topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.40
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「はい? 俺に、図書館探険部に入れと?」
「その通りです」
 やはり横島の聞き間違いではなかった。
 夕映はずいっと身を乗り出して顔を近付けてくる。
「なんでまた…」
「ネギ先生との戦いを見て思ったのです。貴方ならば、図書館島の大司書長に対抗できるとっ!」
「…例の図書館島の地下にトラップ仕掛けてるとか言う、あれ?」
 図書館島の地下深くに潜むと言う大司書長、その話は高音や愛衣から聞いていた。実はガンドルフィーニをはじめとする魔法先生達からも聞いていたが、そちらについては覚えていない。刀子やシャークティから聞いていれば話は別だっただろうが、彼女達とはそんな話をした事はなかった。
 高音達の話によれば、侵入者をからかう、かなり性格の悪い人物らしい。夕映は一体何を以って横島が大司書長に対抗し得ると考えたのか問い質してみたいところではあるが、ネギとの戦いを見てそう思ったのならば心当たりは山のようにあるので、それ以上は考えない事にする。

「一つ、聞いても良いですか?」
「何だ?」
 この時点では、まだ横島にも余裕があった。
 水を飲みながら、軽い気持ちで夕映の言葉を聞こうと、先を促す。
「横島さんを京都に送り込んだのは、ネギ先生ではありませんね?」
「…へ?」
「GSを雇うにはそれなりに経済力が必要です。ネギ先生が雇ったと考えるよりも、別の雇い主が居たと考える方が自然でしょう。木乃香さんの護衛として京都に行ったと言う事は、木乃香さんの関係者。そして、京都で何度も聞いた『関東魔法協会』と言う言葉、これはネギ先生以外にも魔法使いが存在し、関東を拠点とした組織が存在する事を意味するです」
 頬を紅潮させ、興奮気味に捲くし立てる夕映。
 冷静で物静かな子だと言う印象を抱いていた横島は、意外な彼女の一面に圧倒されてしまう。
「横島さん、ズバリ聞きますが…横島さんを京都に送り込んだのは学園長ですね? 関東に居る木乃香さんの関係者は、祖父である学園長以外考えられません。横島さんが、学園長室に何度も出入りしていると言う状況証拠もあるです」
「くうぅっ!?」
「おそらく、学園長も魔法使いで、この麻帆良学園都市こそが、関東魔法協会の拠点。そう考えると、学園の関係者の中に魔法使いが潜んでおり、学園都市の施設である図書館島も、魔法使いが…って、何するですか!?
 夕映の言葉を遮るように、突然横島は夕映を横抱き、所謂「お姫様抱っこ」で抱き上げると、大急ぎで会計を済ませてレストランから飛び出した。
 横島はネギと違って認識阻害の魔法など使えないのだ。昼食時のレストランは周囲に人も多く、その上、興奮してテンションの上がってきた夕映はどんどん声が大きくなってきていた。そんな状況で魔法、魔法と連呼されては堪ったものではない。
 当然、この時間帯は店内に限らず、食堂棟全体で人通りが多い。そんな衆人環視の中を、抱きかかえられたまま走るなど、夕映にとってはそれこそ堪ったものではない。降ろしてくれと横島をポカポカ叩くが、如何せん彼女の細腕ではまったく効果がなかった。
 そのまま横島は食堂棟を抜け、人目の無いところできっちりと話をするために、人気のない方、人気のない方へと走って行く。恥ずかしがる夕映の声を後に残しながらの爆走であったため、かなり周囲の注目を集めてしまったであろう。
 とは言え、夕映の声にさほど緊迫感は感じられず、年の離れた兄妹か何かのじゃれ合いのようにも見える。
 乱痴気騒ぎなど、麻帆良学園都市では大して珍しくもない。ほとんどの者は自分には関わりのない事と気にも留めなかったが、周囲のギャラリーの中に若干約二名、走り去るその姿に如実に反応した者達が存在した。

