topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.36
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 図書館島を取り囲む湖に夜の帳が降りる頃、裕奈達との買い物を終えた横島は、魔法先生達と合流すべく、一人島へと続く橋を渡っていた。
 辺りは静寂に包まれ、湖の向こう側には煌びやかな夜景が見えるが、こちら側は灯りもまばらであるためか、ある意味神秘的、またある意味で不気味な雰囲気を醸し出している。まるでホラー映画の舞台に迷い込んだかのようだ。
「あの、もしかして横島さんですか?」
 鈴が鳴るかのように小さな、それでいて耳触りの良い声が現実へと引き戻す。
 見ると、一つの街灯の下に二人の少女が立っていた。片方の小柄な少女はアスナ達と同じ制服、麻帆良女子中の生徒だろう。しかし、ネギの生徒ではない。
 もう一人の方は横島と肩を並べる程の背丈で、その身を包む闇夜に溶け込んでしまいそうな黒いシックな制服は、麻帆良学園都市の女子高等学校の一つ『聖ウルスラ女学院』の物だ。
 少女、いやスラッとしたその姿は女性と呼んだ方が良いかも知れない。
 ウルスラの制服を着ていると言うことは高校生なのだろうが、制服の上からでもメリハリの効いたプロポーションが見て取れる。長いプラチナブロンドの髪をなびかせ、気の強そうな瞳でこちらを見据えており、横島はその視線だけでゾクゾクッときてしまいそうだ。

 そんな魅力的な女性を前にして、やるべき事は一つである。
「おっ嬢さはぁ〜ん!」
 一切の溜めもなく飛びつかんと跳躍した横島は、女性の側に着地し、その手を握ろうとする。
 しかし、それよりも早く女性の背後からぬっと現れた影が、横島の腕を掴んで止めてしまった。おそるおそる腕の主に目を向け、ぎょっと目を丸くする。そこに立っていたのは黒衣の男、しかも複数だ。仮面を被っているため性別は分からないが、横島より頭二つ分ほど背が高く、かなり大柄である。羽飾りの付いた帽子に外套と、その姿はまるで仮装行列かカーニバルと言わんばかりの仰々しい装いなのだが、色が全て黒で統一されているため、まるで葬送行列のような雰囲気だ。
 その異様な集団を目の当たりにして、思わず一歩下がる横島。逆に女性の方はそれを見て、フフンと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。
「お嬢さん、あんたまさか…」
 もはや間違いはあるまい。横島は確信した。

「つつもたせかあぁぁぁッ!!」
「だ、誰が美人局ですか! 失礼なっ!!」

 どこからともなくマイクを取り出して絶叫する横島。
 しかし、的外れだった。

「あ、あの、お姉さま。遊んでないで、早く本館の方に戻らないと…」
「いきなり飛びついてくる、この男が悪いのよ!」
 おずおずと声を掛けてくる小柄な方の少女に対し、顔を真っ赤にして反論する女性。
 少女の説明によると、彼女達はガンドルフィーニの命により、横島を迎えに来たそうだ。
 今夜の仕事は図書館島の地下部分で行われるのだが、そこへと続く職員用の通路は一般人に見つけられるようなものではないため、誰かが横島を迎えに行かねばならず、普段会議で彼への説明役となっているガンドルフィーニに白羽の矢が立った。そこで彼は、自分が監督する魔法生徒の二人、つまり彼女達に横島を迎えに行くように命じたのだ。
 横島の性格を考えれば、猛獣に餌を与えるようなものである。しかし、ガンドルフィーニとしては、彼女達の実力を信じていたのだろう。彼女達ならば、刀子のように横島をあしらう事ができると。
 確かに力であしらうことはできた、しかし、彼女では横島のノリについていけない。
 そこで少女の出番となる。彼女は脱線しそうな話を元に戻す役割をこっそり担っていた。

「あの、私、佐倉愛衣と言います。こちらは…」
「高音・D・グッドマンよ。それ以上近付けば、今度は私の使い魔に攻撃させるから」
 どこかたどたどしい愛衣に対し、高音の態度は刺々しい。どうやら、高音の背後に控える黒衣の集団は彼女の影から生み出された使い魔のようだ。横島も自己紹介すると、高音はにべもなく「知ってます」とだけ答えて踵を返し、図書館島へと向けて歩き出した。
 先程の使い魔は式神かとも訪ねてみたが、こちらも「違います」と一言のみ。木乃香の式神のように何かを使役しているわけではなく、零から高音の魔法力により生み出されたものであるため、式神とは完全に異なる事は確かなのだが、取り付く島もないとはこの事であろう。
 道すがら愛衣が寄ってきて、こっそり耳打ちしてくれた話によると、高音はプライドが高く、聖ウルスラ女学院に入学するまで『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)』の本国で育った筋金入りの魔法使いらしい。学園長が計画する関東魔法協会の情報公開についても眉を顰めており、GS協会からの使者である横島に対し、元からあまり良い印象を持っていなかったそうだ。
 魔法先生達の会議に魔法生徒は参加しないので、二人は今日が初対面となるのだが、出会い頭に飛びつかれた事も、彼女の悪印象に拍車をかけてしまったのだろう。
「佐倉さんは…」
「あ、愛衣でいいです。そちらの方が慣れてますから」
「んじゃ、愛衣ちゃんで。君の方は情報公開のこと、どう思ってるんだ?」
「情報公開のことですか? 私の場合、麻帆良に来るまでジョンソン魔法学校と言うところに居たんですけど、コメリカと繋がるゲートの近くでしたから、普通に長期休暇はコメリカで過ごしたりしてたんですよ。ですから、あまり気になりませんね」
 愛衣は高音と違って、両親が人間界に住んでおり、子供の頃から魔法界と人間界を行き来していたため、魔法使いと人間界の融和については「今更」と言った印象を抱いているそうだ。魔法使いの事が公開されたらコメリカの友人達に会いに行こうと考えていて、その際に魔法使いであるとずっと隠し続けてきたことについて、どう言うべきかの方が大問題だったりする。

