を見開いて素っ頓狂な声を上げる。
「ふふふ、これこそが真の『百鬼夜行』っつーやっちゃ。あんたらは、その鬼どもと遊んでてもらおうか」
 そう言い残し、千草達は刹那達に背を向けて飛び去って行ってしまった。
 後を追おうにも、周囲の鬼達が邪魔で、どうする事もできない。
 千草は『百鬼』と言っていたが、百や二百では済みそうにもない。鬼を始めとする様々な妖怪達が雲霞の如くひしめき合っていた。
「クッ、どうする? 早く追わないと不味いぞ!」
「分かってる、分かってる! 今、考えてる!」
 どんどん小さくなっていく千草達の背を見て豪徳寺は焦りの声を上げる。
 その肩の上では、カモがアゴに手を当てて考えている。
 一刻も早く千草達を追わねばならないが、『百鬼夜行』がそう簡単に逃がしてくれるとは思えない。それを防ぐには、千草達を追う者と、ここで鬼達を防ぐ者、限られた戦力を二分するしかない。
「…ダメだっ、戦力が足りねぇ!」
 頭を抱えて身悶えるオコジョ妖精。なかなかにシュールな光景だが、カモは真剣そのものである。
 現在遅れている横島と楓が合流したとしても戦力が足りない。いや、戦力があったとしても、下手に千草を追い詰めると、それだけ木乃香の身が危険となるだろう。人質として首元に刃物を突き付けられる――ではなく、千草はいざとなれば何度でも『百鬼夜行』を召喚する事ができるのだ。木乃香が生きている限り。
 となると、猛スピードで強襲し、一気に木乃香を奪還するのが望ましい。しかし、現在のところ、それだけのスピードを出せるのは杖に乗って空を飛ぶ事ができるネギしかいないのだ。

「皆、よく聞いてくれ!」
 カモが声を張り上げ、皆の視線が豪徳寺の肩の上に居るカモに集まる。
 『百鬼夜行』達は、すぐさま攻撃を仕掛けてくる気はないらしく、遠巻きにこちらの出方を窺っている。だが、いつまでも待っていてくれると言う保証があるわけではないので、カモは手短に話を進める事にした。
「俺達の目的はあくまで木乃香の姐さんを助けることだ、無理に連中と戦う必要はねぇ! 兄貴一人なら、杖でぶっ飛んで行ける!」
「…なるほど、一撃離脱で木乃香を奪取するアルな」
「となると、ネギ先生が飛び出すためにも、敵陣に大穴を開ける必要がありますね」
 神鳴流の技ならば、それも不可能ではない。
 刹那が『夕凪』を抜いて前に出ようとすると、それを遮るようにして真剣な表情をした豪徳寺が前に出た。
「…ここは、俺に任せてもらおうか」
「豪徳寺さん?」
 できるわけがない、と言おうとした刹那であったが、それより先に豪徳寺は仮契約(パクティオー)カードを取り出して、下駄型のアーティファクト、『金鷹(カナタカ)』を出現させる。
 いつもならば靴と履き替えるところを、何を思ったのか、豪徳寺は光と共に現れたそれを手に持った。
「小太郎君に負けた時から考えていた。『金鷹』には、別の使い方もあるんじゃないか…ってな」
 そう言って『金鷹』を手にした両手を前に突き出す。足に履かなくても『装着』している事にはなるらしい。『金鷹』の効果により、豪徳寺の纏う気が一気に膨れ上がる。

 彼は気の使い手であり、超必殺『漢魂』と言う気の塊を撃ち出す技を持っている。

 一方、『金鷹』は、裏から気をバーニアのように噴出し、ロケットのように飛べると言う特性がある。

 豪徳寺はずっと考えていた、小太郎に勝つにはどうすれば良いのか。ネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として、裏の世界で戦う戦士となるにはどうすれば良いのか。
 そして、一つの疑問、いや『解答』に辿り着いたのだ。