「…あ、あれ、お兄様、ですよね?」
「あのバカ、白昼堂々何をやって…!」

 愛衣と高音の二人である。
 愛衣の目には、ウフフアハハと笑い合い、周囲に花を撒き散らしながら軽やかに野を駆けているように映り、高音の目には、嫌がる少女を無理矢理拉致しようとする誘拐犯として映っていた。
 比較的、高音の方が真実に近いが、この場合はどちらも的外れである。双方、横島に対する印象と言う名のフィルターを通して見ているため、豪快に誤解している。
「愛衣、追うわよっ!」
「ハイ、お姉様!」
 二人は、横島達の後を追って動き始めた。
「待ってなさい、横島忠夫ッ!」
 一人は正義の魔法使いとしていたいけな少女を救うために。
「お姉様、やっぱり妬いてるんですね!」
 そして、もう一人は更に一段階誤解を発展させながら。
 どうやら彼女の中では、既に三角関係が形成されているらしい。それだけではなく、実はこれは誤解であり、この一件で二人は互いの想いを再確認し合うと言うストーリーが出来上がっていた。ハルナが知れば、きっとマンガ研究会にスカウトしていたであろう。素晴らしい想像力、いや、『妄想力』である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.40


 一方、麻帆良女子中学校では、ネギがエヴァによって呼び出されていた。
 ネギが一人で会いに行くのを嫌がったため、カモが肩の上に乗り、のどかが付き添って二人と一匹で彼女に会いに行く事にする。
「お、来たか…って、宮崎のどかも一緒か? まぁ、従者だから構わんが」
 まさかエヴァも、昨日の「修行」で怯えられているとは思うまい。
 呼び出された場所は屋上、普段ならばまき絵達四人が一緒に居るはずだが、今はエヴァが席を外させているため、ネギ達を待っていたのはエヴァと茶々丸の二人だけであった。
「例の紙の筒、調査が終わったから渡しておこうと思ってな」
「ああ、関西呪術協会の長からもらったアレだな?」
「ククク、面白い事が分かったぞ」
 唇の端を吊り上げて笑いながら、茶々丸の手渡した紙の筒を開く。
 開いたその紙は、古めかしい地図であった。何かしらの地下に埋まった建造物を横から見た図だ。
 ネギは一見しただけでは、それが何であるか見当もつかなかったようだが、のどかの方がそれを見て「あっ…」と声を上げる。
「流石は図書館探険部、これが何であるかが分かったようだな」
「は、はい…これ、図書館島の地図…ですよね?」
「えぇっ!?」
 ネギが驚きの声を上げてのどかの方を見ると、彼女はコクリと頷いた。
 しかし、のどかの知る地図はここまで詳細なものではないため、彼女も興味深げに広げられた地図を見ている。
 エヴァが「これを見てみろ」と地図の一点を指差した。そこには古めかしい地図に記されているには明らかにそぐわない文字、日本語で書かれた「オレノテガカリ」と言う一文があった。その脇にはご丁寧にピースサインをした男の顔の落書きが添えられている。その顔はどことなくネギに似ている。エヴァには分かった、その落書きはネギではなく『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』ナギ・スプリングフィールドであると。
「つまり、これが父さんの手掛かりですか?」
「………それはどうだろうな?」
 おずおずと問うネギに対し、エヴァは困った表情で腕を組んで、頭を捻る。どうやら彼女は、この地図については疑ってかかっているようだ。
 この地図は一体何時、誰が、誰の手に届けるために詠春に渡したものなのか。もし、ネギの手に届けるための物だと言うのであれば、その者は、イギリスはウェールズに通じるゲートに程近い魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に暮らすネギが、京都に来る事を知っていた事になる。
 そもそも、『千の呪文の男』が消息不明となり、死んだとされたのは、ネギが生まれるよりも前の話だ。ネギ宛の物だとすれば、それは『千の呪文の男』が消息不明になった後に用意された物。また、それを預かった詠春は彼に繋がる何かしらの情報を持っていると言う風に考えられる。
「長さんは、消息不明になった後の父さんを知っている…?」
「本当に『千の呪文の男』が近衛詠春に預けたとすれば、な」
「べ、別の人が仕掛けた罠…と言う事、ですか?」
「のどかの姐さん、それも変な話だぜ。罠だとすれば、一体何を目的としているのか。兄貴を誘き寄せるにしても、回りくど過ぎる――いや、確実性が無さ過ぎると言うべきか」
 カモの言う通りだ。
 何時ネギの手に地図が渡るか、何時ネギが地図の場所に行くかは分からない。仮に罠だとすれば、仕掛けた相手はずっと図書館島の地下深くで待ち構えているとでも言うのだろうか。
 疑って掛かればキリがないが、最悪の場合、図書館島地下深くで待ち構えている者、詠春、近衛近右衛門、果てはネギの日本行きを決めた魔法学校の校長まで、関係者全員がグルとなってネギの行動を誘導していると言う可能性も有り得る。カモは引きつった笑みを浮かべて、冷や汗を垂らした。
「ずっと図書館島の地下に隠れてるなんて…まさか、大司書長!?」
 のどかも図書館探険部だけあって大司書長の事は聞き及んでいた。エヴァの方もその存在については知っているようで、驚きの表情ののどかに対し、コクリと頷いて返す。
「私達魔法使いも、ヤツについてはよく知らん。空豆ジジイなら知っているかも知れんが…聞いたところで答えてはくれんだろうな」
 「ヤツはああ見えて腹黒い」と付け加えるエヴァ。個人的な恨みも混じった評価だが、魔法先生達にも秘密にされている大司書長の正体を、尋ねたところで教えてもらえるはずがないのは事実であろう。
 かく言うエヴァは、最も高い可能性として『千の呪文の男』の関係者、かつての仲間辺りが図書館島に潜んでいる可能性を考えていた。つまり、地図もその者が用意して詠春に預けたと言うわけだ。
 『千の呪文の男』失踪に関する、関係者しか知らない情報をネギに伝えるため、ネギが来るのを待っている。そう考えると色々としっくりくる。
「宮崎のどかには言うまでもない事だが、図書館島の地下は非常に危険だ」
 大司書長は命の危険がないように苦しめる事を目的としているようだが、それはあくまでトラップと魔法生物の事。通常の事故による怪我人は後を絶たない。
 その事を聞いたネギは、知らなかったとは言え、かつて『メルキセデクの書』を手に入れるために生徒達を引き連れて図書館島に挑戦した事を思い出し、身震いしていた。しかも、あの時は魔法が使えない状態だったのだ。全員無事に戻ってくる事ができたのは、運が良かったとしか言いようがない。
「まぁ、調べに行きたいと言うなら止めはせんが、罠かも知れないと言うのは覚悟しておけよ。あと、この地図によれば、目的の場所はかなり深い階層だ。ここまで潜れば、大司書長も侵入者を排除するのに手加減せんと言う事を忘れるな」
「は、はい…」
 神妙に頷くネギであったが、その目は調査に行きたいと如実に語っていた。危険だろうが、そこに父親の手掛かりがあるかも知れないと考えると、居ても立っても居られないのであろう。
 エヴァは、そんなネギの考えが手に取るように分かるのだが、同時に言っても止まらない事も理解していた。ここはしばらく監視を付けておくべきかと、ネギに気付かれないように小さく溜め息を付く。
「ゲッゲッゲッ、苦労するなぁ、真祖さんよォ」
「黙れ、小動物」
 カモに見られてしまったので、とりあえず締め上げておく事にした。