「なるほど、コメリカにも魔法界に通じるゲートがあるのか!」
「はい、コメリカ合衆国にもゲートは存在します!」
「はい、そこまでっ!!」

 横島達の話を高音が一喝して止めた。図書館島の本館に到着したからだ。
 二人の会話が危険な方向に進みかけていたからではない、多分。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.36


 図書館島、本館を見上げて、大きな口を開けて呆ける横島。それも無理はあるまい、それほどまでに目の前にそびえ立つ建物は大き過ぎた。目の前にあるのは本館であり、周囲を見渡せば同じような歴史を感じさせる建物が軒を連ねている。
 そう、この島全体を埋め尽くす建物全てが『図書館島』なのだ。
 明治の中頃に麻帆良学園と共に建設されたと言われるこの図書館は、二度の大戦中に戦火を避けるべく各地から貴重な書物が集められ、蔵書の増加に伴い増改築を繰り返したとか。その結果誕生したのが、この島一つを埋め尽くす『図書館島』である。
「それにしても、無闇やたらとデカい建物やのー」
「世界でも最大規模と言われていますからね」
「…表向きには、ね」
 意味深な言葉を呟く高音。
 詳しく話を聞いてみると、横島が見ている『図書館島』は『表面』に過ぎないそうだ。実は貴重な書物と同時に、かつて魔法使い達が魔法界へ移住した際に、人間界に取り残された魔導書も集められていたらしい。
 しかし、島であるため、増改築を繰り返すにも限度と言うものがある。何より、魔導書を一般人も訪れるような場所に大っぴらに収蔵するわけにもいかない。
 この問題を解決するために、一人の魔法使いが名乗りを上げ、その男は魔法の力で図書館島の地下に巨大施設を作り上げた。しかも、たった一晩でだ。
 もし、ここに図書館島の歴史に精通した図書館探険部の者がいれば、異論を唱えていたであろう。
 図書館島の地下の存在は一般にも知られており、彼等が知る図書館島の歴史では蔵書が増えて増改築を繰り返してる時期に、地下も広げられたとされている。しかし、現実にはたっだ一晩で作り上げられたと言うのだ。
 実際に調べてみれば分かることなのだが、地下部分に関しては施工業者の記録が無い。これはすなわち、魔法で作ったのが真実ということなのだろう。関東魔法協会が、意図的に二つの出来事を混ぜて広めたのだと思われる。
 高音曰く、魔法界でも一夜で築き上げられた巨大地下施設の事は近代の伝説として語られているそうだ。

「図書館『探険』部なんて、みょーなクラブがあると思ったら…」
「実際、私達魔法使いも全てを把握している訳ではありませんからね」
 のどかや夕映達が所属する図書館探険部は、大学生から中学生までが所属する、学校と言う枠を越えた麻帆良学園都市合同クラブの一つだ。図書館島の地下施設を探索し、全容を解明すべく麻帆良大学の提唱で設立されたのだが、同時にその頃問題となっていた、好奇心旺盛な生徒達が単独で地下施設に潜り、不慮の事故に遭うのを防ぐためであったとも言われている。
 図書館探険部設立後は、部の許可無く図書館島地下施設の奥深くまで降りることができなくなり、部の所属する中高生も浅い階層までしか降りられなくなった。「探険」と言う言葉とは程遠いが、生徒達は安全に図書館島で「探険ごっこ」ができるようになったのだ。
「…でも、いまだに単独で奥の階層まで潜ってしまう困り者がいるのよね」
「最近は、図書館探険部の中にいるんですよね〜」
 そう言って高音と愛衣は溜め息をついた。
 そんな困り者達を救助したり、貴重な魔導書に近付かないように阻止するのも、魔法先生、生徒の役目なのだ。溜め息をつきたくなるのも無理はない。

 ちなみに、魔法先生の下には、図書館探険部の中でも特に危険な生徒達の名を連ねたブラックリストが存在するのだが、そこにはネギの生徒である「綾瀬夕映」の名も記されているらしい。

