topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.42
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「さて、やっとここまで来たわけだが…」
「ここからが問題、ですね」
 地下七階での一騒動を終えた後、大司書長の仕掛けたトラップ、魔法生物達の襲撃を掻い潜り、一行は地下十一階に到着していた。階段を降りてすぐの所で夕映の広げた地図を皆で覗き込み、この階層の構造を確認している。
 その地図は夕映の手書きのようで、所々に書き込みがある。つまり、夕映は単独でこの地下十一階を何度も探索していると言う事だ。もっとも、戦う術を持たない夕映は本棚の上を通っていたのだが。
「んで、夕映ちゃんは地下十二階への入り口が見つけられなかったと」
「はい、私では本棚の上を歩くしかありませんので…」
 なるほどと高音は光の届かぬ廊下の先に視線を向けた。
 地下十二階への道が隠されているならば、どうしても床を調べる必要がある。しかし、ここまで来ると魔法生物達もかなり強力なものになっているので、本棚の上を通ってここまで来た者達には荷が重い。
 言い方を変えれば、本棚の上だけを通って行けるのはこの階層までと言うことだ。これも大司書長の仕掛けだとすれば上手い手だ。十二階以降は冗談や誇張を抜きにして命懸け。下の道を通る力の無いものは、これ以降に進む資格は無い。
「こっちの横から見た全体図では、中央辺りに地下十二階に続く一本の道があるんですね」
「あると思うのですが、それがどこかまでは…」
「高音は知らないのか?」
「残念だけど、地下十二階以降はメンテナンスも含めて全て大司書長の管轄だから、私達も降りる事は許可されてないのよ。理由は魔法使いでも危険だからと聞いているわ」
「どんだけ危険なんだよ、この下って」
 図書館探険部である夕映が知らなくとも、魔法生徒である高音ならば知っているのではないかと尋ねてみるが、彼女も知っているのは地下十一階までらしく首を横に振った。
 全体図を見てみても、地下十一階と十二階の間はかなり厚い土壁で隔てられている。それだけ危険なものを押し込めているのだと考えると、横島は今すぐにでも帰りたい思いだ。急に足元が冷えてきたような気さえしてくる。
「…今日はもう帰らない?」
「何を言うです! ここからが本番、さぁ、行きますよっ!!」
 微かな望みに縋り、横島はおずおずと帰還を提案してみるが、やる気満々の夕映にあっさりと却下されてしまった。高音もこの階層を探索せずに帰るのは片手落ちと考えているようで、二人して突き進んで行く。
「仕方ないなー。愛衣ちゃん、行くか」
「はい、お兄様」
 十二階への道が見つかるにしろ、見つからないにしろ、この階層を探索しなければ収まらないだろう。
 ここまでなら安全だと言うのだから、あと少し付き合おう。意気揚々と進む前の二人とは裏腹に、後を進む二人は仕方がないと言いたげな苦笑を浮かべていた。

 三体の使い魔に前方を守らせながら地図を手掛かりに進んで行く高音と夕映。
 そもそもこの十一階と十二階を繋ぐ唯一の道、地図の上ではただの一本の道に見えるが、全体の縮尺を考えればかなり大きな穴だ。本当にこのサイズの穴が開いているとすれば、本棚の上からでも見えるだろう。高音もメンテナンスで何度かこの階層を訪れているが、こんな穴など見たことがなかった。つまり、単純に穴が開いているわけではない。何かしらの仕掛けがあるに違いないと二人は結論付けた。
「そいや『ブルー・アームバンド』だっけ? あれがこの階にあったりしないか?」
 横島達がメンテナンスを行う際に職員用のエレベーターを使ったが、あれは地上一階から地下十一階までしかなかった。ならば、『ブルー・アームバンド』もこの階層までのどこかにあってもおかしくはない。そして、ここに来るまでにそれらしき物は見つからなかった。
 確実にこの階層にあると言い切る事はできないが、ある可能性は高いと言えるだろう。
「確かに、あるかも知れないわね。図書館探険部の方では何か聞いた事ないかしら」
「それが…」
 高音が問い掛けると夕映は困った表情で言葉を濁した。
 確かに、図書館探険部員の中に『ブルー・アームバンド』を手に入れた者がいると言う話は聞いた事がある。しかし、いくら調べてもそれが誰であるかに辿り着く事はできなかった。それどころか『ブルー・アームバンド』がどこにあったかと言う情報も見つからなかったのだ。これは入手者が意図的に情報を隠蔽している可能性が高い。

「実はその噂自体が探してみろって言う大司書長の挑戦だったりして」

 横島がふと思い付いた事をポツリと呟くと、夕映達はピタリを動きを止め、その視線が横島に集まった。彼女達の表情は揃って、その発想はなかったと言いたげである。
 つまり、誰が持っているのか分からないのではなく、実は誰も持っていない。噂だけが広まっていると言う事だ。考えてみれば、全体図自体、夕映が地下迷宮で探し出してきたものだ。これで全体図がない状態で『ブルー・アームバンド』を手に入れれば、地下迷宮は地下十一階までと思うかも知れない。
「そ、そう言う風に考えると、色々と納得できてしまう事が…」
「これも、大司書長の悪戯ですの…?」
 そして、二人して頭を抱えてしまった。考えれば考えるほど、横島の考えが正しいのではないかと思えてくる。
 つまり、『ブルー・アームバンド』がメンテナンスを円滑に行うための物である事は確かだ。しかし、それを利用して探索者を篩いに掛けている。そう、守るべき魔導書を利用して遊んでいるように。
 一般人が地下十二階以降に降りてしまって命を落とす事を防ぐと言う意味では上手い手である。
 大司書長を敵視している高音としてはあまり認めたくないのだが、これについては認めざるを得なかった。

