topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.144
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 横島とアーニャの二人は、仮契約(パクティオー)を行うためにレーベンスシュルト城の大広間に移動していた。二人は向かい合い、横島はアーニャの高さに合わせるために片膝を突いているが、その姿はまるで小さな姫君に忠誠を誓う騎士のようだ。それは奇しくもアーニャの望む『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』そのままの姿であった。
 アーニャも別棟以外は横島の寝室ぐらいしか印象に残っていなかったが、仮契約を終えて戻って来たコレットが大変な事になっていたため、急遽エヴァが教えてくれたのがこの場所だ。初めて行く場所だったのでどんな所なのか楽しみ半分恐さ半分であったが、思いの外雰囲気の良い場所である。
「こ、こう言うものは、マスターになる方からするものよね!」
 横島の前に立ち胸を張るアーニャだったが、その声はものの見事にうわずっている。
 どうやらアーニャは仮契約においてキスをするのはマスター側――マスターが『魔法使いの従者』に祝福を与えると言うイメージがあるらしい。上手く行けば従者にアーティファクトが授けられるため、あながち間違いとは言い切れないが、それよりも彼女が思い浮かべているのはお姫様とそれを守る騎士の姿なのかも知れない。

「それじゃ……行くわよ……」
 アーニャは真っ赤な顔をして横島の肩に手を置く。仮契約をしたい、彼との絆が欲しいと言う気持ちはあるが、やはりいざキスをするとなると恥ずかしさが勝るようだ。
 しかし、マスターになるものとして怖じ気付く訳にはいかない。従者となる者に情けないところは見せられない。アーニャはきゅっと口を結ぶと、決意を込めて小さく頷いた。
「目、つぶってよ……」
「お、おう」
 戸惑いつつも返事をする横島。昨夜の事は棚上げして今回は子供相手だからと気楽に構えていたが、相手がこうも恥ずかしがっていると伝染してしまったのか見ている方も照れ臭くなってしまう。
「すーっ……はーっ……」
 アーニャは大きく深呼吸して心を落ち着かせようとするが、どうにも上手く行かなかった。ますます心臓が高鳴っているような気がする。
 こうなれば早く終わらせてしまった方が良い。そう考えたアーニャは目を瞑り、「……えいっ!」と勢いを付けて触れるだけのついばむようなキスをした。足下の魔法陣が一際強い光を放ち、仮契約が成立した事を報せる。

「ど、どうよ!」
 飛び去るように魔法陣から出ると、腰に手を当て胸を張って確認するように声を上げるアーニャ。終わってしまえばどうと言う事はない。そう言いたげな顔だったが、その頬は更に真っ赤になっている。余裕が無いのが丸分かりだ。
 対する横島はと言うと、少し困った様子で何か言いたげな顔をしていた。
「あれ? ダメだった? 気持ち良くなかった?」
「いや、それが……」
 そう言って横島は自分の頬を指差す。唇に程近いが、少しズレた位置だ。
「ズレてた」
「えっ?」
 一瞬横島の言葉が理解出来ずにアーニャはきょとんとした表情になる。
「キスする場所ズレてた。多分、今のじゃスカカードが出てると思う」
「……え゙っ?」
 なんと、目を瞑っていたためかキスをする位置がズレていたらしい。唇同士を触れ合わさなければ仮契約は正式には成立しない。今、カモの手元にはスカカードが姿を現しているだろうと横島は言う。
「え〜っと……」
 しどろもどろになるアーニャ。困った事態になってしまった。彼女が欲しいのは二人を結ぶ絆だ。たとえスカカードだろうが二人が仮契約したと言うのは事実であり、それが変わる事はないだろうが、それはマスターとしてはどうなのだろうか。
 アーニャは自分が魔法使いであると言う自負がある。だからこそ自分が『魔法使いの従者』になるのではなく、横島を従者にする事を選んだ。そんな自分が従者にスカカードしか与えられなくて良いのだろうか。
 アーティファクトは必ず召喚出来ると言うものでは無いのだが、今までの彼の実績からどんなアーティファクトが出るのかと期待されている。しかし、スカカードでは絶対にアーティファクトを召喚する事は出来ないのだ。
「……ホントに?」
「間違いない」
 真っ赤な顔をしたアーニャが上目遣いで問い掛けると、横島も困った様な表情で再度自分の頬を指差した。やはり微妙な位置だ。もしかしたら唇の端には触れていたかも知れない。だが、それで仮契約が正式に成立したかどうかは微妙なところだ。
 このまま皆の所に戻り、失敗が発覚してもう一度と言うのは魔法使いとして恥ずかし過ぎる。こうなっては魔法陣の効果がある内に確実に成功させるしかない。
「………ッ!」
 顔を上げ、決意を秘めた視線を横島へと向けるアーニャ。
「タダオ! もう一回やるわよ!」
 横島の反応を待つ事なく、大声を張り上げて力強い足取りで魔法陣の中へと戻って来る。
「そこに座って! あと目瞑る! ほら早く!」
「は、はい!」
 開き直ったのか、きびきびと指示を出すアーニャ。横島は彼女に言われるがままになって魔法陣の上に正座をする。
「私からするからじっとしてなさい!」
 そう言ってアーニャは両手を横島の頬に添えて動かないように固定する。無論、横島は振り払おうとすれば簡単に出来るだろうが、アーニャに真っ直ぐ見詰められてそれどころではなかった。
 その一方でアーニャはと言うと、横島が素直に言う事を聞いてくれているおかげか先程よりかは余裕があるようだ。決意を込めてコクリとひとつ頷くと、今度は間違えないよう目を開いたまま、少しずつ唇を近付けて行くのだった。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.144