 超必殺『漢魂』とアーティファクト『金鷹』を組み合わせれば、一体どうなるのか。

「ウオォォォォォッ!
 超必殺『漢気光線』ッ!!」


 カモは言っていた。『金鷹』により増幅された気を、どう使うかが大事なのだと。
 これが、その答えだ。
 大柄な豪徳寺の身体を軽々と飛ばす気のバーニアが、更に威力を高めて両手の下駄から撃ち出される。それはもはや気の塊ではなく光線、大口径のビーム砲だ。
 遠巻きにこちらの様子を窺っていた鬼達には、不意打ち気味に撃ち込まれたそれを避ける術はなく、二十近い鬼達が『漢気光線』に飲み込まれていく。
「兄貴、今だぜ!」
「う、うん! 行ってきますっ!」
 カモがネギの肩に飛び乗り合図を送る。
 今、彼等の目の前に広がっているのは、『漢気光線』により風穴を開けられた敵陣だ。ネギはこのチャンスを逃さずにその穴を抜け、千草目掛けて飛び立って行った。

「よし、やったぞ…!」
「それじゃ、私達は残りの鬼を片付けましょ!」
 アスナが『ハマノツルギ』を手に一歩前に出る。顔が上気しており、妙にハイテンションだ。
 豪徳寺の活躍に見惚れた――訳ではない。
 屋敷の方に居た時からなのだが、仮契約カードを通して送られてくる霊力が増えている。普段の霊力を送り込む修行の時から、横島の霊力を受けて心地良さそうに頬を染めていたアスナの事だ。その時以上の霊力を送り込まれて平静でいられるはずがない。
 実は、横島は意識してアスナに霊力を送っているのではなく、霊力中枢(チャクラ)が通っている部位、具体的には眉間のバンダナの中に仮契約カードを仕込む事により、自分が霊力を使うと同時にアスナにも自動的に霊力が送られるようにしている。
 そう、横島が覗きをする事により、煩悩によって霊力が増幅。その影響をアスナも受けているのだ。
「いや〜、気持ち良いって言うか、ハイって言うか…」
 ユラリ、ユラリと一歩ずつ前に出るアスナ。その尋常でない様子に周囲の鬼だけでなく、古菲達も一歩下がる。
「今なら、全然負ける気がしないわ〜。横島さんが守ってくれるもの
 ニタリと笑うアスナの表情は『恋する乙女』にはほど遠いものであったが、妙な妖艶さが漂っていた。
「それじゃ、行くわよー!」
 アスナが手近な鬼達を薙ぎ払うと、召喚された者であるため三鬼が『ハマノツルギ』の力で送り還される。
 その一撃が皮切りとなって、アスナ達と『百鬼夜行』との戦いの火蓋が切って落とされた。


 一方、原因である横島がどうしているかと言うと―――

「…横島殿、おしりの辺りにみょーな視線を感じるのでござるが」
「気のせいだっ!」
「なんだかなー」

―――先行する楓と、彼女に背負われるハルナの尻を視界に納めながら、相変わらず風香、史伽を両肩に、夕映を抱きかかえたまま走り続けていた。
 全速力で走りながら霊力を回復すると言う横島にしかできない荒業。アスナへの霊力供給は絶賛増量中である。

