topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.57
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「それにしても、いつの間にかにぎやかになりましたよねぇ」
 夕食後、皆が集まる部屋を見渡しながら聡美は呟いた。クスクスと微笑み、その表情は実に楽しそうだ。
 彼女は超と共に、麻帆良学園都市を守るために張り巡らされた電力で維持される結界の技術を応用し、魔力を封じられたエヴァのために電力で別荘を維持出来るようにした事がある。あの頃のエヴァを知る身としては、別荘がこんなに賑わう日が来ようとは想像だにしなかった。
 「私が招待したわけじゃないッ!」きっとエヴァはそう否定するだろう。
 しかし、横島の手を引いて茶々丸と共に歩く後姿を見ている限りでは、とてもそうだとは思えない。人間変われば変わるものである。この場合は吸血鬼なのだが。
「いや〜、それにしてもハカセがこの別荘の事まで知ってたとはね。超りん繋がりで魔法の事は知ってるとは思ってたけど」
「そりゃ知ってますよ。超さんのお手伝いだけとは言え、この別荘の設置にも関わっているんですから」
 笑顔で話し掛けてきた和美に聡美もまた笑顔で答える。
 聡美は元々我が道を往く性格で、3年A組の中でも他の生徒達とは一線を画した存在であった。
 これまでネギや横島が麻帆良に来る前は。ずっと魔法の事を皆に秘密にしてきたわけだが、それを苦と感じるような性格ではなかったのである。
 ところが状況は変わった。今となっては大勢が魔法を知る事となり、その者達の間では普通にその事を話せるようになった。高音や愛衣などは今の状況に戸惑っているようだが、聡美はこれについても平然としている。問われれば答える、彼女にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。

「ネギ君が大勢の人に魔法の事がバレてるとは聞いてましたけど、こうして見ると壮観ですねぇ」
 アスナを筆頭に3年A組の生徒十五名、更に豪徳寺達四名に小太郎を合わせて合計二十名。少しずつ増えていき、いつのまにかこんな大勢になってしまっていた。
「…お前、前途多難だな」
「うぅ…アーティファクトに同情された」
 夕映との会話で魔法使いの事情を知った土偶羅が、同情した様子でネギの肩をポンと叩く。しかし、それはネギにとっては逆効果であった。アーティファクトに同情され、慰められる魔法使いなど、前代未聞である。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。頼もしい仲間が増えたって考えようぜ」
「…うん、そうだね」
 そして、ペットのオコジョ妖精にもフォローされている。
 しかし、これは初めての事でもないので、ネギはあまり気にしないようだ。

「うぅ、横島さん大丈夫かしら…?」
 そしてアスナはまだ横島の身を案じている。
 先程、エヴァが吸血のために横島を連れて行ったのだ。ネギの修行を続けるために必要不可欠な事なのだが昨日横島は倒れたばかり、今の状態で吸血してよいのか。
 彼女の食道楽振りは周知の通りだ。好きな物を前にした時の彼女は本当に止まらない。特に横島を気に入っている事も知られており、それだけにアスナも不安になってしまう。
「アスナ、そんな心配しなくても、茶々丸が見張てるから大丈夫アル」
 暗にエヴァは信用できないと言っているような気もするが、正にその通りである。
 逆に茶々丸に対する彼女達の信頼は厚かった。本来、エヴァこそがマスターであり、茶々丸は従者に過ぎないのだが、彼女の中では「エヴァのお目付け役の茶々丸」と言うイメージがあるらしい。
「そ、そうよね、茶々丸さんがいるから大丈夫よね!」
 アスナも古菲の言葉に同調して、パァッと顔を輝かせる。
 茶々丸に任せていれば大丈夫だ。アスナの中でも茶々丸の評価は高かった。