「いよーぅ、お二人さん。カードはちゃんと出てるぜぇ」
 顔を真っ赤にしたアーニャが横島と手を繋いで別棟に戻ると、いやらしい目をしたカモがこれまたいやらしい笑みを浮かべて出迎えた。その手には三枚のカードがある。一枚はスカカード。残りの二枚は正式な仮契約カードのオリジナルとコピーだ。やはり最初の仮契約は失敗していたらしい。内心やり直して良かったと思いつつスカカードとオリジナルはアーニャが、コピーカードは横島がそれぞれ受け取る。

 横島がサロンの奥の方を見てみると、人だかりが出来ている。
「カモ、ありゃなんだ?」
「コレットの姐さんがアーティファクトをお披露目してるのさ。ああ、こいつが兄さんの持つオリジナルカードですぜ」
 カモに訪ねてみると、横島とコレットの仮契約により出現したオリジナルカードを手渡しながら答えてくれた。横島が戻って来るまで待つつもりだったコレットだったが、皆にせがまれて一足先にアーティファクトを召喚する事になったらしい。
 横島とアーニャは顔を見合わせると、手を繋いだまま人だかりの方へと向かった。自分達の仮契約によって授かったアーティファクトも気になるが、コレットのアーティファクトも見てみたい。
「あ、横島さん!」
 真っ先に二人に気付いたのはアスナ。てててっと横島の下へ駆け寄り、横島の手を繋いでいない方の腕を取って抱き着くように絡める。
「コレットのアーティファクト、すっごいですよ!」
 そして先導するように人垣をかき分けながら二人をコレットのいる人だかりの中央まで案内してくれた。

「こ、これは……」
「おっきい……」
 そこでコレットのアーティファクトを見た二人は、呆然とした表情で驚きの声を上げた。そのサイズが予想外だったのだ。
 なんと彼女のアーティファクトは乗り物だった。前の部分が長い流線形のフォルムに一人用の操縦席。もう少し大きければ翼の無い戦闘機に見えていたかも知れない。その姿からは相当なスピードが出る事が予想される。
「ちょっと待て、これって……」
 横島はその姿に見覚えがあった。金属製に見える表面こそ異なれど、その姿形は以前見た物とほぼ同じだ。