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 夕映としては、謎に包まれた図書館島の謎を解き明かすために今まで危険を承知で単独で探索を続けていたのだが、それが横島、高音達と出会う事で妙な方向から知りたくない裏側を垣間見てしまった。
「そう考えると…あまり認めたくはないのですが、地下十一階まではやはり大司書長の掌の上のお遊びなのかも知れないです」
 愛衣はその気持ちがなんとなく分かるようで、「そうですね〜」と複雑な笑みを浮かべている。
「『こちら側』の事情になりますけど、昔と違って私達魔法使いが実戦を経験する場も少なくなりました。図書館島は、自警団になる前に実戦経験を積む場でもあります。図書館島探険部の探索も、それを利用したと言えるかも知れませんね」
「つまり、『魔導書を守ること』、『魔法使いが実戦経験を積む場を提供すること』、『一般人を守ること』、大司書長はやるべき役目の全てをこなしているのですね」
「その通りなのが余計に忌々しいですわ」
「遊びながら、ですか。分かっていましたが、相当性格が悪そうです」
「それについては全面的に同意するぞ。話聞いてるだけでも性格悪そうだと思うし」
「あ、あはは…」
 大司書長は性格が悪い。その一点で意気投合する三人を横目に、愛衣はただただ黙って苦笑するしかなかった。

「しかし、問題はどうやったら十二階以降に行けるかだなぁ。それらしいもんは見当たらんし」
「高音さん、愛衣さん。魔法で探す事はできないのですか?」
「…夕映さん、魔法とはお話の中みたいに便利なものではないのですよ」
 要するに高音には使えないのだ。愛衣も同じく使えないらしい。
 溜め息を一つついた夕映は、横島から神通棍を借りて床をコンコンと叩きながら歩いている。前回、隠し通路を抜けた先から落とし穴に落ちて地底図書室に辿り着いた事があるので、どこかに十二階に続く落とし穴があるのではないかと考えているのだ。
「夕映ちゃん、十二階以降に行く方法も図書館探険部では聞いた事ないんか?」
「残念ながら…行った事があると言われている大学部の先輩が幾人かいますが、方法については全く」
 本当は行った事が無いのか、行ったからこそ、その危険性を認識して口を噤んでいるかのどちらかだろう。
 後者だとすれば、その大学部の図書館探険部員は命を奪いに来る魔法生物をどうにかできると言う事になるのだが、ここが麻帆良だと考えると何故か納得してしまう。横島ですらもだ。この男、自分でも知らぬ内に麻帆良に毒されているのかも知れない。

 ならば何か道を開くための仕掛けがあるのではないか。この図書館島地下迷宮探索自体が大司書長の仕掛けたお遊びであるのならば、ゲーム等でよくあるように、仕掛けを操作すれば新たな道が開くと言うのは有り得る話だ。
 横島は高音達にそれらしいところはないかと聞いてみるが――

「ゴメンなさい。私、そういうのはよく分からないから…」
「う〜ん、ルームメイトがやっているのは見た事があるんですけど」

――高音は、幼少の頃から魔法使いの修行に明け暮れて忙しかったためか、ゲームに関しては無知に等しかった。愛衣も時折ルームメイトと共に遊ぶぐらいで、あまり詳しくはない。
 一方、夕映はハルナがこういう事には異様に詳しいため、おのずと彼女も詳しくなってしまっていた。今まで見てきたこの階層の構造からそれらしいものはなかったかと思い出してみる。
「隠し通路の先ならば、ツイスターゲームがあったのですが…」
「…え、それ系なの?」
 ポツリと呟いた夕映の言葉に、横島の顎がカクーンと落ちたのも無理はあるまい。

