まだ午前中だと言うのにレーベンスシュルト城、別棟のサロンは女子中学生達で溢れかえっていた。学級閉鎖になってしまったため空いた時間を麻帆良祭の準備に当てようと、アスナ達が大荷物を抱えてやって来たのだ。
荷物の搬入に関しては当初あやかが人を呼ぶ事を提案したが、一般人にレーベンスシュルト城を見せるのは不味いと言う事で、超と聡美が麻帆良大学の工学部から作業機械を借りて来ている。
3−Aの出し物である『GS体験 マジカル・ミステリー・ツアー』は大学部の出し物にも負けない本格的な物にするのだと皆が意気込んでいるため、運び込まれた荷物の量も相当なものになっている。流石にこれだけのものを別棟に置かれると邪魔だと言う事で、彼女達のために本城の一室が開放されていた。時代が時代ならばダンスパーティーでも開けそうな大広間だ。
古菲と裕奈は身体を動かすチャンスだと、ここぞとばかりに力仕事があれば率先して引き受けている。頬が紅いため冷やかされたりもするが、ハイになっているのかさほど気にならないようだ。
更に千鶴と恥ずかしさを押して刹那も準備に参加するが、それ以外の横島の修行を受けていた面々は無理なようだ。茶々丸も参加は可能であったが、クラスメイトが全員集まったとなると昼食、夕食の支度だけでも大仕事になるため、高音とココネを連れてそちらの準備に当たっている。
現在、麻帆良祭の準備に参加出来ないのは茶々丸を除くと夕映、アキラ、夏美、風香、史伽の五人だ。人数こそ少ないが、手痛い離脱である。
「わーん! 手が足りないよー!」
「ベッドの上でアキラを足腰立たなくしちゃうとか、横島さんのアホー!」
「それ、なんか違うんじゃない?」
大声を上げて横島に八つ当たりする美砂に、円が呆れながらもツっこみを入れるが、その内容はあながち間違いとは言えないかも知れない。
それに本格的な物をすると言う事は、それだけ準備も大変になると言う事。技術面は超や聡美に頼る部分が大きいが、やはり最終的には3−Aが一丸となって頑張るしかない。そんな中、真面目で「気は優しくて力持ち」を地で行くアキラの離脱は特に大きなダメージなのは事実であった。
「あの〜、ウチが手伝いましょか?」
不意に背後から声を掛けられ、桜子達が振り返る。するとそこには、朝よりかは幾分落ち着いた様子の月詠の姿があった。向こうではその姿に気付いた刹那がぎょっと目を丸くしている。
「え? いいの?」
「3−Aと関係ないのに」
月詠は3−Aの生徒ではないため、手伝ってもらっても良いものかと桜子達は疑問を抱く。とは言え、月詠の狂人っぷりを知らない彼女達の表情はこれぞ天の助けと大歓迎ムードを隠せないでいた。
「おい、どう言うつもりだ?」
慌ててやってきた刹那が、月詠の肩に手を置き問い掛ける。
「なんか皆さん、楽しそうですし。ウチも結構ヒマしてたんですよ〜」
対する月詠は邪気のないにこにこ笑顔で答えた。横島の霊力の影響がまだ抜け切っていないのだろう。ふわふわした心地良さに包まれて、月詠はいつになく上機嫌であった。
刹那の方に顔を向けた月詠は、彼女の耳元に顔を近付けて周りには聞こえない小さな声で呟く。
「この人らがうちにとって斬る価値もない事ぐらい、センパイには分かりますやろ?」
「……………ッ!」
言葉が出ない刹那を横目に、月詠はにっこりと微笑むと軽い足取りで桜子達の下に向かった。
「うち神鳴流やってたから、向こうじゃ学校も行ってなかったんですよ。だから、こう言うのは初めてなんです」
「あ、そうなんだ? 大変だけど皆でやると楽しいよ〜♪」
「楽しみやわ〜♥」
月詠は、意外にもすんなりと3−Aの輪に入り込んで手伝いを始める。こうして皆で何かを作るなど彼女にとっては新鮮な体験なのだろう。楽しそうなその表情は『狂人』とは思えないほどあどけない。年頃の少女のそれであった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.142
こんな時、呼べばすぐに現れて手伝ってくれそうな横島。しかし、大広間に彼の姿は無かった。この事については昨夜の修行を行ったのは横島であるため、寝込んでいる面々の世話をしなければならないと言う事で、皆納得している。
