topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.143
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 千雨、コレットとの話は終わり、最後はアーニャの番だ。
 横島は抱き着いて来たコレットの頭を撫でながらアーニャの方に顔を向ける。アーニャの方も良いお願いを思い付いたのか、思いの外にんまりとした顔で横島を見ていた。
「アーニャちゃんは、何か思い付いたのか?」
「うん、まぁね。前に私のロンドンでの最終課題が、もうすぐ終わるって話したでしょ?」
「ああ、そう言えば言ってたな」
 メルディアナ魔法学校を卒業後、修行としてロンドンで占い師をやっていたアーニャ。その修行はほぼ終わり、残すは修行終了後の身の振り方を決める事だけとなっていた。現地でお世話になった魔法使いのおばあさんに、それを報告せねばならないのだ。
 現在アーニャは関東魔法協会が情報公開の準備を進めている事を受けて、人間界で活躍する魔法使いを目指している。そのためにも人間界のオカルトを学ばなければならない。そしてオカルトを学ぶならば日本だと考えていた。魔王級《過去と未来を見通す者》アシュタロスを倒したGSのほとんどが日本のGSであるため、現在日本のオカルト業界は世界中から注目されているのである。
「私、最終課題が終わったら日本でオカルトを勉強したいのよ」
「今みたいな長期滞在じゃなくて、日本に引っ越してくるのか?」
「うん、まだ当てはないんだけどね」
 日本には関東魔法協会があるが、流石に個人的に修行に来るアーニャの生活の面倒まで見てくれるとは考えにくい。魔法生徒として所属すれば話は別かも知れないが、組織に属してしまえば一魔法使いとしてしがらみなしにオカルトを学ぶのは難しい。アーニャが望むのはそう言うものではないのだ。一歳年下の幼馴染みであるネギへの対抗心もあるのかも知れない。どうせならば彼の頭上を飛び越えていきたいと言う願望があるのだろう。
「なるほど」
 横島は、アーニャのお願いが何なのか分かった気がした。そこで自分の方から話を振ってみる事にする。
「アーニャちゃん、それなら日本に来たらウチに居候するか? 俺は来年の春あたりまで麻帆良にいる事になるだろうけど、こっちでも東京でもオッケーだぞ」
「私を守ってくれる?」
「そりゃもちろん」
「それじゃお言葉に甘えちゃおうかな〜♪」
 そう、この問題は横島がアーニャの面倒を見れば解決する。彼はオカルト業界を学ぶコネとしては最高レベルだ。アーニャ一人居候させられるぐらいの甲斐性もある。しっかりした身元引受人がいれば、アーニャが世話になった人も安心して送り出せるだろう。
「で、も、私がタダオに頼みたいのは、それとはちょ〜っと違うの
「ん? そうなのか?」
 ふっふ〜んとネコのような口をして勝ち誇ったような笑みを浮かべたアーニャは、立ち上がろうとするが足下がふらついてテーブルに手を突く。横島の霊力の影響でまだ足に力が入りにくいのだ。そのままふらつきながらも手の支えを借りてテーブルを回り込み、アーニャは横島の隣にちょこんと座った。彼に抱き着いていたコレットは、空気を読んだ千雨の隣に戻る。
 彼女の望みは、横島のところに居候する事だけではないのだ。アーニャは横島の手を取り、おねだりし始めた。
「ねぇ、タダオ。私と仮契約(パクティオー)してよ」
「なぬ?」
「私だって、情報公開後の事を考えて人間界で活躍する魔法使いを目指してるのよ。アスナ達の言う条件は満たしてるでしょ?」
「それは、まぁ、確かに」
 魔法世界で生粋の魔法使いとして生まれ育ちながら、人間界での修行を経てオカルト業界を学びたいと言う考えに至ったアーニャ。そのしがらみを排して積極的に人間界に歩み寄ろうとする姿勢は、同じく生粋の魔法使いである高音よりも柔軟で進んでいると言える。まだ子供な分、魔法使いとしての考え方に凝り固まってないとも言えるだろう。
「いいのか? 俺が相手で」
「い、いいのよ、仮契約くらい!」
 そう言いつつ、顔を真っ赤にしてもじもじとしているアーニャ。確かに魔法世界の常識では『仮契約屋』なるものが存在するぐらい「たかが仮契約」と軽く扱われるものだが、恋人探しの手段としての側面もある。口では軽く扱っていても、やはり恥ずかしさがなくなるわけではない。
 しかし、これは彼女なりに真剣に考えた結果だった。来日して以来ずっと横島の世話になってきたので、彼の人となりは分かっている。子供相手だからと言うのもあるのだろうが、基本的に優しくて頼りになる人だ。さよ達に甘えられている彼の姿を見ていると、父的な匂いを感じる事も否定出来ない。六年前の魔族の襲撃により両親を石にされてしまった彼女にとって、これは高得点であった。パートナー選びは慎重にやらねばならないと考えるアーニャが、彼ならば良いのではないかと考えるほどに。
「横島なら、パートナーとして申し分ないわ! きっとおばあさんも安心してくれるわよ!」
 ぐぐっと拳を握り締めてアーニャは力説する。確かに「頼りになる人のところに居候する」と言うより「頼りになるパートナーが出来た」と言った方が送り出す側としては安心だろう。魔法使いならではの考え方だ。
「て言うか……」
 アーニャは横島にもたれかかるようにして、いたずらっぽい上目遣いで彼の顔を見上げる。
「昨日あれだけやったんだから、イヤとは言わないわよね?」
「うっ!」
 それを言われると弱い。横島は思わず言葉を詰まらせた。昨夜は横島は、霊力供給の修行は初体験だったアーニャにものすごい事をしてしまった。幸い経絡へのダメージこそなかったが、今も足に力が入らないのはご覧の通りである。アーニャの部屋からサロンまでも横島が抱きかかえて運んで来たぐらいだ。

