topmaintext『黒い手』シリーズ魔法先生ネギま!・クロスオーバー>見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.98
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「え〜っと、私達は席外そうか?」
 仮契約(パクティオー)の魔法陣を前にして頬を薄紅色に染めた千鶴に、同じく頬を染めたアスナが声を掛けた。
 これから仮契約――すなわち、横島とキスをする千鶴。アスナは、周りの目があっては恥ずかしかろうと考えたのだ。どうも彼女達にとっては、あふんあふんしている所を見られるよりも、キスをしているところを見られる方が恥ずかしいらしい。なんとも複雑な乙女心である。
「……え、ええ、そうね。お願いするわ」
「それでは、私達は食器を持ってサロンへと戻りますんで、ご存分に」
 流石の千鶴も皆の前でと言うのは気が引けたのか、はにかみながら席を外して欲しいと頼んだ。食器の片付けがまだだったので、茶々丸達は食器の片付けもかねて、別棟のサロンへと戻る事にする。
「カモも行くよ〜」
「合点でさァ! それじゃ兄さん、ごゆっくり〜」
 魔法陣は一旦発動してしまえば、術者であるカモが離れても問題は無い。彼にとって大事なのは二人のキスを見物する事ではなく、オコジョ協会から支給される報奨金だ。裕奈に声を掛けられると、いやらしい笑みを残して、そそくさとテラスを後にした。
「………」
「………」
 そして、後には淡く光る魔法陣を見詰める横島と千鶴の二人だけが残される。
 横島は、既に三人の従者を持つ身だが、いまだにこの雰囲気には慣れる事が出来ない。そんな彼が何か声を掛けるべきかと迷っていると、千鶴が横島の方に向き直り、ペコリと頭を下げた。
「忠夫さん。ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね」
「お、おう……」
 思えば、アスナ、夕映、古菲の三人もそうだった。こう言う時は、女性の方が肝が据わっているのかも知れない。
「いてっ!」
 アスナ達との仮契約の事を思い出していると、突然千鶴が横島の脇をつねった。
「ダメですよ、忠夫さん。今は、私の事だけを見てください」
「は、はい……」
 顔に出てたのだろうか。アスナ達の事を考えていたのがバレたらしい。千鶴はにこやかな笑顔だが、その向う側から感じる精神的な圧迫感は相当なものであった。夏美が言っていたが、霊力に目覚めてから彼女の放つ威圧感が増したらしい。
「私、初めてなんですから……ね」
 流石に恥ずかしいのか、もじもじしながら言う千鶴。横島は、思わず飛び掛かりそうになるのを必死に耐えた。
 そして、千鶴の手を握った横島が、強張った表情のまま魔法陣の上に立つ。やはり緊張してるのか、その動きは硬い。
「そ、それじゃ、やるぞ。やっちゃうぞ!」
「……はい、あなたに付いて行きます」
「うぉっ!?」
 千鶴はその様子を見てクスリと笑みを零し、彼に続いて魔法陣の上に立った。さほど大きな魔法陣でもないので、中ではおのずと二人の体を密着させる事になり、間違い無くクラスで一番、今レーベンスシュルト城に居る面々と比べても比類無きボリュームを誇る胸が横島に押し付けられ。彼の胸の上でその形を変えていく。しかし、横島の顔の真下で起きているため、見る事は出来ない。
 ここはTシャツ一枚であった事が幸いであった。千鶴がもぞもぞと身体を動かす度に、シャツ越しに感じる感触が彼の精神を蕩けさせていく。

