topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.72
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「六角形の盾〜、六角形の盾〜……」
 ぶつぶつとうわ言のように繰り返しながら両手を前にかざすアスナ。先程からずっとサイキックソーサーを出そうと霊力を練っているのだが、成果は芳しくなかった。手のひらがほんのりと温かく、そこに霊力が集まっているような感じはするのだが、横島が出すような淡く光る小さな六角形の小盾を出すまでには至っていない。
「横島さん〜、横島さんのサイキックソ〜サ〜……」
 イメージの仕方が悪いのかも知れない。そう考えたアスナは方向性を変えてみる事にした。
 サイキックソーサーを出している横島の姿をイメージしてみる。
 先程より明確なイメージが出来ているような気がする。これは上手く行くかも知れない。
 勇んで手の先に霊力を集めようとしたアスナだったが、ここで予想外な事が起きてしまった。
「んんっ、これは……」
 実はこの時、アスナの身体には先程注ぎ込まれた横島の霊力が残っていたのだ。霊力を振り絞ろうとした事でこの霊力も動き出し、アスナの身体を駆け巡り、否応なしに自分の中の横島の存在を意識させられてしまう。
 例えるならば、横島と身体を重ね合わせているような感覚だろうか。横島の霊力を受け止め、身体が熱くなってくるのを感じたアスナは、まるで横島と抱き合っているような錯覚を覚えた。
「やだもぉ〜っ! 横島さんったらぁ〜
「なんか、アスナがくねくねし始めたアル」
「明日は我が身かも知れないです」
 更なる高みを目指すため。除霊の現場に出られるようになるため。それぞれ理由は異なるが、霊力を身に着けたい古菲と夕映。今は、ああはなるまいと考えているが、いずれ自分達もアスナのようになるかも知れないと考えると、笑い事ではない。
 横島に、アスナと同じ修行をしてもらえるように頼んでも良いのか。今のアスナを目の当たりにすると躊躇して二の足を踏んでしまうのも仕方がない事であろう。
 実は、レーベンスシュルト城に入った時からこの事について考えていた夕映は、昨夜の内にある人物に相談を持ちかけていた。もしかしたら、他にも霊力を目覚めさせる方法があるかも知れない。そう考え、もう一人の霊能力者に尋ねてみたのだ。そう、彼女達のクラスメイト、超鈴音に。
 しかし、超は意外な答えを返してきた。
「霊力をそんな簡単に目覚めさせる修行なんて、あるわけ無いネ」
「え? それでは、横島さんがやっている事は……?」
「一言で言えば革命ネ。流石ヨコシマ、非常識ヨ。一体、どこでどうやってあんな反則技身に着けたのか……」
 超の話によると、本来霊力と言うものは、強い霊能力者は生まれた時からそういう素養を持って生まれてくる先天的な力なのだそうだ。
 そもそも、霊能力者の修行と言うものは、生まれ持った霊力を如何にして使うかを学ぶものであり、最終的な目標は『霊能』、すなわち霊力を効率よく使うための技や術を身に着ける事に集約される。
 霊力を目覚めさせる修行も無いわけではないが、長い時間を掛けて荒行を積むのが普通だ。また、霊力を強くすると言えば、試練を受け、それを突破する事で新たな力を得ると言うのが霊能力者の常識である。
 横島自身あまりに気にしていないようだが、実は彼が行っている「霊力を修行して強くする」と言うのは、オカルト業界の常識を覆す大革命なのだ。
 これは超にも出来ない。夕映にしてみれば、それだけで如何に凄いかが分かろうと言うものである。

「あの、もう少し……その、簡単に目覚めさせる方法はないのですか?」
「二つほどあるネ」
「教えてください!」
「死にかけるのと、死にそうな目に遭うのと、どちらが良いカナ?」
「……え゛?」
 後天的に霊力に目覚めるケースが無いわけではない。
 事故等で瀕死の重傷を負い、生死の境から奇跡的に生還した者や、死ぬほど危険な目に遭った者が、霊力に目覚めるケースがあるそうだ。逆に言えばそれぐらいに命の危険に晒されるような荒行でなければ、霊力に目覚める事はないのだ。普通ならば。前述の霊力を強くする試練にしろ、命懸けである事は変わらない。
 では、何故横島はアスナの霊力を目覚めさせる事が出来たのか。これは、彼の師が妙神山の主である猿神(ハヌマン)、≪闘戦勝仏≫斉天大聖孫悟空であり、また、彼自身が妙神山の最難関の修行を経験していた事が影響していた。

