topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.71
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 レーベンスシュルト城の夜が明けた。と言ってもアスナ達一行がこの城に入った時点で、中は夕暮れ時だったため、まだ半日程度しか経っていない。外の時間ではおよそ三十分と言ったところであろうか。遅れてくる木乃香達がそろそろ到着しても良い頃かも知れない。
 昨晩は結局アスナ達の元には戻らず、客室を一つ借りて休んだ横島は、早朝に目を覚ますと、昨夜吸血ついでにエヴァに嘗め回されたままだった事を思い出してまずは露天風呂に入る事にした。流石に早朝から入浴しようとする者はいなかったようで、横島は何事もなく入浴を済ませる。
 その後、テラスに向かおうとして、幾つかの通路が交わる広間に差し掛かった所で、横島は神通棍を持って素振りをするアスナの姿を見付けた。身体、そして手にした神通棍にも安定した霊力が漲っている。
「アスナ、朝から精が出るな!」
「ひゃ、ひゃい!」
 もっとも、それは平静を保っている時のみのようだ。横島が声を掛けると、裏返った声と共に霊力が霧散してしまう。
 突然声を掛けられ、あたふたと振り返るアスナ。その勢いで神通棍を落としそうになるが、器用にお手玉をして、何とかその柄を掴み取る。服装は昨日のままだが、寝るのに窮屈だったのだろうか、ノースリーブのブラウスは襟元が開かれていた。
「よ、横島さんも早いですね。昨日はどうしたんですか?」
「ああ、客室一つ借りたんだ」
 昨日、アスナ達の下にはエヴァも茶々丸も姿を見せず、彼女達は超とハカセの案内で空いている客室を各々に借りて休んだそうだ。と言っても、外で言えばまだ昼過ぎの時間帯であったため、深夜まで大騒ぎだったらしいが。
「それにしても、しっかり霊力使えるようになったんだなぁ。資格取った頃の俺より使えてるんじゃないか?」
「そんな、私なんてまだまだですよ」
 頬を染め、ブンブンと手を振ってアスナは否定するが、この時横島は彼女に新しい修行をさせようかと考えていた。土偶羅から『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』の話を聞いてから、考えていた事があるのだ。
「あ、ヨコシマだーっ!」
 しかし、それをアスナに話そうとしたところで、あめ子に連れられた木乃香、刹那、風香、史伽、それに寮を出る直前に合流したあやか、和美、さよの一行が現れたため、その言葉は遮られてしまった。風香は横島の姿を見つけると嬉しそうに飛びついて来て腕を組んだ。史伽も続いて駆け寄り、横島の空いている方の手をぎゅっと握る。
 そして、木乃香は刹那に支えられるように立っていた。どことなく元気がなさそうに見える。アスナが木乃香の様子がおかしい事に気付き、問い掛けた。
「こ、木乃香、どうしたの?」
「アスナ、横島さん。ネギ君が、ネギ君が……」
「ネギがどうかしたのか?」
 ゴールデンウィーク中に何か事件あったのか。アスナと横島は思わず顔を見合わせる。
 しかし、次の瞬間木乃香の口から紡がれたのは、二人にとって予想外な一言であった。

「ネギ君が不良になってもうた〜」
「「はぁ?」」

 まず二人が思い浮かべたのは、豪徳寺の真似をして髪形をリーゼントにしたネギの姿だった。似合わないにもほどがある。流石にこれはないだろうとブンブンと首を横に振り、比較的冷静な刹那に詳しい話を聞いてみる事にする。
「ネギのヤツ、一体どうしちゃったって言うの?」
「何かしたと言うわけではないんです。ただ、ゴールデンウィーク中部屋に帰ってこなかっただけで」
 刹那の説明によると、ネギはゴールデンウィーク中、豪徳寺達と一緒で、女子寮の方には戻って来ずに麻帆男寮で過ごしていたそうだ。問題は、ネギがこの事を木乃香に伝えないまま行ってしまった事で、彼女は連絡一つしてこないネギを心配しているらしい。
 その話を聞いて横島は納得した。ヘルマン一味との戦いの最中、ネギは麻帆男寮の大豪院ポチの正体が、人狼族、犬豪院(いぬたけのいん)ポチである事を知った。ポチはネギの周囲に居る面々の中でも悪魔パイパーと戦える頭一つ飛び抜けた実力者だ。強くなる事に貪欲であるネギは、彼の教えを受けたいと考えたのだろう。無断外泊はいただけないが、それだけ熱中していたのだと思われる。
 また、ヘルマンの一件以来、人間社会に紛れて暮らす人狼族、『狗』である犬上小太郎が、そのポチと山下慶一の部屋に居候していると言うのも、ネギにとっては大きかった。修学旅行中の一件では顔見知り以上ではなかった二人だが、いざ一緒に修行をするようになると、年が近い事もあって、互いに意識し、競い合う仲になったのだ。
 特にネギにしてみれば、京都で一度負けた相手なので、強くなってまず勝ちたい相手でもある。
「ネギのヤツ、ああ見えて熱血だからなぁ」
「このちゃんも昨日までは自分の修行に集中してたんですけど、流石に三日も連絡がないと心配なようで」
「ボク達、世界樹前広場で見たよ!」
 ネギはゴールデンウィーク中、世界樹前広場を使って豪徳寺達と共に修行に励んでいたらしく、その姿は風香達にも目撃されていた。木乃香と刹那は、修行に集中してずっと部屋にいたため、その事を知らなかったようだ。
「木乃香ちゃんに心配掛けるとは……説教してやらんといかんな」
「ああ、先程私の方から連絡しておきました。横島さん達が帰って来たから、一度こちらに顔を出して欲しいと」
「ぷりんが外で待ってるですー」
 ネギは既にこちらに向かっているらしく、外にはぷりんが案内のために残って待っているそうだ。刹那は女子寮を出る前に連絡をしたそうなので、さほど時間をおかずに到着するだろう。

