賑やかさも一段落し、ようやく静かになってきたレーベンスシュルト城のテラス。この城に泊まっていかない少女達は、そろそろ寮に帰らなくてはならない時間だ。横島が送って行こうとしたが、楓と真名がいるので大丈夫と言う事で、彼女達だけで帰る事になる。
「あやかちゃん達は、今日からこっち?」
「ええ。明日学校に行く準備は整っていますし、明日は千鶴さんと一緒に登校して、帰りに女子寮に寄り、荷物をまとめてこちらに帰ってきますわ」
「俺も手伝おうか?」
「いえ、私がお手伝いに行きます」
こちらも横島は手伝いを申し出たが、こちらは茶々丸が手伝う事になっていた。
あやか達の引っ越し。アスナ達の時もそうだったが、こればかりは横島も手伝う事が出来なかった。そもそも、引っ越しは他の寮生に見付からないように行わなければならない。男の横島が女子寮に行けば、目立って仕方が無いのだ。女子寮を出た後に合流して荷物を運ぶのを手伝うと言う手もあるのだが、それは茶々丸一人で事足りるらしい。
「それに、寮を出るのは夜になります。横島さんは警備の仕事があるのでは?」
「……あ、そっか」
幸い、今日は休みとなっているが、明日からは夜の警備があるのだ。あやか達の引っ越しを手伝うのは不可能である。
一週間の内、平日の四日間が横島の担当だ。土日が丸々休みとなるのは有り難い話だ。おそらく、学園長が気を利かせてくれたのだろう。
ちなみに、この夜の警備と言うのも実は二つに分かれている。日付が変わるまでの夜の部と、それから夜明けまでの深夜の部だ。更に深夜の部も前半、後半に分かれているらしい。
魔法生徒達もあくまで学生であり、深夜の部に携わる事は許されていない。横島が担当するのも全て夜の部だ。深夜の部は、魔法先生や他の大人の魔法使い関係者が担当している。横島は知らない事だが、『関東魔法協会』と言う組織には、教師、生徒以外にも、表向きは学園関連の施設に勤めている魔法使いが大勢いるようだ。
刀子とシャークティの二人は、この深夜の部のローテーションには組み込まれていないが、手強い侵入者が現れればいつでも応援に駆け付けると言う事になっている。ネギパーティ側の高畑、神多羅木、ガンドルフィーニも同じような立場である。非常時にのみ動くエヴァのような立場だと考えれば分かりやすいかも知れない。少ない戦力で、いかに効率良く守るかを考えた上での学園長の判断だろう。
しかし、警備を強化するにはそれでも足りないらしく、学園長は足りない戦力を補うため、『奴』が攻めてくる事を理由に魔法界本国に応援を要請出来ないか検討中だそうだ。
「それじゃ、今日はゆっくり出来るんですね〜。おとうさん」
「そうだな〜。アスナ達もこれから勉強みたいだし、ゆっくりさせてもらおうか」
そう言って横島は、肩の力を抜いてベンチにその身を預ける。なんだかんだと言って横島は疲れていた。高音、愛衣、ココネの三人に大量の霊力を供給したが、それ以上に回復してしまい、彼の身体に掛かる負担は絶賛増量中なのだ。
煩悩は控えねばならない。横島は心を落ち着けようと大きく深呼吸をする。
現在、横島の膝の上には、ココネの小さな身体の心地よい重みと、子供特有の高い体温のぬくもりの代わりに、さよ、すらむぃ、あめ子、ぷりんが乗っていた。四人ではしゃいで何とも賑やかで微笑ましい。心が癒されると言うが、文字通り横島は、煩悩を霧散させて魂――正確には、増大する霊力により負荷が掛けられている経絡を癒されていた。
ココネは、刀子、シャークティ、美空の三人が荷物を持って戻ってきたので、高音、愛衣と共に自分達の部屋に荷物を持って行っている。戻ってくるのは、部屋を今夜寝られる状態にした後であろう。
アスナ達は周りのテーブルに集まってあやか、木乃香、千鶴を教師役に勉強中であるため、今はさよ達の独壇場であった。
