topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.90
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 むかしむかし、あるところに三匹の猫の王子様がいました。
 白い王子、黒い王子、そしてグレーの王子。三匹の子猫はとても仲良しです。
 しかし、仲良く遊ぶ三匹を見詰める王様の表情は曇っていました。いくら三匹が仲良しだと言っても、この国の王様の座を継ぐのは一匹。三匹とも王様にする訳にはいかないのです。
 そこで王様は、占い師に相談してみました。すると占い師は答えます、「一匹の王子を選び次の王にしなさい。残りの二匹を残しておけば、いずれ国は乱れるでしょう」と。
 三日三晩悩み抜いた王様は、一番小さいグレーの王子に王の座を譲る事にし、白い王子と黒い王子の二匹を人間界へ送りました。人間界に行ってしまえばただの猫。王子ではなくなってしまうからです。

「まだ十年も経ってないから、むかしむかしって言うほどでもないんですけどね」
「僕達、桜子ちゃんに拾ってもらって、結構気楽に生きてるし」
 それから約十年、当の追い出された二匹の王子は、飼い主に似てしまったのか、結構能天気であった。

 クッキとビッケの隠れ家の中で「昔話」を聞き終えたアスナ達は顔を見合わせた。隠れ家と言っても、殺風景な廃屋だ。クッキとビッケによると、ここは彼等が幼い頃、城を抜け出して遊んでいた場所らしい。今の王である弟は、幼い頃から家でおとなしくしているタイプだったので、この隠れ家の事は知らないそうだ。
 中に家具の類は無い上に天井の一部が崩れて大小の瓦礫が散乱している。中に入ったアスナ達は、手頃な大きさの瓦礫を見つけ、上に積もった埃を払って、その上に腰掛けた。
 その昔話の内容はまるで童話を聞いているかのようだったが、これはれっきとした現実である。しかも、この物語は、まだ完結していない。何故なら、追い出されたはずの二匹の王子がこうしてこの国に戻ってきているのだから。
「それじゃ聞くが、桜子ちゃん達は、なんでこの世界に連れてこられたんだ?」
「……さぁ?」
 横島が問いかけるが、クッキとビッケの反応は芳しくない。彼等も桜子の飼い猫になって以来、猫妖精の世界との接触は無かったため、何故急にこんな事が起きたのかは分からないそうだ。
「でも、私達がこっちに連れてこられた時、『見つけた』って声が聞こえてたよね?」
 アスナが、あの時バス停で起きた事を思い出しながら呟くと、千鶴と夏美の二人もその事を覚えており、コクリと頷いた。桜子と茶々丸の二人も、やはりあのバス停で、こちらの世界に連れて来られたそうだ。桜子は覚えていなかったが、茶々丸の方が覚えていた。ただし、彼女達の耳に届いた声は「来い」の一言だったらしい。
「『見つけた』と『来い』ですか……」
「『見つけた』と言うのは、僕達の事だろうね」
 クッキとビッケが首を傾げる。いかに猫妖精と言っても、誰かを人間界から連れてくるなど、誰でも出来る訳ではないらしい。カモ達オコジョ妖精は「オコジョ魔法」と言う独自の魔法技術を持っているが、猫妖精の方はそうでもないようだ。魔法界との関係の深さの差なのかも知れない。猫妖精の世界は天魔界と同じ冥界に存在するためか、魔法界との交流がほとんど無いのだ。
「それじゃ、その王様とやらをとっちめてみるカ?」
「いや、それは不味いだろ」
 横島の背中におぶさる形で肩越しに物騒な事を提案するのはすらむぃ。すかさず横島は彼女の頭を小突いてツっこみを入れるが、スライムである彼女の身体はふにょんと一瞬波打つだけであった。
 その姿を見て周りの皆は苦笑している。クッキとビッケでさえもだ。彼等の精神年齢は外見通りの子供に近いようで、じゃれ合う二人が楽しそうに見えるのだろう。