 魂は負荷が掛けられると、反発する性質を持っている。
 例えば、横島は妙神山の『ウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修行コース』において、仮想空間内で猿神の魂と加速状態で繋がる事により膨大な過負荷を受け、解放された反動で一時的に魂の出力そのものを高めると言う荒行を行った事がある。
 超の言う死にかける事と、死にそうな目に遭う事。どちらも死に瀕する生命の危機であり、魂に多大な負荷が掛けられる事になる。それに反発するように生存本能が刺激され、奇跡の生還を果たした魂は以前よりも力を増す。後天的に霊力に目覚めると言うのは、こういう理屈である。
 つまり、横島がアスナに行った修行と言うのは、これを緩やかに、長期的に行う事により適度に魂に負荷を与えて鍛え、霊力に目覚めさせると言うものなのだ。

 この説明だけを見れば、霊力が使える者ならば、誰にでも出来そうに思えるだろうが、それはお勧め出来ない。
 肉体的なダメージはないとは言え、魂に直接負荷を掛けている事には変わらない。横島の霊力を過剰に供給された茶々丸が、神経回路が焼き切れるかもしれない状況に陥った事からも分かるように、全く危険がないと言う訳ではないのだ。
 彼の師である猿神は、霊能力者を刀に喩え、霊能が刃であり、霊力は刀身を形作る鋼であると言う考えを持っている。そのため横島の修行は魂に負荷を掛けて鍛える修行を中心に行われた。おかげで彼は、魂に負荷を掛ける加減を学び、また、いざと言う時に文珠で助ける方法を知る事が出来た。それらの経験から、その危険性をある程度軽減する事が出来るようになったのだ。

「まぁ、術とかで無理矢理引き出す方法もあるけど、これはオススメできないネ」
「このかさんがやられたと言うアレですね」
「そうそう、あれなら確実に霊力に目覚められるネ。その後の命の保障は無いケド」
 修学旅行の一件で木乃香は札の力により無理矢理霊力を引き出されたが、あれは本来禁術とされるものである。
 木乃香は元々素質があったから良かったものの、霊力を使えない、魂の出力がそこまで無い者があの札を使った場合、足りない霊力を強引に引き出す事になり、魂が枯渇して死んでしまうだろう。魂の負荷どころの話ではない。

「実は、横島さんの方法が一番安全なのですか?」
「と言うか、他が危険過ぎるネ」
 「死に掛ける」、「死にそうな目に遭う」と比較すれば当然の答えであろう。
 結局のところは、夕映、そして古菲が、横島の霊力をその身に受け容れられるかどうかである。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.72


