topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.37
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 横島達が図書館島の総合メンテナンスを行った翌日、ネギは放課後、学園長室に呼び出された。
 数日前に修学旅行での一件について報告したばかりなのにと疑問を抱きながら学園長の扉を開き―――

「………」
「………失礼しました」

―――すぐに、その扉を閉じた。
「カ、カモ君、今の何? 何!?」
「わかんねぇよ! なんだ、あの覆面スーツ!
 学園長室の中に学園長がいるのは当然だろう。しかし、その隣に立っていたのが尋常ではなかった。
 いや、スーツ姿の長身の男性で、姿勢も良く、それだけを見ればごく普通の人なのだ。ただし、首から上をスッポリと覆い隠す覆面のような赤い三角頭巾が全てを台無しにしている。目があると思わしき部分には、綺麗な三日月のようにニヤリと笑った口が描かれており、それが更なる怪しさを醸し出していた。
「お〜い、ネギ君。心配せんでいいから、入ってきなさい」
 学園長室の扉の前でネギが震えていると、中から学園長の声が聞こえてきた。
 おそるおそる扉を開けて中を覗き込むと、やはり覆面スーツの姿がある。幻などではない。

「今朝、横島君から聞いたのじゃが、師匠を探しておるそうじゃのぅ」
「え?」
「ワシに良い師匠を探してやって欲しいと頼まれての」
「横島さんが…」
 ネギと違い、横島は「餅は餅屋」を徹底しているところがある。自分ができる事でも、専門家、或いは自分よりそれを得意としている者がいれば、積極的にその者達に丸投げする傾向があるのだ。これは、何事も自分一人でやり遂げようと考えるネギとは正反対であると言える。
 そんな彼だからこそ、魔法使いの師匠を探すならば、魔法使いに聞こうと考えたのだろう。ネギならば学園長に気を遣って言えなかったので有難い話なのだが…。
「………」
 それで紹介してもらえるのが、この無言で佇む覆面スーツ男なのだろうか。怪しいにも程がある。
 これならば、どこかの秘密結社の幹部か何かだと紹介された方が、まだ納得がいくと言うものだ。
「あ〜、何か言いたいのは分かるが、彼が覆面をしているのは、君に正体を明かさぬためじゃ。普段からしておるわけではないぞ?」
「はぁ…」
「………」
 生返事を返すネギに対し、覆面スーツ男はやはり無言のままだった。声を聞けば分かる人間、ネギの知っている人物なのだろうかと考えるが、真相は少し異なる。と言うのも、この怪しい覆面スーツ男の正体はネギとの面識は無い。とある魔法先生なのだが、一人顔を明かして魔法使いである事を知られると、ネギはそこから芋づる式に他の魔法先生、生徒まで辿り着き兼ねないため、こうして顔も声も隠しているのだ。
 実は、そろそろネギ達に魔法先生達のことを紹介しても良いのではないかと言う意見も出ている。しかし、学園長はまだ時期尚早と考えていた。京都の一件ではネギも頑張ったと聞いているが、彼自身横島を始めとして周囲の者達を頼っている。
 魔法先生と言うのは、麻帆良学園を守る魔法使いであるだけでなく、魔法生徒達を教え、導く者である。勿論、ネギが横島達を導き、リーダーシップを発揮するのは難しいだろう。横島だけでなく、ネギの周囲にいる者達はあまりにも個性的過ぎる。
 まだ子供であるネギにそこまで求めようとは考えていないが、一人の魔法使いとして、魔法先生達を前にしても彼等を頼りにするのではなく、共に戦おうと思えるだけの実力を身に付けて欲しかった。
 そこで、学園長は今回の一件を利用して、ネギをテストしてみようと目論んだのだ。
「納得いかんかね?」
「いえ、そんな事は…」
「まぁ、見ず知らずの相手に教えを請うと言うのは抵抗あるじゃろうな。だからこそ、ネギ君も自分で師匠を探そうとしていたわけじゃし」
 見ず知らずよりも覆面の方が問題なのだが、学園長はそんなネギの気持ちに気付かずに話を進める。
 ここからが本題だ。

「ネギ君、彼と模擬戦をしてみたまえ。君も実力の分からぬ相手に教えを請うのは嫌じゃろうし、彼も君の実力を知りたがっている。自分が教えるに値するかどうかをな」

 わざと挑発的に言う学園長。負けず嫌いの一面を持つネギは、案の定、実に素直にムッとした表情を見せており、その感情を隠そうともしていない。一方、学園長は計算通りと心の中でだけほくそ笑んでいる。
 直後にネギは模擬戦を行う事を承諾。そのまま学園長に連れられて世界樹前広場へと向かう。
 模擬戦は、流石に校内で行うわけにはいかず、世界樹前広場に人払いの結界を張って行うそうだ。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.37


