topmenutext『黒い手』シリーズ『アン・ヘルシングと賢者の石』>アン・ヘルシングと賢者の石 2
前へ もくじへ 次へ

 アン・ヘルシングと賢者の石 2


 アンに案内されて魔鈴の母校に到着した横島達。ピートとピエール之介の二人は、汽車内で延々と語り合い、満足気であった。
 横島はそびえ立つ校舎を見て呆けている。遠目で見ていた時も思った事だが、この学校はかなり大きい。歴史を感じる佇まいは、学校と言うよりも、むしろ城のようだ。
「すごい学校だな…魔法学会ってのはどこでやるんだ?」
「会場はあそこですね。これから案内します」
 本来ならば案内役はピエール之介が魔鈴の担当であり、アンがエミの担当なのだが、横島はあえてアンに問い掛ける。男だから、女だからどうこうと言う問題ではなく、ピエール之介と言う男のノリにはついていけないのだ。
 アンを先頭に立ち、すぐ後ろに魔鈴と横島が並ぶ。その後ろにはエミとピートが並んで腕を組んでいるのだが、その後ろのピエール之介が度々話し掛けてくるため、エミの望むような雰囲気にはならないでいる。ピエール之介にしてみれば、共通の趣味で語り合える人を見つけた事が嬉しかったのだろうが、エミにしてみれば堪ったものではない。

 大ホールに向かう途中、一人の女性が「マーリン!」と声を掛けてきた。それに気付いた魔鈴が彼女の方へと足を向ける。
 『魔鈴』ではなく『マーリン』。横島が「あだ名か?」と疑問符を浮かべて首を傾げていると、背中のエミが『マーリン』と言うのは、伝説に名を連ねる中世の魔法使いの名だとこっそり耳打ちしてくれた。魔法学会に来るならば、それぐらい知っておけとも付け加えて。
 今や『現代の魔女』と謳われる魔鈴は、在学当時から才能の片鱗を見せていたため、彼女の名の響きが偉大なる大魔法使いのそれに似ている事から、親しい者は彼女を『マーリン』と呼んでいたそうだ。
 和やかに談笑する二人。女性は魔鈴がこの学校で学んでいた頃の友人で、今日は魔法学会に参加するために母校を訪れたとの事。魔鈴はここで学んでいた頃は人間界出身のために苦労したと言っていたが、決して孤独だったと言うわけではなかったらしい。
 女性の方は今回は発表する側でないため二人は手を振って別れると、魔鈴は横島達の下へと戻ってきた。
「お待たせしました」
「そーいや、魔鈴さんは子供の頃ここに通ってたんスよね? なんかイメージできないっつーか…」
「そうですか?」
 周囲に居る制服姿の生徒達が魔鈴を見てひそひそと囁き合っている。その様はまるでアイドルか何かが突然学校にやって来たかのようだ。やはり魔鈴がそれだけ有名と言う事だろう。頬を赤らめて緊張に強張った様子でブンブンと大きく手を振る女生徒に魔鈴が気さくに手を振り返すと、その女生徒は友人達と共にきゃーきゃーと黄色い声を上げている。
 アンの話によると、魔鈴が通っていた当時よりも非魔法族に対する差別は少なくなってきているそうだ。
 この学校の校長が人間界との交流を推進していると言うのもあるが、『現代の魔女』と謳われる魔鈴の活躍もまた、少なからず影響している。
 そんな光景を目の当たりにしていると、GS協会で魔法学会の話を聞いた時もそうだったが、魔鈴が遠い人のように思えてしまうのも無理はあるまい。
「横島さん、さぁ行きましょう」
「は、はい」
 しかし当人はあくまで普段通り。春の日差しを彷彿とさせるような暖かな笑顔で、横島の手を取って歩き出した。
 キレイなお姉さんなのだが、何となく飛び掛かる事が出来ない。調子を狂わされっぱなしの横島は、なされるがままに連れて行かれてしまう。
 魔鈴めぐみ、エミや令子とはまた異なるベクトルの強さを持った女性である。