「む、今なんかバカにされた気がする」
「なんだそりゃ?」
 皆の下を離れて別室に篭もり、いつも通りに吸血タイムと洒落込んでいたエヴァが、突然顔を上げて呟いた。
 今日は特に趣向も凝らさず、前から抱き着いて首筋に顔を埋めて吸血するスタイルだ。すぐ後ろで茶々丸が目を光らせているため、エヴァも調子に乗る事が出来ない。
「ところで、ネギの修行の方は大丈夫なのか?」
 血を吸われながら横島が問い掛けた。ネギがヘルマンに対抗できるか、ヘルマン一味との戦いの行方はその一点に掛かっていると言っても過言ではないため、彼も気になっている。
「んあ?」
「マスター、口の端から垂れています」
 さっと茶々丸が来てエヴァの口元を拭く。それはまるで子供の食事風景のようなのだが、その口の端から垂れているのは鮮烈な赤――横島の血だったりする。
「ん…ああ、ぼーやの修行だったな。とりあえず『順調だ』と言っておこう」
 口元を手でぬぐい、ニッと白い歯を見せて笑うエヴァ。
「最終日は休息にあてるとして、あと二日。ククク、明日からは応用編を叩き込んでやるさ」
「無理はさせんなよ?」
「だから貴様は甘いんだ。弟子は生かさず殺さず、半死半生が丁度良い」
「…それはともかく」
 横島とエヴァ、互いに弟子を持つ身なのだが、その弟子に対する考え方は随分と違うようだ。
 とは言え、厳しく鍛えられれば、それだけネギは強くなるだろう。結果としてそれが横島達の安全を保証してくれるのだ。文句などあろうはずがない。
「まぁ、いざとなったら全員でヘルマンをタコ殴りって手もあるんだがな」
「人質を救出すれば、だろ?」
 横島はコクリと頷いた。
 そう、人質さえ救出してしまえば、ヘルマンと一騎討ちしなければならない理由が無くなる。豪徳寺達に高音、愛衣も含めた全員でヘルマンを取り囲み、集中攻撃する事も可能となるのだ。
「しかし、他ならぬネギ先生が一騎討ちにこだわりそうなのですが」
「う゛…」
「問題は、そこだな」
 おずおずと口を挟む茶々丸に、横島は言葉を詰まらせた。最大の懸念事、それはネギの顔に似合わぬ熱血漢的な性格であった。
 横島達がネギ一人にヘルマンを任せないよう、楽に勝てるようにいくら努力したところで、当の本人が一騎討ちしたがっているとなると、どこまで効果があるかは甚だ疑問である。
「いっそ、その辺の性格を矯正できんか?」
「何故私がそこまでやらねばならん? いいじゃないか、一歩踏み出そうとする者がより多くのリスクを負うのは当然だ。それに貴様とてベクトルこそ違えど似たようなものだろう?」
「俺が?」
「横島さんが、ですか?」
 横島だけでなく茶々丸も疑問符を浮かべる。
 自ら危険地帯に吶喊せんとするネギと、他人任せで危険は極力避ける横島とどこが似ていると言うのか。
 エヴァは「そう来ると思った」と言わんばかりににんまりと微笑むと、横島の膝の上に座ったまま、ピッと立てた人差し指を横島へと突き出した。
「近衛木乃香をはじめとする人質達が捕らわれている檻がある。しかし、その前にはヘルマンとやらが立ち塞がっている。さて、貴様ならどうする?」
「もちろん、皆を救出して好感度アーップ!」
「ほれ、似てるではないか」
 そう言ってエヴァは笑った。「ヘルマンと戦う」と言わない辺りが実に横島らしいが、要するに横島もネギと同じように必要とあらば危険地帯に頭から飛び込むタイプなのだ。
 その決断に至るために必要な条件が「美女、美少女のため」と大きく異なっており、横島はその危険を回避するためにまず知恵を振り絞るため、横島にはネギがどうしてあんなに無茶をするのかが理解出来ない。そして、それはネギも同じである。彼もきっとこう思っているはずだ。あれだけ実力があり、いざと言う時は頼りになるのに、どうしてまともに戦おうとしないのだろうかと。
「あいつ、どこぞの魔法学校の首席卒業なんだろ? なんであんなに熱血吶喊野郎なんだ?」
「小賢しい頭を持っているのは確かだぞ? 動いてから考えるか、動く前に考えるか、その違いに過ぎん」
「そういうもんかねぇ…?」
 つまり、ネギの場合はまず動き、それから状況に応じて考えていくのだ。
 良く言えば勇敢、横島にはとてもじゃないが怖くて真似できない戦い方――いや、生き方である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.57

