topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.41
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 夕映をリーダーとした図書館島探検隊が結成された後、その場はそのまま別れた夕映、横島、高音、愛衣の四人。この日は横島達三人が揃って夜の見回りがない日なので、早速今夜の内に地下迷宮に挑む事にした。
 図書館島の閉館時間は午後六時であり、更に図書委員達が一時間程残って作業をしている。夕映によれば、閉館後二時間経過すれば図書館島に人はいなくなり、忍び込む隙ができるそうだ。早めに図書館島に入って潜んでおく事がコツらしい。警備する側である横島達から見れば、警備が始まる前から図書館島に潜むと言うのは盲点である。
「そう言えば、俺達図書館島の警備ってしてたっけ?」
「周辺は私達魔法使いの警備ルートに入ってますけど、図書館島そのものはしてませんね。大司書長の管轄ですし」
「…そのルート決めたのは?」
「………学園長、ですね」
 警備する側に言わせれば、隙のある警備ルートと言うのは問題がある。しかし、ある前提条件を踏まえて考えてみると、別の一面が見えてきてしまう。
 大司書長としては、侵入者が全くいなくなってしまうとつまらないのだ。学園長が噂通りに彼と繋がりがあると考えれば、あえて侵入者が入り込む隙を作っている可能性が高いと見ていいだろう。
「学園長も大司書長とグル…ですわね」
「そちらの話も踏まえて判断すると…今まではわざと見逃されてたのかも知れませんね」
 裏の事情を察してしまった高音と夕映は、揃って複雑な表情をしていた。
 これ以上詮索を続けても藪から何とやらである。そう感じた一行は、今夜の待ち合わせの時間と場所だけを確認すると、何事もなかったかのように、その場は早々に別れるのであった。

 一方、ネギも今夜の内に早速図書館島に挑むつもりらしい。エヴァは彼の態度から何となく察しているようで、学園長もそのエヴァから報告を受けて知っているのだが、現在のところそれを本人から聞いているのは、肩の上のカモと、エヴァの所に行くのに付き添ったのどかだけである。
「あの、ネギ先生…私がナビゲーター、しましょうか?」
「ナビゲーターですか?」
「前に図書館島に行った時みたいに、私、安全なルートを知っていますから」
「いえ、しかし…」
 のどかは同行を申し出るが、やはりネギは良い顔をしない。図書館島が危険である事は承知しているので、彼女を巻き込みたくないのだろう。
 しかし、のどかも引き下がらなかった。図書館探険部である彼女は当然ネギ以上に図書館島地下迷宮の危険性を熟知している。だからこそ、内部構造を把握していないネギ一人を行かせる事は如何に危険であるかが嫌と言うほど分かっているのだ。
 これはどちらも引き下がりそうにない。見かねたカモがフォローに入る事にした。
「兄貴、兄貴、のどかの姉さんが言うのも間違っちゃいないぜ」
 ただし、フォローをするのはネギではなくのどかだ。カモとしてはネギがのどかを巻き込みたくないと言うのも分かるし、極力彼の行動を応援したいのだが、論理的に考えて情報もなしに単独で潜るのは危険と判断したのだろう。
「カモ君…」
「前と違って魔法が使えるんだ、のどかの姉さんを守りながら進むのも難しくねぇ。むしろ、情報ないまま進む方が危険なんじゃねぇかなぁ?」
「そ、そうですよ。図書館島はトラップとか一杯で、前の時だって夕映がいなかったら、裏口にも行けませんでしたし」
「うぅ…」
 思わぬ助け船の到来に、のどかはここぞとばかりにずいっと身を乗り出してネギに詰め寄った。こうなってしまってはネギも断り切る事ができない。なんだかんだと言ってネギも頭では理解しているのだ、一人で図書館島に潜る事がいかに危険なのかを。
 そして、図書館探険部であるのどか以上の案内役はいない。いや、のどかよりもアーティファクトの恩恵もあり、性格的にも荒事に向いているハルナや、あれで意外と行動力のある木乃香、何より一人で、何の力も持たずに知恵だけを武器に図書館島に潜り続けている夕映の方が案内役としては適役なのだが、何と言ってものどかはネギの『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である。繋がりと言う面であれば彼女程の適役はあるまい。ハルナも従者なのだが、仮契約した経緯が経緯なので彼女に対しては怯えがあるようだ。その点のどかに対しては安心感がある。
「なぁ兄貴、豪徳寺の兄さんも呼んだらどうだ?」
「うぅ、来てくれたら心強いけど、言ったら止められそうで…」
「…あー、止めるな。兄さんなら」
 カモはもう一人の従者である豪徳寺を呼べばどうかと提案するが、これにはネギは良い顔をしなかった。なんだかんだと言って、豪徳寺はネギに対して過保護な面がある。もし、ネギが図書館島地下迷宮に潜るから付いて来て欲しいと頼めば、まず心配して引き止めようとするだろう。加えて、エヴァに止められたにも関わらず、父の手掛かりを求めて図書館島に侵入するのをネギは後ろめたく思っているようで、あまり多くの人にこの事を吹聴するのは避けたいらしい。
「となると、兄貴とオレっちとのどか姉さんで行くか」
「カモさん、大丈夫ですよ。この詳細な地図がありますから、安全なルートで目的地まで辿り着けるはずです」
「へへっ、姉さんの腕の見せ所だな。頼んだぜっ!」
「はい!」
 既に同行する事は確定事項として盛り上がるのどかとカモ。
 ネギは最後までのどかを説得しようとするが、昼休みが終わる予鈴が鳴るのを聞いて、ついに諦めてしまう。溜め息をついてのどかの同行を承諾すると、今夜の待ち合わせ時間、場所を決めて、二人揃って教室へと戻っていくのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.41