「ふー、ここまで来たら大丈夫だろ」
 横島が夕映を連れて到着したのは、食堂棟を抜け、更にクラブ棟を抜けた先、世界樹の木陰だった。放課後になればこの辺りもそれなりに生徒達の姿が見えるのだが、今は昼休みのためか人影はない。
「俺もあんま気にしてないんだけど、魔法使いの事はバレると不味いんだ。気を付けてくれ」
「す、すいません。つい興奮してしまって」
 テンションが上がってしまうと暴走しがちである事を自覚している夕映は素直に謝った。
 しかし、スカウトを諦めたわけではない。更に詰め寄って横島に迫ってくる。
「しかし、そうやって必死に隠そうと言う事は、やはり本当なんですね? この麻帆良学園都市に関東魔法協会があるんですね!? ならば、図書館島もやはり…っ!」
いやいやいやいやいやっ! 魔法使いはネギで、ネギの正体がバレると、アイツはオコジョにされて魔法界に強制送還だからっ!」
 魔法先生達については、まだ知られるわけにはいかない。何とか否定しようとするが、必死過ぎる否定がいけないのか、夕映は信じられないと言わんばかりのジト目で横島を見ている。
「関東魔法協会って、あれだ、東京だよ! 六本木に魔鈴さんって『現代の魔女』と言われる人がいてね! 麻帆良に居るのはネギとエヴァだけだから! 他に魔法使いなんていないから!」
「『現代の魔女』…むぅ、それは聞いた事があります」
 何とか誤魔化そうと、仕方なくネギ達と違って、表でも名が知られている魔鈴の名前を出してみると、夕映はその動きをピタリと止めて何か考え始めた。彼女の興味はオカルト方面にも向いているようで、『現代の魔女』については、その名を耳にした事があるようだ。
 この方向で行けば何とか誤魔化す、いや、この場だけは切り抜けられる。後で魔鈴に迷惑を掛けてしまうかも知れないが、それについては謝り倒すしかないだろう。
 夕映が黙り込み、それを見て横島がほっと胸を撫で下ろしていると―――