「まぁ、残り時間も僅かだ。貴様もキバれよ、横島」
「…そーしたいのはやまやまなんだが」
「マスター、吸い過ぎです」
「む、もうか」
 茶々丸がエヴァの肩を持って引き離した。
 エヴァは名残惜しそうに首筋から口を離すが、既に横島は顔が青くなっていたりする。
 早速横島は首筋についた噛み跡を止血、消毒。吸血の後始末をし、吸血鬼化防止のための薬を飲む。ここ数日夜毎に続けている事なので慣れたものだ。
「あ〜、エヴァの封印が解ければ、こんな苦労はせずに済むのに」
「それは否定せんが…貴様も楽しんでないとは言わさんぞ」
「あの夢で見たムチムチバイーン! だったら堪能するんだがなぁ」
「貴様の前では絶対になってやらん」
 猫の子のように茶々丸に抱えられた状態のエヴァがジト目で睨んでいる。
 彼女はまだ吸い足りない様子ではあるが、茶々丸はこれでも足りる、これ以上は横島が危険だと判断したようだ。
「横島さん、大丈夫ですか?」
「ん〜、まぁ、大丈夫だろ。これぐらいなら昨日までと一緒だ」
 昨日はその後に高音と千鶴を見て鼻血を噴出した。
「マスター、昨日のような事がないように横島さんを部屋まで送ってきます」
「ああ、私も流石に鼻血を戴こうとは思わんからな」
 エヴァの許可を受け、茶々丸は横島の前に立ってアスナ達がいる部屋へと向かう。
 部屋のアスナ達も昨日のような事があっては困ると考えていたらしく、茶々丸が部屋の扉を開けても中は静かなものであった。待ち構えていたアスナが間違えて茶々丸に抱き着いたりしたが、それ以外は特に問題なく横島は部屋へと戻った。風香と史伽が心配そうな顔をしてその後に続いて行く。
 部屋の数は余裕があったため、千鶴と聡美の二人も横島達と一緒の部屋に泊まる事となる。
 千鶴は当然のように夏美と一緒の部屋を希望し、聡美は横島と一緒の事など気にも留めずに、土偶羅に対する好奇心からこちらの部屋を選んだ。実は、夏美としては千鶴が元に戻ったのならば、恥ずかしいので二人で和美達の部屋に移動したかったのだが、千鶴に押し切られる形でこの部屋に残っていた。

「あの、ハカセはどちらに…?」
「んー、何か用ー?」
 おずおずと茶々丸が問い掛けると、ソファに座っていた聡美が振り返る。
 土偶羅を交えて夕映と話していたらしい。二人はこれまで特に親しかったわけではないのだが、魔界の兵鬼である土偶羅に対する好奇心から話が盛り上がっていたようだ。
「メンテナンス? まだ大丈夫だと思うんだけど」
「いえ、少し…お願いしたい事が」
「あら、何かしら?」
 茶々丸が自分から人に何かを頼むのは非常に珍しい。
 こちらにも好奇心を刺激されたのか、聡美は目を輝かせて茶々丸に駆け寄って行った。


 残りの日々は慌しく過ぎて行く。
 ネギはエヴァの地獄の猛特訓・応用編に耐え抜き。アスナ達は高音を交えての組み手に励み。豪徳寺達はチャチャゼロを相手にすらむぃ達を捕らえる特訓に明け暮れていた。
 愛衣の指導の下で魔法を学ぶのどか、魔法に関する文献を調査する夕映、和美、直接へルマン一味と戦わない彼女達もそれぞれに努力を続けている。
 特に夕映と和美の二人は土偶羅と聡美、更に神掛かった直感の持ち主である桜子も加えて屋外ステージの構造、周辺地理を検証してどこに人質が捕らわれているのか等のシミュレーションを行っていた。