 会場に入ると、一行は会場の係員に控え室の方へと案内された。これがGS協会の主催するような催しであれば係員はスーツ姿だっただろうが、やはり魔法学会、いかにもなローブ姿である。
 同じ日本からの参加者だからか、魔鈴とエミは同じ控え室だ。ここに来るのは初めてである横島とピートにしてみれば皆一緒に居られるのは有難い。
「緊張しますね、横島さん」
「いや、俺らが緊張しても仕方ないだろ」
「『護衛』なんて言っても、今やお飾りみたいなもんだから、二人ともどんと構えてるワケ」
 緊張した面持ちのピートにエミが声を掛ける。
 彼女の言う通り、かつては『教会』の勢力が襲撃してくる事を警戒して魔法学会参加者は護衛を必要としていたが、時代は変わり、現在の両者の関係はそこまで物騒なものではなくなっている。
 昔からのしきたりとして魔法学会の参加者は護衛を連れてくる事になっているが、今や研究発表の後に行われるパーティのエスコート役であったり、ただ単に荷物持ちであるケースが多い。最近は魔法研究の助手が護衛を務める事が多かった。魔鈴がどう言う役割を求めて彼を誘ったのかは、彼女のみぞ知る話である。
「研究発表の時は舞台袖で待機していてもらいますけど、今はゆっくりしていてください」
「私の次が魔鈴の番だから、動く時は皆一緒に動いとけばいいワケ」
 皆と言うのは、案内人のアンとピエール之介も含めた六人の事なのだろうが、エミの発言がその二人も勘定に入れていたかどうか微妙なところだ。
「しからば、それがしが茶を点ててしんぜよう」
 そう言ってピエール之介はお茶の用意を始める。
 確かに日本茶の抹茶なのだが、アンティーク調のポットを取り出している辺り、色々と誤解しているようだ。ピートは押し切られていたが、エミは付き合い切れないと言わんばかりにアンに注文をしていたので、横島もそれに続く。
「まぁ、危ない事がないのなら安心かなぁ。やっぱ、護衛って責任重いし」
「昔は色々とあったらしいですけどね。今はそんな時代じゃありませんよ、ゴ…横島さん」
「もうそんな時代でもないですしね」
 そう言って笑うアンと魔鈴。彼女達の言う通り、当時から生き続ける魔法使いが存在する魔法界はともかく、人間界においては『魔女狩り』は今や数百年も前の事だ。
 時代は移り変わり、『教会』も魔族の力を借りた中世の魔法を復活させようとする魔法学に対し、良い顔こそしないものの、力尽くでそれをどうにかしようとはしない。
 それが近年における人間界の魔法研究者である表の『魔法使い』と『教会』の関係であった。



 しかし、時代は移ろい、変化して行く。
 そう、変化し続けているのだ。今、この時も…。



 横島達が控え室でくつろいでいると、突然爆音が学校中に響き渡った。
 辺りを見回すが、部屋の中で起きた爆発ではない。そう遠くない場所――おそらくは学校内のどこかで爆発が起きたのだろう。
「なんだぁっ!?」
「これは…どこかで爆発が起きたのか!?」
 ピートも思わず立ち上がり、何事かと廊下に顔を出して辺りを窺う。
 廊下では、魔法学校の関係者達が慌しく走り回っており、混乱しているようだ。
「こ、これってまさか…」
「………襲撃、でおじゃりまするな」
 何故か丼で緑茶を飲んでいたピエール之介が静かな声で呟く。
 普段ならば、魔法の失敗等の理由も考えられるが、今日は魔法学会があるため授業が行われていない。ピエール之介の言う通り、何者かの襲撃によるものだと考えるのが自然であろう。
「えと、えと、こう言う時は、皆さんには、いやいや私達が…」
「落ち着くんだ、アン。まずは何が起きたのか状況を確認しないと」
 ピートがそう言って慌てるアンを落ち着かせたところで、彼等をこの控え室へと案内してくれた係員が息を切らせて部屋に飛び込んで来た。
 その者の話によると、何者かの攻撃により外壁が破壊されたとの事。現在は、何者が攻撃してきたかについて調査している最中なのだそうだ。
「魔鈴さん、俺達はどうしましょう?」
「魔法界の問題なら、学校の魔法使いの皆さんに任せて私達が口出しするべきではないんでしょうけど…」
 そこで言葉に詰まる魔鈴。彼女は無意識の内にもう一つの可能性についても考えているのだろう。
 今日、魔法学会で研究発表するために集まっているのは表の魔法使い達――すなわち、魔族の力を借りた中世の魔法を復活させようとする者達。言うなれば、魔法界、『教会』揃ってあまり良い顔をしない者達だ。
 自分達が集まったところを狙って襲撃を掛けてきた。そう考えても不自然ではあるまい。
「………」
 しかし、どうにも腑に落ちない。
 数百年前の昔ならともかく、今の『教会』がそんな事をするはずがないのだ。
 その一点が、魔鈴の中で引っ掛かっていた。