「マ、今ノ内ダ。『オトウサン』ニ甘エトケヤ」
横島の目の前のテーブルは、チャチャゼロ、カモ、土偶羅に、横島の向かいの席に座るエヴァも交えて宴会状態であった。
ネギと小太郎は既に麻帆男寮に帰ってしまったが、カモは宴会のためにこうして残っている。ネギと小太郎の部屋では、酒もタバコも遠慮して控えねばならず、この機を逃す事は出来ないのだ。
「さよ、ソウ言エバヨ。ソイツガ『オトウサン』ダトスリャ、『オカアサン』ハ一体誰ナンダ?」
周りの少女達がピクリと反応する。それは皆少なからず興味がある事であった。
「え? え〜っと……」
「どうした、遠慮せずに言ってみろ」
戸惑うさよに、エヴァが続きを促す。側に控える茶々丸にワインを注がせている彼女の態度には余裕があった。さよの人形の身体を作ったのはエヴァだ。彼女が母親と呼ぶのは自分以外にないと言う自負がある。
「う〜ん、やっぱり茶々丸さんでしょうか〜?」
ところが、さよが「おかあさん」に選んだのはエヴァではなく茶々丸だった。いきなり名前を出された茶々丸は驚いてワイン瓶を放り出してしまい、宙に舞ったそれをチャチャゼロが器用にキャッチする。
「ああ、それは納得だナ」
「そうですね〜。やっぱり茶々丸さんは、おかあさんって感じがしますぅ〜」
「……異議なし」
すらむぃ達も口々に同意した。彼女達も、日頃から茶々丸には何かと世話になっている。それこそ、さよにとっての横島――すなわち保護者のようなものだ。彼女達が茶々丸を親のように慕うのは当然の帰結と言えよう。
隣のテーブルで耳を澄ませていたアスナ達も、これには納得であった。自分の名前が出なかったのは残念だが、「さよのおかあさん」が茶々丸と言うのは、皆も納得するところである。
「な、な、何をおっしゃりますか」
焦りまくって呂律が回らない茶々丸。さよ達に母と慕われるのも嬉しいし、自分がおかあさんだと言う事は、おとうさんの横島とは夫婦と言う事だ。とてもじゃないが、冷静さを保ってはいられなかった。
「いい度胸だな、貴様等」
一方、心中穏やかでないのがエヴァである。さよの身体の生みの親として、ここは譲れぬ一線だ。
ギロリとさよ達を睨み付けると、怯えたさよに代わってあめ子とすらむぃが負けじと言い返す。
「でもでもぉ、マスターはおかあさんとは、ちょっと違う気がしますぅ〜」
「そーだよナ。ちょっと違うよな」
「ム……」
その反論にエヴァは押し黙ってしまった。確かに二人の言う通り、エヴァの外見はネギと同年代の少女だ。600才以上と言う実年齢や、意外と子供っぽい面もある精神年齢はともかく、傍目には横島の事をおとうさんと呼ぶ程ではないが、子供である事は否定出来ないだろう。
ぷりんがぴっと指を立てて口を開く。
「マスターは、あれですね」
これにすらむぃとあめ子も追随した。
「ああ、アレだナ」
「せ〜の……」
「「「おばあちゃんっ!」」」
「よし、貴様等そこに直れ」
それもまた、エヴァにとって譲れぬ一線であった。
見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.97
エヴァがすらむぃ達を追い掛け回しているところに高音、愛衣、美空、ココネ、シャークティ、刀子の六人が戻ってきた。
「それで、エヴァちゃんがすらむぃちゃん達を追い掛け回してたんですね」
美空は、アスナ達が勉強しているところを見て慌てて逃げ出そうとするが、シャークティが逃がしてはくれない。
刀子とシャークティも勉強の輪に加わり、美空もそれに巻き込まれてしまったため、ココネは高音、愛衣と共に横島達の居るテーブルに向かう。横島の膝の上にはさよが居た。彼のすぐ隣には茶々丸が席を近付けて座っており、彼女は何を思ったのか、ココネを自らの膝の上へと誘う。ココネは一瞬戸惑ったが、横島の膝の上のさよが「大丈夫ですよ〜」とピコピコ手を振ったので、素直に茶々丸の膝の上に座る事にする。