そんな彼は、現在別棟一階のサロンにてとある問題に頭を悩ませていた。
「ど、どうすればいいんだーっ!」
身をのけぞらせて叫ぶ横島。現在彼が抱えている問題は、ある一面においては大問題だ。ただし、人によってはそれが何の問題なのかと首を傾げる事になるだろう。
昨夜、彼は本城の寝室で薄手の霊衣に身を包んだアスナ達に霊力供給を行い――ノーパンノーブラに負けて暴走した。
これまで以上に大量の霊力を迸らせ、霊能力者として殻を一つ破ったような気さえする。身体に満ちる充足感。湧き上がる高揚感。横島自身は修行の結果に何の不満もない。それどころか、むしろ満足しきっていた。
問題はアスナ達の方だ。霊力を素通しする霊衣を用いての霊力修行。互いに身体を固定し、支え合う。それはすなわち身体を密着させ、抱き合った状態で修行を行うと言う事である。甘えるように抱き着いてくる少女達。抜群のスタイルを誇る高校生の高音が混じっているだけでも厳しいと言うのに、昨夜は更に刀子と千草と言う大人の美女二人まで加わっていた。これで暴走しなければ、それは最早横島ではない。
勢いに任せていろえろ――もとい色々としてしまった。流石に不味いのではないかとも思ったが、アスナ達の方も満更ではなかったらしい。ほとんどの者達は今回の結果に不満は無いと言ってくれていた。動けなくなった者達もだ。そもそも、彼女達に肉体的なダメージはない。それどころか血色がよくなって肌がつやつやしているぐらいである。
では一体何が問題なのか。それは千雨、コレット、アーニャの三人にあった。霊力供給の修行の内、基礎修行のみ受けるはずだった彼女達だったが、昨夜は暴走した横島の煽りをモロに受けてしまったのだ。
横島と抱き合い、力では抵抗しようのない体勢のまま大量に霊力を注ぎ込まれて気持ち良さに翻弄されてしまう三人。その結果。閉じていた彼女達の経絡は物の見事に開かれてしまった。そう経絡が開かれてしまったのである。一度開いてしまった経絡は、元に戻す事は出来ない。この取り返しの付かない事態に横島は頭を悩ませているのである。
横島が座るソファの向かいには問題の三人が並んで座っていた。少量の霊力で身体を慣らしていたところに大量の霊力を注ぎ込まれ、乱れに乱れてしまった千雨。初体験だと言うのに翻弄され、玩ばれてしまったコレットとアーニャ。三人揃って顔が紅い。千雨は腕を組んで憮然とした表情でそっぽを向き、コレットはうっとりした表情で横島に熱い視線を向け、そしてアーニャはもじもじとしながらも何か言いたげな表情でじっと横島を見詰めていた。
三人共、朧気ながら昨夜の事は覚えている。横島に縋り付くようにして色々と口走ってしまったような気がする。だが、記憶が朧気であるためハッキリとは思い出す事が出来なかった。一体何を口にしてしまったのか、覚えていないため余計に気になって仕方がない。
今回の一件、霊能力者や霊能力者を志す者達から見れば、それが何の問題なのかと首を傾げるような事態だろう。現役霊能力者の中には、突発的な事件――主に生命の危機に瀕するような事件――に遭って経絡が開いた者もそう珍しくはない。それに比べれば、霊力供給の修行の最中で経絡が開いてしまった事など大した事ではないだろう。生命の危険は無い。それこそがこの修行の優れた点なのだから。
横島が問題視しているのは二点。一度経絡を開いてしまうと後戻り出来ぬと言う事と、他ならぬ横島の手で経絡を開いてしまった事だ。つまり、横島自身の手で彼女達を戻れぬ道に引き込んでしまったと言う事になる。元々魔法使いであるコレットとアーニャにとってはさほど問題ではないのかも知れないが、だからと言って責任がないと言えるほど横島はお気楽ではなかった。
「え〜っと……」
横島はとにかく何か声を掛けようとする。このまま黙って向き合っていても何も始まらない。
「何も言うな」
しかし、千雨はぴしゃりとそれを止めた。じと目で横島を見詰めるその瞳には、怒り――だけではない複雑な感情が見て取れる。