 その頃、件の世界樹前広場では、横島とアスナがいつもの修行を行っていた。
 アスナはまだ完治したわけではないのだが、身体を動かさないと言う条件で霊力を使うための修行を行っている。
 木乃香のことが、結果として彼女に発破を掛ける事となったのだろう。自分の霊力を引き出すべく芝生の上に胡坐をかいて座り、『ハマノツルギ』ではなく、両手で持った神通棍の柄部分を眉間に押し当てるようにして唸っていた。横島がバンダナの中に仮契約(パクティオー)カードを仕込んで、眉間のチャクラを通して霊力を供給していた事を聞いた彼女が、自分なりに工夫したのだ。
「神通棍じゃなく『ハマノツルギ』持ってると思ってやってみろ」
「はいっ!」
 ちなみに、現在のアスナは身体中に何枚もの札を貼り付けて、まるでどこかの神社か仏閣のような有様だが、これは特別な修行を行っているのではなく、横島が持って来た治療用の札である。修学旅行中に陰陽寮に行った際に、厄珍堂よりも多少性能は劣るが、その分安い値段だったので、破魔札、吸引札等の札を一通り仕入れたそうだ。勿論、アスナのためなのだが、まさかこんなところで使う事になるとは思わなかった。

 一方、古菲は式神ケント紙から生み出された簡易式神を相手に組み手を行っている。
 それぞれの札について説明している際に、古菲が簡易式神と戦ってみたいと言い出したのだ。彼女が横島とアスナが修行しているところに現れるのは修学旅行以前から毎日の事なので、今更の話なのだが、中国武術研究会、通称『中武研』の活動はどうしたのかと尋ねると、古菲は笑って「自分が強くなる事の方が大切アル」と答えた。GSと、横島との戦いの中に、更なる高みを目指すための足掛かりを見出したのかも知れない。
 横島は、アスナに霊力を供給しながら一方で簡易式神を維持し操ると言う、かなり無茶な事をする事となるのだが、それは横島自身の修行だと言えよう。
 ちなみに、式神和紙の方が強力な式神が生み出されるのだが、こちらは何故か横島の場合、式神の受けたダメージが術者にも伝わるため却下である。普通の組み手も断り続けていると言うのに、ただでさえ動きの鈍い式神で武道の達人である古菲と真正面から戦おうとは思わない。
「むぅ〜、なんかフワフワした手応えアル」
「実体じゃないからな。普通に殴ろうとしたって、半分ぐらいしか効果ないそうだぞ」
 この辺りの情報は、豪徳寺が詠春から聞いた話を又聞きしただけだったりする。
 全ての式神がそうと言うわけではないのだが、簡易式神の実体はあくまで紙であるため、古菲の目の前に立っている式神はそのほとんどが霊力で形作られている、いわば幽霊に近い状態なのだ。古菲はそこまで考えてはいなかっただろうが、霊的存在に対し気がどこまで有効なのかを確かめるには、丁度良い実験だと言える。
「殴るんじゃなくて、気を叩きつけるようにやってみろ」
「なるほど、発剄の要領アルな」
 そう言われて、古菲は握った拳を掌底に切り替えて、式神の腹に叩き込む。すると、先程までとは打って変わって確かな手応えがあり、式神は勢い良く吹き飛ばされた。
「おおっ!」
「古菲、やるじゃん!」
「すごいですー!」
 次々に上がる感嘆の声。一つは古菲本人のもので、残りはギャラリーのもの。
 そう、今日この場には横島達三人だけでなく、他にもギャラリーが訪れていた。
 横島の両隣、わざわざシートを準備して、並んでちょこんと座った風香と史伽である。この二人、修学旅行中は横島と一つ屋根の下に泊まっていたが、いざ麻帆良に帰ってくると、アスナ達と違って彼との接点がほとんどない。
 そこで二人は、所属する「さんぽ部」の散歩コースに世界樹前広場が入っているのをいいことに「横島達の修行の見学」を散歩のメニューに加えてしまった。「さんぽ部」自体が、雑談しながらまったりと学園都市を散歩する部なので、この辺りはかなり自由にできたりする。