エヴァが座っていた横島の向い側はチャチャゼロを中心に宴会場の様相を呈しているため、高音と愛衣も少し横島寄りの位置に座った。横島の左隣にはココネを膝の上に乗せた茶々丸が座り、右隣には愛衣、その隣に高音が座る形だ。
「………」
高音の頬は少し紅い。まだ身体から霊力が抜け切っていないらしく、身体が火照っているようだ。今日経絡を開いた三人の中でも高音は特にマイトが高く、その分大量に霊力を送り込んだためだろう。先程、横島に見せてしまった自分の醜態を気にしているのだろうか、チラチラと彼の方を見ては横島と目が合い、その度に恥ずかしそうに顔を伏せる。いつもの自信に満ち溢れて堂々とした彼女とは正反対の姿に、横島は新鮮さを感じてドキドキしていた。
先程、煩悩を控えねばと考えていたばかりだが、こればかりは仕方がないだろう。その程度でどうにかなるようであれば、そもそも横島式煩悩永久機関は彼自身を苦しめる程に霊力を湧き上がらせてはいない。
「ところでよォ、兄さん」
「ん、ど、どうした?」
突然、テーブルの上のカモが声を掛けて来たため、横島は慌てて高音に向けていた視線をテーブルの方に戻す。高音も心を落ち着かせるために、テラスに来る際に自分で持って来た飲み物に口を付けた。
「兄さんは、新しく仮契約(パクティオー)する予定は無いのかい?」
「はぁ!?」
横島の驚きの声と同時に、高音も口に含んだ飲み物を噴き出してしまう。仮契約と聞き、深く口付けを交わす自分と横島の姿をリアルに思い描いてしまったのだ。私はそんな事など望んでいないと、首をブンブンと横に振って、そのイメージを頭から追い払おうとする。
そして、アスナ達も思わず手を止めて顔を上げた。その話題は、特に横島の『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』であるアスナ、夕映、古菲の三人にとっては他人事ではない。裕奈と千鶴も横島の方を見た。この二人にとっても少なからず興味のある問題のようだ。その様子にあやかは思わず溜め息をついて手にしていた教科書を閉じた。今日はもう勉強にならないと悟ったのだ。
「実は、世界パクティオー協会の方からオレっちに通達が来てるんだよ。仮契約のチャンスがあれば逃すなってな」
「なんでまた……」
「そりゃ当然だろうな」
横島の疑問に答えたのは、カモではなくエヴァだった。お仕置きが完了したらしく、頭にたんこぶを作ってきゅぅっとなったすらむぃ達を小脇に抱えて息を切らしている。
「当然って、どう言う事だ?」
「貴様の従者を、よく見てみろ」
エヴァは、すらむぃ達をテーブルに乗せて席に着き、アスナ達が座っているテーブルを指差す。横島も釣られてそちらに視線を向けると、アスナ達も同じように横島の事を見ていた。
現在、横島の従者はアスナ、夕映、古菲の三人だ。それぞれ『ハマノツルギ』、『土偶羅魔具羅』、『猿神(ハヌマン)の装具』と言うアーティファクトを授けられている。
『ハマノツルギ』は、京都での戦いにおいて『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を送還した事により魔法界での評価が上がっており、現在進行形で伝説坂を駆け上がっている真っ最中だ。そして、『土偶羅魔具羅』、『猿神の装具』の二つは、新発見のアーティファクトである。
複数の従者を持つ魔法使いと言うのは珍しくないが、ここまで希少性の高いアーティファクトばかり出る主従と言うのは前代未聞だ。
「おかげで、兄さんは今、ちょっとした時の人になってるんでさぁ!」
一部の研究者の中には、情報公開が済めば真っ先に横島を魔法界に招待すべきではないかと言う意見もあるらしい。その前に自分から人間界に乗り込むと言っている行動派もいるそうだ。