「いいんじゃねぇか? アーニャなら皆も文句は言わないだろ」
 ここで黙って見ていた千雨が助け船を出した。アーニャは三界のデタントについてはまだ理解が追い着いていないが、人間と魔法使いの共存については真剣に取り組んでいる。アスナ達も嫌とは言うまい。特に裕奈は歓迎するだろう。
「責任取るって言ったのは横島さんだろ? だったら、ちゃんと取ってやれよ」
「確かに、そうだな。責任取らなきゃいけないよな」
 自分に言い聞かせるように呟く横島。これまで仮契約してきた相手の中には夕映のような小学生と見紛うような外見の子もいたが、アーニャは正真正銘の子供である。彼女とキスをして仮契約する事を考えると、何やらいけない事をしているような気分になってしまう。しかし、状況的には無下に断る訳にもいくまい。
「それじゃあ……!」
「ああ、分かった。仮契約しよう」
「やったーっ!」
 横島が承諾の返事を返すと、アーニャは両手を挙げて立ち上がり満面の笑みで喜びを露わにする。足に力が入らなかったらしくすぐにふらついて倒れそうになったが、横島がその小さな身体を受け止めた。
「タダオ! 私のパートナーになってくれるのね?」
「ああ、ちゃんと守ってやるぞ」
「うれしい〜
 横島に抱きかかえられながら嬉しそうに身体をくねくねとさせるアーニャ。横島は彼女を膝の上から落とさないよう、抱き締めるようにしてその小さな身体を支える。

 この時、千雨と横島の二人はアーニャのおねだりについて甘く考えていた。
「今更一人増えてもどうって事はないだろ」
「そうだな」
 次の彼女の言葉を聞くまでは。

「それじゃタダオ、今日からあなたは私の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』よ!」

「……………え?」
「ん?」

 思わず疑問の声をもらす横島。対してアーニャはさも当然と言わんばかりの表情で横島を見ている。
 横島忠夫とアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。前者は民間GSで、後者はもうすぐ一人前の魔法使い。
 『魔法使いの従者』は魔法使いのパートナー。そして、魔法使いを守る者。そう、魔法使い達にとって魔法使いでない側が従者になるのは至極当然の常識であった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.143