 その時、史伽の驚きの声が辺りに響いた。
「あ! アスナの神通棍光ってるです!」
「え、ウソ!?」
 声に驚き、神通棍を額から離して顔を上げてみると、確かに光を放っている。さよが取り憑いた時よりも強い光だ。神通棍とそれを握る手が、手以外の何かで繋がっているのが何となく感じ取れるような気がする。
 バッと立ち上がり、神通棍を振り回してみるが、光が消える様子は無い。
 アスナの顔が瞬く間に輝かんばかりの笑顔に染まっていく。
「横島さん! わ、私、やりましたっ!!」
「修学旅行中に霊力使いまくったからなぁ…」
 実は、横島は使えるようになるだろうと、ある程度予測はしていたのだが、それでも感慨深げだ。
 アスナは修学旅行中に横島と霊力の完全同期連携を行ったこともさることながら、横島の霊力を使っての事とは言え、『ハマノツルギ』に霊力を込めて振り回していた。霊能力者として相当の経験を積んだと言えるだろう。
 元々彼女はGSに憧れながらも、神通棍に破魔札と言うオーソドックスなGSしかイメージできていなかった。そのせい、いや、そのおかげと言うべきか、神通棍、破魔札との相性が良い傾向にある。使い方が神通棍とほぼ同じである『ハマノツルギ』を使っていたのも、経験としては大きいだろう。無意識の内に『ハマノツルギ』に霊力を送り込んでいたのを身体が覚えたのだ。
「やったわ! これで私も横島さんの弟子として一緒に仕事を…っ!」
 喜びのあまり、くるくると踊り出すアスナ。周りでは風香と史伽も楽しそうに踊っているが、そんな彼女の前に大きな落とし穴が待ち構えている。
「後は――」
 と言いつつ、横島は額のバンダナに仕込んだ仮契約カードを取り出す。
 すると、横島からアスナへの霊力供給がストップされ、同時にアスナの神通棍がスッと音もなく光を失ってしまった。
「自分の霊力が出せるようになるだけだな」
「あぅ…」
 そう、アスナは自分の霊力をいまだ引き出す事ができなかった。
 順序として逆のような気もするが、これは横島があえてそうさせている。
「今の感覚を身体で覚えるんだ。次は霊力供給無しで同じようにやってみろ」
「…やってみます!」
 今のアスナは「霊力を引き出す」と言うのが、感覚で理解できていない。そのため横島は、まず神通棍に霊力を送り込むと言う、自分の身体から別の物へと霊力を送り込む事を、彼女の身体に覚え込ませた。後は、アスナが単独でそれと同じ事をやろうとすると、彼女の身体は何とかして同じ事をするために霊力を振り絞ろうとする。そうやって魂を鍛えて行こうと言うのだ。
 限界ギリギリまで霊力を使う事で、霊力の器である魂を鍛える。これは彼が妙神山で学んだ方法である。
「ただし! 俺の見てるとこでしかやっちゃダメだぞ。足りない霊力振り絞ろうとしてるわけだからな」
「わ、わかりました」
 すぐさまアスナは再び座り込み、神通棍の柄を額に押し当てて「霊力出ろ〜」と唸り始める。
 言うまでもないが、これは危険を伴う修行だ。
 横島の場合は、師匠である猿神(ハヌマン)が生きるか死ぬかの瀬戸際を見極めて、限界ギリギリまでしごくと言う荒っぽい方法であったが、流石にそれをアスナにしようとは思わない。実際、修学旅行以前には、こんな方法教えもしなかった。
 しかし、今の横島とアスナには、修学旅行中に手に入れた仮契約カードを通した霊力供給と言う命綱がある。そのため、横島がいつでもフォローできるように見守ることで、この修行の危険性を限りなくゼロに近付ける事ができるのだ。

 腕を組んでアスナの修行を見守っていると、不意に横島の携帯が鳴り始めた。
 会話に意識を向けている間はアスナの微妙な変化に気付くことができないので、アスナを止めてから電話に出る。
 電話の相手は学園長だった。ネギが模擬戦を行うので立ち会って欲しいとの事。
 場所は世界樹前広場、今横島達がいる場所だ。今、アスナ達と共にそこに居ると告げると、模擬戦の相手が魔法先生なので一般人は退避させて欲しいと言ってきた。
「アスナー、今からネギがここ使うんだと」
 電話を切ってからアスナに告げる。
「魔法関係らしいから、今日はここまでだ。日も暮れてきたしな」
「あ〜、私達が知ってること、学園長には内緒なんですよね」
 今更と言う気もするが、建前上はそうなっている。クラスの生徒大半に知られている事が分かってしまえば、ネギが明日の朝日を拝むより前に、彼をオコジョにしなくてはならなくなる。あくまでアスナ達が魔法の事を知っているのは内緒であり、学園長も知らない振りをしなければならないのだ。
「分かりました。えと、一人でもできるような修行は…」
「結構キツい修行だから、それ以外の時間は身体を休める事に専念するんだ」
 それを聞いたアスナは残念そうだったが、こればかりはどうしようもない。
 霊力を引き出せるようになれば、木乃香も行っている瞑想等、一人で出来る修行もあるのだろうが、それまでは引き出す事にだけに専念した方が良いだろう。
「風香も、史伽も、古菲も、寮とか学校でアスナが神通棍持ってたら止めてくれよ」
「「はーい!」」
「分かたアル」
「うぅ…」
 ルームメイトである木乃香にも、その事を伝えておくようにと言づけて、その場はお開きとなった。
 全身治療札まみれのアスナは古菲の肩を借り、風香と史伽を連れて寮へと帰って行く。古菲はこの後、横島と一緒に自警団の見回りがあるのだが、アスナが一人で帰るのも辛そうなので、彼女にも一旦寮へと帰ってもらい、後で待ち合わせする事になっている。
 そして横島は一人、学園長達の到着を待つ。彼等の到着までさほど時間は掛からなかったのだが―――

「学園長は、いつから秘密結社率いるようになったんスか?」
「そんなに怪しいかのぅ…」

―――謎の覆面スーツ男を見て、横島がすかさずツっこみを入れたのは言うまでもない。


「では、始めるとするかの」
 人払いの結界のせいか、辺りに人影は全く無い。
 ネギと覆面スーツ男が相対して立ち、横島は学園長と共に距離を置いて観戦モードだ。
「魔法は遠慮なく使うが良い。勝負はどちらかがまいったと言うか、意識を失うなど戦えなくなるまでで…」
「あと、俺か学園長が、これ以上はヤバいと思ったら判定と言うことで」
 学園長の言葉を遮って横島が口を挟む。学園長としては思い切りやらせたかったので眉を顰めたが、横島が「ネギは負けず嫌いっスよ」と耳打ちすると、心当たりがあるのか「そういう事じゃ」と一転して横島の案を受け容れた。

