topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.91
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「ちょ、ちょっと、これ妖力じゃない!?」
「ああ、猫妖精のもんじゃネーナ!」
 アスナが声を上げると、クッキとビッケ、それに千鶴と夏美は驚きの表情で彼女の方を見た。しかし、先頭のすらむぃだけは気付いていたらしく、王から視線を外さない。
 気を抜けば吹き飛ばされそうな妖力の奔流だ。神通棍も『ハマノツルギ』も無いが、アスナは霊力が使える。ここは自分も手を貸すべきではないかと、霊力を高めて一歩踏み出そうとする。
「くっ……」
 ところが、そんな彼女の背後で突然千鶴が苦しそうに蹲った。その声に振り返ってみると、今にも倒れそうな千鶴に、泣きそうな顔をした夏美が縋り付き、桜子は何が起きたか分からずにおろおろしていたためワンテンポ遅れたが、彼女もまた夏美に続く。アスナも慌てて近付こうとするが、突然不可視の圧力を受け、その足が止まってしまった。
 圧力の発生源は―― 千鶴だ。彼女を中心に何かが渦巻いている。その何かがアスナの頬を撫でる。決して不快なものではない。暖かさと力強さを感じるそれは、王の放つ妖気を押し返しているかのようであった。
「これって、まさか……!」
 アスナはいつかの横島の言葉を思い出していた。千鶴は目覚め掛けの霊能力者、切っ掛けさえあれば、いつ目覚めてもおかしくない。そう、千鶴は王の妖力を浴びて目覚めたのだ。その内に秘めた強大な霊力に。
 その時、サビ猫の隊長が王の間に飛び込んできた。
「な、なんだこれは!?」
 彼女が見たのは、王が放つ妖力と千鶴の放つ霊力がせめぎ合う渦であった。それでも怯まずに王の下に駆け付けようとするサビ猫。アスナは敵を合流させては不味いと、霊力を全開にして彼女の前に立ち塞がる。
「邪魔をするな!」
「そっちの都合で呼び出しといて、自分の思い通りにいかなかったら『邪魔をするな』? 随分勝手な言い草じゃない!」
 大声を張り上げて、サビ猫は腰に差した剣を抜こうとする。一方で武器を出されてはたまらない丸腰のアスナは、タックルをするように腰の剣に飛び付くと、そこでアスナの方へ振り返ったカモがすかさずオコジョ魔法で援護。鞘とベルトを繋げていた留め具を外してしまう。そのままアスナは、鞘ごと剣を弾き飛ばしてしまった。
「カモ、ナイスフォロー!」
「へっへっへっ、こう言う小手先の魔法なら、任せてくだせぇ」
 こうなれば素手同士だ。サビ猫も隊長なだけあってそれなりに強かったが、アスナも負けてはいない。アスナはサビ猫の攻撃を受け流しながら、パワーならすらむぃの方が上、スピードとテクニックならば、あやかの方が上だと、普段の組み手相手とケンカ相手の事を思い浮かべていた。
 この国が特別平和なのか、猫妖精の世界全体がそうなのかは分からないが、サビ猫はあまり戦い慣れていないようだ。思っていた程、大した相手ではない。これなら勝てるかも知れない。アスナはぐっと拳を握りしめ、剣を拾いに行かせないようサビ猫の隊長と睨み合いを続けるのだった。