 閑話休題。

 三人が本館の中に入ると中は薄暗く、しんと静まり返っていた。所々に点在する灯りを頼りに進んで行くと、横島は妙な事に気付く。建物の中だと言うのに、何故か樹木が立っているのだ。
「これは、インテリアなのか?」
「世界樹の影響よ」
 横島がアスナとの修行場所に使っている広場にそびえ立つ巨大な樹木、麻帆良学園都市の住民からは『世界樹』と呼ばれる大樹の根は都市の地下全域に張り巡らされており、特に図書館島の地下には多くの根が集中しているそうだ。
 『世界樹』の正式名称は『神木・蟠桃』と言い、膨大な魔力を秘めた魔法の木だ。当然、根にもその力は及び、図書館島に根が集中しているのではなく、根が集中してる場所に図書館島を建設したのではないかとも言われている。つまり、図書館島は元々魔導書を収蔵する目的を以って造られたと言うことだ。そう考えると、わざわざ湖の離れ小島と言う不便な場所に図書館を建設したのも頷ける。

「世界樹の力を利用するとね、こういう事もできるのよ」
 高音は横島の胴回りぐらいはありそうな太い根が何本も垂れ下がった壁の前に立つと、タクトのような小さな杖を取り出し、目の前の根をトンと叩いた。すると、根がまるで生きているかように動き出し、その向こうに隠されていた扉が姿を現す。
 まるで映画か何かを見ているかのようだが、その扉はごく普通の物で、ネームプレートには「職員用通路」と書かれていた。横島が何とも言えない複雑な表情を浮かべていたのは言うまでもない。
「なに間抜け面してるの、行くわよ?」
「お、おう」
 このような仕掛けは、図書館島の各所に存在しているそうだ。主に一般人から魔法に関する事を隠すために使われており、また魔法使い達が図書館島を管理するためにも利用されている。

 職員用通路を抜けて横島達は地下三階へと足を踏み入れた。一般人や中学生の図書館探険部員が立ち入る事ができるのはそこまでだ。それ以降は対侵入者用のトラップが仕掛けられている。
 魔法先生達の仕事は、地下四階以降で行われるらしい。地下三階のロビーに行くと、既にガンドルフィーニを始めとした魔法先生達が顔を揃えていた。
「お、横島君、来たね」
 魔法先生同士の打ち合わせは既に終わっているらしく、今回もガンドルフィーニが説明役を買って出てくれる。
「地下四階以降には対侵入者用に魔法生物が放たれていてね。いや、勿論浅い階層のものは、侵入者を捕らえるか追い返す事を目的としているから、命の危険は無いよ」
「どこのダンジョンですか、ここは」
 横島のツっこみは身も蓋もなかった。
 この図書館島の奥深くには貴重な魔導書と言う宝も存在するのだから、そのままズバリである。

 図書館島深部に侵入しようとする者達は決まって夜に侵入を試みる。ただでさえ暗く、雰囲気のある図書館の中で異形の魔法生物に遭遇すればどうなるのか。パニック状態に陥り逃げ出す者が半数、残り半数は抵抗を試みる。その抵抗は凄まじく、魔法生物が倒されてしまうこともある程だ。
 しかし、それはまだましなケースで、魔法生物に不具合が発生し、うまく手加減して無傷で捕らえる事ができなくなってしまう事もあるそうだ。魔法先生達の仕事と言うのは、このような状態に陥った魔法生物を回収、或いは倒す事である。
「…あれ? って事は、回収した後、直す人がいる? って言うか、魔法使いが放ってるんスか?」
「この巨大地下施設を造った魔法使いは『大司書長』として、ここの最深部の玄室に潜んでいてね。彼か、彼に連なる者が魔法生物を造り、放っていると言われているんだ」
「確定じゃないんで?」
「図書館島の地下施設については、我々も全てを把握しているわけではないんだよ。『大司書長』が建設当時と今とで代替わりしたとか、魔法生物を放っているのは『大司書長』とは別の誰かだとか、それが学園長の知り合いだとか、色々と言われてはいるが…」
「確かな事は分からないと」
 ガンドルフィーニはコクリと頷いた。この図書館島には、想像以上に謎が多いようだ。

 ちなみに、高音はこの仕事があまり好きではないらしい。彼女の機嫌の悪さは、その辺りにも理由がありそうだ。
 トラップや魔法生物に、侵入者を歓迎するかのような意図が透けて見えてしまうのである。遊び心と言ってしまえばそれまでだが、あえて『謎』と言う好奇心を刺激する餌をぶら下げて挑発し、まるでトラップに苦しむ様、魔法生物に追い掛け回される醜態を見て楽しんでいるかのような、ある種のいやらしさを感じているのだ。
「つまり、『大司書長』とやらは俺達に挑戦してる?」
「楽しんでるだけに違いないわっ!」
 高音の態度は刺々しい。再び愛衣がこっそり耳打ちしてくれた話によると、彼女は『魔法使い』を崇高なものと考えており、魔法を悪ふざけで使うのが許せないそうだ。魔法界本国、特に大都市の方に行くと、彼女のようなタイプは珍しくもないとか。
 横島は高音を「お堅い真面目なクラス委員長」タイプと判断した。あながち間違いではあるまい。