 カモを肩に乗せたままのネギは、杖を構えて相手を見据えるが、対する覆面スーツ男はポケットに手を入れたまま直立不動の状態だ。覆面のせいで、どこを見ているのか分からないが、おそらく彼の方もネギを見据えているのだろう。
 学園長が試合開始を告げると、ネギは先手必勝と言わんばかりに『魔法の射手(サギタ・マギカ)』の詠唱を開始するが、それよりも速く、覆面スーツ男が右手の人差し指をネギへと向けた。
「!?」
 それと同時に、その指先から発射される何か。避ける間もなくネギの額に命中し、思わずのけぞってしまう。詠唱も思わず中断してしまった。慌てて態勢を立て直し、再び詠唱を開始しようとするが、覆面スーツ男はその隙も与えてはくれない。
 ポケットに入れたままだった左手も出して、やはり人差し指をネギへと向けた。
「兄貴、ありゃ無詠唱の『魔法の射手』だ! 来るぞっ!」
「分かってる!」
 男の左の指先から放たれた『魔法の射手』を、ネギは攻撃用に唱えていた自分の『魔法の射手』で迎撃。空中でぶつかり合ったそれらは弾けるような音を立てて消える。
 それを見てネギは気付いた。ネギの『魔法の射手』とぶつかり、火も、水も、何も巻き散らさずに消えたと言うことは、相手の『魔法の射手』もネギのそれと同じく風の精霊に依るものだ。
 おそらく彼も、風の精霊を用いる事を得意とした所謂「風系」の魔法使いであろう。

「………」
 覆面スーツ男は、両手をだらりと下げたまま、ネギの出方を窺っている。
 一方ネギは、頭の中で一つの仮説を組み立てていた。彼は二度の攻撃を行ったが、それぞれ一矢ずつしか『魔法の射手』を撃っていない。そして、その一矢は魔法障壁があれば耐え切れないほどの威力ではない。
 ならば、一矢、二矢はあえて受け、こちらは出来る限りの数で押し切れるのではないだろうか。
 試してみる価値はある。決心したネギは杖を構えて詠唱を開始。
 男もそれに気付くと、再び指先から『魔法の射手』を放った。二矢がそれぞれ両肩に命中し、ネギは痛みに杖を取り落としそうになるが、それに何とか耐えて詠唱を続ける。
 いける。このまま魔法を完成させる事ができると、ネギはニッと笑みを浮かべる――が、彼の余裕もそこまでだった。
 二矢の『魔法の射手』を放った男は、立て続けに三矢、四矢、五矢と、合わせて十数矢も撃ち込んで来たのだ。
 確かに男は指先から一矢ずつしか撃てない。しかし、撃った後、次を撃つまでの時間があまりにも速すぎる。
 ネギはたまらず詠唱を中断。杖に跨って飛び立ち、距離を取った。

「ふむ、迎撃が間に合わんと見るや、すぐに距離を取る。なかなか良い判断じゃ」
「でも、遠くに逃げないで旋回してますね」
 あの距離では迎撃が間に合わない。ならば、距離を取って迎撃のための魔法を詠唱するための時間を稼ごうと言うのだろう。しかし、逃げの一手を打つのは抵抗があるのか、エヴァと戦った時のように真っ直ぐ飛んで離れるのではなく、男を中心に旋回するようにして飛び回っている。
「てか、あの覆面の中身は誰なんスか?」
「ありゃ、神多羅木先生じゃよ。ネギ君と同じ風系なんでの」
「ああ、いつも隣に座ってる…」
 意外にも、覆面の中は横島にとって身近な人であった。刀子に飛び掛らないようにと、魔法先生の会議で横島の両隣を固める二人の内の一人だったのだ。
 神多羅木はサングラスに髭と特に強面であり、横島も質問は比較的話しやすいガンドルフィーニにばかりしていたので、今までろくに話した事もない人である。おかげでガンドルフィーニの担当である高音や愛衣と知り合えたので、その判断は正しかったと考えていたが、上空で旋回するネギに向かって連続して『魔法の射手』を撃ち込む彼の姿を目の当たりにして、横島はその考えをますます強くする。
 彼は相当強く、かつ実戦向きの魔法使いだ。ただ雰囲気が怖いだけではない。
 神多羅木を避けていた横島では、彼をネギに紹介する事は出来なかっただろう。学園長に頼めと言っていた高音の判断は、間違いではなかった。