「む、止まるでござるよ!」
 森の中を突き進む一行が、あと少しで森を抜けられる位置に至ったところで、楓が先程までとは打って変わって鋭い声で横島を止めた。
 見ると茂みの向こうに無数の鬼達の背が見える。千草の召喚した『百鬼夜行』だ。
「うわっ…むぐぅ!」
 声を上げようとしたハルナの口を、のどかが慌てて押さえる。ここで声を出してしまえば、鬼達に見つかってしまうだろう。
「シネマ村のと比べて本格的やのー」
「どうするでござるか? ここから拙者と横島殿で奇襲を掛ける事もできるが…」
「いや、それよりあれを見ろ」
 横島が指差す先に目を凝らして見ると、空に小さな何かが見える。
 かなり遠くではあるが、杖に跨って飛ぶネギだ。
「あれは…ネギ坊主でござるか?」
「やっぱ、楓ちゃんもそう見える?」
「妖怪達に足止めされたゆえ、空を飛べるネギ坊主だけが連中を追ったと…」
「多分」
「「うーむ」」
 ここで二人は言葉を止めて考える。
 はっきり言って、追う側、残る側、どちらも戦力が足りない。ここで横島と楓がそれぞれに一人ずつ加勢する事もできるが、それでも戦力が足りない事には変わりないだろう。
 追う側はネギ一人。向こうには千草、スティーブと控えており、式神『熊鬼(ユウキ)』、『猿鬼』も温存されている。  残る側は刹那、アスナ、古菲、豪徳寺。刹那は妖怪退治の専門家であろうが、他三人は戦いの世界にようやく片足を踏み入れた半分素人だ。  どう動くにしても、数秒で動かねばならない。
 答えの出ぬまま、とにかく飛び出そうと横島が一歩踏み出したその時、意外なところから鋭い横槍が『百鬼夜行』目掛けて突き立てられた。
 次々に倒れていく妖怪達。
 『ハマノツルギ』を振り下ろす直前に、眼前の鬼がどこからかの攻撃を受けて倒れ伏し、霧散して消えていく。
「な、何?」
「………これは、ギターですか?」
 何事かとアスナが周囲を見回してみると、どこからともなくギターの音色が聞こえてきた。
 刹那もその音に気付き、一旦攻撃の手を止めギターの主を探している。
 どこだ、どこだ、どこだ。『百鬼夜行』も横槍の主を放置しておく事はできないと判断したのか、前面で戦っている一部の者を除いてギターの主を探す。
「あっ! あそこアル!」
 その時、鎧兜を身に纏った人間大の鬼を殴り倒した古菲が、少し離れた丘の上に月を背に立つ人影を見つけ、指差した。
 人影は二つ。一人は長身で長い髪をなびかせており、もう一人は実に気持ち良さそうにギターを奏でていたが、よくよく見るとそのギターには弦が無い。何故音が出るのか、疑問を浮かべた皆の視線が自分に集まっている事に気付くと、その手をピタリと止めた。すると、同時にギターの音も何故かピタリと止まる。

「フハハハハ! 貴様らに名乗る名は無いネ!」
「ノリノリだな、超。…まぁ、せっかく待ち構えてたんだ。ここで出なければ、乗り遅れてしまうか」

 超鈴音と龍宮真名だ。
 実は丘の向こう側、アスナ達からは見えない所にラジカセを持ったザジが控えているのだが、こちらは縁の下の力持ちに徹しているので、顔は出さない。
 真名はノリノリの超に溜め息を付きつつも、手にしたライフル銃で次々と妖怪達を狙撃していく。
 手にするライフルは本物ではなく改造されたエアガンなのだが、発射される弾の方に術を施しているため、妖怪に対しては実弾以上の効果を発揮する。
「それじゃ、私も行くから援護を頼ム」
「任せろ」
 真名の援護を背に超は駆け出すと、腰に佩いていた神通棍を手に取った。すると、神通棍が強い輝きを放ち始める。それは紛れもない霊力の光であった。
 『百鬼夜行』の鬼達も超達の存在に気付いて、手近に居た巨躯の数鬼が超に、そして身軽な烏族と呼ばれる烏の顔をした妖怪が真名目掛けて飛び掛る。
「甘いッ!」
 しかし、超は神通棍を一閃。巨躯の鬼達はその一撃でまとめて消し飛ばされてしまう。
 真名の方は、流石に接近されては不利と思ったのか、すぐさまライフルを投げ捨て、次の瞬間には、同じく改造されたエアガンである二丁の拳銃を手に取り、群がる烏族達を尽く薙ぎ払ってしまった。
 苦手な距離はないと豪語するだけあって、接近戦もお手の物である。

「何で二人が…って、言うか強っ! しかも、超さん神通棍使ってるしーっ!?」
 近付く鬼にハリセンを食らわせながら、アスナが驚きの声を上げた。
 特に、自分が使えぬ神通棍を軽々と扱っている事に驚きを隠せないようだ。
「北派少林拳を使うのは知てたが、霊能力まで使えるとは知らなかたアル」
「流石は麻帆良の最強頭脳…何でもアリだな」
 同じ中国武術研究会に所属する者同士であり、それを抜きにしても親友同士である古菲と超の二人だが、そんな古菲も彼女が霊能力が使える事は知らなかったようだ。
 だが、超なら使えても不思議ではないと、アスナほど驚いている様子は無い。
 豪徳寺の方は、超が麻帆良学園都市内でも名の知れ渡った天才少女であるため、そんな事もあるだろうと別の意味で驚いていない。むしろ納得している様子であった。
 そうしている間にも、超は更に霊体ボウガンを取り出して鬼の眉間を射抜く。
「ほらほら、皆でコイツらを片付けるネ」
「ウム、負けないアル!」
 アスナ達を取り囲んでいた『百鬼夜行』であったが、超、真名の乱入により、今度は自分達がアスナ達と超達に挟撃される立場となってしまった。
 今もなお、アスナ達を取り囲んでいると言う事実は変わらないのだが、一方向を刹那一人に完全に押さえ込まれているため、形勢は完全に逆転してしまったと言っても良いだろう。