「『月の石舟』じゃねーか!」

 そう、コレットが召喚したのは「なよ竹のかぐや姫」こと月神族の女王・迦具夜姫が乗って月に帰ったと言う『月の石舟』であった。材質が異なるため一瞬分からなかったが、フォルムはほぼ同じである。
 改めてコレットとの仮契約カードを見てみると、そこには月神族と同じ様な格好をしたコレットの姿が描かれていた。ただし、迦具夜姫ではなくお付きの官女の朧と月警官の長である神無を足して二で割ったような装いだ。ボディスーツに近い神無の装束に朧の上着を羽織ったような姿である。露出こそほとんど無いものの、官女の袴が無いため足のラインが露わになっているが、おかげで尻尾の邪魔にはならなさそうだ。
 コレットの耳はロップイヤーと言う垂れた耳が特徴のウサギに似ていた。月と言えばウサギと言う事で、職人妖精達はその繋がりでこのアーティファクトを選んだのかも知れない。
 そして目の前にある大きなアーティファクトはと言うと、彼女の背後に描かれていた。ただし操縦席に近い一部分しか描かれていないため、カードの絵柄からは全体の大きさが分からない。召喚したのが広いサロンで良かった。自室の方で召喚していれば壁を突き破っていたかも知れない。

「やっぱり横島さん関係の物なのですか?」
 『月の石舟』と言う言葉を聞き、鼻息を荒くした夕映が詰め寄ってきた。今まで見た事のないタイプのアーティファクトを前にして好奇心を刺激されているらしく、その顔は羞恥以外の理由で上気している。
「あ、ああ、これは月に住んでる月神族の女王・迦具夜姫の石舟そっくりだ」
「かぐやって……あのかぐや姫ですか?」
 千鶴が首を傾げながら尋ねてくる。他の皆も同じ様な反応だ。少女達が「迦具夜姫」と聞いてまずイメージするのは、やはり昔話の「かぐや姫」らしい。
「やっぱコレットの耳がウサギっぽいからか?」
「そ、そうなんでしょうか?」
 戸惑い混じりの横島の言葉に、コレットも困惑した表情を浮かべていた。ふさふさとした長いしっぽから分かる通り、彼女は長い耳こそウサギに近いもののウサギの獣人そのものではないのだ。職人妖精達は、彼女の耳だけを見てウサギだと思ってしまったのかも知れない。
 そんな彼女の内心を察したのか、横島はアーニャと繋いでいた手を一旦離し慰めるように彼女の肩にポンと手を置く。
「コレット……」
「横島さん……」
「大丈夫! 可愛いから!」
「そう言う問題なんですかぁ?」
 しかし、横島は能天気だった。コレットは思わず情けない声を上げる。
 彼にとって重要なのは、和装に近い月神族の装束もコレットにはよく似合っていると言う事と、下半身は月警官のボディスーツに包まれた脚のラインが露わになっており彼女の意外とセクシーな一面が垣間見えている事だけであった。

「夕映、土偶羅から何か出て来たアル」
「来ましたか!」
 古菲に声を掛けられた夕映は、隣のテーブルの上に置かれた土偶羅魔具羅の下に駆け寄った。向こうはまだ仕事中なのか土偶羅のレプリカボディはただの置物となっているが、それでも魔界の土偶羅本体に問い合わせる事は出来る。コレットのアーティファクトを見て、早速情報を引き出していたらしい。
 夕映は土偶羅の腹部分から出て来た紙を手に取り、食い入るように目を通す。そして興奮した様子で顔を上げると横島の方に目を向けた。
「横島さんの言う通り、あれは月神族の『月の石舟』をアーティファクト化した物のようです。名前は『月の舟』です」
「石じゃないもんな、どう見ても」
 そう言って横島は『月の舟』をコンコンと叩いてみるが、金属か石か分からないような音が返ってきた。表面はツルツルとしており滑らかである。
「これも初めて聞くアーティファクトだなぁ……大昔の日本の物らしいから仕方ないのか?」
「大昔と言うか、『竹取物語』は八世紀頃の話だと言う説があるです」
「魔法使いはもっと前からいたって言われてるけど、当時はそんなに交流はなかっただろうからなぁ……」
 こう言う話となると夕映の独壇場だ。土偶羅の送ってきた資料を手にカモと共に分析している。
「そうそう、これは愛衣さんの前のアーティファクト『オソウジダイスキ(ファウオル・プールガンディ)』と同じく幾つもあるアーティファクトのようです」
「あ〜、明らかにアレ一人乗りだったもんなぁ。かぐや姫が月に帰る時は迎えに来た人も一緒だったはずだし」
 横島の言葉を聞き、アスナ達も昔話「かぐや姫」の内容を思い出した。目の前にある明らかに一人乗りの『月の舟』と同じ物に乗ってかぐや姫が月に帰ったのだとすれば、月から迎えに来た人達は何に乗って帰ったのか。『月の石舟』が複数あったとすれば納得が行く話だ。
 つまり、コレットのアーティファクトは既に現存していない『月の石舟』の一種と言う事である。
「そうなの?」
「さぁ……?」
 その一方で魔法世界出身のコレットとアーニャが揃って首を傾げていた。彼女達は『かぐや姫』を知らないのだ。
「め、愛衣、『かぐや姫』ってそんな話なの?」
「月から迎えの人が来て一緒に帰って行ったって話だったと思いますけど、まさかこんな物に乗っていたとは……」
 こっそり高音も愛衣に確認していたりする。今でこそ麻帆良の魔法生徒である彼女だが、元々は魔法界育ちなのだ。人間界に来た後も、子供のための昔話など見向きもしなかったのだろう。
 訪ねられた愛衣の方はコメリカ育ちなのでそこまで慣れ親しんでいる訳ではなかったが、それでも高音よりかは知識があった。しかし、昔話に隠された意外な真実に驚きを隠せないようだ。

