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絶対無敵! グレートマザー再び!! 9


 横島達一行を乗せたバスは、元・組長の別荘ではなく、今日の宿泊先である旅館に到着した。道中寝てばかりだったタマモと美菜も、ここでようやく起きてくる。最初から六道夫人にこちらに向かうよう指示されていたらしい。地図で確認してみたところ、別荘はここから徒歩でも行ける距離のようだ。
「バスも凄かったが、旅館も凄いな……」
「B.A.B.E.L.の予算じゃー、こんなとこは泊まれないな」
「……すごいの?」
 横島、薫、澪の三人が並んで旅館を見上げている。六道夫人が用意したのだから相当な高級旅館だと思ってはいたが、目の前にそびえ立つ威厳すら感じさせる佇まいは予想以上であったらしい。横島の隣で薫はB.A.B.E.L.もこれぐらい金を掛けてくれればとぼやいている。一方、澪の方は大きさに驚いているものの、どう凄いのかは理解出来ないようだ。
「横島さん、これからどうするんですか? 理事長の手紙には、全員で依頼主の所に行くようにと書かれていたようですが」
 かおりが三人の後ろから声を掛けて尋ねた。これまでオカルト関係の騒動に巻き込まれた事はあっても、こうして正式に参加するのは初めてなので、張り切っているのが見て取れる。
「部屋に荷物置いて、それから組長のとこに行ってみるか。クラス対抗戦の時に着てた霊衣とかあるなら、ここで着替えて行こう」
「霊衣で行くのですか?」
「向こうは俺が助手だった頃を知ってるからな。薫達はともかく、俺達は格好だけでもちゃんとして行かないと、安心させるさせない以前に信用してもらえないかも知れん。冥子ちゃんは無理かも知れんが」
「ああ、なるほど……」
 声を潜めて耳元で囁く横島の言葉に、かおりは得心する。以前、彼からスーツを着ないと依頼者から舐められると言う話を聞いた事があった。今回もそうだ。薫達、それに冥子を百合子が引率するとなれば、傍目には子供の遠足である。確かにほのぼのとしていて元・組長は恐がりはしないだろうが、GSとして信用してもらえるかどうかは、また別の話だ。せめて横島達だけでも身嗜みを整えて行かねばならないだろう。
 それにしても流石はクラス委員と言うべきだろうか。かおりはその生真面目な性格と積極性を以て、すぐさま横島の側で補佐する立ち位置に就いてしまった。おキヌがそれを羨ましそうに見ていると、不意に横島がある事を思い出して、彼女の方へ振り返る。
「て言うか、あの組長、おキヌちゃんが生き返った事知らないんじゃないか?」
「そ、そうかも知れませんね……」
 言われておキヌは、生き返って以来、元・組長に会うのは初めてだと言う事に気付いた。今更幽霊だと怖がられはしないだろうが、顔を見せれば驚かれるかも知れない。これから霊衣――巫女服に着替えて行くので、案外気付かれない可能性もあるが。

 年配の女将に出迎えられ、一行は部屋へと案内される。ロビーを見渡せば若女将らしき者の姿も見えるのだが、六道夫人の紹介と言う事もあって大女将自らが案内を買って出たのだろう。思い切りVIP扱いである。
 六道夫人により部屋は二つ用意されており、どちらの部屋に誰が泊まるかについては既に割り振られていた。自分の預かる生徒達が、年の近い若い男と宿泊するのだから当然の配慮であろう。一つは横島達家族と除霊事務所の面々のためのグループプラン用の大きな特別室である。もう一つはおキヌ達六女の面々のための部屋だが、こちらもなかなかに豪華な部屋だ。六道夫人は、この除霊実習に本当に力を入れている。
 おキヌ達も部屋が別々な事については反論は無い。同じ部屋となった方が困る。理由は恥ずかしいやら気が引けるやらで様々だが。小鳩と愛子の二人が横島と同じ部屋だが、これは仕方がないだろう。元々彼女達は一つ屋根の下で暮らしているのだから。
「ま、まぁ、いつもの事ですし……」
「て言うか、お義母様がいるからね〜」
 当の小鳩と愛子も異存は無いようだが、横島と一緒の部屋云々よりも、百合子が一緒と言う事で緊張しているようだ。この二人には、この二人なりの悩みがあるらしい。