「ところで、木乃香ちゃんの修行の方は順調なのか?」
「『鬼鎮(オニシズメ)』がないとあかんけど、式神一体なら使えるようになったえ」
「今みたいに精神が不安定だと無理ですが」
 ネギだけでなく、木乃香もゴールデンウィーク中は頑張っていた。元より霊力が使える状態だったので、寝る時以外は常に式神を出して、制御を身体で覚えようとしたそうだ。そのため何があってもすぐに対処出来るように、刹那はゴールデンウィーク中、木乃香の部屋に泊り込んで、付きっ切りで彼女の修行に付き合っていた。
 おかげで、木乃香は『鬼鎮』の力を借りた状態ならば、一体の式神を自由に操れるようになっていた。二体同時に呼び出すと途端に不安定になるのだが、それでも著しい成長だ。もっとも、彼女は戦闘に関しては素人であるため、こと戦闘に関しては式神の自由意志に任せる事になるのだが。
「う〜、木乃香も頑張ってたのねぇ。追い着かれちゃったかしら?」
 分かっていた事だが、関東魔法協会の長の孫にして関西呪術協会の長の娘、オカルトのサラブレッドである木乃香の成長は早い。ヘルマン一味との戦いで霊力に目覚めて差を付けていたアスナだったが、早くも木乃香は追い上げてきている。
 これは負けていられない。ルームメイトの成長ぶりを聞き、アスナは奮い立った。
「横島さん、私も修行を!」
「分かってる。次の修行も考えてるから安心しろ」
 更なる修行を求めるアスナ。彼女に新しい修行をさせようと考えていた横島にしてみれば渡りに船だ。しかし、横島が考えている新しい修行は屋内でやるには少々問題がある。そのため、アスナ達も木乃香達と一緒にテラスに向かう事となった。
 道すがらアスナはどんな修行をするのかと横島に尋ねる。
「横島さん、新しい修行って何するんですか?」
「ああ、霊力は結構安定してきてるみたいだから、霊能に挑戦してもらおうと思ってな」
「霊能?」
 右腕を風香と組み、左手を史伽と繋いでいた横島は、風香と腕を組んだまま。右の掌を前に向け、小さな六角形の霊力の盾を出現させて見せた。横島がよく使っている霊能の一つだ。淡い光に薄暗い廊下が照らされる。
「も、もしかして……」
「そうだ。アスナには、『サイキックソーサー』に挑戦してもらおうと思ってる」
 霊能を身に付ける修行。これまでの霊力を扱うための基礎修行ではなく本格的な修行だ。アスナはゴクリと生唾を飲み込んだ。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.71