「『かぐや姫』はよく分からんが、ようするにこれは空を飛ぶと言うのだな! 早速テスト飛行をしてみるか?」
 同じく『かぐや姫』の事はよく知らないエヴァだったが、こちらは『月の舟』が空を飛ぶと聞いて心躍らせていた。自らも魔法を使えば簡単に空を飛べる身だが、こう言う物に乗って空を飛ぶのは別腹のようだ。『月の舟』をぺたぺたと触りながら見た目相応の子供のように目を輝かせている。
「あー、それは止めとけ」
「何故だっ!」
 しかし、それには横島が待ったをかけた。それを聞いて悲鳴のような声を上げるエヴァ。おそらく本人は気付いてないだろうが涙目になっている。その保護欲をそそる姿を見て横島は良心の呵責を感じるが、これは言わねばならない事だと心を鬼にして言葉を続けた。
「そうは言うがな、お前どこでテスト飛行する気だ?」
「それはもちろん、このボトル内で―――」
 いくら麻帆良祭が近いと言っても外でテスト飛行するのが不味い事ぐらいは分かっている。ムッとした様子で答えようとするエヴァだったが、横島は首を横に振りながらそれを手で制した。
「待て待て。その『月の舟』ってな、三十分ほどで月を一周出来るぐらいに速いんだ。ここは地球や月みたいに真っ直ぐ行ったら一周して戻って来るようには出来ていないだろ?」
「むむ……」
 思わず唸るエヴァ。横島の言う通りであった。このレーベンスシュルト城が入ったボトルはかなり広い空間を中に収めているが、それでも限りがあって端まで行けば見えない壁に遮られるようになっている。そんな中で月を約三十分で一周する『月の舟』を飛ばせば、あっと言う間に見えない壁に激突してしまうだろう。
「ちょっとそれは厳しいですね……でも、浮かせるくらいなら?」
 コレットもその話を聞くと全速力を出す気にはなれなかった。彼女のアーティファクトは、高性能ではあるが扱いの難しい所があるようだ。
「ですがコレット、テスト飛行――試運転もしない訳にはいかないです。ほら、こちらにスピードの抑え方が載ってますよ」
「ホント?」
 夕映から手渡された土偶羅の資料に目を通し、コレットはそこに書かれたスピードを制限する方法を確認する。これならば魔法の箒の代わりに乗り回す事も出来そうだ。もっとも、それでも魔法の箒以上のスピードが出る事には変わりないため、やはり夕映の言う通り試運転は必須であろうが。
「私が持つ魔法球の中では、このレーベンスシュルト城が一番広い。やるならここでやれ。本城のテラスから飛び立てば良いんじゃないか?」
「なるほど、そうさせてもらいます。でも、その前に―――」
 コレットはそこで言葉を止めて横島の方を見る。すると皆の視線も自然と彼に向けられた。横島のアーティファクトが気になるのだ。
「おっと、そうだったな。次は俺の番か」
 その視線を受けて横島も気付いた。今までは従者達のアーティファクトを見せてもらうはずだった彼が、今回は見せる側に回るのである。
「忠夫さんのアーティファクトってどんな物なのかしら?」
「マスターも関係してるんだよね? アーニャちゃんってどんな魔法使いなの?」
「そうねぇ、得意な属性は火かな。必殺技は『フレイム・バスターキック』よ!」
「……バスターキック?」
 意外な言葉が出て来た事に呆気に取られる面々、横島のマスターとなったアーニャは意外と武闘派魔法使いのようだ。
 こんな話を聞いてしまうと、横島にどんなアーティファクトが与えられたのか不安になってしまう。アスナ達は思わず横島の下に押し掛けて彼が持つ仮契約カードを覗き込んだ。するとそこに描かれていたのはスーツを着た横島の姿。彼は仕事の時ぐらいしかスーツを着ないが、その姿が描かれていると言う事は、一人前の民間GS達として職人妖精達にも認められたと言う事なのかも知れない。