「あら〜? 私も〜、こっちの部屋みたい〜。よろしくね〜♪」
 なにより問題なのは、冥子が横島達の部屋だと言う事だ。心情的には文句の一つでも言いたいところなのだが、ならば自分達の部屋に来ると言われても、それはそれで恐れ多く、そして怖い。
 大女将が何も言わなかったため一行は知る由もない事だが、六道夫人は当初は「引率者のための部屋」と称して、横島と冥子を二人部屋に割り振るつもりだったのだ。ところが今朝になって急遽変更して欲しいと連絡が入ったため、今の部屋割になった。おキヌから話を聞いた美智恵が、六道夫人に釘を刺したのが功を奏したのである。
 百合子も驚きはしたが、澪も懐いている事もあり、自分も同じ部屋であれば問題無いだろうと反対しなかった。おキヌ達も何も言えなかったため、結局部屋割についても六道夫人の指示通りとなる。
 横島は出発した時からスーツ姿であり、冥子も霊衣に着替えない。そのため、部屋に荷物を置いた後は、おキヌ達が別室で着替え終えるのを待つ事となった。
 おキヌはいつもの巫女服に着替え、かおりもまた闘竜寺の霊衣に着替えて頭巾を被った。激しい動きをする事を考えて穿いているスパッツがやけに浮いているが、これは彼女なりの嗜みであるため、譲れないところである。
 一方、メリーと美菜の二人は霊衣とはほど遠いボディスーツ姿であった。二人とも上は袖がなく肩口から腕を出しており、下は足下までスーツに包まれている。霊的防御力はないが、動きやすさを重視したものだ。どちらも身体のラインがくっきり浮き出るため、横島と薫は大喜びであろう。
 もっとも、流石にこの格好で現場以外を歩き回る訳にはいかないため、二人とも腿辺りまでの丈がある薄手のハーフコートを羽織って身体は隠している。また、美菜のファントムの仮面(ペルソナ)はバッグの中だ。流石に、あれも被って歩き回ったりは出来ない。
「お待たせしました!」
 早く別荘に行きたい薫が待ちくたびれたとぼやき出した辺りで、着替え終えたおキヌ達が横島達の部屋に現れた。その頃には百合子達も準備を終えていたので、早速一行は元・組長の別荘へと向かう。
 道すがらに、薫に念動能力(サイコキネシス)をあまり使わないよう釘を刺しておく事を忘れてはならない。薫は不満そうであったが、葵と紫穂に横島の邪魔になってはいけないと諭され、ようやく納得する。