 その日の晩、横島達は高音の提案で、図書館島本館前の広場を待ち合わせ場所にして集合していた。一方のネギ達は女子寮で二人揃ってからこっそりと出発し、杖で空を飛んで裏口へと向かったため、横島達と鉢合わせする事はない。どうやら、侵入する入り口が異なるらしい。
 広場にまず到着したのは横島、麻帆男寮では一人で部屋を使っているので、寮から抜け出すのも容易いものだ。次に到着したのは夕映と愛衣。こちらも夕映が普段から抜け出し慣れているため、今日もスムーズにここまで来れた。魔法も使わずにこっそりと寮から抜け出す夕映の技術を目の当たりにして、愛衣は舌を巻いたらしい。
 しかし、高音はまだ姿を見せない。時計を見ると約束の時間の十分前だ。
 彼女は聖ウルスラ女学院の生徒であるため、夕映達とは寮が異なる。彼女も魔法生徒としての見回りが以前からあったため、寮を抜け出すのは慣れているはずなのだが、今日は初めての図書館島地下迷宮の探索であるため、メンテナンスを行うのとは違うと気合が入り、準備に手間取っているのかも知れない。
「お姉様ったら、気合入ってるんですね」
 案の定、愛衣は高音が「横島と一緒だから、気合を入れてオシャレをしている」と勘違いしている。