 更に、手には大きなタマゴを乗せている。サイズはダチョウのタマゴより一回り小さいぐらいだろうか。模様のない純白のタマゴだ。
「なんだ? このタマゴは」
 カードに描かれたタマゴを見て、横島も首を傾げている。本人に心当たりはないらしい。
「おっきいわね〜」
「食べられるアルか?」
「いや、それがアーティファクトなんじゃねぇか?」
 のんきな反応を見せるアスナと古菲を横目に、少し呆れた様子の千雨がぽつりと呟いた。
 カモはすぐに夕映に頼んで、土偶羅魔具羅を通じて横島のアーティファクトについて調べてもらう。しばらくすると土偶羅魔具羅から横島のアーティファクトに関する資料がプリントアウトされてきた。カモはその一枚目を手に取って、そこに書かれているアーティファクトの名を告げる。
「う〜ん、どうやら千雨の姐さんの言う通りみたいだな。兄さんのアーティファクトは『コスモエッグ』って名前らしい。新発見って言うか、ごく最近出来たアーティファクトみたいだ」
「ごく最近? 職人妖精ってのは今冥界ってとこにいるんだよな? そっちで作られたって事か?」
 そう言いつつ自身のアーティファクト『Grimoire Book』を思い出す千雨。あれも職人妖精達が冥界に移ってから作られた物で、他のアーティファクトの様に「既に現存しない」のではなく「そもそも現物が存在しない」アーティファクトである。
 その一方で横島は別の事を考えていた。アーティファクトの名前から連想される言葉があったのだ。
「『コスモエッグ』って……それ、『宇宙のタマゴ』か?」
「はい? ああ、直訳するとそんな感じっすね」
 尋ねられたカモは単に日本語に訳しただけと解釈したが、そうではない。『宇宙のタマゴ』とは、かつて魔王≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスが創り出した文字通り宇宙を生み出すタマゴなのだ。コレットの持っていた雑誌から情報を得て横島本人からも色々と話を聞いていた面々は、彼が何を言いたいのか悟ったようだ。夕映を筆頭に何人かが神妙な面持ちで横島を見る。
「横島さん、それは……宇宙を生み出せるのですか?」
「いや、まさか……」
 おずおずと問い掛ける夕映に対し反射的に否定した横島だったが、アーティファクトに関しては本当に何があるのか分からない。つい先程月神族の石舟を再現したアーティファクトが現れたばかりなのだ。アシュタロスの宇宙のタマゴを再現した物が現れても不思議ではないだろう。
 カモも重要な事だと考え、すぐに資料の中から『コスモエッグ』の詳細な説明を探し、真剣な目をして読み始めた。
「あ〜……大丈夫ですぜ、兄さん方。そいつは『宇宙のタマゴ』ってヤツを再現出来なかったもんらしい」
「再現?」
「そう言えば、夕映の『土偶羅魔具羅』も完全には再現出来なかったって言ってなかったっけ?」
「そう言えば……」
 夕映のアーティファクト『土偶羅魔具羅』が、本来はアシュタロスの部下であった兵鬼・土偶羅魔具羅を職人妖精達がそのまま再現しようとした物だが、結局技術が追い着かずオリジナルの外部端末として完成した物であった。
 横島のアーティファクトもそれと同じだ。職人妖精達はアシュタロスの作った『宇宙のタマゴ』を再現しようとしたが技術が追い着かず、完成したのが『コスモエッグ』だと言うのである。
「……もしかして、大した事ない?」
 アーニャが悲しそうな目をして問い掛ける。彼女にとって横島は色々な意味で「すごい人」だ。そんな彼に良いアーティファクトが与えられないとすれば、原因はマスターである自分の未熟さにあるのではないか、彼女はそう考えてしまう。しかしカモはそれを笑って否定した。
「とんでもねぇ、こいつはすげぇアーティファクトですぜ!」