 木々の緑が目に眩しい小道を進んでいくと、やがて元・組長の別荘が見えてきた。横島とおキヌにしか分からない事だが、確かに犬飼ポチの一件で爆破される前と同じ建物のようだ。
「ホントに建て直しちゃったんですねぇ……」
「みたいだな。とにかく行ってみよう」
 一行が別荘を訪ねると、元・組長は扉をそっと小さく開いて顔を覗かせた。おどおどした目で横島達の姿を確認しており、その不気味とも言える姿に澪は怯えてしまっている。
「き、君か……ぬおっ、そっちの巫女の嬢ちゃんもいるのか! ま、まさか、美神令子もいるんじゃないだろうな!?」
「大丈夫ですって。今日は色々来てますけど、美神さんは来てませんから」
「そ、そうか? 本当だな!? ウソだったら泣くぞ、ワシ!」
「大丈夫ですって」
 よっぽど令子が怖いらしい。しばらく扉越しに問答した後、ようやく元・組長は扉を開いてくれた。情けない事を言っていた割には、ガッチリした体格の強面の男だ。
 以前、横島達が突然押し掛けた時はガウンを羽織ったラフな格好であったが、今日はしっかりスーツを着ている。今日横島達が来る事は聞いており、その事自体を拒んでいる訳ではないようだ。それだけ令子の存在が怖いのである。
 まだ信用しきれないのか、怯えた目で一行を見渡す元・組長。スーツ姿の横島に巫女姿のおキヌ。それに霊衣姿のかおりは如何にもそれらしい。ハーフコートからボディスーツに包まれた足が覗いているメリーと美菜も、素人目には霊能力者とは分からないが、少なくとも一般人には見えない。メガネを掛け、白衣を着たテレサは、オカルトとは別の意味で頼りになりそうに見える。
 ニコニコと微笑む冥子を見た時は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、動物的本能か、はたまた極道に身を置いて鍛えられた勘なのか、只者ではないと察したらしい。深くはツっこまなかった。
「こ、子供……? どう言うこっちゃ、そいつらもGSなんか?」
 そして、薫達の姿に気付いた元・組長は疑問符を浮かべる。実は、六道からの実習生が付いてくると言う話はGS協会から彼に伝えられていたが、横島の家族まで来ると言う話は聞いていなかった。
 不審そうな目で見られている事を敏感に察知した薫、葵、紫穂の三人。澪とタマモに何やら耳打ちすると、二人の手を引き、てててっと元・組長に近付いて行く。
「「「おじさん、こんにちは〜♪」」」
 そしてキラキラと輝かんばかりの笑顔でにこやかに挨拶をした。この三人はこれまで大人達に囲まれて特務エスパーとして生きてきた。このような可愛い子ぶりっ子はお手の物なのである。澪は状況が分からず戸惑うばかりだ。タマモは三人の妹達の逞しさに呆れ顔で口元を引き攣らせている。
 しかし、元・組長には効果があったようだ。その可愛らしい姿に警戒を緩め、顔を綻ばせている。そこですかさず横島がフォローに入った。
「あ〜、この子達は俺の妹でして……向こうがウチのおふくろと家族です」
 横島に紹介されて百合子、小鳩、愛子はペコリと頭を下げた。
「なんでまた家族を? ここは悪霊が出るんやぞ?」
「報酬がこの別荘そのものと言う事もあって、見てみたいって言われたんですよ。お話を聞いた限りでは、昼の内なら大丈夫と判断しました」
「そうなんか? いや、言われてみれば昼の内は出てきた事がないような……」
 元・組長は横島の言葉にこれまでの事を思い出してみる。実は今も横島達が来るまで部屋の隅でガタガタと震えていた。しかし、どれだけ怯えていても昼の間は確かに悪霊が現れた事は無かった気がする。もし彼の話が本当なのだとすれば、なんとも間抜けな話である。
「そ、そうかも知れん……」
「とにかく、俺達が来たからにはきっちり霊障を解決しますんで、安心してください」
「そ、そうやな。とりあえず入って、中を調べてみてくれ」
 そう言って元・組長は、扉を開いた当初よりも幾分穏やかな表情で一行を迎え入れてくれる。どうやら第一段階「依頼者を安心させる」はクリア出来たようだ。これは薫達のお手柄である。
「フッフッフッ、チョロいもんだぜ」
「澪、真似しちゃダメだぞ」
「う、うん……」
 勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべる薫。そんな彼女を眺めながら、横島はポンと澪の肩に手を置き、真似をしてはいけないと注意する。澪もこれは妹道ではなさそうなので、真似しようとはしないだろう。
「そうよ、薫ちゃん。そう言うのは顔に出さないで、心の中にそっとしまっておくものよ」
「いや、それはそれで怖いから」
 一方紫穂は、薫よりも一枚上手だった。にこにこと笑みを浮かべる紫穂に葵が裏手でツっこみを入れる。