 テラスに行くと、そこには既に先客が居た。エヴァ、茶々丸、超、ハカセの四人だ。昨日、横島により霊力供給を受けてから茶々丸の様子がおかしいため、超とハカセの診断を受けている。
「一言で言えば供給過多ネ」
「色々負荷が掛かってますねぇ」
 二人が調べてみたところ、今の茶々丸はおよそ文珠一つ分の霊力を内包している状態らしい。しかも、横島の霊力に酔い、一種の酩酊状態にある。このまま放っておけば神経回路が焼き切れかねない危険な状態だ。正常な状態に戻すには、この余剰な分の霊力を使い切らせるしかないのだが、これだけ大量の霊力を消費するには、それこそ実際に誰かと戦わせるしかないだろう。
 しかし、一時的な状態とは言え、今の茶々丸は普段の彼女を上回る――下手をすれば下級魔族程度なら軽く凌駕しそうな程の力を持っている。しかも、鋼鉄の身体に格闘技術も持ち合わせているのだ。一体誰が彼女と戦うと言うのか。
「あれ、皆早いのね」
 アスナ達が近付いて声を掛けた。すると、エヴァ達は一斉に振り返り、アスナの顔をまじまじと見詰めてくる。
「な、何よ……」
 注目される理由が分からず、三人の視線にたじろぐアスナ。エヴァ達が彼女に注目する理由は一つだ。
「お前、結構スゴかったんだな」
「はぁ?」
 霊力に目覚めて以来控えているようだが、それまでは毎日のように横島の霊力を受け、色ボケていたものの、それだけで済んでいたアスナ。供給する側である横島のテンション等の問題もあるのだろうが、彼女のキャパシティは意外と高いのかも知れない。エヴァ達はそう考えていた。
 もっとも、エヴァ達は知らなかったが、当のアスナも修学旅行の時、前方の楓と彼女に背負われたハルナのお尻を見て悶々としていた横島の霊力を供給され、酩酊状態に陥った事がある。おかげで百鬼夜行を相手にしても恐怖にかられる事もなく、平然と立ち回る事が出来た。その事から考えるに、アスナのキャパシティ云々と言うよりも、横島とアスナの相性の問題であろう。

 それはともかく、今解決すべき問題は、茶々丸の中に溜まっている霊力を如何にして消費するかだ。
 横島が現れたので、彼に責任を取ってもらうと言うのも手なのだが、今の茶々丸だと、更に横島の霊力を吸収する可能性があるため、これは却下である。アスナや古菲では茶々丸が霊力を消費するだけの戦いが出来るとも思えない。刹那も木乃香が止めるだろう。真名なら引き受けるかも知れないが、高くつきそうだ。
 こちらから戦う事を強要する事が出来て、なおかつ茶々丸に霊力を使わせられる程度の実力を持つ者。エヴァ達がそんな便利なヤツはいないかと頭を悩ませていると、ぷりんがネギ、小太郎、のどかの三人とカモを連れてレーベンスシュルト城に入ってきたと言う連絡が来た。
 木乃香には連絡を入れずに心配を掛けていたネギだったが、『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』であるのどかとは一緒だったらしい。流石に麻帆男寮に泊まったと言う事はないだろうが、引っ込み思案の彼女にしては思い切った事をしたものである。
 木乃香はネギの元気そうな姿を見てほっと胸を撫で下ろしていたが、それとは裏腹にエヴァはニヤリと唇の端を釣り上げて悪そうな笑みを浮かべる。超も「生贄の羊が来た」と言わんばかりの表情をしており、ハカセは二人が何を考えているかを察したが、あえて止めようとはせずにネギと小太郎のために両手を合わせるだけに留めておいた。
「ム、そう言えば、ぼーやは近衛木乃香とは別々に来たのか?」
「ゴールデンウィーク中は麻帆男寮に無断外泊してたらしいぞ、ネギのヤツ」
「ほう、悪ガキだな。そんなぼーやには、キツいお仕置きしてやらんとな」
「……その通りなんだろうが、言ってもいいか?」
「なんだ?」
「お前が言うな」
「さて、どのフィールドを使おうか」
「スルーかいっ!」
 かく言うエヴァ自身も悪ガキである事はあっさりスルーし、ネギをどこで戦わせるかを相談し始めるエヴァと超。茶々丸にとって気温はあまり影響がないため、せめてハンデは無くしてやろうと、砂漠地帯と氷河地帯は除外し、丘陵地帯を選択する。多少地形が変わってしまっても問題ないだろうと言う理由で。
「それじゃ、ネギ坊主に連絡するネ」
「ウム、そうだな」
 超が子供の頭ぐらいの大きさの水晶球をエヴァに手渡した。別荘の方にも同じような物があったが、その水晶球がこのレーベンスシュルト城を管理する端末なのだろう。エヴァは手をかざしてそれを起動させると、水晶球の中にゲート付近に居るネギと小太郎の姿を映し、それに向かって話し始める。
「よく来たな、ぼーや」
 その声はネギ達の元へも届いているらしい。水晶球に映るネギ達は突然どこからともなく聞こえてきたエヴァの声に驚いて辺りをキョロキョロ見回している。しかし、テラスに居るエヴァの姿を見つけられるはずもなく、彼女はそのまま言葉を続けていく。
「ゴールデンウィーク中は修行に励んでいたそうではないか。しかし、保護者に心配を掛けるのは感心せんな」
「うわっ、なんかものスゴくツっこみたい」
「後でハリセン貸すから、今は我慢するネ」
 エヴァの言う保護者とは木乃香の事だ。ちなみにエヴァの保護者は、言うまでもなく茶々丸である。実際はエヴァがマスターであり、茶々丸は『魔法使いの従者』なのだが、エヴァの従者として茶々丸を生み出した超やハカセから見ても、彼女は立派にエヴァの保護者の役目を果たしていた。
「外野は黙ってろ! ……あ〜、ぼーや達はゲートの所まで戻って待っていろ、今からそちらに茶々丸を向かわせる。ぷりんは宮崎のどかと小動物だけを連れてテラスに来るがいい」
 そう言ってエヴァは通信を切り、命令を下して茶々丸をゲートへ向かわせる。今の茶々丸を相手に戦わなければならないとは不幸としか言いようがないが、木乃香に心配を掛けた罰と言う事で諦めてもらうしかあるまい。