「………」
「夕映、どうかしたアルか?」
「あ、いえ、ちょっと考え事をしてたです」
 昨晩の超との会話を思い返して、夕映は自分の姿が描かれた横島との仮契約(パクティオー)カードを見詰めながら考えていた。
 昨日知り得た情報から判断するに、やはり、霊力を身に着けるためには、横島を頼るしかないだろう。
 後の問題は、横島の霊力を受け容れる事をどう判断するかだ。主こそ違えど同じ『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』であるのどかから聞いた事があるのだが、ネギから魔法力供給をされると、確かにくすぐったいような心地良さを感じるらしい。以前、修行の一環で、どれだけ魔法力を使い続けられるかと、のどかとハルナに魔法力供給をしながら大規模な魔法を使うと言う修行を行った事があるそうだ。
 ちなみに、ハルナの方は身体にそよ風が吹き付けるような感覚で、心地良いがくすぐったい程ではないと言っていた。二人ともアスナとは違う反応である。この辺りは個人差があるのかも知れないが、夕映には判断がつかなかった。
「くーふぇさんはどうするですか?」
「う〜、ちょと怖いアル」
 古菲は夕映のように人から話を聞いたわけではないが、横島に霊力を身に着ける修行をつけてもらう事については昨晩から――正確には、美神令子から話を聞いた時から考えていた。
 古菲と夕映で違うのは、古菲は霊力は使えないが気が使えると言う点だ。つまり、魂から肉体を介して力を引き出す手段を既に身に着けているのである。これは大きなアドバンテージだ。プロセスと結果は違えど、魂から力を引き出す事が出来るのだから。
 彼女自身、気を身に着けるために血の滲むような努力をしてきた。令子は霊力を身に着けろと言っていたが、霊力を身に着けるための荒行があるとすれば、それは古菲が今までやってきた修行よりも遥か先にあるのだろう。それこそ死の危険性を孕むような荒行が。
 そして、古菲は修行が危険だからと躊躇するような性格ではない。つまり、彼女は夕映と違って、横島の霊力を受け容れずに霊力を身に着ける事を目指すと言う道があるのだ。
「アスナ、頑張てるアルな〜」
「方向性が激しく間違ってる気がしないでもないですが」
 一応、手を前にかざしているので、サイキックソーサーを出そうとしているのだろうが、どうやらアスナの頭の中にあるイメージはサイキックソーサーよりも横島の方が中心になってしまっているようだ。
 くねくねして身悶えている姿はどうかと思うが、素人であった彼女が一ヶ月足らずで霊力に目覚めたのは、かなり驚異的なスピードであるらしい。これについては同じく霊能力者である超、刹那、楓の全員が認めていた。
 どこでどうやって霊能力を身に着けたかが謎な超はともかく、烏族の血を引く刹那と、女華姫直属隠密部隊の末裔にして大妖を滅ぼすべく退魔の技を研鑽し続けてきた一族の生まれである楓の二人は、生まれ付き霊能力者の資質を持っていたタイプなのだが、それでも霊力を引き出し、扱えるようになるまで長い修行を要したそうだ。
 古菲がチラリと横島の方を見ると、彼は手近な柵に腰掛けて、じゃれついてくるすらむぃをあしらって遊んでいた。実はああやって他の事をしながらも、アスナの修行中はいつでもすぐに助けられるように、霊感を働かせてアスナの方に意識を割いている事を古菲は知っている。式神ケント紙などを使った修行中に、突然横島が修行を中断して、霊力を制御し切れずに目を回したアスナに駆け寄った事が何度かあったのだ。
 横島の霊力を目覚めさせる修行は、実際とても効果的なのだろう。超の話を聞いていない古菲にもそれは理解できる。
 では、仮に古菲が横島の力を借りず霊力を目覚めさせる道を選んだ場合、彼女が霊力を身に着けるまでどれほどの時間が掛かるのだろうか。その時、横島の下で修行を続けていたアスナは、どこまで進んでいるのだろうか。
「決めました!」
 思い悩んでいた古菲の隣で、夕映が突然立ち上がった。
「私、横島さんの修行を受けます!」
 古菲が悩んでいる間に夕映は決意を固めたようだ。その手には、彼女の仮契約カードがある。
「考えてみれば、私は仮契約をした時既に覚悟を決めていたはず。今更何のためらいがありましょうか!」
「そ、そーアルか」
「そうです。私は横島さんにどこまでもついて行くと決めたのです!」
 カードを持っていない方の拳を胸の前でぐっと握り締め、力強く言い切った夕映は、そのまま横島へ向けて駆け出して行った。早速、霊力を目覚めさせる修行をして欲しいと頼みに行くのだろう。
 普段は理知的で物静かな夕映だが、いざと言う時の脇目もふらずに突っ走る行動力は凄いものがある。そんな彼女を羨ましく思いながら見送る古菲は、目の前に自分と彼女との間を隔てる壁が立ちはだかっているような錯覚を覚えた。
 いや、正確には境界線と言うべきだろうか、一歩足を前に出すだけで容易く踏み越えられる一線だ。そこに壁があると思えてしまう原因は、むしろ古菲の心にある。
「仮契約……か……」
 誰に言うでもなくポツリと呟く古菲。彼女と夕映の違い。それは横島と仮契約しているかどうかである。これは古菲とアスナにも当て嵌まる違いであった。
 エヴァも言っていたが、現代において仮契約と言うのはあまり深い意味を持たない。古菲と夕映、アスナの違いにおいてもそうだ。仮契約そのものが問題なのではなく、仮契約に至るまでの彼女達の心こそが重要なのだ。
 アスナが、高校は東京の六道女学院の除霊科を受験しようと資料を取り寄せた話は古菲も聞いていた。GSを目指す彼女ならではの選択と言えるが、やはり本音は横島について行く事なのだろう。夕映はそのような話は聞かないが、先程力強く断言していたように、横島について行く覚悟は決めている。二人とも横島について行くと決意した上で仮契約に臨んでいるのだ。それだけ二人は、横島に対して深入りしていると言える。これは、より強くなるために、今まで経験する事が出来なかった戦いを求めて横島に関わり、押し掛けるように除霊助手にしてもらった――言ってしまえばそれだけの古菲とは大きく異なる点であった。
 今、古菲に突きつけられている選択肢は、横島の霊力を目覚めさせる修行を受けるかどうかではない。仮契約をするかどうかでもない。
 これから先、横島忠夫と言う男に対し、古菲自身が深入りしていくかどうか。その決意を問われているのである。
 その事に気付いてしまった古菲は俯き、腕を組んで唸り始めた。ここはおおいに悩むべきであろう。彼女の今後の人生を左右しかねない問題なのだから。