 一方、蹲った千鶴は自分の身体に起きた異変の正体をいまだ掴めずにいた。千鶴が全身から放っているのは紛れもない霊力。王の妖力に呼応するように大量の霊力を放出しているため、それが身体に負荷を掛けているのだが、彼女自身がその事を理解していない。
 当初は呼吸も出来ないような苦しさに襲われた。今も身体が熱く、息も荒い。しかし、先程までの苦しさは消えている。ふと視線を横にやると、自分に縋り付く夏美と桜子の姿が見えた。
 二人に心配を掛けてはいけない。千鶴が身体を起こそうとすると、思っていたよりもスムーズに身体を動かす事が出来た。胸を締め付けるような圧迫感以外は、何の異常もないようだ。それも当然の事である。何故ならその圧迫感もまた、霊力により起きているもの。肉体的な異常ではないのだから。
「ち、ちづ姉……大丈夫、なの?」
「……ええ、ちょっと息苦しいけどね」
 おずおずと声を掛けてくる夏美に、力なく微笑んでみせる千鶴。霊力を放出し続ける彼女は、自分の身体が肉体の枠を超えて拡がっているような錯覚を覚えていた。しかし、自分が霊力に目覚めた事を理解していない千鶴は、その異様な状態に戸惑いを隠せない。
 そんな彼女にも、たったひとつだけ分かる事がある。
「なんて、寂しそう……」
「え?」
 それは、王の放つ妖力からある種の心細さのようなものが感じられると言う事だ。その言葉を聞いて弾かれたように顔を上げた桜子は、まじまじと王を見詰める。
 玉座の前に立ち、雄叫びを上げるようにして妖力を放出する王の姿が、千鶴の目には何故か、泣いているように見えた。学園内の保育園で保育士のボランティアをしている彼女には、その子供達と重なって見えたのかも知れない。
「すらむぃちゃん、攻撃しちゃダメよ」
「ハァ? なんでだヨ?」
「クッキちゃんとビッケちゃんを呼び戻したのには、きっと理由があるはずよ。それを知らない事には……」
「……チッ、しょうがネーナ」
 申し訳なさそうに言う千鶴だが、その姿には逆らい難い何かがあった。それだけでなく、桜子、夏美を背に庇いながら、千鶴は一歩、また一歩と力が入らないのかフラフラしながら王へと向かっていく。本当は戦いたかったすらむぃだったが、千鶴に逆らうと後が怖いと思ったので、ここはおとなしく彼女に従う事にした。

 クッキとビッケも互いに顔を見合わせて頷いた。彼等も千鶴の言葉を聞いて気付いたのだ。ここに来たのは人間界に戻るためであって、弟と争うためではない。自分達が呼び戻されたのに理由があるのならば、弟の話を聞かねばならない。
 自分達だけでは、妖力の奔流に押し戻されて近付く事も出来ないが、千鶴の霊力がそれを抑えてくれている今ならば行ける。
 クッキとビッケは真っ直ぐに王――いや、小さな末の弟を見据え、力強い足取りで進んでいくのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.91


 一方、横島と茶々丸の二人は城門で兵達を相手に奮闘していた。サビ猫の隊長と比べても大した相手ではないため、二人は結構余裕がある。しかし、数だけは多いため、まだこの場から離れられないでいた。
「茶々丸、感じたか?」
「ハイ、二つの未知のエネルギーを感知しております」
「片方は妖力だ。もう片方の霊力は……千鶴ちゃんだな。妖力に呼応して目覚めちまったようだな」
 そう言う横島の表情は悔しそうだ。このような事が起きぬよう護符を持たせていたのだが、猫になった時点で衣服と一緒にどこかに行ってしまったのだろう。せっかくの護符も身に着けていなければ意味が無い。
 霊力を目覚めさせるかどうかは彼女自身に選んで欲しかったが、そうも言ってられなくなったようだ。
 城門に居ても感知出来る程の力。強い霊力の持ち主である事は分かっていたが、今の出力はかなり異常である。もしかしたら、強い妖力に呼応したため、限界以上に霊力を引き出している可能性がある。
「不味いな。こんだけ霊力を出しっ放しにしてると、いずれ力尽きるぞ」
「それならば、横島さんが行ってください。ここは私が食い止めますので」
 茶々丸の提案にピタリと動きを止めて考える横島。確かに、一刻も早く千鶴の下へ駆け付けたい。これだけの妖力を放つ相手となればアスナ達の事も心配だ。しかし、だからと言って茶々丸を放っていて良いのかと問われれば、それば否である。
 猫兵士がいくら揃ったところで茶々丸には勝てないだろうが、いかんせん多勢に無勢だ。一人で守りきるのは難しいだろう。
 とは言え、ここでぐずぐずしている訳にもいかない。ならばどうすれば良いのか。横島は考え抜いた末に、自分も茶々丸も無理をせずに、猫兵士達に城門を通らせない方法を思い付いた。