 千鶴は少女にしては長身で、横島と身長はさほど変わらないため、互いの息も感じられるような距離で見つめ合う形になった。千鶴が、体勢を整えようとも身体を動かしたその時、千鶴の唇が横島の唇のすぐ横に触れてしまう。
「あらっ、唇以外だと失敗してしまうらしいですから、気を付けないといけませんね」
 コロコロと微笑む千鶴に対し、横島は恥ずかしさに思わず目を逸らしたくなるが、何故か視線は千鶴の瞳に囚われたまま動かす事が出来ない。それどころか、彼の両腕は吸い込まれるように彼女の背に回され、力を込めたその腕は更に強く千鶴の柔らかな身体を抱き寄せる。
 いつの間にか、横島の鼻息が荒くなっている。この状況で興奮するなと言う方が無茶であろう。
 千鶴は優しく横島の頬を撫で、もう片方の手は彼の腰に回す。
「ダメですよ、忠夫さん」
「は、はい……」
 その一言が沁み透るように、横島は落ち着きを取り戻していく。落ち着いたのは良いのだが、千鶴は同時に身体をより密着させてきているので、生殺し状態である。
「ち、千鶴ちゃん……」
「恥ずかしいのは一緒、ですよ。目を瞑ってください」
 言われるままに目を瞑る横島。完全に主導権を握られている。
 しかし、このような状態に何故か心地良さを感じている事もまた、事実であった。
「忠夫さん、そのまま……最後は、あなたから……」
 そう言って千鶴もまた瞳を瞑り、待つ。
 横島も目を閉じたままだが、この至近距離では間違えようもない。頭を茹だらせながら僅かな距離をゼロにし、その唇を重ねた。
 二人を祝福するように強まる魔法陣の光。魔法力の波なのか、風が巻き起こり千鶴のスカートをふわりと持ち上げる。千鶴は足に触れる感覚からその事に気付いたが、両手を横島を抱き締めるために使う彼女は、それを押さえる事が出来ない。
「ぅん……」
 重ねた唇から声が漏れ、少し身をよじらせる。その動きに気付き、吹き上がる風に状況を察した横島は、背に回していた手をお尻に回し、千鶴の代わりにスカートを押さえる。
「た、忠夫さん……」
 唇を離した千鶴が、潤んだ瞳で横島の名を呼ぶ。流石に恥ずかしいのだろう。頬どころか耳まで真っ赤に染まっていた。
 普段の彼女には見られない「弱々しさ」に、横島は思わず背とお尻に回した手にぐっと力を込めて抱き寄せる。
「あっ……」
「千鶴ちゃん……」
 そのまま密着した身体を離す事なく見つめ合う二人。それどころか、横島の腕は更に強く彼女の肢体を抱き寄せて離さない。
 互いの視線を捕らえて離さない互いの瞳。そして二人は、どちらともなく再度その唇を重ね合わせるのだった。


「ふぅ……どうなる事かと思ったが、上手く仮契約出来たみたいだな」
 別棟に戻る途中、カモは出現した二枚の仮契約カードを手に、額の汗を拭っていた。
 一枚は、最初に唇が触れてしまった時に出現したスカカード。デフォルメされたエプロン姿の千鶴の姿が描かれている。
 もう一枚は正規の仮契約カードだ。最初にスカカードが出た時は、失敗した事を教えに行かなければと思ったが、ちゃんと気付いてやり直してくれたらしい。
「2回ぶちゅ〜ってやった事になるけど、まぁ、いっか。こっちはきっちり仮契約してくれりゃ、文句はねぇしな!」
 そう言って笑うカモは気付かなかった。
 同一人物との再契約は出来ないと言うルールのため、カードは二枚しか出現しなかったが、そのルールが無ければスカカードが5枚、仮契約カードが3枚出現していた事を。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.98


「仮契約、おめでと〜っ!」
 サロンに戻ったアスナ達が、腕を組み寄り添うようにして戻ってきた横島と千鶴を出迎えた。アスナはすぐさま駆け寄ると、横島の空いた腕に抱き着いて、自らの腕を絡める。そして、一部ボリュームでは千鶴に劣るが、甘えるように全身でしな垂れ掛かる。
「あ、あなた、遅かったけど、横島君に変な事されなかったでしょうね!?」
 続けて高音が、仮契約していただけにしては戻ってくるのが遅かった事について尋ねる。
 対する千鶴は、恥ずかしそうに頬を紅潮させながらも、「キスしただけですよ〜」と微笑みと共に答えた。回数までは言わなかったので、嘘ではない。その脇で横島は、何とか踏み止まれた自分を、心の中でこっそり褒めていたりする。
「これで千鶴も『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』アル」
「横島さんの従者同士、改めてよろしくです」
 古菲と夕映も寄ってきて、四人目の『魔法使いの従者』、新たな仲間の誕生に祝福の言葉を掛ける。
「ほい、これが姐さんの仮契約カードだぜ」
 そして、夕映の頭の上に乗っていたカモが、横島と千鶴の二人に仮契約カードを手渡した。横島が受け取るのがオリジナルカードであり、千鶴が受け取るのは複製のコピーカードだ。
 今すぐアーティファクトを出現させてみたいところだが、彼女らがいる場所は、別棟に入ってすぐのサロンの入り口だ。千鶴は先程のキスのおかげか、足に力が入らない状態である。いつまでもここで騒いでいる訳にはいかないので、まずは席に着く事にした。