 七日目の最終日は全員の休息に当てられる事となる。
 この日はエヴァも吸血を控え、ネギなどは余程疲れたのか一日ベッドで眠り続けていた。
「ヨコシマ、大丈夫か?」
「ん、ああ、大丈夫大丈夫。怪我とかしてるわけじゃないからな」
 身を乗り出して顔を覗き込んで来る風香に、横島は心配を掛けまいと微笑んで返す。
 別荘に来て以来、海水浴等、遊びまわっていた風香と史伽だったが、あの日横島が倒れて以来、心配なのか彼に付きっ切りであった。特に風香はべったりで、可能な限り横島の近くに居るようにしている。
 あまりにベタベタしていると、千鶴がニコニコとやって来て引き剥がされたりもしたが、概ね皆がその姿を微笑ましく見守っていた。アスナなどはやきもきしつつも、流石に風香と史伽の二人には何も言えないようで、ただただ苦笑するばかりであった。


 そして、決戦当日。


 杖を持ったネギを先頭に呪縛ロープを担いだ豪徳寺、中村、山下。横島を先頭にアスナと古菲。更に頼もしい援軍である高音と愛衣に、後方支援に回る和美、夕映、聡美の総勢十二名にプラス土偶羅とカモが加わって、エヴァ達に見送られながらエヴァの家を発つ。
 最初に入った時間の関係で、彼等が別荘を出たのはヘルマンが指定してきた時間、午前0時の30分前であった。一行は急ぎ聡美の案内で屋外ステージに程近い建物――世界樹前広場の管理局へと入り、そこに機材を運び込み、監視カメラの映像へと繋げる。
「は〜い、監視カメラの映像繋がりましたよ〜」
「早いな、オイ」
「慣れてますから」
 何に慣れているかについては聞いてはいけない。

 モニターには屋外ステージのステージ上に捕らえられたあやか達の姿が映されていた。
「やっぱりステージ上に皆いますね〜」
 あやかの左右と背後に半透明のドームのような檻がある。左右のものにはそれぞれ木乃香と刹那が一人ずつ、背後のそれには裕奈を始めとする面々が捕らわれているのだが、モニタの映像からはそれを判別する事が出来ない。
 また、ヘルマンはあやかの前、客席の方を向いてネギを待ち構えているようだ。すらむぃ達の姿は見えないが、こちらはどこか近くに潜んでいるのだろう。
「ここまでは土偶羅さんの予想通りか」
「わざわざ人間に決闘を挑むような酔狂な魔族だ、下手に隠し立てしたりはしないだろ。おそらく、あそこに全員が捕らわれていると見て間違いあるまい」
 自信有り気に胸を張る土偶羅。
 本来魔族と言うものは人間を見下している。特定の個人に拘り決闘を挑むなど、通常の魔族では有り得ない話である。たとえその個人が魔法使いであるとしてもだ。
 その事から夕映達は、ヘルマンと言う魔族をある種の目立ちたがり屋であると考えた。
 土偶羅曰く、最近――と言ってもここ数十年の話なのだが、魔界の方でも人間界の文化に興味を持つ者達が現れ始めているそうだ。その中に居るらしい、この手の自己顕示欲の強い、『演出』に凝る者達が。
「言われてみりゃ確かに、ああやって人質を取って待ち構えてるなんて、ゲームの中の悪役そのものだよなぁ」
「わしら魔族はデタント――人間界を守るために永久に邪悪な存在であり続けなければならんからな。どうせ逃れられんならいっそ、悪役を楽しもうと言う気持ち、今なら…分からん事もない」
 納得した様子で腕を組み、うんうんと頷く中村。対する土偶羅はどこか悲壮感のある様子であったが、外見上の表情が変わらないため、誰もその事に気付かない。
「聡美ちゃん、あのステージって裏から入る事は出来るのかな?」
「もちろん、関係者用の入り口がありますよ。ロック掛かってますけど、合図してくだされば、こちらからロックを外せます」
「なるほど…」
「あの、横島さん。僕としては正々堂々と戦いを挑みたいんですけど」
 横島が考えていると、ネギがおずおずと声を掛けてくる。案の定、ネギは真正面からの決闘を望んでいた。
 人質の事は横島達に任せ、自分はヘルマンとの戦いに集中したいのだろう。見方によっては人質よりも自分の戦いを優先しているように見えなくもない。これは、ネギが幼いながらも戦士としての気概を持っていると言う事だろう。しかし、戦いに集中しながら、それ以外の事を気に掛けるよう求めるには、彼はまだ幼過ぎた。
 とは言っても、これについては横島も数日前から考えていたので焦る事は無い。既に思い付いているのだ、ネギがこのように主張してきても、問題なく人質救出を遂行する方法を。
「作戦は簡単だ。ネギがヘルマンに真正面から挑み、その隙に人質を救出する」
「なるほど、それなら…」
 ネギが真正面から吶喊したいのならば、好きにさせれば良い。横島達はそれを陽動として人質にこっそり近付くまでだ。それを聞いたネギは納得した様子で、更に横島の言葉に耳を傾ける。
 そして一同は横島の手招きで集まって円陣を組み、ヒソヒソ声で作戦会議を始めた。
「つまり、ここはこうして…」
「げっげっげっ、兄さんもワルですなぁ…」
「あ、それならこっちはこう…」
「おおっ!」
「和美の姐さんもなかなか!」
 特に横島、カモ、和美の三人が怖かった事は言うまでもない。