 一方、夕映は横島の前に立ち、大声を張り上げていた。
「横島さん!」
「うぉう! な、なんだ?」
 膝の上のすらむぃのほっぺを左右からむに〜っと摘んで遊んでいた横島は、声に驚き顔を上げた。
「隙アリ!」
「おふぅ!?」
 その隙を逃さずにすらむぃが腕を伸ばしてアッパーを放ち、それが見事顎に炸裂して横島は仰け反ってしまう。
「だ、大丈夫ですか、横島さん」
「痛たたた……夕映か、何か用か?」
「は、はい、お願いがあるです」
「お願い?」
 すらむぃのほっぺを引っ張って反撃していた横島だったが、夕映の言葉を聞いて、手を止めて彼女の方に向き直った。すらむぃは手を振り回して迎撃を続けていたが、横島はぽんと彼女の頭に手を置いて、それを制する。
「私にも、霊力を目覚めさせる修行をつけて欲しいです!」
「……は?」
 夕映の頼みに横島だけでなく、膝の上のすらむぃも揃って目を丸くした。横島は、夕映がGSになりたがっているなどと言う話は聞いた事がなかったし、すらむぃも彼女は非戦闘員であると認識していた。それが、どうして急に霊力を目覚めさせたいと言う話になるのかが分からない。
「夕映って、GSになりたいんだっけ?」
「いえ、そう言うわけではなく、私も除霊現場に出られるようになりたいのです。ならば……っ!」
「あー……」
 その言葉を聞いて横島は理解した。夕映はGSではなく除霊助手になりたいのだ。
 ゴールデンウィーク中は、夕映が素人である事を理由に、三日目のユニコーンの一件以外は留守番をさせていた。それが彼女は不満だったのだろう。とは言え、『土偶羅魔具羅』と言うアーティファクトを持っていても、戦闘に関しては素人である夕映では除霊助手になれる訳がない。そんな事は横島が許さないからだ。
「霊力使うだけなら、カード使って供給するって手もあるけど」
「それでは、私が横島さんにおんぶに抱っこと言う事になるです」
「う〜ん、まぁ、俺の使える霊力が減る事は確かだなぁ」
「『魔法使いの従者』として、それは許されないかと」
 夕映は横島の力を借りて現場に出る事を望んではいなかった。アスナの場合は、その時既に修行中であった事や、木乃香が狙われていて、すぐにでも戦える力が必要だったと言う事情があったが、夕映の場合はそうではない。それに、除霊現場に出たいと言うのが自分の意思である以上、自身の力で出来るようになるべきだと夕映は考えていた。
 実際、横島としても自分が何の力も持たないただの荷物持ちとして除霊現場に出て何度も危険な目に遭った事があるだけに、最低限自分の身は自分で守れるぐらいでなければ除霊助手として現場に連れて行く気はない。
 そして、夕映が自ら霊力を身に着けたいと言うならば、横島に断る理由はないだろう。普通の命の危険もある荒行と違って、自分が気を付けてさえいれば安全であるため、この辺りは気楽だ。可愛らしいメイド姿で頼んでいるのだから尚更である。
「こう言っちゃなんだが、やっても目覚めない。目覚めてもかなり時間掛かるって事もあるけど」
「構いません! そんな事は覚悟の上です!」
「分かった。とりあえず、やってみようか」
「はいです!」
 横島の承諾の返事に夕映は力強く頷いた。
 早速始めるかと思いきや、横島はまずすらむぃを膝から降ろして立ち上がり、アスナを呼び寄せる。
「お〜い、アスナ。ちょっと来い」
「なんですか?」
 呼ばれたアスナはくねくねした動きをピタリと止めて駆け寄ってきた。頬がまだ少し赤いのはご愛嬌である。
「サイキックソーサー覚える修行は一旦中断な」
「えっ、どうしてですか!?」
「変に霊力が高まってる。その状態で覚えると不味い」
「う゛……」
 自分でも少し自覚があったらしい。途端にしょぼくれたアスナを見て、横島が苦笑しながら言葉を続ける。
「あのな、サイキックソーサーって元々、他の防御捨てて一点集中する霊能だったんだよ」
「そ、そうなんですか?」
 今の横島が自在に使いこなしているのを見るとそうとは思えないが、元々サイキックソーサーは一般人でも持っているような全身の微弱な霊力までをも一点にかき集めて強力な盾を作る霊能だった。
 霊能を身に着けると言うのは、言わば魂に霊力を効率よく運用するための回路を構築する行為である。この回路は一度構築したら失われない反面、間違って覚えてしまうと修正するのが難しいと言う特徴があり、横島は最初にサイキックソーサーを自分に扱えるギリギリの消費霊力で覚えてしまっていた。
「あの、もしかして、アスナさんがそれをした場合、サイキックソーサー以外の部分は『魔法無効化(マジックキャンセル)』が出来なくなるのでは……?」
「実はその通りだ」
「バクチみてーな霊能だナ」
「えぇぇ〜〜〜っ!」
「落ち着け。だからこそ今の内に覚えるんだ」