「ん? 覆面被っているっつー事は、サングラスは…」
「そりゃ外しとるじゃろ。流石に覆面の中でサングラスでは、前が見えんぞい」
「ネギー! その覆面剥がしてみせろーっ!」
 横島としてはあまり仲良くしたくないタイプではあるが、その強面のサングラスの下に、どんな目が隠されているかは興味があった。
 ネギを応援する彼のボルテージは不必要に上がっていくが、当のネギはそれどころではない。
「な、何とかして、詠唱の時間を稼がないと!」
 しかし、神多羅木の『魔法の射手』の嵐は留まるところを知らず、ネギは追尾してくる魔法を迎撃するのに精一杯で、攻撃に手を回す事ができずにいる。
 三度、『魔法の射手』同士で相殺したところで限界が訪れた。
 早く迎撃しなければならないと言う焦りから、かなり無理な体勢になってしまったネギは、街灯の一つに引っ掛かってしまい、バランスを崩して地面に叩きつけられてしまったのだ。カモもそれと同時に放り出されてしまい、こちらは学園長が受け止める。
「くっ…!」
 それでもネギは、すぐに片膝を立てて起き上がると、杖を神多羅木に向けて構えた。
 相当のダメージがあるはずだが、その瞳は力を失っていない。負けず嫌いもここまでくれば立派なものである。
「………」
 神多羅木がほんの少し顔を伏せる。覆面の上からは分からないが、どうやら溜め息をついたようだ。
 彼自身、子供を痛めつける気など毛頭無いのだが、ネギはそう簡単に諦めてくれそうもない。
 ネギが戦う意志を失っていない以上、学園長達も試合を止める事はできないだろう。となると、ネギを傷つけずに別の方法で戦いを終わらせねばならない。
『ディグ・ディル・ディリック・ヴォルホール…』
 勝負を決めるために、いや、正確にはネギに「負けた」と思わせるため、と言うべきであろうか。ネギに聞こえないよう覆面の中で小声で詠唱を開始する。
 ネギの方も声を聞き取ることはできなかったが、何かしようとしているのは分かったらしく、自分も負けじと魔法の詠唱を始める。相手が動くよりも早く魔法を完成させて叩き込もうと言うのだが、この時点で既に神多羅木の魔法は完成していた。

『魔法の射手、連弾・雷の十七矢(セリエス・フルグラーリス)ッ!!』
『風花旋風、風牢壁(フランス・カルカル・ウェンティ・ウェルテンティス)!』

 ネギが魔法を放とうとした瞬間、それを遮るようにして神多羅木の魔法が発動。ネギを取り囲むように竜巻の壁が発生し、ネギの放った魔法は尽く遮られてしまう。
 勝負ありだ。神多羅木はそのまま踵を返して学園長の下へと戻ってくる。
「う〜む、やはり実戦経験不足かのぅ」
 カモを手に持ったままの学園長の表情は「やはり」と語っている。
 神多羅木は『風牢壁』でネギを閉じ込めることで、試合を強制的に終了させてしまった。
 おそらく、ネギは時間を掛けて『風牢壁』を破るだろうが、その時点で神多羅木も学園長も去っていなくなっていると言う寸法だ。「相手にするまでもない」と判断された、そうネギに思わせるためである。
「それじゃ横島君、カモ君、フォローを頼むぞ。再戦はいつでも受けると伝えておいておくれ」
 後の事を横島に任せると、学園長達はカモを横島に手渡すと、その場からそそくさと立ち去った。もし、神多羅木が残っている間にネギが『風牢壁』を破ってしまうと、今度こそネギが気を失うまで戦わなければならないので大急ぎだ。
 もしかしたら、学園長は最初からこうなる事を予想して、後のフォローをさせるために横島を呼んだのかも知れない。


 学園長達が去った後、横島が『風牢壁』が収まるのを待っていると、竜巻の壁の向こう側がポゥッと光る。
「どわーっ!?」
 思わず頭を抱えて伏せたその直後、中からネギが放った『雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)』が、横島の頭上を貫いていく。咄嗟に避けなければ直撃していたところだ。
「…あれ?」
「ネギ、俺に恨みでもあるのか!?」
「いえ、人影が見えたもので、てっきり覆面の人かと…」
 竜巻の中からでも、外の様子はうっすらと影だけなら見えるらしく、竜巻に近付いた横島を神多羅木と勘違いしたようだ。『風牢壁』を破るために苦労したらしく、言い訳する声にいつもの元気がない。
「兄貴、学園長達なら帰っちまったぜ」
「そう…」
 それだけでネギは、彼に相手にされなかった事を理解した。口惜しいが実力が違い過ぎる。
 横島は、学園長が再戦はいつでも受けると言っていた事を伝えるが、ネギは黙って首を横に振った。いずれ再戦するにしても、もっと経験を積み、強くなってからの話だ。
「なぁ、学園長はお前のこと、実戦経験不足だって言ってたけど」
「…それは分かっています。僕の実戦経験なんて、京都の一件以外だと、エヴァさんと戦った事ぐらいですから」
 ネギ自身、自分の抱える問題点は理解しているらしい。いや、神多羅木との一戦で改めて思い知らされたと言うべきだろうか。『雷の暴風』等、ネギに神多羅木を倒す手段はある。しかし、それを使わせてもらえなかった。実戦において、どう使えばいいかが分からなかったのだ。
「実戦経験なんて、どう身に着ければいいんでしょう? 麻帆良じゃ、魔法で戦うことなんてめったにないのに…」
「エヴァにケンカ売るとか?」
「…横島の兄さん、それは恐ろし過ぎるぜ」
 カモが冷や汗混じりにツっこみを入れるが、当の横島は伊達や酔狂でそんな事を提案したのではない。
 普段の彼女を見ていると忘れがち、実際、昨夜に明石教授から聞くまで忘れていたのだが、エヴァは元々魔法界で指名手配されていた600万ドルの賞金首である。
 本人に面と向かって聞くわけにはいかないが、麻帆良に幽閉されて賞金首でなくなるまでには、数多くの魔法使い等の賞金稼ぎ達と戦ってきたはずだ。数百年間ずっと戦い続けてきたわけではないだろうが、その経験量たるや凄まじいの一言であろう。