「マジかよ。面倒臭えな、オイ」
「でも、兄さんの出す希少なアーティファクトは、本国の魔法使い達がGSを見直すキッカケになるかも知れないぜ」
「うっ……そうなのか?」
カモの言う事は事実であった。GSと言うのは魔法使いとは異なる世界に生きる者達だ。『土偶羅魔具羅』、『猿神の装具』の二つは、横島の交友関係があってこそ出現したアーティファクトと言えるだろう。
それだけに、これから先横島が新しい従者と仮契約した場合、どんなアーティファクトが出現するのか。世界パクティオー協会の研究者達は、それを固唾をのんで見守っているのである。
「確かに、アスナさん達がうらやましいですよね」
愛衣が自分の仮契約カードを手に呟いた。
勿論、マスターである高音に不満がある訳ではない。問題は、彼女の箒型のアーティファクトだ。
『ファウォル・プールガンディ』、愛称『オソウジダイスキ』は、量産されているアーティファクト、すなわち数打物なのだ。それなりに性能の良いアーティファクトではあるのだが、アスナ達の物と比べると一段劣ると言わざるを得ないだろう。
「お前、何考えて仮契約した?」
「……え?」
今までちびちびとワインを飲みながら黙って聞いていた土偶羅が、突然愛衣に質問を投げ掛けた。声を掛けられると思っていなかった愛衣は、咄嗟に声が出せずに、答える事が出来ない。
「何考えてって、そんなの関係あるのかよ? 望んだところで、希望通りのアーティファクトが出る訳じゃねーだろ?」
答えられない愛衣に代わって、大袈裟な身振り手振りと共に答えたのはカモ。仮契約は魔法陣の上でマスターと従者になる二人がキスをする事で行われる。その時に何を考えるかなど、カモも聞いた事が無かった。
「ソイツノ言ウ通リダ。選ブノハ職人妖精ダゾ?」
「ああ、そうだ。職人妖精が選んどるんだ。直接聞いたから間違いない」
「……え、マジで?」
予想外の言葉にカモの顎がカクーンと落ちる。チャチャゼロも無言だったが、驚きに目を丸くしていた。
しかし、土偶羅はアーティファクトそのものであり、今も本体は定期的に職人妖精のメンテナンスを受けている。この中で唯一、職人妖精と直接顔を合わせる機会があるのだ。
「うぅ、気になる話です。私も近くで……」
「わ、私も……っ!」
「アスナさん、せめてこの問題が終わってからにしなさい!」
「ひ〜〜〜ん!」
あやかが教科書を閉じた時点で出されていた問題を全て終わらせた夕映が、土偶羅の話が気になると横島達のテーブルへ行ってしまった。
アスナもすぐにその後を追おうとするが、あやかに捕まってしまう。
「わ、分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」
今まで以上のやる気を見せて、アスナは残っていた問題を解いてしまう。あやかはその勢いに呆れながらも、「終わり!」とノートを押し付けて横島の下に向かうアスナを見送るのだった。
横島のテーブルの周りに、アスナ、夕映、古菲、裕奈、木乃香、千鶴、夏美の七人が加わる。アスナ達が解いた問題を答え合わせするあやかに、刹那、美空、刀子、シャークティの面々は隣のテーブルに残ったようだ。
聴衆が多くなってきたため、土偶羅の舌もだんだんと滑らかになってくる。彼の蘊蓄は、仮契約の魔法陣を描く事が出来るオコジョ妖精すらも知らないような裏話に突入していた。
「職人妖精の連中は、契約者の事をちゃんと見とるらしいぞ。やっぱり、明確な目的意識を持ったヤツの方が、あいつらからの人気は高いな」
「……人気とかあるのですか?」
予想外の話の展開に、夕映も驚けば良いのか呆れれば良いのかも分からずに目が点の状態だ。