 屋外ステージ上の中央に男の影が一つ。腕を組んだ仁王立ちの姿勢のまま、閉じられていたヘルマンの瞳がカッと見開いた。
「ムッ、来たか」
「え、ネギ先生!?」
 その呟きに反応し、ヘルマンの背後に両手を縛られ、磔状態となっていたあやかも顔を上げ、辺りを見回してネギの姿を探す。
「約束通り来ました! 皆を返してください!」
 屋外ステージに響き渡るネギの声。その声のする方に視線を向けてみると、ヘルマンの見据える真正面、客席の最上段に杖を手に立つネギの姿があった。その周囲には豪徳寺、中村、山下の三人の姿があり、豪徳寺は既にアーティファクトの『金鷹』を手に持っている。
「ふむ、仲間を連れて来たか。予想していたより人数が少な―――」
「豪徳寺さん、中村さん、お願いします!」
「超必殺『漢気光線』ッ!!」
「ダブル裂空掌ッ!!」
 ネギの号令に合わせ、ヘルマンの言葉を遮るように豪徳寺と中村の技が放たれた。気が地を走り、ステージ上のヘルマンへと向かって行く。
「山下さん!」
「うん、行こうネギ君!」
 同時に駆け出すネギと山下。これはカモから特に注意された作戦の一環だ。
 ネギ達がヘルマンの情報を持っているように、ヘルマンもまたネギ達に関する情報を持っている。もし、ネギが豪徳寺達だけを連れて現れればヘルマンはこう考えるだろう、横島やアスナはどこへ行ったのかと。
 それはもう仕方ないのだ、相手から記憶を奪う術でもない限りどうしようもない。しかし、相手が抱いた疑問に対し、答えを導き出すまで待ってやる義理もない。いや、待ってはいけない。
 無論、ネギはその性格上不意打ちを好まない。そのため豪徳寺の肩の上に乗ったカモは、事前にこれが不意打ちでない事をよく言い聞かせている。
「…クッ」
「緊急退避ですー!」
 地を真一文字に薙ぎ払っていく『漢気光線』と裂空掌、その先にある地面が不意に盛り上がり、すらむぃとあめ子が飛び出した。二つの技の軌道上に潜んでいたため、燻り出されてしまったのだ。
「よっしゃ! 予想どーりだっ!」
「俺達も行くぞ!」
「がってんしょーちよ、薫ちん!」
 すらむぃ達が燻り出されたのを確認すると、豪徳寺と中村の二人も駆け出した。
「ネギ君! ここは任せて、君はヘルマンを!」
「…ハイ!」
 山下に言われ、ネギは改めて戦うべき敵を見据える。ステージ上のヘルマンは、その余裕を崩さず、ネギの視線に気付くと唇の端を吊り上げてニッと笑ってみせた。
 ネギもそれに臆したりはしない。グッと力を込めて杖を握り、風の精霊の力を借りて身体能力を強化すると、飛び退いたすらむぃ達が態勢を整えるよりも早く、その脇を走り抜けていく。
「あ、逃がさないぞ!」
「おっと、待ちたまえ。お嬢さん達のダンスの相手はここに居るぞ」
 すぐさまネギの後を追おうとしたすらむぃだったが、山下の声に気付くと、気分を害したのか不機嫌そうな表情で振り返った。
「あ゛? 何だよ、てめぇは」
「情報にありませんね〜、ザコですよ、ザコ」
「フッ、ザコかどうかは…その身で確かめてみるといい!」
 宣戦布告の言葉と共に構えを取り、気で身体能力を強化する山下。
 目の前の男を片付けるか、それともネギを追うか。一瞬迷ったすらむぃだったが、その時ステージ上のヘルマンからネギ以外を片付けろと言う命令が下った。ネギが一騎討ちを望んでいるように、ヘルマンもまたネギとの一騎討ちを望んでいる。ネギが真正面から来る事を予測し、すらむぃ達をステージと客席の間に潜ませていたのもそのためだ。
「チッ、命令ならしょーがねぇナ」
「さっさと片付けて、伯爵の戦いを観戦しましょ」
「なめるなよ…っ! 喰らえ、3D柔術ッ!!」
 こうして屋外ステージを舞台とした戦いの幕が開いた。ステージ上だけではなく、客席も巻き込んだ大乱戦として。