「……えっ?」
「今の俺は普通に使ってるだろ?」
「そう言えば……」
 確かに、今の横島はサイキックソーサーを使うのに、他を無防備にするような真似はしていない。それどころか、複数のサイキックソーサーを展開したりしている。
 横島は、霊能と言う回路は、一度構築したら失われず、また修正するのが難しいと言う特徴を逆手に取った。まだ霊力が弱かった頃に覚えた消費霊力はそのままに、妙神山で自身の霊力を鍛え上げる事によって、全身の防御を維持したままサイキックソーサーを作る事に成功したのだ。更に、一つのサイキックソーサーを出した状態でも霊力に余裕がある事を利用し、複数のそれを展開する事にも成功している。
「アスナは今、霊力を鍛える修行を続けているだろ。だから、今覚えた方がいいんだ」
「な、なるほど、今覚えたら最初は他が無防備になっても」
「霊力が強くなれば、そっちも守れると……ツマンネーナ、オイ」
「すらむぃ、あんたねー!」
「生きるか死ぬかのバクチやろーゼ!」
「い・や・よ!」
「バクチはともかく、そう言う霊能って結構多いらしいぞ。霊力のコントロールで強化したり抑えたりは出来るんだけど、最初に覚えた消費霊力以下では発動しない。サイキックソーサーだって、コントロール出来ないと、霊力鍛えたところで盾がドンドン強くなるだけだし」
 横島が、アスナに今サイキックソーサーを覚えさせようとしている理由は正にそれであった。
 文珠のように特殊で複雑ではない基本的な霊能、例えば霊波砲などは、早い内に覚えた方が後々になっても何かと応用が効く。特にサイキックソーサーは全身の防御を捨てると言うデメリットが存在しているため、それを防ぐためにもいち早く覚え、更に霊力を鍛え上げる事が肝要である。
「そう言えば、遠隔操作しているのはどうなのですか?」
「ああ、あれも霊力のコントロールだ。サイキックソーサーを抑え気味に出すのも、コントロールが重要だぞ」
「結局は、コントロールなんですね〜……」
「そうだ。ちょっと落ち着いて、その辺意識しながら組み手でもやってみ」
「それじゃあたしが相手してヤルヨ」
 そう言ってすらむぃはとてとてと井戸に向かって走っていき「とうっ!」と可愛い掛け声を残して井戸の中に飛び込んで行った。いきなり何事かとアスナが慌てて駆け寄って覗き込もうとするが、井戸の中から水に包まれた状態ですらむぃが飛び出してきたため、逆にしりもちをついてしまった。
「な、なんなのよ!」
「イヤ、流石に実戦ならともかく、練習で直接霊力叩き込まれたくネーシ」
 目の前に飛び出してきたアスナの身長ぐらいの大きさがありそうな水塊、横幅は彼女の倍はありそうだ。その中心あたりに浮かんでいたすらむぃは、泳ぐようにして水塊から飛び出すと、まるで粘土のようにこね回して塊を人型に作り変えていく。
 太すぎてどこからがそれに当たるのかが分からない首。腕は妙に長く肘から先が太く大きい。足は逆に短いが、アスナの胴回りぐらいに太くがっしりと地面を捉えている。そして、目鼻口どころか耳もない頭の形は歪であった。
「何よこれ?」
「水のゴーレムってとこだナ。いちおー、あたしの一部だけど、ぶっ壊されてもあたしは痛くもかゆくもないゼ!」
 ぷりんやあめ子と戦った際、彼女達は檻を作ったり自分の分身を生み出していた。それと同じようにして、すらむぃは井戸の水を利用して分身を作り出したらしい。アスナは彼女の説明を聞いて、ぷりんのスライム牢のようなものだと解釈した。これを使って組み手の相手をしてくれるようだ。
「……どーでもいいけど、あんたデザインセンスないでしょ?」
「強けりゃいーんダヨ!」
 図星を突かれてしまったのか、すらむぃはおさげの髪を逆立てて怒り出した。確かに水のゴーレムは子供の粘土細工のような外見をしており、すらむぃ自身も気にしていたようだ。以前の戦いの際すらむぃだけ分身を出さなかったのは、実はそれが理由なのかも知れない。
「いくぞ、オラァ!」
「ちょっ、タンマ! 古菲! って、いないーっ!?」
 問答無用と襲い掛かってくる水のゴーレム。その勢いある突進を脅威に感じたアスナは、古菲も呼んで二人掛かりで戦おうと考えたが、彼女はいつの間にか姿を消していた。仕方なく神通棍を伸ばしてゴーレムの一撃を受け止める。ゴーレムを生み出すと言うと魔法をイメージしがちだが、これはすらむぃ達ハイ・スライムが生まれ持った能力であるため、『魔法無効化能力』は効かないようだ。
「おっ、やるじゃねーか」
「フッフッフッ、私をなめない事ね」
「そりゃこっちのセリフだ」
「て言うか、横島さんの膝の上って羨ましいわコンチクショーっ!」
「それが本音かあぁァーーーッ!」
 アスナ対すらむぃ、極めて本気な組み手の始まりであった。

