topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.95
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 高音の身体に横島の霊力が注ぎ込まれていく。身体を内側からくすぐられるような感覚に、高音はピクッと身をよじらせた。
 まるで横島が背中に抱き着いているような感覚だ。これ幸いにと何かちょっかいを掛けて来るのではないかと思わず彼の方を振り返るが、実際に高音に触れているのはうなじに当てられた手の平だけであり、その腕は真っ直ぐに伸ばされている。思いの外真剣な表情をしていたため、高音は一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らして前へと戻した。頬が紅いのは、きっと恥ずかしさのためだろう。
「やっぱ、魔法使いだからかなぁ?」
「ど、どうかしたの?」
「う〜ん、アスナ達に比べてやっぱり霊力が強い。マイトが高いって言った方がいいか?」
 高音の身体に霊力を送り込んだ横島は、その手応えから裕奈の時と同じような感覚を覚えた。つまり、魂の容量――マイトが高いのだ。
「ああ、魔法力も結局は魂から力を引き出している訳だし、私達の方が『一般人』よりもマイトが高いのかも知れないわね」
 魔法力は精神を通して魂から引き出されるもの。エヴァも、ネギのマイトはかなり高いと言っていた。優秀な魔法使いは、霊力として力を引き出す事は出来なくとも、マイトそのものは高いのだろう。
 そんな二人のやり取りを眺めていた愛衣は、高音が「一般人」と言う言葉を使った事に驚き、目を丸くしていた。以前の彼女ならば魔法使いとそれ以外の人間を明確に区別し、「人間」と言っていただろう。暗に自分は「人間」ではなく「魔法使い」だと言う意味を込めて。
 高音の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』である愛衣だが、幼い頃から人間界と魔法界を行き来して育ち、人間界にも友人が多い。それだけにお姉様と呼び慕う高音には、その点だけは改めて欲しかった。魔法使いも人間なのだと。しかし、押しの弱い彼女にはどうする事も出来ず、ただただ時間だけが過ぎて行っていたのだが―――

「お兄様への愛が、お姉様を変えたんですねっ!」

―――横島の存在が高音を変えた。愛衣はそう確信していた。二人を見詰める彼女の瞳はキラキラと輝いている。
 時期的に考えても、急に高音が考え方を変えた理由は、それ以外に考え付かないのだ。確かに、ある一面から見ればそれは正しい。しかし、同時に別の一面から見れば大間違いである。
 何故なら高音が考えを改めたのは、いくら同じ人間とは言え、横島と一般人を比べるのは失礼だと考えたからだったりする。確かに高音にとって横島が特別な存在である事は確かなのだが、高音の考える特別と愛衣の考えるそれとは、似ているようで大きな隔たりがあった。

 愛衣以外の周囲の面々も、それぞれ様々な思惑を持って高音と横島を見守っていた。
 木乃香などはドキドキわくわくと目を輝かせていたりする。彼女の場合、生まれ付きのマイトの高さ故に、この修行を受ける事が出来ない。そのため、いつもアスナ達の事をよく見ており、修行を通じて繋がり仲良くなっていくアスナ達の輪を羨ましく思っていたのだ。それだけに新しくその輪に入って行こうとする高音達が気になるのだろう。
 刀子とシャークティの二人は、真面目な表情で横島と高音を見ていた。
「さて、どうなるかしらね?」
「経絡に干渉する霊能……興味深いわね」
「………」
 人の経絡を開き、魂を鍛える。横島の行っているこの行為は一つの霊能と言っても良い。それも極めて特殊な霊能だ。その事に気付いているのは、この場では刀子、シャークティ以外には刹那だけである。神鳴流剣士、魔法使いであると同時に霊能力者である教師二人は、初めて目の当たりにするこの特殊な霊能に興味津々であった。
 一方、二人と同じく横島の霊能の希少性に気付いている刹那はと言うと、こちらは高音達ではなく千鶴の方を見ていた。横島は霊力のコントロールに集中しなければならないため、千鶴の事を気に掛ける事が出来ないのだ。高音達から視線を逸らすその表情が恥ずかしそうなのは気のせいではないだろう。いつもアスナ達の修行風景を目の当たりにしているのだから、当然の反応だと言える。
 既にこの修行を受けているアスナ、古菲、夕映、裕奈の四人、それにこれから受ける事になるであろう千鶴と、高音の次に経絡を開く愛衣、ココネの二人は真剣な表情で高音を見ていた。前者はこれから共に修行する事になる新たな仲間を見守っており、後者はこれから自分が受ける修行はどのようなものなのか興味津々な様子である。これから修行を受けると言う訳ではないが、風香と史伽の二人もまた、千鶴達と同じような反応だ。こちらは風香が常々修行を受けたいとねだっても受けさせてもらえないため、新たなねだる材料はないかと探していると言うのもありそうだ。

「みんな真面目だねぇ。あ〜、エロイエロイ」
 そして、唯一この修行に興味を持てないでいる美空は、少し呆れた様子で場所的にも精神的にも一歩退いた位置からアスナ達を眺めていた。
 彼女の場合、高音達ほど真面目に修行をしている訳でもない。美空の横島に対する評価は、朝倉和美や早乙女ハルナに近かった。要するに、関わりを持つ以上は深みに嵌る事を覚悟しなければならないと言う事である。
 現状から考えるに、しばらくこのレーベンスシュルト城で暮らし、修行をするのは避けられないだろう。今、美空が考えなければならないのは、いかにして今後予想されるであろうシャークティのスパルタ指導から逃げ切るかであった。