しかし、土偶羅の言葉に嘘はなかった。彼等は冥界にて、仮契約が行われるのを今か今かと待ち構えている。そして、いざ仮契約が行われると、その一瞬の間に契約者達を見定め、誰がどのアーティファクトを授けるのかと話し合いをするそうだ。カモのようなオコジョ妖精よりも、遥かに高位の妖精達だからこそ出来る荒業だ。
流石は古き神々の時代から存在する職人妖精と言ったところだろうか。何もそんなところで高位妖精の力を発揮しなくても良いと思うが、彼等にしてみれば、自分の作ったアーティファクトを託すに相応しいかを見定めているのだ。本気で選ぶのは当然の事である。
横島も、そう言う意味では、今の職人妖精達の間で話題になっている人気マスターなのかも知れない。
「聞いた話だが、やっぱりアーティファクトが欲しいだけのヤツは、職人妖精の方もおざなりになるらしいぞ」
「うぅ……」
愛衣と高音にとっては耳の痛い話だ。愛衣は、コメリカのジョンソン魔法学校の演習でオールAの成績を残す等、優秀な魔法使いであったが、高音の『影使い』のような、自分だけの武器と呼べるようなものがなかった。その事について高音に相談し、自分だけのアーティファクトを手に入れるために高音と仮契約する事になったのだ。アーティファクト欲しさに仮契約したと言われれば、否定する事が出来ない。
結果として数打物である『ファウォル・プールガンディ』が出現した事は、もしかしたら職人妖精の皮肉だったのかも知れない。
「それってつまり……何か目的があったら、それに沿った物が貰えるって事ですかい?」
「連中も、自分のアーティファクトを役立ててくれるヤツを探しとるんだから、そう言うヤツを見付けたら贔屓にするさ。目的を達成するのに役立つアーティファクトなら、おのずと活用する事になるだろう?」
「う、う〜む……」
土偶羅の話を聞き、カモは腕を組んで唸った。何とも信じ難い話だ。
自分の作ったアーティファクトを役立ててくれる人を優先するなど、なんとも人間臭い動機のような気もするが、逆に人間心理と同じようなものだと考えれば納得出来る話に聞こえてくる。
アスナも身を乗り出して土偶羅に尋ねる。
「ねぇ、他にもアーティファクトを選ぶ条件とかあるの?」
「そうだな……従者になるヤツに、ハッキリした個性があるなら、それに基づいて選ぶ事もあるそうだぞ」
「ハルナが、そんな感じかな?」
「あ、確かにそうかも」
裕奈と夏美が顔を見合わせる。
確かに、漫画研究会に属しているハルナと、描いた絵が簡易ゴーレムとなって現れるアーティファクト『落書帝国(インペリウム・グラフィケース)』は、両者の個性が見事にマッチングした組み合わせと言えるだろう。
「あと、マスター側の影響も無視出来んな。お主らは三人ともそうだろう」
「あ〜、確かにアスナ達はそうやな」
アスナ、夕映、古菲のアーティファクトは、横島と言うマスターあってこその物であろう。特に普段はハリセン型で現れる『ハマノツルギ』は、横島のボケにアスナがツっこむと言う夫婦漫才そのものである。
「ま、結局は連中の気分次第なんだがな。その点、ヨコシマの奴は冥界でもそれなりに名が知られとるから、職人妖精達の注目度は高いかも知れん」
「なるほど〜」
ここまでくると納得するしかない。カモは半ば呆けた様子で土偶羅の話に相槌を打った。
一方、愛衣はがっくりと肩を落として、大きな溜め息をついた。
「私も、もっと真剣に考えて仮契約した方が良かったんでしょうか……」
土偶羅の話を聞いていると、自分に数打物のアーティファクトが与えられるのは当然のような気がしてきたのだ。
「そんなに落ち込むな。今は違うと言うなら再契約すれば良いではないか」
「え? でも……」
見兼ねた土偶羅がフォローするように話し掛けるが、その内容は契約し直せと言う、愛衣が考えも付かないような内容であった。
「『仮』契約なんだろう? やり直しは効くはずだぞ?」
「ああ、確かに複数人との仮契約は認められているな」