「茶々丸さん、どうかしたの?」
「昨日、横島にエネルギー供給を任せたら、供給し過ぎおってな……」
「何とかして溜まった霊力を使わせないと、不味いんですよ」
「素人でも供給出来るようにネジ作たのが裏目に出たネ」
「ふ〜ん……」
 何気なく聞き流すような反応を見せたアスナだったが、その話を聞いた彼女の心にまず浮かんだのが、茶々丸を羨ましいと思う気持ちだったのはアスナだけの秘密である。

「せっかくだし、こっちからぼーや達の様子を見れるようにしようか」
 エヴァが水晶球の上に手を乗せて、丘陵地帯の様子を周囲の大瀑布の水飛沫をモニターにして映し出した。エヴァにしてみれば面白い見世物かも知れないが、木乃香にとってはショッキングな光景になりそうだ。それを察した横島は、彼女を連れて別の場所に移動する事にする。
「おーい、エヴァ。他に修行できそうな場所ってないか?」
「それなら、城の外へ行け。だだっ広い場所がいくらでもあるはずだ」
「外? ゲート以外にも出口はあるのか?」
「あたしが案内してヤルヨ!」
 床から染み出すように姿を現したすらむぃが案内役を買って出た。彼女は昨夜、皆が寝静まった後、暇を持て余して城の中を探索していたらしい。まだ全てを見て回ったわけではないが、外に通じる門がある場所は既に把握している。
「それじゃ、すらむぃに頼もうか」
「任せとけ!」
 すらむぃを肩に乗せた横島は、アスナ、木乃香、刹那の三人を連れて城の外へと向かった。風香と史伽は横島達について行くか、残ってネギ達の戦いを観戦するか迷っていたが、横島について行きたい風香と、痛そうなのはあまり見たくない史伽の意見が一致し、横島達と一緒に行く事になる。
 一行が城門に向けて歩いて行くと、途中でクラスメイトの面々と顔を合わせる事になった。皆もそろそろ目を覚ましてきたようだ。
 昨夜――と言っても外の時間では昼過ぎにパーティの料理を食べたため、皆あまりお腹は空いていないようで、エヴァがネギの修行の成果を見るので、テラスへ行くとそれを見物出来る事を伝えると、あやかの様なネギを応援したいものや、ハルナの様に観戦して騒ぎたい者はこぞってテラスへと走って行った。
 中には史伽のようにネギ達が戦っている所など好んで見たくないと言う者もおり、彼女らは横島の修行を見学する事になる。修行に参加する古菲や、アスナの新しい修行に興味がある夕映も参加し、城門を潜り抜ける頃には、裕奈、アキラ、千鶴、夏美の四人も合流していた。

「て言うか、なんで皆メイド服?」
「茶々丸さんに借してもらったの」
 会う者、皆が皆同じ格好をしていたため、ツっこみが遅れてしまったが、裕奈、アキラ、千鶴、夏美、それに夕映の五人はいつも茶々丸が着ているようなメイド服に身を包んでいた。宿泊の準備などしていなかったため、着替えとして茶々丸の姉達のメイド服を借りたそうだ。千鶴の胸元ははちきれんばかりになっており、横島にとっては眼福である。
 実はアスナと古菲にも用意されていたそうだが、そんなヒラヒラは自分には似合わないとアスナは断固拒否し、古菲はゴールデンウィーク中に使わなかった予備のチャイナドレスが残っていたため、そちらを身に着けていた。夕映だけはきっちり三日分の着替えしか用意していなかったため、メイド服に着替えたようだ。