 別荘内に入った一行は、まず広い居間へと案内された。暖炉があり、豪華な一人用のソファが並べられ、部屋の中央の絨毯の上には熊の毛皮の敷物が存在感を放っている。その光景を見て、横島とおキヌは目を丸くした。確かにこれは、爆破される前の別荘内そのままだ。
「あの……」
「なにかな?」
「この別荘、吹っ飛んでましたよね?」
 その言葉を聞いた組長の動きがピタリと止まった。そしてギギギと軋むような音を立てながら横島の方へ振り向く。
「言うなぁーっ! あんな事は! オカルトも、抗争もなかったんじゃあぁぁぁぁーーーっ!!」
 そして突如絶叫し、踵を返して逃げ出した。一瞬呆気に取られた横島だったが、六道夫人からのアドバイスを思い出し、元・組長を逃がさないように動き出す。
「任せな、にいちゃん!」
 薫がすぐさま元・組長の身体を持ち上げた。浮き上がった足は空を切るばかりで、いくら走ろうともいっこうに前に進まない。その隙に横島が前に回り込み、必死に宥める。
 詳しい話を聞いてみると、こういう事らしい。
 あの時、令子から逃げ出した組長は、横島達が犬飼ポチとの戦いを終えて東京に戻った数日後にここに戻って来た。そして、跡形もなく吹き飛んだ別荘を見て愕然と膝を突いたそうだ。その後、彼がどうしたかと言うと、なんと吹き飛ばされる前の別荘をそっくりそのまま再現したのだ。つまり、令子達が押し掛けてきた事自体を「なかった事」にして精神の安定を図ったのである。
「なるほど、それでそっくりそのままの別荘がここにあるのかー……」
 そう言いながらも横島は呆れ顔である。そこまで金を掛けるなら、別の所に新しい別荘を建てれば良いのにと思うのも無理はあるまい。しかし、元・組長にしてみれば、そうしなければならない理由があった。何故なら、それでは令子達が押し掛け、別荘が爆破された事が事実として残ってしまうからだ。それだけは絶対に避けたかったのだろう。そのため、いくら金を掛けようとも元の別荘を再現し、事実そのものをなかった事にして記憶を封じようとしたのである。
「ちなみに、その再建する工事の時に事故とかはなかったのかな?」
 そう問い掛けたのはメリー。これは六女でも習う教科書通りの推理だ。かおりも美菜も同じ事を考えていた。
「いや、そう言う話は聞いてないな」
 しかし、元・組長は首を横に振った。再建の工事では、死人は勿論のこと、怪我人すら出ていない。
 続けてテレサがクイッと眼鏡を指で押し上げて問い掛けた。意外とその仕草が様になっている。
「部屋の調度品の中に出所が怪しいような物は?」
「それもないな。オカルトは二度と御免やと思ったから、皆鑑定書付きのもんで揃えとる」
「確かに、少なくともこの部屋には、それらしい物はないわね」
 続けて部屋の調度品に悪霊が憑いているのではと疑った。しかし、元・組長もその辺りはしっかり考えていたようで何か見つかる可能性は低そうである。もちろん、後で全ての調度品を調べてみるつもりではあるが。