「まずは一つ目!」
 横島は右手に『滑』の文字を込めた文珠を出現させて、前方の地面に放つ。急に足下がまるで油を撒いたかのように滑り出したため、猫兵士は思うように前に進めなくなってしまった。
「更に二つ目!」
 続いて左手の『風』の文字を込めた文珠を発動させて突風を起こす。急な風でバランスを崩してしまえば、後は雪崩落ちるのみである。猫兵士達は足を滑らせて転び、後ろの者は前の転んだ猫兵士に躓いて転ぶと言う、連鎖が起きている。
「三つ目! 四つ目!」
 更に両手に『眠』の文字を込めた文珠を出現させ、それらを城門前に集まった猫兵士達の頭上に放り投げる。彼等の中心で発動した文珠は、兵士達のほとんどを眠らせてしまった。
「よし、中に入るぞ!」
「ハ、ハイ!」
 流れるような文珠の連続攻撃に呆気に取られていた茶々丸だったが、横島の声にハッと我に返ると、慌てて踵を返し城内へと引き下がる。眠る猫兵士達の向こう側に見える数人はまだ起きているようだが、他の兵士達が邪魔で前に進めないらしい。
 しかし、横島の連続攻撃はまだ終わりではなかった。
「更に『閉』じる!」
 五つ目の文珠を発動させると、大きな城門が音を立てて閉まり始めた。本来、城門とは敵の侵入を防ぐための物。横島は猫兵士達を食い止めるために、その本来の役割を発揮させようと言うのだ。
 城門付近で倒れていた猫兵士達は『滑』の文珠の効果で門に押されて向こうに滑っていく。このままでは城門に挟まれるのではないかと言う際どい位置にいた者もいたが、それは茶々丸が向こうへ押し出しておいた。
「なるほど、これで私達も王の所へ行けますね」
「あと、コイツはオマケだ」
 最後に、門が完全に閉じた事を確認した横島は、門を開くための装置に向けて『凍』の文字を込めた文珠を発動させ、それを完全に凍らせてしまった。これで、氷が溶けるまで誰も門を開く事が出来ないだろう。温和な気候なので、ずっとと言う訳にはいかないが、時間稼ぎにはなるはずだ。
「……よろしいのですか?」
 それを見ていた茶々丸が、おずおずと問い掛ける。彼女は文珠の希少性を知っていた。また、横島が一度に六つの文珠を使った事など見た事もなかった。正に大盤振る舞いである。
「千鶴ちゃん達のピンチにそうも言ってられないだろ。ほら、行くぞ!」
 だが、横島にとってはそうでもなかったらしい。彼は元々女性と仲良くするためならば、とことん太っ腹になる性質なのだ。千鶴を救うために文珠を六つも使う事は、彼にとっては3−Aの少女達に奢る事と大差無いのだろう。無論、千鶴に何かあった時のために使う文珠も確保している。最近、色々と充実した日々を送っているからこそ出来る荒技と言えよう。
 そのような事情はさておき、横島は何事も無かったかのように城の中へと駆け込んで行く。こうしている今も千鶴の霊力と王の妖力が渦巻いているのが感じられる。どうやら、のんびりしている時間はなさそうだった。茶々丸も急いでその後を追った。



 霊力と妖力が渦巻く広間で、千鶴達は彼女を中心に固まり、前にすらむぃを中心に左右にクッキとビッケ。千鶴のすぐ前にカモ。後ろに桜子と夏美が千鶴の背に隠れながら、じりじりと玉座に近付いていた。
 一方、アスナは完全にサビ猫と一対一の勝負に突入している。
「クッ……」
 サビ猫が呻くような声を上げる。落とした剣はアスナが隙を突いて蹴り飛ばしたため、もはやサビ猫は彼女が居る限りその剣を拾いに行く事も出来ないだろう。
「あんたね、ちょっと大人しくしてなさいよ。こっちは皆無事に人間界に帰れて、もうこんな事が無ければいいんだから」
「ふざけるなッ!」
「それはこっちのセリフだってば!」
 殴り掛かってきたサビ猫の手を取り、アスナは背負い投げで彼女を床に叩き付けた。そのまま押さえ込もうとするが、サビ猫は背中の痛みに耐えながら蹴りを繰り出してくる。
「しつこいわねぇ」
「黙れ! 王に手出しはさせん!」
 立ち上がり、王に近付いて行く千鶴達の姿を目にしたサビ猫は、一目散に王の下に駆け付けようとする。しかし、アスナがそれを見逃すはずもなく、彼女は背中にタックルを受けて、そのまま倒れてしまった。
 王の事が気になるサビ猫と、彼女を足止め出来れば良いアスナ。元より、あやかとのケンカで鍛えられ、最近はすらむぃとの組み手も修行メニューに組み込んだアスナの方が実力では上回っている。
 このような状況ではサビ猫に勝ち目はなく、終始アスナのペースで一人と一匹の戦いは進んでいた。
 もし、アスナに不利な点があるとすれば一つであろう。
「うぅ、やっぱ猫いじめてるみたいで気が進まないなぁ……」
 それは相手が可愛らしい猫だと言う事だ。向こうは真剣そのものなのだが、アスナの方は今ひとつ真剣になり切れないようだ。