 城を出たところで辺りを見回すと、エヴァの言う通り、そこには荒野が広がっていた。城の周辺や大瀑布に繋がる川の近くにはジャングルが生い茂っているのだが、そこから少し離れると岩肌が剥き出しになった荒野が目立っている。
「て言うか、爆音が聞こえてくるです」
「悲鳴も聞こえるアル」
 どうやら、ネギ、小太郎のコンビと茶々丸との戦いが始まったようだ。テラスに映し出された巨大なモニターからの音声が城門付近まで届いているのだろう。一行はすぐに別の場所に移動する事にする。
「城の外にも建物があるんだナ」
 横島の頭の上に立ち、辺りを見回しているすらむぃ。彼女の言う通り、レーベンスシュルト城の周辺には、幾つかの建造物があった。小さな城、いや、砦と言うべきだろうか。「小さな」と言うのは、あくまでレーベンスシュルト城と比較した場合の話であり、下手なお屋敷ぐらいの大きさがありそうだ。
「出城かも知れませんね。元々は命を狙われていたエヴァさんが、自分を守るために使っていた城だそうですし」
「丁度良い、あの出城を使わせてもらうとするか」
 実際に修行に参加するアスナ達だけならば気にしなかっただろう。しかし、見物人も居るとなると、野晒しで修行をするのは気が咎めるので、横島は城門から一番近い出城を拠点として使わせてもらう事にする。
 近付いてみると、普段は使われていないのか、城門は開いたままだった。
「これがアフリカにあった頃ならともかく、今は使わんわな」
 中に入ってみると、これまた寂れた古城である。実際に出城として使用されていた頃も、ここに駐屯していたのは茶々丸の姉達であろう。中には厩舎らしき建物や広場があり、隅には井戸も見えるのだが、人が暮らしていた形跡が感じられないのも仕方のない事なのかも知れない。
「修行は広場で出来そうだな」
「そうですね」
 アスナや古菲が気になるのは、修行場所の確保だ。その点、出城とは言え、城壁に囲まれた広場は十分な広さがある。ここならば落ち着いて修行が出来るだろう。
「水はちゃんとあるみたいダナ」
 すらむぃはやはり水の有無が気になるようだ。井戸を覗き込んで小石を一つ落とし、枯れていない事を確認して満足そうに頷いている。
「うわっ、結構埃っぽいね〜」
「忠夫さん達が休憩するにも、まずはお掃除しないとダメみたいね」
 一方、修行には直接参加しない者達は、出城の中が気になるようだ。中に入ってみると、埃が積もっており、長年使われていなかった事が手に取るように分かる。元々外からの襲撃に備えるための物なので、ボトルに移した時点で必要がなくなってしまったのだろう。
 そのため、修行に参加しない面々は、まず出城の中を掃除する事になった。裕奈や風香は面倒臭がったが、他ならぬ千鶴がやる気になっているため、逃げる事も出来ない。夕映はアスナ達の修行を見学したがったが、千鶴は彼女も逃がしてはくれなかった。
 本城の方に掃除道具を借りに行き、千鶴はネギ達の戦いを夢中になって観戦しているエヴァから、出城を使いたければ好きにしろと言う許可まで取り付けてしまった。返事をしたエヴァ本人は上の空であったため、返事をした事すら覚えていないかも知れないが。
 空中に浮かび上がるモニターからは爆音とネギと小太郎の叫び声が聞こえてきている。千鶴と一緒にエヴァの下を訪れた夏美は聞くのが怖いのか、耳を押さえて目を背けていた。
 ただでさえ、格闘技に関しては古菲も一目を置く茶々丸。しかも、エネルギーが有り余っているせいか、その拳は岩盤を割り、蹴りを放てば霊力の奔流が渦を巻いてドリルのように地面を抉った。それだけでは収まらず、距離を取れば目からビームを放ち、近付こうとしても先手を打って脚部のバーニアを利用して一気に肉薄し高速戦闘を仕掛けてくる。当の茶々丸もテンションが上がっている状態らしく、ハッキリ言って手が付けられない。
 横島から供給された霊力は、使えば使うほど消耗していく一方なので、徐々に弱くなっているはずなのだが、そもそも茶々丸には大きく霊力を消費するような武装が無い。彼女が正常に戻るためには、もう少しネギ達に頑張ってもらう必要があるだろう。
 逃げ惑いながらも、二人掛かりで何とか戦えている辺り、ゴールデンウィーク中の修行は彼等にとって有意義だったのかも知れない。その点については、流石のエヴァも素直に褒めざるを得なかった。心なしか、満足気な様子である。