「横島さん、私達は城の牢に捕らえられていて、王の下に連れて行かれそうになりました。この世界に来てしまった原因を探るには、王と接触する必要があるのではないでしょうか?」
「そう言えば、町の方で追いかけ回されたのも、やっぱり私達を連れ戻そうとしてたのかな?」
 一方、城から逃げ出してきた茶々丸と桜子の二人は、王が二人を標的にしていた事を知っている。更に茶々丸は、桜子の飼い猫であるクッキとビッケが、この国の王子であった事を踏まえて、「二人」ではなく「桜子」が目的だったのではないかと推測していたので、その事も皆に伝える。
 クッキとビッケは、自分達を猫妖精の世界に連れ去る事が出来るのは、王か王家に仕える者ぐらいしか心当たりがないと言う。だとすれば、やはり元の世界に戻るためにも、城に出向く必要があるだろう。無論、何も考えずに真正面から出向いてはいけないだろうが。
「すると、その王様の狙いは桜子なのかしら?」
「でも、『見つけた』のはクッキちゃんとビッケちゃんなんだよね?」
「あ〜、もしかしてアレか? 人質ってヤツか?」
 横に長い瓦礫に並んで腰掛ける千鶴と夏美の会話を聞いて、壁際の大きな瓦礫の上にあぐらをかいていたカモが、遠い目をしてぽつりと呟いた。あまり考えたくない推測にアスナは顔を引きつらせるが、頬を寄せ合った横島とすらむぃは「有り得る」とカモの考えに同意している。
「実際どう言う王様なんだ? お前らの弟は。良い王様か? 悪い王様か?」
「十年近く会ってないから、なんとも……」
「町で話を聞こうにも、僕達の事覚えてる人がいるかも知れないし」
 横島は、クッキとビッケに、これからの行動を決定する上で非常に大事な事を問い掛けるが、彼等はそれに対する答えを持ち合わせていなかった。既にこの国を出た身であるため、おおっぴらに町を歩く事が出来ないのだ。特に二匹は幼い頃からよく城を抜け出して遊んでいたため、意外と顔を知る人が多いらしい。
「それじゃ、俺達で調べてみるか」
「え? どうやって?」
「普通に聞き込みするんだよ。俺達猫なんだから、町に行っても大丈夫だろ。茶々丸と桜子ちゃんはダメだろうけど」
「あ、なるほど……」
 そこで一行は、横島、アスナ、千鶴、夏美の四人で町に出て、今の王様の評判を聞いてみる事にした。兵隊が探し回っている茶々丸と桜子は当然として、オコジョ妖精であるカモと、スライムのすらむぃも居残りである。
「あ、そうだ。人間の皆さんは、この世界の物を食べたり飲んだりすると、人間界に戻れなくなりますから」
「なに、そうなのか?」
「ハイ、気を付けてくださいね」
 猫妖精の世界と言っても冥界の一部だからだろうか。詳しい理由は分からないが、人間界の者がこの世界の食べ物や飲み物を口にすると、人間界に帰れなくなってしまうらしい。その話を聞いて、横島は身を震わせた。ただでさえ、アスナ達が猫の姿になってしまっているのだ。その上、空腹になっても何も食べられないとなれば、彼にとっては拷問もいいとこである。
 アスナ達の顔を見ると、彼女達も後半部分については同じ事を考えていたようだ。真剣な面持ちでコクリと頷く。そして一行は決意を固めた。一刻も早く――具体的には、夕飯までには人間界に戻ろうと。

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 横島達は大急ぎで町に出た。一旦意識してしまうと、急に喉が渇いたような気がしてくるのだから、難儀なものである。
 町に入ると、人間界に似ているようで、どこか違う光景が異なっていた。人間界ほど科学は発達していないようで、正確には、一昔前の人間界の光景に似ていると言うべきだろうか。
 今も町では兵隊達が駆け回っていたが、探しているのはあくまで桜子と茶々丸、そしてクッキとビッケなので、横島達には目も留めない。雄の三毛猫は珍しいかも知れないが、ただそれだけであった。
 幸い、町の猫達も兵隊達が慌ただしく駆け回っている事を不思議に思っていたらしく、彼等に命令を下している王の事が話題となっていた。そのため、旅人ならぬ旅猫の振りをして話し掛けてみると、すぐに今の王に関する話を聞く事が出来た。
 だが、情報収集が出来たかと問われると、正直微妙なところである。
 と言うのも、今の王は町の猫達の前に姿を見せる事がほとんどなく、また兵達も普段は城から出てこないそうだ。兵達が町に出てきただけで、何があったのかと話題になっているのはそのためである。
 おかげで、町の猫達にとっての王とは「ああ、そう言えばいたね」と言うレベルの存在感らしく、良い王様か、悪い王様かと言う肝心な話を聞く事は出来なかった。ただ、王に苦しめられていると言う話も聞かないため、悪い王様ではないようだが。
 しかし、町の猫の話を聞いていると、何故わざわざ桜子、それにクッキとビッケを猫妖精の世界に呼び寄せたのかが分からなくなってくる。こうなっては、直接乗り込むしかないのかも知れない。そんな事を考えながらアスナ達は、クッキとビッケの隠れ家に戻って行った。