 そのまま考えていても答えは出ない。一行は係員の指示に従い、魔法学会の会場に移動する事となる。
 係員は他の者も誘導しなければならないので、アンとピエール之介の二人が先導して会場へと向かった。
 そこが一番広く、大勢の人間を一箇所に集めて守りを固める事が出来るそうだ。
「やっぱ、襲ってきたのは魔法界の誰かなんスかね?」
「魔法界に来る方法は限られてるワケ」
 エミの言う通り、異世界である魔法界に来る方法は限られている。その事実が、彼女達の考えを狭めていた。
 魔鈴もその一点が引っ掛かっているのだ。仮に襲撃者の狙いが自分達表の魔法使いであったとして、その正体は一体誰なのか。いくつか心当たりがあるだけに、絞る事ができない。
「そう考えると、やはりこちらの魔法使いなのでしょうか?」
「あいやしばらく、そうとは限らんでござるよ」
 ピートもエミの考えに同意しようとしたが、そこでピエール之介が待ったを掛けてきた。
 曰く、神魔族も人間界と自分達の世界を行き来するために世界を渡る術を持っているとの事。それを聞いて魔鈴がポンと手を打つ。確かに彼の言う通り、魔法界の定めたルールに従わなければ魔法界に行く方法は他にも存在するのだ。かく言う魔鈴も世界を渡る魔法を使う事が出来る。
「とにかく、皆が集まってる会場に急ぐワケ。そこなら魔法使いだらけなんだから、何とかなるわ」
「そうですね、急ぎましょう」