 千鶴が中心となって出城の掃除を開始したのと同じ頃、横島達も広場を使って修行を開始した。横島、アスナ、古菲、刹那、すらむぃが見守る中、まずは木乃香の成長ぶりを見せてもらう事にする。
「ほな、一番大きい鬼さん出してみるな」
 木乃香が小槌を振ると、彼女の背後――影の中から額に一本、そして顔の両側に牙のように飛び出した二本の角、合計三本の角を持った鬼が姿を現した。その手には横島の身の丈ほどはありそうな大きな金棒を持っている。アスナ達はその姿に見覚えがあった。『両面宿儺』を巡る戦いの最中に天々崎千草が召喚した百鬼夜行の鬼の一体だ。
 木乃香の式神は、全員まとめて「鬼神衆」と言う名で契約されていた。木乃香が呼び出したのはその中でも最も強い頭目である。当初、木乃香は顔の両側の角を見て「モミアゲさん」と名付けようとしていたが、本人に猛反対されたため、刹那と相談して『鉄槌童子』と名付けていた。彼が鉄尖棒を持っている事と、木乃香が小槌『鬼鎮』を持っている事とを掛けたのだ。「童子」と言うのは酒呑童子、茨木童子のように鬼に付けられる名前であると同時に、仏の眷属に付けられる名でもある。

 アスナ、古菲、すらむぃはおおーっと歓声を上げて拍手しているが、刹那と横島の二人は黙って鉄槌童子を見ていた。
「あー、念のために聞いておくが、全力で戦えそうか?」
「退魔師の兄ちゃんは誤魔化せんなぁ、あんま力は入らんわ」
 木乃香ではなく鉄槌童子に問い掛けると、彼は頭を掻きながら答える。
 そう、横島と刹那は気付いていたのだ。目の前に立つ鬼には、京都で見た時のような力強さがなかった事に。今の木乃香では、『鬼鎮』により出力が抑えられているため、彼が全力を出せるだけの霊力を供給する事が出来ないのだろう。これ以上霊力を使おうとすると、制御が出来なくなってしまう。
「他の鬼や妖怪ならば、十分な霊力を供給出来るようなのですが……」
「そんだけコイツが強いって事なんだろうが、まだまだ修行しないとな」
「そっかぁ」
 横島の評価を聞き、木乃香は少し肩を落とした。足りない霊力で召喚し続けてるのは、鉄槌童子の方にも負担が掛かる。木乃香が呼び戻そうとすると、彼は手を振りながら影へと戻っていった。何ともフレンドリーな鬼である。
「横島さん、ウチこれからどんな修行したらええんやろ?」
「そうだな……」
 木乃香に問い掛けられて、横島の視線が出城の方へと向いた。つられて木乃香もそちらを見てみると、入り口の所に箒で外へと埃を掃き出しているメイド服に身を包んだ裕奈の姿があった。
「あの掃除を手伝ってみるか?」
「え?」
 オカルトの修行とは程遠い事を言われて木乃香は目を丸くする。
 しかし、横島は冗談を言っているわけではない。そして、木乃香自身に掃除をしろと言っているわけでもなかった。
「式神を使って掃除を手伝わせろと言う事ですか?」
「こう言うのは慣れだろ。とにかく式神を使って、霊力を供給し続ける」
 刹那が横島の意図を察したようだ。流石に式神を連れて公道を歩くようになるのは不味いが、ここならば誰にも遠慮する事はない。遠慮なく式神を使い続ければ良いのだ。
 それを聞いて木乃香も納得したようで、「ほんなら力持ちの鬼さんに来てもらおか〜」と小槌を振り、鉄槌童子ほど背は高くないが、腕の太さを含む横幅では負けていない一つ目の鬼を呼び出し、出城の掃除を手伝いに行った。刹那も木乃香を見守るためにそれに続く。
 その後、風香、史伽、それに夏美が、鬼の姿を見て悲鳴を上げていた。木乃香は「怖ないえ〜」と言っていたが、その言葉だけで平然と受け入れられるようになれば苦労は無い。夕映、裕奈、アキラの三人は驚いた様子だったが、こちらは怯えたりはしない。そして、千鶴はにこやかに、鬼に向かって平然と家具を運んで欲しいと頼んでいたりする。なんとも豪気であった。