「横島君、其処に直りなさい! この魔法生徒、高音・D・グッドマンが正義の鉄槌を下してあげるわッ!!」

―――そこに横島の目論みを粉々に吹き飛ばす闖入者が、どこかで見たヒーローのようなポーズを決めて現れた。
 正に最悪のタイミングである。
「…魔法、生徒?」
 夕映はギギギとぎこちない動きで高音の方に顔を向け、そして再びギギギと横島の方へと向き直る。
 どうやら、高音の方は横島をお仕置きする事ばかりに気を取られてしまい、夕映の存在を意識の外に追いやってしまっていたようだ。続けてやってきた愛衣が夕映に気付き「あちゃー」と、手で顔を覆っている。
「やっぱり居るじゃないですか、横島さん!」
「堪忍やー! 仕方なかったんやーっ!!」
 夕映は『バカブラック』、『バカリーダー』と呼ばれているが、それはあくまで学校の成績の話。本来はとても聡明な子なのだ。魔法使いである高音が自ら「魔法生徒」と名乗ってしまっては、いくら横島でも誤魔化しようがない。
 こうして、横島の必死の誤魔化しは豪快に音を立てて瓦解する事となったのだ。

「やはり、この麻帆良学園都市には関東魔法協会があって、大勢の魔法使いが居るんですね」
「はい、その通りでございます」
「魔鈴さんと言うのは?」
「魔法世界に移民する際に分かれた内、人間界に残って現代までに滅んでしまった魔法使いの魔法技術を復活させようとしている、所謂『表の魔法使い』ってヤツでして、こちらは正体隠さなくていいそうです。て言うか、世界的な有名人でございます」
 深々と頭を下げる横島。結局、彼等は全てを白状させられてしまった。高音も自分の失敗を悟ったらしく、しおらしく正座をしてしゅんとなっている。
 横島は、学園長達がネギの成長のために魔法先生、生徒達の存在を明かしていない事も教えて、口止めする事を忘れない。夕映も、先程失敗し掛けた事もあって、それについては素直に承諾してくれた。
「と言うか綾瀬さん、ネギ先生が魔法使いだって事知ってたんですねー」
「京都の一件で大勢にバレちまったからな。もう、あのクラスの半分以上が知ってるぞ」
「そんなに軽々しく魔法使いである事を知られて…オコジョにされても知りませんわよ」
「その時は貴女もオコジョですね」
「はぅっ!?」
 冷静な夕映のツっこみに高音はショックを受けて突っ伏してしまった。そう、ネギが魔法使いである事を知られているように、高音も今ここで魔法使いである事を知られてしまったのだ。芋づる式に愛衣が魔法使いである事を知られてしまっている。頬に触れる芝生が心地良いが、それを堪能する余裕はなさそうだ。精神的に。
 実際のところ、高音はそう不味い事をしたわけではない。
 麻帆良学園都市には、危険に陥るとどこからともなく「魔法オヤジ」や「魔法少女」が助けに来ると言う、根強い人気を誇る都市伝説があった。横島は自警団でも、いざと言う時に魔法先生達の援軍に向かう控えと言う立場にあり、普段は一般人のルートを警備しているため、あまりそのような場面に出くわす事はないのだが、高音達にとってはそれこそ「よくある事」であった。横島は既に忘れかけているが、この麻帆良学園都市は、世界樹と呼ばれる神木『蟠桃』や図書館島地下に眠る貴重な魔導書を狙う者達から、密かに度々襲撃を受けているのだ。
 確かに横島にお仕置きする事ばかり考え、夕映の事を忘れて名乗ってしまったのは余計であったが、元々学園内で危険に陥った者達を助けるのは彼女達の仕事なのだ。今回の場合は、姿を覆い隠してくれる夜の闇がなく、夕映が魔法使いの事情を知っていたために、あっさりと高音達の正体まで辿り着いてしまったわけである。