「あいつも忙しそうだから、師匠になってもらうのは無理かも知れんが、アドバイスしてもらうだけでも意味はあると思うぞ。『亀の甲より年の功』って言うし」
 最近の横島は、見た目小学生であるエヴァのあまりにもな女王様っぷりに、実年齢は数百歳なのだと言う妥協点を見出していた。これで心置きなくドキドキする事ができると言うものだ。
 確かに実年齢は数百歳かも知れない。しかし、精神年齢、肉体年齢は共に二桁の大台に乗っているかどうかすらも怪しい等、色々と間違っている気もするが、その辺りは気にしてはいけない。
「日本のことわざですね」
「兄さん、怖いこと言うなぁ」
「…本人にチクるなよ?」
 何にせよ、本人がこの場にいないからこそ吐ける台詞であることは間違いないだろう。

 閑話休題。

 ネギを納得させたところで、横島は茶々丸に連絡を入れてアポイントを取る。すると、現在エヴァの家には、修理中のさよの様子を見に来た桜子を始めとして、何人かのクラスメイトが訪れているらしく、エヴァも今はリビングで皆と共にくつろいでいるそうだ。
 それを聞いた横島は、今がチャンスだとネギの手を引いてエヴァの家へと向かう事にする。茶々丸も夕食の準備をして待っていると言ってくれた。
 この後で古菲との待ち合わせがあり、二人で食堂棟に行って夕食を済ませるのがいつものパターンなのだが、今日は彼女も寮で夕食を済ませてくる事になっているので、エヴァの家で茶々丸特製の夕食をご馳走してもらうのに、何の不都合も無い。
 茶々丸の料理の腕を知っているため横島の足取りは軽く、逆にネギの足取りは重い。
 疑問に思って聞いてみると、どうやらネギは、エヴァの事を『吸血鬼の真祖』として恐れはしないが『近所の怖いおねえさん』のイメージを抱いているようだ。彼女だけは、単純に教え子としては見れずにいる。
 かつて戦った相手だからと言うのもあるだろうが、何よりエヴァも魔法使いだと言うのが大きい。横島としては「それがいいんだろうが」と言ってやりたいところだが、残念ながらネギには理解できそうもなかった。


 エヴァの家に到着すると、メイド服姿の茶々丸が出迎えてくれる。
 リビングに通されると、そこにはエヴァ、桜子に、まき絵、亜子の四人がくつろいでいた。さよは既に仮の手足を付けてもらっているようで、テーブルの上に立ち、横島達に手を振っている。
「あれ、横島兄ちゃん。ネギ君も来たんだ」
 キッチンの方から顔を出したのはエプロンを付けた裕奈だ。キッチンの方を覗き込むとアキラもエプロンを付けて料理をしており、横島の視線に気付くと、はにかんだ笑みを浮かべて顔を伏せた。二人は茶々丸から料理を習っていたそうだ。今日の夕食は彼女達も腕を振るうとの事。

「ククク、聞いたぞ。惨敗したそうじゃないか、ぼーや」
「うぅ…」
 そしてエヴァは、リビングに入ってきたネギを早速からかっていた。実に嬉しそうな笑みである。
 横島が先程の茶々丸との電話で、ネギが魔法先生と戦ったことと、魔法使い同士の戦いについて話して欲しい旨を既に伝えているので、エヴァは最初から全開フルスロットルである。
「あんま、いじめてやんなよー」
「羨ましいのか? 授業料は後で貴様の血で払わせてやるから、少し黙っていろ」
 横島のツっこみも、のれんに腕押し、ぬかに釘。エヴァは眼鏡を掛けて小さいながらも女教師を気取り、ネギを向かい合うように座らせて笑みを浮かべている。
 だが、本気でやってくれるのは確かなようだ。
 茶々丸に指示棒とホワイトボード一式を持って来させて、何かを書き始める。
「読めんぞ」
 ただし、魔法使いの文字で。
 この場で、それを読めるのはエヴァとネギ、そして彼の肩の上にいるカモだけだ。
「別に貴様らに説明してるわけじゃないぞ」
「それでも仲間はずれはヒドいよ〜」
「………仕方ないな」
 最初は、ネギにだけ伝われば良いと、横島のツっこみを無視してそのまま進めようとしたエヴァだったが、ネギの隣で話を聞こうとしてたまき絵を始めとして他の面々からも分かる言葉で書いて欲しいと意見が出たので、憮然とした表情で日本語に書き直した。
 書き直された言葉は『魔法使い』と『魔法剣士』、横島が昨夜図書館島で聞いた言葉だ。
「エヴァちゃん、ゲームの話じゃないんだよ?」
 どこか呆れたような様子のまき絵。彼女の反応は尤もなものだろう。横島も、昨日魔法先生達から聞いていなければ同じ反応をしていたに違いない。
「黙れ、バカピンク。これは魔法使いの戦闘スタイルを大きく二つに分けるための、便宜上の言葉だ」
 しかし、エヴァはそれを切って捨てる。
 そして、魔法使いの戦闘スタイルは、大きく分けて二つ。前衛における戦いを仲間に任せ、自らは後方から強力な魔法を放つ『魔法使い』タイプと、自らも前衛に出て戦う『魔法剣士』に分かれると説明した。この辺りは、昨日横島も聞いた話だ。
 エヴァの話によると、更にどちらにも属さないタイプの魔法使いがいるのだが、これは元より戦闘向きではない魔法使いの事を指し、タイプとしては『魔法使い』タイプに近いとの事。
「ネギ君は魔法使いタイプ? 杖持ってるし」
「そうとは限らん。…と言うか、私達の常識で言えば、杖持ってるヤツは、まだどっちにもなっていない素人だな。私がぼーやと戦った時は杖など持っていなかっただろう?」
「そう言えば…」
「そいや、あの覆面スーツも杖は持ってなかったな」
 まき絵はあの時のエヴァの姿を思い出し、そしてカモは、先程ネギが戦った覆面スーツ男こと神多羅木の姿を思い浮かべる。確かに二人とも杖らしき物は持っていなかった。
「まぁ、ぼーやの場合は、まずそれを決める事から始めるんだな」
 ネギにとっては初めて耳にする話ばかりだったが、そもそも魔法学校とは、魔法使いの卵達が魔法使いとしての基礎を学ぶための場所であるのだから、当然である。
 実際、彼が覚えている戦闘用魔法の内のいくつかは、メルディアナ魔法学院の授業で教わった物ではなく、在学中に図書館に篭り、血のにじむような思いで身に付けたものだ。