「ほ、他に思い当たるものはありませんの?」
「地下迷宮と言っても、基本的に図書館ですからね。並んでいるのは本棚ばかりで…」
「まさか、ミステリーとかにあるみたいに、本棚の本を取るとスイッチがあって――なんてのだったら、探しようがありませんよね…」
 そう言う愛衣の視線の先にあるのは、通路を埋め尽くし、遥か頭上までそびえ立つ本棚の壁であった。この中からあるかどうかも分からぬスイッチを探せと言われれば、横島でなくとも迷わず逃げるだろう。
 何より、本棚の中にスイッチなど機械的な仕掛けだ。ある意味魔法使いにとっては盲点なのだが、大司書長も魔法使いであるならばそれは考えにくい。何故なら、この図書館島自体が魔法使いを鍛えるためのものでもあるからだ。魔法で解決できなければ意味がない。
「つまり、この階層を突破する事ができなければ、十二階以降に挑戦する資格がない」
「もしかしたら、ガンドルフィーニ先生達も、知っていて秘密にしているのかも知れませんね」
「むぅ…」
 悔しそうに唸る高音。夕映にそそのかされてとは言え、一人の魔法使いとして大司書長に挑戦するためにここまで来たが、こうなってくるとそれすらも大司書長の掌の上と言う気がしてくる。
 しかし、こればかりは開き直ってしまうしかないだろう。大司書長への敵意はこの際脇に置いておき、魔法使いとしての自分を鍛えるためなのだと考えた方が、精神衛生上良い。
「魔法を使って、ねぇ…俺も詳しく知らんが、媚薬を作ったり、服脱がせたり、認識阻害で色々と周囲にバレないようにしたり…」
「ま、間違ってはいないですけど〜」
「横島君にそうやって並べられると、認識阻害の魔法が途端に怪しいものになるわね…」
 それは横島だからであろう。
 ともかく、ここは魔法を使って何とかする場面なのだろう。それこそ高音と愛衣の出番だ。二人は早速、自分達の魔法で何が出来るのかと考え始める。
「とは言え、床にある隠し通路を探す魔法なんて…」
「お姉様の操影術で何とかなりませんか?」
 愛衣が尋ねてくるが、高音は無言で首を横に振った。
 彼女の操影術とは、魔法力を以って影から使い魔を生み出す術。影を伸ばしたり、その影の行く先にあるものを感知する類のものではない。あくまで戦闘用の魔法であり、探査、探知には向いていないのだ。できるとすれば、使い魔を先行させて、先に危険がないかを確認するぐらいである。
 逆に愛衣はと言うと、基本的な魔法は一通り使えるのだが、探査、探知を行うような専門的な魔法はまだ使えなかった。まだ必要な魔法を使えないのか、使えるが、使い方が分からないのか。それすらも分からないのが辛い。

 その時、全体図を覗き込んでいた横島が声を上げた。
「…なぁ、ちょいと気になるんだが、この横向きに伸びてる道って夕映ちゃんの言ってる隠し通路だよな?」
「ええ、地底図書室に向かうものですので、十二階に行くものではありませんけど」
「いや、これみたいに床じゃなくて、壁に通路あるんじゃないかなーっと。地下なんだから、周囲は土のはずだろ? 俺なら床がどーにもならんかったら、壁に穴開けるかなーって」
「あ…」
 それは盲点であった。
 更に地下に向かうものだから、隠し通路も床にあるとばかり考えていたので、壁については考えてすらいなかった。
「ちょっと待ってください。壁のほとんどは本棚に覆われています」
「いや、本棚もないところがある」
 そう言って横島は人差し指を上向ける。つられて高音達もそちらに視線を向けると、それに合わせて「ここって、天井が高いだろ?」と付け加えた。
 そう、壁際の本棚より更に上、異様に高い天井までのどこかに隠し通路が隠されているかも知れない。そこを調べるには、魔法使いの飛行の魔法が役に立つ。また、図書館探険部の者ならばワイヤー等の道具を使いこなす。文化部と思いきや、意外にも上を見ればアグレッシヴな部活なのだ。魔法を使えなくとも、上にある隠し通路を見つけ出す事は決して不可能ではない。
 夕映によれば、上部の壁にはレリーフなどがあり、ゲームをベースに考えてもそういう所に仕掛けが施されているのは有り得るとの事。
「ちなみに、横島さんの霊能力とやらで空を飛ぶ事は?」
「無理だ!」
 正確には、可能だが出来ない。横島が霊能力で空を飛ぶには、文珠を使った霊力の完全同期連携を行えば空を飛ぶ事も可能なのだが、この場では、高音が合体可能かどうかと言ったところであろう。彼女に合体しようなどと言えばどうなるかは火を見るより明らかである。
「となると、私の箒か」
「私の使い魔しかありませんわね」
 夕映と横島はワイヤーと言う手もあるのだが、それだとどうしても機動性に乏しい。二人が高音と愛衣のどちらかにそれぞれ同乗すれば四人で捜索する事ができるだろう。
「はいっ! それじゃ、俺は高音とーッ!!」
「お断りですっ!!」
 当然、横島は高音と共に行こうとするが、当然の如く高音は間髪入れずに却下した。それもまた当然である。
「あ、あの、お兄様? お姉様もああ言ってますし、私と一緒に行きませんか?」
「そ、そうだな…それで、どうやったら飛ぶんだ?」
「ハイ、箒に跨って…周りに力場がありますから落ちる事はありませんけど、バランスを崩さないようにしっかり掴まっていてください」
「ほほぅ、こうかな? こうがええんかな?」
「え、あ…ハイ…」
 愛衣のすぐ後で彼女の箒型のアーティファクト『オソウジダイスキ』に跨り、ぴったりと寄り添って鼻息を荒くしている横島。愛衣は恥ずかしそうに頬を染めていたが、高音が断った以上、自分が横島を連れて飛ばなければならないと考えているようで、彼を拒めないでいる。心底嫌と言うわけでもなさそうだ。
 そして、横島は愛衣が拒まないのをいい事に調子に乗り、ぎゅぅっと抱き締めるように手を回そうとする。
「何やってるの、横島君ーッ!!」
「ぐはぁっ!?」
 そこで我慢の限界を超えた高音の、影を腕に纏わせた拳が炸裂した。
 流石にこの男を野放しにはできない。仕方なく横島は高音が連れて行く事にする。愛衣の後には夕映が跨る事になった。普通に彼女の腰に手を回し、空へと浮かび上がっていく。
「それで、高音はどうやって飛ぶんだ? 杖も箒も持ってないだろ?」
「使い魔の背に乗るのよ」
「え゛?」
 そう言って、高音は横たわる使い魔の背に仁王立ちになった。
 慌てて横島も飛び乗るが、人の姿をした使い魔の背は不安定で足元がおぼつかない。
 そのまま高音はすぐさま愛衣を追って飛び立つのだが、こちらは愛衣の箒と違って力場で守られていないらしく――いや、高音自身は使い魔との何かしらの繋がりがあるのかも知れない。ふわっと柔らかく浮かび上がった愛衣と違って急激なスピードで動き出していると言うのに、高音だけは平然としている。
 しかし、ただ上に立っているだけの横島はそうもいかず、振り落とされないように彼女の腰にしがみ付いた。
「って、どこ掴んで…っ!」
「わざとやないっ! こっちも落ちないように必死なんやーっ!!」
「とか言いつつ、どこに手を入れてるのッ!?」
 高音が声を上げる度に、使い魔の速度がぐんっと上がる。
 その度に横島は振り落とされそうになり、高音にしがみ付く腕に力が込められた。
「うふふ、お姉様、やっぱりお兄様と一緒がいいのね」
「あれを見てそう言えるのならば、眼科と耳鼻科に行った方が良いです」
 夕映は飛び立つ高音達を見て、まず二人は当てにならないと感じた。
 自分と愛衣で隠し通路を探さねばと考えたのだが、続けて、その二人を見て嬉しそうに微笑む愛衣を見て、こちらも当てにはできないと考えを改める。夕映は自分が何とかしなければと使命感に燃えていた。