「それじゃ、私達も担当の場所に…」
「あ、その前にちょっといいっスか? 他の先生方も」
 ガンドルフィーニが、高音と愛衣、そして図書館島の仕事が初めての横島も連れて、四人で担当の場所に向かおうとしたところで、横島が待ったを掛けた。それぞれ担当の場所に向かおうとしていた魔法先生達も、何事かと横島の方を見ている。
「実は、ネギの事なんですけど――」
 そう言うと、魔法先生達の目の色が変わった。
 彼等は皆ネギのことを、あの英雄『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の息子、将来有望な魔法使いの卵として気に掛けている。しかし、ネギの修行のため、甘やかしてしまう事がないようにと、その正体をネギに隠さなくてはならないのだ。そのため、現在関係者の中で最も彼と親交が深いのは横島となっているので、彼からの情報に目を光らせるのは、ある意味当然の事であろう。
「ネギ君がどうかしたのかい?」
 弐集院が身を乗り出して訪ねてくる。彼にはネギよりも幼い娘がいるらしく、やはり子供であるネギの事は気に掛かるようだ。ガンドルフィーニの方にも小学校に上がったばかりの娘がいるためか、いつも硬い表情が更に硬くなり、真剣な目をしている。
「いや、京都での一件で思うところがあったのか、魔法使いの師匠を探してるらしいんですよ」
「ほう、ならば私が…」
「いやいや、ガンドルフィーニ君では、ネギ君とタイプが違うでしょう。ここは私が」
 ガンドルフィーニがいの一番に名乗り出るが、それを弐集院が止めた。  魔法使いの戦闘スタイルは大きく分けて二つある。前衛における戦いを仲間に任せ、自らは後方から強力な魔法を放つ『魔法使い』タイプ。魔法使いとしてはオーソドックスな安定したスタイルと言えるだろう。もう一つは、魔法力による身体能力の強化を行い、自らも前衛に出て戦う『魔法剣士』タイプだ。使用する魔法も速さを重視したものが多く、変幻自在の戦いをしてみせるが、魔法使いとしてはこちらの方が少数派だ。
 二人をこの分類で分けた場合、弐集院が『魔法使い』であり、ナイフや銃をメインの武器として使用するガンドルフィーニは『魔法剣士』となる。
「んで、ネギのヤツはどっちで?」
「「!!」」
 この時、横島は地雷を踏んでしまった。
「まだ決まってないんだろうけど、あれだけ強力な魔法力を持っているんだ。当然『魔法使い』の道に」
「いや、風の精霊による身体能力の強化も得意としていると聞くぞ。あの年でそこまで出来るならば『魔法剣士』の道こそがっ!」
 自分こそがと言い合う二人。弐集院がネギの聡明さは『魔法使い』でこそ活かされていると言えば、ガンドルフィーニはネギの父『千の呪文の男』も『魔法剣士』だったと言い返す。
 年の近い子供がいるだけあって相当気になっていたのだろう。お前達はストーカーかと言いたくなるほどに詳しく、二人はネギについて言い争っている。
「だいたい、ガンドルフィーニ君はまだ自分の娘を魔法使いにしてないそうじゃないか。私の娘はネギ君より小さいが、もう魔法使いだよ? 魔法使いを育てる経験は私の方が上じゃないかな」
「むぅ…! し、しかし、子供の意思と言うものもあるだろう! 親のエゴで、子供に魔法使いである事を押し付けるのはよくない!」
 そして、そのままの勢いで二人は豪快に脱線して行った。どうやらこの父親二人、娘の教育方針の違いから言い合いになる事が多々あるらしい。周囲はまたかと溜め息をついている。
「横島君、行くわよ!」
「え、いいんか?」
 高音や愛衣は慣れたものだ。こうなると二人はしばらく止まらない事が分かっているので、自分達だけで担当の場所に向かおうとする。あっさり進もうとする高音達に横島は戸惑った様子だったが、ここで眼鏡を掛けたスーツ姿の魔法先生がフォローに入ってくれた。
「あの二人ならいつもの事だから、気にしないでいいよ。今日は君達三人だけで行きなさい」
 会議ではいつも見掛けていたのだが、話すのはこれが初めての人だ。明石教授、麻帆良大学で教壇に立つ教授である。
「あ〜、その前に横島君。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「何でしょ?」
「娘の、裕奈の事なんだが…」
 なんと、彼はネギの生徒である明石裕奈の父親なのだ。ならば、裕奈も実は魔法使いなのかと一瞬考えた横島であったが、彼女もガンドルフィーニの娘と同じように、魔法使いとして育てられてはないらしい。しかも、父親が魔法使いである事も知らないそうだ。
 昼間からずっと裕奈達と一緒で、実は午後からの買い物を終えた後の夕食も一緒だった横島は、それを聞いてギクリと後ずさる。裕奈だけでなくアキラも一緒であり、別にデートをしていたわけではないのだが、自分で持ち上げてみせた胸を見て鼻血を噴き。下着を買いに行った時などは、裕奈が入った試着室を覗くべきかと身悶え。結局は裕奈の方から「似合うかな?」と見せてきた時などは、理性の鎖に縛られた獣を解放してしまいそうになった。
 そんな裕奈の父親が今、目の前にいる。横島が引きつった笑みを浮かべてしまうのも無理はあるまい。

 ちょっとこっちへと、横島の手を引いて明石教授は高音達から離れて行く。物陰でやる気かと横島は警戒するが、彼の次の言葉は横島が心配しているような内容ではなかった。

「裕奈が最近、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と仲が良いと言うのは本当かい?」
「…はい?」