 高音が姿を現したのはそれから十分後、約束の時間きっかりであった。
「待たせたかしら?」
「いえ、丁度約束の時間です…って、何ですか、その格好は」
「私の戦闘服よっ!」
 胸を張ってそう答える高音は、ビスチェのような衣装と丈が短めのフレアスカートを身に纏っていた。ビスチェとは本来下着なのだが、彼女の堂々とした態度を見るに、デザインが似ているだけなのだろう。特に胸元は大胆に大きく開いており、色も黒を基調としていて艶やかな雰囲気を醸し出している。プラチナブロンドの髪をなびかせ、透き通るような白い肌をした高音には非常に良く似合っているが、もし夕映が同じ格好をしろと言われれば全力で拒否する事間違いなしである。
「ふおぉぉぉーっ!?」
 そんな彼女の姿を見て鼻息を荒くする男が一人。言うまでもないが横島である。
 すぐさま勢いを付けて飛び付こうとするが、それは高音の方も予測済だったようで、彼女の影から現れた三体の使い魔の拳が横島の顔面に炸裂。横島はあっさりと撃墜されてしまった。 
「さ、行きますわよ」
 何事もなかったかのように高音は胸元から鍵を取り出して、図書館島本館の扉を開ける。それを見た夕映は、何故か驚いて目を丸くした。
「あの、まさか真正面から入る気なのでしょうか?」
「は? ここ以外に入り口は…って、貴女はブラックリストに名を連ねる図書館探険部員でしたわね」
 夕映の正体を思い出し、ふぅと溜め息を付く高音。
 図書館探険部は、ある意味魔法先生よりも図書館島について熟知している者達だ。その中でもブラックリストに名を連ね、図書館島にどっぷり浸かっている夕映であれば、隠された入り口の一つや二つ、知っていても不思議ではない。
 かく言う夕映は、高音達と知り合わずに横島と二人だけで図書館島に挑むのであれば、横島を前回も使った裏手にある秘密の入り口に案内するつもりだった。
「我々は、正々堂々と大司書長に挑戦するのです。黙って付いて来なさい」
「…仕方ないです」
 夕映は、この図書館島に正々堂々挑んだところで、トラップで痛い目を見るのがオチだとは思ったが、それ以上に、図書館島のメンテナンスを行っている魔法使いが使うルートと言うのに興味があった。今回はそれを知るまたとないチャンスだと、おとなしく先頭を進む高音に従う事にする。
「あのー、もうちょい丁寧に」
「黙ってなさい!」
 そして横島は、二体の使い魔に両足首を掴まれて引きずられていた。一体の使い魔が高音の前に、すぐ後ろで二体の使い魔が横島を引きずり、その後ろに夕映と愛衣が続く形だ。
 横島は無言で引きずられるままになっている。抵抗を諦めた――わけではなく、真剣な表情でその視点は一点、いや、二点に注がれている。
「愛衣ちゃんは体操服の短パンでガード、夕映ちゃんは…ぬぉっ、紐か!?」
「どこ見てるですかっ!?」
 頬を染めた愛衣がバッとスカートを手で押さえ、同じく顔を真っ赤にした夕映が腰に装着していたバッグの一つ、特に重いものを横島の顔目掛けて落とした。
「お子様が紐なんか穿くんじゃない! 仮に中学生でも早いわーっ!!」
「ほ、放っといてください! これには理由があるです!! って、『仮』って何ですか! 私はれっきとした中学三年生ですッ!!」
「背伸びしたいんか!? 夕映ちゃんもやっぱり背伸びしたい年頃なんかぁーっ!?」
「お・だ・ま・り」
 騒ぎが大きくなってきたので、高音が使い魔を使って横島を黙らせた。
 それだけでは終わらず、どこからか長い棒を持ってきてまるで捕らえた獲物のように、手足を縛ってぶら下げた。これでは首をどう動かそうが見えるのは使い魔だけだ。
「さ、行きますわよ」
「あれ? 高音、エレベーターは使わんのか?」
「エレベーター? この図書館島には階段しか――いえ、ありましたね」
 メンテナンスの時のようにエレベーターを使わずに、一般の利用者が使うルートで地下に下りて行こうとする高音に横島は疑問の声を上げる。それを聞いた夕映も疑問符を浮かべるが、直後に自分達も地底図書館から地上まで直通のエレベーターを使った事があったのを思い出した。
「エレベーターは全て職員用です」
「探索者がそれを使うには『ブルー・アームバンド』が必要ですから」
 ピシャリと一言で切って捨てる高音。それを愛衣がフォローする。
 横島は、前のメンテナンスの時は使っていただろうと言い返すが、愛衣によれば、あれはメンテナンスの時のみ貸し出されるもので、作業が終われば、魔法先生達に返す物なのだそうだ。
 階段を下り、地下一階に入った一行は、高音が魔法で出した灯りを頼りに背の高い本棚に囲まれた道を進んで行く。棒にぶら下げられたままの横島は視線を真上の天井に向けるが、闇に覆われていて天井を見る事ができない。道は全体的に本棚の影となっており、高音の灯り以外に照明はほとんどないため、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
「…やはり、魔法使いは下のルートを通るのですね」
「下? 上もあるんですか?」
 やはりと、したり顔の夕映の言葉に愛衣が問い返すと、夕映はすっと上を指差してみせた。愛衣だけでなく横島と高音も釣られて上を見上げるが、そこにはやはり暗闇しかない。いや、正確にはそこに在るのだが、それと気付く事ができないと言うべきだろうか。
 夕映が指差したのは、天井ではなく本棚。よく見ると、本棚と本棚の間に板が渡されている。そう、夜に図書館島に忍び込む図書館探険部の面々は、本棚に囲まれた通常の通路ではなく、本棚の上を道としているのだ。
「私達の場合、本棚の上を通るのが通例とされています。下を通るのは愚か者のする事だと」
「…な、なるほど〜、魔法生物は下の通路を徘徊してますからね」
 それを聞いた愛衣は納得した様子で感嘆の声を上げた。
 彼女が知る限り、侵入者に備えて放たれている魔法生物達は、基本的に地面の上を歩くものばかりだ。つまり、この異様に高い本棚の上を行けば、そのほとんどをスルーする事ができる。
 愛衣は常々、魔法も使えない一般生徒がどうやって図書館島を探索しているのかと疑問に思っていたのだが、これが答えなのだろう。蓋を開けてみれば何てことはない。おそらくこれも、大司書長が用意した図書館島を探索するための抜け道の一つだ。
「力ある者は下の道を、力なき者は知恵を以って上の道を…ますます作為的なものを感じるわね」
 高音の方は愛衣と違って、実に機嫌が悪そうだった。
 図書館島の本来の目的は、貴重な魔導書を守る事だ。しかし、大司書長はそれを餌にして遊んでいる。生真面目な性格の高音にはそれを許す事ができない。
「そんな風に言われると、図書館探険部としても複雑ですね…」
 困った表情の夕映。自分の意志で、謎のヴェールに包まれた図書館島に挑んでいたと言うのに、いきなりその舞台裏を聞かされてしまったのだから当然であろう。
 ただし、彼女はこう見えてかなりの負けず嫌いである。与えられた情報を処理し切れずに混乱するような選択肢も彼女にはない。現在進行形で彼女の脳裏には、今までのそれとは異なる目的が浮かび上がってきていた。
「高音さん! 私達の手で魔導書を手に入れるのですっ!」
「そ、そうですわね! そうすれば大司書長も自分の愚かさに気付くはずっ!」
「その通りですっ!」
 打倒、大司書長。大司書長が自分達で遊ぼうと言うのならば、それが甘い考えであったと思い知らせてやろう。
 一つの目標に向かって、二人は手を取りあがって燃え上がっていた。
「お姉様…」
「高音ってさ、結構単純なとこあるよな」
 一方、蚊帳の外となっている横島と愛衣は、どこか呆れた様子でそんな二人を眺めていた。特に愛衣は、尊敬するお姉様の痴態を、他ならぬお兄様に見られてしまって、顔を真っ赤にして小さくなってしまっている。穴があったら入りたいとは、正に今の彼女の事だ。
「て言うか、愛衣ちゃん解いてくれ。そろそろ頭に血が昇ってきた」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね…」
 横島に頼まれて、愛衣は彼の手足を縛る紐を解き始めた。使い魔達も主である高音が夕映と盛り上がってこちらに見向きもしないので、じっと立つばかり。解放された横島は、盛り上がる二人をよそに、まずは愛衣の頭を撫でて礼を言う。愛衣は一瞬驚いた様子であったが、やがて小さく微笑んで、されるがままとなっていた。