 一方、地上から地下深くまでを貫く大きな通風孔を進むネギ達は、目的の階層に辿り着いていた。
 一般人が入れないように張り巡らされた結界の先、芝生の地面が広がり、その上に立ち並ぶ石柱の列。その先には魔法使いの文字が刻まれた石造りの門があり、世界樹のものと思わしき根が覆い被さっている。
 この場所は最早図書館ではない、遺跡だ。
「カモ君、ここって…」
「間違いねぇ、魔法使いの遺跡だな。まさか、こんな東洋の果てでお目に掛かれるたぁ思わなかったぜ」
「ええ、そうなんですか!?」
 ネギとカモの会話に、のどかが驚きの声を上げる。
 この図書館島地下迷宮に魔法使いが関わっている事は聞き及んでいた。図書館島が建設されたのは明治の中頃と聞いているが、彼等の話を聞くに、この遺跡はもっと以前のものらしい。
「でも、どうして図書館島の地下に遺跡が丸ごと入っているのかな?」
「兄貴、それは逆かも知れねぇぜ」
「逆? そ、それって、図書館島に遺跡が入っているんじゃなくって…」
「その通り! 流石、のどか姉さんは話が早い」
 満足そうにカモは頷いている。
 そう、彼は『図書館島の中の遺跡』ではなく、遺跡を覆い隠すように図書館島が建てられたと考えていた。
 こうなってくると、大司書長の正体と言うのは目の前の遺跡、或いはその奥にある何かしらの魔法に関する何かの管理者と言う可能性が出てくる。
「う〜ん、やっぱりその地図を仕掛けたのは大司書長なのかねぇ…?」
「でもカモ君。そうだとしたら、大司書長と長さんはどういう関係なの?」
「それは………二人は知り合いなんだろなぁ、昔の仲間とか」
「と言う事は…」
 ネギの表情がみるみる内に輝きだし、その小さな手で杖をぐっと握り締めた。
 関西呪術協会の長、近衛詠春は、かつてネギの父である『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の仲間であった。その彼の昔の仲間であると言う事は、すなわち、大司書長も父の仲間と言う事になる。
「行こう、カモ君!」
「合点でさ!」
 ネギとカモは目を輝かせて前進しようとするが「あ、あの、でも、あの門、扉が閉まってますよ〜」のどかがそれに待ったを掛けた。
 彼女の指差す先を見てみると、確かに石造りの門は重厚そうな門扉を硬く閉ざしている。
 ネギはのどかを立ち並ぶ石柱の一つの陰に隠れさせると、カモを肩に乗せてじりじりと門へと近付いて行く。
 こう言った門は大抵、魔法に依る封印が成されている。トラップが仕掛けられている事も珍しくはない。ネギ一人と肩の上のカモだけならばネギ自身の魔法障壁でトラップから身を守る事ができるのだが、のどかはネギとの体格の差もあってネギの魔法障壁だけでは守り切る事が難しい。それ故に彼女だけは安全な所に下がらせているのだ。
 一歩、また一歩と門、そして門構えに刻み込まれた魔法の文字を警戒しながら近付いて行くと、ふとネギの頭上からベタベタとした液体が降り注いできた。何事かと顔を上げてみるが、巨大な何かが光を遮っており、影となっていてその姿を見る事ができない。
「ネ、ネネ、ネ、ネギせんせーっ! はやっ、はやく、そこから、離れてくださーいっ!!」
「兄貴、飛ぶんだッ!」
 大慌てののどかの声を聞き、真っ先に反応したのはカモだった。檄を飛ばし、ネギはそれが耳に届くと同時に弾かれたように杖に跨ってその場を離れた。
 すぐに柱の影ののどかに向かって飛び、彼女を杖に乗せると、間を置かずに門から距離を取る。
「なんじゃありゃあぁぁぁッ!」
 カモが驚愕の表情を浮かべて、白い毛並が青くなってしまっている。
 それも無理はあるまい。門から距離を取る事で、初めてその姿を視認する事ができたのだが、門の上の巨大な姿の正体は、二本の腕が翼となっている竜の亜種、ワイヴァーンだったのだ。
 竜と言ってもあくまで亜種であり、本当の意味での竜に比べれば劣るのだが、それでも並、いや並以上の魔法使いであっても歯が立つ存在ではない。
 ワイヴァーンもネギ達を獲物として認識したらしく、大きな咆哮と共にその翼を広げた。その咆哮の大きさに耳が痛くなるが、それを気に留めている暇はない。門から飛び立ったワイヴァーンは猛スピードでネギ達を追い始めた。
「ムッ!」
 カモが目聡くワイヴァーンの変化に目を留める。