 横島は急に『闇の福音』と言われても、何のことか分からない。
 詳しく聞いてみると、それはエヴァが幾つか持っている通り名の一つのようだ。
 裕奈から見れば吸血鬼の真祖とは言え、クラスメイトに過ぎないエヴァも、魔法先生である明石教授から見れば『元・600万ドルの賞金首』のイメージが付き纏ってしまう。
 娘が元・賞金首と仲良くなりましたと言われ、はい、そうですかとあっさり流せる父親はそうそういないだろう。そこで明石教授は、魔法使いではなくGSであり、エヴァ周辺の事情にも詳しい横島に尋ねてみる事にしたのだ。
「…実際、そこまで悪いヤツなんスか? エヴァのヤツ」
 しかし、逆に横島は『元・600万ドルの賞金首』であるエヴァをイメージできずにいる。
 彼から見たエヴァ像は、ちょっぴり下着などで背伸びをしたがる食道楽の鳴滝3号。西洋のアンティーク人形を彷彿とさせるような可愛らしい少女、それ以上でもそれ以下でもない。
 吸血鬼の真祖である事は当然理解しているが、真祖の子であるバンパイアハーフを友人に持つだけあって、それはマイナスの印象に繋がらない。そもそも、彼の知るもう一人の真祖に比べれば、エヴァは現代一般常識を理解し、うまく人間社会に溶け込んでいる方だ。
 元々数百年前の人間であるためかどうかは分からないが、機械全般に疎く、ビデオの留守録ができないと言った一面も持っているが、それもご愛嬌である。
「裕奈の事なら心配ないと思いますよ。むしろ、エヴァの方が振り回されてるみたいだし
「そ、そうなのかい? いや、すごいなウチの娘は…」
 その答えは予測していなかったようで、呆気に取られる明石教授。
 そうなった経緯は彼にはよく分からないが、裕奈とエヴァはそれなりに友人としてうまくやっているのは確かなようだ。安堵した笑みを浮かべると、明石教授は横島の肩にポンとその手を置いた。

「…で、ウチの裕奈を呼び捨てにする、君と娘の関係について詳しく聞かせてもらえるかな?」
 どうやら、ここでも横島は地雷を踏んでしまっていたようだ。


「遅かったわね。何を話してたの?」
「…ちょっとな」
 横島が高音達の下に戻った時、彼は何故か疲れ切った様子であった。
 ガンドルフィーニはまだ戻ってきていないようなので、横島達は三人だけで出発する事にする。
 まず、三体の黒衣の使い魔を前面に出した高音が先頭に立ち、愛衣は仮契約カードを取り出し、古めかしい竹箒のアーティファクトを出現させてそれに続く。最後尾には横島が立って、間の愛衣を守る形だ。
 直接の関係者ではない横島を含め生徒だけで行ってしまって良いのかと思わなくもないが、それが認められるのは、先頭を歩く高音がそれだけの実力を持ち、魔法先生達に信頼されているからに他ならない。
 見ると、高音の腕には青い腕章が付けられており、黒を基調とした聖ウルスラ女学院の制服の上で一際異彩を放っている。その腕章は銀糸で刺繍を施された煌びやかな物であり、横島には読めない文字で何かが書かれている。
 愛衣に耳打ちして聞いてみると、それは「ブルー・アームバンド」と呼ばれるもので、それを身に着けていると職員用のエレベーターが自由に使えるようになるそうだ。表面に書かれている文字は魔法使いの文字で、『司書』と言う意味だとか。これも『大司書長』の仕掛けの一つである。

 『魔法使い』と『魔法剣士』の分類で分けた場合、黒衣の使い魔達を操る高音は『魔法剣士』に属する。一人で集団として戦える上に、黒衣の使い魔は彼女自身を守る壁にもなるのだ。横島は先程腕を掴まれてみて分かったのだが、この使い魔達はかなり素早く、そして力も強い。
 また、愛衣は『魔法使い』タイプであり、火の精霊を用いた魔法を得意としている。初対面の男と一緒にいるのが恥ずかしいのか、もじもじとしている姿からは想像できないが、これでもジョンソン魔法学校在学中、魔法演習でオールAの成績を修めた秀才なのだ。
 高音一人でも正面きって戦うのは避けたいと言うのに、二人揃うとそれこそ手が付けられない。ガンドルフィーニと言うお目付け役がいない今がチャンスなのだが、ちょっかいを掛けるのは避けておいた方が無難であろう。