「いや、だから……」
「私に関しては何も言うな。無理矢理だったけど、いずれこうなる事は分かってたんだ。遅いか早いかの違いだ」
こうなる事、すなわち経絡を開いた事である。『Grimoire Book』を使いこなすためには、経絡を開く必要があったのだ。基礎的な修行を続ける事で経絡を開く際の痛みをなくせるのではないかと言う実験もかねて、今までは基礎的な修行しかしていなかった。
昨夜は心の準備も何もなく経絡を開かれてしまったが、幸い痛みは全くと言って良いほど無かった。もしかしたら認識出来なかっただけであったのかも知れないが、千雨自身それどころではなかったのだから無いも同然と言えるだろう。むしろ、朧気にだが横島の背に手を回して思い切り爪を立ててしまったような記憶がある。もしかしたら、そちらの方が痛かったのではないだろうか。もっとも、この件に関しては千雨も謝るつもりはない。それだけの事をされたと思っているし、横島についた傷も木乃香のヒーリングによって無数の内出血と共にきれいさっぱり治療されている。
とは言え、千雨の言う「無理矢理」の部分を気にしている横島は「じゃあ気にしない」とお気楽に言う訳にはいかない。
「でもなぁ……もう後戻り出来ないんだぞ?」
「分かってるよ、それくらい。悪いと思うなら責任取れ」
「責任……」
ふと横島の脳裏に華やかなウェディングドレスを身に纏った千雨が頬を染めてはにかみながら微笑んでいる姿が浮かんだ。横島は思わず頬を緩めてにやけてしまう。その表情を見てろくでもない事を考えていると察した千雨は、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「バッ……! 何考えてやがる! そうじゃねぇよ! ほら、あるだろ! 卒業したらそっちの事務所で雇って就職先保証するとか!」
「え、あ、ああ、そっちか」
経絡を開いてしまった事により彼女達に降りかかる現実的な問題。それは今のところ霊能力者には、オカルト関連の仕事に就く道しかないと言う事だ。現在は民間GSを始めとしてGS協会の職員、オカルトGメン、陰陽寮の技術者などが考えられる。魔法使い達がその存在を公にすれば状況は変わってくるかも知れないが、その辺りの事は千雨にはよく分からない。
いずれ経絡を開かれ、霊能力者になってしまうと考えていた千雨は、自分の将来についても漠然とだが考えていた。彼女自身、積極的にオカルト業界に関わりたい訳ではない。悪霊、魑魅魍魎と戦うなど真っ平御免だ。そもそも『Grimoire Book』も調査用の物であり、戦闘には全く向いていないアーティファクトである。それを踏まえた上で調査だけに専念出来る仕事はないかと考え、民間GSの除霊助手か、オカルトGメンあたりが良いのではないかと考えていた。
「……………」
真っ赤な顔をしたまま千雨は横島を見詰める。今はおろおろとしているが、いざと言う時は頼りになる事を知っている。助平でどうしようもない男だが、ネットアイドルとしてチャットで欲望が透けて見える男達を軽くあしらっていた経験のある彼女は、男とはこう言うものだと余り気にしていない。横島への好意もあってか、寛容にすらなっている。
今でこそクラスメイトや同居人相手には素を出せるようになった千雨だが、彼女は元々人見知りが激しい。そんな彼女にとって「互いに気心の知れた相手」と言うのは非常に大きなポイントだ。幸い、横島除霊事務所は将来的に大きな規模になるであろう事が分かっている。東京の事務所には既に数人の所員がおり、将来的には今の同居人からも何人か加わる事になるだろう。それだけの人数が揃えば、一人が除霊の手伝いから事務までなんでもやらなくてはいけないなどと言う事にはならないと予測出来る。千雨が望む調査専門なんて事も不可能ではないはずだ。
「あっ……」
「ど、どうした?」
「いや、何でもない」
そこまで考えた千雨は、自分の思考の流れに驚き思わず小さな声をもらす。横島がおずおずと声を掛けるが、千雨は少し視線を逸らして短く答えるだけだった。その頬は紅いままだ。