 その顔の先端、口元が僅かに開き、凶悪な牙の隙間から漏れる炎らしきものが見えたのだ。
「避けろ兄貴! 火のブレスが来るぞッ!!」
「う、うん! のどかさん、しっかり掴まってください!」
「は、はいー!」
 ネギは、あえて目の前に迫る世界樹の根に向けて飛び、背後のワイヴァーンが炎を吐こうとしたその瞬間に、急加速して根の向こうへと回り込んだ。丁度、ワイヴァーンとネギ達の間に根が立ちはだかる形だ。炎は根が盾となって防いでくれている。
 ワイヴァーンはそのままの勢いで焼け焦げた根に激突。それで落ちるような事はないが、そのスピードは一時的に限りなくゼロに近付いた。ここから態勢を立て直してネギ達を追うにしても、加速に掛かる時間でネギ達は距離を稼ぐ事ができるだろう。
「このまま、通風孔まで逃げますよ!」
 通風孔からここに通じる通路はそれなりの広さがあるが、それはあくまで人間視点での話である。とてもじゃないが、ワイヴァーンが通れるものではない。
 その通路を抜けて通風孔に抜け出せば、ワイヴァーンはそれ以上追ってくる事ができない。そう判断してネギは脇目も振らずに急いだ。
「兄貴! どんどん近付いてくるぜ!」
「あとちょっとなのにっ!」
 ネギも精一杯急いでいるのだが、ワイヴァーンはそれ以上のスピードで迫ってくる。
 通路に突入するまでに追い着かれる事はないだろうが、通路に近付くにつれて周囲に世界樹の根が目に見えて少なくなってきていた。これではワイヴァーンが再びブレスを吐いてきた際に盾にするものが無い。
 カモにワイヴァーンの口元を注意して見るように頼んでいるのだが、曰く今にも吐きそうとの事。一端方向転換をして根に向かい、ワイヴァーンの炎を一度防いでから通路に向かうべきか。
 しかし、この位置からではほとんど真横に飛んで行かなければ根は無い。一度はブレスを防ぐ事ができるかも知れないが、その後、通路に向かう際にワイヴァーンの真横を通過する事になる。これは危険だ。
 彼に判断を下すために与えられた時間は一秒未満。
「…ッ! このまま突っ込みますッ!!」
 ネギは、どちらにしろ危険ならば短い時間で終わる方を選択した。
 ネギが通路に突入するまでにワイヴァーンがブレスを吐かなければネギの勝ち。
 吐かれてしまえば、このスピードを維持するために全力を注いでいるため、ブレスを防ぐ障壁を張る事もできないネギ達はそのまま炎に焼かれてしまうだろう。
 これは賭けだ。ネギは少しでも勝率を上げるために、杖を握る手から全ての魔法力を注ぎ込んで少しでもスピードを上げようと力んでいた。
 しかし悲しいかな、勝利の鍵を握るのはネギの杖のスピードではない。
「うわわわ! 兄貴、ヤツが口を開き始めた! 出てる! 炎が出てやがるぜ!」
「間に合わない…っ!?」
 気まぐれなワイヴァーンがいつブレスを吐くか、勝負の行方はその一点に掛かっている。
 そしてそれは、ネギ達の敗北へと動いた。
 この門を守る守護者であるワイヴァーンは、今までに何度も魔導書を狙う侵入者達を撃退してきた。その経験から理解しているのだ、このまま通路への脱出を許せば、侵入者を取り逃がしてしまうと。
「もうダメだーっ!!」
「ネギ先生!」
「すいません、のどかさんっ!」
 大きく開いたワイヴァーンの口の中で火球が渦巻いている。
 もはやこれまでか。ネギ達が思わず目を瞑ったその瞬間、突然炎のブレスではなく、ワイヴァーンの咆哮が響き渡った。
「…な、なんだぁ?」
 何ごとかとカモが恐る恐る目を開けてみると、ワイヴァーンが下顎から煙を上げてその動きを止めている。どうやら下顎に攻撃を受けた事で強制的に口を閉じられ、炎のブレスが中断されてしまったようだ。先ほどの咆哮は攻撃を受けたワイヴァーンが痛みのために上げた声だったのだろう。
 ネギ達はそのままスピードを落とす事なく通路へと突入、直後にワイヴァーンも通路に頭を突っ込むが、入ったところで首までだ。翼の付け根以降は進む事ができず、かと言ってうまく頭を抜くこともできずにもがいている。
 とは言え、この状態でもブレスは吐けるはずだ。のんびりと一休みするわけにもいかないネギは、更に強くのどかをしがみ付かせて、そのまま通路を抜け、直角に方向転換して地上を目指して通風孔を飛び続けるのだった。