「こっちは何とかなりそうだな…」
「となると、拙者達はネギ坊主を」
 森の中では、横島達が月明かりを背にした超の姿を見た時から、ネギの後を追う準備を進めていた。
 超の実力については初見であったが、真名の実力に関しては横島も楓もよく知っていたのだ。
「ハルナ殿」
「分かってるって、また空飛ぶゴーレムを描けばいいんでしょ?」
 まずはハルナがネギの後を追うためのゴーレムを描き始める。
 スピードや積載可能な重量を上げると、その分持続時間が短くなってしまう。そこでハルナは、簡単なデザインの物を二体描く事で、二つの条件を両立させようとしていた。
「夕映ちゃんには、コイツを渡しておこうか」
「…これは?」
「詳しい説明している時間はないけど、それを持ってると連中に見つからないから」
 横島は『隠』の文字が浮かんだ文珠を夕映に手渡している。
 ゴーレムの運搬量に限界があるのならば、運ぶ重量を極力減らそうと考え、戦う術を持たない夕映、のどか、風香、史伽をここに残そうと言うのだ。
 勿論、彼女達だけだと『百鬼夜行』に見つかってしまった時に対処できない。そこで横島は『隠』の文珠で彼女達の気配を隠す事にした。夕映がぎゅっとそれを握り締めると、ポゥと彼女の周囲が淡い光に包まれる。近付けば風香、史伽、のどかの三人も包み込めそうだ。
 夕映に渡したのは、彼女が冷静な判断ができるため。自分達で判断して、いざと言う時はバラバラにならないで、皆で逃げるようにと言い含める。
「それじゃ皆は夕映ちゃんを中心に集まって、いざと言う時は逃げるんだぞ」
「「はーい!」」
「分かったです」
 横島の言葉に元気良く返事をする風香と史伽。のどかは言葉こそ口にしなかったが、コクコクと頷いて返事をする。
 そして、夕映はいざと言う時の判断を任されたため、嬉しそうに、それでいて誇らしげに胸を張って返事をしていた。

「ほい、描けたよー!」
 ハルナが二体のゴーレムを描き上げ、これで準備が整った。
 描き上げたゴーレムの形状はサーフボードに大きな翼が生えた物で、ハルナ曰く、最近見ていたアニメを参考にしたとの事。振り落とされないように、片足をボードに固定するようになっている。
「横島殿、行くでござるよ!」
「おうっ!」
 途中で持続時間が切れてはいけないのでハルナも同行する事にする。
 流石に彼女では二人のスピードに付いていけないため、ハルナは振り落とされないよう楓の腰に手を回し、しっかりとしがみ付く。横島としては自分に来て欲しいところだが、それを言っている時間も惜しいので、横島達はそのままゴーレムに乗って飛び立つ。
「アスナー! 古菲ー! 刹那ちゃーん! そっちは頼んだぞーっ!!」
 『百鬼夜行』と戦うアスナ達を眼下に納めながら、彼女達の上空を猛スピードで通り過ぎて行く横島達。
 その際に彼女達にエールを送るのを忘れない。