 一方、横島と夕映はアスナ達の邪魔にならない場所に移動する事にする。
「あれ? 古菲のヤツはどうしたんだ?」
「その、考えたい事があると言っていたです」
「そうなのか?」
 古菲に、修行をするならアスナ達の組み手に参加するよう伝えようとするが、彼女はいつの間にか本城の方に戻ってしまっていた。おそらく、自分一人だけでは答えは出せないと考え、誰かに相談をしに行ったのだろうが、それに気付く事が出来たのは夕映だけである。気付いた夕映も、彼女の悩みについては本人の口から言うべきだろうと、適当に誤魔化し、横島の方も、そういう年頃なのだろうと勝手に解釈して深くはツっこまなかった。
「それじゃ、アスナの修行はすらむぃに任せるとして、始めるか」
「は、はい」
 城壁近くに生えた木の木陰に移動し、夕映は芝生の上にぺたんと腰を下ろす。横島はその背後に回って木の幹に背を預けて座り、夕映が丁度足の間に座っている体勢になると、彼女の両肩にぽんと手を置いた。
 その瞬間ビクリと震えて息を呑む夕映。相当緊張しているようだ。
 大丈夫、大丈夫と夕映は心の中で唱え続ける。アスナが特別敏感なだけに違いない。のどかもハルナもくすぐったいと言っていたが平然としているではないか。そう自分に言い聞かせている。
「行くぞ、力抜いて楽にしろよ〜」
「………」
 緊張をほぐすように言ってみたが、逆効果だったようだ。横島の言葉とは裏腹に夕映は身を強張らせてしまう。
 その様子に苦笑しながら、横島は彼女の身体に霊力を送り始めた。アスナよりも素人の夕映であるため、可能な限り霊力を抑えながら。
「む……」
 自分を包み込むような感覚に、夕映は小さく声を漏らした。
 思っていたほどではない穏やかな感覚。喩えるならば、ゆったりと温泉に浸かっているかのような感じだろうか。横島が霊力を抑えているためでもあるのだが、夕映はやはりアスナが特別敏感だったのだと、胸を撫で下ろし少し横島にもたれかかるように力を抜く。
「夕映、大丈夫か?」
「はい、なんだか暖かくて、気持ち良いです」
「そうか……」
 夕映の反応に、横島は首を傾げていた。アスナに比べて上手く霊力を送る事が出来ないのだ。送り込んではいるのだが、上手く夕映の身体を巡っていない。今の状態では魂に負荷を掛けるまではいかないだろう。せいぜい、ヒーリングのような効果があるぐらいだ。
「おかしいな」
「どうかしたですか?」
「霊力が巡ってない」
「それは一体……?」
「なんだろ、詰まってるのか?」
「私の中に何が詰まってると言うですか!?」
 この場合は、霊力が通らないと言う話なので、物理的に何かが詰まっていると言う話ではない。横島がそういう感覚を覚えただけである。
 霊力を送り込もうとしても何かが抵抗している。霊力が弱すぎるのだろうか。
「少し、霊力を強めてみるぞ」
「……分かりました。やって下さい」
「よし、行くぞ」
 横島の霊力を強めてもよいかと言う問い掛けに、予想外の心地良さに気の抜けていた夕映は、これを承諾。
 瞳を閉じて、横島は夕映に送り込む霊力を徐々に強めていく。夕映も同じように瞳を閉じて彼の霊力を待った。
 次の瞬間―――