「…『ブルー・アームバンド』がなければ帰れないところだったな」
 一方、いまだに頭が抜けないワイヴァーンを見上げる芝生の上には、首から上をスッポリと覆い隠す覆面のような赤い三角頭巾を被った神多羅木の姿があった。彼は学園長の依頼により、ずっとネギ達の後を追っていたのだ。そう、地上からワイヴァーンの下顎を狙い撃ったのも彼である。
 この状態では通風孔に戻る事ができないが、他にも職員用のエレベーターがこのフロアには設置されている。忘れずに学園長から『ブルー・アームバンド』を借りてきたので、神多羅木はこのままワイヴァーンを放置してエレベーターで地上に戻る事にした。
 流石のネギも、このまま別の場所を探索しには行かないだろうし、引き返して来る事もあるまい。地上で彼等が帰るのを確認すれば彼の仕事は終わりである。
 急な仕事であったが、終わってみれば案外楽な仕事であった。のどかのナビゲートがそれだけ優れていたのだろう。
 本来なら休みであったはずが、急遽代理で警備につく事になったガンドルフィーニに心の中ですまないと謝りつつ、神多羅木は赤い三角頭巾を取って職員用エレベーターに向かうのだった。



「あっ! ここのレリーフの裏、隠し通路がありますよ!」
「見つかったか!」
 一方、隠し通路を探索していた横島達は、愛衣が通風孔に続く通路を発見していた。高音の腰には相変わらず横島が落ちないようにしがみ付いており、こちらは探索にはあまり役に立たなかったようだ。
 そのレリーフは杖を持った老魔法使いの物であり、通路はネギ達が使用していた通風孔へと続いている。
 中に入ってみると、ネギ達は地図を頼りに目的のもの以外には目もくれなかったため気付かなかったのだが、通風孔の壁面には螺旋階段があり、どうやらこの通風孔は地上から深部までの各階へショートカットするためのものらしい。
 横島達が入ったのは地下十一階からだが、当然十二階に入るための通路もある。
「やりました! これで、地下十二階以降に進めるです!」
「って、ちょっと待て。今日は十二階までだぞ。『女神の休憩所』とやらに行くんだろうが」
 夕映は新しい発見に目を輝かせている。このまま放っておくと、地の底まで潜って行きそうなので、横島はしっかりと手を繋いで彼女が先に進み過ぎないように警戒しながら、十二階へと進んだ。
「皆、止まって!」
 先頭を使い魔と共に進んでいた高音が、レリーフの前でその足を止めた。
 どうやら外のフロアを警戒しているようだ。この隠し通路の構造が地下十一階と同じならば、このレリーフはかなり高い位置にあり安全なはずだが、考えてみれば魔法生物が上の階までと同じく地上を徘徊するだけとは限らない。この階層からは、大司書長も本腰を入れてくるのだから。
 高音はそっと外を覗いてみるが、幸いにも魔法生物が飛び交うような光景は見えなかった。
「『女神の休憩所』は…あそこね」
 下の方に視線を向けてみると、灯りの無い暗闇の中に一箇所だけ光が灯った場所が存在していた。注意深く見てみると、どうやらそれは自販機の灯りが部屋の外に漏れている光のようだ。あそこが『女神の休憩所』に違いあるまい。
「急いで降りましょう」
 小声の高音に、一同は無言で頷いて返す。
 まず、高音達が先行し、続けて愛衣達が降りてくる事になった。
「しがみ付くなとは言わないけど…また変な所に手を入れたら、容赦なく蹴落とすわよ」
「へ〜い」
 流石に何が潜むか分からない暗闇に蹴落とされてはたまらないので、横島もおとなしくしがみ付くだけにする。
 途中で我慢できなくなって頬擦りしてしまい影を纏った拳骨を落とされたが、それ以外は特に魔法生物に襲撃される事もなく、一行は『女神の休憩所』に辿り着いた。