「愛衣ちゃん…」
「なんですか?」
「アーティファクト持ってるって事は…誰かとちゅーしたんだな!?」
「え? え?」
 ただし、ここで我慢ができれば、それは最早横島ではない。
 突然横島は、愛衣の肩を掴むと揺さぶり始めた。
「この小振りでぷりてぃな唇を奪った幸せ者は、どこのどいつじゃーっ!?」
「黙りなさい」
 勿論、高音はこの暴走を見逃さなかった。
 振り向き様に二体の使い魔を繰り出し、突き刺さるような渾身のストレートを絶叫する横島の顔面に炸裂させる。
「下世話な妄想は止めてちょうだい。愛衣のマスターはこの私よ」
「なぬ?」
 そして、止めるだけでは飽き足らず、自分こそが愛衣のマスターであると宣言した。
「この幸せ者ーーーっ!!」
「罵声になってないわよ、それ」
 元々、愛衣は麻帆良に来るまでアーティファクトを持っていなかった。『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』もおらず、誰かの従者になっているわけでもなく、優秀ではあるのだがこれと言って特徴もないオーソドックス、悪く言えば地味な魔法使いだった。
 それが麻帆良に来て、ガンドルフィーニの下で高音とコンビを組むようになり、彼女の黒衣の使い魔『操影術』を目の当たりにして、自分だけの魔法が欲しいと思うようになったのだ。その気持ちが高音に対する憧れに変わるまで、そう長い時間は必要としなかった。
 しかし、独自の魔法を習得すると言うのは生半可な事ではない。愛衣ならば可能だったかもしれないが、そもそも『魔法使い』タイプは古の強力な魔法を使いこなせてこそ一人前である。
 高音に相談してみても、『操影術』は高音が『魔法剣士』タイプだからこそ活きるものであり、愛衣はもっと古い魔導書を紐解いて学ぶべきだと言われてしまう。
 愛衣もその通りであることは分かっていたので何も言えずにいると、そこで高音が、誰かと仮契約してみては、と提案してきた。アーティファクトは個人に与えられるものであり、従者の個性を反映したものが出現する。きっと、愛衣の個性を活かす物が現れるに違いない。

 それで全てが解決すると思われた。
 しかし、たった一つだけ問題が残っていた。
「え、あの…仮契約って事は…キス、するんですよね」
 当の愛衣が顔を真っ赤にして、真剣に悩み始めてしまったのだ。
 この時の愛衣は中学に入学したばかり。
 大人と言うわけではないが、子供のお遊びでキスができる年齢は通り越してしまっている。
 一般人に頼むわけにはいかない。魔法関係者の男性に頼もうにも、それなりに近しい立場となると、仮契約だけお願いします。終わればさようなら。等と言うのはあまりにも失礼であろう。
 だからと言って、真剣に誰かの従者になれと言われても、それは一生の問題。そんな理由で、簡単に決めて良いものではないのだ。

 結局は、二人してしばらく悩んだが答えは出なかったので、言い出しっぺである高音がマスターとなって仮契約をする事となった。お互い初めてだったので「女の子同士だからノーカン」と言う事にしている。実際、高音も愛衣もその気があるわけではない。
 結果として、愛衣は自分のアーティファクトを手に入れる事が出来た。更に、この一件を経て、妙な連帯感を持ってしまったのか、愛衣はただ高音に憧れるだけでなく、彼女を姉のように慕うようになり。高音もまた愛衣を妹のように気に掛け、二人はまるで姉妹のように仲良くなったそうだ。

「なるほどなー。実際アーティファクトは便利だもんなー」
 その話を聞いた横島は、腕を組んでしみじみと頷いている。修学旅行の一件でも、アスナの『ハマノツルギ』で勝負を決めたので、アーティファクトの強さについては、彼自身も良く分かっていた。
 やはり恥ずかしいのか、愛衣は顔を真っ赤にして俯き、高音も心なしか頬が赤い。もしかしたら、冷やかされると考えているのかも知れない。
 しかし、横島はアーティファクトのためだけに仮契約する例、ハルナを知っている。更にそれが同性である例、豪徳寺まで知ってしまっているので、特に何も言うことはない。むしろ、二人の美女と美少女が、もったいない事になっていないと分かっただけでも儲けものである。

 ちなみに、愛衣の竹箒型のアーティファクトは『favor purgandi(ファウォル・プールガンディ)』と言うもので、魔法界の異界国境騎士団と言う組織でも使われている制式箒だ。
 つまり、一点しか存在しない物ではなく、幾つも存在する所謂「数打ち物」と言うことになるのだが、汎用性に富む、オプション機能の多い優れもので、愛衣は『オソウジダイスキ』と呼んでいる。実際、彼女はかなりのきれい好きなので、このアーティファクトが与えられたのは、その辺りも影響しているのかも知れない。

「高音さん! 俺もアーティファクト欲しいですっ!」
「ガンドルフィーニ先生にでも頼んだら?」
「男はいやじゃーっ!!」
 アーティファクトのためにキスができると言うのならば自分も、と横島は名乗りを上げるが、高音はあっさりとそれをかわしてカウンターを決めてきた。
 そのまま高音はさっさと歩き出してしまい、横島はめげずに愛衣の手を引いてその後を追う。

 そんな二人の様子を見て、愛衣はクスクスと笑っていた。
 高音は愛衣の目から見ても美人だと思うのに、女子校であるためか男性と知り合う機会がほとんどない。仮に共学校だとしても、そのお硬く、キツイ性格では男の方から避けていくだろう。
 また、魔法使いとして真面目過ぎることもあって、プライベートでも彼女達の担当であるガンドルフィーニ以外に男性との接点が全くと言って良いほど無いのだ。
 そして愛衣は、それは自分が高音に付き纏っているのも原因なのではないかと心配していた。当然、高音は否定するだろうが、麻帆良に来て以来、彼女には迷惑を掛けっぱなしなので、どうしても気になってしまう。

 ところが、横島はどうだ。
 高音の堅く、キツイ態度は何一つ変わっていないが、それでもめげずに高音に近付いていく。
 それはすなわち、横島がマの付く人で、高音に叱られるのも良しとしてるだけなのだが、それは愛衣が理解するにはあまりにも高度過ぎた。