「豪徳寺は適当に頑張れー!」
「そっちこそ適当だな、オイ」

「真名ちゃーん! 料金の請求は学園長になー!」
「ああ、吹っ掛けてやるよ」

「超は自重しろーっ!!」
「ヨコシマ、いい度胸してるネ」

 なんとも、心温まるエールであった。


 ネギの向かった先に視線を向けると、そこにはまだ杖に跨り飛び続けるネギの姿が確認できた。
 更にその先には大きな湖が広がっており、その中央には注連縄が巻かれた巨大な岩が鎮座している。
「もしかして、あれが封印の祭壇かっ!?」
「そのようでござるな。もっとスピードを上げて、ネギ坊主に――ッ!?」
 「追い付かねば」と続けようとしたその瞬間、前方を飛んでいたネギが地上から何者かの攻撃を受けた。
 ネギは咄嗟に唱えた『風楯(デフレクシオ)』の魔法で直撃は免れたが、思わず杖を手放してしまい、眼下に広がる森へと落下して行く。肩に乗っていたカモも、その衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。
「な、なんだぁっ!?」
「伏兵か、それとも…横島殿、拙者達がネギ坊主の救出に向かうゆえ、千草達は任せたでござる!」
 ネギの墜落を目の当たりにした楓は、慌てて横島の答えも聞かずにネギの救出へと向かった。
「俺っちも忘れないでくれ〜!」
 ネギの肩から吹き飛ばされたカモが空から降ってきたので、横島はまず彼を回収する。
「横島の兄さん! 俺達は天ヶ崎千草を追うぜ!」
「そ、そうするべきなんだろうが…」
 肩の上に乗ったカモが威勢よく叫ぶが、横島としては千草はともかくとして、一人でスティーブに挑めと言うのは勘弁してもらいたかった。
 しかし、木乃香の事を思うと逃げるわけにもいかない。彼女の事を守ると学園長と約束したと言うのもあるが、それ以上に横島自身、木乃香に対しては保護欲全開中なのだ。
 横島は覚悟を決めると、ゴーレムを封印の祭壇の方へと向ける。
 森の中を進んでいるのか千草達の姿は見えなかったが、目的地は封印の祭壇のはずだ。あの場所に向かえば、いずれ千草達とも鉢合わせになるはず。
 となれば、今はゴーレムが持続している間にできるだけ距離を稼ぐのみ。横島はカモを肩に乗せたまま、更にゴーレムのスピードを上げて一陣の矢と化した。


「それにしても、一体何が…犬、に見えたけど」
 空中で撃墜された時は思わず杖を手放してしまったネギだったが、すぐさま杖を呼び戻し、風の魔法で落下の衝撃を相殺する事に成功していた。
 ネギを撃墜した攻撃、彼の目に映ったものが幻覚や冗談でなければ、それは「空飛ぶ黒い犬」であった。
 空飛ぶ犬など魔法界はともかく、人間界では聞いた事がない。
 一体何者の手による攻撃か。杖を構えて周囲を警戒していると、そこにゴーレムに乗った楓とハルナが降りて来た。
「ネギ坊主、無事でござるか?」
「あ、長瀬さん、早乙女さん…」
「ネギ君、一体何があったの!?」
「よく分かりません。黒い犬が飛んできたように見えたんですけど…」
 ハルナが慌てて駆け寄り、ネギの頭を撫で、頬を撫で、全身を触って無事を確認する。
 のどかと違い、ハルナはネギに対し、完全に子供扱いのスタンスでいるため、その様はまるで姉のようだ。
「犬…まさか!」
 一方、楓はネギの言葉に心当たりがあったようで、バッとネギを背に向き直った。
 封印の祭壇の方に視線を向けているが、ネギやハルナの目にはただ森が広がっているだけのように見える。

「そっちの姉ちゃんの方は、気付いたみたいやな…」
「気付かれなくても出てくるつもりだったのでござろう?」

 聞き覚えのある声だ。それも極最近――と言うか、つい先程聞いたばかりの声である。
「こ、コタロー君!?」
「ここは通行止めや、ネギ!」
 木陰から姿を現したのは犬上小太郎。
 総本山の地下牢に囚われていたはずなのだが、騒ぎに乗じて座敷牢を破って脱出して来たのであろう。
「さぁ、どーするネギ! 今ならリベンジマッチ受けたるでっ!」
「そ、そんな事より! どいてよ、コタロー君! 今はそんな事してる暇は…!」
 小太郎は不敵な笑みを浮かべてネギを挑発する。しかし、今は一刻も早く木乃香を救出せねばならないので、ネギも安い挑発には乗らない。
「お前を撃ち落とした黒い犬、アレが何か分かるか?」
 挑発に対する反応が芳しくない事に気付いた小太郎は、方針を転換する事にした。
「こういう…ことやッ!!」
 力ある言葉と共に、小太郎は地面に向けて拳を振り下ろす。
 すると、彼の足元から無数の黒い犬が溢れ出てきた。かなり大型で、精悍な立ち姿は犬と言うより狼を彷彿とさせる。それは『狗神』と呼ばれる人狼族が持つ特有の眷属だ。
 かつて、人狼族がフェンリル狼、神の末裔として崇められていた頃はそれなりに一般的な能力だった。
 しかし、農耕が始まり、森を追われ、山の中に張り巡らせた結界の中に隠れ住むようになった今では、扱う者はほとんどいなくなってしまった、非常に稀有な能力である。
 小太郎はハーフながらも、この稀有な能力を持つ人狼族であった。