「それじゃ、こっちも修行を始めようか」
 木乃香と刹那を見送って、横島はアスナ達へと向き直った。
 アスナは新しい修行に心を馳せて、胸を躍らせているようで、目が輝いている。
「さっきも言った通り、アスナにはサイキックソーサーに挑戦してもらうわけだが」
「ム、そんな話になてたアルか?」
 あの場にいなかった古菲が驚きの声を上げる。霊能についてはよく分からないが、横島がよく使う霊能であるため、今のアスナに使えるのか疑問に思っているのだろう。すらむぃに至っては遠慮無しに「素人の姉ちゃんに出来るのカヨ」と肩をすくめて馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「俺の知ってるヤツは見よう見まねで出来たからな」
「……マジですか?」
 無論、横島も遠隔操作で動かせとか言うつもりはない。そんな事はGS資格を取った頃の横島にも出来なかった事だ。まず目標とするのは、サイキックソーサーを作り、投げる。これだけである。
「なるほど、アスナさんが使えば、化けるかも知れないですね」
 背後から聞こえてきた声に、アスナが慌てて振り返ると、そこには夕映の姿があった。アスナの新しい修行が気になって、掃除をサボって見学に来たらしい。
「どう言う事?」
「アスナさん、土偶羅さんが言っていた事を覚えているですか?」
「え、え〜っと……どれの事?」
 急に言われても何の事か分からずに答えに詰まるアスナ。土偶羅は薀蓄を語りたがるところがあるため、アスナはその全てを覚えていないし、覚えていたとしても、夕映がどれの事を言っているかが分からない。
「『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』の事です。言ってましたよね、『魔法無効化能力』は魂の持つ個性だと」
「ああ、そう言えばそんな事も言ってたような……」
「思い出してください。霊力とは魂から引き出される『生命力』、アスナさんの魂が『魔法無効化能力』を持っていると言う事は」
「ム、アスナの霊力は魔法を無効化すると言う事アルか?」
「ゲッ、それは厄介だナ」
 確認するように皆の視線が横島に集まり、彼はコクリと頷いて肯定した。
 そう、『魔法無効化能力』がアスナの魂が持つ個性だとすれば、その魂から直接引き出される霊力にも、その個性はある。アスナが『ハマノツルギ』や神通棍で魔法を掻き消す事が出来るのは、それに宿った霊力が魔法を掻き消しているからなのだ。
 そして、横島が使うサイキックソーサーは、霊力を小さな六角形の板状にしたものである。横島はこれを自在に操り、盾にしたり、投げて爆弾のようにして使っているのだが―――

「私が使うと、サイキックソーサーで魔法を防げる……?」
「爆発も霊力の奔流だそうですから、効果範囲が広い魔法にぶつけると、消火剤を撒くように掻き消せるのではないでしょうか?」