 そんな周囲の様々な視線など意に介さず、横島と高音の二人はマイペースである。
 横島は高音の白いうなじに、そして背中、腰からお尻に掛けてのラインに意識を集中している。高音もまた、うなじに触れる横島の力強さを感じる手と、注ぎ込まれる霊力に意識を集中しており、周りの視線どころではないのだ。
 人の経絡を開き、魂を鍛えて霊力に目覚めさせるこの霊能は、まだまだ分からない事も多い。現時点で分かっている事を踏まえ、横島は経絡を開く手順を三つに分けて考えていた。
 まず第一に大量の霊力を送り込み、経絡を開く前に高音の全身に霊力が満ちた状態にし、そこから一気に経絡を開きながら、同時に全身に満ちた霊力を使って痛みを緩和させる。そして、経絡が開き終わった後は、症状に応じて霊力を供給し、痛みが治まるまで養生させるのだ。
 夕映で失敗した経験を活かし、裕奈、古菲の経絡を開く際に使用した手順である。この方法は、経絡を開く痛みが少ない場合、痛みを緩和させる効果が逆に気持ち良さとなって負担となるのだが、それでも痛むよりは良いだろうと横島は考えていた。
「こりゃ大量に霊力が必要そうだな。ちょっとペースを上げるぞ」
「そ、そうなの? 私にはよく分からないから、横島君に任せるわ」
 高音は優秀な魔法使いであるためか、マイトが高い。彼女の経絡を開くには相当量の霊力が必要になりそうだ。ここまで彼女は特に反応を示さなかったため、横島は霊力を送り込むペースを上げる事にする。
「む……」
 ここで高音は、初めて周りにも分かる反応を示す。
 この第一段階で霊力を送り込まれる感覚をどう感じるかは人によって異なる。双子である鳴滝姉妹も、姉の風香は入浴しているように身体が温まると言い、妹の史伽は全身がくすぐられるような感覚だと言っていた。
 では、高音はどうかと言うと、彼女は全身を包み込む圧迫感を覚えたようだ。不快なものではない。それほど強い力ではなく、軽く締め付けられるような感覚だ。当然、それは横島の霊力によるものなのだが、彼女はそれを前後から横島に抱き締められているようだと感じてしまった。みるみる内に高音の顔が真っ赤になっていく。
「……お姉様、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ。大丈夫に決まってるじゃない! 横島君、遠慮はいらないわ! どんどんやってちょうだい!」
 不安そうな表情で問い掛けてくる愛衣。そんな彼女に心配は掛けまいと、高音は笑顔を作って強がってみせる。
「そうか? じゃあ、もうちょいペース上げるぞ」
「―――――ッ!?」
 強がりを後悔するのは、その直後の事だ。横島から送り込まれる霊力が勢いを増し、彼女の脳裏に火花が散る。
 自分の中の横島の存在感が一気に膨れ上がる。高音の体内でドクンドクンと彼の霊力が脈打って、手足、指の先まで響き渡っている。まるで自分の鼓動と横島の鼓動が共鳴しているかのようであった。

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 高音は慌てて両手で口を押さえた。身体の中が横島一色に染まってしまっている。意識し過ぎているのか、彼女は自分の中に注ぎ込まれる霊力を、はっきり「横島」だと認識してしまうらしい。
 横島に埋め尽くされていく意識。頭がぼうっとして何も考えられなくなってしまった。身体の内側から響くどちらのものかも分からなくなった鼓動に合わせて、高音の肩が小刻みに震えている。そんな状態の最中で高音が辛うじて考えられた事、それは本当に声を出して良いものかと言う事であった。
「くっ……あふ……っ!」
 声が漏れそうになるのを何とか耐える高音。出してしまえば、どのような声が出てしまうのかは分かり切っていた。気持ち良いのだ。マスターから『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』へ魔法力供給を行うとこのような感じになると言う話は聞いた事があったが、これ程だとは思わなかった。高音と愛衣は魔法力供給を行う事が無いため、実際の魔法力供給がどんなものかを知らないのだ。このまま横島にしなだれ掛かり、彼に身を委ねたい衝動にかられてしまう。
 周りの目もあると言うのに、声を出す訳にはいかない。そう思った高音は必死に耐えた。しかし、抗おうにも気持ち良さは止めどなく溢れてくる。最早限界かと思われたその時、横島からの霊力供給がピタリと止んだ。
 涙目になってしまったが、何とか声を出すのは免れた。
「………?」
 しかし、今度は何故急に霊力供給を止めたのが分からずに不安になる。両手で口は押さえたまま、横島の方を見てみると、丁度彼と目が合った。
「……ああ、大丈夫だ。経絡を開く準備が整ったんだよ。開き始めたら一気に最後まで行くからな」
 どうやら第一段階、経絡を開く痛みを軽減するための霊力がようやく溜まったらしい。口を開くと甘い声が漏れそうだったので、高音はコクコクと首を振って頷く事でそれに答える。その潤んだ瞳に、横島は注ぎ込んだ分の霊力を少しだけだが回復させていた。流石は自家製煩悩永久機関である。

「あの、高音さん。ホントに声は我慢しない方がいいですよ? ツラいですし」
 高音が無理に我慢をしている事は誰の目にも明らかだった。見兼ねたアスナが声を掛ける。
「恥ずかしいのは分かるアルが……」
「そうそう、それは皆一緒だって。声出した方が楽になるよ」
 古菲と裕奈も口々にアドバイスをする。彼女達も以前は声を出すのを恥ずかしがっていたが、いざ吹っ切れてしまうと楽になると言うのは紛れもない事実であった。共に横島の修行を受ける彼女達の連帯感は強い。それだけに、これからその仲間となる高音の事が心配なのだ。特に経絡を開く際に大きなダメージを負った夕映は尚更だろう。無理をさせてはいけない。彼女もまた高音に近付き、ポンとその肩に手を置くと、努めて優しく、元気付けるように声を掛けた。