「話がズレてしまいました。そんな事よりも、横島さん! 是非、図書館探険部にっ!」
「その話、まだ終わってなかったんかい」
 横島は思わず裏手でツっこみを入れるが、夕映にとってはそれこそが目的なのだから当然だ。
「そもそも、何が目的なんだ? あそこが魔導書を保管する場所だって事は今教えただろ。一般人が魔導書を手に入れても…」
「それも興味ありますし、図書館島の謎を解き明かしたいとは思いますが、とりあえずは地下十二階まで降りたいと考えているです」
「地下十二階?」
「あ、それって…」
 夕映の言う「地下十二階」に、愛衣は心当たりがあった。
 図書館島の地下迷宮に放たれている無数の魔法生物達。浅い階層のそれらは、侵入者を安全の捕らえ、追い返す事を目的としているのだが、ある階を境に侵入者を力尽くで排除しようとするタイプに変わる。それが丁度地下十二階なのだ。魔法先生、生徒が集まってメンテナンスを行う際も、高音達は地下十二階以降に降りる事は許されていない。
 そこから先は本当の意味での命懸けの探険であり、大学部の図書館探険部員でもほとんど足を踏み入れない領域となっている。そんな危険な場所に夕映は一体何の用があると言うのか。横島は疑問符を浮かべるが、こちらには高音に心当たりがあった。
「…なるほど、貴女の目的は『女神の休憩所』ね」
「ハイ! そこにある自販機は、素晴しい品揃えをしていると言われていますが、詳しい事は何一つ分かっていません。私はその謎に挑戦したいんです!」
 高音の指摘に、悪びれる様子もなく目を輝かせる夕映。
 図書館島の地下迷宮、迷宮と言ってもあくまで「図書館」であり、当然各所に休憩所が存在している。そこには自販機などが設置されており、地上の自販機では見掛けない奇妙な品揃えが売りとなっていた。夕映が普段飲んでいる奇妙なジュースも、この休憩所で購入したものだ。無論、地下深くではなく、せいぜい地下一、二階の休憩所の物だが。
 この休憩所、地下深くに降りて行くほど、どんどん品揃えが珍妙な物になっていくのだが、地下十二階に降りてすぐにある休憩所だけは、他のそれらと様子が違っている。かなり規模が大きく、ジュースだけでなく軽食の自販機も用意されており、その気になればキャンプができるぐらいの広さを誇るのだ。そのため、関係者の間では、地下十二階の休憩所は『女神の休憩所』と呼ばれている。
 しかし、高音はそれを、大司書長が仕掛けた巧妙な罠だと考えていた。と言うのも、前述の通り、図書館島の探険は、危険度が跳ね上がる地下十二階以降が本番だ。つまり、地下十一階を制覇した時点で満足し、十二階以降の危険さに恐れをなして帰られてしまうと面白くないのだ。他ならぬ大司書長が。
 地下十二階以降を探索するための拠点となる場所をあえて用意する事で、探検者達を誘き寄せようとしている。「大司書長は、探検者達を挑発している」と見ている高音は、『女神の休憩所』の存在理由を、そう解釈していた。
「私も今まで色々な自販機のジュースを試してきましたが、軽食の自販機だけは利用した事がありません。地下十一階までなら降りた事はあるのですが、どうも通常の方法では地下十二階以降には降りられないようで…」
 ちなみに、夕映はかつて地下十一階から、トラップによって最深部、地下三十階の『地底図書室』まで落とされた事があるのだが、これはあくまで裏道、ショートカットルートに過ぎない。帰り道も、地上一階までの直通エレベーターしかなかったため、地下十二階から二十九階までは、いまだに足を踏み入れた事がなかった。
「そこで、俺の力を借りたいと。でも、話聞いてると、俺一人じゃどうにもならんような気がするんだが」
「大丈夫です。更に二人増えましたから」
「えー! 私達もですかっ!?」
 にっこり笑った夕映が肩をポンと叩くと、愛衣はやはり驚きの声を上げた。高音もすぐさま反論しようとするが、そこではたと気が付いてしまう。自分達と夕映は、ある意味運命共同体になってしまっている事に。
 ブラックリストに名を連ねている事からも分かるように、夕映が図書館島を探索しているのは無断であり、本来はルール違反だ。つまり、彼女は今、高音達を口止めしなければならない立場にある。それだけならば良いのだが、同時に高音達も魔法使いである事が知られてしまったため、同じく夕映を口止めしなければならないのだ。互いに秘密を持つ運命共同体、悪く言えば「共犯者」である。
「あああああ、私のキャリアが〜!」
 大変な事になったと高音が頭を抱えていると、ここで夕映が起死回生の一言を口にした。
「横島さんは一般生徒でも魔法使いでもなく、ある程度融通の効く立場にあると思うのですが、いかがでしょうか?」
「ん、そりゃ、まぁ…」
「魔導書を盗みたいと言っているわけではありません。休憩所の自販機で買い物をするだけです。それに、先程の話によれば、他ならぬ図書館島の総責任者である大司書長は、地下迷宮に挑戦する事を良しとしているのではないですか?
「ハッ!」
 その言葉に高音がバッと勢いよく顔を上げた。
 そのまま立ち上がると、再びポーズを決めて高らかに宣言する。
「分かりました、綾瀬さん。この高音・D・グッドマン、魔法生徒ではなく一人の魔法使いとして、大司書長の挑戦を受けましょうっ!」
「お姉様!?」
 愛衣が涙目で悲鳴のような声を上げるが、高音は止まらない。
 わしっと夕映の手を取り、まだ昼だと言うのに二人で夕日を指差し燃え上がってしまっている。
「お、お、お兄様〜、どうしましょう〜」
「どうしましょうって…こうなったら止まらんだろ。特に高音」
 愛衣が胸元にしがみ付いて助けを求めるが、横島はもはや諦めの表情であった。対する高音は完全に立ち直ったらしく、表情は輝かんばかりだ。
 彼女の中では大司書長を名乗り、一般人、つまりは図書館島に挑む図書館探険部員達を弄ぶ悪の魔法使いに挑む自分と言う構図が出来上がっているらしい。何とも逞しい限りである。
「出発はいつ?」
「今夜にでも」
「横島君、聞いての通りよ! いいわね!」
「…いや、お前がいいなら、俺はかまわんけど」
 横島としても、高音も行くならば拒む理由はない。むしろ、高音の方から積極的に誘ってくるならば、行く先が地雷原であろうともホイホイと付いて行ってこそ横島だ。
 そんな二人のやり取りを見て愛衣は、やはり横島は高音の頼みには弱いのだと、嬉しそうに微笑んでいた。
 こちらも妄想力に溢れること夥しく、高音とは別の意味で逞しいと言えるだろう。