「確か、夜寝てると悪霊が現れるって話でしたよね?」
「ああ、そうだ。寝室は二階にあるんだが、ベッド以外はあまり物を置いてない」
「……その寝室も含め、一通り部屋を見て回った方が良さそうですね」
 おキヌの提案に、横島はコクリと頷いた。悪霊が現れた時の話を聞くにも、実際に寝室を見てからの方が良いだろう。
「それじゃ、案内をお願い出来ますか?」
「わ、分かった。よろしく頼む」
 一行はまず、別荘内を見て回る事にした。百合子の目的も、元々はこの別荘を見分する事である。薫達も見学気分で付いて行く気満々であった。
「にいちゃん行こうぜ〜」
「ストーップ。今はダメだから、後から付いて来い」
 薫が嬉しそうに横島と手を繋ごうとするが、彼はそれを押しとどめてしまった。
 一緒に行く事がダメなのではない。手を繋ぐ事がである。これから部屋を調べて回る訳だが、何が起きるか分からないため、まずは横島達が先行し、薫達は後から付いて来ると言う形にしたいのだ。
 薫は不満そうであったが、横島の意図を察した紫穂に宥められて渋々引き下がる。
「タマモ、がんばってね」
「ハイハイ。まぁ、適当にね」
 一方、タマモは横島と一緒に先行する側だ。澪は小さな手をぎゅっと握ってタマモを激励するが、彼女は相変わらずやる気がなさそうであった。
 テレサが念のためにと薫達――正確には彼女達と一緒に居る元・組長の護衛として残り、各部屋には横島、タマモ、冥子、おキヌ、かおり、メリー、美菜が入る事になった。今回は六女の除霊実習であるため、おキヌ達も霊視ゴーグルを手に調査に参加する。
「それじゃ、冥子ちゃんはクビラで部屋中を霊視して、何か見つかったら俺に知らせてくれ」
「分かったわ〜」
 横島に頼まれた冥子は、嬉しそうに影からクビラを召喚した。それを見た組長が驚いて逃げ出しそうになったが、そうなると予想していた横島が、すかさず回り込みあれは式神であると説明する。オカルトと縁があるとは言え素人の元・組長だけに、時間が掛かったが、とりあえず敵ではないと言う事で納得してくれたようだ。



 それから数時間後、全ての部屋を見て回って居間に戻って来た横島達は、ぐったりと疲れ切っていた。流石のテレサも動く元気が残っていないため、小鳩と愛子の二人が皆に冷たい飲み物を用意してくれる。
「何も見つかりませんでしたね〜……」
 全ての部屋に台所、地下にあったワインセラー、更には浴室やトイレまで調べたが、それらしい物は見つからなかった。最後に寝室も見てみたが、こちらも全くの空振りである。毎晩悪霊が現れるとの事だが、昼間であるせいか、現れた形跡すら掴めなかった。後から部屋に入った紫穂が、横島達にも見つけられなかった何かを見つける事が出来れば、彼の役に立てるのではとこっそり接触感応能力(サイコメトリー)で調査してみたが、こちらも空振りに終わっている。
 当初は張り切っていたおキヌ達だったが、何も見つからない調査に、最後の寝室に辿り着く頃にはぐったりと疲れ切っていた。主に精神的に。そして、その最後の寝室も結局空振りに終わってしまった事でトドメを刺されてしまい、こうしてぐったりしていると言う訳である。
「ひ、氷室さん……除霊の仕事って、こんなものですの?」
「こんな仕事ばかりじゃないですけど、内容によっては……。徹夜で相手を待つって事もありますし」
「GSって、結構地道な事もするんだねぇ〜……」
「ZZZ……」
 おキヌにとっては慣れた事だ。横島に言わせれば、事前の調査がされていない依頼は、大体こんなものである。しかし、かおり達にとっては良くも悪くも未知の体験であった。美菜に至っては相当疲れてしまったのか、ソファに身を沈めて眠ってしまっている。
 また、タマモとテレサも疲れた様子であったが、意外にも冥子だけは平然としていた。霊視はクビラ任せで神経を尖らせてなかったと言うのもあるが、式神を多く出して霊力の無駄遣いさえしなければ、彼女は意外とタフな一面を持っているらしい。