「ぼーやは、どちらかと言うと『魔法使い』タイプだろうな。多くの魔法を覚えるための小利口な頭も、それらを使うだけの魔法力も持っている」
 カモはそれを聞いて納得したようにうんうんと頷いている。しかし、ネギの方は少し納得がいかない様子だった。
 確かにエヴァの話を聞いて、ネギは思う。確かに自分は『魔法使い』タイプであろうと。
 しかし、ネギは今、神多羅木に勝てない自分を変えたくてここにいるのだ。本当に自分は『魔法使い』タイプでいいのかと、彼の心の中で疑念が芽生え始めている。

「…ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「父さんは…父さんは、どっちだったんですか?」
「……言うと思ったよ」
 フッと笑みを浮かべるエヴァだが、それには苦笑の意味も込められていた。
 その苦笑には二つの理由がある。一つは、この二つのタイプの分類自体が、強い魔法使いになればなるほど、意味がなくなっていくと言う事だ。エヴァは勿論のこと、ネギの父『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』のタイプを聞いたところで、あまり意味は無い。本来、未熟な魔法使いを育てるための指針であり、それがそのまま戦闘スタイルの話として使われているだけに過ぎないのだから。
 もう一つは、ネギがその質問をしてくる事自体、彼女の予想通りだった事だ。ネギは父親に憧れている分、彼の事となると、自分の事以上に感情的になる一面を持っている。ネギを挑発するならば、父親に関する話をするに限る。それだけ、彼の中で英雄『千の呪文の男』の影響力は大きいのだ。
「ヤツのスタイルは『魔法剣士』、従者を必要としないほどに強かった」
 それを聞いたネギは「やっぱり…」と、どこか納得した表情をしている。
 子供の頃に、一度だけ父の戦いを見ているので、その姿を今の話に当て嵌めて考えているのだろう。

 その反応も、エヴァの予想通りだ。ここで彼女は、ここまで黙って話を聞いていた横島に話を振ってみる。
「横島、貴様はどう思う?」
「ネギがどっちに進むかか? その前に聞くが、お前はどっちなんだ」
「私か? 『魔法使い』に決まっているだろう」
 横島の問いに胸を張って答え、更に続ける。
「大規模な戦いにおける魔法使いの役割など、究極的には砲台だ。火力が全てなんだよ」
「性格出とるなー」
 実にシンプルだが、それだけに説得力もある。
 聞けば、ネギと戦った時の魔法よりも強力な『切り札』とも言える魔法を、まだ隠し持っているそうだ。
 チャチャゼロや茶々丸、その姉妹達のような、前衛の戦いを絶対的な信頼を以って任せられる従者がいるからこそ、と言うのもあるのかも知れない。

「なぁ、エヴァが忙しいのは分かってるが、お前がネギの修行を見てやる事はできんか? 例の覆面男にリベンジするにも、もっと強くならん事にはどうしようもないし」
 ネギが『千の呪文の男』の話を聞いて考え込んでしまったので、代わりに横島が話を切り出す。
 しかしエヴァは、ニヤリと「悪」の笑みを浮かべてそれに答えた。
「できなくはないが…貴様は分かっているだろう? 私に頼み事をする時は、それなりの代価が必要だと言う事を」
「…やっぱり?」
 自分の血でよければ、死なない程度に噛まれても良いのだが、今ここで上着を脱ごうとしても、蹴り飛ばされるか、踏まれるか、両方されるかの、いずれかであろう。
 食堂棟で食事でも奢ろうかとも思ったが、よくよく考えてみれば、茶々丸の料理以上となると、どれほどの店に連れて行けば良いのか見当がつかない。
 エヴァから何を要求されるかで判断しようと横島は考えるが、ここでエヴァの方も止まってしまった。言ってみたはいいが、何を要求するかは考えてなかったようだ。
「まずは足を………いや、これは止めておこう」
 横島がキランと目を光らせたので、エヴァは吐きかけた言葉を辛うじて飲み込んだ。彼が本当に舐めに来る事は、実際やられたので分かっている。