「い゛ッ!?」

―――油断していた夕映を激痛が襲った。
 出城中に響き渡る大声、何かが突き刺さるような痛みが夕映に襲い掛かる。熱い何かが自分の中を押し広げながら突き進んでいる。横島の触れている肩から首筋に始まり、背中、そして手足へと。
 夕映の声を聞き、アスナとすらむぃは何事かと組み手を止めた。出城からは千鶴達が飛び出して来る。横島も夕映の様子に気付いて慌てて霊力供給を止め、力なくも倒れそうになる彼女の身体を抱きとめた。
「おいっ、大丈夫か!」
「だ、だいじょうぶ、です……続けてください」
 口ではそう言っているが、口元は引きつり、顔は青ざめている。
 これは中断して詳しい者に見せるべきではないか。霊能力者である刹那を呼ぼうと顔を上げると、目の前にもう一人の「詳しい者」、超が立っていた。
「ヨコシマ、何してるネ?」
「なんで超がここに?」
「ネギ坊主の戦いがそろそろ終わりそうだから、お昼ご飯どうするか聞きに来たら、夕映サンの声が聞こえたヨ」
 そう言いつつ超はしゃがみ込んで、夕映の額に手を当て、状態を探り始めた。アスナにすらむぃ、出城の方に居た皆も心配し、木乃香の式神も含めた皆が夕映の周囲に集まってくる。
「これはもしや……」
「ウム、おそらく」
 刹那も覗き込み、何が起きたかを察したようだ。超も夕映に何が起きたのか分かったらしく、鷹揚に頷く。
「あ〜……明日菜サンと同じ修行をしてたのかナ?」
「は、はい。私からお願いしました」
「それは痛くて当然ネ。経絡を無理矢理こじ開けてるようなものヨ」
「経絡、ですか?」
「そうか、経絡か……」
 夕映は疑問符を浮かべるが、横島の方はその一言でおおよその事を察した。
『経絡』と言うのは、言うなれば血管の霊力版である。人間の身体には身体の中心線に沿って七つの霊力溜まり――霊力中枢(チャクラ)が存在すると言われている。霊力を生み出すのは魂だが、それはまず霊力中枢から発生し、そこから経絡を通って全身を巡るのだ。
「忠夫さん、これは一体どういう事ですか?」
「いや、その……」
 千鶴が問い掛けてくる。その目にどこか咎めるような色があるのは、素人である彼女から見ると、横島が夕映に対し何か悪い事をしたように見えたためであろう。千鶴に対しては弱い横島がしどろもどろになっていると、見かねた超が説明役を買って出た。
「素人の千鶴サン達にもわかりやすく説明するなら、人間の身体には経絡と言う霊力の通り道が存在するネ。霊能力者はそこを通して全身に霊力を巡らすわけだが、霊力を使えない人間の場合は、大抵その通り道が閉じているヨ」
 つまり、夕映の身体を霊力が巡らなかったのは、彼女の身体に霊力を巡らせるための経絡が閉じていたためである。
 横島は彼女の身体に初めて霊力を巡らせて、その通り道を開こうとしたが、それが痛みとなって夕映に襲い掛かったのだ。
「でもでも、アスナは痛そうじゃなかったですー」
「そうだよ、ゆえ吉だけ痛いっておかしいじゃんかー!」
「経絡が開きやすい人もいるんですよ」
 史伽と風香の疑問には刹那が答えた。
 例えば、木乃香のように霊力が使えなくても、生まれ付き資質を持った者は、元々魂の力が大きいため、自覚がないだけで最初から経絡が開き掛けている事が多い。このようなタイプは、切っ掛けがあれば、容易く経絡が開いてしまうだろう。
 そして、アスナの場合だが、彼女は霊力の修行を始める以前から人並み外れた健脚の持ち主だった。このような人並み外れた能力の持ち主は、いつの間にか天然で経絡を使用しているケースがある。アスナが痛む事なく霊力を巡らせる事が出来たのも、そのためだと思われる。
「今調べてみたけど、もう途中まで開かれてるネ。まだ痛むだろうけど、ヨコシマは、中途半端に止めないで責任取てちゃんと最後までフォローするよろし」
「そうだな。経絡が開いた後、痛みが収まるまで霊力送り込んでヒーリングだ」
 結局、資質を持たない完全な素人が、簡単に霊力を目覚めさせられるなど、考えが甘かったと言う事だろう。夕映を襲った痛みは、霊力を目覚めさせるため、彼女に与えられた最初の試練だったようだ。
 この様子では、夕映が霊力を引き出し、自在に霊力を扱えるようになるには、長い時間を要するだろう。