 結論から言ってしまえば、横島はアーニャのお願いを受け容れる事にした。
 アーニャは一人の魔法使いとして日本でオカルトを学ぶ事を望んでいるが、いかんせん縁もゆかりも無い地なので不安はある。そこで出てくるのが横島だ。父的な匂いを感じさせる彼をパートナーにして守ってもらおうと彼女は考えたのである。
 本来の『魔法使いの従者』とは魔法使いを守り、助ける者。そう考えるとアーニャがマスターとなり、横島が従者となるのは正しい構図だと言える。むしろ、マスターに庇護されているアスナ達の方が特殊な例だろう。
 結局のところ横島は、一人日本で新たな道を歩み始めようとするアーニャを放っておく事が出来なかったのだ。これは責任云々ではなく保護欲に近いかも知れない。魔法使いとその従者と言う形になるが、実質は被保護者と保護者の関係である。横島の感覚としては、さよを引き取るのに近いものがあるだろう。

 この事はカモに連絡を取って呼び出すと同時に、すぐさまアスナ達にも報された。コレットが新たに従者になる事については、アスナ達も彼女がレーベンスシュルト城で暮らし始めて考え方を一変させた事を知っているため概ね好意的に受け容れられている。
 その一方でアーニャとの仮契約については、アスナ達も話を聞いた当初はアーニャが新しく従者になると解釈していたが、実は逆である事を知ると蜂の巣を突いた様な大騒ぎになってしまった。
「横島さんが『魔法使いの従者』? それって大丈夫なの?」
「所詮は仮だからな、それで貴様等が従者でなくなるとかそう言う事はない。安心しろ」
「アーニャちゃんが兄ちゃんのマスターって事は、私達のマスターのマスター?」
「そこまで考えなくとも良かろう。そもそも貴様等、従者らしい事をしていたか?」
「……そう言えば、してないアルな」
 質問責めに遭うのはエヴァ。彼女と茶々丸との契約は通常の仮契約とは異なり、仮契約を行っている魔法使いと言えば他に愛衣や美空、ココネがいるのだが、ここでエヴァが頼りにされるのはやはり年の功なのだろうか。
 かく言うエヴァは、アーニャはこの仮契約についてアスナ達ほど深くは考えていないと読んでいる。彼女が求めているのは絆だ。魔法使いの世界から飛び出して人間界と言う大海原へと漕ぎ出して行くのに際し、この人は自分を守ってくれる、味方でいてくれると言う保証が欲しかったのだろう。そのための『魔法使いの従者』なのだ。エヴァ自身『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』が解ければ麻帆良を出て魔法使い達からは一定の距離を置くつもりなので、横島の庇護と言うものがどれだけ心強いかは理解しているつもりである。
「それに、横島もアーティファクトを手に入れられるんだ。興味はないか?」
「確かにそれは楽しみかも知れないわね〜」
 エヴァの一言にアスナ達は互いに顔を見合わせる。実際に声を上げたのは千鶴だったが、その表情を見る限り皆一様に興味がある様子だ。
 結局の所、エヴァの興味もその一点にあった。仮契約は所詮仮契約、契約そのものは横島自身を強く縛るものではない。もし彼を縛るものがあるとすれば、それは彼自身の責任感。すなわち自縄自縛であろう。
 むしろ問題となるのは、契約者――特にマスターの力によってはアーティファクトが現れない可能性もある事だ。しかし、これに関してはエヴァも当事者であるアーニャはあまり心配していなかった。アーニャにしてみれば、欲しいのはアーティファクトではなく横島が自分を守ってくれる証としての絆である。そしてエヴァはと言うと職人妖精に注目されている横島ならばアーティファクトが出ないと言う事は有り得ないと考えていた。
「私も興味ありますね〜。でも、横島さんに従者になってもらおうとは考え付かないかな〜」
 これから仮契約するコレットも苦笑いだ。
 横島が仮契約をしたらどんなアーティファクトが現れるのか。言われて見れば確かに興味深い。しかし、横島を従者にすると言うのは誰も考えなかった。アスナ達にとっては師であり雇い主だ。普段は彼を下僕のように扱っているエヴァも、茶々丸がいるためか新たに横島を従者にしようとは考えなかった。正に「その発想はなかった」の心境である。