 下の道で夕映と高音が盛り上がっているのとほぼ同じ頃、ネギはのどかの案内で上の道を通っていた。
 自ら魔法を封じていた前回とは異なり、ネギも魔法を使える上、のどか相手に隠す必要もないので、二人で杖に乗って空を飛んで進んでいる。
「あれ、下の方に誰かいる…?」
「ほ、他の図書館探険部員の人かも知れませんよ〜」
「なるほど、認識阻害の魔法を掛けています。一気に行きましょう」
「そうだな、他の連中に見つかるのは避けねぇといけねぇ」
 眼下にうっすらと灯りが見えるが、本棚が相当な高さであるため、下の道ははっきりとは見えない。そのため、ネギ達は下に居るのが横島達と気付く事無く、その頭上をすいっと飛び去ってしまった。
「次はどうしますか?」
「この地図によると…空を飛べるのなら、ここの通風孔を使ったらどうでしょう?」
 のどかはネギの後ろで、エヴァから返してもらった例の地図を開いている。それによると、のどかも知らなかった隠し通路があるようだ。地上から地下へと貫く通風孔と思われる巨大な縦穴。空でも飛ばねば利用する事はできないが、それを使えば地下十一階までショートカットができると言う代物だ。実際に行ってみなければ断言はできないが、地図によると、この通風孔の底から更に隠し通路が延びており、例の「オレノテガカリ」の場所まで通じているはずだ。
「なるほど、空を飛べるからこそのルートだな」
 ネギの肩からのどかの肩の上へと移ったカモは、地図を覗き込んでキラーンと目を輝かせる。いかに図書館島の地下迷宮がトラップだらけだろうとも、そのような通風孔にまでは仕掛けてはあるまい。
「あ、あそこです!」
 のどかが指差す先には、大きな杖を持った魔法使いの老人のレリーフがある。遠目に見れば壁に貼り付いているように見えるが、近付いてみると、それは錯覚で、実はレリーフと壁の間には隙間があり、その陰に隠し通路が存在していた。ネギ達はのどかが落ちないように気を付けてその中へと入って行く。
 すると、そこにはネギの身長でやっと、のどかでは屈まなければ進めないほどの狭い通路があった。
 その通路自体が傾いているため、のどかはほとんど這うような体勢で地図を開いている。
「ここを抜ければ、通風孔です」
「分かりました、行きましょう」
 そう言って、ネギはのどかの手を引いて歩き始める。地図によれば通風孔まではあと少しの距離。ならば僅かな時間だけでもと、のどかは頬を紅く染めて、その手をぎゅっと握り返すのだった。