 中に入ってみると、対人センサーが働いているのか、パッと電灯が灯って休憩所内が明るくなる。光は魔法生物を呼び寄せると、高音は慌てて部屋に全員を押し込み、その扉を閉めた。
「なるほど、だから『女神の休憩所』なのか」
 そう言う横島の視線の先には、壁に取り付けられた女神のレリーフがあった。これがあるから、ここは『女神の休憩所』と呼ばれているのだろう。
 高音は念のためにそのレリーフも調べてみたが、それは何の仕掛けも施されていないただのレリーフであった。本当にただの装飾品のようだ。
「見てください、今まで見た事ないような飲み物が! ああ、こちらには軽食まで…」
 一方、夕映は興奮気味に自販機の品揃えを見て回っていた。
 荷物の中にはカメラも入っていたようで、商品を一つずつ買っては写真を撮り、メモを取っている。
「お、おい、まさか全部買うつもりか?」
「もちろんです! 実際に来てみて分かりましたが、そう頻繁に来れる場所ではないようなので」
 流石の夕映も、自分の都合に毎回横島達を付き合わせる気はないようだ。だからこそ、今ここで買えるだけ買って帰ろうと考えている。
 実際どんなものが並んでいるのかと横島はジュースの自販機を見てみるが、三品目で力尽きてしまった。これならば「俺の男汁」の方が随分とマシだ。
「こっちはハンバーガーみたいですね」
「こっちにはアイス…らしきものがあるわね」
 高音と愛衣は軽食の自販機を見ていた。
 ハンバーガーの方は、とりあえずパンで挟んでいるのでハンバーガーとして認められるようだが、アイスの方はそうもいかないらしい。高音は眩暈がするのか、こめかみを押さえて唸っている。
「ハッ! これは、まさか…『天使のハンバーガー』!?」
 何かに気付いた夕映が愛衣を押しのけて自販機に張り付いた。
 何事かと横島達三人も自販機を覗き込んでみると、そこには可愛らしいデフォルメされたおさげ髪の天使のイラストが描かれたパッケージのハンバーガーがある。
 興奮する夕映に話を聞いてみると、それも存在だけが図書館探検部内で噂で語られる、一口食べただけで天にも昇るかのような心地になれるハンバーガーなのだそうだ。
 なるほど、十二階以降にある商品ならば、存在が噂になっても実在が確認されないのも無理はない。
「これは早速食べてみなければ…」
 他の商品は全て買い終わったようで、夕映は喜々としてそのハンバーガーを購入する。
 すると、何故か出来立てとしか思えない熱々のハンバーガーが自販機から出てきた。
「それって、どういう仕組みなんだ?」
「今にして思えばですが…魔法じゃないですか?
 身も蓋も無さ過ぎて、それ以上追求する事ができなかった。
 実際、それ以外に説明のしようがない。

「あの、お姉様?」
「え、愛衣? な、何かしら?」
「もしかして、気になってるんじゃ…?」
「そ、そんな事ないわよ!?」
 しかし、声が裏返っている。
 どうやら高音は、この『天使のハンバーガー』に興味を持ったようだ。
 図書館探検部の噂は馬鹿にはできない。『ブルー・アームバンド』も、発見こそされてないが、その存在は本当だった。
 ならば、この『天使のハンバーガー』も本当かも知れない。高音はそう考えたのだ。
「どうしましょう、お兄様」
「ここは、図書館探検部を信じてみるか?」
「え?」
 呆気にとられる愛衣をよそに、横島は三つの『天使のハンバーガー』を購入して高音と愛衣にも一つずつ手渡す。
 困った様子の愛衣とは裏腹に高音は実に嬉しそうだ。口では「奢りなら仕方ないわね」と言っているが、その表情は『喜色満面』としか言いようがない。
「他の商品は全て買い終わりました。では、皆で食べましょうか」
「そうね、食べてみましょうか!」
 夕映と高音の二人が包みを開いて、早速一口食べてみる。
 横島も包みを開き、愛衣も仕方がないと彼に続いて包みを開いた。
 口へと近付いていくハンバーガー。横島がそのまま齧り付こうとしたその瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
「この臭いは…皆、コイツを食べるなっ!!
 突然の大声に、おそるおそる食べようとしていた愛衣はビクッと振り返る。幸いにも彼女はまだ食べていないようだ。
 しかし、夕映と高音は既に食べてしまっているはず。慌てて横島が振り返ると、そこには昏倒する二人の姿があった。
「やっぱりーっ!」
 彼の記憶に残る独特の酸っぱい臭い。
 そう、これは無農薬手作りパンに、あんことチーズとシメサバをはさんだハンバーガー。
 甘ずっぱく口の中で魚くささがとろける芸術品。
 その名も『チーズあんシメサババーガー』である。
 その味は一口で魂が口から飛び出すほどであり、又の名を『幽体離脱バーガー』と言う。
 何故こんな所にあるのか、疑問点は山程あるが、今はそれどころではない。高音と夕映の二人が既に食べてしまっているのだ。当然二人はその名の通り、口から幽体離脱しかけている。