 横島達が控え室で魔法学会の会場へと移動している頃、魔法学校にほど近い小高い丘の上に立ち、学校をその双眸に見据える者達の姿があった。
 その数は男性が三人に女性が一人の合計四人。その装いは、オーバーコートからブーツに至るまで全員白一色で揃えられている。おそらく、コートの下も白で揃えられているのだろう。どこかの制服だと思われるが、男女で形状の違いはないようだ。紅一点の女性も他の三人と同じスラックスを穿いている。
 その佇まいを一言で表現するなら『騎士』。鎧兜を身に着けているわけではないが、スラリと背筋を伸ばしたその立ち姿はどこか騎士を彷彿とさせていた。
「ククク…時代は今もなお移ろい変化し続けていく。汚らわしい魔法使い共め、我々がいつまでも甘い顔をしているとは思わない事だ」
 先頭に立つ鷲鼻の若い男性が口を開いた。
 彫りの深い顔立ちで、その目は冷たく魔法学校見据え――いや、見下している。
 その後ろには三人が並んでいる。男達よりも頭一つ分ほど背が低い女。背丈は鷲鼻の男と同程度だが細身の印象を受ける男、そして他三人よりも頭一つ飛び抜けている大柄な男の三人だ。
「着弾を確認。外壁を破壊しました」
「フフフ、上出来だ。」
 両腕を前に突き出していた大柄な男に鷲鼻の男が答える。
 その両腕には銀のガントレットが装着されていた。手甲部分が開いており内部が光を放っている。見るものが見れば気付いたであろう。それは霊力の光であると。
 男は、それから発射される霊波砲で魔法学校の外壁を撃ち抜いたのだ。
「隊長、魔法使い達が接近してきます」
 魔法学会の警護のために配備されていた魔法使い達であろう。
 その数は十、全員戦闘用の装備に身を固めて、猛スピードで四人の下に向かっている。
「フム、手頃な的ではないか、久方ぶりにハンティングを楽しむとしようか」
 細身の男の報告に鷲鼻の男はニヤリと笑みを浮かべて答えるが、それを聞いた女が不謹慎だと眉を顰め、女の反応に気付いた男は、ゴホンと一つ咳払いして誤魔化した。
「…では諸君、始めるとしようか。神の名の下に汚らわしい魔法使い共に天罰を加えるために」
「「「ハッ!」」」
 そうこうしている間に杖に乗った魔法使い達が近付いてくる。
 四人の姿に気付くと、各々に手にした杖を振るい魔法で攻撃を開始。しかし、鷲鼻の男は微動だにせず、女が一歩前に出て両手をかざした。その両腕には大柄の男と同じように銀色のガントレット。ただしデザインが異なり、こちらは掌の部分に淡い霊力を放つ宝石が埋め込まれている。
「なっ!?」
「バ、バカな…!」
 魔法使い達が思わず驚愕の声を上げる。
 四人を倒すべく殺到した魔法が、尽く彼等に届く直前で掻き消されてしまった。
 何事もなかったかのように平然と立ち、ニッと笑みを浮かべる女。魔法使い達は確信する。どう言う原理かは分からないが、あの銀のガントレットが魔法を掻き消したに違いないと。
 続けて細身の男が魔法使い達へと向けた右手を、弧を描くように大きく振るう。
 この男は右腕だけに銀のガントレットを装備しており、これもやはりデザインが異なり、全体に幾何学模様を描くように霊力の光を放つ宝石が配置され、埋め込まれている。
 宝石一つ一つから霧のようなものが噴き出して魔法使い達に襲い掛かる。そのスピードは思いの外速く、ほとんどの魔法使い達は逃げる事も出来ずに飲み込まれてしまった。
 その瞬間、麻痺したかのように動けなくなる魔法使い達。霧自体にそのような効果があるらしい。
 動けなくなった彼等を、大柄な男がガントレットから放つ霊波砲で次々に狙い撃つ。彼等に抗う術はなく、為されるがままに貫かれて墜ちて行った。
「ヒ、ヒイィー!」
 辛うじて霧から逃れた魔法使いが、悲鳴と共に上昇し、高度を上げる。
 彼等は一体何者なのか。ふと四人の襲撃者の方に目をやってみて、彼はそこに三人しかいない事に気付いた。
 鷲鼻の男がいない。どこかに隠れているのか。いや、どこかに身を潜めて密かに自分を狙っているのか。
 恐怖にかられた魔法使いは、魔法学校へと向けて逃げ出した。
「おや、どこに行くと言うのかね?」
 次の瞬間、背後に湧き上がる圧迫感と、跨る杖に感じる自分以外のものの重み。
 恐る恐る振り返ると、そこには案の定、鷲鼻の男が笑みを浮かべて立っていた。
「魔法学校へ向かうのならば、乗せて行ってもらえるかな?」
 確かに、先程までそこに居なかった。高度を上げて飛行する杖に飛び乗ったと言うのか。
 恐怖にかられてもはや声も出ない魔法使い。いつまで待っても返答はなさそうだと判断した鷲鼻の男は大袈裟に肩をすくめて見せた。
「乗車拒否かね? ならば、消えるがいい」
 その言葉と共に振り下ろされる拳、それはいとも容易く魔法使いの頭を吹き飛ばした。
 悲鳴を上げる間もない刹那の一撃。残された身体は錐揉みしながら墜落して行き、鷲鼻の男は離脱して、再び三人の下へと戻る。
 物言わぬ骸となった魔法使いの目に最後に映ったのは男の右の拳。
 他の三人とは異なり、その男の拳には銀のガントレットは装着されていなかった。

「こちらも終わったようだな」
「ハッ!」
 鷲鼻の男が戻った時点で、三人は他の魔法使い達を全て片付けてしまっていた。
 周囲は正に死屍累々、全滅である。
「先行部隊が既に魔法学校内に潜入しているはずです。急ぎましょう」
「ウム、では行くとしようか。汚らわしい魔法使い達に思い知らせてやるのだ…我々、『殉教者』の力をッ!
 脇目も触れず、骸を踏み躙って突き進む四人。
 彼等にとって魔法使いの裏表など関係なかった。魔法使いは例外なく汚らわしい彼等の敵であり、それ以上でもそれ以下でもない。すべからく屠るべき相手に過ぎないのだ。