 好奇心旺盛な美空が、ココネと一緒にやってきて千鶴の持つカードを覗き込んだ。
「で? で? どんなアーティファクトが出たの?」
 皆、大なり小なり興味があるのか、横島達が座るテーブルの周囲に皆が集まっている。
「……どれがアーティファクトなのかしら?」
 カードに描かれていたのは白いドレスのような服を着た千鶴の姿だった。ただし、豪華なドレスではない。純白の布地で、左肩を出している。スカートは長く、丈は足下まであった。夕映はそれを見てギリシャ神話の女神のようだと言う。
「ム、この額に着けてるのは何アル?」
 横島側のオリジナルカードを、横島の肩の上にあごを乗せる体勢で覗き込んでいた古菲が、カード上の千鶴の額を指差した。
「うわぁ〜、キレイですねぇ〜」
 横島の膝の上のさよが、それを見て目を輝かせる。
 カードに描かれた千鶴が額に装着しているのは、黄金のティアラであった。ただ、カードの大きさでは、細かな意匠までは分からない。
「コレみたいなもんアルか?」
「それよりは、ちょっと大きくない?」
 古菲の額には、彼女のアーティファクト『猿神(ハヌマン)の装具』の一部である『緊箍児』が装着されている。これは本物と違い、装着者の力を吸収し溜め込む物であるため、古菲は普段からそれだけは身に着けているのだ。