「やはり、直接乗り込むしかありませんか……」
 アスナ達の報告を聞いたクッキの表情は冴えなかった。こうなる事はある程度予想していたのだろうが、やはり兄弟なので手荒な事は避けたいと考えていたのだ。
「幸い、俺の霊能力は健在だし、こっちには茶々丸とすらむぃもいる。向こうが手出ししてきてもどうにかなるぞ?」
 横島は、猫の右手に『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を出現させて言った。
「いや、そうならないのが一番なんだよ」
 一方、ビッケは呆れ顔である。こちらはクッキと違って、多少なら荒事になっても構わないと思っていたが、やはり兄弟。穏便に済ませるのに越したことはないと考えている。
 ならば、夜を待って城に忍び込むかとビッケが提案すると、こちらはアスナ達が揃って却下した。飲まず食わずで皆が寝静まるのを待つのは避けたい一心である。クッキとビッケも、桜子の家では餌の時間が遅れるとにゃーにゃーと催促するので、その辛さはよく分かった。我慢してくださいなんて言えるはずがない。
「それじゃ、こうしたらどうだい?」
 壁際の瓦礫の上で、皆の話を黙って聞いていたカモが提案した。
 彼の提案はこうだ。まず、皆一緒に人目に付かないルートで城へと向かう。そして、城に到着したら、そこからは堂々と二匹の王子として城に入るのだ。向こうに会う気があれば、歓迎こそされないだろうが王に会う事が出来るだろう。もし、兵隊達が襲ってくるようならば、横島、茶々丸、すらむぃが前に出て、そのまま城に乗り込んでしまえば良い。
 ちなみに、アスナは今回は戦力外である。人間の時に着ていた服と一緒に、神通棍や破魔札もなくなっていたため、彼女は今丸腰なのだ。サイキックソーサーが使えるようになっていれば戦う事も出来たのだろうが、今の彼女は霊力が少し使えるだけの素人である。武装した兵士に敵うはずがない。
「俺はそれでいいな。どうなるにしろ、早く済みそうだ」
 いの一番に賛成したのは横島。彼は町で聞き込みをしている間、露店などから流れて来る良い香りに腹を空かせていた。それは一緒に聞き込みに出ていたアスナ、千鶴、夏美も一緒だったらしく、彼女達もすぐに賛成に回った。
「あはは、私もお腹空いてきたかも〜」
「実は、私も……これが空腹と言う感覚なのですね」
 続けて桜子と茶々丸も同じ理由で賛成に回った。茶々丸は、初めて感じる空腹と言う感覚に戸惑い、またある種の感動を覚えている。
「あたしも正面突破に賛成だ。向こうが抵抗してくれたら、尚良しだナ」
 すらむぃは特に急いではいなかったが、どうせならば暴れられる方が良いと考えていた。物騒な考え方ではあるが、この中ではカモと並んでほとんど姿が変わらず、戦闘能力はほとんど落ちていない。そのため、今はその好戦的な笑みが頼もしかった。
「ま、向こうが敵かどうか確認出来ない以上、やるっきゃないな」
 最後にカモがまとめた。彼の言う通り、町で王に関する情報がこれ以上集められそうにないとなれば、後は直接乗り込むしか手が無いのだ。向こうの出方を伺うと言う方法なのだから、まだしも穏便な手段と言えるだろう。
 クッキとビッケは顔を見合わせて考えてみるが、それ以外に良い方法は思い浮かばない。これ以上時間を掛けると余計に皆の空腹がひどくなってしまうと言う事で、結局カモの提案を採用する事となった。直接王に会い、自分達を連れ戻したのは何故かと問い掛けるのである。