 一方、ぶら下げられた獲物状態から解放された横島とその仲間達の一行は、ネギのようなショートカットはしないものの、順調に地下十二階に向けて歩を進めており、現在は地下七階まで到達していた。
 高音は一体の使い魔を影に戻して二体の使い魔を前に立たせ、自らは横島と並んで使い魔の後に続き、その後を愛衣と夕映が続く。幾度か、横島がこっそりと高音の胸元を覗き込もうとして殴られたりもしたが、それ以外は特にトラブルも起きていない。
 正確には、何度も魔法生物の襲撃があったのだが、この辺りには侵入者を安全に捕らえるための魔法生物がほとんどであり、高音や愛衣にとっては戦い慣れた相手だったので、トラブルと言うほどではなかったのだ。
 そんな中、夕映はどんどん口数が少なくなっていく。隣の愛衣が気付いて声を掛けると、横島と高音も何事かと振り返った。
「……い、いえ、そろそろ休みませんか? 少し進んだところに、地下七階の休憩所があるはずです」
 もじもじと休憩を提案する夕映。少し汗ばんでおり、顔色も悪い。
「お、おい、ホントに大丈夫か?」
 横島も心配そうな顔で覗き込むが、夕映は「何でもないです」と視線を逸らすばかり。口ではそう言っているが、その態度は何でもなくはない。
 心配した高音が夕映を背負おうとするが、それは横島が止めた。高音が夕映を背負って、そちらに意識を割くようになると、使い魔のコントロールが甘くなってしまう。それならば、横島が背負い、高音が使い魔と共に周囲を警戒していた方が良い。愛衣が背負えれば一番良いのだろうが、小柄な彼女にそれを求めるのは酷と言うものだ。
 そう言われると高音の方も納得したようで、横島は夕映を背負おうとその場にしゃがむ。しかし、夕映の表情はどうにも芳しくなく、動こうとしない。何事かと本格的に心配になってきた横島、高音、愛衣が揃って顔を近付けると、顔を真っ赤にした夕映の小さな唇が、蚊の鳴くような小さな声で、ポツリとこう呟いた。

「………もるです」

「さぁー、休憩所に行こうかぁっ!」
「きゅ、休憩所はここを真っ直ぐ行った角を右です!」
「休憩所近辺に魔法生物はいないはず、安心して進んで!」
 おお慌てで夕映を抱き上げると、横島は休憩所に向けて駆け出した。先程背負われるのを拒否したのも、足を広げるのを嫌がったのだろう。足にぐっと力を込める夕映を、極力揺らさないようにして横島は走る。
「も、申し訳ないです…」
「中まではついて行けないからな、後は自分で何とかしろよ!」
「大丈夫です、脱ぎやすいの穿いてるです」
「そのための紐かぁーッ!?」
 そんな会話をしながら先行した二人は休憩所へと辿り着いた。どうやら間に合ったようで、降ろされた夕映はすぐさまトイレへと駆け込んで行く。
 後に残された横島が周囲を見回してみると、トイレの隣には小さな部屋があり、片方の壁際にはベンチが並んでいて、その向かい側の壁には自販機が並んでいる。
 地下七階まで休憩無しに進み、いい加減喉の渇いていた横島は、何か飲もうと自販機の前に立つ。値段は百円と良心的だ。百円硬貨を入れて、どれを飲もうかと指をボタンの方へと向けるのだが、そこでその動きがピタリと止まってしまった。
「…なんじゃこりゃ?」
 そこに並んでいた商品は「抹茶コーラ」、「ミルクコーラ」、「プリンコーラ」、「七味コーラ」。思わず自販機のメーカーを確認してみると、普段街中で見かける物と同じ――と見せかけて、実はロゴに書かれた文字が一文字だけ違っていたりする。
 並んでいた他の自販機も確認してみるが、どれもどこかで見たようで、それでいてどこか一部分だけが彼の知るそれらと違っていた。並ぶ商品も異常な物ばかりで、「俺の男汁」と言う名前を見た瞬間、彼の中の危険を察知するメーターは振り切れてしまう。
 これは、自販機の存在そのものが罠かも知れない。そう思い至った横島は、次にトイレも罠かも知れないと考え、夕映の身が危険だと踝を返して女子トイレに飛び込んだ。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
 次の瞬間響き渡る夕映の悲鳴。トイレの中で敵に襲われた――間違っていないのだが、その敵はトラップや魔法生物の類ではない。
「何、堂々と覗きに来てるですか!?」
「ちょ、ちょっと待て、誤解だっ!!」
 その敵の名は横島忠夫。
 どうやら、よほど慌てていたのか、夕映は扉を開けたままだったようだ。そこに突然横島が飛び込んできたのだから、悲鳴を上げるのも当然である。
 横島の方も自分の失敗を悟り、後ずさりしてトイレから出て行こうとするが―――