「あそこが会場です!」
 アンの指差す先に大きな扉が見える。
 アンはその扉に向けて駆け出そうとするが、窓の外に視線をやったエミが、その肩を掴んで止めた。
「ちょっと待つワケ!」
「えっ、どうしたんですか?」
 次の瞬間、爆音と共に吹き飛ぶ窓。アンがそのまま進んでいたら巻き込まれてしまっていただろう。
 何かが物凄い勢いで飛び込んで来たようだ。煙の向こうに幾つかの気配。それに気付いたピートは、アン達を下がらせて、一歩前に出る。
 煙が晴れた先、瓦礫の山の上に現れたのは、一人の魔法使いであった。
 彼が自ら飛び込んで来たのではない。具体的な方法は分からないが、何者かが彼を弾丸に見立てて校舎に撃ち込んだのだ。これだけの勢いで叩き込まれて無事なはずはなく、言うまでもなくその魔法使いは既に事切れている。
「おやおや、先客がいたのかな?」
 壁の向こう、中庭から声がする。ピートがいの一番に身体を霧化して中庭へと飛び出した。
 中庭に居たのは『殉教者』の四人。彼等が自分達に攻撃を仕掛けてきた魔法使いを廊下に撃ち込んだのだろう。
「おいおい、ピートのヤツ後先も考えないで飛び出しやがって…!」
「あんたも護衛なんだから、さっさと行くワケっ!」
「あたーーーっ!?」
 半ば崩れた壁に隠れて中庭の様子を伺っていた横島を、エミがヒールで蹴り出した。
 横島とて魔鈴とアンの二人を瓦礫から引き離した上でそこに居たのだから、護衛としての仕事を忘れていたわけではないのだが、今は中庭の四人をどうにかする方が先だと考えたエミの判断も決して間違いではない。
 彼女も肌を刺すようにピリピリと感じる霊感で気付いたのだ。彼等こそが、襲撃犯の一味であると。
「貴様等は何者だッ!」
 ピートが叫び、その声に気付いた鷲鼻の男が向き直った。そして、ピートの姿を確認すると「ほぅ」と声を上げる。
「君は確か、ピエトロ・ド・ブラドー君だね」
「なっ…! 僕を知っているのか!?」
 突然名を呼ばれた事に驚きの声を上げるピートに対し、鷲鼻の男はバカにしたような笑みを浮かべて肩をすくめた。男の後ろに立つ三人もひそひそと何かを囁き合っている。こちらもピートの顔こそ知らないものの、その名は聞き及んでいるようだ。
「もう少し、自分の立場と言うものを自覚したまえ」
「僕の…立場?」
「君は、吸血鬼ファミリーの若き首領(ドン)なのだろう。君の一挙手一投足に目を光らせている者が居ても不思議ではあるまい?」
 男の言葉にピートは言い返す事も出来なかった。父ブラドー伯爵が眠りについている今、自分がブラドー島の吸血鬼達を指導する立場にある事は確かだし、『教会』の勢力が強い西欧においては、吸血鬼に対する忌避感が今なお根強く残っている。男の言う通り、自分達の動きを注視している者が居てもおかしくない。
「君が、破門されたとは言え『神父』と名乗る男の下に弟子入りしたと聞いた時は耳を疑ったよ。しかも、今は極東の島国でGSになっているそうではないか。それが今、こうして魔法界に居る。誰かの護衛として訪れたのだろうが…どう言う風の吹き回しかね?」
「なるほど、貴様等は…」
 ピートは気付いた。彼が魔法使いの護衛をしている事を責めるような言葉、彼等は『教会』の関係者であると。
 それはすなわち、バンパイアハーフである彼が神父の弟子である事についてはスルーしていると言う事だが、彼にとっては『教会』関係者が魔法使いの護衛をしていると言う事の方が重要なのだろう。
「お、おい、ピート。こいつら何なんだよ」
「どうやら『教会』の関係者のようです。魔法学会を狙って来たのでしょう」
 ピートの言葉に廊下から様子を伺っていた魔鈴が「やっぱり」と呟いた。
 サバト等が行われなくなった現代において、表の魔法使い達が一同に集う機会と言えば、魔法学会ぐらいしかない。だからこそ、魔法学会はそう簡単に近付く事が出来ない魔法界で行われるようになっていたのだが、彼等もまた世界を渡る手段を手に入れたと言う事なのだろう。