やけに具体的に将来の事を考えてしまっている。経絡が開かれ、霊能力者になる事が現実味を帯びてきたためだろうか。
千雨は改めて考える。これを機に就職先を一つキープしておくのは悪い事ではないだろう。横島除霊事務所と言うのは悪くない選択肢だ。
「……なぁ、除霊助手にとっては修行も仕事なんだよな?」
「え? ああ、そう聞いてる」
「じゃあ、給料も出るのか?」
「ああ、今のところ正式な除霊助手はアスナと古菲だけだが、ちゃんと出しているぞ」
他にも最近霊力が扱えるようになってきた夕映と千鶴、真剣に修行に取り組んでいるアキラ。それに即戦力として期待されている千草と月詠も除霊助手として雇う事が決まっており、現在横島が東京から書類を取り寄せているところだ。月詠の場合は横島の助手になりたいと言うより、助手にならなければ除霊現場に連れて行ってもらえないと言うのが大きいようだが。
警備の回数によって報酬が増えると言う契約を結び、週五日警備をこなしていなければこんな大盤振る舞いは出来なかっただろう。更に仕事を増やすため、横島は真名に良い仕事があれば回してもらえるよう頼み込んでいる。また、横島がいなくとも警備が行えるだけの人員が揃ってきたため、麻帆良祭が終われば麻帆良の外の仕事も増やして行く予定らしい。
ちなみに、霊能力者と魔法使いを両立させたい裕奈は、基本的な魔法だけでも使えるようになって「見習い魔法使い」になると同時に「除霊助手」にもしてもらおうと考えているそうだ。
いずれ横島が後見人になる事が決まっているとは言え、今はまだ学園長と詠春の庇護下にある木乃香と刹那。こちらは少なくとも中学卒業までは除霊助手になるつもりはないとの事。中学を卒業して麻帆良を離れてから改めてと言う事であろう。
閑話休題。
それだけ大きな事務所であれば、一人当たりが背負う責任もそう重くはならないだろう。調査に関してもアーティファクト『土偶羅魔具羅』を持ち、千雨よりも遥かにやる気がある夕映がいる。改めて横島除霊事務所を取り巻く環境について考えた千雨は、悪くない案だとにんまり笑みを浮かべた。
「だったら私も雇え。除霊助手が修行したら給料が出るんだろ?」
「それでいいのか?」
「これからも続けなきゃいけないんだろ? その本格的な修行ってヤツを。それだったら給料でも貰えないとやってられねぇよ」
実際、これまで千雨が受けてきた基礎的な修行は、除霊助手としてはウォーミングアップ程度のものであった。同じ様に基礎的な修行を受ける夏美、風香、史伽の三人を除霊助手にすると言う話が出て来ないのはそのためである。
こちらの三人は、昨夜横島の暴走に巻き込まれながらも幸か不幸か経絡が開くのは免れていた。横島はその理由を、昨夜は皆を気持ち良くする事に全力を尽くしていたためだと分析している。三人の場合、気持ち良さよりも経絡を開く痛みの方が勝ると感じ取ったと言う訳だ。
既に仮契約(パクティオー)を済ませて、つたないとは言え何度か霊力を必要とするアーティファクトを使った事がある千雨。魔法使いであるコレットとアーニャ。彼女達に比べて夏美たちの経絡はまだ痛みもなく開けるほどほぐされてはいなかったと言う事であろう。
ちなみに横島は、霊力を注ぎ込みながら閉じた経絡を霊力で突くようにする事で経絡が開きやすくなっているか、どこまで霊力を注げば開くかが分かるようになっていた。それを彼は、ほぐし具合と表現しているのである。
「私を除霊助手として雇って給料も払う。私は引き続き霊能力者になるための修行を受け続ける。今回の件はそれで手打ちでいい。私の方はな」
「分かった。俺もそれでいい」
横島は神妙な面持ちで頷いた。すぐさま携帯電話を取り出して、東京の事務所に連絡を取る。平日の午前中なので当然メールでだ。これで千雨の分の書類も送られてくるだろう。
隣で繰り広げられるやりとりを見て顔を見合わせるコレットとアーニャ。今回の一件、魔法使いとしては恥ずかしい以上の問題ではなかったが、どうやら自分達は横島に責任を取って貰えるらしい。しかも、横島自身がそれを望んでいるようだ。ならばこのチャンスを逃す訳にはいくまい。