「どや! これが俺の力や!」
 小太郎は封印の祭壇に向かう方向を自分と狗神で塞ぐ事により、実力でネギの行く手を阻もうとする。
 それでもネギは挑発に乗らず、杖に跨り飛び立とうとする。何とかそれを止めようとする小太郎は更に言葉を重ね、そしてクリティカルな一言を口にした。

「ハッ、やっぱ西洋魔法使いは腰抜けばっかか! 二十年前の大戦終わらせた『千の呪文の男』ってのも、ほんまは大した事ないんやろっ!!」

 その言葉が耳に届くと同時に、今にも飛び立とうとしていたネギは眉を吊り上げ、怒りも露わに振り返った。ネギは父である『千の呪文の男』を神聖視している。その父を侮辱されて黙っていられるわけがない。
「なんだって…!」
「やっと、やる気になりおったか! でも、昼間みたいな無様な戦いは無しやで? こっちもどうせ戦うなら楽しい方がええわ!」
「ネギ坊主! ここは拙者に任せて封印の祭壇に急ぐでござるよ!」
「任せてください、一分で終わらせます!」
 ネギの目付きが変わり、それを見た小太郎も嬉しそうに笑みをこぼす。
 楓は何とか二人が戦い始めるのを止めようとするが、ネギは全く聞く耳を持たない。
 ネギにここを任せて、楓自身が封印の祭壇に向かう事も一瞬頭を過ったが、冷静に考えた場合、小太郎一人だけならともかく、狗神の群が一緒となると、ネギ一人では勝ち目は無い。
 やはりここは自分が戦うべきだ。そう判断した楓は非常手段に出る事にする。
「御免!」
「うわぁっ!?」
 楓は有無を言わせず、思い切りネギの背を蹴り飛ばした。
 突然の出来事に小太郎も反応できず、ネギは綺麗に放物線を描いて小太郎達の頭上を飛び越えて行く。
「ネギ坊主! 熱くなって我を忘れ、大局を見誤ってはいかんでござるよ!」
「楓さん…っ!」
 驚きの表情をしていたネギだったが、滞空中に真剣な目をした楓の顔を視界に捉え、ネギの目にも理性の光が戻る。楓の行った一種のショック療法が功を奏したようだ。
「ここは拙者に任せて、木乃香殿を救出してくるでござる!」
「す、すいません!」
 咄嗟に受身を取って見事な着地を見せたネギは、そのまま小太郎達に背を向け、杖に跨り飛び立って行った。
 小太郎は慌ててそれを追おうとするが、それを今度は楓が苦無を投擲して足止めする。
「おっと、行かせぬでござるよ」
「チッ、そういや姉ちゃんには借りがあったなぁ…女は殴らん主義やが、姉ちゃんだけは話は別や! リベンジといかせてもらおかぁッ!!
 叫ぶ小太郎は、更に狗神を召喚する。
 対する楓は、まずハルナを下がらせた。彼女の基本姿勢は「友のため」である。
 普段から忍者だ忍者だと言われている楓ではあるが、その正体は本当に忍者ではなく退魔師の一族だ。ただし、根から陰陽師のような者達とは異なり、元々はとある大名に使える隠密であったとされている。
 退魔師でありながら、忍者の影が見え隠れしてるのはそのためなのだ。
「リベンジのため…でござるか。いまや滅びに瀕した人狼族の能力、見所はあると言うのに惜しいでござるな〜」
 古き友のために、大妖怪を倒すために力を研鑽する。それが楓の一族の使命。
 その大妖怪自体は既に滅ぼされているのだが、「友のために力を振るえ」と言う精神は、今もなお彼女の中で生き続けている。
「ならば、拙者は木乃香殿を、友を救うために戦おう。どちらの心が強いか…勝負でござる」
 昼間の戦いでは見せなかった楓の『本気』が感じられた。
 肌がビリビリするような緊張感。小太郎の顔に思わず笑みが浮かぶ。
「上等ォッ!!」
 小太郎の怒号に合わせて、狗神達が楓に向かって一斉に襲い掛かった。
 対する楓は焦る素振りも見せず、こちらも小さな笑みに浮かべ、一息の間に十数人に分身してみせる。
 そして彼女は詠うように朗々と名乗りを上げた。