 一方、屋外ステージの裏手では、密かに裏口に近付く人影があった。
 周囲に悟られないように声を潜め、灯りも付けずに忍び足で極力音を立てずに進んで行く。周囲は真っ暗で、これでは進む一行ですら互いに顔を確認し合う事もできない。
 やがて一行が裏口まで辿り着くと、その内の一人が事前に聡美から教えられていた監視カメラへと視線を向けた。すると裏口の電子ロックが起動し、ディスプレイの表示が「OPEN」に変わりロックが解除される。
 先頭の一人がドアノブに手を掛けようとしたその時―――

「残念、こちらの動きも既に察知してます」

―――ドアノブを持つその手がスライムに覆われ、捕らわれてしまった。
 すぐ背後に立っていた影がそれに気付き、咄嗟に手刀を振り下ろしてドアノブを破壊して、一部のスライムごとドアから引き離す。
「…逃れましたか」
 裏口のドアから上半身を生やして現れたのはぷりん。薄く変形してドアを覆うようにして待ち構えていたようだ。
「身体の一部、水滴程度の大きさの物を事前にばら撒いておいたから、貴方達の動きを察知する事は容易い…」
 ぷりんは伯爵の命により、最初から裏口からの奇襲を警戒していたらしく、事前に準備をして裏口付近の動きを察知できるように準備していたらしい。一行の動きを察知し、自分だけこちらに駆け付けていた。
「………手加減はしませんよ?」
「…!」
 影の一つがぷりんに殴り掛かる。
 しかし、ぷりんは動じない。今度は長い髪を槍のように変形させて迎え撃つ。
 ただの人間が仮にも魔物、スライムであるぷりんに勝てるはずがない。拳は見事命中するが、猛スピードで回転しながら突撃してくる槍に弾き返され、ぷりんはそのまま影の胸を貫いてしまった。
「…これは!?」
 しかし、驚きに目を見開いたのは一行ではなくぷりんの方であった。
 彼女は気付いたのだ。その身体を貫いた時に感じた違和感。これは人間ではないと。