「あれだけ皆の前で脱げてるんですから、今更です」

 トドメであった。

「さて、それじゃ経絡開いて行こうか。高音、舌噛むなよ」
「ちょっ、ちょっと待って! 今はダメ! ダメだってば!」
 これ以上霊力を送り込まれれば自分がどうなるか分からない。高音は待って欲しいと頼むが、横島は止まらなかった。霊力を扱う事の出来ない今の高音は、送り込まれた横島の霊力を維持する事が出来ないため、時間の経過と共に彼女の身体を満たす横島の霊力はどんどん減っていっているのだ。ある程度余裕をもって送り込んでいるが、これを無駄に消費する訳にはいかない。その消費分が高音へのダメージとなって跳ね返ってくる可能性もあるのだから。
 横島が止まらない事を悟った高音は口を噤み、目を閉じて来たるべき瞬間に備える。それを確認した横島は霊力を送り込み、一気に彼女の経絡を押し開いた。
「あああぁぁぁっ!!」
 その瞬間、高音の口から声が溢れ出た。経絡を開く痛みだ。マイトこそ高いが、魔法力と言う形でしか力を引き出していないためか、経絡が開きやすいと言う訳ではなかったらしい。
「あっ、横島、くん……っ!」
 ただ、身体の中を霊力が巡る感覚――横島の霊力はしっかりと感じ取れているようだ。自分の身体の中の経絡を押し広げていく横島と、その痛みを癒してくれる横島。彼女の身体は正に横島一色に染め上げられてしまう。
「ふぁっ……んん、うぅぅ〜〜〜……!!」
 力を抜くとそのまま前のめりに倒れてしまいそうだ。ベッドの端に腰掛けている状態の高音は、縁をぎゅっと掴んで経絡が開き終わるのを待つ。
 そして、横島の霊力が肘、膝を通過して、それぞれ指先、つま先まで達し全身の経絡を開き終える。高音はそれに気付き、ほっと一息ついた。
「! あああぁぁーーッ!!」
 しかし、それも束の間。ダメージを軽減するために貯めていた霊力の余りが一気に高音に襲い掛かった。ようやく痛みが治まった時にこれでは堪らない。その霊力の奔流は津波のように彼女の意識を押し流してしまう。
 そのままパタリとベッドの上に倒れ込んでしまう高音。何とか前に倒れずに、横向きに倒れる事が出来た。今日は休日であったため私服であったのは僥倖であろう。もし、例の使い魔を使った戦闘服ならば、今頃彼女は素っ裸である。
 高音の経絡が開かれるのを見て、半ば呆然としていたシャークティ。ハッと我に返り、高音に近付くと、彼女の意識を覚醒させた。
「た、高音さん、大丈夫?」
「うぅ……」
 ペチペチと頬を叩かれ、高音はすぐに目を覚ました。しかし、今も彼女の体内には横島の霊力が渦巻いており、その息は荒い。
「あの、今は体内に残った横島さんの霊力が経絡の痛みを抑えている状態なので、そのままベッドで休んだ方がいいです」
「そ、そうね。そうさせてもらうわ……」
 一度は身体を起き上がらせた高音だったが、夕映のアドバイスを聞き、ぐったりとした様子でベッドの上に身体を横たえた。しばらくは動く事が出来なさそうだ。真っ赤になった顔を両手で押さえ、口元からは荒い吐息が漏れて、その呼吸に合わせて胸が上下している。
 その揺れる胸に目が釘付けになっていた横島だったが、愛衣が呆然とした表情で自分を見ている事に気付き、慌てて緩んだ表情を引き締める。
「あ〜、愛衣ちゃん。怖くなったなら、止めてもいいんだぞ?」
「いえ、やります! 私にもしてください!」
「そ、そうか、それじゃ隣のベッドに」
 大丈夫かと尋ねる横島に、愛衣は顔を真っ赤にしながらもコクリと頷いた。今の高音を見て引き下がるかと思ったが、愛衣は気丈にも引き下がろうとはしなかった。
 出城内の家具については千鶴が中心となって本城の倉庫から運び込んでいた。この部屋はアスナ達が修行中に怪我をした時等のために保健室をイメージしたらしい。壁際に三つのベッドが並んでおり、愛衣は顔を真っ赤にしたまま高音の隣のベッドに腰掛ける。

「ど、どうしよう、止めるべきかしら?」
「そうは言っても、魔法力供給でも似たような状態になる事はあるし……」
 経絡を開くのを止めようとしない愛衣を見て、刀子とシャークティは止めるべきかと頭を抱えている。焦りの表情を見せる刀子に対し、シャークティは比較的冷静なようだが、どちらも大なり小なり頬が紅い。
「身体を包む魔法力と違って、霊力は内側から身体の芯を刺激しているようなものだから、むしろ当然の反応……で良いのかしら? それに、あの子達は平気みたいだし……」
 先程の高音の様子を見れば止めた方が良い気もするが、アスナ達が平然と見守っているため、シャークティも止めるのを躊躇してしまう。チラリと美空に視線をやると彼女は予想通りと言いたげな呆れた表情をしていた。直接見た訳ではないが、アスナ達の事は聞き及んでいたため、高音の反応は予想通りだったのだろう。他人の振りをしながらも、流石にその頬は紅かったが。
 当の愛衣が拒み、横島が強制しようと言うのならば話は別だ。その時は横島を止めていただろう。しかし、見る限り両者の立場は逆であるため、シャークティはこのまま成り行きを見守る事にする。
「ねぇ、最近の中学生って、こんなに進んでるの?」
「どんなかは聞きませんけど、そう言う事を言い出したら年を取った証拠ですよ?」
 刀子の方はシャークティよりも顔が紅く、あわわと目を回している。年の事を言われても反応しない辺り、冷静さを失っている証拠である。魔法力供給されると気持ちよくなってしまうと言う事を知らない訳ではないだろうが、こうして目の前で見せ付けられてしまうと流石に平静ではいられないのだろう。
 どちらにせよ、刀子も横島達を止めるつもりは無いようだ。