「女華姫直属隠密部隊が末裔――長瀬楓、参る!」

 地方に遠征している内に一族挙げて倒すべき大妖怪『死津喪比女』が復活。
 寸断された交通網に足止めされている内に行きずりのGSに倒されてしまい、一族揃って途方に暮れた過去があるのはここだけの話である。


 一方、アスナ達の戦場でも大きな変化が起きていた。
 妖怪達の攻撃が散漫になってきたため、ようやく敵の勢力が衰えてきたのかと思ったが、そうでない事に刹那は気付いた。彼女の視線の向こう側、妖怪達の壁の向こうから血飛沫が上がっているのだ。
「援軍? …いや、違う。貴様か、『狂人』月詠ッ!!」
「はい〜 ウチのことほったらかしにして、こんな楽しそうなこと…先輩、ずっこいわぁ
 小さな身体でひしめく妖怪達に一太刀浴びせながら掻い潜り、ふわふわした真っ白なフリル付のワンピースを返り血に染めながら、月詠は花もほころぶような笑みを浮かべたまま、刹那に躍り掛かる。
「先輩、ウチの事もかまってくださいまし」
「貴様の相手をしてる暇は…!」
 かなり不味い状況だ。刹那は妖怪達を相手にするために『夕凪』を手に戦っていた。
 真剣を持つ刹那と戦いたがっていた月詠の事だ、小回りの効く神通棍に持ち替える暇は与えてくれまい。
「刹那さん!」
「来ないでください、アスナさん! コイツの相手は私がッ!!」
 刹那の鋭い声に、助けに入ろうとしたアスナは思わず足を止めてしまう。
 助けが入れば戦いやすいのは確かなのだが、今の月詠は危険過ぎる。斬ることに全く躊躇がない。横島の霊力で強化されているとはいえ、素人同然のアスナに荷が重過ぎる相手だ。

 アスナ達はそれで良いのだが、妖怪達はそうはいかなかった。彼等にしてみれば、月詠は突然背後から斬り掛かってきた敵だ。それが自分達に背を向けて刹那と斬り結んでいる。これを見逃すはずもない。
 狐の面を被った女の姿をした妖怪の刃が月詠の白いうなじ目掛けて振り下ろされる。
 月詠の首が刎ねられると思ったその瞬間―――

「いけまへんなぁ…ウチらの楽しみ、邪魔せんといてくださいな」

―――振り向きざまに、月詠が逆手に持った小太刀を、狐面の妖怪の喉笛目掛けて突き立てた。
 それだけでは終わらず、更に力を込めて傷口を抉るように掻き回す。
 頭から返り血を浴び、恍惚とした笑みを浮かべるその姿は、一枚の絵画のようなある種の美しさを備えている。月詠が「ウチらの楽しみ」と言った事に対し、一緒にするなと言い返したい刹那であったが、その姿に気圧されて何も言えずにその言葉を飲み込んだ。
「さぁ、先輩…ウチと一緒に踊ってくださいな
「クッ…」
 月詠の目は、いつの間にかシネマ村で見せたそれに変わっている。
 漆黒の闇に薄っすらと光る瞳は、まるで闇夜に浮かぶ満月であった。



つづく



あとがき
 このままの勢いでFILE.33に続きます。

 超が霊能力を使える。
 夕映は鳴滝4号。
 豪徳寺02-下駄サリス。
 狗神と人狼族の関係。
 楓は女華姫直属くノ一部隊の末裔。

 この辺りは『見習GSアスナ』独自の設定です。
 『ネギま!』、『GS美神』どちらの原作を見ても、このような設定はありません。
 ご了承ください。
 

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