横島に一つだけお願いを聞いてもらえる。ならば自分達は一体どうすれば良いのか。二人は何が最善手かと頭を悩ませ始める。
「えっと、私からでいいかな?」
「ど、どうぞどうぞ、私まだ何も思い付かないし!」
先に動いたのはコレットであった。まだ何も思い付かないアーニャは、慌ててコレットに先を促す。
横島に近付きたい一心で真剣に修行に取り組んでいたコレット。特に同じ留守番組である千草、月詠、アーニャ、それにすらむぃ達と仲が良く、アスナ達とも仲良くなってきている。ミーハーな面がなくなった訳ではないが、最近は一人の人間として横島を見るようになれたと自負している。
コレットは千雨のように除霊助手にしてもらう訳にはいかない。彼女は魔法学術都市アリアドネーの魔法騎士団候補生、つまりは魔法世界側の学生。格好良いから、モテるからと言う理由で戦乙女騎士団を志した彼女だけに、魔法界では英雄として知られている横島の助手になる事は魅力的な話だ。しかし、卒業した後ならばともかく、今はいずれ魔法世界に戻らなくてはならない身であった。
ちなみに現在の予定では、麻帆良祭が終了すれば魔法世界からの援軍は半数が帰還し、半数が残って夏休みの期間中は警備を続ける事になっていた。関西呪術協会からの援軍も、大体同じらしい。コレットは残留組として横島達との連絡役を続けられるように願い出ている。
「コレットもこっちで修行している間、給料が出るようにするか?」
「い、いえ、それもいいんですけど!」
横島の提案をブンブンと手を横に振って断るコレット。そんな彼女の望みはただ一つであった。コレットは顔を更に真っ赤にして声を張り上げる。
「横島さん……私と、仮契約してください!」
「ブッ!」
思わず噴き出してしまう横島。コレットの隣の千雨は「やっぱりそうきたかー」と天を仰ぐ。これは予想されていた事であった。コレットは元々、横島との仮契約を望んでいた。「英雄の従者になりたい」と言うミーハーな動機であったが。
だが、今は違う。
「私、人間界の事好きになりかけてるんです」
『魔王アシュタロスを倒した英雄の一人、タダオ・ヨコシマ』を通して人間界の事を知り、興味を持ったコレット。彼女は人間界に来て横島やアスナ達を通して様々な事を知った。流石に麻帆良の外までは行けないが、千草、月詠、アーニャの三人と一緒に出掛けたりもしている。人間界の本や雑誌が読める図書館島が特にお気に入りだ。
「あの時はすいませんでした! 私、仮契約の事軽く考えてました!」
「いや、魔法世界ではそんなもんなんだろ?」
深々と頭を下げるコレット。その姿からは必死さが見て取れる。そんな彼女を横島はまぁまぁと宥めた。仮契約に対するスタンスは、どちらかと言うとコレットの方が一般的で横島達の方が特殊なのだ。
だが、コレットはそれに感銘を受けた。横島達の考え方は魔法世界では古風なもの、英雄譚の時代のものに近い。コレットにはそれが『偉大なる魔法使い(マギステルマギ)』とその従者達のように見えたのである。
「『人と人ならざるものの共存』、その『人ならざるもの』の中には私達亜人も入っているんですよね?」
魔法使い達が情報公開をして一般人の前に姿を現すようになると、問題となるのは魔法世界に住む亜人達だった。住人の大半が人間であるメセンブリーナ連合はともかく、亜人の多いヘラス帝国やアリアドネーは人間界の一般人に受け容れられない可能性が考えられる。オカルト業界と関わりのない一般人にとって亜人は妖怪と変わらぬ存在であろう。
メセンブリーナ連合は密かに人間界に魔法協会を作り、その辺りの事情を理解している。おそらくそれも計算の内なのだろう。魔法使い達の情報公開は、三界のデタントの流れに取り残されないようにするのと同時に、魔法世界において連合が帝国、アリアドネーより優位に立つための策でもあるのだ。