「…ああ、横島君。さっきの話だけど」
「さっきの…ネギの話か?」
「ええ、ネギ先生の師匠を探すのなら、誰かに直接頼むよりも学園長に話を通した方がいいと思うわ。麻帆良にいる全ての魔法使いを把握しているはずだから、きっと一番相応しい師匠を探してくれるはずよ」
 ちなみに、高音はガンドルフィーニも弐集院も止めた方がいいと考えていた。
 ガンドルフィーニは『魔法剣士』として『剣士』の部分に重きを置いているため、強いのだが魔法使いを育てるのには向いておらず。弐集院も優秀な魔法使いではあるのだが、あまり実戦向きの人ではないそうだ。
 横島が、ガンドルフィーニは師匠ではないのかと尋ねると、高音は苦笑してそれを否定した。
 魔法生徒は、修行中の身であれば、そもそもこのような実働部隊に参加はしないのだ。そう、魔法先生達の会議にネギが参加していないように。
 高音も愛衣も既に見習いとしての修行を終えた身であり、ガンドルフィーニは実働部隊としての彼女達の担当官となる。
「俺の担当官もガンドル先生になるんか? だったら、同僚として仲良――」
「まさか! 魔法使いでない貴方は、あくまで傭兵部隊よ」
「金で雇われてる事は否定せんが…」
 同僚として仲良くしよう、と言いかけたが、高音が見事な横槍を入れてそれを止める。
 けんもほろろな対応に、横島はがっくりと肩を落とした。

 この間も愛衣はずっと横島に手を引かれていた。
 そして今、彼女は眩しそうに横島と高音を見詰めている。
 なんだかんだと言っても、高音はちゃんと横島の相談について真剣に考えていた。愛衣には何故かそれが嬉しくてたまらないのだ。

 真面目で口うるさいクラス委員長の高音。何故か眼鏡を掛けて、髪型を三つ編みにしている。眼鏡を外し、髪を解けば美人なのはお約束だ。
 横島の方はお調子者で、たびたびトラブルを起こす問題児だ。高音には弱く、きっと陰ではノラネコにミルクを上げたりしてるに違いない。
 そして二人は、互いに素直になれずに周囲をやきもきさせながら、嬉し恥ずかしなラブコメを展開していく…。

 そんな根本の部分で致命的に間違った少女マンガのような世界が愛衣の脳内では展開していた。重症である。

 高音がネギの師匠について助言したのも、あくまで魔法使いであるネギを気に掛けての事だ。彼女はあくまで事務的に話を進めており、別に横島に対してにこやかに話し掛けているわけではない。
 故に、愛衣の解釈は大きな誤解なのだが、彼女にはそんな事は関係がなかった。高音が男の人と言葉を交わしている。それだけでも珍しいことなのだから。


 やがて一行は職員用エレベーターを利用して担当の階層に辿り着いた。かなり深い階層だが、高音曰く、この階層では本を祭壇に捧げていたりと、いかにも重要そうな本があの手この手で並べられているが、実はその全てがダミーとのこと。この階層自体が侵入者を惑わせるトラップであり、知らずに目の前に広がる光景に騙されて、奥へと足を踏み入れると怒涛のトラップ地獄が待っている。
 魔法生物も強力なものがわんさかと放たれているので、おのずと、不具合の起きたもの達を回収する魔法先生達が足を踏み入れる機会も多くなるそうだ。
「トラップって、大丈夫なのか?」
「心配ないわ、私達はトラップの場所を把握しているんだから。それに目標もすぐ近くよ」
 そう言って高音は慎重に進み始め、横島と愛衣もそれに続いた。

 彼女の言葉通り、目標の魔法生物はすぐに見つかった。
 一見して犬か狼のような四足獣だが、その全身は硬質な何かで出来ており、頭が異常に大きい。頭だけ大人の背丈ぐらいありそうだ。
「気を付けて! 侵入者を丸呑みして眠らせる、捕獲系の魔法生物よ!」
「後ろは私に任せて、お姉様の援護を!」
「おうっ!」
 敵の数は二体。他に敵はいないようなので、愛衣に後方から援護してもらい、高音と横島がそれぞれ一体ずつ倒せばいいだろう。愛衣に言われて横島は『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』とサイキックソーサーを展開させて、いつもの所謂『剣闘士』スタイルで一体の前に躍り出た。
 愛衣はその姿をキラキラした瞳で見送る。ああ、クラスの問題児は、実は高音を守るためにやってきた遠い国の騎士様なのだと。実に重症である。


 横島が前衛に出てきてくれたおかげで、戦いはあっさりと片がついた。横島と一体の使い魔が囮になっている隙に、他の二体の使い魔と共に後ろに回り込んだ高音が背後から渾身の一撃を喰らわせたのだ。巨大な顎は強力だが、その巨大さ故に背後に回られると弱いらしい。
 あまりにもあっさり終わった事に横島は拍子抜けした様子だったが、高音は、この種類の魔法生物とはもう十回以上戦っている。図書館島全体のメンテナンスは定期的に行われるので、慣れないとやってられない、と笑っていた。
 愛衣が懐から小さな小瓶を取り出し、その中に魔法生物を封じ込める。『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』と呼ばれるそれは、悪魔等を封じる事ができるらしく、ここでは魔法生物を回収するために使われていた。後ほどこの瓶は回収され、『大司書長』の下に送られるそうだ。
 そして直された魔法生物は再び図書館島に放たれているのだろうが、この辺りの事は魔法先生達にもよく分からない。目的が図書館島の蔵書の防衛である事は間違いないので、細かい事は気にしてはいけないと言うことなのかも知れない。