「おやおやピート君、友人かね? 見たところ東洋人のようだが」
 鷲鼻の男の皮肉には答えず、ピートは男の方へと向き直る。
 一方、横島の目線は鷲鼻の男――の更に後ろに立つ、紅一点の女性に注がれていた。
 化粧っ気はないが、なかなかに清潔感溢れる美人である。本能は彼女の手を取って名前と住所と電話番号を聞き出せと言っているが、理性は前に立つ男が怖過ぎて怖気づいている。横島自身、何となく察しがついていた。鷲鼻の男は、他の三人と比べて頭一つ飛び抜けて強いと。
「コンニチワ、おねーさん! 僕、横島!」
 しかし、ここで理性が勝つようでは横島ではない。
 ピートはおろか、鷲鼻の男にも反応する間を与えないスピードで女に近付くと、その手を取って握り締めた。やはりマニキュアの類は付けていないが、肌はスベスベとしており、横島の鼻息が更に荒くなった。
「………」
「…って、あれ? おねーさん?」
 問題は、女の方が返事をするでも照れるわけでもなく、怒りの表情を浮かべていると言う事だろうか。
 「不潔なッ!」と言う怒声と共に銀のガントレットから発生した障壁が横島を勢い良く弾き飛ばした。
「のわーーーっ!?」
 そのまま二階の壁に激突し、ずるずると地面まで落ちる横島を、アンがすぐさま駆け寄り助け起こす。
「…なかなかにエスプリの効いた友人だねぇ」
「………」
 流石に呆れた表情を見せる鷲鼻の男に、ピートは先程とは別の意味で言い返す事が出来なかった。

「むぅ、あれは…」
 廊下には中庭の様子を伺う魔鈴、エミ、ピエール之介の三人。自分達も飛び出して彼等と戦うべきか、ここで様子を窺うべきかと考えている。
 そんな中で、ピエール之介だけが女の使った銀のガントレットに反応を示し、壁に空いた穴の前に立って、ピート達に向かって声を張り上げた。
「ピート殿〜! 横島殿〜! 気を付けるでおじゃるよ〜! その者達、『殉教者』を所持しておりまする〜!
 その言葉に背後の三人が如実に反応した。
 大柄な男がすぐさま片手をピエール之介へと向けて霊波砲を発射。それは避ける間もなく命中し、ピエール之介は壁へと叩き付けられてしまう。
「あいたたたた…障壁がなければ、即死だった――でござる」
 しかし、ピエール之介は咄嗟に魔法障壁を張って直撃を免れたようで、ふらつく頭を抱えながら立ち上がった。額から血を流しているが、片手だった事もあり、致命傷となるようなダメージはないようだ。
「はっはっはっ、『殉教者』を知っているとは中々勉強しているではないか」
 一方、鷲鼻の男は上機嫌だ。拍手までしている。女がたしなめるような目付きで見ているのも意に介せず、ピエール之介が『殉教者』について知っていた事を素直に称賛していた。
 『殉教者』と言うのは、彼等の事を指す言葉ではない。
 彼等の持つ『銀のガントレット』の様な武具こそが『殉教者』であり、それを使う彼等は正確には『殉教者部隊』と呼ばれるのだ。
「ピエール君だったかな。君は『殉教者』についてどこまで知っていると言うのだね?」
「……人間達に力を与えんと『殉教』した天使達を使って作られた武具ナリ、とだけ聞いているでござんす」
 ニヤリと笑みを浮かべる鷲鼻の男。その表情が、ピエール之介の言葉が真実である事を物語っていた。
 ピートが怒りの表情を見せ、横島とアンは彼等が身に付けているガントレットが天使の死体を使って作られた物であると知り、引き攣った表情を浮かべている。
「な、何故そんな非道の武器をッ!」
「何故? 不思議な事を聞くね、君は」
 何故そんな事を聞くのか、本当に理解できないような表情だ。
「『魔』に対抗するために決まっているじゃないか」
 一片の澱みもない目で男はそう答える。
 古来より、神魔族は中立である人間界を自分達側へと引き込むために、人間界において最も数の多い生物、人類に対し様々な手段で干渉してきた。宗教や魔術も神魔の勢力争いの結果生まれたものである。
 今はデタントが謳われるようになり、人間界を『神属性』でも『魔属性』でもない第三の中立属性『神魔混合属性』のまま維持して見守っていこうと言われているが、神魔族の争いそのものがなくなってしまった訳ではないのだ。
「天使達はデタントのため、直接魔族と戦うわけにはいかない…か」
「その通り。理解が早いぞ、ピート君」
 そう、デタントのため、神魔族は直接交戦する事が禁じられている。法よりも力が全てである魔族達はそれを無視して神族に戦いを挑む事もあるが、法により治められている神族はそうはいかない。
 そんな直接魔族と戦えない天使達が、文字通り自らの命と引き換えにして人間達に魔族と戦うための力を与えようとして作られたのが、『殉教者』である。