「弟よ、何故だ! 何故、僕達を呼び戻した!?」
「そればかりか、桜子ちゃんまで呼ぶとは……お前は何を考えているんだ!?」
 玉座に近付き、王の顔がはっきり見える距離まで来たところで、クッキとビッケが声を張り上げて問い掛ける。その声に反応するように、王が少し上に向けていた視線をクッキとビッケに向けた。
「何故、だと……? それは、私のセリフだッ!!」
 怒号と共に圧力を増す妖力。それは霊力を放つ千鶴の負荷となり、彼女が小さく呻き声を漏らす。
「ちづ姉、大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ。どうやら、私しか対抗出来ないみたいだし、頑張らないとね」
 夏美の気遣う声に、千鶴は笑みを浮かべて答えるが、それは明らかに虚勢であった。その額にはじんわりと汗が浮かんでおり、顔色も悪い。やはり、霊力を放出し続ける事により消耗しているようだ。しかも、彼女自身コントロール出来ている訳ではないので、放出を止める事も出来ない。現在の千鶴は、まるで京都において札の力で強制的に力を引き出された木乃香のような状態だ。このままでは力尽きるのも時間の問題だろう。
 そんな彼女の様子を見て、クッキとビッケは早く事態を収束させねばならないと、焦燥の念に駆られた。
「お前のセリフだと? ならば言ってみろ!」
 ビッケが更に声を張り上げる。すると王も吠えるように応えた。
「何故私なのだ!?」
「は?」
 しかし、端的過ぎて、彼等にはそれが何を指しているのかが理解出来ない。

「王……」
 サビ猫だけはその真意を察しているようで、彼を心配するような視線を向ける。その表情はどこか物哀しげで、アスナはますます悪い事をしているような気になってきたが、ここで同情して手を抜く訳にもいかない。
「よ、横島さん、早く助けに来てください……」
 実力では上回っているはずのアスナだったが、今にも負けそうになっていた。主に罪悪感に。

 クッキとビッケが王の言葉を理解出来ずにいると、更に王は声を上げて続けた。
「何故、私が王なのだ!? お前達でも良かったじゃないか!!」
「なっ……」
「そ、それは……」
 王が何を言いたいのか、ハッキリと理解出来た。しかし、今度は理解出来たが故に答える事が出来なかった。
 それはクッキとビッケにとって、最も触れられたくない部分であった。何か答えねばいけない事は分かっているのだが、二匹は言葉に詰まってしまい、何も答える事が出来ない。
 三匹の兄弟の中で、末っ子の小さなグレーの王子が次の王に選ばれたのには理由がある。先代王も好き好んで二人の子供を追放した訳ではない。国を守るために仕方なくやった事なのだ。
 ならば、誰を王にし、誰と誰を追放するのか。王国の猫達は噂し合った。白の王子と黒の王子、一体どちらが王の座を継ぐのかと。しかし、王の座を継ぐ事になったのはグレーの王子。当時は皆、呆気に取られたものだ。
 では、何故グレーの王子が王に選ばれたのか。それは、彼が兄弟の中で一番弱いためであった。
 クッキとビッケならば、人間界に行ったとしても、元気に生きていくだろう。しかし、グレーの王子はそうはいかない。そう考えた先代王は、こっそりクッキとビッケに、グレーの王子に王の座を譲ってやって欲しいと頼んだ。二匹は自分達ならば人間界に行っても大丈夫だとそれを承諾。その後、二匹揃って桜子に拾われて現在に至る。