「それじゃ、愛衣ちゃんも高音と同じように霊力貯めた後で、それを使って痛みを抑えながら経絡を開いてくから」
 その結果、高音のようになってしまう事は分かっているのだが、やはり痛みが無い方法が良いだろうと言うのが横島の判断だ。
 勿論、どうせなら痛くするより気持ち良くしてやりたいと言うのも紛れもない本音である。
「あの、出来ればお兄様の手を握ってたいんですけど」
「う〜ん…・・それじゃ、これならどうだ?」
 横島は、愛衣の脇の下を通して左腕を彼女の前に出した。丁度胸の前に来た手を、愛衣は両手でそっと包み込むようにして握る。
 この状態では二人の身体が密着した状態になり、腕を伸ばしてうなじに触れる事は出来ない。そこで横島は腕を愛衣の背に乗せるようにして手の平が丁度彼女のうなじ部分に触れるようにした。
 身体を密着させる二人を見て、アスナが「その手があったか」と呟いていたのは言うまでもない。
「それじゃ始めるぞ。俺の手は思い切り強く握ってもいいからな」
「は、はい!」
 言われて愛衣は横島の手をぎゅっと握った。身体を密着させている横島は、彼女の身体が小さく震えている事に気付く。愛衣も怖くない訳ではないのだ。ただ、横島を信じているからこそ、こうしてその身を委ねているのである。
 高音の時は彼女が余裕を見せたので、割と勢い良くやったが、今度はゆっくりと霊力を送り込んでいく。
「あっ……」
 古菲もそうだったが、気や魔法力の使い手は敏感なのだろうか。愛衣はすぐに反応を示した。
「す、すごい……私の中に、お兄様が入ってきてます……」
「痛いとか、くすぐったいとか、我慢出来なくなったら言うんだぞ?」
「大丈夫です……気持ち、いいですから……んっ」
 まだ第一段階の霊力を貯めている状態のため、痛みなどはない。愛衣は横島の霊力に心地良さと安心感を得るようだ。かなり相性が良い――いや、近いのかも知れない。主に煩悩面で。
 うっとりとした表情の愛衣は、握った横島の手を自分の顔の高さまで持ってくると、愛おしそうに頬ずりをした。おかげで彼の腕が愛衣の身体に巻き付くようになり、彼女の胸に押し当てられるが、愛衣は別段気にしていない様子だ。横島は目を瞑ってそれを堪能しつつ、その感触を脳裏に焼き付ける。今の彼は煩悩で霊力を回復しながら、出力を調整して霊力を供給し続けると言う超人的な集中力を発揮していた。そろそろこの状態に慣れつつあるのが、彼の恐ろしいところである。
 そうこうしている内に、愛衣の体内に必要な分の霊力が溜まった。彼女も一般人に比べてマイトが高いようだが、高音ほどではない。愛衣は心身ともに横島に溺れてしまっており、力が抜けたその表情はまるで蕩けているかのようだ。
 煩悩永久機関のおかげで霊力を回復させながら供給しているため、横島の方にはまだまだ余裕がある。やはりこの二人、様々な意味で相性が良いのかも知れない。
「霊力は十分だな。愛衣ちゃん、そろそろ経絡を開くぞ」
「……はいっ、お兄様、優しくして、くださいね
 痛みを軽減するための霊力が溜まったので経絡を開く事を告げると、愛衣は背後の横島に少し視線を向けて潤んだ瞳で微笑んでみせた。顔は紅潮し、息も荒いが、高音と比べて送り込まれた霊力量が少ないためか、こちらもまだ余裕がありそうだ。
「あぁ! お兄様ぁっ!!」
 そして、横島が経絡を押し広げた瞬間、愛衣は我慢する事なく声を上げた。高音を見ていたため、我慢しなくても良いと思ったのだろう。
「おにい、さまっ! あっ! くうぅ……っ!」
 横島の霊力が愛衣の体内を押し広げ、突き進んでいく。愛衣の手に力が込められ、手を握り締められている横島は一瞬痛みに眉を歪めるが、その痛みは経絡を押し広げられている彼女に比べれば微々たるものだろう。横島は耐えて霊力のコントロールに集中する。
「あふっ! あぁっ!」
 力が入らなくなった愛衣は、そのまま倒れてベッドから落ちそうになってしまうが、彼女の身体を支えていた横島が強引にベッドの上に倒れるよう軌道修正をする。おかげでベッドの上にうつぶせ状態で倒れる事が出来た愛衣だったが、密着していた横島も彼女と一緒に倒れ込んでしまった。
 経絡はまだ開き終わっていない。絶え間なく襲い掛かる痛みと気持ち良さに横島の手を離してしまった愛衣は、ベッドのシーツを掴んで経絡が開き終わるまでぐっと耐える。
「あっ、ダメッ……ダメです! あッ、あぁッ……!」
 彼女が倒れるのに巻き込まれる形となった横島は、愛衣の背中に覆い被さるような態勢になりながらも、うなじからは手を離さずに霊力の供給を続け、その態勢のまま無事に愛衣の経絡を開き切った。

 経絡を開き終わり、後は体内に残った霊力に任せれば良いと、横島はむくりと起き上がった。それに合わせてアスナ達が近付いてきて、心配そうに愛衣の顔を覗き込んだ。
 愛衣はと言うと、身体に全く力が入らないようで、小さく開いた口から「おにぃさまぁ……」と言う小さな呟きが漏れ、よだれが少し垂れていた。それに気付いた横島は、笑みを零しながら先程まで彼女のうなじに触れていた手で口元のよだれを拭ってやる。
「愛衣さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、おにいさま、すごかったです……」
「しばらく休んでください。今は、身体に残った霊力で経絡のダメージを癒すです」
「私が手を貸すアル」
「私も手伝うよ」
 愛衣は動けないようなので、古菲と裕奈が彼女を抱き上げ、横島が降りた後のベッドに身体を横たえた。高音と同じように、このまましばらく休んでいなければならないだろう。