「それにしても、寝室に何の痕跡も無いと言うのは妙ですね」
「他はダメでも現場じゃ何か見つかると思ってたんだがなぁ……」
 おキヌの呟きに、横島は頭を掻きながら答える。
 元・組長の話では夜な夜な複数の悪霊がベッドの周りに現れ、しかも、それは知り合いの顔をしているとの事だ。彼の経歴が経歴だけに聞くのが憚られたが、少しでも情報が欲しいと勇気を出して聞いてみると、やはりその悪霊は「同業者」の顔をしていたらしい。彼曰く、「関わっている者もいれば、直接関わってはない者もいた」そうだ。嘘をついている様子は無い。もし嘘をつくなら、全て関わりは無いと言っていただろう。
「それじゃ〜、夜を〜待たないと〜いけないのかしら〜? 困ったわ〜、冥子〜夜更かしは〜苦手なのに〜」
「いや、まぁ……無理はしなくていいよ、冥子ちゃんは」
「そう〜? 横島君〜、優しいのね〜」
 あえて口に出さなかったが、徹夜で見張る事については、横島も冥子には求めていなかった。それは横島達の仕事である。何より、寝ぼけて式神を暴走させかねないからだ。

「おふくろ達は、実物見て納得したか?」
「ん、まぁ、悪くない別荘だと思うわ。資産価値もありそうだし、報酬としては十分よ。手放す理由も納得いったしね」
 百合子は別荘を見て回り、土地の価値も踏まえて考え、この報酬は妥当――むしろ、破格と言えると判断していた。
 彼女は当初、別荘そのものが資産価値の無い物であれば報酬として不十分だし、逆ならば何故それを手放すのかと考えていた。だからこそ、同行して実物を見てみようと思ったのだ。しかし、その疑問は元・組長から直接話を聞く事で霧散してしまった。この何度もオカルト絡みのトラブルに遭遇する別荘を「GSに悪霊を除霊してもらいました」と綺麗に終わらせて、さっさと手放してしまいたいと言うのが彼の本音である。一般人としては当然の感覚であろう。
「それじゃ、先に旅館に戻っててくれないか? 俺達はこのままこっちで、晩まで待機するから」
 そしてもう一つ、命掛けであるGSと言う仕事に従事する我が子を心配し、本当にやっていけるのかと不安になってついて来たが、どうやら息子は彼女が思っていた以上に成長していたようだ。
 これ以上は、母親面して出しゃばる幕ではないだろう。百合子は苦笑しながら小さく溜め息をつく。
「……分かった。それじゃ、旅館で朗報を待ってるわ」
「しょうがねぇなぁ……。それじゃ、にいちゃん! また明日な!」
「お兄ちゃん、がんばって、ね」
 薫達は不満そうだったが、ここは兄の前で良い子でいようと思ったのだろうか。あっさり先に旅館に帰る事を承諾した。食い下がってもここに残る事は許してもらえないだろうと判断したのかも知れない。
 薫達も納得してくれたので、百合子は子供達を連れて旅館に戻って行った。タマモがこっそり自分も旅館に帰ろうとし、横島がそれに気付いて捕まえると言う一幕もあったが、それはご愛敬である。
 一方、残った横島達はと言うと、昼食もまだであったため、出前を取り、交代で警戒しながら夜を待つ事になった。

「それで、ワシはどうすればいいんじゃ?」
「ちょっと賑やかですけど、いつも通りに過ごして、夜になったらベッドで寝て下さい。俺達は悪霊が現れたら、そいつらを退治しますから」
「そ、そうか……よろしく頼むぞ」
 そう言って元・組長は眠そうにあくびをした。緊張の糸が切れてしまったのだろうか。
 体調の方は大丈夫かと尋ねてみると、彼は最近寝不足である事を教えてくれた。夜な夜な発生する悪霊騒ぎで起こされてしまう事もあり、睡眠時間が不規則になっているそうだ。最近は常に眠くて、時折夢遊病のような状態になってしまう事もあるらしい。
「疲れてるなら、寝てきてもいいっスよ? もちろん、俺が見張る事になりますけど」
「……いや、止めておこう。なんとか夜まで頑張るさ」
 横島は元・組長の体調を気遣って寝てはどうかと勧めるが、元・組長はそれをやんわりと断った。
 霊障に関する話をしている内に自分の頭の中で色々と整理が出来たらしく、悪霊は夜、自分が眠っている時にしか現れない事に気付いたそうだ。もし、今眠る事で夜眠れなくなってしまったら、せっかくGSに来てもらったのに悪霊が現れないかも知れない。そう考えると眠っていられないのである。
 そう言う事ならばと横島は納得し、そのまま夜を待つ事になった。