―――アスナが使う事で、サイキックソーサーは新たな一面を見せる事になる。
 その話を聞いて、思わずアスナの顔がにへらとにやけた。これぞまさに自分だけの能力。横島から受け継ぎ、それでいてアスナにしか出来ないと言う、正に理想の霊能だ。サイキックソーサーを身に着ける事が出来れば、横島も『魔法使いの従者』として、弟子として、除霊助手として、頼りになるパートナーだと見直してくれるに違いない。
 アスナは燃えた、燃え上がった。彼女は霊能に対して所謂「必殺技」のようなイメージを抱いている。横島の霊能を伝授してもらうだけでも嬉しいと言うのに、それが自分だけの力を持つようになるのだ。
 この昂りは霊力を身に着けるために頑張っていた時のようだ。早くサイキックソーサーを覚えたくて溜まらない。
「横島さん! 私、頑張ります!」
「お、おう、それじゃ前みたいに俺がアスナの身体通して、アスナの手からサイキックソーサーを作ってみるから」
「お願いしますっ!」
 横島が仮契約(パクティオー)カードを取り出そうとすると、アスナがそれよりも早く上着をはだけて肩を露わにする。カードを使えば触れなくとも霊力を供給する事が出来るのだが、今は横島に直接触れて欲しかった。
 肌も露わなアスナに横島は一瞬たじろいたが、彼女のやる気を感じ取った横島は、気を取り直して背を向けたアスナの両肩に手を置く。
「それじゃ手を……そうだな、左手を前に出してみて」
「左、ですか?」
「最終的にはどっちからでも出せるようにしたいけど、まずは盾として使えるようにな」
 刹那が言うところの『剣闘士スタイル』、右手に『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』、左手にサイキックソーサーと言う戦闘スタイルを横島はよく使っているが、アスナもこれを使えるように、まずは左手でサイキックソーサーを出す事を覚えさせたい。
 彼女の場合は『栄光の手』ではなく神通棍か『ハマノツルギ』であり、後者は大剣の形になってしまえば片手では振り回せないが、戦闘スタイルの幅を広げると言う意味では有効だ。
 その意図を察したアスナは、横島の得意とする戦闘スタイルも伝授してもらえるのだと、ますます気持ちを昂ぶらせた。それに合わせるように、彼女自身の霊力も高まってきている。
 横島が肩に置いた手から霊力を流し込む。本人は普通にやっているつもりなのだが、昨夜回復させ過ぎたらしく、大量の霊力がアスナに送り込まれる事になった。集中しようとしていたアスナだったが、自身の霊力も高まっていたためか、横島の霊力の動きに合わせて自分の霊力も交じり合うようにして引っ張られていく感覚がする。
 そして、横島はアスナの左手にサイキックソーサーを出現させるのだが、この時アスナは横島がやっている事なのに、まるで自分の霊力でサイキックソーサーを形作っているような錯覚を覚えた。霊力を身に着けるための修行をしていた時にも感じられなかったような、今までにない一体感だ。
 確かな手応えを感じたアスナは左手のサイキックソーサーを維持したまま、右手も前に突き出す。
「横島さん、こっちもお願いします」
「……分かった、行くぞ」
 アスナの希望に応えて、横島は更に霊力を送り込み、右手にもサイキックソーサーを出現させる。更に霊力を送り込まれた事により、アスナは頬を紅潮させ、甘い声を漏らすが、同時にサイキックソーサーを出す霊力の動きを魂で感じ取っていた。
 アスナが気持ちを落ち着かせて深呼吸したところで、横島は肩に置いた手を離した。しばらくは何とか維持できていたサイキックソーサーだったが、段々と形がブレてきて、やがてあやふやなもやのようになって消えてしまった。
 しかし、アスナの中には自分の身体を通して横島がサイキックソーサーを作った感覚が残っている。それだけでなく、横島の霊力そのものも残っているようで、アスナは全身を巡る熱い感覚に、頬だけでなく全身を紅潮させながら、うっすらと汗ばんでいた。
「さっきのサイキックソーサーを作った感覚を再現するようにやってみるんだ。思い出せなくなったら、またやるから」
「はい……」
 アスナは目を閉じながら、なんとかサイキックソーサーを再現しようとしてみるが、突き出した両手に霊力が集まっているようだが、更にその先にサイキックソーサーを作るまでは、辿りつけていないようだ。
 ここから先は何度も繰り返し練習するしかないだろう。しばらくはアスナ一人に頑張らせる事にして、続けて古菲の方に向き直る。
「どうした?」
「……な、なんでもないアル」
「………」
 そこには顔を真っ赤にして硬直している古菲と夕映の姿があった。二人の間に立つすらむぃは面白そうに二人を見上げている。
 実は、古菲は令子から霊力も扱えた方が良いと言う話を聞き、自分も霊力を引き出すための修行をした方が良いのではないかと考えていたのだ。そして、夕映もまた、自分が除霊現場に出るためには、霊力を身に着けなければならないのではないかと考え始めていた。
 そして、横島に頼もうとしていた矢先にあの光景である。アスナを自分に置き換えて、どうなってしまうのかをイメージしようとしたところで、思考がオーバーフローを起こしてしまったようだ。
「お〜い、聞こえてるか〜?」
 横島が二人の目の前で手を振ってみるが反応はない。つんつんと頬を突いてみても同じである。
 どうしたものかと横島が頭を悩ませていると、すらむぃが「一発殴ってみるか?」と提案してきたが、流石にそれは不味いだろう。素人である夕映を殴る訳にはいかないし、古菲を殴ろうとすれば、無意識の内に反撃してきそうだ。
 成す術がないまま時間だけが過ぎていった。二人がこちらに戻ってくるのは、もう少し後の話である。
 目の前に立ち尽くすチャイナドレスとメイド服。ホテルで見た二人の生着替え、意外とスタイルが良い古菲の姿を思い出してしまった横島は、そうっと手を伸ばしては「いやいや、いかんだろ」と手を引っ込めて悶えている。
 結局、この悶絶は、すらむぃが「ニヤニヤしてんじゃネーヨ!」と渾身の力を込めて蹴り上げるまで続き、今度は別の意味で悶絶する羽目になるのだった。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する描写は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 丘陵地帯は、レーベンスシュルト城に繋がるボトルの一つ、山のように見えるボトルの事を指しています。
 山岳地帯と言った方が正確かも知れませんが、麓から頂上まであるのならともかく、山岳の上の部分しかないように見えましたので、丘陵地帯と言う事にしました。

 また、出城については原作170時間目にあったエヴァの「一流の魔法使いなら、防備の整った住み処をいくつも持っているものだ」、「私の首を狙う者もまだ多かった頃の話だがな」と言う二つの台詞と、レーベンスシュルト城の全景が描かれているコマの下の方に、それらしき建造物がある事から、『見習GSアスナ』では「レーベンスシュルト城に出城は存在し、本城、出城を含めた一帯をボトルに納めている」と言う設定で書いております。

 それと、アスナの『魔法無効化能力』が魂の個性であり、そこから引き出される彼女の霊力も同じ性質を持つと言うのは、『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

 ご了承ください。

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