「横島君、使い魔がやられたわ。気付かれたわよ!」
「もう十分だ、一気に行くぞ!」
 そう、裏口に近付いていた一行、その正体は横島達ではなく高音の使い魔達。
 普通に現場にいればすぐに分かるルートから攻めたところで奇襲にはならない。きっと待ち伏せか罠にあるに違いない。そう考えた横島達は、あえて引っ掛かった振りをして、それも陽動とする事を目論んだ。
 その思惑は見事的中し、スライム娘の一体がステージ上から離れた。今がチャンスだ。
「はーはっはっ! 相手が予想しないとこから攻めてこそ奇襲となるッ!」
「横島さん、静かにしないと気付かれますよ!」
 では、横島は一体どこから攻めると言うのか。
「行くわよ、愛衣!」
「ハイ、お姉様!」
 高音の合図に一気にスピードを上げて滑空を始める。
 箒型のアーティファクト『オソウジダイスキ』に跨る愛衣の後ろには古菲が。使い魔の背に立つ高音の後ろには横島とアスナがそれぞれ乗っていた。アスナが魔法無効化能力で使い魔を消してしまわないように、アスナはしっかりと横島に背負われる形でしがみついている。
 彼等が居る場所は空。ヘルマン達も高音と愛衣が飛行魔法を使える事は知らないはずだと考え、空から急襲する事を目論んだのだ。
「このままステージに着陸するわよ!」
「よし、アスナと古菲は、あのあやかって子を頼むぞ」
「で、でも、あのスライムの檻はどうするんですか?」
「俺が文珠で何とかする! とうっ!」
 言うやいなや横島はアスナを背負ったまま使い魔から、続けて古菲も愛衣の箒から飛び降りる。
 スピードが速過ぎるため、高音達は丁度あやか達が捕まっている場所に止まる事ができない。そのため、そのまま一旦その場を通り過ぎてしまう。

「アスナさん!?」
「助けに来たわよ! って、あんたなんて格好してんのよ!?」
 横島の背から降り、あやかに向き直ったアスナだったが、そこで彼女の出で立ちに驚き、素っ頓狂な声を上げてそのアゴをカクーンと落とした。
 と言うのも、あやかは現在ランジェリー姿なのだ。しかも、それはヘルマンが捕らわれのお姫様役とする予定であったアスナのために用意した物のためサイズが合わず、今にも零れ落ちそうな状態であった。
「ん、どうし…って、おおっ!」
「横島師父はあっち向いてるアル!」
「は、はい!」
 その声に驚いて振り返った横島は、当然あやかの姿を見て目の色を変えた。
 すぐさま古菲に顔の向きを変えられ、見る事が出来たのは一瞬であったが、こういう方面には凄まじい能力を発揮する横島である。その姿を脳裏に焼き付ける事が出来たかどうかは、彼のみぞ知ると言ったところであろう。
 あやかの両手を縛っていたスライムの紐は古菲がすぐさま引き千切る。
 解放されたあやかは痛そうに手首をさすっているが、彼女をこの姿のまま放っておくわけにはいかない。
「う〜、しょうがないわねぇ…」
 背に腹は換えられない。
 今のあやかを横島に見せるよりかはマシだ。そう考えたアスナは、仕方なく横島から贈られた彼女の宝物であるジャケットをあやかに着せる事にした。

 古菲にグキッと首の向きを変えられた横島は、痛む首筋をさすりながら大きなスライム牢へと向かう。
 三体のスライム娘の内の誰かの肉体なのか、それとも別の何かなのかは分からないが、スライム状のドームが人質に覆い被さり、閉じ込めている。
 中で呼吸はできるようではあるが、牢屋にあるべき錠前がこのスライム牢には存在しない。中に捕らわれた裕奈達は何度も力で壁を破ろうとしたが、スライムの壁は変形するばかりだった。
 しかし、横島は慌てない。元よりどんな牢が、錠前があろうとも文珠で対処するつもりだったのだ。すぐさま『開』の文字を込めた文珠を手に、まずは一番大きなスライム牢へと近付いて行く。
「横島兄ちゃん、助けに来てくれたんだね!」
「横島さん、早くこのスライムを何とかして!」
「おーう、助けに来た…ぞ?」
 裕奈とハルナの嬉しそうな声が聞こえ、横島もそれに答えて小走りに近付きながら手を振るのだが、ここで彼の動きがピタリと止まってしまった。
 スライム牢に近付く事により、中に捕らわれた者達の姿がはっきりと見えるようになったのだ。
「何やってんの、兄ちゃん! 早く助けてよ!」
 両手でドンドンとスライムの壁を叩くが、横島は何の反応も示さない。
「…裕奈、ハルナ」
 その時、アキラが近付いて来て二人の肩を叩いた。
「何?」
「前、隠して…」
「「え?」」
 二人は思い出した、自分達が入浴中に攫われて一糸纏わぬ姿のままであった事を。
 どうりでまき絵達は牢の反対側に離れてこちらに近付いてこないはずだ。隣に立つアキラは恥ずかしい思いを我慢して、二人の肩を叩きに来てくれたらしい。
 裕奈は慌てて手で隠し、赤くした頬で「見てないで、早く助けてよ〜」と、横島を促す。
 横島は鼻を押さえながら近付き、文珠でスライム牢を『開』こうと文珠を近付け、そこでアキラの存在に気付いた。彼女は恥ずかしさのあまり横島に背を向け、しゃがみ込んでいる。
「み、見ないで…」
 顔だけでなく耳まで真っ赤にしたアキラが、白い肩越しにすがるような目を横島に向けている。スライムの牢のため分からないが、きっと涙目だったであろう。『恥らう乙女』それがトドメであった。
 粘着音と共に噴き出す鼻血。そのまま横島は力なく崩れ落ちてしまう。
「えー!?」
「ここまで来てそりゃないでしょ!? タダ見すんなー! せめて牢を開けてから倒れろーっ!!」
 ハルナの抗議虚しく、横島の手から零れ落ちた文珠はそのままステージの下へと転げ落ちて行ってしまった。
「トドメはアキラね」
「あと、ハルナも前隠しなさいよ」
 美砂と円のツっこみが、スライム牢内に虚しく響き渡る。
 こうして、横島達の計画は、誰もが予想しなかった伏兵、アキラの存在によって大きく狂い始めたのだ。