 一行は再び裏通りを通って、今度は逆に城へと向かって行く。今回の先導役はクッキとビッケだ。白と黒の二匹の子猫は、幼い頃から町中を駆け回って遊んでいたらしく、町の地理を熟知している。人目に付かないルートなど、それこそ町の猫が知らない所まで知っていた。
 一部のルートが木箱などで塞がれたりしていたため、それを取り除きながら進んでいく。
「ちづ姉、このまま城に行っちゃって大丈夫なのかなぁ?」
「分からないけど……ここは、忠夫さんを信じましょう。きっと、私達を助けてくれるわ」
「う、うん、そうだね」
 武装した兵隊達が待ち構えているであろう城に乗り込む事に不安を隠せない夏美に対し、千鶴は横島の事を全面的に信用しているようで、不安など微塵も感じさせない。無論、夏美も横島の事を信用しているのだが、彼女は恐怖の方が先立ってしまうのだろう。彼に全幅の信頼を寄せる千鶴は、まっすぐに前を向いて歩いている。それを横目に見る夏美は、自分も横島の事を信じるのだと、気を取り直し、前を向いて歩き続けた。
 そんな最中、横島と共に最後列を走っていた茶々丸が、彼に声を掛けてきた。
「横島さん、手を貸していただけますか?」
「ん、こうか?」
 そう言われて、特に深く考えずに手を差し出す横島。茶々丸はその手を取ると、ぐっと自分の胸に押しつけた。
「な、なにをしてるんでせう?」
 元の姿でやってくれれば、嬉しさのあまりに鼻血を噴いていただろうが、今は猫の姿なので比較的冷静に返す横島。茶々丸の方はと言うと、頬を染め、猫の顔で分かるぐらいに嬉しそうな表情をしている。
「感じますか?」
「え? 何が? 感じると言うか、あるべきものがないと言うか……」
「私の中で、鼓動が」
「鼓動?」
 その言葉にふと我に返り、手の平に意識を集中してみると、確かに茶々丸の猫の身体の中で、トクントクンと鼓動が脈打っているのが感じられる。元の身体がガイノイドだと言っても、今の身体の中も機械と言う訳ではないようだ。こうして城に向かって早足で歩き続けている事で、息が上がってきている。これも茶々丸にとっては初めての体験である。彼女はそれが嬉しくてたまらないのだろう。
「城に到着し、上手く事態を収拾して人間界に戻れば、この感覚ともお別れになるのですね。そう考えると、少々名残惜しい気もしますが……」
「いや、飲み食い出来ないのは辛いだろ。それに、膝枕してもらうなら、やっぱり元の茶々丸の方がいいぞ」
「そ、そうでしょうか?」
 厳密には、帰れなくなるだけで、猫妖精の世界に留まるつもりであれば飲み食いは出来る。横島達にとって、それは解決にはならないが。
 それ以上に横島は、元の茶々丸がいなくなる事を惜しんだ。茶々丸としても、必要とされていると感じられたのが嬉しいらしく、満更でもなさそうだ。空腹も、鼓動も、初めての感覚で舞い上がっていたが、目的を違えてはならない。彼女達の目的は、皆で無事に人間界に戻る事である。

「よろしくお願いします……にゃん」
 それでも、この時の感動が忘れられなかったのだろうか。
 後日、茶々丸は横島を自室に招いてネジを巻いてもらう時のみ、ネコミミの付いたカチューシャを装着するようになったのは、また別の話である。

 表通りはまだ兵隊達が駆け回っているようだが、こうして見つからずに進めるのであれば、それはむしろ好都合であった。何故なら、城に居るはずの兵達が町に居ると言う事は、それだけ城の方が手薄になっていると言う事なのだから。このチャンスを逃す訳にはいかない。クッキとビッケは視線を交わして頷き合うと、城への道を急いだ。



 一方、王の命令で兵達を率いて桜子達を探すサビ猫の隊長は、いくら探しても見つからない事に焦りを感じていた。これほど探しても見つからないと言う事は、もしかしたら既に町の外に出てしまったのではないだろうか。もし、そうならばこのまま町中を探し回っても無意味と言う事になる。
「クッ……だが、王の許可も無しに、兵を町の外に出す訳にはいかん!」
 問題は、今の自分達は町の外まで捜索出来ないと言う事だ。サビ猫は一旦城まで戻り、王の許可を貰う事にした。
「半分はこのまま町の捜索を続けよ! 残りの半分は私に続け! 一旦、城に戻るぞ!!」
 奇しくもこの判断が功を奏す事になる。
「げっ、戻ってきた!?」
 何故なら、王の許可を得るために城に戻ったサビ猫は、丁度城門を潜ろうとする横島達と鉢合わせになったのだから。