 その後、三人は更に四箇所を回って魔法生物達を回収して行った。
 最後に出会った魔法生物は完全に暴走しており、破壊するしかなかったが、相手は一体だったので三人の敵ではない。
 そして、仕事を終えた三人が地下三階のロビーに戻ると、ガンドルフィーニと弐集院の争いがまだ続いていたので、横島は明日学園長に相談してみますと告げて二人を止めた。
 二人とも、特に仕事を横島達だけに任せる事になってしまったガンドルフィーニはバツの悪そうな顔をしていたが、横島としては、むしろ高音と愛衣だけの方が望むところだったりする。

 何にせよ、今日の仕事はこれで終わりだ。
 横島達は『封魔の瓶』をガンドルフィーニ達に預けて一足先に帰る事となった。
 職員用エレベーターで一階まで戻ると、高音はそこで待っていたシスター・シャークティに『ブルー・アームバンド』を返却する。この腕章は基本的に、図書館島で仕事する時のみ担当者に貸し出される物なのだ。
 実は図書館島の奥深くにも、これと同じ物が隠されていて、それを自力で手に入れた場合は『ブルー・アームバンド』を自分の物にできると言う噂もあるのだが、まだ真相は確認されていない。
 大学生の図書館探険部員の中に、実際に『ブルー・アームバンド』を手に入れた者がいると、まことしやかに噂されているが、実際に自分が手に入れたと名乗り出る者がいないため、真相は闇の中だ。
 もし、本当に手に入れた者がいたとしても、それは隠れて図書館島を探索している者達だ。わざわざ自分からばらす者はいないだろう。

 図書館島から出て、橋を越えた辺りで自販機を見つけた横島は、お疲れ様と自販機で缶ジュースを三本買って、二人にも手渡した。
 高音も喉が渇いていたのか素直に受け取り、おいしそうに飲み始める。実は図書館島の地下施設にも『休憩所』が各所に存在しており、そこに行けば自販機があるのだが、仕事中、高音はそちらを利用しようとはしなかった。
 と言うのも、『休憩所』の自販機は、商品のラインナップが奇妙なものばかりなのだ。魔法先生に尋ねてみても、食品衛生上の問題はないとの事だが、商品の内容自体が大問題のゲテモノ揃いである。
 図書館探険部の中には、それを目的にしている者もいると言う話だが、高音には理解不能の領域であった。

 後は帰って寝るだけ、そう考えていた横島だったが、ここで衝撃的な出来事が彼を襲った。
「今日はお疲れさまでした、お兄様
 愛衣が、そう挨拶してきたのだ。
 横島と高音は思わず飲み掛けのジュースを噴出し、互いの顔をジュースまみれにしてしまう。
「え? ドッキリ?」
「愛衣…?」
 横島は思わずドッキリカメラかと有りもしないカメラを探し始め、高音は何事かと戸惑った様子で愛衣に手を伸ばす。
「それじゃ、私は先に帰りますね! お姉様、ごゆっくり〜
 しかし、愛衣はそのままアーティファクトの箒に跨ると、空を飛んで寮へと帰ってしまった。
 状況が理解できずに顔を見合わせる横島と高音。

「よ、よよよ、横島君! 貴方、愛衣に何をしたのっ!?」
「し、知らん! 俺は何もしてない!」

 次の瞬間、高音が横島の胸倉に掴み掛かった。
 突然の愛衣の行動に軽く混乱状態に陥ってしまった高音が詰め寄るが、横島の方も全く状況が理解できていない。
 騒ぎは夜が明けるまで続き、二人が寮に帰るのが文字通り「ごゆっくり」になってしまった。
 横島の方は、以前から何度も門限破りをした事があったので騒ぎにはならなかったが、高音の方は、真面目一辺倒の彼女が突然朝帰りしたことで、寮中大騒ぎになってしまったそうだ。

「いえ、ホントに恋人ができたとか、そんな話じゃないんです」
「だから、デートとかじゃありませんって。相手もいませんし」
「あー、もう! 横島君、覚えてなさいよっ!」
「あ、いえ、ただの知り合いです。ホントです」

 その後、彼女があらぬ誤解を解くために四苦八苦したのは言うまでもない。



つづく


あとがき
 図書館島に関する各設定は、原作内の描写に某RPGの設定、俗説を混ぜ合わせて作っております。
 魔法先生同士の人間関係等ついても、オリジナル設定を加えています。
 そして、高音と愛衣に関する設定も、原作内の描写にオリジナル設定を加えて書いています。
 ご了承ください。

 今回から、魔法先生、生徒が目立ち始めました。高音、愛衣も原作より早い登場となります。
 せっかく横島が彼女達と関わりやすい位置にいるわけですから、これを活かしていこうと思います。

 ちなみに、図書館島について色々と書きましたが、今後の話が図書館島を中心に展開していくわけではありません。

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