「カードだけ眺めていても仕方がないだろう。とりあえず、実際に召喚してみろ」
 エヴァに言われて、コクリと頷く千鶴。
 召喚の仕方は既に知っている。千鶴はカードを掲げると、凛とした声で『来れ(アデアット)!』と唱えた。
 光と共にカードが消え、代わりにアーティファクトが出現する。光が収まると、千鶴の額には黄金のティアラが装着されていた。着ている服はそのままだ。カードに描かれていた白いドレスはオマケ機能の衣装であり、このティアラこそがアーティファクトのようだ。
 そのティアラは、細い紐状の黄金を編むようにして作られており、流線を描く金の蔓が重なりあって見事な意匠を作り上げている。
「キレイなんだけど……」
「なんか、妙なデザインね」
「……?」
 しかし、周りで見ている面々の反応が芳しくない。疑問に思った千鶴が、ティアラを外して見てみると、その反応の理由を理解する事が出来た。
 確かに、そのティアラは見事な物なのだが、その意匠に問題があった。蔓が重なり合う額の部分が、どう見ても一対の目に見えるのだ。しかも、瞳孔だと思われる部分にアメジストらしき紫色の石が嵌め込まれているのだが、これが縦に長い。まるで猫か、ハ虫類の瞳である。
 確かにキレイなのだが、何やら妖しい気配が漂うティアラだと千鶴は感じた。
「こ、これは一体?」
「何かしらの魔法の品か……? おい、横島。貴様のカードを見せてみろ」
 エヴァは横島の手から、オリジナルカードをひったくると、そこに書かれたアーティファクト名を読み上げた。
「『メドーサの魔眼』……?」
「へ? 『ゴルゴーンの魔眼』じゃねーんスか?」
 その名を聞いて、愛用のモバイルでまほネットを開き、アーティファクトについて調べていたカモが顔を上げる。画面上には、彼の言う『ゴルゴーンの魔眼』が表示されていた。黄金の蔓を重ね合わせ、額部分に蛇の目をあしらっている。確かに、千鶴が召喚したティアラと同じようなデザインだが、こちらは瞳孔部分の宝石はルビーであった。
「どうやら『ゴルゴーンの魔眼』の亜種のようだな」
「よっしゃ! コイツも新発見のアーティファクトだぜッ!!」
 カモが表示したページによると、『ゴルゴーンの魔眼』は、見詰めた相手を石化する能力があるらしい。かなり強力で、攻撃的なアーティファクトだ。
 ただし、亜種である『メドーサの魔眼』も同じ能力とは限らないのが問題だ。新発見のアーティファクトは、当然まほネットのデータベースにもデータが無い。自分で調べるしか、アーティファクトの能力を知る術は無いのである。
「能力的には似たような物だろうが……説明書は無いのか?」
「なんなら、ワシが問い合わせてやろうか?」
 夕映のアーティファクト、土偶羅魔具羅が挙手をした。
 彼は職人妖精とコンタクトを取る事が出来る。そう、作った本人に直接尋ねる事が出来るのだ。
「それは良い考えです。お願い出来ますか?」
「任せておけ」
 そう言うと、土偶羅の目から光が消えた。ここに居るボディは、本体が操るレプリカボディだ。魔界にある本体がレプリカボディの操作を一旦打ち切り、魔界から職人妖精に問い合わせを行うのだろう。
 しばらく待っていると、再び土偶羅の目に光が灯った。魔界から意識が戻って来たようだ。
「分かったぞ」
「やはり、貴方は素晴らしいアーティファクトです!」
「そう褒めるな。当たり前ではないか」
 まほネットのデータベースにもない情報をあっさり持ってくる土偶羅に、感激した様子の夕映。高音とシャークティも、驚きのあまり絶句している。
「それでだな、その『メドーサの魔眼』とやらは、相手を石化させるだけの能力は無いそうだ」
 土偶羅が職人妖精から聞いてきた解説によると、『メドーサの魔眼』は、見詰めた相手を石化させる代わりに、金縛り状態にする事が出来るらしい。
「劣化版なのか?」
「違う、最後まで聞け」
 また、『ゴルゴーンの魔眼』には無い能力として、髪の毛一本を一体の『ビッグイーター』と言う怪物に変化させる事が出来るそうだ。その話を聞いた横島は、現在妙神山に幽閉中の竜神、メドーサを思い出す。まさに『メドーサの魔眼』である。ただし、こちらもオリジナルが持つ石化能力は無い。
 ちなみに、ビッグイーターのサイズは髪の長さに比例する。千鶴は髪が長いので大きなビッグイーターに変化させる事が出来るだろう。ただし、同時に操れるのは二体までである。
「……それで、これは良いアーティファクトなのかしら?」
 再び『メドーサの魔眼』を装着した千鶴は、話を聞いてもそれが良い物なのかどうかが分からずに小さく首を傾げる。
 正直なところ千鶴は、攻撃的なアーティファクトであるため、自分には合わないのではないかと考えていた。
「ことごとく石化能力が無いのは微妙だな」
 腕を組んで不満気なエヴァ。彼女は、『メドーサの魔眼』に石化能力が無い事がお気に召さないらしい。
「でも、ビッグイーターってのは空飛び回るからな。操れれば結構便利かも知れないぞ」
 一方、実際にビッグイーターと戦った事がある横島は、それが自在に操れるなら便利だとフォローする。
「……兄ちゃん、そのビッグイーターってヤツの事、知ってるの?」
「戦った事あるからな。メドーサってのは元は指名手配されてた悪い竜神で、今は妙神山に幽閉されてるんだ。妙神山に行ったら会えると思うぞ」
「幽閉されてる神様と、そう簡単に会わせてもらえるの?」
「普通に麓まで買い物に行ったりしてるしな」
「……………なにそれ?」
 絶句した裕奈は、辛うじてその一言を絞り出した。
 横島の言う通り、それが妙神山の日常なのだが、こればかりは実際に見てみない事には理解出来ないだろう。
「それに千鶴ちゃん、考えてもみろ。相手を金縛りに出来るって事は、必要以上に傷付けずに戦いを終わらせられるって事だぞ?」
「! た、確かに、そうですね!」
 千鶴はハッと顔を上げた。発想の転換だ。攻撃的なアーティファクトも、使い方次第では戦いを回避するために使う事が出来る。そう考えると、この妖しげなアーティファクトも、少し誇らしげに思えてくるから不思議だ。
 嬉しそうに額の『メドーサの魔眼』を撫でると、瞳の部分のアメジストが指に触れた。夕映によると、アメジストの石言葉は「誠実、高貴、心の平和」らしい。その言葉通り、平和のために使えるかどうかは、これからの千鶴次第と言う事である。