「コレットがどんな新発見のアーティファクトを出すのかも興味があるが、やはり一番は横島だな」
「え? 私も新発見って決まってるんですか?」
「アスナの『ハマノツルギ』以来、ほとんどが新発見アル」
「うわぁ……」
 そして意外な所でプレッシャーを感じているコレット。横島の仮契約は魔法世界で注目されている。コレット自身も知っていた事だが、いざ当事者になってみると普通のアーティファクトでは期待外れだと言われてしまうと言うのは物凄いプレッシャーだ。
「マスター、カモさんが到着したようです」
「ム、早いな」
 茶々丸の報告を聞き、エヴァは玄関の方に視線を向ける。まだ学校は授業中の時間だ。今日の放課後ネギがここに来るようになっているため一緒に来ると思っていたが、仮契約のチャンスと言う事で居ても立ってもいられずカモ一匹だけで先に来たようだ。
「お待たせしやしたー! さぁ、どこに魔法陣を描けばいいんですかい?」
 茶々丸が玄関の扉を開けると、カモが飛び込んで来てポーズを決めつつ賑やかに問い掛けてきた。かなりテンションが高い。
「どこにするの?」
 アスナがコレットに問い掛ける。
「え? 私が決めるんですか?」
「当たり前じゃない」
「え〜っと……」
 そう言われてもコレットは戸惑うばかりだ。魔法世界育ちの彼女の中には、やはり「仮契約屋でお手軽に」と言うイメージが根強いのだろう。場所を選べと言われても、どう言う所を選べば良いのかが分からない。
 悩むコレットを見て、裕奈とアキラが助け船を出す。
「どうせするなら良いとこでロマンチックに行きたいじゃん!」
「本城のテラスとか広間とか、あと庭園とかが多いかな」
「なるほど……」
 屋内屋外色々とあるが、どこも綺麗で雰囲気が良い場所だ。コレットは横島と仮契約する自分の姿を思い浮かべてみるが、確かに良い場所で仮契約すれば物語の一場面のようになるかも知れない。
 コレットにとってこの仮契約は、魔法世界で仮契約屋に頼んでするようなただの仮契約ではない。自らの考えを改め、生き方を変えてしまうほどの意味を持っている。それを思い出に残るような綺麗な仮契約にする。十分以上の意味があるだろう。アスナ達が仮契約を重要視する意味を改めて思い知った気がする。
「それってどこでもいいのかな?」
「とりあえず、レーベンスシュルト城内であればどこでも良いかと」
「とは言え、私ってここのこと隅から隅まで知ってる訳じゃないんだよねぇ……」
「皆そうアル」
「ここ広過ぎだよな」
「全部知ってるとなると……エヴァちゃんと茶々丸くらい?」
「当たり前だ、私の城だぞ」
 そう言ってふんぞり返るエヴァ。かく言う彼女も構造自体は知っているものの、日々のメンテナンス等は茶々丸の姉達に任せているため、細かいところまでは把握していなかったりする。
「コレットの好きなとこで良いと思うです。思い出に残ってる場所は……流石にまだありませんか?」
「思い出に残ってる場所かぁ……あ」
 夕映のアドバイスを聞き、コレットは考え込み――そして赤面した。
「あ、あの、横島さん」
「ん? なんだ?」