「自分が以前より成長したと思うなら、再契約してみると良いだろう」
土偶羅の言う「再契約」とは、『魔法使いの従者』が、現在契約しているマスターとは別の相手と仮契約する事を指す。同じ人間と再契約しようとしても、既に契約している相手なので、再度契約する事は出来ない。
また、再契約して以前とは異なるアーティファクトが出現した場合、古い仮契約カードも絵柄が更新されてしまい、以前のアーティファクトは召喚出来なくなってしまう。従者に与えられるアーティファクトはあくまで一つと言う事だ。
「目的かぁ……目的がちゃんとあれば、職人妖精が良いアーティファクトをくれるのかなぁ?」
裕奈も土偶羅の言葉に思うところがあったようだ。何やら難しい顔をして考え込んでいる。
彼女は現在、GSと魔法使い、両方の修行をしている。両者を繋ぐ橋渡しがしたいと言う想いに嘘偽りは無い。言うなれば、それこそが裕奈の目的だ。父親は魔法使い。兄のように慕う横島はGS。私的な想いが入っている事は否定しないが、目的そのものは胸を張れるものである。
「仮契約、か……」
ぽつりと呟く裕奈の視線の先には、三人で何やら語らっているアスナ、夕映、古菲の姿があった。
そして、千鶴もまた土偶羅の話に感じ入った一人らしい。
「目的……私の、目的……」
彼女の目的と言えば、「人と人ならざるものの共存」を目指す横島に協力する事だ。協力ではなく、横島と共に同じ目的を目指すと言えないのは、彼女自身がまだ霊能力者として未熟なためだろう。今の状態では横島の後ろを付いて行くのが精一杯であり、彼の隣に立つ事など出来そうにもない。
横島も、その目的を達成するためにどうすれば良いのかまだ分からないと言っていた。千鶴自身、考えてみても良い考えなど浮かびはしない。彼女自身、オカルトに関しては無知に等しいのだ。きっとそれも横島と共に考えていかねばならない事なのだろう。
「……あらあら」
いつの間にか自分が横島と一緒を前提に考えている事に気付き、千鶴は思わず笑みを零した。あまり意識していなかったのだが、いざ意識してみると不思議と悪い気分ではない。
いざ結論が出ると、千鶴の行動は早かった。
「忠夫さん」
千鶴は、横島の肩を叩き、にっこりと微笑み掛ける。
横島はその笑みに見惚れながらも、何やら凄味を感じてしまい、思わず身構えてしまった。
「私と仮契約してくれませんか?」
「……はい?」
予想外の一言に、横島は椅子からずり落ちかけてしまう。
皆の視線が千鶴に集まり、カモはチャンスだと目を輝かせた。
「どうしたの、急に」
「あら、今まで仮契約とアーティファクトの話をしてたんですから。むしろ、今だからこそじゃありませんか?」
そう言われれば、横島も言い返す事が出来ない。正しくその通りである。
横島だけでなくネギもそうなのだが、これまで仮契約を望む者達に対する断りの理由は「危険な事に巻き込まないため」であった。可愛い女の子とキスするチャンスをふいにしてでも、彼女達を守ろうとしていたのだ。
「千鶴姐さんの言う通りだぜ、兄さん! ぶちゅ〜っとやっちまおうぜぇ!!」
ムッハーとテンションを上げたカモがテーブルの上で騒いでいる。
確かにカモの言う事にも一理あった。元より千鶴も、霊能力に目覚めた事で、これから先危険に巻き込まれるかも知れない立場にある。ならば、アーティファクトを持っていた方が安全だと考える事も出来る。つまり、積極的に「いただきます」と手を合わせた方が良いかも知れないと言う事だ。
「え〜っと……いいの?」
「はい」
千鶴の決意は固かった。真剣な表情で横島の返事を待っている。
「忠夫さん……」
真っ直ぐに横島を見据える千鶴。
急な話で彼が戸惑っている事は理解していたが、それでも千鶴は受け容れて欲しかった。横島と同じ目的を見詰め、共に歩んでいくための第一歩を、認めて欲しいと考えている。