 確かに、『殉教者』が生まれた経緯については理解出来る。
 デタントなど関係なく暴れ回る事が出来る無法者の魔族に対し、法に縛られた神族はデタントのために手出し出来ないのだ。そのため自らを犠牲にして、人間達に魔族と戦うための力を授けようなど、その凄まじいまでの自己犠牲の精神は称賛に値するだろう。
「ならば、何故魔法学会を襲撃する! 近年の『教会』と『魔法使い』は互いに不干渉を貫いてきたはずだ!」
 ピートが叫んだ。しかし、鷲鼻の男は「分からないのか?」と言いたげに皮肉げな笑みを浮かべるばかりだ。
 確かに『魔女狩り』の頃から時代は移り変わり、『教会』と『魔法使い』の関係は相互不干渉へと変わっていた。近年はそれで上手くいっていたのだ。しかし―――
「再び時代は変わったのだのだよ、ピート君! 君に、君達に知らぬとは言わせぬぞ、魔王アシュタロスが残した爪跡をッ!!
 ピートを始めとする横島、エミ、魔鈴と、あの戦いに参加していた一同に衝撃が走った。
 魔法学会が襲撃される事とアシュタロスが、一体どう関係していると言うのか。
「君達も知っているだろう? アシュタロスが倒された事で、世界の神魔のバランスが著しく神側に傾いたと言う事を」
 確かにそれは知っていた。
 先日、『愛子組』の騒動の後に妙神山に訪れた際にジークが言っていた事だ。神側に傾いたバランスを元に戻すべく、魔界正規軍はかつてアシュタロスに仕えていた残党を取り込むべく動いていると。
 あの時一緒に戦ったサラマンドラの眷属だと言う魔族は、横島と共にベルゼブルを破った功績を評価されて魔界正規軍に復帰しており、復活した鎌田勘九朗もまた、元人間であると言う人間界への長期滞在に向いた資質を評価され、ワルキューレと同じ特殊部隊に所属しているそうだ。
「ま、まさか…お前達は!」
「そう、そのまさかだ! これは人類史上初の好機なのだよ!」
 アシュタロスが倒された事で、世界の神魔のバランスが著しく神側に傾いてしまった。
 だからこそ、魔族は神側に傾いたバランスを元に戻そうとしている。ここまでは横島達も知っている事だ。
 しかし、逆もまた真なり。反対の立場から見る事で別の真実が見えてくる。
「…魔族だけではなく、全ての『魔』を駆逐しようと言うのか、貴様達は!?」
 愕然としたピートが叫ぶ。そう、これは傾いたバランスを一気に神側へと振り切らせ、人間界を神属性で染め上げるまたとないチャンスでもあるのだ。
 そして、ようやく真実に辿り着いた。彼等はただの『教会』関係者ではない。『殉教者部隊』と言うのは、神族の過激派、反デタント派勢力の信徒達なのだと。