「横島君、何やってるのーっ!?」

―――駆けつけた高音が弾丸のように放った使い魔のドロップキックが、横島の後頭部に見事に突き刺さった。

「誤解や〜、夕映ちゃんが危険やと思ったんや〜」
 高音より少し遅れて愛衣が駆けつけると、丁度使い魔の集団が横島を吊るし上げているところで、驚いた彼女は、慌てて高音を止める。
 降ろされた横島に話を聞いてみると、自販機がトラップのようなので、夕映の方も危険だと思ったとの事。
 トラップだらけの図書館島でも休憩所にだけはトラップがないと言うのが図書館探検部だけでなく、魔法先生、生徒達の間でも常識だったので、何かの間違いだろうと愛衣達は自販機を調べてみるが異常は見つからない。
 やはり、横島はただ単に覗きに入っただけで、口からでまかせを言っているのだろうと、高音は再び使い魔を使って横島を吊るし上げようとするが、ここで愛衣がある事に気付いた。
「あの、お兄様、ここでは自販機に変な飲み物が並んでいるのが普通なんですよ?
「なに!?」
 おずおずと話す愛衣の言葉に横島は驚きの声を上げ、高音と夕映はポンと手を打った。
 その後、夕映がバトンタッチして解説役を買って出る。まだ恥ずかしいようで頬を染めたままであったが、この図書館島の休憩所に並ぶ自販機は、地上では買う事のできない、ここ独自と思われる商品が並んでいる事を懇切丁寧に教えてくれる。
 当然、高音と愛衣もその事を知っているようだが、この二人と夕映では、明らかに反応が違っていた。
「お兄様が変だと思うの、無理ないと思いますよ」
「フン、これも大司書長のお遊びよ」
「意外とクセになる味なのが多くて、こちらも探求し甲斐があるですよ」
 目を丸くした三人の視線が、一斉に夕映に集まった。
 しかし、彼女はそんな視線を気にも留めない。先ほどトイレに行ったばかりだと言うのに、自販機の商品を見て何を飲もうかと選び始めている。
 思い出してみれば、夕映はいつもあのような紙パックのジュースを手にしていた。今にして思えば、それらは全てこの図書館島で手に入れた物なのだろう。
 彼女が「紐」を穿いている理由も、突き詰めればそこに行き着くのかも知れない。
「ハァ、何か無駄に疲れたわ」
「せっかくですし、休憩していきましょうか」
 そう言って二人は、疲れた様子でベンチに腰掛ける。
 ここで横島は、男の甲斐性を見せようとジュースを奢ろうとするが、目の前に並ぶ自販機に並ぶラインナップは危険なものばかりだ。仕方なく、彼女達を呼んで自分で選ばせる事にした。
 酷な事をしていると思うが、水分補給無しに突き進むのはそれ以上に危険だ。夕映が水筒は必要ないと言っていたので、その類の準備をしていなかったのだが、彼女と自分達との味覚の違いについては、それこそ想定外である。
「…念のために聞きますけど、横島君は何を?」
「う〜ん、『豚骨ミルク』かなぁ? 豚骨ラーメンの隠し味に牛乳って聞いた事が有るような、無いような…とにかく、飲めないもんではないと思う」
「なるほど…」
 高音は納得した様子で、再び自販機に目をやった。
 とは言え、ここで横島に追随するのは意気地がないように思える。そこで高音は、あえて別の物を選ぼうと試みた。
「それなら、私は『トマトミルク』で」
「なるほど、無難っぽいな」
 スープとしてならば、普通に有りそうな組み合わせである。  二人揃って、おそるおそる口にしてみるが、案の定、まだ飲める代物だったようで、二人はほっと胸を撫で下ろす。互いに交換して一口飲んでみるが、大丈夫だ。お互い良いチョイスをしたらしい。
「ならば、私は『パインキムチミルク』で」
 ふと夕映の方を見ると、同じミルクシリーズの中でも一際危険信号を放つ一品を手に取っていた。そのまま夕映は、迷う事なくストローを刺して飲み始める。横島と高音が思わず口を押さえて顔を背けたのは言うまでもない。