「昨日の、横島さんの寝室はダメですか?」

 顔を真っ赤にし、もじもじしながら問い掛けるコレット。
 彼女にとって一番思い出深い場所、それは昨夜横島に弄ばれて経絡を開かれた彼のベッドの上であった。





 皆が「その手があったか!」と感嘆の声を上げたコレットのアイデアは、他に候補がないため採用される事となった。まだまともに歩く事が難しいコレットは、横島にいわゆるお姫様抱っこをされてサロンから本城の寝室まで運ばれる事になった。自分にすがりつく少女の身体の重みが横島には実に心地良い。コレットにとっても正に至福の時間である。アスナ達がそれを羨ましそうに見送ったのは言うまでもないだろう。

「それじゃ、ごゆっくり〜」
 魔法陣を描き終えたカモが、いやらしい笑みを浮かべながら寝室から出て行く。ベッドのシーツの上は魔法陣が光を放っている。一度発動してしまえば、人が上に乗って多少シーツにしわが出来たりしても特に問題はないそうだ。
「い、いいのかなぁ?」
 ぽすっとコレットをベッドに降ろした横島は、困ったような表情で頭を掻く。しかし、その口元は微妙に笑みが浮かんでいた。
 無理もあるまい、ここで美女、美少女よりどりみどりで色々としたのはつい昨日の事なのだから。しかも、今はその中の一人と二人っきりになっている。意識してしまうのも当然である。
「あ、あの……」
 上目遣いの潤んだ瞳で横島を見詰めるコレットが、おずおずと声を掛けてくる。スカートの裾から伸びる崩した足が眩しい。彼女は元々色が黒いのだが、日に焼けたように見えるふとももが実に健康的である。
「あ〜、そんなに緊張しなくてもいいぞ。仮契約するだけだ」
「そ、そうですよね!」
「流石に昨日の今日で暴走なんてしないって!」
 続けてベッドに上った横島は、努めて明るく声を掛けてわっはっはっと大袈裟に笑い声を上げるが、残念ながらコレットには逆効果だったようだ。力無くベッドの上に足を崩して座り込む彼女は、昨夜の事を思い出してしまい真っ赤になって俯いてしまっている。こう言う反応をされてしまうと、横島も次が続かない。頬に冷や汗を流してピタリと笑い声を止めてしまう。
 実のところ、コレットにとってもこれは予想外であった。顔が紅くなってしまい、まともに横島の顔を見る事が出来ない。長い耳は力無く垂れ下がった状態だ。自分にテンパるクセがある事は自覚していたが、焦りではなく羞恥で動けなくなるとは思わなかった。彼女自身、自分はもう少し能天気な質だと思っていたのだ。
 そんなしおらしい態度とは裏腹に勢い良く振り続けられるしっぽは、まるで彼女の内心を表しているかのようだ。コレットも止まらぬしっぽに気付いていたが、自分の一部分であるにも関わらず、彼女の意志では止める事が出来ない。自分の恥ずかしい部分を横島に見られてしまっているかのような気分になってしまい、自分の顔がますます熱くなっていくのを感じていた。
 自分が考えていた以上にコレットは横島に嵌っていたらしい。元々は有名人に憧れていただけだったが、そんな雲上人と普通に言葉を交わせるようになり、生活を共にして彼の事を深く知るようになり、そしてトドメとばかりに昨夜の出来事である。
 今すぐ横島にこの身を委ねたい。いまだ身体の内側から感じられる横島の霊力に身体が熱くなるのを感じながらコレットは目の前の横島の胸に飛び込みたい衝動にかられたが、手足に力が入らず動く事が出来なかった。ならばせめてと恥ずかしさを堪え、真っ赤な顔のまま潤んだ瞳で真っ直ぐに横島を見詰める。
「暴走は……しない、はずだ……多分……」
 一方横島はだらだらと汗を流している。この男アスナ達の間ではスケベだけど落ち着きのある人と見られているが、本来の彼はそんな殊勝な人間ではない。そして、「三つ子の魂百まで」と言うように、人間はそう簡単に変わるものではない。除霊助手だった頃と比べて立場が変わり、好意的な目で見られる事が増えてきた彼が何とかそれを維持しようとして、我慢して表面上は取り繕う事を覚えただけである。
 そんな彼が、こんな状況でも我慢し切れるだろうか。