「え〜っと、それじゃ後はココネちゃん、だっけ?」
「………」
 アスナがココネに声を掛けるが反応がない。
「……?」
 疑問符を浮かべたアスナが近付いてみる。彼女の左右に並ぶ風香と史伽も、ココネと同じような状態だ。腰を屈めてココネの目の前で手をひらひらとさせてみるが、やはり彼女は反応を示さない。
 高音と愛衣がどうなっているのか。何故周りの面々が赤面しているのか。彼女達には理解出来なかったようだが、とにかく凄いと感じたようで、三人とも茫然自失の状態である。
「あらあら、刺激が強かったのかしら」
「高音さんも愛衣ちゃんも、凄かったもんなぁ」
 そんな三人の様子を見て、顔を見合わせて話すのは千鶴と木乃香。千鶴を見守っていた刹那は、むしろどうして二人は平然としていられるのかとツっこみたかった。刹那は声を聞いてるだけでも赤面してしまっている。アスナ達だって同様だ。見られているのはお互い様と言う事で多少慣れてはいるが、恥ずかしくない訳ではないのだ。
「ココネちゃんは止めとくか?」
 様子がおかしい事に気付いた横島が近付くと、ココネはハッと我に返って顔を上げた。少女を見下ろす横島の視線と、見上げる少女の視線が合う。
「……ヤル。あと、ココネでいい。私もタダオと呼ぶから」
 ココネは自分の事はココネと呼び捨てにして良いと告げる。もしかしたら「ちゃん」付けで呼ばれるのは子供扱いされているように感じてしまうのかも知れない。美空とも「ココネ」、「ミソラ」と呼び合っているので、彼女にとってはそれが一番しっくりと来るのだろう。
 とにかく、ココネは無表情ながらもやる気に満ちた様子でコクリと頷いた。小さな手で横島の手を取ると、その手を引いて愛衣の隣の空いているベッドへと移動する。そして、そのベッドによじ登り端に腰掛けると、自分の後ろをポンポンと叩いて横島にも座るよう促した。それを見た横島は、自らもベッドの上に登って胡座を掻く。
「無理しなくてもいいんだぞ?」
「してナイ」
 優しく気遣われる事で、却って意固地になっているようだ。傍から見ている美空は、ココネの悪い癖が出たと苦笑いである。
 彼女がこうも積極的に経絡を開いてもらいたがるのには訳があった。それは警備団に参加したいと願い出たのに、シャークティが自分の代わりに横島を入れてチームを組んでしまったためだ。未熟者だと思われている。そう考えてしまったらしい。それは大きな誤解であり、実際は年齢の問題で夜の警備に参加させられないとシャークティが判断したのだが。
「いけませんっ!」
 ここで突然、高音が勢い良くベッドから起き上がって待ったを掛けた。
「横島君! こんないたいけな子供に、あ、あ、あ、あんな事! この、私が許さないわよっ!」
 愛衣を飛び越えて横島達の居るベッドに飛び移る高音。
 ココネのような小さな子供に不埒な真似は許さないと、そのまま横島の襟首を掴んでガクガクと揺さぶり始める。
「……どうして駄目ナノ?」
 そんな高音を止めたのは、他ならぬココネであった。何故邪魔をするのかと、じっと高音を見詰めて問い詰める。
「そ、それは……」
「………」
 その真っ直ぐな眼差しに、高音は思わずたじろいてしまう。考えてみれば、こんな何も分かっていない小さな子供相手に「気持ち良くなって、あふんあふんと言わされるからダメ」とハッキリ言う訳にはいかない。
 更に冷静になって考えてみると、先程までそうなっていたのは他ならぬ高音自身である。しかも、彼女はその様をアスナ達に見られていたのだ。それこそ一部始終を、余す事なく。
「いやぁぁぁーー! 見ないでーーー! 私を見ないでぇーーーっ!!」
 自分の方がよっぽど恥ずかしいと言う事に気付いた高音は大声で叫んでベッドに突っ伏した。枕を被って見られないようにしようとしているが、枕一個程度ではそれこそ焼け石に水である。
 高音は横島に背を向けて突っ伏したため、足の方は膝立ちとなり、お尻が丁度横島の方に突き出された状態だ。横島は思わず手を伸ばし、指先が少しだけ触れたところで、ココネが横島の手を引いた。
「今の内。邪魔が入る前にやって欲しい」
 そして、上目使いでおねだりしてくる。おねだり自体は風香と史伽に何度もされているが、彼女達のおねだりを退けられたのは、危険だからと言う理由で突っぱねる事が出来たからだ。しかし、ココネはれっきとした魔法生徒だ。加えて、そのおねだりに横島の心は揺らぐ。
 何にせよ、ここまでやる気を見せられては横島も引く訳にはいかない。実際に第一段階まで霊力を送り込んでみて、その反応を見てから本当に経絡を開くかどうか決めようと考え、ココネの後ろで態勢を整えた。
「ところで、そのベールは霊衣か?」
「ただの服のはず」
「それじゃ外してくれ。直接肌に触れるのが一番良いんだ」
「……分かった」
 ココネは素直にシスターのベールを外した。思っていたよりも長い黒髪がベールの中から姿を現す。
 横島は、その長い髪の中を掻い潜るようにして、ココネのうなじに手を触れた。
「それじゃ、始めるぞ〜」
「……ン」
 横島が霊力を送り込んだ瞬間、ココネは身をよじらせた。
 身体を動かされては霊力を上手く送り込めず、細かく調節も出来なくなってしまうため、横島はすぐに霊力供給をストップさせる。
「………」
「………」
「んじゃ、もう一度」
「今度は大丈夫」
 と言いつつも、ココネは霊力を送り込まれた途端に、再び身をよじらせてしまう。
「………」
「………」
「……もしかして、くすぐったい?」
「………」
 問い掛ける横島に対し、ココネは口を噤んで答えない。しかし、僅かに頬が紅くなっており、その頬には汗が一筋伝っている。どうやら図星のようだ。彼女は史伽と同じように送り込まれる霊力をくすぐったいと感じてしまうタイプらしい。
「こりゃダメだな。そんなに動かれると経絡は開けん」
「デモ……そうだ、美空に支えてもらう」
「え、私?」
 突然話を振られた美空は、明らかに「巻き込むな」と言いたげな表情である。
「う〜ん、他の人は触れない方がいいんじゃないか? そっちにも送った霊力が行きかねないし」
「………」
「横島さん、さっきの愛衣ちゃんみたいなやり方じゃダメなのかな?」
 無言になってしまったココネを見兼ねて、美空がフォローに入った。
「いっそ、もっと身体が固定出来る態勢でしたらどうかしら?」
「そう言えば、うなじからしかダメなんですか?」
 千鶴とアスナも助け船を出す。アスナの方は、別態勢でも霊力供給が可能なのかに興味があるようだ。先程の横島と密着して経絡を開いてもらった愛衣が羨ましかったのだろう。自分も何か出来ないかと考えている。
「そりゃまぁ、手の平よりチャクラ同士くっつけた方が効率は良いし、細かい調節も効くんだろうが……」
 現在、横島は自分の手から相手の喉にあるチャクラへと霊力を送り込んでいる。しかし、これはずっとこの態勢でやってきたから続けているのであって、実際は手ではなくチャクラ同士をくっつけた方が効率が良い。七つあるチャクラの内、よく使われる一つ――所謂『活性チャクラ』同士をくっつけるのが最上だ。
「兄ちゃんはおデコだっけ?」
「みたいだな」
 裕奈の問いに横島は頷いた。彼は額から煩悩を集中して強力な霊波砲を撃つ事からも分かるように、眉間の第六チャクラ『アジュナー』がよく使うチャクラである。アスナの活性チャクラもまた、彼と同じく『アジュナー』であった。
「それじゃ、私と横島さんの場合、おデコとおデコを合わせて、まるでキスするみたいに……きゃ〜〜〜っ!!」
「……な、なんの話ですか?」
 自分を抱き締めるように身悶えてくねくねしだしたアスナ。ベッドで休んでいた愛衣が、何事かと身体を起こして尋ねてきた。まだ若干顔が紅潮しており、体内を横島の霊力が駆け巡って、彼女の身体を芯から刺激しているが、動けないほどではないようだ。
 アスナは答えられそうになかったため、夕映が代わってその疑問に答える。
「活性チャクラ……お兄様から霊力を送り込まれた時、私も頭がぼ〜っとするような感じになりましたけど……」
「となると、愛衣さんの活性チャクラも、アスナさんと同じ額と言う事になるです」
「それじゃ、私もお兄様と……きゃ〜〜〜っ!」
 自分の活性チャクラも額である事を知った愛衣は、横島と額を合わせて霊力を供給してもらうところを思い浮かべて、黄色い声を上げた。アスナと手を取り合いきゃいきゃいと騒ぐ姿は、まるで二人が共鳴しているかのようである。
 そんな二人の姿を眺める夕映達の脳裏に、ふと一つの言葉が浮かんだ。それは正に今の愛衣を表しているだろう。そう、『女横島2号』と。