「どんな能力なんだ?」
 隣のアーニャの頭を慰めるように撫でながら横島が問い掛ける。
「すんげぇバリアが張れるみたいですぜ! こいつによると相手の攻撃を別空間に逃がして無効化しちまうとか!」
「は、反則だな、それは……」
 興奮気味のカモの説明を聞いて、エヴァは呆れた表情で呟いた。魔法使い同士魔法の撃ち合いになった場合、相手の攻撃を防ぐ手段は結界を張る事だ。結界の角度を変えて相手の攻撃を受け流す等の技術もあるが、『コスモエッグ』の張るバリアはそれを超越している。攻撃を防ぐのではなく別空間に逃がす。すなわち対象に魔法が届かないのである。別空間のキャパシティがどの程度かは分からないが、「宇宙(コスモ)」の名を冠する以上、それ相応に大規模な別空間なのだろう。バリアを打ち破るにはそれを破壊するのと同等の力が必要と言う事になる。まさしく反則だ。
「『究極の魔体』が持ってたアレか……!」
 横島も話を聞いて戦慄していた。『コスモエッグ』の性能は、アシュタロスの『究極の魔体』が持っていたバリアと同じ性能だ。
「なぁ、バリアに隙間はあるのか?」
「え〜っと……無いみたいっすね。『究極の魔体』との比較はここに載ってるっす。『コスモエッグ』内の空間のキャパシティはオリジナルには及ばなくて、その代わりバリアの隙が無くなってるみたいっすね」
「弱くなったけど、使い勝手は良くなったって感じか?」
「そんな感じっす」
「隙間がなくなった時点で相当なんだが……空間のキャパシティってのはどれぐらいだ?」
「なんと『地球規模』だとか」
「…………」
 実際に『究極の魔体』と戦った事のある横島は、カモの答えを聞いて言葉を失った。
 職人妖精から送られてきた資料に嘘を書いていると言う事はないだろう。つまり、この『コスモエッグ』は地球を破壊出来る程度の攻撃でなければ突破出来ない、隙の無いバリアを張る事が出来ると言うのだ。エヴァの言う通り、完全な反則である。
「やったね、タダオ!」
 自分と契約して与えられたアーティファクトの凄さを聞き、感極まったアーニャが満面の笑みを浮かべて横島の腰に抱き着いて来た。
「横島さん、すごい!」
 アスナも負けじと反対側から抱き着く。他の面々も彼の周りに集まって口々に祝う。
 しかし、囲まれている本人はどこか遠い目をして浮かない表情であった。
「……おい、カモ」
「なんすか?」
「欠陥があるんだろう?」
「……はい?」
 横島が何を言っているのか理解出来ないカモは裏返った声を上げるが、横島の方は真剣だ。据わった目でカモを見据えている。更に彼はこう続けた。
「俺に与えられたアーティファクトが、こんなに完全無欠な訳がない。何か落とし穴があるはずだ!」
「いや、兄さんとも関係があるみたいだし、むしろこれは兄さん以外の誰に与えられるアーティファクトだと……」
「だからこそ、絶対にオチがあるはずなんだッ!」
 言っている事はムチャクチャだが、妙な説得力がある。
 段々嫌な予感がしてきたカモは、再び資料を読み始めた。本当に完全無欠のバリアなのか。何か弱点はないのか。アスナ達も固唾をのんでそれを見守る。
「あ……」
 そして資料を一通り読み終えた時、カモはある事実に気付いてしまった。
「やっぱり何かあったのか?」
「は、はい……」
 どこか達観した表情で問い掛ける横島に、カモは疲れ切った様子で答えた。
「よく聞いてください、兄さん。このバリア自体に弱点はありません。別空間を突破出来るような攻撃でなければ無敵です。直接殴り掛かってきても弾き返せます」
「別のところに欠陥があるって事か?」
「ええ……このアーティファクトは……」
 周りのアスナ達も身を乗り出して息を呑む。
 しばし躊躇していたカモだったが、やがて覚悟を決めたのか核心となる言葉を口にした。