 四人のやり取りを、遠く離れたところで見ている者が一人存在した。
「ふーむ、四人で図書館島にのぅ」
 学園長だ。彼は麻帆良女子中の学園長室で、水晶球を使い横島達の様子を窺っていた。
 普段から彼等を監視しているわけではない。実は、横島達が居たレストランに、弐集院も客として居たのだ。そこで夕映が魔法魔法と連呼しているのを耳にし、横島が彼女を担いで飛び出して行ったため、すぐさま彼は学園長に連絡をしたと言うわけだ。
「……ま、いいじゃろ。高音君も愛衣君もそろそろじゃろうし」
 もし、横島と夕映の二人だけで潜ると言うのであれば、学園長は何かしらの手を打っていたであろう。四人で地下十二階以降、もっと深い階層に潜ろうとしていても同様である。
 だが、高音、愛衣を含めた四人で十二階までならば、放置していても問題ないと彼は判断する。大司書長の性格もあり、この辺りは結構アバウトなのだ。むしろ彼は新しいオモチャを見つけたと喜ぶであろう。
「タイミングとしては、ちょっと微妙じゃが…」
 小さく呪文を唱えると、水晶球に映る画像が切り替わる。
 そこに映っているのはネギとのどか、そしてカモ。エヴァのログハウスを出た二人と一匹は、そのまま図書館島に移動していた。
 こちらを見ていたのは、エヴァから連絡を受けたからだ。彼女はしばらくネギを監視しておかねばと言っていたが、彼女自身が何かしらの手を打つわけではない。学園長に密告し、何かあったら報せるようにと、彼に監視の役目を押し付けたのだ。