「横島さん、明日からの霊力供給は是非チャクラ同士を!」
「「「ちょっと待ったーーーっ!!」」」
 是非にも明日からそうしたいとお願いするアスナに対し、古菲、裕奈、夕映の三人が待ったを掛けた。確かにそうした方が効率は良いのかも知れないが、彼女達は、実際にそれをやられる訳にはいかない。
「アスナと愛衣はそれで良いかも知れないアルが、わ、わわわ、私のチャクラは胸アルよ!?」
「私はお腹だけど、胸のすぐ下だよっ!」
「わ、私なんて、おヘソの下ですよ! ここにおデコを当てるなら、横島さんの顔は一体どこになると言うですか!?」
 問題は彼女達の活性チャクラの位置だ。
 彼女達は、古菲は胸にある心臓の第四チャクラ『アナーハタ』、裕奈はみぞおちにある腹の第三チャクラ『マニプーラ』、そして夕映はへその下になる腰の第二チャクラ『スヴァディッシュターナ』がそれぞれの活性チャクラである。
 アスナの言う通りの方法で霊力供給をすると言う事は、それぞれの部分に横島の額を押し当てると言う事だ。アスナと愛衣は良いかも知れないが、古菲、裕奈、夕映の三人はそう易々と首を縦に振る訳にはいかない。
「確かに、『魔法使いの従者』として、横島さんの全てを受け容れる覚悟はあるですが、物事には順序と言うものが……でも、横島さんが望むなら……って、私は何を言ってるですか!?」
「それは流石に修行どころじゃなくなりそうだからダメーーーっ!!」
 冷静そうに見えて明らかに混乱している夕映に、手でバツを作って反対する裕奈。
「……またアレをやられるアルか? いや、でも、今回は手じゃなくて顔で……」
 そして、古菲は顔を真っ赤にし、俯いて何やらぶつぶつと呟いていた。実は、彼女は横島に胸を鷲掴みにされて揉まれた事がある。その時の事を思い出しているのだろう。
「なぁなぁ、千鶴さんはどんな感じなん?」
「そうね〜、私の場合は頭の上にスーッと抜けていくような感じかしら?」
「あ、ウチと一緒や!」
「それは頭頂の第七チャクラ『サハスラーラ』ですね」
 木乃香と千鶴の会話にフォローを入れる刹那。かく言う刹那の活性チャクラは、喉の第五チャクラ『ヴィシュッダ』である。

 一方、高音は皆の話が聞こえてはいたが、枕を被ったまま動くに動けない状態であった。顔を出して起き上がるのは簡単なのだが、それをすればアスナ達の興味の矛先が自分に向く事が分かり切っているためだ。
「い、言えない! お尻が熱くなって堪らなかったなんて、言えない……っ!!」
 どうも彼女の活性チャクラは会陰の第一チャクラ『ムーラダーラ』のようだ。
 アスナの言う方法で霊力供給を行えばどのような態勢になるのか。それを考えるだけでチャクラが熱くなってくるかのようだ。今の彼女に出来る事は、こうして顔を伏せて嵐が過ぎ去るのを待つ事だけだろう。
「あの、お姉様……聞こえてます」
「……え゛?」
 もっとも、それは無駄な努力に終わる事になる。自分でも気付かぬ内に声に出てしまっていたらしい。