「ちづ姉がメドーサって……」
「……結構、似合いますわね」
「夏美ちゃん、あやか……何か言ったかしら?
 いつものように千鶴は笑顔のままなのに、その背後で膨れ上がっていく威圧感。ゴゴゴゴ……と、まるで空気が震動しているかのようである。しかも、彼女の髪がまるで生きている蛇のように鎌首をもたげ、動いていた。『メドーサの魔眼』を装着しているためであろう。
 その光景を見た皆の心が一つになる。そう、このアーティファクトはやはり、千鶴の下に来るべくして来た物であると。


 実際にビッグイーターをここで出す訳にはいかないため、千鶴のアーティファクトのお披露目はひとまず終了となる。
 カモは、夕映の頭の上から降りて横島の前まで来ると、テーブルの上にかしこまった様子で座った。
「それにしても、亜種とは言え四つ目のアーティファクトも新発見の物たぁ……流石、兄さん。お見それしやした!」
「俺が何かしてる訳じゃないんだがな。まぁ、千鶴ちゃんが自分の身を守るのに丁度良いだろう、アレは」
「へい、なかなか強力なアーティファクトですぜ」
 そう言ってニヒルに笑うカモ。なんとも殊勝な態度だが、彼がそうするのには理由があった。ここでカモは本題を切り出す事にする。
「兄さん。やっぱり、兄さんはもっと仮契約をするべきでさァ!」
 そう、カモの目的は、何とかして横島にもっと仮契約させようと言うものだ。『メドーサの魔眼』は、既に知られていた物の亜種とは言え、三つ連続で新発見のアーティファクトが出現した事になる。こうなってくると、五つ目以降も新発見の物が出てくる公算が高い。きっと、世界パクティオー協会もそれを望むであろう。そして、カモの目はオコジョ協会からのボーナスに目が眩み、ギラギラと光っていた。
「あのな、一人で出来るならいくらでもやってやるが、それは無理だろ」
「……まぁ、そりゃそうなんですが」
 横島の言う通りである。仮契約は主従二人揃わなければ出来ない。横島一人に頼んだところでどうしようもないのだ。
 しかし、カモとて簡単に引き下がる気はない。何か手は無いかと考え、この状況に丁度良いものがある事を思い出した。
「そうだ、兄さん! オレっちのオコジョ魔法を見てくだせぇ!」
「魔法?」
「言ってなかったけど、オコジョ妖精には人の好意を測る、嬉し恥ずかしスーパーアビリティがあるんでさァ!」
「なにぃっ!?」
 思わず大声を上げて立ち上がる横島。膝の上のさよが落ちそうになり、必死に彼のシャツにしがみ付いている。
 当然、皆の視線が横島とカモに集まる。横島の大声だけでなく、カモが話していた内容についても聞こえていたらしい。横島が確認のためにエヴァの方を見ると、彼女は頭痛がするのか、こめかみを押さえながら沈痛そうな面持ちで頷いた。
「た、確かに、オコジョ妖精は、そんな魔法を使うと聞いた事があるな……」
「こいつを使って、兄さんに対する好意度ランキングを出せば、次の仮契約候補が見付かるかも知れないって寸法よ! と言う訳で、早速!」
 横島の返事を待たずに、カモは何やら唱え始める。皆興味があるのか、それを止めようとはしない。詠唱が終わったカモの手元に一つの巻物が現れただけで、他には何も起きなかった。
「それだけ……?」
「ああ、これがランキングだ。予備もあるぜ」
 そう言ってカモは、どこからともなくいくつもの巻物を取り出してテーブルの上に並べていく。皆がそれぞれ巻物を手に取り、それを開く。
 最後に残った巻物を手に取ったのはエヴァであった。彼女は巻物を手に、皆に向かって口を開く。
「ああ、先に言っておくが、そのランキングに私の名前は無いぞ。その手の魔法を防ぐ事ぐらい容易いからな」
「あ〜、やっぱり防がれたか」
 この魔法は、その気になれば防ぐ事も出来るらしい。横島は実際にランキングの名前欄を一通り見てみるが、確かにエヴァの名前は、そこに記されてはいなかった。
「その気になれば、貴様の能力でも防げたはずだぞ」
「え、そうなの?」
 当然、魔法力を用いたものであるため、アスナの『魔法無効化能力(マジックキャンセル)』で防ぐ事も出来るはずだ。しかし、この能力はアスナ自身が魔法を認識する必要があるため、防ぐ事が出来なかったようだ。エヴァ曰く、カモから放射される魔法力に気付けば防げたはずとの事だが、アスナにはさっぱり分からなかった。要修行である。