 どうやらネギは、今夜にも行動を開始するらしい。彼自身はカモだけを連れて潜ろうと考えていたようだが、そこにのどかが図書館島ならある程度案内できると、同行を申し出ていた。
 当然ネギは断ろうとするが、ここでカモが待ったを掛ける。一人だけなら無茶をしがちなネギも、のどかを守らなければならないと言う責任感を押し付ければ、無謀な真似はしないだろうと考えたカモは、のどかを連れて行くべきだと主張。二対一となってしまい、ネギもしぶしぶ承諾していた。
 これでネギ達も今夜行動を開始するだろう。魔法先生、生徒達の存在を隠す側としては、横島達と鉢合わせにならない事を祈るばかりである。

「さて、あやつに連絡を取っておくかのぅ」
 横島達、そしてネギ達の動きのおおよそを把握した学園長は、脇に置かれた電話の受話器を手に取る。
 掛ける先は外部ではなく内線、ただし備え付けられた番号一覧表にはない番号だ。
「ああ、ワシじゃ。そちらの調子はどうかね? 変わりない?」
 電話先の相手と和やかに談笑している。
 その様子から察するに、親しい間柄のようだ。
「実は活きの良いのが二組、合計六名、十二階以降に潜ろうとしていての〜。片方は十二階が目的のようじゃが、もう片方と言うのがネギ君なのじゃよ」
 受話器の向こう側の相手が、息を呑むのが伝わってくる。ようやく来るべき時が来たとでも思っているのだろうか。

 ここまでくれば、もうお分かりだろう。会話の相手は図書館島の主、大司書長である。
 学園長は、麻帆良学園関係者の雇用主であり、図書館島も麻帆良学園の一施設。考えてみれば当然の事なのだが、学園長と大司書長はやはり繋がりがあった。
「そこまで辿り着けるかどうかは分からんが、半分素人の従者の生徒を一人連れておる。君の方でも気に掛けておいてくれ。ネギ君に会うかどうかの判断は君に任せるつもりじゃが…できれば厳しく判断して欲しい。今はまだ、彼がじっくり育つための時間が必要じゃからな」
 受話器の向こうで大司書長が過保護だと苦笑している。それは学園長自身自覚があった。
 とは言え、消息不明となった『千の呪文の男』を追うと言う事は、それだけ危険な事なのだ。まだ子供であるネギを無責任に放り出し、彼の二の舞にする事だけは絶対に避けたいと思うのは当然であろう。ネギは学園長の孫である木乃香よりもまだ幼いのだから尚更だ。
 その気持ちを察したのか、大司書長は笑ってネギの件を引き受けてくれた。
 その代わり、ネギの方に集中するためもう一組の方は設置しているトラップと魔法生物に任せる事となると言っているが、横島達ならば問題なかろうと学園長は二つ返事でそれを承諾する。
 学園長はこれで安心だと一段落したようだが、逆に大司書長は残念そうな様子であった。学園長が放っておいても問題ないとする程の者達、彼にとってはそちらの方が良いオモチャとなるのだろう。
 雰囲気の変化から、それを察した学園長は「くれぐれもネギ君の事、よろしく頼むぞい」と念を押して受話器を置いた。
 大司書長は人をからかうのが大好きな性格をしているが、ネギに関わる事であれば、きっと彼の方を優先してくれるに違いない。多分、おそらく、きっと。
「………」
 しばらく無言で天井を仰いでいた学園長であったが、やはり安心し切れないのか、再び電話を手に取った。
 今度は内線ではない。手に取ったのは学園長室の電話ではなく、携帯電話だ。掛ける相手も携帯電話なので、番号を登録してあるこちらの方が手っ取り早い。

「ああ、神多羅木君かね? 実は今晩、ネギ君が図書館島に挑戦するんじゃが、また覆面被ってサポートに付いてもらえんかの〜」

 電話の相手は魔法先生の神多羅木。
 やはり大司書長だけに任せておくのは不安だったのだろう。何とも脆い信頼であった。



つづく


あとがき
 例の地図に関するあれこれ。
 大司書長に関するあれこれ。
 この辺りは『見習GSアスナ』独自の設定です。
 と言うか『大司書長』と言う肩書き自体が独自のものです。ご了承ください。

 大司書長の正体については、原作を知っている人ならば大体予想はついているでしょうが、今のところは内緒と言う事にしておきます。

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