 少女達のノリに付いて行けない横島が、アスナの言う通りに霊力供給をするようになればどうなるかを妄想して悶々とし、煩悩永久機関をフル回転させていると、ココネが横島の膝の上に登り、腰を浮かせた態勢で彼の胸にもたれ掛かる。そして中腰のような態勢になったココネは、横島の頬をぺちぺちと叩いた。
「ん……む、どうした?」
 今更ながらに膝の上のココネに気づいた横島は、妄想に浸って緩んでいた表情をキリッと引き締める。
「私が動くと、経絡を開けナイ?」
「そうだな」
「誰かに支えてもらうのもダメ?」
「ああ、ダメだ。俺が供給した霊力が支えてる人に行っちまうかも知れない」
「………」
 横島の膝の上で中腰の体勢のまま、ココネは何か方法は無いものかと考える。
 要するに、自分がむず痒さに身体を動かすのがいけないのだ。それを我慢すれば済む話なのだが、霊力を供給され続けている限りあの状態が続くのであれば、じっと耐えると言うのは厳しい。
 ならば、動けない状態にしてもらえば良いのだが、第三者に支えてもらうのは駄目との事だ。横島に支えてもらうのも難しいだろう。彼は霊力の調節に集中してもらいたい。つまり、自力で何とかするしかないと言う事である。
「……!」
 何やら閃いたココネは、無言のまま横島の膝の上に腰を下ろすと、お尻の位置をずらして身体を横島へと密着させた。足は前へやり、横島の背に回す。腰を挟み込んで締め付けるような体勢だ。腕も同様に横島の背に回した。これで横島に抱き着く形となる。
「……コアラ?」
 傍から見ていた美空が呟いた。確かに、横島の身体をユーカリの木に見立てれば、ココネの体勢はその木にしがみつくコアラそのものだ。
 ぴったりと密着した状態のまま、顔を上げて横島を見上げるココネの表情は、「これでどうだ」と言わんばかりに得意気なように見える。
 ココネの考えはこうだ。自分の力で身体が動かないようにするためには、何かにしがみついてじっと耐えるしかない。しかし、誰か他の人にしがみつく訳にもいかず、部屋を見回してみても、手頃な物は見付からない。
 どうしようかと途方に暮れかけたその時、ココネは閃いた。第三者ではないしがみつける人、そして横島に支えてもらわずに済む方法を。
「これなら大丈夫ダ」
 それは、ココネが横島の身体にしっかりとしがみつく事であった。この状態ならば、むずがゆくてもぎゅっと力を込めて横島に抱き着く事により耐える事が出来るだろう。うなじに手を触れるのも、横島がココネを抱き締めるように、背に手を回せば問題ないはずだ。
「……あ〜、それじゃ始めるか?」
 ここまでやられては、横島も腹を括るしかないだろう。経絡を開くのを始めて良いかと尋ねると、ココネは顎を横島の胸に乗せたままコクリと頷いた。小さな顎が胸の上を滑るのが、何とも言えずにくすぐったい。
 横島は、ベッドの上で胡座を掻いているよりかは安定するだろうと、ココネを抱き抱えたまま移動して、ベッドの端で床に足を下ろして座った。
 この時になって、アスナ達もココネの動きに気付いた。二人が抱き合う姿を見てアスナが声を上げようとするが、咄嗟に古菲がその口を押さえる。横島が既に霊力供給を始めている事に気付いたのだ。
「………クッ」
 ココネは呻き声を漏らす。霊力供給をしてもらうと、やはりくすぐったかった。身体の内側をやんわり撫でられているような感覚だ。痛みのようなものではなく、むしろ優しい感覚なのだが、それが何ともむずがゆくて堪らない。
 しかし、横島に抱き着く手足に力を込める事で、何とか耐えられている。ココネは彼の胸に顔を埋め、その小さな身体で霊力を受け止めていた。
「タ、タダオ……」
「ホントに大丈夫か? 無理ならすぐに言えよ?」
 横島も心配そうな表情だ。ココネが子供と言う事もあるが、これでは煩悩どころではない。むしろ、本当に大丈夫なのかといつも以上に慎重になり、神経をすり減らしている。
「………」
 皆が固唾をのんで見守る中、霊力供給を続けていると、やがてココネの表情が安らいだものになってきた。痛い程に締め付けていた手足から力が抜けていき、わずかに浮いていたお尻がストンと落ちる。
 くすぐったくなくなった訳ではない。ただ、ずっとそれが続いているため、感覚が麻痺してきているのだ。横島の上に腰を下ろしたココネだったが、まるで身体がふわふわと浮いているかのような錯覚を覚えていた。
 気を抜けばどこまでも落ちていきそうな感覚。ココネは怖くなって、力が入らない手足で必死に横島にしがみついている。
「……よし、こんなもんだろう。ココネ、霊力が溜まったぞ」
「………経絡を開くのカ?」
 横島の言葉に反応し、顔を上げるココネ。呼吸はか細く、心なしか瞳が潤んでいる。
 今のココネを見ていると、ここで止めた方が良いのではないかと思えてきた。しかし、ただ止めろと言ったところで彼女は聞き入れたりはしないだろう。そこで横島は、ある可能性についてココネに告げる事にする。
「まだ試した事が無いから断言は出来ないんだが、ここまでの段階を繰り返す事で経絡を開く痛みがなくなる可能性がある。だから、ここで止める事も出来るが……どうする?」
 この第一段階までを繰り返す事で経絡が負担に慣れて、開く痛みが無くなる事は無いにせよ、軽くなるかも知れない。この可能性については以前に夕映が言及していた。実際に試した事はないため、横島としても「そうなる可能性がある」としか言えないのだが、今のココネを納得させるには丁度良いのではないかと思ったのだ。
「………」
 しかし、ココネはふるふると小さく首を横に振った。このまま続けて欲しいようだ。彼女にしてみれば、ここまでの段階でも負担が大きい。これを何度も繰り返すよりも、この一回で終わらせたいと考えている。
 ココネの返事に横島も心を決めた。うなじに触れる右手と腰に回している左手。ぐっとココネを抱き寄せると、更にその小さな身体を密着させて支える。ココネの手は、まだ辛うじて横島のシャツを掴んでいるが、ほとんど力が入らないようだ。足も、腰に回す力は残っておらず、だらしなく放り出された状態である。
「分かった。それじゃ、行くぞ。出来るだけ、優しくな」
「ウン……」
 ココネが小さく頷くと、横島はストップさせていた霊力供給を再開し、経絡を開き始めた。
「タダオ!」
 小さな身体の中を押し広げていく横島の霊力。半ば麻痺していた身体に痛みと気持ち良さが交互に押し寄せる波のように一気に襲い掛かってきた。
 先程までとは異なる甘い痺れと共に、ココネの頭の中が真っ白になっていく。
「タダオぉ! タダオ、タダオっ!」
 初めて味わう感覚に翻弄され、自分がどこに居るのかさえも分からなくなったココネ。ただ一つの確かな感覚、自分と身体を密着し支えてくれている横島の名を連呼し、呼び続ける。
 もっと横島の存在を感じたいココネは、手足に力を込め横島の身体を引き寄せようとした。実際はココネの方が更に密着しようとする形だ。
「痛っ!」
 ぐっと力が込められた指が、横島の背中に爪を立てる。
 思わず声を上げる横島。しかし、ココネを抱き締める手は離さず、そのまま痛みも忘れるぐらいに集中して経絡を開き続けた。