「手と手を合わせていただきますッ!」

 無論、我慢出来るはずがない。我慢出来たら横島ではない。
 横島は勢い良く抱き着き、力が入らないコレットはそれを受け止められずにそのまま押し倒されてしまう。
「んっ!」
 そしてそのままの勢いで横島はその小さな唇を奪う。一瞬驚きに目を見開いたコレットだったが、魔法陣から溢れる契約が成立した事を示す光に包まれながら、そっと目を閉じてそれを受け容れるのだった。





 仮契約が終わり、ベッドの上には気怠い雰囲気が漂っていた。
 ぐったりと横たわるコレットは上気した表情をしてどこか虚ろな目で天蓋を見上げており、口元にはよだれの跡があった。その息は荒く胸が大きく上下しており、弛緩しきった手足はだらしなく伸びている。乱れた服装を直す余裕もないらしく、その姿は仮契約の激しさを表していた。
 そして仮契約相手である横島はと言うと―――

「な、なんとか耐え切ったぞ……!」

―――コレットの隣であぐらをかき、勝利の余韻に打ち震えていた。
 普段は能天気なコレットが見せたしおらしさが悪かったのか、寝室と言う場所が悪かったのか、横島は雰囲気に流されてそのまま行き着くところまで行ってしまいそうな衝動にかられていたのだ。
 しかし、それは不味いと言う事が頭の片隅に残っていたのだろう。理性と本能、天使と悪魔が、先程まで彼の中でプチハルマゲドンを起こしていたのである。コレットの状態を見る限り本能側がかなり押し込んでいたようだが、その相棒が天使だったのか悪魔だったのかは本人に聞いてみなければ分からない。もしかしたら三対一だった可能性もある。
「危なかった! ほんっとーに危なかった……!」
 そう言ってぐっと拳を握り締める横島だが、その視線は揺れるコレットの胸や、スカートがまくれ上がったふとももを捉えて離さない。実際ここまでやっておいて耐え切ったと言ってしまっても良いのが甚だ疑問だが、横島的にはまだセーフのようだ。
「うぅっ」
 ぐっと力を込めて、コレットが何とか身体を起こす。そして横島の方に視線を向けるが、その顔はどこか不満気だ。どうやら彼女の方もまだ物足りないらしい。
「いや、そう言う目で見られても」
「それは、分かってますけど……」
 唇を尖らせたコレットの表情が可愛らしいが、ここで本能に負ける訳にはいかない。彼女の方もこれ以上押しても仕方がないと察したのか、ふっと力を抜くとそのまま横島の方に倒れ込んでその身体を預けた。そして上目遣いで横島を見上げると、今度は別の事をおねだりする。

「それじゃぁ……最後にもう一回してくれますか? 今度は優しく……」
「俺でよければ謹んでーーーっ!」
「ちょっ! 優しくですよ、優しく……むぅっ!」

 コレットの言葉は最後まで続けられなかった。そんな風におねだりされては横島も辛抱溜まらなくなってしまう。横島は右腕でぐっとコレットの身体を抱き寄せ、左手を彼女の頬に添えて見詰め合う体勢にすると、そのまま再び彼女の唇を塞いだ。先程よりも若干優しく。
 彼女の長い耳がびっくりしたようにピクッと動いて持ち上がったかと思うと、やがてへなへなっと力なく垂れ下がる。
 とろんと蕩けた目を閉じ、そのまま抵抗する事なく長い長い口付けを受け容れるコレット。ただ、スカートの裾から顔を覗かせるしっぽだけが元気良く振り続けられていた。





つづく


あとがき
 アーニャと仮契約させるかどうかは、原作最終回まで迷っていました。
 しかし原作での出番の無さに、これなら大丈夫だろうと判断しました。

 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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