「ちなみに、横の数字はパラメータだぜ。合計数値でランキングが決定してるんだ。10以上だと高いと思っていいぜ」
 カモの言う通り、ランキングの名前の横には六つの数字が並んでいる。それぞれ「友、慕、恋、愛、色、合計」の六つだ。
「『友』は、友情だよね? 『慕』は?」
「兄さんを慕う気持ちだな。『親』で親心を示す場合もあるんだが、そこはカスタムさせてもらったぜ。年上の兄さんに親心抱いてるヤツは、あんまいないだろ? だから、家族愛全般の数値だと思ってくれや」
「『恋』と『愛』はなんとなく分かるけど、『色』って何?」
「『色』って言ったらエロパワーよ」
 そう言ってカモはげへへと笑った。なんとも下世話な表情である。

「私は何位かな?」
「……堂々の1位ですね」
 案の定の言うべきか、大方の予想通り、ランキングの1位はアスナであった。
 合計66点。かなりの高得点である。
「2位は、茶々丸アルな」
「うわっ、一点差!? あ、危なかった〜」
 後に続くのは茶々丸、合計65点。あと少しでアスナを追い抜いていた。カモの出したランキングだが、アスナは何とか横島への好意1位の座を死守出来た事に、ほっと胸を撫で下ろしている。
 皆にとっても彼女はダークホースだったらしく、巻物を見ていた面々は、一様に驚きの表情を見せていた。
「て言うか、スゴイ! 茶々丸さん、全部10点以上だよ!」
「アスナさんでも『友』だけは7点ですからね。総合力の茶々丸さん、一点突破のアスナさんと言ったところでしょうか」
「あ〜、確かにアスナは一点突破だねぇ……」
「ダントツ」
 ココネと一緒に巻物を見ていた美空が、引きつった笑みを浮かべて呟いた。
 アスナの数値は正に一点突破だ。一つのパラメータがダントツで高い。
「て言うか、オレっちもここまで高い数値は初めて見ましたぜ。流石は姐さん」
「……こ、これは、喜んでいいのかしら?」
 しかし、流石のアスナも素直に喜んでいいのかどうか分からなかった。
 パラメータに燦然と輝く 色20 の文字。10以上の数値は他にもいくつかあるが、20の大台に乗っているのはこれ一つだ。
「本当なら50点満点のはずなんだがな〜」
 このランキングは、一つのパラメータが10点満点に、プラスαを加えた数値でランキングを付けている。つまり、アスナは『色』のパラメータに満点一人分を上乗せしていると言う事だ。これはある意味、尊敬に値する事なのかも知れない。

「まったく、くだらないわね……」
 この中で唯一、巻物を見ていなかった高音は、呆れた様子で肩をすくめた。
 一方、愛衣は興味津々な様子で巻物を見ている。それを見て高音は、そんなものに意味は無いと窘める。
「でも、お姉様……」
「何よ?」
「3位、お姉様ですよ?」
 高音が、その場でテーブルに突っ伏して頭をぶつけたのは言うまでもない。
 慌てて高音がランキングを見てみると、確かに3位の所に自分の名前があった。2位の茶々丸に10点近く離されているが、それでも十分高い数値だ。他の人物へのランキングならば、1位を狙う事も出来たであろう。
 『慕』こそ10以下だが、それ以外は軒並み高い。もっとも、アスナの『友』と同じく、10以下と言っても平均以上に高い数値ではあるのたが。
「う、ウソよーーーっ!?」
「ま、信じるも信じないも勝手だけどな〜」
 高音が頭を抱えて絶叫するが、カモは動じない。それどころか、自分は全てを見透かしていると言わんばかりの態度で高音を見詰め、ニヤニヤと笑みを零していた。
 ちなみに、愛衣も8位と、ベスト10に入っている。『慕』と『色』が高い辺り、横島をお兄様と慕っている部分と、彼女自身の妄想癖がよく表れていると言えるだろう。