「あれは……っ! 奴等だ、奴等を捕まえろッ!」
 サビ猫の号令に合わせて、兵達が一斉に襲い掛かってくる。丁度城門の真下に居た横島達は背後から攻められる形だ。
 この時、最後尾には横島と茶々丸の二人が居た。もう一人の戦闘要員であるすらむぃは、先導するクッキとビッケのすぐ後ろだ。
「すらむぃ、頼めるか?」
「がってんしょーち! まかせな、ヨコシマ!」
 横島が声を掛けると、すらむぃはすぐに彼の意図を察して快諾する。その返事を聞いた横島と茶々丸は、その場で振り返って迫り来る兵隊達に向き直った。自分達がここで城門を押さえ、その隙に他の面々を王に会いに行かせようと言う訳だ。城の中に向かうのはすらむぃだけになってしまうが、大勢の兵が町に出ている事を考え、横島と茶々丸は、外の兵を城内に戻さない事の方が大事だと判断していた。
「クッ……そこを通せッ!」
「声の感じからして、キツめのねーちゃんなんだろなー! だが、ここは通さんぞ!」
 猫の姿のまま右手に『栄光の手』、左手のサイキックソーサーを構える横島、突き出される槍を斬り払い、寄せてくる兵達を押し返していく。流石に一人では押さえきれずに、数人脇を抜けて城内に入ろうとするが、それは後ろに控えた茶々丸がフォローする。
 茶々丸は、城内から兵が押し寄せてくる事も考えて、常に背後を警戒していたが、その気配は無い。どうやら、ほとんどの兵が外に出払っていたようだ。すらむぃはつまらないと言うかも知れないが、これは好都合である。この様子ならば、城内に入った面々は無事に王の下に辿り着けるだろう。
「私は王を守らねばならんのだ! ハァッ!」
 しかし、サビ猫もやられっぱなしではない。少し後ろに下がったかと思うと、助走で勢いを付けて、横島の前に居る兵の背を踏み台にして、一気に横島、茶々丸の頭上を飛び越えてしまった。
「しまった!?」
 サビ猫は猫らしくしなやかな動きで着地すると、そのまま城内へ駆け込んでしまう。
 横島はそれを目で追い、すぐに追い掛けようとするが、押し寄せる兵達がそれを許してくれない。こうなれば、あのサビ猫の隊長についてはすらむぃに任せるしかないだろう。カモも魔法でサポートしてくれるはずだ。二人は兵達の方に視線を戻すと、もう一人も通さないと、その猛攻を受け止めるのだった。


 城内に突入したアスナ達はクッキとビッケの案内で真っ直ぐに王の間に向かっていた。城内の構造は彼等がこの城で暮らしていた頃と変わっていないため、道に迷う事は無い。
 城内の光景を初めて見るアスナ達は、やはり光の粒子が踊る不可思議な壁や床、日の光を通して眩しく輝く天井に度肝を抜かれたようだ。
 数匹の兵隊で出くわしたが、すらむぃが膨らませた腕をハンマーのように振るって、ものの数秒でノックアウトだ。このスライム、時折アスナや古菲の組み手に付き合っているせいか、手加減が上手くなっているようだ。昏倒しているが、しっかり生きている。
 桜子の強運も影響しているのだろうか。それ以外は特にトラブルもなく、一行は城内を進んでいた。サビ猫もまだ追い付いていない。
「そうだ! クッキ、ビッケ、王様に会う前に聞いておきたいんだけど」
「なに? 桜子ちゃん」
「弟さんの名前って何て言うの?」
「………」
 小首を傾げて問う桜子に、クッキとビッケは困った様子だ。
「あ〜、桜子ちゃん。実はね、僕達兄弟に名前って無いんだ」
「皆『王子』だし、王になったら『王』だからね」
「へ?」
 その答えに桜子だけでなくアスナ達も驚きの声を上げる。三匹いるのだから、それでは区別が付かないのではないかと思うが、ビッケ曰く当時は色で区別していたらしい。彼等が特別なのではなく、この国の王族は皆そうらしい。「王」はあくまで「王」であり、それ以上でもそれ以下でもなく、故に名前も必要ないのだそうだ。
 そして名前が無いまま国を出た二匹は、人間界で桜子に拾われた後、彼女によりクッキ、ビッケと名付けられたそうだ。彼等にとっては、その名前こそは初めての名前であり、自分達の本当の名前なのである。
「それじゃ、王様って名無しの王様なんだ……なんか、可哀想だにゃ〜」
「それよりも、何故今になって僕達を呼び戻したかが気になるね」
「ああ、しかも、桜子ちゃんを人質にって何を考えてるんだ」
 城内に入った当初は、懐かしさに笑みを浮かべていたクッキとビッケの表情が、王の間が近付くにつれて険しくなっていく。自分達の事よりも、桜子とその友人達が巻き込まれてしまった事を悔やみ、怒っていた。彼等にとってみれば、桜子は大切なご主人様なのだ。彼女を危険に巻き込むなど、あってはならない事である。
「見えた、あの扉だよ!」
 更に進むと、縦に長い扉が見えてきた。王家の紋章が立体的に彫り込まれたレリーフの扉だ。この扉は、壁などとは違う素材で出来ている。周囲の壁は他の所と同じように光を通すのだが、かなり分厚い壁らしく、向う側を窺い知る事は出来ない。
「押すのカ? 引くのカ? それとも、ぶっ壊すカ?」
「普通に開けてください。確か、押す扉のはずですから」
 暴れ足りないすらむぃは扉を壊したかったようだが、クッキが普通に開けてくれと言ってきたので、仕方なく押して扉を開く。まずはそのままの勢いですらむぃが王の間に転がり込む。続けてクッキとビッケが踏み込み、その後にカモとアスナ達が続いた。