 ちなみに、寝室の監視は暗視カメラを使って行う事になっている。
 もちろん横島はそんな物持ってはいないが、これも六道夫人が用意してくれていた。既にテレサの手で寝室に設置済みであり、隣の部屋からモニタを通して寝室の様子を見られるようになっている。


 そして、日が暮れて夜になると、かなり早い時間ではあるが、元・組長には早速眠ってもらう事にする。彼はずっとうとうとしていたので、横島の手を取り「よろしく頼む」と頭を下げると、すぐさまベッドに潜り込んで寝息を立て始めた。やはり、相当眠気を我慢していたのだろう。
「それでは、ここからが勝負ですね」
「ああ、そうなるな」
 日が暮れるまでは緊張が解れて寛いでいた皆の表情が真剣なものになる。日中に仮眠を取り、十分休んだおキヌ達は元気一杯だ。美菜がいつ悪霊が現れてもいいようにとファントムの仮面を被ると、途端にその表情が凛々しいものになる。
「とりあえず、俺とテレサは一晩中起きてるけど、おキヌちゃん達は交代で休むようにしてくれ」
「分かりました、四交代ですね」
「あの、タマモちゃんは?」
 メリーの指差す先には、ソファを二つ並べて眠るタマモの姿があった。また騒がれては敵わないので、子狐の姿にはならないよう言い含めてあったが、それはちゃんと守ってくれているようだ。
「放っとけ」
 しかし、横島はそれを放置する事にする。タマモの超感覚を持ってすれば、何かが起きた時に目を覚すと考えたのだ。
「横島君〜、冥子も〜一緒に〜頑張るわ〜」
 そして、冥子も横島と共に一晩中起きているつもりであった。しかし、自分で言っていた通り、夜更かしは苦手であるため、何時までもつかは分からない。そのノリはクリスマスにサンタさんに会うために一晩中起きていようと考える子供と言ったところであろうか。
 本人は意気込んでいるつもりなのだろうが、その微笑ましい姿に思わず横島達の頬が緩んでしまうのも無理はあるまい。
 今回の除霊はここからが本番だ。横島は六道夫人のアドバイスを思い出す。

 一度悪霊を祓っても油断するべからず。
 悪霊発生の原因を絶つ事で、初めて解決となる。
 冥子の式神を上手く使い、原因を突き止める事。
 指示は、横島君に任せます。

 少なくとも、屋敷や調度品に原因らしき物は見つからなかった。今夜現れる悪霊を退治する事はもちろんだが、悪霊発生の原因を突き止めない事には、今回の依頼は本当の意味で解決した事にはならないのだ。
 しかし―――