「4位は裕奈アルな」
「5位は三人も居るですね」
 4位には高音と1点差で裕奈の名前が記されていた。更に一点差で5位が三人おり、この辺りからは混戦模様となっている。
 三人の内の二人は、夕映と古菲だ。裕奈は横島の事を兄のように慕っている。それが1点の差として表れたのだろうか。横島の修行を受けている四人は全員が5位以内に入っている事になる。
 そして、残りの一人が誰なのかと言うと―――

「あら、夏美ちゃん。結構ランキング高いのね」

―――なんと、夏美であった。
 他はそこそこだが、『色』が19とアスナに一歩及ばないものの、かなりの数値を示している。
「ち、ちち、ちづ姉こそ、『愛』15って一番高いじゃない」
「でも、『恋』がちょっと低いわねぇ。忠夫さんと、もっと恋しなきゃダメかしら?」
「………」
 焦ってなんとか反論しようとする夏美であったが、やはり千鶴は動じなかった。かく言う千鶴は9位である。

 恋だ、愛だ、色だとアスナ達が話す一方で、横島はさよと一緒にほのぼのとした空間を展開していた。
「えへへ〜、なんとかベスト10に入れました〜」
「良かったな、さよ」
 さよは10位にランクインしているのだが、1位から9位までの面々と比べると、『色』が5とダントツに低い。『慕』と『愛』でベスト10に食い込んだと言えるだろう。しかも、さよの『慕』は18と、アスナ達と比べてかなり高い数値であった。
「おとうさん、だぁ〜い好きですっ!」
 そう言って膝の上からぴょんと飛んで抱き着いてくるさよ。小さな身体をそのまま子供を抱くようにして受け止めた横島は、何とも言えぬ幸福感に心を和ませるのだった。
「あ、あの、横島さん。あちらの会話に参加しなくても良いのですか?」
「頼むから、もう少しこっちでほのぼのさせててくれ」
 おずおずと問い掛けるあやかだったが、逆に真剣な表情で返してきた横島に何も言う事が出来なかった。今の彼には煩悩よりも癒しが必要なのだ。
 かく言うあやかは、順位こそ18位と低めだが、『友』と『慕』が8、9と、それなりに高い数値を示していた。横島に対しては、彼女なりに友情を感じているらしい。
 ちなみにランキングはこの後、木乃香、刹那と続いている。その次はココネが来るのだが、彼女の点数は刹那と比べて大きな隔たりがあった。
「て言うか、ココネ……横島さんにあふんあふん言わされたせいっスねぇ」
 ココネのパラメータの中に『色』10を見付けた美空は、思わず目頭を押さえた。その次に高いのは『慕』なので、横島の事は彼女なりに慕っているようだが、今にも道を踏み外しそうで、姉代わりの身としては心配である。

 そして横島の足下では、すらむぃの巻物を持つ手がプルプルと震えていた。
「なん……だと……?」
 彼女は、スライムの中で横島への好意度が一番高いのは自分だと思っていた。しかし、いざ蓋を開けてみると意外な結果が待っていた。あめ子は予想通り自分よりも下の順位であったが、ぷりんがすらむぃよりも上、ココネに次ぐ順位にいたのだ。
 二人の数値を比べてみると、『慕』は二人とも高めで、すらむぃは『友』が、ぷりんは『恋』、『愛』が高い。無口なぷりんは、密かに横島に対する憧れの気持ちを抱いていたと言う事だろう。
「ハッ!」
 ふと隣を見ると、先程までそこに居たはずのぷりんの姿が無い。もしやと思い横島の方を見ると、案の定である。ぷりんは彼の足をよじ登り、膝の上に上がろうとしていた。
「てめ、ズルいゾ!」
 慌てて後を追うすらむぃ。あめ子もそれに続こうとしたが、こちらは横島の膝の上はもう満杯だろうと、あやかが抱き上げて膝の上に乗せる。あめ子が意外そうな顔をしてあやかを見上げると、あやかは優しげに微笑み掛けて、その小さな頭を撫でた。
 ぷりんとすらむぃも横島の膝の上に辿り着き、さよと一緒になって横島に抱き着いている。巻物を手に騒々しい周囲とは裏腹に、横島とあやかが居るこのテーブルは、なんともほのぼのとした雰囲気に包まれていた。