「来たか、兄弟……」
 広々とした王の間に、王の声が響き渡る。クッキとビッケは玉座に座る王を睨み付けた。
 彼等の記憶にある父王に比べて、かなり小さな姿だ。黄金の冠がやけに大きく見える。自分達の弟なのだから当然であろう。元よりグレーの王子はクッキとビッケと比べて身体が小さかった。
「なにここ……」
「綺麗、だけど……」
「………」
 後ろのアスナ達は王の間の雰囲気に気圧されていた。おそらく、光を通す壁、床、天井を持つこの城に天から降り注ぐ光は、最終的にここに集まるようになっているのだろう。おかげで王の間は全てが眩しいぐらいであった。
 だが、この広々とした王の間には、王以外の猫の姿が無い。王一匹のみだ。とても美しい光景なのだが、なんとも言えない物悲しさが漂っている。
 王の間を守る兵の姿すらいない。すらむぃは、兵が居れば大暴れしようとうずうずしていたが、相手がいなければどうしようもない。

「王よ、どうしてこんな事をしたんだ!」
「そうだ! 僕達はとうに国を出た身、今更連れ戻してどうしようって言うんだ!」
「………」
 クッキとビッケが責めるような口調で問い掛けるが、王は一言も返事を返さない。玉座に深く腰掛けたまま、虚ろな目で二匹を見ている。
 やがて王はスッと玉座から立ち上がると、二匹に向けて杖を突き付けて叫んだ。
「うるさい! そんな事を言って、お前達は私を恨んでいるのだろう!」
「え?」
 予想外の反論に一瞬動きを止めてしまうクッキ。王はその隙を逃さずに更にまくし立てる。
「渡さない! お前達に王の座は渡さないぞ!」
「お、お前は何を言ってるんだ?」
 ビッケもまた戸惑っていた。
 彼等は王の座が欲しいなどと思った事は無い。人間界で桜子に拾われた事を考えれば、むしろ、感謝したいぐらいだ。
 しかし、そんな話も信じてもらえなければ意味がない。王はまったく聞く耳を持たない状態であった。
「うるさい! うるさい! うるさーい!!」
 玉座の前で怒鳴り散らす王。大きな声だけではなく、彼の身体から放たれる何かが一行に襲い掛かる。
「うわっ!」
「なんだこれ!?」
 物理的に感じられる圧力に後ずさるクッキとビッケ。すらむぃも、異常な雰囲気を察知して身構える。
「分かっているんだぞ! お前達が、私から王の座を奪おうとしているって事はな!」
「ちょっと待て、話を聞いてくれ!」
 ビッケが叫ぶが、王の耳――いや、心には全く届いていないようだ。
 その一方で、王の力は後ろのアスナ達にも届いていた。
「……ッ!?」
 千鶴と夏美を庇うように前に立ったアスナは、その圧力を一身に受け止めていた。
 そして彼女は気付く、これは自分がいつか感じたものと同じ力であると。
 彼女の脳裏に、ゴールデンウィーク中の除霊強行軍の事が浮かんだ。この力はあの時に感じたものと同種のものである。
 これは二日目の化ける事を覚えたタヌキと対峙した時に感じた力だ。あのタヌキは妖になりかけていた。つまり、この力は妖怪の力である。
「これは……まさか、妖気!?」
 そう、玉座の前に立つ王は、妖怪が放つ妖力と同じ波動を放っていた。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城、桜子の強運、家庭環境、及び飼い猫クッキとビッケは、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オコジョ妖精の世界が冥界にある。
 同じく猫妖精の世界『ニキラなんとか』が冥界にある。
 猫妖精の世界『ニキラなんとか』に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。


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