「何も起きませんね〜」

―――それから数時間、何も起きずに時間だけが過ぎて行った。
 最初にやる気満々で見張っていたかおりは、がっくりと肩を落として交代し、今はおキヌの番となっている。当然のごとく、横島の隣に座っていた冥子は彼の肩にもたれ掛かりすやすやと夢の中だ。
 おキヌは横島と話をするチャンスだと考えていたが、当の横島は六道夫人のアドバイスが気になるのか、モニタを見詰めながら真剣な表情で考え込んでいる。それを見た彼女は何も言えなくなってしまい、まだチャンスは他にもあると自分に言い聞かせて、真面目に見張る事にした。
 しかし、やっぱり気になるのか、彼の横顔をチラチラと見てしまう。そのため、隣室の異変に最初に気付いたのはテレサであった。
「忠夫、組長の様子が変よ」
「何?」
 横島も考え事を中断してモニタを凝視する。遅れておキヌもモニタに視線を向けるが、そこに映る元・組長は何やらうなされていた。しかし、周囲に悪霊らしき姿は見えない。
「悪い夢でも見てるんでしょうか?」
「まさか、悪霊騒ぎ、全部夢でしたって事ないだろうな?」
「ま、まさか、そんな事は……」
 横島のぼやきにおキヌは苦笑いを浮かべる。あの元・組長の怯えっぷりを見るに、無いと言い切れないのがツラいところだ。
「う〜ん、念のために隣の部屋確認してくるわ。二人とも、モニタを見ててくれ」
「分かりました」
 もしかしたら映像に映ってないだけかも知れないと考えた横島は、直接寝室の方へと確かめに行く事にする。席を立ち、廊下に出ようと扉に近付いたその時、映像に変化があり、再びテレサが声を上げた。
「待って、組長が起きたわ!」
「な、なんかフラフラしてますよ?」
 なんと、モニタに映る元・組長がムクリと起き上がり、おぼつかない足取りで部屋の外に出たのだ。予想外の動きである。
「なんだ、トイレか? まぁ、一人にするのも不味いだろうから、一緒に行ってくるわ」
 元・組長を一人にする訳にはいかないと横島も廊下に出ようとする。再び扉に近付きドアノブに手を掛けようとしたその時、誰かが横島よりも早くにドアノブを回して、その扉を開いた。
「あれ? 組長?」
 そこに立っていたのは元・組長であった。しかし、その表情は虚ろで、目も焦点が定まっていない。
「どうしたんスか? ……ッ!?」
 揺さぶって起こしてやろうと、横島は元・組長の肩に手を伸ばすが、その手は虚しく空を掴んだ。元・組長が動いたのではない、横島の態勢が崩れたのだ。そのまま足の力が入らなくなり、横島は尻餅をついて倒れ込んでしまった。
「横島さんっ!?」
 驚いたおキヌが声を上げて立ち上がるが、彼女もまた目眩を覚えてそのままモニタを置いたテーブルに突っ伏してしまう。
「二人とも、どうしたのよ!」
 テレサは手近なおキヌを揺さぶってみるが、何の反応もない。もしや、この異変を察知してタマモが目覚めているのではないかと期待して振り返ってみるが、ソファの上のタマモはやはり眠ったままだ。かおり、美菜、メリーと見ていくが、皆眠っている。  再び元・組長の方に視線を向けてみると、彼は向かいの壁に背を預けて座り込んでいた。眠っているのだろうか。確認するために近付こうとすると、とうとうテレサ自身にも異変が起きてしまう。
「これは、眠気……? バカな、この私、が……」
 初めて感じる「眠気」らしき感覚に愕然としながら崩れ落ちるテレサ。彼女が倒れた事で、この場に起きている者は誰もいなくなってしまった。
 そして辺りに声が響き渡る。男性らしき声だが、どこかしなをつくっているような口調だ。

『フフフ、良かったじゃない。人間じゃなかったようだけど、安息の眠りを味わう事が出来て……』

 しかし、声はすれど、その姿はどこにも見えない。

『力が弱まってるのを逆手に取ってみたけど、意外と上手くいったわ。
 これだけの霊能力者の力を奪う事が出来たらボクの完全復活もそう遠くない!
 そしてこの子達は胎児のように何も考えずにじっとしているだけでいい!
 これ、人間の言葉で言うところのギブアンドテイクってヤツじゃない!?』

 部屋中に響き渡る高笑い。しかし、誰一人として目を覚ます者はいない。
 モニタの光が誰もいないはずの部屋の壁に影を映し出す。その影は、胸を張って二本足で立つ馬の形をしていた。


つづく





あとがき
 澪が横島家の養女となる。
 元・地獄組の組長の別荘が再建されている。
 これらは『黒い手』シリーズ及び『絶対可憐チルドレン・クロスオーバー』独自の設定です。

 また、澪の性格、設定や、六女の生徒達の名前、性格、設定等は、原作の描写に独自の設定を加えております。
 ご了承ください。

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