 そんな中、一人だけまだジュースを選んでいない愛衣。
 どれも異様なジュースばかりなので、その中から一つを選べと言われても、決心がつかないようだ。
「愛衣、貴女も『トマトミルク』にしたら? 決して飲めないものではないわよ」
「そうですね、それじゃ…」
 高音に促されるまま『トマトミルク』のボタンを押そうとするが、その手を横島が掴んで止めた。
 何事かと横島の方を見てみると、彼は既に愛衣のためのジュースを買ってくれていたようで、一つのパックジュースを差し出してくる。
 迷う自分のために選んでくれたのかと、愛衣は嬉しそうに受け取ろうとするが、パックに書かれたロゴを確認したところでピシッと音を立てて硬直してしまった。

『俺の男汁』。

 その異様な雰囲気に物怖じしてしまう愛衣。
 名前も異様だが、横島もどこか興奮した様子でこちらも異様だ。パックジュースを手に愛衣に迫る姿は最早犯罪直前である。
「さぁさぁさぁ、飲むんだ愛衣ちゃん。『俺の男汁』ぅぅぅ〜ッ!!
「あのあわ、私…私…」
 顔を真っ赤にして、涙目で抵抗できずに迫られるままの愛衣。当然、姉代わりである高音が、そんな場面を見逃すはずがなかった。
「いい加減になさい、このセクハラ男ーッ!!」
「へぶぅっ!?」
 使い魔を使わずに、直接回し蹴りを炸裂させた。突然の奇襲に、横島は成す術なく壁に叩き付けられる。
 当然の如く、高音は横島の手から『俺の男汁』を奪うと、そのままゴミ箱に捨てようとするが、そこに夕映が「あの、名前は変ですけど、中身はただの牛乳カルピスですよ?」と口を挟んだ。
 同時にピタリとその動きを止める高音、横島はやおら立ち上がり「その通り、俺は普通に飲めそうなのを選んだだけなのサ」と胸を張った。怪しい事この上ないのだが、なんと、愛衣の方は信じてしまったらしい。
「分かりました。私、飲みます、お兄様の男汁!
「いや、それは誤解を呼ぶからやめてくれ」
 真っ直ぐに純粋な瞳で見詰める愛衣に、横島の方がいたたまれなくなってしまったようだ。  結局、愛衣は『俺の男汁』を受け取って嬉しそうに飲み始めるのだが、その間横島は、自分でやっておいて恥ずかしいのか、「こんな純粋な子に、わいは、わいは〜!」と、壁に頭を叩き付けて身悶えていた。

「自業自得、ですね」
 そして夕映はあくまでも冷静であった。
 その手にあるのは『パインキムチミルク』ではなく『ガーリックメロン』、どうやら二本目に突入したらしい。



つづく


あとがき
 図書館島内部に関する各設定は、原作の描写をベースに色々と独自設定を付け加えて書いています。
 また、夕映のジュースについてですが、実際に作って飲んでみた方達のレポートから、美味しいかどうかを判断しています。『豚骨ミルク』、『トマトミルク』はそれなりに美味しいそうですが、『パインキムチミルク』、『ガーリックメロン』はあまり美味しくないそうです。
 『俺の男汁』に至っては詳細不明ですが、上記のレポートでは牛乳入りのカルピスと言う説が多いので、これを採用させていただきました。ご了承ください。

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