一方、横島はと言うと、千鶴の潤んだ瞳に見詰められたじたじであった。逃げようにも、彼の背後は古菲と夕映が押さえており逃げる事が出来ない。仮契約を申し込む事がいかに勇気が要るかを知る二人は、千鶴の味方である。
「アスナー、放っておいていいの?」
「べ、別にいいのよ。私は仮契約とか関係なしにキスした事もあるんだからっ!」
「そ、そうなんだ……て言うか、いつの間に?」
からかうような口調の美空に、アスナは少しムキになって反論する。
仮契約すると言う事は、すなわちキスをすると言う事だ。アスナとしては色々と思う事もある。
しかし、先日、新しいリボンを買いに行った際に、仮契約のためではなく想いを伝えるためのキスをしたと言う自負が、彼女に平静を保たせていた。千鶴が仮契約をすると言うのであれば、自分は更にその一歩先に進むのみである。
と言う訳で、アスナもまた静観の構えを見せた。
「………」
返答に困った横島は、無言のまま千鶴を見詰めた。
その視線を真っ直ぐに受け止めた千鶴は、更にもう一押しする事にする。
「忠夫さん。私も忠夫さんの言う『人と人ならざるものとの共存』を実現するためにお手伝いしたいと考えています。忠夫さんとの仮契約を、その第一歩としたいんです……ダメ、ですか?」
その一言に、横島も覚悟を決める。
「……分かった」
「忠夫さん!」
3−Aの一部の少女達が言っていた。横島と関わる以上、彼と深く関わり合う覚悟をする必要があると。ならば、逆に彼にも覚悟が求められるのではないだろうか。
横島に求められる覚悟。それは、関わり合う少女を受け容れ、身内として守る事。横島は、千鶴をただ霊力の制御を教えるだけではなく、アスナ達と同じ『従者』――すなわち身内として受け容れる事を決めたのだ。
「よっしゃぁ! よく言ったぜ、兄さん! 後はオレっちに任せときな!!」
横島が答えた途端にイキイキとしだしたのはカモ。早速、テラスの床にチョークのようなもので魔法陣を描き始める。
そして、目的の魔法陣を描き終えたカモは、魔法陣の放つ淡い光に照らされながら、いやらしい笑みを浮かべる。
「ゲッゲッゲッ、ネギの兄貴の方は、仮契約勧めても、男同士だから全然やってくれないんだよなぁ……仮契約の報酬に、新発見のアーティファクトがあれば更に特別ボーナスも……!」
横島達に仮契約させる事で世界パクティオー協会から手に入る報酬の事を考えると、どうしても悪い笑みが零れてしまう。
「ククク、仮契約の話を振った甲斐があったってもんさ!」
そう、カモが世界パクティオー協会からの通達を横島に伝えたのは、彼に仮契約をさせるためだったのだ。そして、その目論み通りに千鶴を釣り上げる事が出来た。他にも何人か釣れるのではと思っていたが、そう上手くはいかなかったようだ。ひとまずは一人を仮契約させられた事で今回はよしとしよう。チャンスはいくらでもある。
後は、どのようなアーティファクトが現れるかを見届けるだけだ。念のために魔法陣に間違いがない事を確認すると、カモは再び横島の方へと向き直り、準備が整った事を横島に告げるのだった。
つづく
あとがき
レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。
シスター・シャークティ、及びココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
その後の土偶羅魔具羅に関する設定。
仮契約において、職人妖精が授けるアーティファクトを選ぶと言う設定。
これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。
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