ヘラス帝国の第三皇女であるテオドラが、人間界では亜人は受け容れられにくいと言う事情を押してまで援軍を派遣したのは、その事に気付いたからである。そんな彼女にとって「美人ならば角とか気にしない」横島は、捨て置くには惜しい存在であった。アリアドネーのセラス総長にとっても同様だ。テオドラが横島の事を何かと気に掛けGS協会との仲介を頼んだり、セラスが連絡員としてコレットを送り込んだのには、この辺りにも理由があった。
「私にもお手伝いさせてください! お願いします!」
身を乗り出し、しっぽをピンと立てて興奮気味に捲し立てるコレット。必死に頭も下げる。
横島の目的はコレットにとって他人事ではない。彼女自身、人間界の事をもっと知りたいと思うようになった。認識阻害の魔法を使うと言う手もあるが、どうせならば人間界でも亜人が受け容れられるようになって欲しい。その想いの証として、アスナ達と同じように横島と仮契約したい。それがコレットの願いだ。
千雨はその後ろ姿―――しっぽがスカートを持ち上げているため覗くパンツを眺めながら、短期間で急成長したものだと感心した。ここに来たばかりのコレットは「英雄」に憧れるだけの少女だった。だがレーベンスシュルト城に住むようになり、アスナ達と交流するようになってたった数日の間に彼女はその考えを一変させた。それだけこの城での出来事が衝撃的だったのだろう。コレットと言う少女にとって正しく人生を一変させる出会いだったのである。
「………」
横島はチラリと千雨を見る。その視線に気付いた千雨は、同時に彼の意図も察した。以前コレットが横島に仮契約を申し込んだ際、彼女を説得して止めたのは千雨達横島の『魔法使いの従者(ミニステルマギ)』であった。多かれ少なかれ人生を掛けて横島の従者となった彼女達にとって、あの時のコレットの考え方は受け容れがたいものだったのである。これは仕方のない事だろう。横島の従者になると言う事は、アスナ達の仲間になると言う事。ネギパーティにはネギパーティのカラーがあるように、横島パーティには横島パーティのカラーがある。コレットの考えはそれにそぐわなかったのだ。
だが今は違う。アリアドネーから来た仲間達だけで過ごす空間と、麻帆良祭の仮装だと誤魔化して過ごす空間。それに認識阻害の魔法を使わなければ出歩く事も難しい空間と、一般人相手にも魔法使いである事を隠さずに過ごす空間。これら全ての空気を肌で感じたコレットは、横島の目標は、魔法世界―――特にアリアドネーとヘラス帝国にとって大事なものであると確信した。
アスナ達が同席していない今、千雨が判断しなければなるまい。しかし難しい判断ではない。自信を持って言える。今の彼女ならば、仲間として歓迎出来ると。千雨は横島の方を見詰め返し、コクリと頷いて応えた。
それを見た横島は、ほっと胸を撫で下ろした。今のコレットの話を聞き、彼自身は責任を取らねばならないと言う思いもあって仮契約しても良いのではと考えていたのだが、従者達がどう言う反応をするかが不安だったのだ。全員の話を聞いた訳ではないが、従者達の中でもクールに物事を判断出来る千雨が承諾したのならば大丈夫だろう。いざとなれば彼女もアスナ達の説得を手伝ってくれるはずだ。
「分かった、仮契約しよう。カモに連絡すればすぐに来てくれるはずだ」
「ありがとうございます! 私、がんばります!」
顔を上げてパァッと表情を輝かせるコレット。頭を下げていた体勢からぐっとテーブルについた手、それに足に力を込め、一息に横島に飛び付いた。横島の霊力のおかげで活性化していると言うのもあるだろうが、ドジっ子に見えても亜人は亜人。その身体能力は意外と高いのである。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城に関する各種設定。
関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
魔法界に関する各種設定。
各登場人物に関する各種設定。
アーティファクトに関する各種設定。
これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
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