「うわー! しまえ! しまえ!」
「しま…って、どうやるんですか、お兄様!?」
 仕舞えと言われても、霊能力者ではなく魔法使いである愛衣にはどうする事もできない。
 横島は慌てて幽体離脱した夕映の魂を捕まえて、昏倒した彼女の身体に重ね合わせるようにして『戻』の文字を込めた文珠で魂を戻す。続けて高音の魂も身体に戻そうとするのだが、ここで愛衣が「あっ!」と声を上げた。

 高音の操影術は使い魔を生み出すだけではない。拳に纏わせる事でパンチの破壊力を高める事も可能であり、自分の身を守る盾にもなる。実は彼女の戦闘服自体、操影術で形作られているのだ。
 攻防一体の操影術ではあるが、一つ大きな弱点が存在している。それは術者本人が意識を失うと、影を操る事ができなくなってしまう事だ。現に三体の使い魔も、彼女が昏倒すると同時に霧のようになってその姿を消している。

 当然、操影術によって作られている彼女の戦闘服も、その影響下にあるわけで―――

「ふおおぉぉぉぉッ!?」

―――横島が高音の魂を捕まえて、身体に戻そうと近付いたその時、高音が身に着けていた衣服が煙のように消えていく。そして、後に残されていたのは全裸の高音であった。
 噴出す鼻血。幸か不幸か、文珠の効果は既に発揮されており、高音はすぐに目を覚ますのだが、その目を開いた彼女の視界に飛び込んできたのは、鼻血を迸らせ、目を血走らせて飛び掛ってくる横島の姿。
「いやああああっ!?」
 高音は影を纏わせた拳で迎撃。
 見事横島の撃墜に成功するが、そこで自分が全裸である事に気付いた。
「え? え? まさか、横島君!?」
「ち、違いますよお姉様! そのハンバーガーを食べて、お姉様達幽体離脱しちゃって!」
「た、確かに『天にも昇るかのような心地』ですね。本当に昇天してしまうかと思ったです」
 夕映はどこか達観しており、むしろ納得した様子であったが、高音はそれどころではない。
 慌てて操影術で服を形作り横島の方を見るが、彼は壁に叩き付けられて鼻血を流したまま気絶していた。にも関わらず、幸せそうに見えたのは、きっと気のせいではあるまい。

「え、えーっとどうしましょう?」
「帰るわよっ!」
 言うやいなや、高音は『女神の休憩所』から出て行こうとしている。早く家に帰って寝たいのだろう。そして全てを忘れてしまいたいのだ。もっとも、衝撃的過ぎてそう簡単には忘れられそうになく、高音が忘れたところで横島が覚えている限り意味はないのだが。
「お兄様は?」
「放っておきなさい!」
「えーっ!?」
 高音はそう言い捨てて本当に出て行ってしまうが、本当に横島を置いていくわけにはいかない。
 愛衣は夕映からベルトを借りて横島を背負い、夕映には高音と一緒に通風孔に上ってもらって、自分は横島を運ぶ事にした。帰り道は通風孔を通って地上まで一直線なので、一旦箒に乗って飛び上がってしまえば、力場のおかげで楽なものである。

 その帰り道に、高音の腰にしがみ付いた夕映がポツリと呟いた。
「…あのハンバーガー、もしかしたら大司書長が十二階以降を探索させないために用意した、最後のトラップかもしれないです」
 確かに、『天使のハンバーガー』はあの自販機のラインナップの中で唯一と言って良いほど、真っ当な名前を持つ商品である。だからこそ高音も、あれだけは食べても良いのかも知れないと考えてしまった。その結果があれだ。
 だとすると、あれ自体が侵入者を捕らえるためのトラップだと言う夕映の説は正しいのかも知れない。
 何とか否定してやりたいのだが、どうしても否定できない高音は、がっくりと肩を落としていた。


 その後、目を覚まさなかった横島は、高音の使い魔により麻帆男寮の彼の自室に放り込まれる事になる。
 翌日、登校時間になっても姿を現さない彼を起こそうと、豪徳寺と中村が部屋に乗り込む事になるのだが、彼等が扉を開けると、そこは一面血に染まっており、猟奇的な殺人現場のような有様だったそうだ。
 麻帆男寮中に響き渡る悲鳴。どうやら、部屋に放り込まれた横島は、脳裏に焼き付けた光景を反芻していたらしく、気絶しながらも鼻血を噴出しつつ転がり回っていたらしい。
 結果として、彼が部屋の掃除のためにその日学校を休む事になったのは言うまでもない。
 また、この日麻帆男寮に一つの伝説が誕生した事についても、まったくの余談である。



つづく


あとがき
 前回と同じ始まりとなりますが、図書館島内部に関する各設定は、原作の描写をベースに色々と独自設定を付け加えて書いています。ご了承ください。

 何故、『チーズあんシメサババーガー』が図書館島にあるかは謎です。
 実は魔法界でも話題になっているのかも知れません。
 厄珍の商売は手広く、魔法界も相手にしているのかも知れません。
 その辺りも含めて、全てが謎と言う事にしておきます。
 …地下十二階にトラップとして仕掛けたのは、間違いなく大司書長でしょうが。

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