 少女達の輪とは少し離れた場所で、シャークティと刀子が一つの巻物を一緒に覗き込んでいる。やはり、話題はランキングについてだ。
 二人ともランキングは低めだが、五つのパラメータの大小に注目していた。
「シャークティは、『慕』と『愛』がそこそこね」
「……確かに、ただの生徒とは少し違う風に見ているわ。そう言う刀子は……『色』が高めね」
「あ、あんなの見た後だからよっ!」
 カモ曰く、この数値はちょっとした事で変動し、順位もまた変わるものとの事だ。
 刀子の言う通り、高音達が経絡を開くのを見ていたせいなのか、それとも個人の資質か。彼女の五つのパラメータの内、『色』が他に比べて高い理由は、永遠の謎である。

「いや、色が高くなるのはしょうがないっスよ。アスナ達、エロエロだし」
 かく言う美空も、『色』が他に比べて高かったようだ。彼女もまた、刀子と同じく高音達が経絡を開くのを見ていたため、『色』が一時的に高くなっているのだと主張している。
 そんな彼女のランキングは、ダントツの最下位である。チャチャゼロですら『友』が9点あり合計20点を超えているのに対し、美空は合計19点と20点に届いていない。
 やはり、彼女にとってレーベンスシュルト城への引っ越しは、横島云々ではなく、シャークティに言われて仕方なくやって来たと言う事なのだろう。


「いや〜、盛り上がってるなぁ」
 目の前で繰り広げられる賑やかな会話を、カモはニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。
「数値化する事で、自覚を促すと言ったところか?」
「まぁ、そんなとこだ」
「悪党メ」
 同じく、喧騒に加わっていなかった土偶羅とチャチャゼロの三人で宴会を続けている。
「それにしても、兄さんのランキングは結構高い数値が出揃ったなぁ……」
「色ぼけ揃イダカラナ」
 彼のランキングの特徴は『色』の数値が高い者が多いと言う事だろう。
 もし、対象に鳴滝姉妹やアキラが加わったら話は変わっていたかも知れないが、今のレーベンスシュルト城には霊力供給の修行であふんあふん言わせている者と、それを見学している者が多いため、当然と言えば当然の結果である。
 まだ幼いココネ含め、『色』10の者がかなり多い。ベスト10の内さよ以外の全員が10以上なのだから、凄いとしか言い様がない。
 もし、ランキングの中に『敬』の項目があれば、横島に対するカモのそれは、きっと鰻登りだったであろう。

「さぁて、種は蒔かれた。後は姐さん達がどう出るか、だな」
 土偶羅の言う通り、カモがこの好意度ランキングを出した本当の理由は、皆に好意の自覚を促すと言う意図があった。上位者がこれを見て仮契約を決意するかも知れないと言う思惑があったのだ。
 ワイングラスを手にニヤリと笑うカモ。その姿は正に悪――ではなく、欲に目が眩んだ小悪党そのものであった。



つづく


あとがき
 今回作中で登場した好意度ランキングですが、実はこの話を書くために全ての数値を入れたランキング表を実際に作ってみました。
 しかし、想像の余地を残すと言う事で、数値全てを明かしたりはしません。
 原作でカモも言っていましたが、この数値は変動するものなので、あくまで今の時点での目安と考えてください。

 レーベンスシュルト城は、原作の表現を元に『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定を加えて書いております。

 千鶴のアーティファクト『メドーサの魔眼』、及び『ゴルゴーンの魔眼』に関する設定。
 シスター・シャークティ、及びココネ・ファティマ・ロザに関する各種設定。
 その後の土偶羅魔具羅に関する設定。
 仮契約において、職人妖精が授けるアーティファクトを選ぶと言う設定。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。

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