「そう言えば…そちらのお嬢さんは、もしかしてヴァン・ヘルシング教授の曾孫だと言う、アン・ヘルシング嬢かな?」
 突然話を振られたアンは、ビクッと怯えて横島の背に隠れた。頼られた横島もアンを庇うようにして右手に『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』と左手にサイキックソーサーを展開して身構える。
「曾御爺様は吸血鬼を屠った英雄だと言うのに、よりにもよって魔法使いになるとは…いけない子だ。死んでもらわねばいかんな
 魔法使いならば無差別に殺すと言うのか。いや、正にその通りなのだろう。そうでなければ、魔族の力を借りた中世の魔法を復活させようとする表の魔法使いはともかく、精霊の力を借りた魔法を行使する魔法界の魔法使い達まで殺しはしない。
 男の目が本気であると察したアンは、彼が次の行動に移る前に自らが動いた。
「横島さん、こっちです!」
「えっ?」
 横島を押し倒すように飛びついてくるアン。そのままの勢いで横島は背後の壁に後頭部を打ち付ける――と思いきや、次の瞬間、二人の姿が掻き消えるようにしてフッと消えてしまった。
「何ぃっ!?」
 鷲鼻の男は驚きの声を上げるが、この学校の出身である魔鈴は気付いた。魔法学校内の各所には、幾つもの秘密の通路、隠し部屋が存在している。アンは咄嗟にその内の一つに飛び込んだのだ。
「隊長、霊波が地面の下へと続いています。おそらく隠し通路です」
 細身の男が『殉教者』である銀のマスクを装着して報告する。
「なるほど…姑息な真似を。追え、追ってアン・ヘルシングを殺せ」
「しかし、魔法使い達は…」
「魔法使い如き、私一人でも十分だ。それよりも、英雄である曽祖父の名を汚したヘルシング嬢こそ天罰を受けるべきだと思わないかね?」
「…了解しました!」
 女が意見を述べるが、鷲鼻の男はそれを一蹴。三人は男の命令に従い、アン達が消えた場所へと動き出した。
 無論、魔鈴とエミも黙ってそれを見過ごしはしない。三人を止めようと駆け出すが、そんな二人の前に鷲鼻の男が投げた一振りの長剣が突き立ち、二人は思わずその足を止める。
「お嬢さん達はダンスは何がお好みかね? 優雅なワルツ? それとも情念的なパソ・ドブレかな? ん〜、時にはメランコリックなタンゴも悪くない」
「お生憎様、今日のダンスの相手はもう決まってるワケ」
「それは残念だ」
 そう言いつつも、鷲鼻の男は全く表情を変えようとしない。
 「エミさん!」と魔鈴が呼ぶ声に応えて振り向くと、地面に突き立った長剣が、いつの間にか何者かの手によって握られていた。銀のガントレット――いや、違う。銀のプレートアーマー、全身鎧だ。
 ただし、本来顔があるべき部分は虚ろな空洞となっている。エミと魔鈴はそれが鷲鼻の男によって生み出された一種のゴーレム、リビングアーマーである事に気付いた。これも『殉教者』の一つなのだろう。
「おとなしく殺されろとは言わんよ。せいぜい抵抗してみたまえ」
「エミさん、魔鈴さん、この男は僕に任せてください!」
 言うやいなや、ピートは鷲鼻の男に殴り掛かった。彼も気付いているのだろう。目の前の男こそが最も危険な敵であると。だからこそ、自らが男の相手を引き受けようとしている。
 しかし、男は無造作に宙に浮いてそれを避ける。そのまま降りてくる様子は無い。箒も何も使わずに空を飛ぶ手段を身に着けているのだ。
「ならば、もう少し見晴らしの良い場所に移るとしようか。付いてきたまえ」
「待て!」
 魔法使いの警備隊は既にほとんど始末した。多少時間をロスしたとしても、自分達の勝利は揺るがない。そう判断した鷲鼻の男は、ピートの挑戦をあえてとことん受けてやる事にした。
 男はそのまま飛び去り、ピートもまた後を追って行ってしまう。
 エミとしては出来れば追いたいところだが、空を飛ぶ相手にどこまで戦えるかは微妙なところだ。下手をすればピートの足手纏いになりかねない。
 見れば、三人の『殉教者部隊』は既に隠し通路を発見し、横島達を追って行ってしまっている。
 こうなれば鷲鼻の男はピートに任せ、魔鈴とエミの二人は力を合わせて目の前のリビングアーマーを倒し、一刻も早く三対一でアンを守らなければならない横島の援軍に向かうしかないだろう。
 魔鈴の方に視線をやると、彼女の方もコクリと頷いた。
 二人は同じ考えだ。ならば、後は実行に移すのみ。

 魔鈴が短く呪文を唱えると、廊下に置いてあった荷物の中から愛用の箒が飛び出して彼女の手に納まった。エミもまた、ローブの中から呪いの力を込めた二本のナイフを取り出し、両手に持って構える。
 そして、リビングアーマーも二人に呼応するように剣を持って身構え、戦闘態勢に入った。
 物言わぬ詰まらない相手だが、もはやそれはどうでも良い。
 二人は歌うようにして高らかに戦闘開始を告げるのだった。

「黒の魔法使い、小笠原エミと…」
「白の魔法使い、魔鈴めぐみが…」
「極楽へッ!」
「逝かせてさしあげますっ!!」



つづく




あとがき
 繰り返しとなりますが、魔法学校について。
 モデルは存在します。しかし、『黒い手』シリーズ本編独自の設定と組み合わせて書かれておりますので、モデルになった特定の学校とはあくまでも別の学校であると言う事をここに明言しておきます。

 また、『殉教者』に関する設定は『黒い手』シリーズ独自のものです。
 原作『GS美神極楽大作戦!!』はもちろんの事、もう一つの『原作』の方を見てもそのような設定はありません。
 ご了承ください。

前へ もくじへ 次へ