「…なるほど、空を飛べる魔法使いがネギ君以外にもいたのか」
 ヘルマンはこの時、空からの奇襲に気付いて、感心した様子でステージの上に視線を向けていた。
 不意を打たれて人質を一人救出されてしまったが、素直にその手腕を賞賛している。
 何故かスライム牢に近付いたGSはその直前で崩れ落ちたが、あれは何かの作戦なのだろうか。興味は尽きない。
「貴方の相手は僕ですよ!」
 その隙を逃さずネギは魔法力を込めた拳を繰り出すが、ヘルマンはネギに視線を向ける事なく、軽々とその拳を受け止めてしまう。
「ふーむ、彼等に比べて…君は本当に準備をしてきたのかね?」
「ど、どういう意味ですか!」
「先程の方が強かったのではないか、と言っているんだ」
 ヘルマンの言う先程とは7時間前、別荘で過ごしたネギにとっては一週間前の出来事、女子寮の前でヘルマンと遭遇した時の事である。
 あの時、ヘルマンの正体が6年前に故郷を襲撃した魔族の一人である事を知ったネギは激昂して殴り掛かった。その時の方が強かったと言っているのだ、ヘルマンは。
 その言葉に怒り、ネギは顔を真っ赤にして反論する。
「…ッ! あの時の僕じゃありません!」
「ならば、実力でそれを証明してみたまえ!」
「言われなくたって…ッ!」
 飛んで大きく退いたネギは、ただ片手に持っていただけの杖を両手に構え、その先端をヘルマンへと向ける。
 その構えを見てヘルマンはホゥと、小さく感嘆の声を漏らした。
 ヘルマンの知る7時間前のネギは杖をただ持っているだけの素人魔法使いであった。それが杖をどうしようと言うのか。実に興味深い。
「さぁ、撃って来たまえ、ネギ君!」
「行きます!」
 ネギは魔法を撃つのではなく、杖を手にヘルマンに向かって駆け出した。
 自棄になっての肉弾戦か。ヘルマンの脳裏に一瞬そんな考えが過ったが、強い意志を秘めたネギの瞳は自棄になった人間のそれではない。
 面白い。ヘルマンは剣呑な笑みを浮かべ、両手を広げてその攻撃を待ち構えた。



つづく


あとがき
 エヴァの別荘は、麻帆良学園都市を囲む結界と同じように電力により維持されている。
 その設置を行ったのは超と聡美である。
 これらは『見習GSアスナ』独自の設定です。

 また、作中にある屋外ステージは、原作でヘルマンと戦ったステージの事ですが、その所在地や裏口の存在等独自の設定を加えて書いております。ご了承下さい。

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