「そうだな…それじゃ、ちょいとぼーやと横島で戦ってもらおうか
「…はい?」
 最終的にエヴァが出してきた条件は、横島にとって予想外のものだった。
 あの時の戦いからネギがどこまで成長したかを見るためとの事。それならば自分で戦えと、横島はすぐさまツっこみを入れるが、エヴァはそれを「面倒臭い」と一蹴する。
「なんなら、今からでもいいぞ?」
「いや、今日はこの後、自警団の仕事があるから無理。って言うか、受けるとは一言も言ってな…」
「なら明日だな」
 エヴァは有無を言わせず決めてしまった。
 考え込んでいたネギにもその旨を伝えると、彼の方は少しでも実戦経験を積みたいと考えていたので、すぐさま承諾してしまう。しかも、嬉しそうに。
「横島、逃げるなよ?」
「逃げるわーっ! 俺には、何のメリットも無いやん!」
 追い詰められた横島は、何とかしようと反論を試みる。
「メリットか。ならば、貴様がぼーやに勝てば、何か褒美をくれてやろう」
「え、マジ?」
 言いながらも、そのままスルーされて終わるのではないかと考えていた横島だったが、意外にもエヴァはそれを受け容れて妥協案を出してきた。
「それが何かは勝ってからのお楽しみだが…その分、戦い方に注文をつけさせてもらうぞ」
「例えば?」
 ネギに聞こえないようにと、エヴァはソファから降りて横島のところに向かい、そして向かい合うようにして彼の膝に跨った。以前から、どこかからかうように甘えるような仕草でじゃれついて来た事はあったが、修学旅行中に風香、史伽と張り合ってから、それが激しくなってきた気がする。
 彼女達に対抗意識でも燃やしているのか、まるで抱き着くかのような態勢だ。しかも、横島の首に手を回し、3号は1号、2号とは違うこともアピールしている。
 そしてエヴァは、そのまま身体を寄せて、横島の耳元で何かを囁いた。
 何を語ったかは、傍から見ている者達には分からない。それを聞いた横島はしばらく瞑目していたが、やがて仕方がないと溜め息をついて、エヴァの提案を渋々受け容れるのだった。

「では、明日の夜、ここに集合だ。お前達もな」
「え、私達も?」
「貴様らのようなギャラリーが多い方が、都合が良いんでな」
 更にエヴァは、まき絵達四人に桜子も見学に来るように言ってきた。ネギが魔法使いである事を知る者と言う条件さえ満たせば、他の者を連れてきても良いとの事だ。
「横島さん、負けませんよ!」
「お手柔らかに頼むぜ。お互い怪我しないように」
 神多羅木に負けて落ち込んでいたはずなのだが、ネギはもう立ち直っている。
 その目も力を取り戻し、今すぐ戦い始める事もできそうな勢いだ。
「ぼーや、その元気は明日に取っておくんだな」
 ネギの様子を見て、エヴァは笑っている。
 横島の方のやる気は今一だが、ネギの方がこれならば、明日は激しい戦いが繰り広げられる事だろう。

 そして、明日の話が一段落ついたところで始まるのは、この家では最早恒例とも言える事である。
「それじゃ、明日の試合があるから、今日の授業料は…」
「フッ、私にツケが効くとでも思ったか?」
 言うやいなや、横島の膝の上に跨ったままのエヴァは、彼の首元に顔を埋め、『今日の授業料』を頂くべく思い切り噛み付いた。これまでにも横島に対しては何十回も噛み付いてきたが、やはり首元が一番しっくりくるらしい。
 そもそも、払うべきはネギなのだが、授業料などは建前である。横島がこの家を訪れるたびに、エヴァは何かと理由を付けて彼に噛み付いている。

「あああ〜、もう何かクセになってきたような…」
「そうかそうか、良い心掛けだ」

 丁度その時、茶々丸達三人が夕食の料理を持って現れたのだが、そこでソファの上で横島に抱き着くようにして血を吸うエヴァを見た茶々丸は、何も言わず横島にレバー料理を一品追加するため、再びキッチンへと戻って行った。
 こちらも何十回とエヴァが横島に噛み付く場面に立ち会っているだけあって、二人の扱いには慣れたものである。
 キッチンに戻った茶々丸は、大きな業務用冷蔵庫を開けて中を見ながらふと思った。エヴァは美食家であるがゆえに、餌付けが非常に有効なのかも知れないと。



つづく


あとがき
 神多羅木にスポットライトを当ててみました。
 彼は原作でも『風花旋風、風牢壁』を使っていますが、彼が指から放っているのが本当に風の精霊による『魔法の射手』なのか、そもそも彼が風系の魔法使いであるかどうかも分かりません。
 今後、原作で異なる設定が出てくるかも知れませんが、『見習GSアスナ』では、神多羅木は「風系に特化した魔法使い」と言う設定で行くことにします。ご了承ください。

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