「分かっているんだ! お前達は、私を恨んでいるんだろう! 王の座を奪おうとしているのだろう!!」
 王となったグレーの子猫は更にまくし立てる。彼は何故自分が選ばれたのかが、ずっと疑問だったのだ。そして思ったのだろう。二匹の兄は、王の座を奪った自分を恨んでいるかも知れないと。もしかしたら、誰かに自分が選ばれた経緯を聞いたのかも知れない。だとすれば、そう思うのも納得がいくと言うものだ。
「待て、それは違う!」
「そうだ! 僕達は王の座なんて……!」
 クッキとビッケが王を恨んでいる。完全な誤解である。クッキもビッケも、人間界の桜子の家でのんびりと暮らしていたのだ。故郷の事を忘れた訳ではなかったが、弟を信じて、ただの飼い猫として過ごしていた。王の座を奪おうなど考えるはずもない。
「うるさい! うるさい! うるさーい!!」
 しかし、王は聞く耳を持たなかった。完全に被害妄想に囚われてしまっている。
「なんか、泣いてるみたい……」
 その姿を見て、桜子も泣きそうになってしまっている。彼女は今、王の事をクッキとビッケと同じ子猫として見ていた。なんとか近付き、その頭を撫でてやりたいと思うのだが、妖力の奔流が激し過ぎて近付く事すら出来ないでいる。
 グレーの王子は、クッキともビッケとも異なる大人しい性格で、ここまで頑迷ではなかった。二匹が一体何があったのかと考えていると、背後から夏美の悲鳴のような声が聞こえてきた。驚いて振り返ってみると、彼女が倒れかけた千鶴を支えている。とうとう限界が来たらしい。千鶴の顔は蒼白になってしまっている。
「チッ!」
 今まで黙って面倒臭そうに猫達のやり取りを見ていたすらむぃが、突然下半身を大きく膨らませ始めた。霊力の放出が弱まり、今にも途切れそうな千鶴を包み、彼女を妖力から守ろうと言うのだ。更にカモも魔法で障壁を張り、すらむぃをフォローする。
 しかし、水を補給していない状態では、身体を大きくするにも限度があった。カモの障壁をプラスしても、千鶴一人の霊力に及んでいない。このままではあまり長く保たないだろう。
「うぉりゃ! 千鶴ちゃん無事かーーーっ!?」
「アスナさん、援護します!」
 どうしたものかと考えていたその時、横島と茶々丸の二人が勢い良く広間に飛び込んできた。
 茶々丸はすぐに周囲を見回し、アスナの援護に回る。アスナと睨み合っているところに背後から不意を突かれたサビ猫は、優れた格闘技術を持つ茶々丸によって無力化、そのまま取り押さえられてしまった。
 そして横島は、夏美に支えられている千鶴の姿を見て、慌ててそちらに駆け付ける。そして千鶴の状態を確認し、霊力を放出し過ぎて危険な状態にある事が分かると、すぐさま『鎮』の文字を込めた文珠を発動させて、霊力の放出を食い止めた。
「よ、横島さん、大丈夫なの?」
「一応、霊力の放出は食い止めたが、早く帰って休ませたいな。そっちの状況はどうなんだ?」
「とりあえず、あの妖力を何とかしてクレ!」
 千鶴に代わって妖力を受け止めているすらむぃが悲鳴を上げている。彼女にとって妖力を受け続けると言う事は、身体を削られているようなものなので無理もない。横島は千鶴を夏美に預けてすらむぃの前に出ると、霊力を高めて、皆の盾となった。

「なんか、話が通じない相手みたいだな」
「昔はあんなじゃなかったんですけど……」
「くそっ、こうなったらぶん殴って言う事聞かせるか?」
「そんな、可哀想だよ……」
 強硬手段に訴えようかと考えているビッケを、桜子が止める。彼女の目にも、王が泣いている子供のように映っているようだ。何とか穏便な手段で王を止めたいと考えている。
「て言うか、猫妖精って妖力出すものなのか?」
「いや、普通は魔力だぜ。妖精だし」
「何か悪いモノでも憑いたか?」
 ここで横島は、何故王が妖力を放っているかに疑問を抱いた。皆、妖力の奔流にどう対抗するかで必死だったが、よく考えてみれば冥界の妖精である猫妖精は、本来魔力を持っており、妖力を放つ訳がない。
 クッキとビッケは心配そうに王を見る。もしかしたら、何者かが取り憑いているのではないか。或いは、偽物と入れ替わっているのではないかと。弟の事が心配になってきたのだ。
「横島さん! 千鶴さん、大丈夫ですか?」
 ここでサビ猫の隊長を彼女のベルトを使って縛り、動けなくしたアスナと茶々丸が合流した。
「アスナ、丁度良いところに来た。すらむぃとカモと協力して、しばらく皆を守っててくれ」
「え? あ、はい!」
 アスナ達に任せれば、短時間ならば皆を守る事が出来るだろう。
 横島は霊力を高めて妖力の奔流を掻い潜るようにして王に向かって行く。王は迎撃するように妖力の塊を投げ付けてくるが、それらは尽くサイキックソーサーによって弾かれた。
 そして、至近距離まで近付いた横島は、王の姿と重なるように何者かが存在している事に気付いた。この王は偽物が化けているのではない。本物の王が、取り憑いた何者かのために妄執に憑かれているのだ。
 そうと分かれば話は早い。後はその何者かを祓ってしまえば良いだろう。横島はサイキックソーサーが無い手に『浄』の文字を込めた文珠を握り締め、目を凝らしてその正体を見極めようとする。