「くぅ……っ!!」
 経絡を開く霊力が手足の先まで到達した時、ココネは一際甲高い声を上げて、そのまま脱力したかのように崩れ落ちた。横島の支えがなければ、そのまま仰向けに倒れ込もうとしてベッドから落ちていただろう。
「横島さん、大丈夫ですか!?」
 霊力供給が終わると、すぐにアスナが駆け寄ってきた。爪を立てられているのを見ていたのだろう。すぐにベッドに手を突き、背中を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。シャツの上からだからな」
 痛みはあったが、ココネが爪を立てたのはシャツの上からだったため、背中が傷付く事はなかったようだ。アスナはシャツを捲って直接背中を見て確認したが、赤くなっているだけで怪我はしていないようなので一安心である。
「ココネの方は大丈夫アルか?」
 頭が真っ白になっていたココネだったが、古菲に声を掛けられて意識が覚醒した。
「あ……ゴメンナサイ」
 冷静になってくると自分が横島の背に爪を立てた事を思い出したようで、横島に対してペコリと頭を下げて謝ってきた。そのふらふらとした動きを見た限り、まだ回復はしていないようだ。体内に残った横島の霊力が、まだ彼女の身体を翻弄している。
 横島は「気にすんな」と軽く返事を返し、再びココネを抱き上げると、彼女も高音、愛衣と同じようにベッドに寝かせた。今まで座っていたベッドは、移動してきた高音がいるため、先程まで高音が寝ていたベッドである。
「どっか、おかしいところはないか?」
「………」
 身体の異常は無いかと聞かれたココネは、何とか右手を動かし、震える指先で自分の喉を指差す。
「ノドに、タダオのがへばり付いている感じダ。ノドが熱い」
 最初は何を言っているのかが分からず、横島達は疑問符を浮かべていたが、だんだんとその意味が分かってきた。
 チャクラだ。ココネのチャクラは刹那と同じく、喉の第五チャクラ『ヴィシュッダ』なのだ。そのため体内に残った横島の霊力は、ココネの喉を中心に体内を駆け巡っているのだろう。
「あ〜、それは残った霊力がなくなるまで我慢してくれ。経絡開いたダメージを軽減してくれてるから」
「……分かった」
 横島がココネの頭を撫でながら答える。ココネは子供扱いされたと若干ムッとした様子だったが、反論する元気も残っていないため、されるがままの状態である。


 何にせよ、こうして三人の経絡は無事開かれた。色々とあったが、高音はどこかやり遂げた表情をしている。
「これで私も霊力を……」
「あ、まだダメです」
「……は?」
 しかし、そんな彼女を、夕映がドン底へと突き落とした。
「高音さん達はまだ、霊力を使うための準備が出来たに過ぎませんよ。実際に自力で霊力をコントロールするためには、これからも毎日横島さんと一緒に修行をしなければなりません」
「そ、それじゃ……」
「大丈夫です。経絡は既に開いていますから、霊力供給されても今日のように痛くはありませんよ」
 そう、やり遂げた顔をするのはまだ早いのだ。霊力を使えるようになるための修行はまだまだこれからである。
 霊力供給も受けなければならないだろう。無論、アスナ達の前で。
「は、あははは……」
「お姉様、しっかりしてくださーいっ!!」
 これからの日々を想い、高音は軽く壊れてしまうのだった。

「………」
「………」
 一方、三人が経絡を開くのを見届けた刀子とシャークティの二人は、見ていただけだが疲れ切っていた。
「……ねぇ、シャークティ」
「何ですか?」
「霊力供給って……凄いわね」
「体内で生命力を活性化させてる訳ですからね。美容効果は魔法力供給より上だと思いますよ。刀子先生も受けてみますか?」
「……遠慮しとくわ」
 シャークティは半分冗談のつもりで誘ってみたのだが、刀子の方は半ば本気で受け取ってしまったようだ。彼女自身、自分が霊力供給を受けたらどうなるのだろうかと考え、恐ろしい事になりそうな気がしていたため、冗談として聞く事が出来なかったのである。

 そして、新たに三人の経絡を開いた当の横島はと言うと―――

「俺ってすげぇ……あんだけ霊力使いまくったのに、ほとんど減ってない」

―――自らの煩悩永久機関の凄まじさに愕然としていた。
 経絡を開くために高音と愛衣へ大量に霊力を供給したのにも関わらず、その二人とアスナ達の妄想のおかげで煩悩永久機関がフル回転し、消費した分の霊力を回復させてしまったのだ。

 こっそり、ココネの時にも僅かに回復していた事は秘密である。



つづく


あとがき
 まず、七つのチャクラの内、もっともよく使われる一つを『活性チャクラ』と呼ぶという設定についてですが、このような設定は『GS美神極楽大作戦!!』、『魔法先生ネギま!』どちらの原作にも存在しません。
 『活性チャクラ』と言う言葉自体が『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定であり、ヨーガ等で使われる本来の「チャクラ」と言う言葉にも、このような意味合いは無いはずです。
 当然、アスナ達の活性チャクラの位置も、各チャクラの位置、意味合いを踏まえて決定していますが、これらは全て独自のものとなっております。ご了承ください。

 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 横島の霊力供給、及び文珠に関する各種設定。
 シスター・シャークティ、及びココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。

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