 夕映はその場に正座をし、緊張した面持ちで瞳を閉じた。皆が見守る中、横島も真剣な表情で霊力を送り込み始める。
「……ぐぅっ」
 小さな呻き声と共に夕映は眉間に皺を寄せた。先程と同じ痛みが夕映に襲い掛かったのだ。
 見守る側も気が気ではない。千鶴や刹那はまだ気丈な表情で見守っていたが、同じく見守る木乃香やアキラは心配そうだ。夏美と史伽はおろおろと心配そうに見詰め、裕奈や風香、それにアスナはぐっと拳に汗を握っている。
 横島は額に汗を垂らしながらも、細心の注意を払って霊力の出力を調整し、経絡を開いていく。彼女に激しい痛みを与えてしまったのは、アスナの時はスムーズに進んだため、横島が経絡の事をすっかり忘れて霊力を一気に送り込んでしまったためだ。全く痛みが無いと言うのは不可能だが、出来るだけ痛くないように、優しく霊力を送り込んでいった。
 皆が固唾を呑んで見守っていると、徐々に夕映の表情が穏やかになってきた。経絡が完全に開いたらしい。横島の送り込む霊力は全身を巡り、今はこじ開けた事により痛んだ経絡をヒーリングしようとしている。横島自身、ヒーリングはあまり得意ではないので、この場合は生命力を活性化させて回復力を高めていると言った方が正確だ。
「皆、もう安心ネ」
「ええ、後はヒーリングすれば大丈夫でしょう」
 経絡が開いた事を察した超と刹那が、それを皆に伝えると、一同はほっと安堵の溜め息を漏らした。
 もっとも、開いただけであり、それが安定して、霊力を巡らせても完全に痛まなくなるまでは、もうしばらく時間が掛かるだろう。超も刹那もその事は分かっていたが、今回の激痛はもう無いはずなので、あえてそれには触れずにいる。
「さぁさぁ、後はヨコシマに任せて本城に戻るネ」
 いつまでも周囲に皆がいれば、かえって夕映が緊張してしまうだろう。超は横島と夕映の二人を残してレーベンスシュルト城本城へと戻る事にする。皆夕映の事を心配していたが、自分達が居た方がかえって緊張してしまう事に気付き、超について行った。
「ああ、ヨコシマ。エヴァンジェリンから伝言があるネ。ヒーリングが終わたら早く本城のテラスに来るように。ネギ坊主に大事な話をするから、ヨコシマも同席するよう言てたヨ」
 そして、目を瞑ったままの横島にエヴァの伝言を伝えると、超は皆を引き連れて去って行った。
 残された二人はそのままヒーリングを続ける。状態を考えれば、まだ痛みはあるのだろうが、横島の霊力のおかげで痛みを感じる事はなく、むしろ夕映は心地良さに包まれていた。
 確かにこれはクセになるかも知れない。痛みが治まった夕映は、全身を包み込むくすぐったさ、身体の内側から暖められるような心地良さに戸惑いを覚えた。冷静に状況を分析しようと試みるが、逆に身体はどんどん温められたように火照っていく。
「……あっ」
「どうした? まだ痛むか?」
「い、いえ、そうではなく……!」
 思わず吐息と共に声が漏れてしまうと、横島はまた何かあったのかと心配そうに尋ねてきた。
 夕映は振り向いて何でも無いと答えようとしたが、こみ上げてくるくすぐったさに言葉を詰まらせてしまう。こうなると、後は声を漏らさないように耐えるので精一杯であった。真っ赤な顔をして俯き、横島の霊力を受け止めながら、ただひたすらに耐え続けている。
 やがて、それにも限界が訪れた。我慢の限界が訪れた夕映は、目に涙を浮かべ、顔はトマトのように真っ赤だ。
 そして消え入りそうな声で、夕映はぽつりとこう呟いた。

「……もるです」

 横島が大慌てで彼女を担ぎ上げ、出城のトイレに駆け込んだのは言うまでもない。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城に関する描写は原作の表現を元にオリジナル要素を加えて書いております。

 血管の霊力版である経絡に関する設定。
 霊能と言う名の回路に関する設定。
 また、全身の霊的防御を犠牲にしないサイキックソーサー、複数展開、遠隔操作に関する設定。

 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
 ご了承ください。

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