「……だぎゃー!」
「ん?」
 すると、王とは別の声が聞こえてきた。横島は更に耳も澄ませて、その正体を探る。
「おではコン……ックス……ああ、妬ま……にゃー!」
「ややこしくなるから、出てくるなーっ!!」
 何者かの正体を察した横島は、相手が姿を現すよりも早くに文珠を叩き付けた。「にゃー」と言っているが、猫ではない。もっと鬱陶しい何かだ。
 しかし、その何かも流石に文珠には敵わないらしい。姿を現す事のないまま浄化されて、捨て台詞を残す事すら許されずに消えていった。
 それと同時に収まる妖力の奔流。王は力尽きたようにフラッと倒れそうになるが、それを慌てて駆け付けたクッキとビッケの二匹が支える。妖力を放出し続けた事により疲労しているが、呼吸はしっかりしているようだ。気を失ってはいるが、命の危険は無いだろう。今の状況では、むしろ千鶴の方が危険だと言える。
 王の方は憑いているモノを祓ってしまえば大丈夫そうだ。あとは自分達がどうやって人間界に戻るかである。
「これは……?」
 どうしたものかと考えていると、急に横島達の足下が光り始めた。彼だけではない。アスナ達や、クッキ達の足下からも光が放たれている。
「おお! 兄さん、コイツは転移魔法ですぜ!」
「戻れるって事か?」
「多分そうだ。さっきの奴を祓ったおかげで、俺達をこっちに縛ってる力が無くなったに違いねぇ!」
 興奮気味に捲し立てるカモ。どうやら、これで人間界に戻れるようだ。念のため、横島はアスナ達の下に戻り、一ヶ所に固まっておく事にする。
 光はだんだんと強まっていき、やがて彼等の視界を全て覆い尽くしていった。それと同時に意識が薄れていく。横島はなんとか皆の安否を確認しようと、意識を保っていられるように努めるが、その努力も虚しく彼等の意識は強い光の中に飲み込まれていった。



 その後、横島達一行はバス停の近くに折り重なるように倒れているところを3−Aの面々により発見された。もちろん、人間の姿に戻った状態で。猫になった際に消えていた衣服は、元に戻っていたそうだ。
 彼等は駆け付けた古菲やアキラ達の手によってエヴァの家に運ばれる事になる。大量に霊力を消耗した千鶴が危険な状態であったが、刹那とエヴァが上手く処置してくれたらしい。ひどく衰弱した状態であったが、一命は取り留めたようだ。
 後日、霊力に目覚めてしまった千鶴の今後について話し合いが行われる事になるが、それはまた別の話である。