「このアーティファクトは……中から攻撃出来ません

「……えっ?」
 思わず力の抜けたアスナ達がずっこけた。横島だけは呆然と立ち尽くしずっこけたアスナ達を見下ろしているが、心の中では「やっぱりか……」とどこか納得している。
「だから完全無欠過ぎるんすよ、このバリア」
「外からの攻撃は防いで、中からの攻撃は素通しするような器用な真似は出来ないですか?」
「いや、なんて言うか……そもそも防いでいないんだ、これは」
 『コスモエッグ』のバリアの原理は、相手の攻撃はタマゴの中の別空間に逃がして中まで届かないようにする事だ。文字通り相手の攻撃を防いでいる訳ではない。そう言う意味では「バリア」と言うよりもバリアの外と中を断絶させる「空間の歪み」を発生させていると言った方が正確であろう。それが現実的な方法かどうかはともかくとして、別空間を突破出来るだけの力があれば素通り出来る程度の歪みなのである。
 それ故に、中から外へと攻撃するにも「歪み」が間にあるため同程度の力が必要となるのだ。それが現実的な方法かどうかはともかくとして。

「なんだそれは! 戦うどころか引き籠もるしか出来んではないか!」
 あまりにも理不尽なアーティファクトの能力に、まずエヴァがキレた。
「大体、貴様の能力は自分を危険から遠ざけるものばかり! その究極の形が、そのアーティファクトだ!」
 エヴァはソファの上に仁王立ちしてビシッと横島に指を突き付ける。彼女の言う事にも一理あった。『究極の魔体』のバリアは、横島が知る限りでは神魔族が束になっても敵わない正しく『究極のバリア』である。宇宙規模ではないが十分な規模でオリジナルにあった隙間を無くした完全無欠のバリア。横島の考え得る『究極の守り』と言えるだろう。
 ただ一点、中から攻撃出来ないと言う唯一にして致命的な欠点を除けば。
 戦いの中では役に立たない。しかし、戦い以外のところでは意味が無い。それがこの『コスモエッグ』である。物は使いようかも知れないが、横島にとってはその性能の高さ故にかえって期待外れであった。

「そんなこったろーと思ったよチクショーっ!!」

 横島の絶叫がサロンに響き渡る。
「この……この……っ!」
 エヴァは更に何か言おうとするが言葉が出て来ない。ただの欠陥品ならば思い切り言えただろう。しかしこのアーティファクト、性能自体は凄まじいのだ。実際『コスモエッグ』のバリアを突破しろと言われれば、流石のエヴァも白旗をあげざるを得ない。
 かゆいところに手が届かない――いや、手が届かないところを積極的にくすぐってくると言った方が正確だろう。
 横島に相応しいすごいアーティファクトだ、それは間違い無い。だが、何とも言えない微妙なアーティファクトでもある。
「うがーっ!」
 騒ぎ出したエヴァに触発されてサロンの中は騒然となる。そんな中、アーニャはただ一人横島の腰に抱き着いたまま嬉しそうに頬をゆるめていて、目敏くそれに気付いた裕奈が声を掛ける。
「なんか嬉しそうだね、アーニャ」
「んふふ、ちょっとね〜」
 ぎゅっと横島を抱き着いたアーニャは、嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。
「タダオは私の事守ってくれるんだな〜って思っただけ

 アーティファクト。それは『魔法使いの従者』とそのマスター、双方を見て選ばれる物である。





つづく


あとがき
 コレットと横島のアーティファクトが登場しました。
 どちらも『GS美神』原作に登場した物のマイナーチェンジです。

 これで仮契約ラッシュは終わりとなるでしょう。
 いよいよ『麻帆良祭』が始まります。


 レーベンスシュルト城に関する各種設定。
 関東魔法協会、及び麻帆良学園都市に関する各種設定。
 魔法界に関する各種設定。
 各登場人物に関する各種設定。
 アーティファクトに関する各種設定。
 これらは原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

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