 横島達が倒れていた近くにクッキとビッケの姿がなかったそうだが、目を覚ました桜子が家の方に連絡を取ってみると、彼等はひょっこり家に帰ってきたそうだ。桜子は急いで家に帰る事にする。同じく目を覚ましたカモが妖精同士挨拶しておきたいと言うので、彼を肩に乗せての帰宅だ。
 ところが、帰宅した桜子は肩の上のカモと一緒に、驚きに目を見開く事となる。確かにクッキとビッケの二匹は戻ってきたのだが、何もかも元通りと言う訳ではなかった。
「あれ、なんで?」
「一匹増えてやがんだ……?」
 なんと、その場には更にもう一匹、グレーの子猫が増えていたのだ。
「なんで、君がここにいるかな?」
「良いではないか。あの眩しい城に籠もっていると、息が詰まるのだ」
 もう猫妖精である事が知られてしまったので、平然と桜子の前で会話をしているクッキ達。そのグレーの猫は、紛れもなくあの王であった。
 クッキとビッケは呆れ顔であったが、王の方は文字通り憑き物が落ちたかのような晴れ晴れとした表情をしている。
 詳しく話を聞いてみたところ、やはり王は以前から二匹の兄を追い出して王になった事に対し、罪悪感を抱いていたそうだ。
 更に、王国の民が王が誰であるかを気にしていない様子から、本当に自分で良かったのかと疑問を抱くようになり、心が弱ったところで例のアレに取り憑かれてしまったのだろう。
 その後の事はあまり覚えていないらしい。桜子を猫妖精の世界に引きずり込んだのは王の魔法だが、それも彼自身の意志ではないようだ。アレに操られていたのだと思われる。
「国の方は大丈夫なのか?」
「隊長に任せているから大丈夫でしょう。どうにもならなくなる前に帰りますよ。私は自由に行き来出来ますからね」
「サビ猫の隊長さんか。彼女も難儀だな」
「あはははは、皆、仲良しさんだね!」
 そんな子猫達のやり取りを眺めていた桜子の顔に、いつしか笑みが浮かんでいた。こうして三匹が仲良くしているのが嬉しくて溜まらない。
 桜子は、王を持ち上げると、自分の顔の高さまで持って来て、その顔を覗き込んだ。こうして見ると、なかなかに愛嬌のある顔である。
「そうだ、君にも名前を付けてあげないとね。クッキとビッケはクッキーとビスケットだから……」
 ふと視線を横に向けると、赤いチェックの箱に入ったお菓子が目に入った。お土産でもらったショートブレッドだ。
「そうだ! ショートブレッドをもじって『ショブレ』なんてどうかな?」
「『ショブレ』か……フム、悪くない」
「よろしくね、ショブレ!」
 満面の笑みを浮かべる桜子を見て、グレーの王、改めショブレは思った。自分は心のどこかで、王と言う立場に縛られない兄達を羨ましく思っていたのかも知れないと。だが、これからは違う。王である事を止める訳にはいかないが、こうして自分も名前を貰い、桜子の飼い猫となれたのだから。

「猫妖精三匹か……ますます姐さんの強運が冴え渡るって事かねぇ?」
 カモは遠い目をして、桜子とショブレのやり取りを見守っていた。
 クッキとビッケと言う二匹の猫妖精をペットにし、元より途方も無い強運の持ち主だった桜子。今日から更にもう一匹の猫妖精、ショブレが増えるとなると、一体どうなってしまうのか。それを思うと、怖くもあり、また頼もしくもある。
 その呟きを耳にしたショブレが問い掛けた。
「強運? 何の事だ?」
「桜子の姐さんは、クッキとビッケのおかげか、すんげぇ強運の持ち主なんだよ。お前も力貸してくれるんだろ?」
「へぇ、兄さん達にはそんな力があったのですか」
 桜子の強運の話を聞き、驚きの声を上げるショブレ。
 クッキとビッケにも問い掛けるが、彼等は首を傾げて疑問符を浮かべている。
「あの、カモさん……何か勘違いしていませんか?」
「何がだよ? あ、ショブレの能力はまた別の物なのか?」
「いや、そもそも僕にもビッケにも、人に幸運をもたらすような能力ありませんよ?」
「なん……だと……?」

 こうして、桜子の摩訶不思議な冒険は終わった。
 しかし、同時に大きな謎が残る事となった。
 その謎は後日、ひょんな事から解ける――などと言う事もなく、しばらくカモを悩ませ続ける事になる。
 一方、当事者達は暢気だった。
「でも、今日は色々あったけど、結局兄弟が仲良くなれて、運が良かったよね〜」
「確かにそうだね」
「桜子ちゃん、ありがとう!」
「更にこうしてのんびり休める場所まで出来たのだ。万々歳だな」
 朗らかに笑い合う一人と三匹。
 その光景を眺めながらカモはふと思った。この笑顔が幸運を呼び寄せるのかも知れないと。



つづく


あとがき
 レーベンスシュルト城、桜子の強運、家庭環境、及び飼い猫クッキとビッケは、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 オコジョ妖精の世界が冥界にある。
 同じく猫妖精の世界『ニキラなんとか』が冥界にある。
 猫妖精の世界『ニキラなんとか』に関する各種設定。
 例のアレは人(猫妖精)に憑依して操る事が出来る。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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